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女神伝説  作者: Sugary
第五章
76/127

BS6 目覚めた共人の力

「…青い目!?」

 腕の刺青を確かめ、改めて目の前に広がる惨状を目の当たりにしたラディは、恐ろしさとひとつの不安を感じ、既に口元を押さえているミュエリ同様、言葉を失った。

 イオータは倒れている男たちの体──特に傷口部分──を調べている。

(この傷口の鋭さと深さ、それに──)

 体に、斬り傷と動物の噛み傷がある遺体は一人だけ。その噛み傷がルーフィンであることは容易に分かったものの、傷口には納得できないでいた。

 他の遺体も確かめるため見て回ったが、そこに転がる男たちの体には、同じような鋭く深い傷が残っている。しかも、どれも致命傷となるものだった。

(どういう事だ いったい…?)

 ルフェラはもちろん、〝ひとつの望み〟 の仕業とは思えない傷口の深さ。それは、男の力によるものだったのだ。

 (まさかアイツが…? いや……んなわけねぇよな…)

 数日前に感じた主君の気配。その記憶と男の仕業という結論から、〝まさかまだここにいるのか…?〟 と頭をよぎったのだが、すぐに否定した。

 確実に力がなくなりつつあると思っていた不安は、テトラがルフェラの御霊に触れていたと分かった時点でなくなった。故に、この森に入ってから今まで…そして今も尚 主君の気配を感じていないという事は、つまり、ここに主君はいないということなのだ。

 イオータは、ひとつひとつ遺体を調べながら、ルフェラに渡した剣の 〝気配〟 を辿り続けた。その後ろをラディたちがついていけば、しばらく遺体がない状態が続いたものの、すぐに同じような惨状を目にすることになる。ただ、遺体の傷は、先ほどのものとは違っていた。これこそ 〝ひとつの望み〟 の仕業だと確信できるものだった。けれど、そうなるとやはり、さっきの傷口が誰の仕業なのかという疑問が強く湧いてくる。

 イオータが解せないことに首を捻る一方で、辺りを見渡していたラディは、視線の先で松明が燃えているのを見つけた。灯りの下ではルーフィンが倒れていて、更にそのすぐ隣で人が倒れている姿を目にすれば、心の臓が 〝ひとつの不安〟 に強く反応した。

「ルフェラ!?」

 思わず叫び駆け出せば、ミュエリや遺体を調べていたイオータも駆け出した。が、すぐに体型などから倒れている人がルフェラじゃないことが分かり、一斉に安堵の息がみんなの口からもれた。ラディとミュエリは、最悪な結果じゃないことに膝をついて崩れたほどだ。

 イオータは、苦しそうに浅い呼吸を繰り返すルーフィンに触れ、ケガの状態を調べた。

「大丈夫なのか…ルーフィンは…?」

「あぁ…。骨は折れてるが、大したことはない」

「そっか…」

「でも、ルフェラは大丈夫なの? ルーフィンがこんな状態ってことは、もしかしたらどこかに──」

「いや、ルフェラは大丈夫だ」

 どこかで倒れてるかもしれない…というミュエリの不安を、イオータは即否定した。

「ルーフィンの手当てをする余裕があるんだぜ?」

「…あ…ぁ、そ…っか……そうよね…」

「けど、そうなるとよ…ルフェラはまだこの先に向かってるってことだよな?」

「あぁ…」

「んじゃ、早く行こうぜ!?」

 ルーフィンをこのままここに置いておくのも気が引けるが、今一番大事なのはルフェラのこと。大したことないなら、尚更ルフェラを追いかけるべきだ、と男の遺体をまたいだのだが…。

「──無理だ」

 イオータが溜め息混じりに即答したため、ラディは驚いて振り返った。

「…な、なんでだよ…!?」

「ルフェラがどこに向かったか分かんねぇんだよ」

「はぁ…?」

「見てみろ」

 そう言ってルーフィンの傍から拾い上げたのは、一本の剣だった。

「そ…れは…お前がルフェラに持たせた──」

「あぁ、そうだ。オレが持ってるこの二本の剣には、お互いを引き寄せる特殊な力が宿ってんだ。離れてても剣の気配を辿れば見つけられる。だからあいつに持たせたんだが……」

