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女神伝説  作者: Sugary
第四章
59/127

14 苦しみの共有とそれぞれの未来… ※

 太陽は真上より少し西に移動していた。

 川から吹く風は相変わらず心地良く、木の根元に腰を下ろしていたあたしは、そこから見える景色を眺め、ぼんやりと昨夜の事を思い出していた。

 起きてみれば、まるで夢を見ていたかのような出来事。

 自分が自分じゃなくなったことを考えると、〝夢〟 であってほしいと思うが、最後に見たテイトの笑顔を思い出すと、絶対に 〝現実〟 であってほしいと思う。だけど、本当は分かってる。そう願わなくても、あれは夢ではなく現実だってことを。

 ──じゃなければ、こんなにも安らかな気持ちにはなってないものね。それに……。

 あたしは、膝の上に乗せていた両手を改めて見つめた。

 それに、テイトを抱き締めた時の感触や温もりは──実体がないはずなのに──今もまだハッキリとこの手の中に残っているもの…。

 他の現象がなんであれ、テイトの魂が天の国へと旅立っていった事に、あたしは素直によかったと思えた。

 ただ──


『どうか…したのですか?』

「え…?」

 突然聞こえたその言葉に、あたしはハッとした。もちろん、突然聞こえたからでもあるが、一番の理由は、その言葉が三度目だったからだ。


 〝なんだ、どうかしたのか?〟

 最初にそう言ったのは、イオータだった。

 起きてからずっと、気付けば二人の姿を目で追っていたあたしの視線に、イオータが気付いたのだ。

 その時あたしは、昨夜、ノークと別れてからのことを考えていた。

 月の光が少しずつ減り始めると、それに比例して、あたしを取り囲むガラスの層がだんだんと薄くなっていく気がした。

 やっと元に戻れる…。

 知らない 〝あたし〟 が小さくなり、今まで通りのあたしの意識が戻ってくると、その思いも確信に近付いていった。──なのに、しばらくすると、今までとは違う体の異変に気付いた。〝あたし〟 が小さくなれば、思うように体が動くはずなのに、今度は強烈なだるさに襲われ始めたのだ。

 空気が重さを伴って、あたしの体を押し潰すような、そんな感覚。

 つい最近、似たような感覚があったはずだと思い出せば、ラミールの記憶に共鳴した後だと気付き、少々 焦りを覚えた。

 このままだと、宿に帰り着く前に、地面で倒れて動けなくなってしまうかもしれない…。

 あれほど触れたくないと思っていた月の光だが、その時ばかりは 〝せめて、宿までは降っていて〟 と願ってしまったほどだ。けれど、そんな思いとは裏腹に、月の光は減っていく一方だった。

 フラフラになりながら、歩く早さも極端に遅くなれば、その不安はより一層強くなる。それでもなんとか宿が見える通りまで来ると、それだけで安心したのか、それとも限界がきたのか、あたしの意識が遠のき始めたのだった。そして、〝もうダメだ…〟 と思った次の瞬間、あたしは、自分の方に走り寄ってくるネオスとイオータを見た気がしたのだ。

 翌朝起きたのは、昨日と同じく お昼過ぎ…。

 何やら、覚えのある心地良さの中で眠っていた気がしたのだが、昨夜の事を思い出せば、途端に、二人に目がいってしまった。

 意識がなくなったのは、確か宿の外のはずで……なのに起きたら布団の中だった。それがどういう事なのか…。

 考えられるのは次の三つ。


 その一、昨夜の事が夢だった。

 その二、無意識のうちに自分で戻ってきた。

 その三、昨夜見た二人は現実で、布団まで運んでくれた。


 ──という事だろう。

 その三つのうち、どれが正しいか…。

 それを考えているうち、気付けば二人を見ていたのだが、顔を合わせても昨夜の事を聞いてくるどころか、まるでいつもと変わらない態度に、あれは気のせいだったのかと思い始めてきたのだ。

 それは、そんな矢先に言われた言葉で、あたしは 〝別に何でも…〟 と言うと、窓の外に視線を移したのだった。

 部屋の中を見てると、また自然に二人を目で追いかけてしまうため、敢えて窓の外を見ながら考えていたというのに、暫くすると、部屋にネオスとあたしの二人だけになった僅かな合間に、

