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女神伝説  作者: Sugary
第六章
84/127

BS1 神の存在

「はい、これね」

 ネオスと一緒に来たとはいえ、玄関先で見知らぬ少女から説明もなく──そして、ほぼ強制的に──手渡された紙袋に、ディトールは戸惑った。言葉より表情で 〝これは?〟 と聞けば、

「見れば分かるから」

 ──と、ルシーナが平然と答える。いや、敢えて平然と答えるように務めたのだろう…とネオスが気付いたのは、ルシーナの指がどこか落ち着きなく動いているのを目にしたからだった。

 わけも分からず袋を開け覗き込んだディトール。直後、中に入っているものに驚いて、思わず隠すように袋の口を閉じた。

「ど、どうしてこれを…」

 ディトールの動揺がルシーナにも移る。

「お…おにいさんの友達に、それ使ったって聞いたからさ」

 その言葉にディトールの視線がネオスに移った。

「もしかして…このこと他の人にも…?」

「い──」

「大丈夫よ」

 〝いいや〟 と言おうとしたネオスの言葉をルシーナが遮って答えた。

「誰にも言ってないから、安心して」

「本当に…?」

「言ってたら、今頃 ここにいないでしょ?」

 それは、今頃、ディトールが役人に捕まっている…という意味だった。ネオスにその意味は分からなかったが、ディトールには分かったようだ。ルシーナの言葉少ない説明に納得すれば、ようやく彼もホッとして部屋の中へ案内したのだった。

 通されたのは、ディトールの勉強部屋ではなくラディが寝ている部屋。

「ラディさん、ネオスさんたちが来ましたよ」

「おほっ! こんな朝からルフェラが来てくれたのか!?」

「おぉ、助かった…」

 それまで 〝痛ぇよぉ~、つまんねぇよぉ~、苦しいよぉ~、ルフェラぁ~〟 と、布団の上でグチっていたラディが、〝ネオスさんたち…〟 という言葉に飛び起きた。──が。

「……………?」

 ディトールに続いて入ってきた人物に、〝はて?〟 と首を傾げた。

「おい…ルフェラってあんなに小さかったけか?」

 現実を受け止めたくないからか、なんともバカげた質問をイオータに向けた。

「ンなわけねーだろ? っつーか、現実から目を逸らそうとするな」

 面倒臭そうに突っ込むと、今度はミュエリが続いた。

「ネオス、その子は誰なの?」

「ルシーナっていって、僕たちを泊めてくれた家の子だよ」

「あぁ、そうなんだ。初めまして、ルシーナ。あたしはミュエリよ」

「は、初めまして…」

「オレはイオータだ。この足をケガしてるのがラディで、彼がディトール…この家の子だ」

「どうも…です…」

 こういうのは慣れてないのか、それとも大人ばかりに囲まれて緊張しているからか、ルシーナはぎこちなさそうに頭を下げた。

 そんな簡単な挨拶が終わり、ディトールが 〝じゃぁ、僕は…〟 と勉強部屋に下がっていくと、ラディが納得いかねぇ…とばかりに話を元に戻した。

「おい、ネオス。なんでルフェラを連れてこなかったんだよ?」

「あ…あぁ…今日はちょっと留守番してて─」

「留守番!? そんな必要がどこにあんだよ? みんなで一緒にくればいいじゃねーか?」

「無理よ」

 ネオスの代わりに答えたのはルシーナだった。

「なんで?」

「家を出る直前、おねえさん眩暈がして座り込んじゃったからさ…」

「な…に…眩暈!? またなのか!?」

「またって…そんなによくあるの?」

「あ? あ~…よくってほどじゃねーけど…そういやここ最近はなかったっけな…?」

「…そう…」

「そ、それで? 大丈夫なのか、ルフェラは?」

「うん、まぁね。少ししたら治ったみたいだし。本当はあたしとおねえさんがここに来るはずだったのよ。眩暈が治ってからも 〝行く〟 って言ってたんだけど、休んでたほうがいいから…っておにいさんが代わりに、ね」