「それを置いてったってゆーのか…?」

 イオータは無言で頷いた。

「あ…じゃ、じゃぁ…どうすんだよ!? それがここにあるってことは、あいつは今 何も持ってねぇってことじゃねーか!! だったら尚更、追いかけねーと──」

「武器は持ってるさ」

 慌てるラディの言葉を遮って、イオータは落ち着いた口調で答えた。

「…な…に…?」

「そいつの剣だ」

 そう言って、顎をしゃくったのは、ルーフィンの傍にある遺体──さきほどラディがまたいだ遺体──だった。

 言われて、足元の遺体に目を向ければ、確かに男の剣はどこにもなかった。

「オレが渡した剣より、こいつらが持っている剣のほうが長いからな。ま、当然といえば当然の選択だ」

「当然の選択って…お前、なに落ち着いてんだよ…!? 武器を持ってたって、ルフェラは一人なんだぞ!? 襲われでもしたら──」

「──こうなるってか?」

「────!!」

 転がる遺体を視線で指し示したが、それがルフェラの行く末だといっているのではなかった。遺体として転がるのは敵の方。ラディもイオータの言わんとしていることはすぐに分かった。

「まさか…ルフェラは一人でこいつらを…?」

 今更だが、そんな疑問を改めて口にした。そんなはずはないと思いつつも、状況的に考えれば、ルフェラしかいない。

 信じられないと辺りを見渡していると、イオータから意外な返事が返ってきた。

「──んなわけねぇだろ?」

「は…?」

「考えてみろよ。ルフェラにこんな腕があるわけねぇだろーが?」

「あ…じゃ、じゃぁいったい誰が──」

「アイツさ…」

「アイツ…?」

 繰り返して、そういえば少し前にも同じ言葉を言ってたな…と、思い出した。

「お…い……誰なんだよ、そのアイツってゆーのは!?」

「体の持ち主──エステルさ」

「なにっ…!?」

「気を失ったエステルが目を覚ましたんだろ」

「気を失ったエステルが目を…? ──け、けど…女のあいつにこんなこと……」

「あぁ。だが、ただの女じゃねぇぜ?」

「どういうことだよ…?」

「ルフェラを襲った夜、二階の窓から飛び出したあの身のこなしを見ただろ?」

「あ…ぁ…それが?」

「エステルは剣術に長けたジェイスの妹だぜ? あいつもまた、ジェイスと同じかそれに近いくらいの剣術を身につけていたっておかしくねぇってことだ」

「…マジ…かよ…」

「あぁ」

「…けど…そいつに任せて大丈夫なのか?」

「こいつらより短いオレの剣でここまでやれるんだぜ? 相当の腕だ。任せるしかねぇ…っつーよりは、任した方が無難だな。──それに、そいつの剣を持っていったと分かる遺体の傍に、こうやって松明とルーフィンとオレの剣を置いて行ったんだ。これは、〝ここで、ルーフィンを見ていてくれ〟 っていう、アイツからのメッセージだ」

「……オレらにできることは、それだけってことか…?」

「そういうことだな。──ま、この腕だ。アイツが目覚めたんなら、そう心配することはねぇだろ」

(そう、心配することはねぇ。少し前に感じたあの感覚…あれは……)

 テイトを天召させた時のように、おそらく空から降る月の光を辿ればルフェラの場所は分かるだろう。けれど、エステルが記したメッセージはもちろん、突然だったが、自分と同じ 〝モノ〟 を感じたため、イオータは敢えてメッセージ通り待つ事にしたのだった。




 その少し前──

「────ッ!!」

 ルフェラの体から白い物がスーッと抜け、それが松明の中に入っていくと、ルフェラの体はタガが外れたようにガクンと膝から崩れかけた。咄嗟に、支えるよう指示されていたネオスが受け止めたが、〝ルフェラ〟 と呼んでいいものかどうか分からず、すぐには声も掛けれないでいる。──と同時に、エステルの方も貧血を起こしたようにフラフラ…と座り込んでしまった。

「エステル…」

「あたしは…大丈夫…。それよりルフェラさんの方が……」

「あぁ、分かってる」

 〝大丈夫〟 と言いながら気を失ったエステル。それでも彼女の無事を確認したジェイスはすぐにネオスに向き直った。

「ネオスさん、早く宵の煌を──」

「え…?」

 突然の言葉に、ネオスは驚いた。

 ジェイスが普通の人では知らないような言葉を当たり前のように発したのもそうだが、その言葉を自分が理解すると知って言ったからだった。落ち着いて考えれば、今まで目にしてきた事からその言動も納得できることなのだろうが、今のネオスにそんな余裕はなく、ただ、ジェイスの会話に対応するしかなかった。

