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女神伝説  作者: Sugary
第五章
79/127

BS7 残された疑問

 癒し火を送り出してから数週間後──

 川のせせらぎに混じって聞こえてくる金属音は、ネオスとイオータのものだった。

 より一層 高く激しい音が響くと、金属音は止み二人の荒い息遣いだけが残った。

「勝負、あったな…」

 転んだネオスの喉元にはイオータの剣が突きつけられていた。

「──けど、なかなか上達したぜ」

 そう言って剣を引っ込めると、反対の手を差し出した。ネオスがその手を借り立ち上がる。

「誰かさんの教え方が上手いから、だろ?」

「とーぜん!」

 さっきまでの真剣な表情からいつもの口調に戻り、二人はフッと笑った。

「ちょっくら、休憩でもするか?」

「あぁ…」

 剣を鞘に収めると、川で顔を洗ってから近くの日陰に腰を下ろした。

「それにしても、ジェイスが引き受けてくれて助かったぜ」

「うん…?」

「ラディたちの事さ。この状態であと二人も面倒みてたら、オレの方が死んじまう」

 それだけ力の目覚めたネオスの上達は早く、イオータ自身も気が抜けなくなってきたという事なのだろう。ネオスは 〝あぁ…〟 と納得すると同時に、そう言えば今回のことで確かめたい事があったんだ、と思い出した。

「イオータ?」

「あぁ?」

「死の花によって失われたのは、死を予知する力だけじゃなかったんだろう?」

「──なぜ、そう思う?」

「死を予知する力だけなら、共人としてあの二人が何者か分かったはずだ。僕やルフェラの力が弱くても共人と主君だと見抜いたようにね。そして、その時に分かったんだろう? 死の花の代償はエステルの命ではなく、神と共人の力そのものだったんだ、と」

 〝違うかい?〟 と付け足せば、イオータはフッと笑った。

「その通りだ。よく気が付いたな」

「まぁね…」

「驚いたぜぇ? 森の中で力を取り戻した時は。あいつら、オレらと同じ世界の人間だったのかってよ。でもまぁ、それならそれで心配する必要はなくなって、安心したけどな。──けど、おっそろしいよなぁ、死の花ってやつは。神や共人の力そのものを奪っちまうんだからよ」

「あぁ」

「それが太陽と月の……相反する力の奇跡によって戻ったとは…」

「彼もそう言ってたよ。──って、どうして 〝太陽〟 だって?」

 神とその共人だと分かっても、何を司るかまでは分からないはず。ネオス自身もその事はまだ言ってなかったはずだ…と問いかければ、

「エステルのペンダントさ」

 ──と、当然のように返ってきた。

「あの形と色は太陽を表すものだからな。ただそんなことより、今回のことでは解せない事が幾つか残ったんだが…」

「解せないこと…?」

「まずひとつ、ルフェラの心の臓の発作だ。これはおそらく御霊に触れられた事が原因だろうが…今までに何回起きたか覚えてるか?」

 質問されて、ネオスは思い出しながら指折り数えてみた。

「…確か、三回だったと思うけど?」

「その通り。最初はここに来る前の森の中、二度目は夜中に出歩いた時、三度目は病の先生に診てもらう日の朝に起きた。だが、御霊に触れられたのはこの村に着いた時のはずだ。だとすると──」

 そこまで言われ、ネオスはハッとした。

「最初の発作は御霊に触れられる前…!?」

「あぁ。心の臓そのものに問題はねーから、〝病気〟 ってわけでもねぇし…だとすると、何が原因かハッキリしなくてよ。単に疲れやストレスによるものなら、それはそれで安心なんだが…。まぁ…あれ以来、発作も起きてねーしな、そう深く考えることもねぇんだろうけど?」

「あ…あぁ…」

「それから、二つ目はクモ賊の遺体に残された傷跡だ」

「…………?」

「何人かは、明らかにオレたちとは違う 〝誰か〟 によって殺されていた」

「まさか…!? あの場に僕たち以外の誰かがいたと?」

「あぁ。傷跡の深さや致命傷からいって相当な腕を持つ男だ」

「ひょっとして、君の──」

「それも考えたが、あいつの気配はなかった。っていうより、オレら以外の気配がなかったから、気になるんだ。少なくともオレらに対しての敵意は持ってないようだが…。あぁ、そういや遺体の中の一人にはルーフィンの噛み傷が残ってたから、あいつに聞きゃぁ、何か分かるかも知れねぇな」

「…分かった、また聞いてみるよ。──他には?」

「…主君と共人の関係、かな。正直、これが一番 気になってることだ」

 吐き出した溜め息は珍しく重苦しいもので、ネオスの表情も自然と硬くなった。

「──というと?」

「今まで主君と共人の関係に血の繋がりはなかった。もちろん、共人が年下だった事もな。血の繋がりだけなら、あの二人が本当の兄妹でないと結論付ければ済む事だが、共人が主君より年下なのは説明が付かねーんだ…」

「…つまり?」

「つまり、有り得ねぇことが起きてるって事だ」

「有り得ない…こと…」

「最初から主君がいなかったお前の状況も、有り得ない事のひとつだぜ?」

「──!!」

「──とは言え、今のお前の主君がルフェラである事には変わりねぇからな。そこは安心しろ」

「あ…あぁ…。でも、どうしてそんな事が…?」

「さぁな…。神の世界でとんでもない事が起きているのか、それとも過去に起きたのか…」

(過去に起きたのだとしたら、おそらくルフェラの事が関わってんじゃねーかと思うんだが…)

