BS7 帰りを待つネオスとイオータ
ルフェラが部屋を出てから数分後、ネオスとイオータは宿の外で待機していた。
〝力の気配〟 と言うのだろうか、その変化に気付いたイオータが、ネオスを起こし連れ出したのだ。
「…見えるか?」
「……ああ」
その問いに主語はなかったが、彼と同じ方向を見つめていたネオスには、それが何のことだかすぐに分かった。
「そうか。この方向と距離からして、おそらく、テイトの魂を天召させるんだろうが……きっと、テイトの真実も分かるぜ?」
「…………」
ルフェラが、変わり果てたテイトを見て逃げ出した直後、ネオスたちはノークからある話を聞いていた。
数日前、ルフェラが突然、〝あの子を助けて欲しい〟 と家に飛び込んできた時の、あの話だ。ノークはテイトの心の闇に気付いていたものの、〝あの子〟 とテイトが結びつくとは考えもしなかった。けれど、テイトの死を目の当たりにして、ふと、ルフェラが言っていた 〝あの子〟 がテイトのことだったのではないかと思い始めたのだ。
もちろん、その話を聞いて 〝確信〟 したのは、イオータとネオスだけだが、ラディやミュエリも 〝まさか…〟 と思いつつ、ルフェラの 〝変化〟 に気付き始めていた。
「…まぁ、なんにせよ問題は、無事にここまで帰ってこれるかどうか…だな」
思ってもみない言葉に、ネオスが驚きの表情を見せた。それにイオータが気付く。
「言ったろ? 五弦煌は、その者の命の気を奪っていくってな。本質である天の煌が現れてるってことは、今まさに、あいつの命の気が使われてるってことだ」
「……………!」
「特に、この村に来てから色んな事があったからな。本人の意思とは関係なく力が使われるし、その分、一人で抱える事も増えてきた。毎日のようにうなされて、まともに眠れてねぇとなっちゃ、補える 〝気〟 も補えねぇしな。それに加え、昨日の今日だ。かなりキツイと思うぜ」
「昨日の…今日…?」
確かに、昨日は昨日で大変だったが、命の気を奪うような事はなかったはずだ…。
そう思い疑問を投げかければ、イオータは 〝そうか、まだ言ってなかったな…〟 と漏らした。
「──ラミールの体に触った時、彼女の記憶を一緒に見たって言っただろ?」
「あ…あぁ…」
「あれは、あいつがラミールの記憶に共鳴したからだ」
「…共…鳴…?」
「人の体に触れることで、そいつの思いや感情、感覚なんかを同じように感じてしまう力さ。ラミールの場合は、その記憶に共鳴したんだ。五弦煌以外の力には、命の気を奪うものとそうでないものがあるが、共鳴は奪っちまうんだよ」
「…じゃ…あ…昨日、ルフェラが起きた時に様子がおかしかったのは──」
「あぁ。命の気が奪われて、動けなかったんだ」
「────!!」
「だから、オレが宵の煌を使ったのさ。けど、そう大したことなかったからな…。多分、初めてのことで、体がビックリしちまったんだろ」
「………………」
「 〝共鳴〟 は、あいつの力が強くなればなるほど、相手に触れなくても伝わってくるようになる。特に、無防備になる睡眠中にはな。けど同時に、伝わらないようにコントロールする事もできてくる。ただ、そうなるまでは気をつけねーと、睡眠中に命を落としかねないぜ」
「────!!」
「まぁ…でも、安心しな。そうなりゃ、オレが結界でも張ってやるし、その頃にはお前も力が使えるようになってるだろうからよ」
「………………」
まさか、共鳴という新たな力を手に入れた上に、また、イオータが宵の煌を使う状態だったとは…。
何も知らなかった自分が恥ずかしく、また、何もできない自分がとても悔しかった。
そして、ルフェラの力が目覚めるたび、ネオスの不安は更に募っていった。
返事もなく、ただ黙ったままのネオスの表情から、イオータは彼の思いを察した。
「自分が救えなかったのが悔しい……か?」
「…あ、あぁ…それもある……だけど──」
「だけど?」
「……やっぱり僕は…ルフェラの共人になれないんじゃないかって…」
「力の目覚めが遅いからか?」
「普通は、主君より共人の方が早いんだろう?」
「あぁ…まぁ、普通はな…」
「なのに僕は、ルフェラの目覚めより遅い。しかも、その力を手に入れる前に、ルフェラだけが、どんどん新しい力を手に入れていく。もしこのまま僕の力が目覚めなければ、僕は……僕は、ルフェラを守ることができない…」
