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女神伝説  作者: Sugary
第五章
68/127

6 夢か現か幻か… ※

 体は燃えるように熱く、動かそうにもまったくと言っていいほど力が入らなかった。

 気付いた時には 既にこんな状態…。

 自分に何が起こってるのかさえ考えられず、不意に頭を動かされた気がして目を開ければ、ミュエリが頭の下に何かを入れてくれたところだった。冷たくて気持ちいい…と思うのが早いか、〝風邪みたいよ〟 と言われて、そこでようやく自分の今の状況が分かったのだった。

 そして あたしは、〝あぁ…〟 と思った。このせいだったんだ…と。

 不思議な感覚ではあったけれど、夢も見ずに眠っていた。なのに、体の疲れやだるさがひどくなる一方だったのは──喉の痛みもなければ、咳も出ないから気付かなかっただけで──きっと、この風邪のせいだったのだ…と。だから、内心ホッとした。この熱が下がれば、また元のあたしに戻れると思えたから…。

 とにかく、ゆっくり休もう……。

 ──そう思と、あたしは再び眠りについたのだった。



 深い深い、眠りの世界……。

 何も考えず、夢さえも見ない世界……。

 ただただ、体を癒すための世界に入り込んだ……。

 なのに──

 どこからともなく声が聞こえてきた……。



 〝死んじゃだめよ…〟


 え…? 死…ぬ…? 誰が…?


 〝あなたが死んだら、私は……私は本当の悪魔になってしまうのよ…!?〟


 あ…くま…!?

 恐ろしい言葉に、目が覚める思いがした…。

 ちょっと待ってよ…いったい何を言ってるの…!? あなたは──

 言いかけたとき、再び声が聞こえた。


 〝いったい、あいつに何が起こってんだよ…?〟


 え…? だ…れ…?

 同じ声に聞こえるのに、口調がまるで違う…。

 誰なの、あなたは……?


 〝なんであいつに掴み掛かったりなんか──〟


 掴み掛かる…?

 そう心の中で繰り返せば、ある光景を思い出す。という事は…と考えたところで、また口調の違う声が聞こえてきた。


 〝なんで入っていかなかったんだ…? まるであいつの体の外を流れていくようで…思い切り力を込めたが、拒否するように跳ね返された…〟


 何の…ことよ…?

 いったい何のことを言ってるのよ…!? ねぇ──


 〝幸いにもあれで止まったからよかったが……これ以上続くとやべぇかもな……。オレの力がなくなりつつあるとしたら、尚更──〟


 ち…から…? なに…力って──


 〝彼女はどうしてあんな事を…?〟


 聞き返そうとしたあたしの言葉を遮ったのは、また口調の違う声だった。


 〝偶然にしても、まるで過去を見られたような気がしてならない…。もしこれを機に思い出すようなことがあったら…僕はどうすればいい…? 僕にはまだ…守る自信がないのに……〟


 それぞれの想いが、言葉と共に体の中に伝わってくる…。

 いったい…あなたたちは誰なの…? 誰の事を言ってるのよ…?

 それとも夢…? 映像のない夢を見ているだけなの、これは…?

 ねぇ、教えてよ…と、声の主に問いかければ、今度は よりハッキリとした声が聞こえてきた。しかも、その声には聞き覚えがあった。


「あぁ。帰りに言われたんだ、知らねぇ ばあさんにな…。──ったく、どこがツイてんだか、なぁ?」


 ラディの声だ…。


 〝…どういう意味なんだ、いったい…? 話を聞く限りでは、確かにツイてる状況とは言えねぇし…例えオレたちの事を知っていたとしても、今までの出来事から考えるとツイてるとは言い難い…。──ひょっとして、これからいい事が起きるっていう意味なのか? だとしら、その根拠はなんなんだ?〟


