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女神伝説  作者: Sugary
第五章
66/127

5 原因不明の発作 ※

 夢を…見ているわけではなかった…。

 布団に入った直後、疲れのせいか、まるで体ごと沈んでいくような深い眠りについた。──にもかかわらず、その意識はなぜか 〝底〟 に辿り着くことはなく、〝眠り〟 という空間の中で浮遊していた。

 実際はそうじゃないのかもしれないが、体だけが 〝眠りの底〟 に沈み、意識だけ体から離され浮いている感覚だったのだ。夢の映像を見たり、音が聞こえたりするわけじゃない。だけど、何か大きなものに飲み込まれていくようで…それが何となく分かったのは、起きる直前…しかも、またあの胸の痛みを感じる前だった──


 ────ッ!!


「…ちょっ…ルフェラ…どうしたの! 大丈夫!?」

 ミュエリの声が聞こえたのは、胸の痛みと息苦しさで目を覚ました時だった。

「…う…くっ……」

「ちょっと…やだ……ねぇ…?」

 胸を押さえたまま布団に蹲るあたしの肩を、ミュエリが恐る恐る揺すった。その声掛けに何か少しでも返事をする事ができればいいのだろうが、僅かでも息を吸おうとすると、心の臓を締め付ける力が増すように、更に鋭く痛むのだ。吸うことができなければ吐く事もできない為、あたしは何一つ返事ができないまま、無我夢中でミュエリの手を掴むことしかできなかった。

「──ネ、ネオス、ラディ! 誰か来て、早く!!」

 どうしていいか分からない…と切羽詰ったその声に、引き戸一枚向こうにいたであろう彼らが、バタバタと駆け込んでくる音が聞こえた。

「どう──」

「ルフェラが…ルフェラがまた──」

「──ッ!?」

「ルフェラ!!」

 一段と大きく聞こえたのはネオスの声で、同時に、蹲ったままのあたしの体がグイッと抱き起こされた。

「ルフェラ!?」

「…あっ…ぁく…っ…」

 た…すけて…ネオス…!

「おい、ミュエリ。水を──」

 次いで聞こえたイオータの指示。けれど、それはすぐにラディに向けられた。

「ラディ、水を持ってきてくれ」

「あ…あぁ…分かった…!」

 落ち着いたイオータの口調にそう答えるや否や、慌てて部屋を飛び出すラディの足音が階下へと消えていった。その直後、イオータの声があたしのすぐ近くでした。

「おい、ルフェラ! いいか、とにかく息を吸え。ゆっくりでいいから息を吸うんだ」

「…ッ…あ…ぁっ……!」

 ば…か…!

 それができればとっくにやってるわよ…と、余裕があれば怒鳴ってる所だが、とてもじゃないが今はそんな状況ではない。

 あたしは 〝それができないのよ!〟 と必死で首を振った。

 は…やく…なんとかして…!

 そんな事できるわけないのに、そう願わずにはいられない…!

 そんなあたしの気持ちが分かれば、さすがのイオータも焦り出したようだ。

「イオータ…」

「くっそ…。──おい、ネオス。そのままルフェラを支えてろよ」

「あ、あぁ…」

 返事と共にネオスの手に更なる力が加わり、ほぼ同時に、胸を押さえるあたしの手にイオータの手が重なった。途端に身に覚えのある感覚がそこから感じられる。

 ま…た…あの感覚…?