 〝ルフェラ…どうかした?〟

 ──と、今度はネオスに声をかけられてしまったのだ。それで、慌てて 〝天気がいいから散歩にでも行ってこようかな…〟 と言い残し、ルーフィンを連れて川辺に来たのだが…。


 そこでもボンヤリとしていたあたしが心配になったのだろう。それまで横になっていたルーフィンがあたしの体に触れ話しかけてきたのだ。

 一つ目の可能性が否定され、再び、二人の事を考え始めたあたしは、三度目となるルーフィンの言葉で、それ以降の思考を中断させた。

『ルフェラ…?』

「あ…ううん…。あまりにも気持ちいいからさ…」

『ええ、そうですね。また眠たくなったら、眠ってもいいんですよ?』

「うん。でも大丈夫。昨日といい今日といい、寝過ぎっていうくらい寝ちゃったもの」

『そうですか。それならいい──』

 ──と言ったかと思うと、最後まで言わずに黙ってしまった。不思議に思い、〝どうしたの?〟 と聞き返せば、

『ラディが来ました』

 ──と早口で答え、すっとあたしの体から離れた。

 その言葉に、あたしも口をつぐみ、同時にどこにいるのかと辺りを見渡せば、ちょうど、もたれていた木の向こう側の斜面を、ラディが下りてくるところだった。

 背後になるため──別に隠れようとは思わなかったが、数日前の気まずさもあり──敢えて気付かないふりをしていると、ラディの足音はすぐ後ろで止まった。そしてそのまま、木を挟むようにして背中合わせに座り込むと、あたし同様 気まずいのか、全く話しかけてくる様子もなく、ただただ時間だけが流れていったのだった。

 その沈黙が、更に二人の中で気まずさを増した。

 普段からバカな事を言って、うるさいほどよく喋るラディだからこそ、こういう沈黙は空気の重みが増す。しかも、最初に話すタイミングを失うと、余計に話しづらくなるのだ。

 あたしは、こんな事なら最初から声をかければよかった…と後悔の溜め息をそっと漏らした。

 すると、そんなあたしの気持ちを知ってか知らずか、タイミングよく その溜め息に答えるように聞こえてきたのは、彼が得意とする草笛の音だった。

 細く高い音が響き始める。優しく澄んだ音色は、心を癒すようなゆっくりとした曲調にのって、あたしの体をすり抜けていった。

 目を閉じれば、風に揺れる草や木々の葉、川の流れといった自然の音が、草笛と一体になり、広がりを持たせているように聞こえる。

 この前の曲とはまた違う、初めて聞く曲に、さっきまでの気まずさなどすっかり忘れ、あたしはとても心地良い時間の中、聴き入ってしまっていた。

 そして数分が経った頃、終わりを告げるように、ゆっくりと最後の音を吹き終わると、ややあって、初めてとも言えるような静かな声が聞こえてきた。

「…妹が、いたんだ…」

 え……?

 それこそ初めての告白で、あたしは、思わず見えもしないラディを振り返った。けれど、同時に、今更ながら気付いたことがあった…。

 そう…言えば…子供の頃に、一人であたしたちの村に迷い込んできたっていうだけで、ラディの家族構成とか、聞いた事がなかったわ…。

 自分の村を離れるという事は、それなりの事情があるわけだから、根掘り葉掘り聞くものじゃない…ってばば様に言われて…敢えて触れないようにしてた気がする…。

 そんなことを考えている間にも、ラディの話は続いていた。

「六人兄妹の…一番末っ子でよ……やっと生まれた女の子だったから、家族揃ってすっげー可愛がってたんだよな…」

「………………」

 あたしは、相槌を打っていいものかどうか分からなくて、ジッと黙っていたのだが、ラディは、そんなことなど気にせず、一方的に語り続けていった。

「オレの家は、そんな裕福じゃなかったからよ…六人も子どもがいりゃ、母親も働かないとやってけなかったんだ。だから、ある程度の年齢になると、自然とオレが弟たちの面倒を見るようになった。オレが十二歳で、末っ子の妹が五歳…だったっけな、確か…」

 弟達の面倒を見る…その状況が、ジーネスのものと重なった気がした。

「ひとつ下の弟と二人で、家のことや小せぇヤツの面倒を見てたけどよ…そりゃもう、大変なのなんのって…。片付けた傍から散らかしやがるし、目ぇ離した隙にどっか行っちまうしよ…男が多いからケンカなんてしょっちゅうだったんだぜ…」