「まぁ確かに、共人の力の目覚めは、主君を守る為にあるからな…。僅かだが、主君より早いのが当然だろうけど、それも人それぞれだぜ? 数日遅れて目覚める奴だっているんだ。そう心配することないさ」
そう言われ、安心できればいいのだろうが、ネオスが共人になった状況からすれば、そんな言葉で安心できるはずもなく…それは、イオータもよく分かっていた。
「なぁ、ネオス?」
「…あぁ?」
「共人を証明するものって、なんだか分かるか?」
その口調はとても真剣だったが、それ以上に、友の心に入り込むような穏やかなものだった。
答えられないでいるネオスに、イオータは、〝安心しろ〟 とでも言うかのようにフッと口元を緩ませた。
「……………?」
「──共夢さ」
「え……?」
「主君の気を補うのは、オレみたいに違う共人でもできるものだ。けどな、主君の命が奪われた時、必然的に共人の命が使われるのはもちろんだが、それ以前に、〝共夢〟 を見るかどうかが大事なんだぜ。共夢は、主君の心の中だからな。神として抱え込んだものを、唯一、感じとって救ってやれるのは、本当の共人にしかできねぇことだ。それはつまり、主君と共人が通じてるってことだからな。ほぼ毎日、お前が共夢を見てるってことは、間違いなくルフェラの──いや、アルティナの共人だっていう証拠なんだよ」
「…ほ…んとうに…?」
「ああ。お前が共人になった過程が過程だけに、時間はかかるかもしれねーけどな。必ず目覚めるから安心しろよ。それに、いざという時はオレがいるだろ? ひょっとしたらその為にオレと出会ったのかもしれねーぜ? だってよ、お前が本当の共人になれず、こんなところであいつが死ぬような運命なら、オレとは出会わないと思うぜ、きっと」
イオータ自身、ネオスの状況に限って、〝絶対〟 という自信はなかった。けれど、共人を証明するものが共夢であることには間違いないのだ。故に、そう信じたいという思いも込めて、〝必ず〟 と言っていた。
それに、本当に死ぬ運命なら、ラディに力を使った時点で死んでいたはずなのだ。だが、イオータがそれを救った。もし彼の存在が、ネオスの力が目覚めるまでの 〝繋ぎ〟 であり、その為に出会ったのなら、時間がかかっても必ずネオスの力は目覚める…そう言いたかったのだ。
そんなイオータの励ましは、ネオスに伝わったようだった。
月明かりに見えたその顔は、少しだけ安心したように見え、イオータもまた、ホッとしたのだった。
「──とりあえず今は、無事に一人で帰ってこれるか、だ。もし、あの月の光が途中で消えたら、すぐに迎えに行くぜ」
「…あ…あぁ……」
それから暫くすると、月の光がひとつの大きな塊になって、天へと昇っていくのが見えた。その光が空に消えゆくと、ようやくイオータが安堵の溜め息をついた。
「…無事、召されたようだな」
「あ、あぁ…」
それは、どちらにとっても…という意味なのだろう。未だに月の光は空から降り続け、テイトの魂はまっさらになって召されていったからだ。
詳細は分からないものの、ネオスはこの時、あれが 〝天召させる〟 という事なんだ、と初めて知ったのだった。
月の光は、それからしばらく同じ場所に留まったあと、彼らに向かって徐々に動き出した。その光を見つめながら、今もルフェラの命の気が奪われていると思うと、いても立ってもいられなくなるのはネオスで……やるべき事が終わったのなら、少しでも早く迎えに行きたいと足を踏み出せば、即座にイオータの声がかかった。
「やめとけよ、覚悟がねーんなら」
「────?」
「本質(神)が出てるとはいえ、ルフェラの意識はちゃんとあんだぜ? 今の状態でオレらに見られたら、当然 疑問が湧く。〝何で、ここにいるのが分かったのか〟 ってな。それに、本質がオレらに話しかけてみろ? お前が恐れてる事が、ルフェラにバレんだぜ?」
「……………!」
「共夢に入れねぇ 今のお前に、そんな覚悟があるのか?」
「────!!」
イオータの言葉に、ネオスは踏み出した足を元に戻すしかなかった。
(情けない…なんて僕は情けないんだ…! ルフェラを救いたいと思うのに、ルフェラの記憶が戻る事を恐れている以上、何もできないなんて…!)
