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女神伝説  作者: Sugary
第五章
67/127

BS3 ダルクが語る二人の過去

 晴れ渡る秋空──

 外の澄んだ空気と対照的なのは、人がいるのに誰一人として喋ろうとしない部屋の中だった。まるで雨が降る前のように重く暗い空気が流れている。

 窓際に寄りかかりボンヤリと外を眺めるネオス──

 頭の下に手を置き寝転がるも、天井の一点を見つめたまま寝ることのないラディ──

 黙々と、しばらく使っていなかった剣を手入れしているイオータ──

 それぞれがそれぞれの事を考えているのだろうが、その根本は同じものだった。

 引き戸一枚挟んだ隣の部屋で、高熱を出し寝込んでいるルフェラの事だ。

 その引き戸が静かに開けられると、氷を代えに行ったミュエリが桶を持って出てきた。

 当然の事ながら、三人の視線が彼女に移る。

「どうだった、ルフェラは?」

 ラディの質問に、ミュエリは静かに首を振った。

 その 〝変わらない〟 という意味に、〝そうか…〟 と溜め息を付いた三人は、再び同じ所に視線を戻し黙ってしまった。

 そんな彼らを一通り見渡したミュエリは、やるせない気持ちで桶の水を捨てに部屋を出て行った。

 もちろん、考えている事はミュエリも同じだが、やるせない気持ち──半分はイライラが募り始めていたのだが──の原因は彼ら三人の態度だった。

 部屋に戻ってきたミュエリが、やはり変わらない三人の姿に目にして、たまらなくなって口を開いた。

「もう…嫌よ…」

「……………?」

 ミュエリから漏れたその声に、再び三人の視線が集まる。

「…何が?」

 答えたのはラディだ。

「どうして黙ってるのよ…?」

「黙ってちゃ悪いのかよ?」

「悪いわよ」

「あのなぁ…ルフェラが熱出して寝込んでんだぞ?」

「分かってるわよ、そんなこと」

「だったらいいじゃねーか。静かにしてて何が悪いんだ…ったく…」

「そういう事じゃなくて──」

 ミュエリの言いたい事が分からず、ラディは大きな溜め息を付いて起き上がった。

「大体なー、お前と喋ったってケンカになるだけだろーが? 現に今だって──」

「ばかっ!」

「なんっだ、バカとは──」

「バカだからバカって言ってるのよ! 誰があなたとだけ喋りたいなんて言った? そうじゃなくて、どうして皆が何も喋らないのかってことよ!」

「そりゃ…」

 そう言いかけて、ラディはネオスとイオータの顔を見やった。その二人の表情を見れば、自分と同じような事を考えているというのが分かり、その理由を代表した。

「い、色々と考えてんだよ、色々と…!」

「だからバカなのよ!」

「なっ──」

「ラディだけじゃない! ネオスもイオータもよ…! どうせ考えてる事は同じなんでしょう!? だったら、どうして皆で話さないのよ!?」

「話してどうにかなるもんでもねーだろーが!?」

「そんなの、話してみなきゃ分からないでしょ! 自分では気付かない事を誰かが気付いてて…それが何かの手掛かりになるかもしれないじゃない…! 現に、ネオスたちは昨日の事 知らないのよ!? どうしてそれを話そうとしないの!?」

 最後の言葉で、黙って聞いていたネオスたちが反応した。

「昨日の…?」

「なんだ、何かあったのか?」

「え…? あ…いや…ちょっとな……」

「 〝ちょっと〟 なんだよ…?」

 別に隠すつもりも黙ってるつもりもなかったのだが、そう取られても仕方がないこの状況に、ラディは渋々ながら昨日の事を話し始めたのだった。



「 〝どうして〟 か……」

 ルフェラがジェイスに掴み掛かったと聞いて、イオータはその意味を考えるかのように同じ言葉を繰り返した。

「分かんねーだろ? 何が 〝どうして〟 なんだか…。いきなり掴み掛かってそれだけしか言わねーし……オレもどうしていいか分かんなくて……殆ど力づくで引き離したんだけどな……」

「……………」

「──なのに、〝お前さん、ツイてるぞ〟 って言われるし……」

「ツイてる…?」

「あぁ。帰りに言われたんだ、知らねぇ ばあさんにな…。──ったく、どこがツイてんだか、なぁ?」

「うん…。私たちの誰に言ったのかは分からないけど、どう考えても 〝ツイてる〟 状況じゃなかったのにね…」

 ほんと、わけが分からない…と首を傾げれば、イオータもその意図が理解できず黙ってしまった。

(…どういう意味なんだ、いったい…? 話を聞く限りでは、確かにツイてる状況とは言えねぇし…例えオレたちの事を知っていたとしても、今までの出来事から考えるとツイてるとは言い難い…。──ひょっとして、これからいい事が起きるっていう意味なのか? だとしら、その根拠はなんなんだ?)