 それを悟ったのか、ジェイスが更に付け足した。

「説明は後です。とにかく今は宵の煌を…!」

「あ…でも──」

 〝早く…!〟

 そんな言葉が聞こえてくるくらい切羽詰った口調に、ネオスもルフェラが危険な状態であることを悟った。けれど、今の自分に……ルフェラの 〝命の気〟 さえ感じる事ができない自分に、いったい何ができるというのだろうか…!

 ネオスは自分の左手を見つめると、普段となんら変わらないその手を忌々しそうに握り締めた。

「ネオスさん──」

 〝どうかしたのですか?〟 と言いかけたジェイスは、さっきから気になっていた 〝感覚〟 の理由を知った気がしてハッとした。

「もしかして…まだ力が……!?」

 驚くように言われて、ネオスは悔しそうに頷いた。

 〝まだ〟 という言葉が深く胸に突き刺さる。本来なら既に目覚めている力…得ていて当然の力が、ネオスには 〝まだ〟 使えないのだ。しかも、主君の危機はまさに、〝今〟 なのに…!

(せめてイオータがここにいてくれれば、最悪のことは避けられる……ルフェラを助ける事ができるのに……!)

 自分の無力さとイオータを頼っている自分が情けなくもなるが、ルフェラの命には変えられない。ただ問題は、そのイオータでさえここにいないという事だ。

 御霊に触れられているというだけで命は危うく、テトラが 〝時間がない〟 と言った時点で──それがどちらにとってかは分からずとも──イオータを起こして連れてくるべきだった…とネオスは今更ながら後悔した。──が同時にその時の状況を思い出して、ルーフィンのあの言葉が脳裏を横切った。


 〝ネオス! 共人の使命を お忘れですか!?〟


 横切ったというよりは今まさに言われた気がしたのだが…あの時と同様、途端に焦りや悔しさ、やるせなさなどの感情が静かに消えていくのを感じ始めた。

(そうだ…そうだった…。僕はまだルフェラを救えるじゃないか…!)

 手段はどうであれ、他の誰でもない自分がルフェラを救える…改めてそう思えれば、ネオスの心に平静さが戻ってきた。

 一方 ジェイスは、ネオスから感じる力の弱さが 〝まだ目覚めてない状態〟 であったことを知り、少々 戸惑っていた。

 もしルフェラが 〝ただの人〟 なら、彼は何の迷いもなくネオスの代わりに力を使っただろう。けれど、ルフェラとネオスの正体を確信した今、それはできないことだった。特に、ルフェラの守り人──ネオス──が生きている段階で力を使うということは、共人としての彼の存在を否定することになるからだ。

 唯一、彼女の助けとなれるのはネオスと同じ立場のエステルのみだが、今の彼女に補えるほどの力は残っていないのが現実だった。

 どうするべきかと考えていると、不意に落ち着いた声が届いた。

「大丈夫です、ジェイスさん」

「……え?」

「力が目覚めてなくても、僕にできることはまだあります」

 ルフェラを見つめるその瞳は、穏やかとも思える眼差しで、ジェイスもネオスが何を言わんとしているかすぐに分かった。

「まさか…」

「──僕の命を捧げます」

「ネオスさん…!」

「無力な自分が唯一ルフェラにしてやれる事です。どんな方法であろうと、ルフェラが助かることには変わりありません。重要なのはルフェラが生きてくれることですから。それに…遅かれ早かれ命を捧げる日は来ます。それが今日というだけのこと。覚悟はとうにできていたんです」

 自分の命を捧げれば済むだけの事だ、とジェイスには聞こえた。いや…事実、そう言っているのだろう。もちろん、そのあと一人で生きていくルフェラの事が心配でないと言えばウソになるが、ルフェラが生きてくれさえすれば、自分の命を捧げる事に何の躊躇いもないのは事実なのだ。

 ジェイスは、そんなネオスを複雑な想いで見つめていた。

(きっと、エステルも同じ想いで私のことを……)