 最初の方に聞いた、誰のものか分からない声が聞こえた直後、イオータたちの声も混ざってきた。


「でもまぁ、あんま気にする事ねぇのかもな?」

「…なんでだ?」

「いや…ちょっと、おかしかったからよ…あの ばあさん」

「おかしい…?」

「あぁ…。ルフェラの調子が悪いのは、花のせいじゃないのか…って言うからよ…頭にきて殴ってやろうかと思ったぐらいだ…」

「おいおい…なんでそこで、〝殴る〟 まで思うんだよ…?」

「死の…花…って言ったのよ…」

「死の花…?」


 〝死の花…? 花っていうことは……まさか…!? い、いや…でもあれは名前が違うはず…〟


「…まぁ、そのばあさんがイカれてるかどうかはともかくだな、ルフェラの中の何かが、ジェイスに反応してるのは確かだろうな…」

「ジェイスに反応…ってか。面識も何もないのにか?」

「あぁ。まぁ…第六感っつーか、無意識っつーかな…。ひょっとしたら、この前の夜に何かあったのかも知──」


「…どうした?」

「あ…ぁ…ちょっと、妹の事を思い出して…」

「妹…?」


「──だとしたら、手っ取り早くダルクに聞いてみるか。あの兄妹に何があったのかをよ?」


 途切れ途切れに聞こえてくる会話の途中で、時折、誰の声か分からない声が聞こえていた。けれど、なぜかそれは会話に沿ったものだった…。

 そして、新たな声が加わった…。


「今から五年前の夏……あの二人の両親が川で溺れ死んだんだ…」


 ────!?

 そのあとに続くダルクの言葉…。

 彼が語った二人の過去を、あたしは夢とも現実とも思えない感覚で聞いたのだった…。



 それからどれくらい経っただろうか…。

 声を聞かなくなって、ようやく意識そのものが眠りについたと思っていたら、今度は本当の夢を見ていた。

 ここ数日、あたしの身に起こった全ての出来事だ……。


 森の中で突然起きた、心の臓の発作。

 気味の悪い連中に襲われそうになった時、そのピンチを救ってくれた名も知らぬ青年。

 森を抜けた先で、いきなりエステルに浴びせられた罵声。


 〝ごめんなさい、兄さん…。あたしは知ってたのよ……知ってて行かせたの…。それが必要だと思ったから…〟


 ダルクとの出会い。

 知らぬ間に宿を抜け出していた事。

 二回目の発作時に感じた吐き気さえ催すほどの感覚と、視界を横切る男性の姿。


 〝父さん…母さん…私はいったいどうすればいいのですか…。エステルにこれを渡せば、きっとあの子は自分を責めます…〟


 溢れてくる悲しみという感情。

 抑えることができず、ジェイスに掴み掛かっていったこと。


 〝うそ…でしょ、兄さん…? あたしには分かるわ、兄さんはうそを──〟

 〝いいや、うそなんかついていない。私は彼女を見殺しにしたんだ…〟

 〝うそよ…!!〟


 〝兄さん…兄さん…!?〟


 帰り道、不意におばあさんに話しかけられた事…。


 まるで走馬灯のように流れてくるその映像の合間に、覚えのない言葉や会話が混じっていたが、それが自分の聞いた会話なのか、それとも夢か現実か分からない感覚で聞いたダルクの話によるものなのかは分からなかった。けれどもう、正直どうでもよかった…。

 現実に起きた事が夢に影響することはよくあるし、時々、わけの分からない…ツジツマの合わない夢も見るが、夢はそれが普通なのだ。

 寝てるかどうか分からない不思議な感覚よりは、たとえ浅くても眠れてるんだと思えれば、今のあたしは 〝よかった…〟 と思うことができたのだった。




 ところが、そんな束の間の安らぎは、突然 壊された──

「…い! 何すんだよ…!?」

「そ…うよ、やめなさいってば──」

 そんなラディたちの声が聞こえたと思ったら、突然あたしの上半身がグイッと上に持ち上げられ、次いで頬を思い切り叩かれたのだ。

「────!?」

 驚いて目を開ければ、あたしの胸倉を掴んでたのはエステルだった…!