「そ、そうか…。けど、それならわざわざ来なくてよかったのによ」

「そう…かもしんないけど…どうしてもおにいさんに謝っておきたくてさ…」

「おにいさん……って、え…オレにか?」

 一瞬、〝誰だ、おにいさんって?〟 と思ったが、視線が自分に向いたままだったので、ラディが目を丸くして驚いた。

 そりゃそうだろう。顔を見たのはもちろん、名前を聞いたのも初めてなのだ。普通、初対面の人から 〝謝りたい〟 と言われる事はない。故に、〝なんでだ?〟 と無言で聞けば、

「それ…」

 ──と、ルシーナが言い難そうにラディの足を指差した。

「それ…?」

 指された指の先を追いかけて、自分の足とぶつかっても、ラディの頭の上には 〝?〟 が並んでいた。その理解できないラディの表情に、ルシーナが更に付け足した。

「お、おにいさんが川に落ちたの…あたしのせいだから…さ…」

「は…?」

「ぶつかったのは…お前か…」

 ラディより先に理解したイオータが分かりやすい結論を口にした。それでようやくラディにも言っている意味が分かったのだが…いまいち納得できない事があった。

「けど…ぶつかったのは、確か男だったはずだけどな…?」

「そうよね…。私もハッキリとは見てないけど、後姿とかは男の子だったような…」

「それはちょっと事情があってさ…そういう格好してたのよ…。だから…ごめんなさい!」

 どんな事情か気になるところではあるが、挨拶よりも深く頭を下げられては、色々突っ込んで聞きたがるミュエリも大人しくしているしかなく…結局、ラディも 〝そうか…〟 と言うしかなかったのだった。

「まぁ、気にすんな。そう大した事ねぇからよ、な?」

「…うん、ありがとう。──あ、そうだ、これ…」

 思い出したように差し出したのは、ディトールに渡したのと同じクァバナの袋。ここに来る前に、〝謝罪の品〟 として買ってきたもので、もちろん、中身は本物だ。

 受け取ったラディが袋を開けると、途端に目が輝いた。

「うおっ! すんげーうまそうな匂い!!」

「でしょ? クァバナって言うんだよ。匂いだけじゃく、メッチャメチャ美味しいんだから。ほら、食べてみて」

「マジでか!? ンじゃ、早速いただきぃーっす!」

「おいおい…お前さっきメシ食って、〝食い過ぎた…〟 って唸ってたただろーが…?」

「うおぉぉぉ~!! うめぇ!!」

「聞いちゃいねーな…」

「んん? なんか言ったか?」

「…いや」

 イオータは呆れたように溜め息をついた。まともに話してんのがバカみてぇだな…というのが大半を占める感情だが、そこにはルシーナに対するラディの優しさがあることも知っていた。

「ほら、お前らも食ってみろって。マジ、うめぇから!」

 片手でクァバナを頬張りながら、もう片方の手で袋からクァバナを取り出し、イオータとミュエリに渡した。

 ご飯を食べたのは二人も同じで、正直 お腹一杯だったのだが、美味しそうな匂いとラディの頬張る顔に釣られて一口食べてみれば、その美味しさにペロリと平らげてしまった。

 大満足な笑みを見せるラディと、どこか後悔しているイオータとミュエリ。

「罪な食べ物よね…これ…」

「あぁ…。腹いっぱいなのに、一口食うと止まんねぇ…」

「後悔先に立たず…って言うけど、その通りだわ。もう苦しくって…っていうか、こうなったのはラディのせいだからね」

 苦しさと不満に満ちたミュエリの視線がラディを軽く睨みつけた。

「なんでオレなんだよ?」

「あなたがあまりにも美味しそうな顔して食べるからでしょ」

「はぁ!?」

「だから、お腹いっぱいなのに思わず食べちゃったのよ」

 なんとも彼女らしい…とうか理不尽な責任転嫁だ。

「あなたと一緒に食べてると、抑制が効かなくなって自分の限界すら忘れちゃうのよね。あぁもう、この数日間で太ったら確実にあなたのせいだからね!」

「知るかよ、そんなもん。だいたいな、抑制が効かないのはお前の意志が弱いだけで、オレのせいじゃねーだろーがよ!」

「いいえ、あなたのせいよ! 私の意志は岩より固いのに、それを壊すほど美味しそうな顔で食べるから負けちゃうのよ」

「なんだそりゃ…」

「つまり、〝柔よく剛を制す〟 ってやつよ」

「…………?」

 バカなのかそうじゃないのか分からない会話に、呆れるよりも腹を立て始めているのはイオータだった。

 これが最初のうちなら笑っていられた。だが、昨日の夜から事あるごとにこんなバカな言い合いが始まれば、いい加減ウンザリを通り越して腹が立ってくる。しかも、ルフェラとネオスがいないからか、回数がいつもより多いのだ。

(まるで、愛情の足らない子供が精神的に不安定になるのと同じだな…。まぁ…好きなヤツが傍にいないってゆーのは、ある意味、不安定材料になるんだろうけど…?)