 反射的に薄目を開ければ、目の前には青白い光が放たれていた。その光景が普通じゃないと分かっていても、以前経験した感覚から恐れなどはない。それどころか、〝これで助かるかもしれない…〟 という希望さえ抱いたほどなのだ。なのに──

 それはすぐに消えてしまった…。

 その瞬間、薄れゆく意識の中で見えたイオータの顔が、驚きと悲しみが混じった複雑な表情に見えたのは気のせいだろうか…。

 や…っぱり…あたし…は──

 あたしの脳裏に最悪の言葉が横切る…。その瞬間だった──

 背中から思い切り叩かれたような感覚に、胸の痛みも忘れるほど激しく咳き込んだ。

「…ガッ……ゲホゲホッ……ゲホゲホッ……!」

「ルフェラ、ルフェラ!」

「ゲホゲホッ……」

「…ル…フェラ…!? ルフェラ、戻ったのか!?」

 下手をすれば、持ってきた水をこぼしそうな勢いで駆け込んできたラディ。

 すぐに返事はできなかったが、背中をさすってくれる手が増えるのを感じたあたしは、荒い呼吸を繰り返しながらも── 〝ありがとう〟 という意味も含め──何度も首を縦に振った。

「大丈夫か、ルフェラ…? 治まったら、すぐにでも病の先生の所に連れてってやるから…。薬を飲めば、こんなのすぐに治っちまうさ、な? ──あ、ミュエリ、なんか…拭くもんねーか?」

 あたしの顔を覗きこんできたラディが、ミュエリに向かってそう聞いた。が、彼女からの返事は何もない。

 苦しいながらも、不審に思い顔を上げると、視線を下に落とし今にも泣きそうな彼女の姿がそこにあった。

「おい! ミュエリ、聞いてんのか!?」

 ラディの強い口調に、ようやくハッと顔を上げる。

「…え…?」

「 〝え…?〟 じゃねーだろ。なんか拭くもんねーのかって聞いてんだよ」

 なぜ拭くものが必要なのか…何気にその視線があたしの顔とぶつかれば、〝あ…ぁ、そうね…〟 と隣の部屋からタオルを持ってきてくれた。

「だ…いじょうぶ…ルフェラ…?」

 その言葉に無言で頷くと、渡されたタオルを口元に当てようとした。けれど、渡された本当の理由を知ったのは、しみじみと漏らしたラディの言葉だった…。

「よっぽど痛かったんだよな…泣くなんてよ…」

 泣く……?

 頭の中でそう繰り返しながら頬に手を当てれば、指先がほのかに温かいもので濡れた。

 涙…? 胸の痛みで…?

 知らぬ間に泣いていた事に驚きながらも、どうしてかと思い出してみれば、すぐにそうじゃないと否定した。

 違うわ…。これは……これは…胸が痛くなる前のものだ…。眠っていたはずの意識が、何か大きなものに飲み込まれそうになっていた時に感じて流れたもの…。

 あれは…悲しみだった…。何が原因かは分からない。何に対してかも分からなかったけど、大きな 〝悲しみ〟 という感情を感じて泣けてきたのだ…。

 息苦しかった原因は、胸の痛みだけじゃない…ってこと…?

 ど…うして…あんな気持ちに…?

 自分が感じて涙まで流したというのに、まるでその理由が分からない。その事だけで 〝死〟 以外の不安があたしの心の中に押し寄せてきた。タオルを握る手は震え、涙を拭く事さえ忘れてしまった。

 そんなあたしに気付いたのか否か、ラディが傍に置いていたコップを差し出してきた。

 ちょうど呼吸も落ち着き、飲めると判断したからだろう。

 あたしは慌てて涙を拭うと、両手でコップを受け取りゆっくりとその水を口にした。一口飲めば、空っぽの胃まで すぅ~っと流れ込んでくるのが分かる。それがなんだか、胸元をスッキリさせていった。

「…ありがとう…もう、大丈夫よ…」

 半分ほど飲んだコップをラディに返し、さすってくれてありがとうと、二人にお礼を言った。

「もう、いいのか…?」

「うん…。もう大分落ち着いたから…。ただ、体のだるさは元に戻っちゃったけどね…」

 あまり心配を掛けたくなくて軽い気持ちでそう言ったのに、何気に体を動かしてみて 〝現実〟 を知ったのはあたし自身だった。

 だるさが元に戻ったなんてウソだわ……昨日より酷くなってる…。違和感があったとはいえ、夢も見ないほどグッスリ眠ってたのよ…?