 ネオスの想いが 〝使命〟 だけに留まらないものであっても、その覚悟は共人全員に共通するものだと、ジェイスは悟った。そしておそらく、エステルも同じことを言うのだろう、と。

(私より長く生きられない運命を背負った彼女を、可哀想だと思っていたのは間違いだったようだ…。エステルは、彼同様、既に共人の使命を誇りとさえ思っているに違いない…。割り切らなければいけないのは私のほうなのかもしれないな…)

 ネオスにエステルの姿を見た気がして、ジェイスは自分が情けなくなった。反面、共人──エステル──の成長が嬉しく、またその存在を心強くも思ったのだった。

「…ネオスさん」

 ジェイスは何かが吹っ切れたような軽い息を吐いた。

「冷静沈着でいる為の考え方としては間違っていませんが、実行に移すのはあくまでも最終手段です。──今じゃありません」

「でも──」

「左手を貸してください」

 そう言うと、〝え…?〟 と言う間もなく、ジェイスはネオスの左手をルフェラの胸に当て、その上から自分の手を被せた。

「…ジェ…イスさん…? いったい何を──」

「ネオスさん、私は太陽を司る者です」

「──── !」

「太陽と月は相反するものですが、相反するものだからこそ、その二つが重なった時、私たちでさえ分からない何かが起こるものなのです。私とエステルは、死の花で失った力を取り戻しました。もしかすると、あなたの力も目覚めるかもしれません」

「────!!」

「──さぁ、全神経を集中して、体の中の 〝気〟 を左手に集めるようにイメージするのです」

 相反する力の奇跡を信じましょう…とばかりに、ジェイスがネオスの目を見て頷くと、全神経を集中するべく目を閉じた。一方ネオスは、考える余裕があれば導き出せた結論を本人から聞かされ、かなり驚いていた。ただ、何をどう言っていいのか分からないのはもちろん、聞きたい事があるはずなのに、それさえ思い浮かばないほど頭の中が真っ白で、しばらくは目を閉じたジェイスを呆然と見つめるしかなかった。─が、今のネオスにとって、頭の中が真っ白になった事は都合がよかったのかもしれない。ジェイスが集中する姿は、今自分が何をすべきかを思い出させ、すぐに彼と同じように目を閉じると、全神経を左手に集中させたのだった。

 真っ白な頭の中に思い描くのはただひとつ…。

(僕の中にある 〝命の気〟 を全て使ってもいい……足らなければこの流れる血も捧げよう……。ルフェラを助ける事ができるものは全て、僕の左手に集まってくれ…!)

 目を閉じた暗闇の中で、ネオスは体中に流れる血や、目に見えない 〝命の気〟 を想像した。そしてその全てが左手に集まり溢れ出すところまでイメージすると、ただひたすらルフェラに注がれる事だけを祈り続けたのだった。

 静寂の中で聞こえるのは、自分の中で響く静かな鼓動だけ…。


 トクン……トクン……トクン……トクン──


 命を捧げる覚悟をした以上、ジェイスの言う 〝相反する力の奇跡〟 が起こらなくても焦る必要はない。それ故か、ネオスの鼓動はとても落ち着いていた。それでも想いの強さは自然と体に伝わっていくのだろう。後ろから抱きしめるように支える腕には力が入り、ネオスは次第に体が熱くなるのを感じ始めていた。

 そんな時だった─


 トクン……トクン……トクン、クン……トクン──


 正確に刻んでいた胸の鼓動が、一瞬乱れた。が、乱れた瞬間の心の臓に違和感はなく、不思議に思っていた矢先、また 〝トトン…〟 と乱れが起きた。

 それが自分の鼓動ではないと気付いたのは、数回続いた乱れがまるで自分の鼓動と重なるように同じリズムを刻み始めたのと、ネオスの左手を儚くも突き上げてくる感じを受けたからだった。

(ルフェラの…鼓動…?)

 それまで左手に何も感じなかったのが不思議なのだが、二つの鼓動が重なった時の感覚はもっと不思議なものだった。

 人それぞれに、自分を包み込む空気のようなものがあるとすれば、ルフェラとネオスの空気がひとつになったような気がしたのだ。

 目を閉じているからか感覚的にルフェラをとても近くに感じ、同じリズムを刻むほど、体も心も…全てがひとつになっていくようだった。


 トクン……トクン……トクン……トクン─


(感じる──)

 一糸乱れぬ二つの鼓動を体の中で聞きながら、ネオスは確かに何かを感じ始めていた。

(僕の想像だけじゃない…。何か、体の中から静かで力強いものが湧き上がってくる感じだ…。湧きあがるといっても感情とは全く違う……ひょっとしてこれが…?)