 それが分かっていても、こう回数が重なると 〝しょうがない〟 とは思えなくなる。

 イオータは無表情のまま、ある部分にスッと右手をかけた。

「まだ分からないの!? 私の固い意志を破るのが、ご飯を食べる時のあなたの顔なら、悪いのは私の意志の弱さじゃなくてあなたのその卑怯な顔だって言ってるのよ!」

「卑怯な顔ってな、お前──あ、いや…」

 彼女の理不尽な言い分に、更なる反論をしようとしたラディが急に口をつぐんだのは、イオータが静かな顔で剣を抜こうとしているのを目にしたからだった。もちろん、ミュエリもラディが黙った途端、イオータの行動に気付いてハッと口を塞いだ。

「あ…イオータこれはその…なんだ……なぁ、ミュエリ…?」

「え…えぇ…そう…えっと…」

「──褒め言葉か?」

 何とかごまかそうとするものの、〝良い言い訳〟 が浮かんでこず慌てる二人に、敢えてイオータがそう聞いた。

 一瞬、その意味が分からなかったが、考えてみれば、〝岩のような固い意志を壊すほど、美味しそうに食べる顔〟 は悪口より褒め言葉のはずで…更に、〝褒め言葉だよな?〟 と光る刃を数センチ見せられたら、それはもう、首を縦に振るしかない。

「そ、そそ…そうだな…。いやぁ~…お前に褒められるなんて嬉しいぜ、オレは…」

「そ、そう? それはよかったわ…。美味しそうな顔って見てるだけで幸せになるものね…。食欲がなくても、あなたの顔を見るとついつい食べれちゃうっていうか…」

「そうか? それはよかったな、うん…」

 チラチラとイオータを横目で見ながら、右手が剣の柄から離れるまで、二人は懸命に仲のよい会話を続けた。そしてようやく剣が収められると、ルシーナが心配そうに自分の足を見つめている事に気付いたラディが、〝今だ…〟 とばかりに話を変えた。

「どうした、ルシーナ?」

「ん? …うん…やっぱりすごく腫れてるな…って思ってさ…」

「あ? あぁ…まぁ、昨日の今日だからな。でも、数日でこんな腫れは引くし…マジ、気にすんなって」

「…うん…」

 そう返事はしたものの、責任を感じている気持ちは十分に伝わってくる。いくら 〝気にするな〟 と言われても、やはり完全に治るまでは気にしてしまうのが当然なのだろう。同じような責任を感じているミュエリには、尚更その気持ちが分かり、分かるからこそ、少しでも気持ちを楽にさせてあげたいと思った。とはいえ、ラディの手前、自分のせいだとは言えなかったのだが…。

「本当に気にする事ないのよ。もとはと言えば、自分でやったようなものなんだから」

「え…自分で…?」

「そっ。指を突いた時の処置と同じだとか何とか言って、無理に、挫いたのと反対の方向に曲げちゃったのよ」

「うそ…そんなことしたら…」

「でしょう? あとでディトールにも叱られたわ。どちらの方法も間違ってるから、絶対にしないように…って。普通に考えたって変に動かさない方が良いって事ぐらい分かるでしょ? なのに変に知ったかぶりしちゃって適当な事するから、ここまで酷くなっちゃったのよ。だからね、あなたが気にすることないの。そうよね、ラディ?」

「お…前なぁ…」

「あら、何か反論でも?」

(ここで 〝違う〟 なんて言えるわけねーじゃねーか。いや、事実だから違わねーし、ルシーナに 〝気にするな〟 と言った気持ちにウソはねぇけどよ…もっとこう…言い方があんだろ? だいたいな──)