 余りにも意味不明で、再度確認のために 〝本当に 〝ツイてる〟って言ったのか?〟 と聞こうとすれば、ラディの方が一瞬早かった。

「でもまぁ、あんま気にする事ねぇのかもな?」

「…なんでだ?」

「いや…ちょっと、おかしかったからよ…あの ばあさん」

「おかしい…?」

「あぁ…。ルフェラの調子が悪いのは、花のせいじゃないのか…って言うからよ…頭にきて殴ってやろうかと思ったぐらいだ…」

「おいおい…なんでそこで、〝殴る〟 まで思うんだよ…?」

 突っ込み半分で聞けば、言い難そうに答えたのはミュエリだった。

「死の…花…って言ったのよ…」

「死の花…?」

 イオータがハッキリと繰り返した瞬間、僅かにネオスの顔が曇った。──が、ラディたちはもちろん、イオータでさえ気付く事はなかった。

「ルフェラの調子がすごく悪くて…私も…死んだりしないよね…って言っちゃったあとだし……特に、聞きたくなかったのよ、そういう言葉を……。だからラディは頭にきて……。あ、でもね…言ったのがおばあさんだったから、そこは抑えたのよ…。そしたら、〝人は死という言葉を嫌うものだけど、嫌ってるだけじゃ真実は見えてこない〟 って、またわけの分からないこと言うから……」

「──んで、無視して帰ろうとした矢先に、まるでオマケを付けるみたいに 〝ツイてる〟 って言いやがったんだよ。きっと、あれだな……どっかの女と一緒で、頭イカれてんだろ?」

 〝歳も歳だしな…〟 とでも付け足しそうな口調だったが、それが本心でない事はミュエリにも分かるものだった。

 わけが分からないとはいえ、その言葉を簡単に忘れる事はできない。それどころか心に残っているのだ。そういう時は大抵、自分たちが望まないことを意味する事が多い。だからこそ、それを否定する理由を考えたくなるのだ。

 イオータも、そんなラディの気持ちが分かるため、

「…まぁ、そのばあさんがイカれてるかどうかはともかくだな、ルフェラの中の何かが、ジェイスに反応してるのは確かだろうな…」

 ──と敢えてはっきり否定せず、その上で、確かめる必要のある事を口にした。

「ジェイスに反応…ってか。面識も何もないのにか?」

「あぁ。まぁ…第六感っつーか、無意識っつーかな…。ひょっとしたら、この前の夜に何かあったのかも知──」

 ──と言いかけたところで、ラディの顔が変わったことに気付き、慌てて言葉を切った。

「いや、まぁ…とにかくだな、〝どうして〟 って言ってるってことは、何か聞きたかったってことだろうしよ…。つまりは、あいつのことを調べる必要があるってことだ、そうだよな、ネオス?」

 下手に話題が逸れても…と思い、イオータは敢えてネオスにふった。すると、それまで黙っていたネオスが──返事とは別に──ふと何かを思い出したように顔を上げた。

「…どうした?」

「あ…ぁ…ちょっと、妹の事を思い出して…」

「妹…?」

 ネオスは無言で頷いた。

「確かダルクさんが、彼の妹がおかしくなったのは数年前からだ…って言ってたよね?」

「あぁ」

「それが関係するかどうかは分からないけど、ひょっとしたらジェイスさんだけでなく、兄妹…二人の過去に何か関係があるのかも…と思ってさ…」

 ジェイスに掴み掛かったことからして、妹にも関係があるかも…という推測の可能性は低いだろう。だが、〝反応〟 したのが──未熟とはいえ──神であるルフェラなら、あらゆる事の可能性が考えられるわけで……イオータは、ネオスの意見を否定する事はなかった。

「──だとしたら、手っ取り早くダルクに聞いてみるか。あの兄妹に何があったのかをよ?」

 〝どうだ?〟 とみんなの顔を見渡せば、それぞれが 〝異議なし〟 とばかりに頷いた。

 そうと決まれば、早速 ダルクを呼んで来ようとラディが立ち上がった矢先、まるで彼らの話を聞いていたかのように、ダルクが現れた。もちろん、仕事の合間にルフェラの様子を見にきただけなのだが、当然のことながら彼らにつかまってしまう。

 そして、ジェイス兄妹の事を聞かせて欲しい理由をダルクに話すと、仕事に戻る事は諦め、〝しょうがねぇな…〟 と話し始めたのだった。



「今から五年前の夏……あの二人の両親が川で溺れ死んだんだ…」

「──── !」

「川は子供たちの格好の遊び場でよ、その日も当然のように子供たちだけで遊んでいた。その頃、あいつらの両親が数日間 村を離れててな、ちょうど川の土手を歩いて帰ってきた時だった。子供たちのはしゃぎ声が突然悲鳴に変わって、彼らが指差す方を目で追えば、一人の男の子が溺れてるのを見つけてな、荷物を全部放り出して飛び込んだのさ。もちろん、子供とはいえ、溺れてる者を助けるのは そう簡単な事じゃない。けどよ、目の前に溺れてるやつがいたら、思わず飛び込んじまうのが人間の心理ってもんなんだよな…。死なせてなるものか…と思って必死に岸まで辿り着いたみたいなんだが、子供を妻に預けた途端、力尽きて流されちまったんだ…。その時には騒ぎを聞きつけた多くの人がいたからよ、引き上げられた子供をそいつらに託すと、夫を助けようと妻も飛び込んじまったんだ…」