自分の不甲斐なさに、ネオスはギュッと拳を握り締めた。それを横目で見ていたイオータが、小さな溜め息を付く。
(何とかしてやりてぇとは思うけど、記憶を失った原因とやらが、いまいち分かんねーからなぁ…。こいつは自分のせいだっつってたし…まるでラミールの親子と一緒のパターンじゃねーか…)
──とそこまで考えて、ふと気付いた。
(一緒じゃ…ねぇか…?)
ラミールとの違いに気付けば、それは理解できないことで、イオータはその疑問を口にした。
「…なぁ、ネオス?」
「………?」
「今ふと思ったんだけどよ……なんであいつは、あんなに平気なんだ?」
「平気…?」
「あぁ。どう見ても、自分が記憶を失ったことに気付いてねーように思えるんだが…」
「…あ…ぁ……」
「だいたいよ、失った記憶がなんなのかは分からなくても、記憶を失くした事実くらいは分かるもんだろ、ふつー? それが分かってれば知りたいと思うのが当然だし、現にラミールだって知りたがったじゃねーか。もし、ルフェラが過去を知りたいと思えば、お前だってそんなに苦しむこともねーんじゃねーのか?」
「それは…」
口ごもるネオスの態度に、イオータが何かを察し、
「まさか…記憶を失くした事実を知っていながら、思い出したくないから…って言われたんじゃ──」
──と言いかければ、
「いや、そうじゃないよ」
──とネオスはキッパリと否定した。
「ラミールの一件で、〝もし自分が彼女の立場だったら…〟 って、それとなく聞いてみたけど、ルフェラはこう言ったよ。〝原因が何であれ、自分が誰なのか分からない記憶喪失なら、何が何でも思い出したい〟 ってね」
「だったら──」
言いかけた言葉を遮るように、ネオスはすぐに首を振った。
「…ルフェラの場合は、記憶を失くした事実を封印しているんだ」
「なっ……封印…!? 何でそんなこと──」
「一時的な処置だよ」
「一時的…?」
「自分が誰なのか分からなければ、何が何でも思い出したい…その思いは、誰もが持つものだよ。幼かったルフェラにとっても、それは例外じゃない。だけど、死にたいと言い続けたルフェラが、やっと 〝生きよう〟 とした矢先だったんだ…。記憶を戻せば、過去の苦しみに加えて、新たな責任も感じてしまう。それが、どれだけ僕のせいだと言ってもね…。二度と立ち直れなくなれば、〝アルティナ〟 は死んだも同然…。それを避けるために、ばば様が封印して、まったく別の過去を与えたんだよ」
「………………!」
「ルフェラが僕の村に来たときには、既に 〝死んだも同然〟 だったかもしれない。守るべき村がなければ、その神が存在する意味がないからね…」
「お…い…まさかそれって……あいつの村がなくなったってことか…!?」
「あぁ…」
「なんでだよ…!? いったい何があったんだ…その村で…!? ひょっとして、共人が殺されたって事に関係があるのか!?」
ネオスはゆっくりと頷いた。
(マジかよ…!? 一体なにがあったってんだ…!?)