 もともと恩着せがましく 〝庇ってやった〟 と言う気はなかったが、反撃のひとつとしてそんな言葉が浮かんだ。けれど、それを言ったところで返ってくる言葉は予想がつくし、何より、これを機に再び言い合いが始まれば、静観する間もなくイオータの剣が抜かれるという 〝確信〟 があった為、ラディはその言葉を飲み込んだ。

 珍しく反論しないラディに、ミュエリが溜め息をつく。

「…なんなのよ?」

「別に、何でもねぇよ。ただ…いつかぜってぇ、罰が当たるからな、お前?」

「なに、それ!? まるで話が繋がってないんだけど?」

「オレの中では繋がってんだよ。長年積み重ねてきた お前の言動、全てがな」

「失礼ね! 私は罰が当たるようなことは言ってもいないし、してもいないわよ」

「それはお前が気付いてないだけだろ?」

「何ですってぇ~!?」

「欲求はいっつも自己中心的だし、思った事は何でも口にするしよ──」

「それはあなたも同じだって、前にも言ったでしょ!? だいたいね、それで罰が当たるなら、私よりそっちが先なんだから!」

「はぁ!? 何の根拠があってオレが先なんだよ!?」

「そんなのどうだっていいでしょ!? ただ、そう決まってるだけなんだから!」

「そりゃ、お前が勝手に決めてるだけだろーが!?」


 折角、言い合いを避けようと飲み込んだにも拘らず、結局、最後の一言がそのキッカケとなってしまった。

(──ったく、どうしようもねぇな、こいつらは…)

 ラディの確信どおり、ミュエリの 〝失礼ね!〟 と言った辺りから、再びイオータの手が剣に掛かっていた。そして、十センチほど音もなく抜かれた時だった。

「…当たらないよ」

 どこか冷めたルシーナの声が聞こえ、二人の言い合いがピタリと止まった。みんなの視線が彼女に集まる。

「罰なんか当たらない、絶対に」

 彼らの視線を避けるように繰り返された言葉は、まるで自分に言い聞かせているようにも聞こえた。瞬時に何かあるな…と思ったのはここにいる全員で…今度はみんなの視線がネオスに注がれた。──が、無言の質問にネオスは首を振った。それを見たミュエリが直接質問する。

「どうしてそう思うの、ルシーナ?」

「どうしてって…そんなの罰を与える人がいないからに決まってるじゃん」

「罰を与える人って…」

「まさかお前…神の存在、信じてねーのか…?」

「そう言うおにいさんは信じてるの?」

「あったりめーじゃねーか。神様はちゃんといて、オレたちの行動とか全部見てんだぜ?」

「だったら、どうして悪いことしてる人に罰が当たんないのよ?」

「それは…罰が当たんないんじゃなくて、罰が当たるのに時間がかかってるだけじゃねーのか? 遅かれ早かれ、いつかはぜってぇ罰が当たると──」

「何年も?」

「あぁ?」

「一番重い罪を犯してるのに何年も罰が当たらない人 知ってるよ、あたし。その人達は罪の意識さえ感じてなくて、今ものうのうと生きてる…。なのに正しい事してる人の方が罪を犯してるみたいに毎日ビクビクして、辛い思いしてるんだよ!? こんなのおかしいでしょ!? 何にも悪い事してないのに辛い思いするなんて……神様がいない証拠じゃん!」

「いや、けどな…」

「それに、もしおにいさんの言うように神様が本当にいたとしたら、誰よりも先に罰が当たるのはあいつらだもん! あたしから…あたしやお母さんからお金より大事なものを奪ったあいつらが先なんだから!!」