 守るべき村を捨てた…いや、捨てたならまだマシだと言ったネオスの言葉と、死者の姿が見える時に、ルフェラに対し大勢の人を殺したと叫んだエステル…。その二つが同じ事を意味するなら──

 まさか…という結論に至るものの、それはあまりにも恐ろしいことで、さすがのイオータもそれを口にする事はできなかった。

「どちらにせよ、何かが起こってる事には間違いないだろ。──あぁ、そういや、ルフェラはお前に何か話してきたか?」

「……いや?」

「そうか…。エステルが宿に乗り込んできた時、あいつにも死の光が見えてたし、エステルの過去を話すときも 〝知らせ〟 が見えなかったと言ったからな…エステルと同じものが見える自分が何者か…お前になら相談しにくるかと思ったんだがな…」

「ルーフィンの心理作戦のお蔭で、機会を見て僕だけには話してみるとは言ったみたいだけどね」

「心理作戦?」

「簡単に言えば、値段交渉と同じかな」

「はは~ん、そういう事か。最初に無理なことを言って、最後に 〝せめて…〟 って落とすやり方だな?」

 ネオスは苦笑いしながら頷いた。

「でもまぁ、それは正解だな。ラディたちにこの事がバレたら、あいつらの弱さは、いつか今以上にルフェラを苦しめることになる」

「あぁ…」

 死ぬと分かった人間を放っておく事などできやしない。特に真っ直ぐすぎるラディやミュエリには。たとえイオータの説明で運命を変えてはならないと知っても、もしこの先、大事な人ができて、その人が命を落とす運命だったとしたら…? 更に、運命を覆す力をルフェラが持っていると知ったら、何が何でも助けて欲しいと懇願するだろう。その気持ちは普通の人間なら当然のことで、責める事はできないものだ。それ故、ルフェラが板挟みになって今以上に苦しむならば、最初から彼らには知られないほうがいいのだ。

 主君が苦しむくらいなら自分が苦しむ方がいい…。

 死ぬと分かったのが自分の親であっても、それを見届ける強さを持っているのが共人ならば、ルフェラが相談する相手はネオスしかいないのだ。

「けど、まだ何も言ってこねぇか…。何ならこっちから聞いちまえばどうだ? 案外、質問された方が答えやすかったりするかもよ?」

 〝何なら…〟 といかにもイオータらしい軽い口調だが、実際問題、ネオスもそれが一番いい方法だろうと思っていた。主君と共人という関係をルフェラが知っているなら…あるいはルーフィンみたいに同じ力を持っていると知ってるなら、話もしやすいのだろうが、ルフェラにとってネオスは 〝普通の人〟 。突然、〝こんな力がある〟 とは言えないのだろう。

 (機会を見て…と言うならば、僕がその機会を作ればいいだけのこと…か)

 そう思い、ネオスが 〝分かった〟 と頷けば、イオータも 〝よし〟 とばかりに頷いた。

「それとな、ミュエリの事なんだが…」

「ミュエリ…?」

「あいつも、お前らみたいに何か背負ってんのか?」

「………?」

「いやな…今回の事で、あいつらしくない時が何度かあっただろ? 色々あって過敏に反応したのか、妙に思いつめたような顔してよ」

 言われて、ネオスは癒し火を送り出した時の事を思い出した。

「そう言えば…ジェイスさんと別れたあとのミュエリはおかしかったな…」

「それだけじゃねーぜ。宿に乗り込んできたエステルに言い放った、お前の言葉がどういう意味なのか…っていう話の時もおかしかっただろ?」

「あぁ…」

「──って、今更お前が気付くってことは、特に何もねーのか?」

「いや、何かあるのかもしれないけど…実は知らないんだ、彼女と知り合う前のことは…」

「知り合う前? それってお前…?」

「ルフェラやラディと同じだよ。ミュエリもよその村から来たんだ、七歳の時にね」

「は? マジかよ!?」

「あぁ」

「なん…なんだ、お前の村は…?」

「さぁ…?」

「──ってか、お前までよそ者っていうんじゃねーだろーな?」

「それはないと思うよ。物心ついた時にはあの村にいたし、赤ちゃんの時から僕を知ってる人もいるからね」

「はは…そうか…よかった、安心したぜ。──にしても、お前の話は驚く事ばかりだな? まぁ…ある意味、退屈しなくていいんだけどよ」

 そう言って軽く笑ったものの、すぐに真面目な顔つきに戻った。

「──ところでお前、気付いてるか?」

 チラリと目をやったのは森のほうで、ネオスもそれが何を意味しているのかすぐに分かった。

「あぁ、昨日辺りから肌を刺すような感覚が続いてる。──狙いは?」

「そりゃぁ、オレっていう可能性が一番高いだろーな。けど、最近のあいつから感じる力を考えると、ルフェラという可能性もないことはない。それに、あの小さいガラスの事もあるしな。──まぁ、今すぐどうにかしようっていう強さでもねぇし、しばらくは様子見でいいんじゃねーか?」

「…そうだな」

「よぉ~しっ! んじゃ、解せねぇことは全て話してスッキリしたし…始めるか、後半戦?」

 ニッと笑えば、〝望むところだ〟 とばかりに、ネオスが剣に手をかけた。

 立ち上がると同時に、甲高い金属音が響き渡ると、それは 〝前半戦〟 より、長く続いたのだった──

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