「…ぁ…あ…」

「どこにやったの!? 兄さんをどこにやったのよ!?」

「お…い、何のことだ──」

「とぼけないでよ! 兄さんをどこかに隠したんでしょ!? どこに隠したの!? どこに連れて行ったのよ!? 答えなさい!!」

「やめ…てよ…やめてってば…! ルフェラは熱があるのよ!! 病気なんだから!!」

 突然の出来事と熱のせいか、あたしには一体なにが起こってるのか分からなかった。声も出せないあたしの代わりに、必死にエステルの行動を止めようとするのはラディとミュエリ。あたしはそんな彼らを呆然と見つめることしかできなかった…。ただ、ひとつの疑問が浮かんだ。どうしてラディは直接エステルの手を解きにこないのか…だ。相手は女なのに……ラディなら力で勝てるはず……。なのにどうして何かを警戒するように離れてるのよ…?

 そう思った矢先、ラディはミュエリに何かを言った。途端に部屋を出て行くミュエリ。

 その姿を追うように顔を動かした時、あたしの首筋に刺すような痛みが走った。

 な…に……?

 その痛みを確かめようと左手を動かそうとすれば、ラディの声が響いた。

「ルフェラ、動くな! ジッとしてろ…!」

「………………!?」

 反射的にその手が止まる。次いで、ラディの視線はエステルに移った。

「頼むからよ…それを下ろしてくれ…。な? もし過って命でも奪っちまったら…あんた…ほんとに人殺しになっちまうぜ…?」

 人…殺し…!?

 その言葉に視線だけ落とせば、首元辺りに光るものが見え、同時にラディが近寄ってこなかったことも、ミュエリに何を言ったのか分かった気がした。

「…あ…ぁ……」

「ルフェラ、大丈夫だからな? ぜってぇ、助けてやるから──」

「…ぁ…ラ…ィ……」

 自分の耳にしか聞こえないくらいの小さな声だったが、口の動きで自分の名前を呼ばれたのが分かったのだろう。ラディは 〝待ってろよ〟 とばかりに小さく頷くと、再びエステルに視線を移した。

「あ…あんたに何があったのかはダルクから聞いたぞ。両親を亡くして悲しいのも分かるが…気をシッカリ持てって。そりゃ…結果は最悪なものになっちまったけど…あんたは人助けしようとした両親の娘じゃねーか…! そのあんたが人を傷付けるようなことしたら、両親も悲しむんじゃねーのか!?」

 何とか説得しようとしたラディの言葉を、エステルは黙って聞いていた。乱心した心にもちゃんと届いているように見え、首元辺りの力が緩むかと思ったのだが……。

「それだけ…?」

 それはとても冷ややかな声だった。

「それだけ…って──」

「そんな言葉は…もう何年も前に聞き飽きたわよ…」

「あ…?」

「両親を亡くしたあたし達がかわいそうだからって…みんな慰めてくれたわ…。〝気をシッカリ持ちなさい〟 〝両親はいつもあなた達を見てるのよ〟 〝あなたの両親は立派な人だった〟 ってね。だけどそれが何!? そんなこと言われなくたって分かってるわよ! 悪い事して亡くなったんじゃないことも、気をシッカリ持たなきゃいけないことも、どんなに悲しんだって、どんなに泣き叫んだって戻ってこない事も分かってたわ!!」

「……だったらなんで──」

「何で…ですって…?」

 ラディの質問を繰り返して、エステルはフッと笑った。

「分かるわけないわ…。あんた達にあたしの気持ちなんて分かるわけない…! 村のみんなだってそうよ…。悲しみのあまり気が狂ったとしか思ってないんだもの…。でもね、あたしはそれでもいいのよ……なんと言われようと、あたしの願いが叶うならね…」

 ねが…い…?