 大変だと言いつつも、その口調は愚痴るものではなく、どことなく楽しんでいるように聞こえた。

「けど……」

 それはいきなりのトーンダウンだった。

 そして、次の告白に、あたしの心の臓がすごい音を立てた。

「…ある時、オレ……妹を死なせちまったんだ…」

「────!?」

「……二年も経てば、みんな慣れてきてよ…一人で絵を描いたり、物を作ったり、ケンカしたり…それなりにリズムが出来てきて、それまで なんの問題もなく過ごしてきたから、どっか、安心してたんだよな、オレ…。久々の気分転換も兼ねて、夕飯用の魚を釣りに出かけたんだ…。二時間ばかしして帰ってきたら、弟たちが大騒ぎでよ…聞けば、妹の姿が見当たらないって……」

 ラディは、そこで区切ると、高まりそうな気持ちを落ち着かせる為か、一度 深呼吸をした。そしてまた、続きを話し始めた。

「…オレ…すんげー焦ってよ…色んなところ探し回ったんだ…。そしたら、家の裏にちょっとしたガケっつーか、高い段差みたいな所があって……あいつ…その下で倒れてたんだよな…。見つけたときには、すでに息はなくて……左手に白い花を握ってたから…その花を採ろうとして、落ちたんだろうって…」

「………………!」

 そん…なの…ラディが死なせたんじゃないわ…。

 そう言おうとした所で、またラディが続けた。

「…オレの…せいなんだ…。オレが釣りに出かけなきゃ…あいつは死なずに済んだ…オレがいなかったから、あいつは自分で採ろうとして落ちたんだからな…。オレがしっかり面倒見て、〝採って欲しい〟 っていう花を採ってやれば、あんな事にはならなかった……だからあれは──」

「誰かに…そう言われたの…?」

 〝オレが〟 〝オレが〟 と何度も繰り返すのを聞いて、思わずそう聞いてしまった。

 妹が亡くなったのは、間違いなく事故だ。ただ、自分がいればこんな事にならなかった…という責任を感じてしまうのは当然なのだろう。でも…だからって、これほど自分を責めるというのはどうだろうか…。しかも、今もずっとなのだ…。

 その当時の状況を知っていれば、誰だって 〝事故だから〟 と、ラディが感じる責任を、少しでも和らげようとするはず。それが今も尚、自分を責めてるという事は、誰かに言われたのかと、想像させるのだ。

 それに…大人でさえ、五・六人の子供の面倒を見るのは大変なのよ? 十二歳やそこらの子供が、全ての面倒を見れるはずがないじゃない…。

 ──と、そこまで考えてハッとした。

 あ…ぁ…だからあの時、ジーネスにあんな事を……。


 〝あんただって、十一歳だったんだろ? そんな小さいやつら、どーやって面倒見れるんだ? 子供一人 面倒見るのだって、エライ大変な事だぜ!? いくらお礼だとはいえ、子供を見てもらいたいって言われて、簡単に引き受けるなんて、どういう神経──〟


 子供の面倒を見る事がどれだけ大変か……同じくらいの年齢で経験したことのあるラディは、それを一番よく分かっていたのだ。そして、妹を亡くしてしまうという、取り返しのつかないことが起きてしまったからこそ、そう簡単に引き受けるんじゃない…そう、言いたかったのだろう。

 何の前触れもなく、突然 話し始めたラディの過去が、この時やっと、〝忘れたい過去〟 だということに気付いたのだった。

 それまで黙っていたあたしが、突然口を開いたことに驚いたのか、すぐに返事はしなかったが、僅かな間があって、ラディは再び話し始めた。

「…いや。周りは 〝事故だったんだから〟 って言って…誰もオレのせいだとは言わなかったさ……あんなに可愛がってた親父やお袋さえもな…」

「だったら、どうしてそんなに自分を…?」

 〝もう、自分を責めなくてもいいんじゃないの?〟 という思いを込めてそう言えば、次に返ってきた答えは理解できないものだった。

「…誰も責めなかったからさ」

 え…?

