BS2 夜明け前の会話 ※
ルーフィンとネオスは、他の三人から少し離れた場所にいた。つい先ほど、ルーフィンに起こされ移動したのだ。けれど、二人の視界には、常にルフェラの姿が映っている。
『とうとう…この日がきましたね…』
『……あぁ…』
月の光に浮かぶ、ルフェラの寝姿をぼんやり眺めながら、ネオスは心の中で返事をした。
『待ちに待った…という感じではなさそうですが…?』
『ルーフィンこそ…』
〝待ちに待った〟 ことなら、おそらく 〝やっと〟 という言葉が出てきそうなものだ。それが、〝とうとう〟 という事は──
『…ええ。喜ぶべき事だと分かってはいるのですが、彼女の過去を考えると……』
『…僕も同じだよ。ルフェラが本来あるべき姿に戻るということは、自分の過去を思い出すという事だからね…。しかも、その記憶を失くした原因は僕にある…。過去を思い出した時──一番、必要とするべき時に、ルフェラがそれを望まないかもしれないと思うと…本来の姿に戻って欲しいと思う反面、いっそこのままで…って思う自分もいるんだ…』
『ネオス…』
『…共人として失格だよな…』
それは殆ど独り言に近かった。ルーフィンの頭に手を触れていなければ聞こえないものだが、心の中で会話している為、普通に聞こえてしまう。
『そんなことは…そんな事はありません、ネオス。共人失格なのは、本来の共人のほうです! あの時、彼が共人としてなすべき事をしていればこんなことにはならなかった。全ては彼の責任なんです!! そうは思いませんか!?』
『ルーフィン…?』
ルーフィンには珍しく激しい口調だった。
『私は…私は彼が許せません…』
そう言って俯くルーフィンの体は、怒りの為か力が入っていた。
『確かに…彼の責任かもしれない。でも、僕の中には彼に対する怒りというものがないんだ』
その言葉に、ルーフフィンはひどく驚いた。
『どうして…ですか?』
『分かるから…かな』
『分かる?』
『うん。彼の気持ちが…彼のルフェラに対する想いが…ね。もし彼がこの世に存在してなくて、本来の共人が僕だったとしたら…ルーフィンに恨まれたのは僕かもしれない…』
『それはつまり…あなたも同じことをすると…?』
『…分からないけどね。でも、彼の気持ちが分かるってことは、同じ事とは言わなくても、共人として失格に値することをしてしまうかもしれないっていう恐怖はある。だから僕は、ある意味、彼を手本としているんだ。そうならないように…って』
『…ひょっとして…ずっとそう思っていたのですか? 一度も彼を恨むことなく…?』
『まぁ…ばば様に、そう言われ続けてきたっていうのが根本にあるんだろうけどね。それに、彼のことより、自分がルフェラの記憶を奪ってしまったって事のほうが、大きかったから…あまり考えなかったって言うほうが正しいかな』
『そうですか…。ではどうか…同じ過ちを繰り返さないようお願いします』
『う…ん、分かった。でも、ルーフィンの協力も必要だよ』
『そうですね。私もできる限りのことはします。ルフェラに対しても、あなたに対しても…』
その口調も眼差しも、真剣そのものだった。
人ではないが、ルフェラとは切っても切れない繋がりがある。同じ過去を知るものとして、また、同じ心の中でルフェラと話ができる者として──ルフェラはネオスとルーフィンが話せる事を知らないのだが──そんな彼の言葉はとても心強いものだった。
ネオスはルーフィンに触れている手に力を込め、その気持ちを声に出した。
「ありがとう。頼りにしてるよ」
『…はい』
ルーフィンの体から、力は抜けていた。
『そういえばネオス…』
『うん…?』
『昨日の夜も、ルフェラはちゃんと妖精を見ることができたようです。死を予知する光も、妖精の姿も見えて、少しずつ変わってきていますが、ネオスはどうです? 何か兆しがありますか?』
その質問にネオスは無言で首を振った。
夜が明けてないとはいえ、夜目が利くルーフィンだ。その姿はよく見えた。
『そうですか。でも、心配しないでください。力は必ず手にすることができます。今のルフェラの共人は、あなたなんですから』
『…そうだね』
『これから、色々な力を手にしていくと、本来の姿を知らないルフェラにとって、抱えきれないものになってくるはずです。そこを私たちがどう手助けしていくか…。できるだけ、一人で抱え込ませないように話を聞き出しましょう』
『…分かった』
『──では、もう一眠りしましょうか? おそらく、昼頃までは誰も目を覚ましませんよ』
『そうだね。僕も、朝のうちに起きる自信はないからね』
丸一日 歩いた疲れは相当なもの。
ルフェラと一緒に行動するようになれば、必然的にネオスとルーフィンが会話する機会は少なくなる。
みんなが寝静まった頃に…とは思っても、それまで起きている事は難しく、結果、少し寝たあとの、夜明け前にルーフィンが起こしに来たのだが、やはり、長くは起きていられない。
ネオスもルーフィンも、元の場所に戻り横になると、瞬く間に、深い眠りに落ちていったのだった。