 叫ぶようにそう言うと、堪えきれなくなった涙を隠すようにその部屋を飛び出して行った。

「お、おぃ、ルシーナ…うぉっ──」

 咄嗟に追いかけようとしたラディだったが、骨に響くような痛みが足首を襲い、そのまま体ごと固まるように蹲ってしまった。

 そんな時、らしくない口調で独り言のように呟いたのはミュエリだった。

「神様はいない…か」

「い、いるに決まってんだろ!? なに 〝そうかもしれない〟 みたいな顔してんだよ、お前は!?」

 痛みを堪えているからか、その口調はケンカを売っているようなものだったが、ミュエリがその口調に乗ることはなかった。

 ややあって静かに立ち上がると、ルシーナを追いかけるべく部屋を出て行こうとしたのだが、扉にさしかかった所でふとその足が止まった。

 〝ミュエリ…?〟

 ラディたちの、そんな呼びかける間があったかと思うと、

「私、あの子の気持ちよく分かるわ…」

 振り返りもせずそう言い残し、ミュエリが部屋を出て行った。

 数秒の沈黙のあと、それを破ったのはラディだった。

「お…い…今のどういうことだよ…?」

「どういう事って、つまりそういうことだろ? ルシーナと同様、ミュエリも神の存在を信じてねぇことじゃねーのか?」

「いや…そういう事じゃなくてよ……っつーか、そう考えてる事も問題だけど…なんていうか…最近のあいつ、らしくない時があるからよ…」

「あぁ、ジェイスの一件からだろ? それはオレたちも気付いてるさ」

「なんだ、そうか…」

「確か、ルシーナと似たようなこと言ってたよね、癒し火を流したあと。何も悪い事してないのに、死ぬのはいつだっていい人ばかりだって」

「神を信じない理由はそこにある…か? だとしたら、かなり深い傷を負ってんのかもな、ミュエリも」

「深い傷…」

 ラディがボソリと繰り返した。

(神を信じれるオレの方がまだマシってことか…。にしても、まさかあいつまで背負ってるもんがあったとはな…)

 普段のミュエリからは想像のつかないことに驚いたのはもちろん、今までそれを感じさせなかった彼女の態度に、ラディはどこか切なさを感じていた。

「おい、ネオス。あいつが負った傷の事、いつか聞き出してやってくれねーか?」

「……え?」

「オレが聞いたところでケンカになるのがオチだしよ……話せば少しは楽になるだろーからな」

「あ、あぁ…分かった」

 ラディからの意外な依頼に驚きつつも見直した二人だが、面白そうに突っ込んだのはイオータのほうだった。

「へ…ぇ、珍しいじゃねーか。お前がミュエリを気遣うなんてよ?」

「う、うるせぇ…。傷付いてるヤツ見ると、それが悪魔でもほっとけねぇタチなんだよ、オレは。文句あっか?」

「ハハ…あるわけねぇだろ? けど、その優しさをルフェラに分かってもらえたら、お前の事も見直すだろうになぁ?」

「全くだぜ。──ってか、なんでこういう時に限ってルフェラが…」

 そう言いかけて、ふと別の可能性が頭をよぎったようにハッとした。

「ひょっとして…眩暈ってゆーのは口実で、お前に会いたくなかっただけじゃねーよな?」

「オレに? なんでそう思う?」

「なんでって…昨日、朝からルフェラの様子がおかしかったのは、どう考えてもオレの一言が原因じゃねーと思うし……だいたい、どっちかってーと、オレよりお前の方を避けてる感じがしたしな」

「……………」

(なるほど、いい観察力してんじゃねーか。それだけルフェラを見てるって事か…)

「どうなんだよ?」

 避けられる心当たりがあるんじゃねーのか…と目で聞かれると、イオータはチラリとネオスを見やってから、

「あれは、お前の一言が原因だと思うぜ、オレは」

 ──と、シラを切ったのだった。

(マジ…で…?)

 全くもって心当たりはない、と言い切るほどの口調に、単純なラディの心が不安に駆られていく…。

 そんな矢先──

「心配してたんだから、大丈夫だよ」

 不意に天使のような言葉が耳に届き、その声が聞こえてきた方を見れば、元の表情に戻ったミュエリとルシーナが部屋に入ってくる所だった。

「心配してた…って、ルフェラがオレの事をか?」

「うん。何を言って避けられてるのか知らないけどさ、最初に言ったじゃん。眩暈が治まってからも来ようとしてたって。本当におにいさんを避けようとしてたんなら、最初からここに来ようとはしないでしょ?」

 ルシーナにそう言われ、単純なラディの心が再び明るさを取り戻した。

「そうか…そうだよな、うん。なぁんだ、オレの事そんなに心配してくれたのかよ、ルフェラ。かぁ~、オレが歩けるようになったら、真っ先にお前のとこすっ飛んでいって抱きしめてやるからな。待ってろよぉ、ルフェラー」