 なのになぜ…?

 そんな疑問を自分に投げかけた所で、不意にネオスの腕が緩んだ。

「──じゃぁ、しばらく休むといいよ。病の先生に診てもらうのはそれからにしよう?」

「バ…カか、お前…? 今すぐ診てもらったほうがいいに決まってんだろ!?」

「それでまた、胸が痛み出したらどうすんだ?」

 ラディの反論に口を挟んだのは、それまで黙っていたイオータだった。

「だから、すぐにでも診てもらったほうが──」

「あのなぁ…明日や明後日まで延ばすなんて言ってねーだろ? 今すぐにでも診てもらいたい気持ちは分かるが、無理に動いて、道の真ん中でまた発作でも起きたら、どうすんだよ? 万が一、それが命取りになってでもしてみろ? それこそ意味がねーだろーが?」

「────!!」

 〝命取りになる〟

 その一言で言葉を飲み込んだのはラディだけじゃなかった…。ネオスやミュエリはもちろん、珍しくラディの提案に賛成していたあたしまでも、その言葉が胸に刺さったのだ。だけど、ラディは諦めようとしなかった。

「じゃ、じゃよ…オレが背負ってってやるから…。それなら体の負担も──」

「も…う、やめなさいってば、ラディ!」

 新たな提案を言いかけたところで、強い口調で遮ったのはミュエリだった。

「──んだよ!?」

「胸の痛みが治まったのは今さっきよ!? 体だってだるいって言ってるんだから、少しぐらい休ませてあげなさいよ!」

「……………!」

 普段の言い合いの時とはまた少し違う真剣な口調に、さすがにラディも口を閉ざしてしまった。それが彼の返事だと受け取ったネオスが、あたしを横にさせようと更に腕を緩める。そんな時、不安に駆られたあたしの口から、正直な気持ちが漏れた。

「ま、待っ…て…」

「…………?」

「あたし…今すぐにでも診てもらいたい…」

「でも、あなた体が──」

「怖いのよ…」

「え…?」

「眠るのが怖いの…。眠ってる時にまた痛みが襲ってきそうで…さ…。今のあたしは…横になったらすぐ眠っちゃうくらい体の疲れがたまってるのよ……だから──」

「わ、分かったって、ルフェラ。お前がそういう気持なら、こいつ等がどんだけ反対しても、オレがちゃんと連れてってやるから、な!」

「…ありがと…ラディ…」

 おそらくそれが──本人の希望とはいえ──早く診てもらいたいというだけのものなら、ラディ以外は納得しなかっただろう。だけど、〝眠るのが怖い〟 と言われれば、それ以上 〝休んだ方がいい〟 とは言えなくなる。特に、そんな不安を抱いてもおかしくない状況を見てきた彼らなら、尚更の事だ。

 案の定──

「分かったよ、ルフェラ。さきに先生に診てもらう」

「そうね…。薬を貰ってからのほうが安心して眠れるだろうし」

「まぁ、本人がそうしたいって言うんじゃ、しょうがねぇか」

 ──と、納得してくれた。

「よぉ~し! んじゃ、そうと決まったらオレが責任持って連れてってやるからよ。お前らは安心してここで待ってていいぜ!」

 自分の意見とあたしの意見が一致し、尚且つそれが通ったのが嬉しいのか、イオータが言った 〝命取りになる〟 という不安など忘れたかのように、ラディは意気揚々と立ち上がり自分の胸を叩いた。すぐに、〝皆で行くに決まってんだろ…〟 とイオータに却下されるものの、あたしは自分の体とラディの気持ちを考えて、〝その必要性はない〟 と断ることにした。もちろん、一人でも歩けるから…と、ラディの申し出も断ったのだが…。