「なのに…なのに兄さんまで…兄さんの気持ちも知らずにみんなで責めて……!」

「…お…い…ジェイスの気持ちも知らずに…ってどういうことだよ…?」

 ラディに問われ、余計な事を言ったと思ったのか、エステルはハッと口をつぐんだ。

「……か…関係ないでしょ。──とにかく、みんな何も分かってないって事よ!」

 そう言い切ると、エステルは再びあたしを睨んだ。

「さぁ、言いなさい! 兄さんをどこに連れて行ったの!?」

 何かある…というのは、ラディだけじゃなく、熱で思考能力が思うように働かないあたしにも分かった。だけど、それを聞くことはできなかった。

 更にグイッと力が加わり、反射的に霞む目で彼女を見れば──それまで彼女の顔をまともに見てなくて気付かなかったが──頭上に怪しく光るものが見えたのだ。

 ────!!

「…むら…さ…き……!?」

 思わずその色の名を口にすれば、ネオスたちが部屋に飛び込んできたのは ほぼ同時だった。

「…ルフェラ…大丈──」

「紫ってなに…!?」

 この状況を目にしたネオスが、すぐにあたしの身を案じたが、その言葉はエステルの言葉によってかき消されてしまった。

「紫…?」

 エステルにしか聞こえなかったからだろう。突然発せられた言葉に、他のみんなは不思議な顔をした。けれど、エステルはそんなことなど気にせず問い詰めてきた。

「紫ってなによ!? 紫が何か関係あるの!?」

「…あ…ぁ……」

「答えなさい、早く!! 兄さんはどこにいるの!? 言わなきゃ、この刃であんたの喉を──」

「──すればいい」

 ────!?

 エステルの言葉を遮りつつ、なんと言おうとしたのか分かったネオスが発したその意味に、あたしはもちろん、他のみんなも驚いた。

 ネオスは更に分かりやすく繰り返す。

「その刃でルフェラの命を奪というなら、そうすればいい」

「なっ…なに言ってんだお前──」

「そうよ…どうしちゃったのよ!?」

「その時は、僕の命を捧げれば済むだけのことだ」

挿絵(By みてみん)

「…………!?」

「ネオス! 何バカなこと言ってるの!?」

「お前こそ、気が違ったんじゃねーのか!?」

「それに…君のお兄さんの行方は本当に知らないんだ」

 慌て驚くラディたちの声など、まるで耳に入ってないかのように話すネオス。当然とも思える落ち着いた彼の言葉に、あたしは恐ろしくなった。命を捧げるという事がどういう事なのか……考え付いたところで、そんなこと出来るわけないと思うのに、なぜかその方法があればやりかねないという気がしたからだ…。

 エステルの表情も僅かに変わる。だが、敢えて強気な姿勢は変えなかった。

「そう…。じゃぁ、もう用はないわね。どうせ、死んで当然の人なんだもの──」

 最後まで言い終わらないうちにグイッと力が入れば、

「ただし──」

 ラディたちが叫ぶ前に、凛とした声が響いた。思わず、エステルの手も止まり、ネオスを見やる。

「ただし、そうなれば君たちは一生救われない」

「な…に…!?」

「ルフェラは……君も、君のお兄さんも救うことのできる唯一の人なんだ」

「────!?」

 それは驚くべき言葉だった。

 どういう意味なのか全く分からず、本気なのかただのハッタリなのかも分からない。

 だけどどうしてだろう…。

 胸元と首元に押し当てられていた力が、次第に緩み始めた。それを見てる側も分かったのか、驚いているラディたちを見もせずに、ネオスがスッと近付いてきた。──と、途端に、エステルはあたしを押しやり、窓から飛び出ていった。

 ここは二階だというのに……?

 押しやられて倒れ込んだあたしを、即座にネオスが抱き起こしてくれた。

「大丈夫かい、ルフェラ…?」

「…ネ…オ……」

 高熱と緊張の糸が切れたためか、あたしはそのまま意識を失った。


 そして…。

 あたしが次に目覚めたのはその日から二日後……しかも、また あの場所だった──

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