 恥ずかしげもなく叫ぶラディに、まともに答えたのはルシーナだ。

「よっぽど好きなんだねぇ、おねえさんの事」

「ばぁ~か。好きなんてもんじゃねぇ、愛してんだよ、オレは」

「ふ~ん、そうなんだぁ」

「あぁ」

 たった一人、ルシーナが加わった事で、その後の会話は穏やかなものになった。否定するどころか興味津々で受け答えしていたのがよかったのだろう。〝今度、言い合いが始まったら…〟 といつでも剣を抜ける準備をしていたイオータも、ルシーナがいる間はそこに手を掛けることはなかった。



 夕方になりネオスたちが帰ろうとすると、〝泊まっている場所の確認だ〟 と、イオータも一緒に家を出た。もちろんそれは口実で、本音はネオスと話したいことがあったからだ。そしてそれは、ネオスも同じだった。

 ルシーナはラディに謝った事で心苦しさがなくなったからか、その後の楽しい会話の余韻を感じているように、弾むような足取りでネオスたちの数メートル先を歩いていた。

 そんな後ろ姿を見つめながら、敢えてゆっくり歩いていたイオータが口火を切った。

「──で、アレはどうなってる?」

「まだ続いてるよ。強さは変わってないけどね」

「なるほど、狙いは残り二割のルフェラだったってことか」

「というと、そっちは──」

「あぁ、消えた。パッタリとな」

「……………」

「ルフェラにはオレみたいな経験はねーから、おそらく力の気配を感じ取ったやつらのものだろうけど…どっちにせよ、ああいう殺気はこれからも付きまとうぜ。今まで以上にあいつから目を離すなよ?」

「分かった…」

 全てを一任するような言葉がネオスの体に緊張感をもたらしたが、それと同時に一昨日の夜の事も思い出された。ネオスは確認の為にも改めてその事を聞いてみた。

「イオータ、あれはわざとだったんだろう?」

「何の事だ?」

「一昨日の夜のことだよ」

 そう言うと、それこそわざとらしく、〝あぁ〟 と思い出したように頷いた。

「やっぱ、聞こえてたか…」

「まぁね…」

「ってか、普通起きるよな、あんな大きな声 出しゃぁよ? あれで起きなかったのはラディとミュエリくらいだぜ? 間違いなく地震がきても起きねぇよな、あいつら」

 呆れるような口調に、ネオスは複雑な笑みを浮かべた。正直、そこはどうでもいい彼の〝独り言〟 だったからだ。そんなネオスの表情に気付き、しょうがねぇな…とばかりに話を戻した。

「まぁ…同じ力を持ってると知ったあいつの気持ちは痛いほど分かるんだけどな、頼るべき相手はオレじゃねぇだろ? 可哀想だとは思ったが、オレはアテになんねぇって思わせる為にもああ言うしかなくてよ…。わりぃな、大事な主君を傷付けちまって」

「いや…謝るのは僕の方だよ。もともと、全てを話す勇気が僕にあれば、君にこんな嫌な役をさせてしまうこともなかったんだし…」

「全くだぜ。──って言いたいところだが、お前らが背負ってるもんはとてつもなくでかいようだし…命を投げ打ってでも主君を守る事の出来る共人が悩んでんだ。オレがお前でもその勇気があるかどうかは分かんねぇからな。ただ…」

 イオータが置いたその一呼吸の間に、ネオスが 〝ただ…?〟 と無言で繰り返した。

「ただな、公私混同はするなよ?」

「……………!」

「オレらは共人なんだ。主君を守り本来の姿へ導くのが使命だが、その 〝守り〟 は傷付けるもの全てを排除するという意味じゃない。分かるよな?」

「あ…あぁ…」

「悩んだ時は 〝ネオス〟 としてではなく、〝共人〟 として判断するんだ。そうすりゃまず間違いない。ただお前の場合は…まぁ、すぐにとは言わねーが、抱え込んでる全ての事をオレに話すのが先だな。判断材料のひとつくらいは出してやれると思うぜ?」

(──って、いいのかオレ? こんなこと言っちまってよ…)

 直後にそんな覚悟ができてなかったことに気付き後悔したが、覚悟があろうとなかろうと、そろそろなんとかしないと…という気持ちがあるのも事実だった。そして何よりイオータは、覚悟ができてないから…と放っておける人間ではないのだ。故に、ネオスには気付かれぬよう、密かに覚悟を決めた。