 あとは、診てもらう場所が場所だけに、同性であるミュエリがいた方がいいだろうという事で、彼女も付いてきてくれることになった。




「ほんとに大丈夫なのかよ、ルフェラ?」

 途中、何度もあたしの様子を伺っていたラディが、痺れを切らしたように口を開いた。

 宿を出る時、少しでも調子が悪くなったらすぐに言うからと約束したにもかかわらず、未だ一言も喋らないのを 〝言わない〟 とでも思ったのか、その口調は心配を通り越してイラついてるようにも聞こえた。

 あたしとしては、別に意地を張って 〝言わない〟 わけではなかった。一言も喋らないのは、単に、歩く以外に疲れたくないというだけであり、体のだるさは宿を出た時となんら変わっていないのだ。故に、言う必要もなかったわけで…それを 〝体調が悪化しても言わない〟 と思われてしまうと、正直、ラディじゃなくイオータに付いてきてもらえばよかったと思ってしまう…。

「なぁ、ルフェ──」

「ほんっとに大丈夫よ、ラディ」

 返事を急かそうとしたラディに、あたしはできるだけいつもの口調で答えた。

「言葉の喋れない赤ちゃんじゃないんだから、調子が悪くなったらちゃんと言うわよ。それに体のだるさは変わらないけど、それはつまり、悪くもなってないってことなの、分かる?」

 本音を言えば、〝うん〟 という返事だけで納得してもらいたかったのだが、さっきの口調からすると、その一言だけじゃ信じてもらえないと思った為、敢えて、強い口調で長い返事を返した。それが良かったのか、

「お…ぅ、分かった…」

 ──と、なんとか納得してくれたようで、それ以上の追求はしてこなかった。

 その後もしばらくは無言の状態が続いた…。

 時折、ダルクに書いてもらった地図を見ては、〝あそこを右だ〟 〝次を左だ〟 と言いながら進むラディに、あたしとミュエリがついて行く。

 そして、

「そこの十字路を右に曲がったらすぐだ。──もう着くからな、ルフェラ」

 そう言って、ラディが十字路を指差した時だった。〝うん〟 と返事をするより早く、突然、女の人の叫び声が耳に飛び込んできたのだ。思わず、何事かと辺りを見渡せば、向かい合うように立ち並ぶ家の前で、女性が泣きながら男性に物を投げつけているところだった。

 日常ではよくあるケンカのひとつだ…と、そこにいたのが知らない人ならこのまま黙って通り過ぎていたことだろう。体調の優れない今なら、尚更、他人のトラブルに首を突っ込む気にはなれなかった。けれど、〝あの人…〟 と呟いたミュエリの声と共に、あたしの目は 〝その人〟 を捉えてしまったのだ。その瞬間──

 ────!!

 あたしの心の臓が強く大きな音を立てた。

 や…だ…また……!?


 〝道の真ん中で発作でも起きて、それが命取りになったら──〟


 イオータの言葉が、頭の中でこだました。──と同時に、更なる女性の叫び声が届いた。

「帰れ…! 今すぐ帰れ…!! あの子が…あの子がどれだけあんたを信用してたか…どれだけ救いとしてたか……! 一番助けて欲しい時に助けてくれなくて、どれだけ悲しい思いをしたか分かってんの!? …この裏切り者……!!」

 ────!!

 女性の叫び声が、更にあたしの胸を刺激させ──今朝の痛みとはまた違う──鈍い痛みを伝え始めた。

「なんか…すごいわね…」

「あぁ…」

 すぐ傍で交わすミュエリたちの会話が、なぜか離れた場所にいる女性の声より遠くに感じられる…。それは、ミュエリたちの声が、呟く程度の大きさだからというだけではなかった…。

 なん…なの…?

 なんなのよ、この騒がしい胸と鈍い痛み…それにこの音の違和感は……!?