再度、口に出して問いたかったが、同時に、聞いた所でそれ以上のことは言わないことも、なんとなく分かっていた。少なくとも、今は…。
ネオスも、そのことに関しては、それ以上 聞いてこないと悟ったのか、話を続けた。
「…もともと僕の主君がいなかったってことは、僕の村に 〝神〟 がいなかったってことだからね…。もし、僕らの村でルフェラが 〝神〟 として存在できるなら、いつか必ず、ルフェラの力が目覚め、その封印が解かれるはず…そう信じてばば様が封印したんだよ」
(なん…てこった……。聞けば聞くほど、驚かされることばっかりだぜ…しかも、これで全部じゃねーんだろ?)
ネオスがそれだけ苦しんでいるという事は、当の本人にしてみれば、もっと苦しい事に違いない。どんな過去があり、そして、それを知った時、ルフェラはどうなるのか…。
ネオスが話さなくても、ルフェラの力が目覚め始めた今、放っておいても 〝封印〟 は解かれてしまう。そうなれば、失われた過去を求めるのも時間の問題なのだ。
(──あぁ~、なんか…なんも知らねぇオレまで、あいつの記憶が戻るのが恐ろしくなってきたぜ…)
何とかしてやりたいと思う一方、本当に何とかできるのか…という思いが強くなり、〝こりゃ、まいったな…〟 と溜め息をつけば、ネオスが申し訳なさそう呟いた。
「…ごめん…君を巻き込むつもりはなかったんだけど…」
そんなことを言われて、誰が 〝まったくだ。オレはもう知らねぇからな〟 と突き放せるだろうか。しかも、聞き出そうとしたのは自分からだというのに…。
──とはいえ、相手が 〝同士〟 であれば、その苦しみは人事ではない。故に、自分から聞きださなくても、突き放しはしないのだが…。
イオータはそんなネオスにフッと笑って見せた。
「ばっかやろう…。オレをそんな薄情な男だと思うなよ!? こう見えて、意外と人情に厚いんだからよ」
「…イオータ…」
「言ったろ? 同士なんだから気にすんなって。共人の苦しみは共人が一番よく分かんだ。それに、お前が壊れたら誰があいつを守るんだ?」
「………………」
「──まぁ、時々、キツイ事は言うかもしんねーけどよ…。同士として一緒に苦しんでやるから、お前も一人で抱え込まずオレにぶちまけちまえ。なっ?」
そう言って軽く肩を 〝パシン〟 と叩かれたネオスは、少しだけ、そこに乗っかっていた重いものが弾き飛ばされた気がして、安堵の笑みがこぼれた。
「ありがとう、イオータ…」
「いいってことよ。──おっと…そんなこと言ってる間に、帰ってきたぜ?」
そう言われ、ふと前の道を見れば、さっきより少なくなった月の光の下に、力なく歩くルフェラの姿を見つけた。
「もう…そろそろだな。月の光が消えたら、おそらく気を失うだろうから…ギリギリまで待って迎えに行くぞ」
「あ…あぁ…」
「──それと、分かってるとは思うが、このことはルフェラが聞いてこない以上、オレらからは何も聞かないことだ。いいな?」
ネオスはルフェラの姿を見つめたまま、彼の言葉を飲み込むように頷いた。
それから間もなくすると、降り注ぐ月の光はなくなり、かろうじて立っていたルフェラがその場で倒れそうになった。その瞬間、走り寄ったネオスたちが支えると、意識を失ったルフェラを部屋に連れて行き、イオータの宵の煌によって、命の気が補われたのだった。