 何の返事もない事が、理解できてないと悟ったのか、ラディはその意味を説明した。

「誰も責めなかったから、耐えられなかったんだ…。〝お前のせいだ。お前のせいで妹は死んだんだ!〟 って言われて、ボコボコにされた方が全然マシだった。けど…親父もお袋も、オレを責めるどころか、今まで以上に優しくなったってゆーか…気遣うようになったってゆーかよ……。だから、耐えられなくなっちまったんだ…」

「………………」

「…それで、死のうと思って村を出たんだよ…」

「────!!」

「親父やお袋も、妹を死なせたオレと一緒にいるなんて、ホントは辛いだろうしな…。できるだけ人目のつかず…亡骸を見つけても放っておかれるような、そんな場所を探してずっと歩き続けてた…。けど、あんまないんだよな、そういう所ってよ…。そんな時、森の中でお前に会ったんだ…」

「…あたし…に…?」

 あたしは、背後の木に向かって──正確には、その向こうのラディに──問い掛けた。

「あぁ。正確には、お前に会いたくて森の中を歩き回ってたんだけどな」

 更に、わけが分からなくて黙っていると、また、その理由を話し始める。

「前に、言ったろ? 一度だけ正夢を見た事がある…って」

「あ…うん…」

「そん時は、それが正夢だってーのは分からなかったんだけどな。ほぼ毎日、お前が夢に出てきてよ、しかも、何を言うわけでもなく、オレの事ジッと見てたから、すっげー気になったんだ…。それに、そん時のお前が光の中にいるみたいに輝いてたからよ、ひょっとしたら、オレを迎えに来たヤツなのかも…って思ってな…それで、探してたんだ」

「……………」

「けど、全然会えなくて……疲れて歩けなくなったのが、あのケルプ実の森の中でよ……仰向けで寝転がったまま、このまま餓死してもいいか…って思ってたら、いつの間にか、お前がオレの近くに座り込んで、こっちを見てたのに気付いたんだ…。オレと目が合っても、お前は夢の中と同じように黙ったままで…あぁ、やっと、迎えがきたか…って内心ホッとしたんだぜ。それで、〝早く、連れてけよ…〟 って言ったら、お前…なんて言ったと思う?」

 ラディはそう質問して、一呼吸おいた。

「 〝どこへ?〟 だってよ。ハハ…拍子抜けもいいとこだよな…。その瞬間を願って、お前を捜してたってゆーのに…実際は、ただの人間だったんだからな…」

「ラディ…」

「それから、お前が 〝どうしてこんな所で寝てるのか…〟 って、すんげー普通の質問するからよ…半ばヤケクソで、そうなったいきさつを話してやったんだ。ぜ~んぶ、話し終わって、〝だから、放っといてくれ〟 って吐き捨てるように言ったら、お前が──」

 そう言うと、ラディは何かを考えるように話をやめた。そして、大きく息を吸うのが聞こえたと思ったら、

「オレ、お前に救われたんだぜ」

 ──と、今までより明るく、ハッキリした言葉が返ってきた。

 ラディに会ったことはもちろん、何を聞いたのか、何を話したのか…全く憶えてない上に、死のうとしたラディから 〝お前に救われた〟 と聞けば、思わず身を乗り出してしまう。

 あたしは、木の向こう側を覗き込み、聞き返した。

「…どういうこと…?」

 ラディは、そんな覗き込んだあたしをチラリと見ると、敢えてあさっての方を向いた。

「──だったら、あたしを守ってよ」

「え…?」

「そう言ったんだ、あの時。〝だったら、あたしを守ってよ〟 ってな…」

挿絵(By みてみん)

「う…そ…そんなことを…?」

「オレも、最初は 〝何いってんだ?〟 って思ったけどな、そのあとの言葉で、〝あぁ…そういう事か…〟 って納得した」

「なんて…言ったの?」

「 〝罪を感じてるなら、妹を守れなかった分、あたしを守ってよ。それができたら、自分を許す事もできるでしょう?〟 だってよ…」

「………………!」

「変な慰め方だよな…?」

 ラディはそう言って軽く笑った。

「──けど、あん時のオレは、その言葉で救われた気がしたんだぜ。〝生きていていい〟 って言われた気がしてな。お前を守る事が、オレが生きることを許される条件みたいな…そんな感じに思えたんだ」