 今朝の胸の痛みとは違う事に、僅かながらホッとしながらも、わけの分からない体の反応に恐怖が消えることはない。

 胸を押さえながらも、怒り叫ぶ女性の顔が目に映る。相手の男性はただ無言で耐え続けていた。

 そんな二人の姿を見ているうち、覚えのある感情が胸の奥から湧き上がってきた。

 あ…ぁ……なに…!? なんなの……!?

 まるで大地の揺れかと思うほど、激しく打ち付ける胸の鼓動が体中を振るわせていく…!

「ルフェラ…!?」

 そんな異変に気付いたラディが、フラついたあたしを支えた。

「…ぁあ…あ……」

「おい、ルフェラ…!」

 感情が溢れてくる…!

 今朝の…あの感情が…!

 フラついて二人の姿から視線がそれたものの、自分の意思か否か、再び二人に視線を戻していた。

 怒り叫んでいた女性の顔が見る見るうちに崩れ始めれば、その目から大きな涙がこぼれ出し、途端に、あたしの中で堪え切れなくなった感情が形となって溢れ出た。

 涙だ──

「ルフェラ…!」

 気付けばラディの腕を振り払って駆け出していた。

 抑えられない…!

 抑えられない、この感情…!

 突き動かされるまま走り寄り、男性の胸倉を掴んだあたしは、その手を激しく前後に揺らした。そんなあたしを見る男性の目は、驚きで見開いている。だけど、そんなことは気にならなかった。

「ルフェラ…さん…?」

「…ぁあ…あ……あぁあ……あぁ…あ……!」

 感情が…感情だけが溢れてくる…!

 言葉にしようにも、言葉が出てこないのだ…!

「ルフェラさん、どうしたのですか!?」

「あ…ぁあ……あぁああ…………!」

「──ルフェラ、おい、どうしたんだよ!?」

 後を追ってきたラディが、あたしの手を離そうと掴んだ。けれど、胸倉を掴んだその手は、何かに固められたかのように緩むことはなかった。

「…あぁ…あぁ……あ…ぁあああ……!」

 尚も、引き離そうとするラディの強い力が、あたしの腕に伝わる…!

「おい、ルフェラ── !!」

 その時だった──

「…う…して…?」

 感情が、ひとつの言葉を吐き出させた。

 〝え…?〟 という表情が男性の顔に浮かんだが、あたしは構わず叫んでいた…。

「…どうして…? どうして…? ねぇ、どうしてなの…!? ねぇ、どうして…!? どうして…どうして…どうして…どうして……ど…うしてっ……!!」

 その言葉だけを何度も繰り返しながら、あたしは力一杯、男性の体を揺すった…。

「…ねぇ、どう──」

 更に息を吸い込み同じ言葉を繰り返そうとした時、

「い…い加減にしろって──」

 ────ッ!!

 今まで以上に強い力があたしの手首に加わり、痛みを感じると同時にその手が引き離された。

 それでようやく、衝動的な自分が止まった…。

「…は…ぁ…あ……はぁ……はぁ……はぁ……」

「ルフェラ……」

 ようやく止まった…とホッとしたラディの声が溜め息と共に漏れる。反面、あたしは恐ろしさで震えた…。

 なん…だったの…?

 いったい、なにが起こったの…?

 まるで、自分じゃなかった……自分ではどうすることもできなかった……!

 あたしじゃない 〝あたし〟 が……それとはまた別の 〝あたし〟 が心の中にいるとでもいうの…!?

 コントロールできない何かが、他にもまだあるっていうの…!?

 いったい…自分の中で何が起こってるっていうのよ…!?