 そんなゆとりあるイオータの態度にネオスも安心したのか、〝そうだな…〟 と何度か頷くと、とりあえず話しておきたいことは終わったと、イオータが別の話題に切り替えた。

「そういや昨日の家出人、帰ってきたらしいぜ」

「家出人…?」

 繰り返して、〝あぁ〟 と思い出した。

「ティオとか言ったっけ?」

「そうそう」

 それは、昨日の街が何となく慌ただしかった原因だった。統治家の息子、ティオが突然いなくなったというのだ。大事な息子がいなくなったとは統治家故に公にはできず、密かに命令された役人たちが探していたらしいのだが、ディトールの父親はその上司の命令で動いていた為、その情報がディトールを介して伝わってきたのだ。

 ただ不思議な事に、統治家の息子の顔を知るものはほんの僅かだという。そんな息子をどうやって探すというのか…。関係ないとはいえ、実は何となく気になっていたのだった。

「帰ってきたってことは、自ら…ってことだよね?」

「あぁ。出掛けて迷子になる年齢でもあるまいし、たった半日いなくなったってだけで、そこまで慌てることはねぇと思うけどなぁ? しかも役人の殆どがその息子の顔を知らないんだぜ? 普通じゃあり得ねぇって」

「確かに…」

「よっぽどの過保護か秘密主義…だよな」

「どっちにしても、複雑そうだ…」

「全くだ。──あぁ、複雑といえばディトールの家も複雑そうだぜ?」

「ディトールの家も? どんな風に?」

「んん~、なんてゆーんだろーな…。親と顔を合わす時間が少ないっていうのもあるんだろうが、どうも本音で話してねぇっていうか、隠しごとしてんだよな、あいつ」

「隠し事…」

「ラディの足に使ってる張り薬あるだろ? 幾つか薬の類はあるらしいんだが、どれもこれもあの分厚い本の奥に隠すように置いてあるんだ。だいたい、薬の類は家族のみんなが使えるような場所に置くのが普通だろ?」

 そう言われ、ネオスは玄関先でイヌザンショウの実を渡したルシーナとディトールの会話を思い出した。

「隠すように…というよりは、事実、隠してるんだと思う」

「なに…?」

「今日、ルシーナがディトールにイヌザンショウの実を渡したんだけど、その時ひどく動揺してたんだ。それに、この事を僕が他の人に話していたら、今頃ディトールはここにいないはずだ…とも言ってた」

「今頃ここにはいない? それってどういうことだ?」

「さぁ…。ただ、見つからないようにしているのは確かだから、僕たちも黙っていた方が言いと思う」

「あ…ぁ、そうだな…」

 ディトールの家の事情とはいえ、正直、他愛もない話のひとつに過ぎなかった。それがまさか謎を生み出すとは…。

(──ったく、何なんだ、この街は…?)

 面倒クセェな…と頭をかいていると、

「ねぇ!」

 大きな声が飛んできた。見れば、曲がり角のところでルシーナが立ち止まって左上を指差しているところだった。

「なんだ、どうした?」

「あたしんち、ここの一番上の家だから」

 曲がり角のところまで来て見ればそこは階段で、ルシーナは既に階段の真ん中あたりまで昇っていた。

「おにいさん、うちに寄ってく?」

 当然の事ながら純粋で何気ない一言だったが、イオータは 〝ハハ…〟 と思わず笑ってしまった。

「まるで 〝誘い人〟 のようだよな」

 ボソリと呟いたその口調は、十年後に誘われたら間違いなく寄っていく、と答えそうなものだった。

「ねぇー、おにいさん?」

「あぁ…いや、今日は場所の確認だけでいいんだ」

「そっ?」

 〝あぁ〟 と頷くイオータを上のほうから確認したものの、すぐにはネオスが上がってこないと感じたのか、今度は彼に声を掛けた。

「先行ってるよー、おにいさん?」

「うん。僕もすぐに帰るからって、ルフェラに言っといてくれるかな?」

「分かった。じゃあまたね、そっちのおにいさん!」

「そっちの…かよ…」

 小さく突っ込みを入れつつ、苦笑いしたイオータが手を振った。

 タタタタタ…と駆け上がっていくルシーナを見送りながら、ふと思い出したように再びイオータが質問した。

「そういや、ルーフィンに聞いたか、例の傷口の件」

「あぁ、数日前にね」

「で、なんだって?」

「誰も見てない…って。気配も感じなかったそうだよ」

「そうか…」

 予想はしていたものの、イオータはその答えに溜め息をついた。

(オレ自身が気配を感じてなかったんだ、当然といえば当然か…。けど、そうすっとマジで解せねぇな、あの傷口…)