 そう聞かされて、ようやくまたひとつ、納得した事があった。

 イオータに、初めて戦術を習った夜のこと。彼女の家に帰った時、あたしの姿を見つけるや否や、声を荒げた事だ。そして、シニアから赤守球を奪った翌日、〝オレだってあんな思いは二度とごめんなんだ。こいつに…ルフェラに何かあったらオレは──〟 と言いかけた、あの言葉と真剣な目…。

 あれは全て 〝あたしを守る〟 という事が、根底にあったのだ…と。

 ラディにそんな事があったなんて…そして、あたしがそんな事を言ってたなんて…どれもこれも驚くことばかりだった。

 だけど、ふと思った。

 救われたなら、どうして、今もまだその過去を引きずっているのか…?

 その答えは、考えなくても導き出された。

 ラディは…本当の意味で、まだ救われてないんだ…と。

 そう、心の中で呟いた時だった。同じ言葉がいつかの記憶と重なり、ハッとした。


 〝おねえちゃん…今度は本当の意味で助けて欲しいの…お願い……〟


 確かあれは…ラディが陽射しの病で倒れた時、夢の中に出てきた女の子……。

 まさかあの女の子って──

 そう思うが早いか、ラディの言葉のほうが一瞬早く、そのあとの思考が飛んでしまった。

「あ…お、お前…余計な事 考えんなよ?」

「え…よ、余計…?」

「オレが言いたかったのは…… 〝自分のせいで〟 っていう苦しみは、オレにも分かるってことなんだよ…」

「…あ………」

「何ができるってことじゃねーけど…気持ちは分かってやれるから…その…なんだ…なんでもいいから話してくれ…ってゆーか……一人で悩むな…ってゆーか………よ、要は、お前の気持ちを分かるヤツが傍にいるって事を伝えたくてだな………」

「ラディ…」

 自分の言ってる事が、急に恥ずかしくなってきたのか、最後の方になると、口を濁してしまった。

 だけど、あたしは嬉しかった。苦しみの原因がなくなったわけじゃないけど、自分の苦しみが分かると言ってくれた事が、こんなにも嬉しく、ホッとするなんて…。

 鋭い爪が伸びた手で、心の臓を捕まれてたようなそんな苦しさが、フッと緩んだような気がして、同時に涙も溢れてきた。

「あ…お、おい…ルフェラ…?」

「ううん、違うの…。嬉しくて…なんか…すごくホッとしてさ……。ありがと、ラディ…」

「あ…いや…」

「ほんと…ありがとう…」

 改めて、もう一度お礼を言うと、ラディもホッとしたように 〝あぁ〟 と頷いたのだった。

 辛いことは誰かに聞いてもらうことで幾分かラクになる。あたしにそれができるわけなかったけど──ラディの優しさも重なってか──同じ辛さを共有することで、随分と楽になった。

 あたしの気持ちを分かってくれる人がいる──

 ただそれだけで、今のあたしは救われたのだ…。



 その後、あたしはもちろん、周りのみんなも変わり始めた。

 ラミールには、母親の願い通り明るい笑顔が戻り、バダルとは──昔からそうであったように──仲の良い親子に戻っていた。

 ノークは、あの夜の事があってから、セオール医師はもちろん、一緒に働く人たち全員を集めて、今まで考えきたことなど、自分の気持ちを真っ直ぐに伝えた。その結果、彼の想いがみんなに伝わり、セオール医師も、ようやく彼を認めたのだった。

 晴れて 〝医師〟 となったノークは、更に、誰もが認める 〝心の医師〟 を目指し、最初の患者としてテイトの母親の治療に取り組み始めた。

 いつになるか分からないけど、きっと彼女の心の闇は取り除かれるだろう。そして、テイトへの愛情も取り戻すに違いない。

 それは願いではなく、確信に近い思いだった。

 〝時には、理由のない方が確かだったりする…〟

 その言葉どおり、理由はなかったけど、なぜかそう信じられたのだ。

 一方あたしはというと、ラディの告白のおかげなのか、それ以来 〝現実の夢〟 にうなされることはなかった。久々に訪れた心地良い眠りと穏やかな時間。周りのみんなが前を向いて歩き始めたその事実は、あたしの心と体に元気を与えてくれた。

 そして、そこで数日 滞在したあと、あたし達は再び旅の続きを始めたのだった──

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