 ここ数日の間に起きた、わけの分からない 〝発作〟 が精神を休める事なく、新たに襲いかかる。そんな不安と恐怖に耐えられなくなったのだろう…。気づいた時には、ラディにしがみついたまま、胸の中の思いを吐き出していた…。

「…ぃ…や……」

「…ル…フェラ…?」

「…も…う…嫌よ……なんなの…あたし…? どうしちゃったのよ…!?」

「ルフェラ…!」

「自分でも分からない……どうしてこんな事ばかり起こるの…!? どうして……!?」

「落…ち着けって…」

「そうよ、ルフェラ…」

「…もう…嫌……あ…たし…どうしたの…!? これからどうなるの!? ねぇ…ラディ、あたしこれからどうなるの!? 教えてよ…ラディ……ミュエリ…! お願い…たす…けて……誰か…助けてよぉ……!」

 何とかできる事じゃないと分かってはいたが、口に出さずにはいられなかった…。

 泣き崩れるあたしを、ラディの腕がシッカリと受け止める。あたしは、自分で立っていられなかったため、ラディに身を預けていた。

 僅かな無言が続いた後、ラディの腕が更にギュッとあたしを締め付けた。次いで、自分の感情を抑えるような低い声が目の前にいた男性──ジェイス──に放たれた。

「ルフェラがしたことはオレが代わりに謝る。悪かったな、ジェイス…」

「あ…いえ…」

「それと…わりぃんだけどよ、このまま帰ってくれねーか…?」

「……………!?」

「妹はともかく、あんたを嫌う理由はねぇ。けど……今はこいつの調子を悪化させるものは、できるだけ無くしてーんだ。──こっちから近付いきて、なんなんだけどよ…」

 最後に、再度 〝わりぃな…〟 と繰り返すと、ややあってジェイスの力ない声が聞こえてきた。

「…そう…ですね…。私はいないほうがいいのかもしれない…」

 夜中の事といい今といい、自分がいる時にあたしの様子がおかしくなった事を気にしたのだろう。そう言うと、ジェイスは静かに去って行った。

 彼が悪いわけでも、発作の原因が全て彼にあるわけでもない。それはラディも十分に分かっていた。ただ、抑えていたあたしの気持ちが爆発したことに、今、自分ができる唯一のことをしてくれたのだと思うと、ジェイスに対してはもちろん、そう言わせてしまったラディにも、申し訳ないと思った…。

 その後、ラディはフラつくあたしを背負って、病の先生の所まで連れて行ってくれた。自分の口から、胸が痛くなることや呼吸が出来なくなる事、眩暈の事などを説明しようと思っていたのだが、先生の顔を見た途端、安心したのか急に意識がなくなってしまった…。




 意識がすぅ~っと浮かび上がる僅かな時間、まるで夢を見ているような感覚で二人の会話が聞こえてきた。その会話からすると、どうやらあたしは気を失ってる間に診察を受けていたらしい…。