 尚更、〝解せない感〟 が強まったものの、考えた所で分かるはずもなければ、ここで頭を抱えたってどうしようもない。とりあえず今は考えるのはよそうと、イオータは軽く頭を振った。

「まぁいいや。──ンじゃな」

 軽く手を上げながら背を向けたイオータに、ネオスが 〝あぁ〟 と答えたものの、心に残っていた彼の言葉がそうせたのか、ほぼ無意識的に呼び止めていた。

「イオータ…」

「あぁ?」

 振り返ったイオータの目に、どこか思いつめたようなネオスの表情が映る。

「どうした?」

「あ、あぁ…」

 一瞬 言いよどんだものの、覚悟を決めたように躊躇いの息を吐き出した。

「…ルフェラは、守るべき村を滅ぼしたんだ、自らの手で…」

「────ッ!!」

 その言葉にイオータは驚愕した。

(守るべき村を…滅ぼしただと…!? しかも自らの手で…!? ってことはやっぱ、あいつが言ったあの言葉の意味は──)

 イオータはジェイスの村で幾つかの疑問をネオスと話した時の事を思い出していた。守るべき村を捨てたならまだマシだと言ったネオスの言葉と、大勢の人を殺したと言ったエステルの言葉を重ね合わした時、まさか…と思ったあの結論の事だ。それはあまりにも恐ろしい事で、そうあって欲しくないという気持ちから口に出せないでいたのだ。

「それが、思い出して欲しくない事のひとつなんだ。だけど、失くした過去がそれだけなら、僕はルフェラが思い出す事にこんなにも恐れはしないと思う」

「…ぁ…あ…それって…」

 〝それって、他にもあるって事なのか…?〟

 そう聞きたかったが、さすがのイオータも驚きのあまり言葉が続かなかった。ただ同時に、以前にもそれらしい事を言っていたはずだ…という記憶だけは蘇ってきて、それを思い出そうとコメカミあたりを押さえていると、ネオスが申し訳なさそうな息を吐き出す音が聞こえた。

「また、落ち着いた時に話すよ」

 イオータ自身が落ち着く為にもそう言うと、少し時間を開けて話すことを約束し、その場で別れることにしたのだった。


 その帰り道──

(守るべき村を滅ぼしてもなお、力が目覚めるってことはどういうことだ…? 本来、守るべき村がなくなれば、神の存在は無となり神自身も滅びるはずだろ…? なのに力が目覚め始め、ルフェラが神として存在しようとしてるって事は、ネオスの村…つまり、新たに守るべき村を得たからってことなのか…? いや…だけど守るべき村を失くしたからって、次また新たに…なんてことは聞いたことねぇぞ? だいたい、本来 守るべき村はひとつのはずだ…。だとすると、一体どういう事なんだよ…?)

 考えれば考えるほど謎は深まり、足取りは行きよりも更に遅くなっていた。そんな時、ある可能性がふと頭をよぎり、イオータの足がハタと止まった。そのせいで後ろを歩いていた街人が数人、避けきれずイオータの肩とぶつかった。が、イオータは気にしなかった。

(ま…さか…滅びた村の誰かが生きてるってこと…か…?)

 可能性は低いが、そう考えれば今の疑問には説明がつく。たとえ一人でも守るべき村の住人が生きていれば、神としての存在理由があるからだ。

(そういう…ことなのか…?)


 一方ルシーナの家では、家に帰りついたネオスがある一点を見つめて動けなくなっているルフェラを目にした。その顔は瞬きするのも忘れるくらい驚いていて、同時にひどく青ざめている。

 慌てて駆け寄ろうとしたネオスが、当然の如く追いかけたルフェラの視線の先で見たものは、母親の頭上に浮かぶ黒い死の光だった──

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