 〝感覚〟 というあやふやな、それでいて間違いなく現実的なものの正体。左手だけ冷ややかな空気に触れているように感じれば、その答えが 〝望みの物〟 だと確信し始める。

 希望と不安で恐る恐る目を開けようとした矢先、ネオスは呼ばれるように 〝トントン…〟 と手の甲を指で突付かれた気がして、反射的に目を開けた──

「────!!」

 〝望みの物〟 だと確信し始めたものの、実際、それを目の当たりにして驚いた。

 自分の手から溢れ出た青白い光は、ルフェラの体を包み込むように広がっていて、更には、その光が左手を通して勢いよく彼女の中に吸い込まれていくのだ。

 驚いているネオスに、ジェイスが静かに口を開いた。

「目覚めたようですね。それが、宵の煌です。──でも、既に満ちていたようですよ」

「…………!?」

「力の目覚めは突然でも、最初は弱いものです。これだけ多くの、そして強い宵の煌が現れたという事は、既にネオスさんの中で満ちていたという証拠です」

(僕の中で…既に…?)

「相反する力の奇跡というよりは、力の出し方が分からなかっただけなのかもしれませんね」

 力の目覚めにホッとしたジェイスの言葉に、ずっとネオスの心の中にあった不安が消えた気がした。

 なかなか目覚めなかった力が──共人にはなれないのではないか、とまで考えるほど目覚めなかった力が──ようやく今 目覚めたのだ。誰かの力を借りてでもいい、たとえ相反する力の奇跡によるものだとしても、ルフェラを助ける為なら、それがどんな 〝過程〟 でも構わなかった。それが、奇跡ではなく既に自分の中で満たされていたとは……。

 ネオスは、ルフェラの共人としての存在を証明されたような気がして、心の底から込み上げる嬉しさを感じていた。

 それからのネオスはジェイスに止められるまで宵の煌を注ぎ続けていた。加減が分からないというのもあるだろうが、放っておけば自分の命の気を全て使ってしまいそうで、思わずジェイスが止めたのだ。

 止められて、ネオスはかなりの力を使ったのだと実感した。下手をすればルフェラを支えきれなくなるほどのひどい脱力感に、一瞬 自分も倒れそうになったのだが、同時に、ルフェラから受ける 〝何か〟 を感じていることにも気付き、慌ててその体に力を入れ直した。

(これが…ルフェラの命の気…?)

 だとしたら、なんと軽く弱々しいものだろうか…。これほどの力を注ぎ込んでも、ルフェラにとっては三分の一……いや、五分の一も満たされていないように感じて不安になる。

(せめて、もう少しだけ──)

 その想いから、なおも宵の煌を注ごうと左手を伸ばしかければ、再びジェイスがその手を止めた。無言でゆっくりと頷くその表情からは、〝大丈夫。命は繋ぎ止められましたよ〟 という言葉が伝わってきて、極自然にネオスの視線がルフェラの顔に移った。

 宵の煌を注ぐ事に懸命で、尚且つ 〝命の気〟 の感覚を知り得た事に気をとられていて、ルフェラの顔色や表情をまともに見ていなかったことに今更ながら気付く…。

 松明で照らされたルフェラの顔は、さっきより心なしか安らかになっていた。それでようやく、ネオスもホッとして手を引っ込めたのだった。




 一方、その頃──

(よかったな、ネオス…)

 離れたところからでも分かる独特の感覚に、イオータはホッと笑みをこぼし、心の中でそう呟いた。

 宵の煌を使わなければならないほどルフェラの容態が悪いというのは心配だが、ネオスの力が目覚めた以上、その心配も半減する。そして何より、〝共人にはなれないのかもしれない〟 という不安が消えたのだ。今の状況からすれば適切でないかもしれないが、やはり、同士としては 〝よかったな〟 という言葉を掛けてやりたくなる。