「ねぇ…」

「あぁ…?」

「ルフェラ…死んじゃったりしないよね…?」

「ばっ…か…お前っ……なんてこと言うんだよ!?」

「だって…病の先生だって、原因が分からないって──」

「そ、それは…原因が分からないんじゃなくて、原因がないってことだ…。つまり…どっこも悪くねぇ……病気じゃねぇってことなんだよ。だから──」

 そう言ったものの、無理な解釈だと自分でも思ったのだろう。ラディは更に無理な…というか、バカげた解釈を付け足した。

「もしくは、ここの医者がヤブなだけだ。──っつーかな、ルフェラに限って死ぬなんて事あるかよ!?」

「ご、ごめん……そう…よね……」

「あぁ! もし何かあっても、オレがぜってぇ、助けてやるさ!」

「…どうやってよ…?」

「どうやって…って…その…なんだ……オレの命と引き換えでいいから、こいつを助けてくれって神様に頼んでだな──」

「…神様…か……」

 そう繰り返した口調は溜め息交じりで、何かを含んでいるものだった。──が、ラディにはそう聞こえなかったようだ。

「な、なんだよ…? 神頼みが悪いのか!?」

「…別に…」

「ぐわっ! なんっか、その 〝別に〟 の言い方、気に入らねぇ…」

「何よ、気に入らないって!?」

「気に入らねーから、気に入らねーって言ったんだよ!!」

「あぁ、そう! じゃぁ、そうやって勝手に怒ってなさいよ。私はあなたに気に入られようなんて思ってないから気にしないわよ、〝別に〟 ね!」

「うおぉ! お前、また わざと言いやがったな!?」

「さぁ~、どうかしらぁ?」

「てめぇ──」

 しんみりした会話だと思ったら、一気に、いつもの二人の会話になってしまった。

 なんともまぁ、目覚めの悪い騒音だこと……。

 ──などと思いながら、ようやくあたしが目を覚ませば、身動きしたあたしにミュエリが気付く。

「あ…ルフェラ…!」

「え…? ──おぉ! 気が付いたか、ルフェラ!? どうだ、気分は…?」

 目覚めた事にホッとしつつも、〝助けて…〟 と泣き崩れた事が頭をよぎったのか、調子はどうか…と覗き込む彼らの顔には複雑な笑顔が浮かんでいた。

 そんな二人の顔を交互に見つめたあたしは、一言──

「…最…悪……」

 ──とだけ溜め息混じりに返したのだった。

 もちろん、あたしとしては目覚めの悪さに対しての 〝最悪…〟 だったのだが、何も知らない彼らからしたら 〝絶不調〟 だと思うのは自然なわけで……慌てて先生を呼びに行ってしまった…。

 結局、心の臓の動きも音も悪くはなく、それに伴う他の症状もないため、疲れかストレスからくる一過性のものだろうと説明を受けて、そこをあとにしたのだった。



 その帰り道──

「それにしても怖いわよね、疲れやストレスであんな発作が起きるなんて…」

 ──と、ミュエリがしみじみと言った。

 〝できるならそうであって欲しい…〟

 一過性のものだと言われたにもかかわらず、あたしはそう願わずにはいられなかった。

 別に、先生の言葉を信じないわけじゃない。診てもらった以上、心の臓に問題がないのは間違いないだろうし、何より、身に余るほどの疲れやストレスを感じてきたのは確かなのだ。だからこそ、先生の診断は正しいと思えるはずなのだが……。

「あぁ…。──けど、いまいち信じられねーんだけどなぁ…」

 そんな言葉がラディの口から発せられ、あたしの胸は小さくドキリと鳴った。

「どういう事よ?」

「ん~…だってよぉ…ひどすぎると思わねーか、発作の度合いが? 疲れやストレスで胸が痛くなるっつったってよ、こう……キューってなるくらいで、ルフェラほどひどくないと思うんだよなー」

「まぁ…確かにルフェラの発作はひどいと思うわよ……。でも、心の臓には問題ないって言ってたじゃない」

「ん~……」

「それとも、あの先生がインチキ医者だとでも言いたいわけ?」

「いや…そうは言わねーけどよ…。なぁんか解せねーんだ…」

「──ちょっと、ラディ!?」

 ハッキリしない口調に、ミュエリが 〝物申す〟 とばかりに叫んで立ち止まった。

「な、なんだよ──」

「あなたねぇ…発作の原因が疲れやストレスだと分かって嬉しくないの!?」

「はぁ!?」

「心の臓には問題がないって言われたのよ!? 〝原因が分からないってことは、原因がないってことだ。それはつまり、どこも悪くないんだ…〟 って、わけの分からない屁理屈言ってあたしを安心させようとしたくせに!」

「おまっ…失礼だな……わけの分からない屁理屈って──」

「心の臓が問題なくて、疲れとストレスが原因だって分かったならそれでいいじゃない! 十分休めば治るって言われたも同然なんだから!!」

「そりゃ、そうだけどよ──」

 いつになくムキになるミュエリだったが、その気持ちも分からなくはないと思った。

 〝死んだりなんかしないよね…?〟

 そんな言葉を言わせてしまうほど、あたしを心配してくれてたんだもの。それが、重い病気じゃなく、十分に休めばすぐに治るものだと言われたら、ホッとすると同時に──たとえ根拠のない事でも──再度、不安を掻き立てられるような事は聞きたくないものなのだ。