「や…だ……ひょっとしてそれで二人が…?」

「あぁ…」

「こ、子供は? 子供は助かったのか…?」

 誰もが、〝せめて…〟 と思わずにはいられないのだろう。ラディの質問に、みんなの希望と願いを含んだ視線がダルクに注がれた。

 しかし──

 ダルクは静かに首を振った。

「そんな…」

「…あぁ…みんな同じ思いだったさ…。息子を亡くした両親もそうだが、助けようとした両親を亡くした あの兄妹もかわいそうだった…。こっちが声を掛けるのも(はばか)るくらい酷く落ち込んで…どんな言葉も慰めにはならなかった…。せめて子供が助かってさえいれば、あの二人も報われたんだがな…」

 やるせない…とダルクは溜め息を付いた。

「…それが原因なのか、あの妹は?」

 同じように、やるせない溜め息を付いたあと、質問したのはイオータだった。

 ダルクは 〝あぁ〟 と頷いた。

「悲しみのあまり気がおかしくなっちまったんだろう…乱心したのさ。最初は、殺された死者の姿が犯人の後ろに見えるって言い始めて、そのうち人の顔見るなり喚き散らすようになったんだ。周りはまだ、かわいそうだっていう気持ちがあったから、見て見ぬふりをしていたが、人を殺そうとまでするとな…誰だってそう思えなくなるもんさ」

「──── !」

「ひ…とを殺そうとするだって…? 一体どういうことだよ…!?」

 驚きを口にしたのはラディだった。

「…川で遊んでる子供を溺れさせようとしたのさ…」

「なんっ…! マジかよ!?」

「あぁ。母親の目の前でしたことだ、間違いねぇ」

 驚きのあまり声も出せないでいると、再び、イオータが質問した。相変わらずの冷静さだ。

「なる…ほどな…。妹が嫌われてんのはそういう理由か…。じゃぁ、ジェイスのほうは何でなんだ?」

「ジェイス…か……。あいつは…」

 そう言いかけて言葉に詰まったものの、ルフェラの事を想う彼らが一番聞きたいのはエステルでなくジェイスのことだというのは十分に分かっていた。故に、ダルクは覚悟を決めたように大きく息を吸った。

「あいつは…見殺しにしたんだ、女の子をな…」

「──── !!」

 さすがのイオータも、その言葉には驚いた。どういう人間かは分からないものの、人を見る目はあると思っていた。少なくとも、夜中に会ったジェイスを見て、彼の第六感が騒ぐことはなかったのだ。

(う…そだろ…?)

「一年くらい前だ…。気の弱い十四歳の女の子がいて…よくイジメられていた。その辛さから命を絶とうとしたところを、ジェイスが見つけて思い留まらせたんだ」

「だ…ったら…見殺しなんか──」

 〝してねーんじゃねーか〟 と言おうとしたラディの言葉に、ダルクは即 答えた。

「あぁ。その時はな」

「その時…?」

「あいつは剣術が上手かったから、その女の子に教えた。自分をケガさせるような相手にどう立ち向かうか…精神的な強さも含め、彼女に自信と強さを持って欲しかったんだ。習い始めて数ヶ月もすれば、イジメてくる相手に立ち向かう事ができてよ…それが自信に繋がったんだろうな。女の子は生き生きとして、そのうちイジメられる事もなくなった。そんな娘の姿を目の当たりにして親も喜んだもんだ…。妹は嫌われても、ジェイスのほうはみんなに受け入れられていた。それが今から半年ほど前…特別だといわれる十五歳の誕生日を三日後に控えた時だ。その女の子が男に襲われた…」

「────ッ !」

「暴行と乱暴……娘が家に帰ってこないと、心配して探していた母親が発見した時には、酷い状態だった…。最後に言ったのは… 〝助けて…って言ったのに、先生は助けてくれなかった…〟 って言葉だったそうだ…」

「なっ…!? ──ってことは…そこにいたのか…ジェイスが…!?」

 ラディの質問に、ダルクは 〝あぁ〟 と、ひどく重い返事を返した。

「…………………!」


 ダルクの話を聞いた彼らは、すぐに喋る事はできず、長い沈黙の中にいた。何と言っていいか分からないというのが正直な気持ちで、ただただ、ジェイス兄妹に対して哀れみと憎しみに近い感情を抱いていたのだった。

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