 ネオスの不安がひとつでも消えたことで、イオータの心には更なる余裕が加わった。そんな彼とは対照的に、落ち着くことなく立ったり座ったりを繰り返していたのはラディだった。ルフェラたちがなかなか戻ってこない事に、時折、地面を蹴るなどして苛立ちを吐き出している。

「おいおい…いい加減に落ち着けよ」

 呆れたように声を掛ければ、行き場のない苛立ちがイオータに向けられた。

「そうゆーお前は、落ち着き過ぎなんだよ!」

「しゃーねぇだろ? オレらにできることは、あいつらを信じて待つことだけなんだからよ。それとも何か? あいつらを信じてねーとでも言うのか?」

「ばっ…! 心配してるからって、信じてねー事とは違うだろーが!」

「そうかぁ? 場合によっては、同じだったりするぜ?」

「いいや、ぜってぇ 違う!」

 ラディは強く否定した。

「大事なヤツを心配するのは当たり前のことだ! 信じてないからじゃねぇ!!」

「……………」

 意味ありげなイオータの言葉にも、いつもなら 〝どういう意味だよ?〟 と聞いてくるのだろうが、当然の事ながら今のラディにそんな余裕はなかった。

(ま、今の段階ではしょうがねぇか…。ルフェラの腕もまだまだだし…何より、純粋に心配できる真っ直ぐなヤツラだもんなぁ…)

 イオータは小さな溜め息を付くと、ルーフィンの傍に座り込んでいるミュエリにもチラリと目をやった。

 ここに来てから、ずっとルーフィンの頭を撫でているが、その胸中は色んな想いで一杯なのだろう。苦しそうな息遣いのルーフィンが可哀想だというのはもちろん、その想いに集中する事で、遺体に囲まれている恐ろしさを懸命に堪えているというのも伝わってくる。けれど、それ以上に強く明らかなのは、ラディと同じ想いでいることだった。

 イオータは視線を元に戻した。

「──とにかく、お前がイラついたってどうしようもねぇ、そうだろ?」

「そうだけど─」

「だったら、余裕かまして座ってろよ。──なぁ~に、あいつらなら じきに戻ってくるさ」

「……………」

 それこそ、余裕をかまして寝転んでしまいそうな口調に、ラディは大きな溜め息を付いた。

 何を根拠にそんな自信のある言葉が出てくるのか…。

 所詮は他人事、オレの知ったこっちゃねぇ…というだけの理由なら、間髪入れずぶん殴ってるところだろうが、それだけは違うというのが、ある意味ラディにとっては自信を持って言えることなわけで…しかも、ここまで余裕でいられると、心配している自分がとても小さくバカな人間に思えてきてしまうから、何も言えなくなる。

 結局、ラディの苛立ちは拍子抜けしたように小さくなり、その場に腰を下ろすしかなかったのだった。

 そんなこんなで、再びやるせない空気が三人の間に流れ始めた。しかしそれも束の間、イオータの言う通り、それは 〝じきに〟 にやってきた。

 エステルはフラつく体をジェイスに支えられ、未だ気を失っているルフェラはネオスに背負われて戻ってきたのだ。

 三人はジェイスの存在に驚いたものの、重要なのはそれぞれが無事であるかどうかという事。とりあえず何があったかという説明はあとにして、彼らのもとに駆け寄った。

 ネオスの傷は大したことなく、ルフェラも体を取り戻し、気を失ってはいるが十分な休息をとれば大丈夫だと説明され、ようやく安堵の笑みが皆に戻ったのだった。

「──よぉ~し! ンじゃ、こっからはオレに任せろ」

 ネオスの腕の傷もそうだが、自分も何かしてやりたいという思いが募りに募っていたからだろう。ラディはとっととネオスと交代すると、イオータにも 〝ルーフィンは任せたからな〟 と付け足し森の外へと歩いて行った。

「──ったく、相変わらず真っ直ぐっつーか、正直っつーか……」

 呆れたようにフッと笑ったイオータだったが、すぐにネオスの耳元で囁いた。

「よかったな、ネオス。あとはオレに任せろ」

「………………?」

 軽く背中を叩くと、イオータはルーフィンを抱えてラディの後を追っていった。

 〝よかったな。あとはオレに任せろ〟

 その意味が分かったのは、ラディの後ろを歩くイオータの手から、宵の煌がルフェラに向かって注がれているのを目にしたからだった──

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