 もし、あたしがミュエリと同じ気持ちだったら、〝いい加減、そのストレスの一番の原因が あんたたち二人にあるってことに気付きなさいよ〟 と突っ込んで、その不安も吹き飛ばしてやるのだが……今はそんな気分じゃなかった。

 ラディにとって 〝解せない事〟 が何なのかは分からない。だけど、少なくともあたしにとっての 〝そうであって欲しい…〟 と願わずにはいられない理由はハッキリしている。それは、もうひとつの原因……つまり、〝特別な力に関係してないだろうか…〟 という不安だ。

 全てをそれに結びつけるのもどうかと思うが、不思議な事が起き続けているせいか、そういう可能性を考えてしまうのだ。

 あたしは、今も続く二人のやりとりをボンヤリと聞きながら、形のない不安を吐く息に混ぜた。

 そんな時だった──

「──それは 〝死の花〟 のせいじゃないのかのぉ?」

 不意に落ち着いた声が後ろの方から聞こえた。〝死〟 という不吉な言葉に表情を強張らせたあたしたちは、当然のことながら声のした後ろを振り向く。

 そこには、店の入り口で椅子に腰掛け日向ぼっこしているおばあさんの姿があった。杖を両足の間に立て、それに寄りかかるように両手を乗せている姿は──ただでさえ背中が丸いのに──より一層 小ぢんまりとして見える。

 一瞬、その不吉な言葉を吐いた相手を怒鳴りつけようとしたラディだが、目に入ったのが予想外のおばあさんだった為か、大きく吸い込んだ息は、怒りを逃がすかのようにそのまま吐き出された。

「…わりぃけどな、ばあさん。今はそういう言葉は聞きたくねぇんだ」

挿絵(By みてみん)

「そうよのぉ…人はみな、〝死〟 という言葉は嫌うものだ」

「あぁ、特に今のオレたち──」

「じゃがな──」

 おばあさんは、ラディの言葉を遮った。

「嫌っておるだけでは真実は見えてこぬのも、また事実なんじゃよ」

「………………?」

 何か深い意味があるとは思うのだが、それが何を意味するのか、はたまた何を伝えたいのかは分からなかった。故に何も答えられないでいると、おばあさんは小さな溜め息を付いた。それは 〝分からぬのも無理はない〟 と言っているように聞こえた。

「まぁ…その様子じゃ、死の花のことは知らぬようじゃの…」

「あ…ぁ…聞いたこともねぇからな…」

「そうか…。ちょいと、知ってる子と同じものを感じたものでな…。──いや…会話の途中に入って悪かったのぉ…」

 知ってる子とは誰なのか…。

 同じものとは、何なのか…。

 それを聞いてみたいと思ったものの、〝気にせず続けておくれ〟 と付け足されたら、質問するどころか、ラディたちでさえ、熱の冷めた会話──言い合い──を再開する気にはなれなかったらしい…。

 ラディは、〝しょうがねーなぁ…〟 とばかりに不完全燃焼の溜め息を付くと、

「…帰るぞ、ルフェラ、ミュエリ」

 ──と言って、おばあさんに背を向けた。そして、歩き出したちょうどその時、何かを思い出したか、再びおばあさんが口を開いた。

「おぉ、それとな……お前さん、ツイておるぞ」

「………?」

 思わず振り返るが、おばあさんはそれだけ言うと目を閉じてしまった。

 わけが分からないのは、取り残されたあたしたち三人…。他に何か言うのかと思いきや、瞬く間にコックリコックリと船を漕ぎ出した為、スッキリしない気持ちのまま、帰ることになったのだった…。


 そして翌日、疲れすぎたあたしは熱を出した──

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