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女神伝説  作者: Sugary
第四章
53/127

9 テイトの死 ※

 宿に戻ったあたしが、ラディにしたのと同じ説明を始めると、彼同様みんな驚いていた。最初こそ信じられなかったものの、それでもつじつまが合えば信じるしかないわけで、話し終える頃には、最悪の事態を避けたいという気持ちは同じになっていた。

 夕食後に誰がラディと交代するかという話では、真っ先にイオータが手を上げてくれたため、その気持ちを尊重して素直にお願いすることにしたのだが、実はそれは表向きで、本音を言えばホッとしていたのだった。

 さっきの事があってからすぐだもの。いくらあたしでも、顔は会わせ辛い。交代する方が、よっぽど長い時間 顔を合わせずに済むのだが、その時のあたしは、交代するその瞬間さえ避けたかったのだ。故に、イオータの言葉はありがたいものだった。

 彼が交代しに出かけると、あたしは時間を見てお風呂に入り、早めの床に着くことにした。もちろんそれは、ラディと顔を合わせないための方法であるため、ちっとも眠くはならず……結局、意識が遠のいたのは明け方近くになってからだった…。



 そして数時間後──

 あたしは微妙な外の騒がしさで目が覚めた。

 一瞬、夢かと思ったが、起きてみて初めて、今日はどちらの夢──現実の夢であるシニアの一件も、ラミールに関する正夢──も見てなかったことに気付いた。

 見ないなら見ないでそれに越したことはない。

 眠るのが遅かったから見なかったのかもしれないし、ラディとの事があったからそれが気になっていたのかもしれない。ただ──

 久々に夢を見なかったなら、もっと早くに眠りたかったわ…。

 溜め息を付きつつ、顔を洗いに下に降りていくと、階段を昇ってくるラディと鉢合わせした。

 途端に気まずい空気が流れる…。

「……お、おはよう…」

「お、おう…」

 昨日の今日で、顔を合わせ辛いのはラディも同じようで、ぎこちない挨拶を交わすと、そのまま黙り込んでしまった。

 いつもなら、なんでもないような挨拶…。その後に 〝珍しく早いじゃない?〟 という会話が続くのも普通だし、挨拶だけ交わして、顔を洗いに行ってもいいはずなのに、お互いが、そのどちらもできずにいた…。

 それでも、その沈黙を破ったのはラディの方だった。

「……あ、あのよ…ルフェラ……?」

 ドキリと胸が鳴った。

「な、なに…?」

「…いや…昨日の──」

「あぁ…か、変わりはなかった?」

「あ…?」

 何かあったら今頃ここにはいない。

 それが分かっているから、思わず遮ってしまった。言いかけた事が何なのか…それ以外にないと言い切れるほど分かるから…。

 自分が言おうとしていた事に対する返答と違った為か、一瞬、不思議な顔をしたが、彼もまた、すぐに理解した。

「…あぁ…まぁな…」

「そう…よかった…。あたし…顔洗いに行ってくるから…」

「…お…ぅ…」

 その返事に、あたしは逃げるような足取りでラディの横を通り過ぎていった。

 やっぱりダメだわ…。一言でも昨日の事を口に出されたら、どうしていいか分からなくなる…。

 なんだかもう…息苦しい…。

 バカみたいな会話さえできないこの状態に…。

 いつ また、昨日の事を言い出さないかと、顔を合わせるたび不安になるこの状況に…。

 そして、こんな状態がいつまで続くのかと思うと──まだ一日しか経っていないというのに──息苦しくて、逃げ出したくなる…。

 気付けば、洗面台の前で大きな溜め息をついていた。

「──逃げたわよ、幸せ」

 え…!?

 思わず声のしたほうに振り返ると、タオルを持ったミュエリが入り口のところに立っていた。

「大事にしなさいよぉ~。ひとつやふたつ逃したって平気なくらい、幸せいっぱい持ってるっていうのなら話は別だけどぉ」

 〝そうじゃないんだから〟 と、最後の言葉を無言で付け足すと、持っていたタオルを差し出した。

「…え…?」

「え…じゃないわよ。顔洗いに来たんでしょ? タオルも持たず、どうするつもりだったのよ?」

 そう言われ、ようやく自分が顔を拭く布さえ持っていなかった事に気付いた。

「あ…ありがと…」

「ラディが部屋に入ってくるなり、ルフェラにタオル持ってってやれって言ってさ…。私、起きたばかりだったから、自分で持っていけばいいじゃない…って言ったのよ。なのに、あいつ、こういう時は女のほうがいいんだろ…とかなんとか、ワケが分かるような分からないような理由つけるから……仕方なくよ、仕方なく」

 持ってきた いきさつをペラペラと話している間に、あたしは目を覚ますような勢いで顔を洗った。

 自分がタオルを持っていないことに気付かなかった事もそうだが、何より、足早に洗面台のところまで来ていたにもかかわらず、ミュエリがその後を追って来るまでの間、ボーっとしていた事の方が情けなかったのだ。

「…ちょっとぉ、聞いてるの?」

「え…? あ、うん、もちろんよ。だから、ありがとうって言ったでしょ?」

「それは聞いたわよ。そうじゃなくて、何か気付かない?」

「気付かない…って何が?」

 ワケが分からなくて尋ねてみれば、

「…ほんっと、あなたって鈍感よね…」

 ──と、呆れられてしまった。そして続ける。

「だからぁ、ラディよラディ。いつものラディらしくないでしょ?」

「……そ、そう…?」

「あなたがタオルを持ってなかった事に気付いたら、すぐその場で言えばいいじゃない? それに、いつもだったら私に頼んだりしないでしょ? しかも、顔を洗う時だなんて絶好のチャンスよ? タオルがないから、目は閉じたままなんだからさー」

「………………」

 それのどこが絶好のチャンスなんだか…

 ツッコみたい気持ちも山々だが、ラディの態度がおかしい理由は、あたしが一番よく知っている。だからって、それをミュエリに説明できるわけもなく…あたしはわざと話を逸らした。

「ねぇ、今日って雨降ると思う?」

「………なによ、突然?」

「珍しく早起きだからさ、あんたが」

「し、失礼ね…。それを言うなら、ラディの方が珍しいでしょうが? 雨が降ったら、全面的にあいつのせいよ」

「…そう? 大して変わりないと思うけど」

「変わるわよ! だいたいねぇ、私は起きたくて起きたわけじゃないの。外が妙に騒がしいから、目が覚めちゃったのよ!」

 故に、〝自然な事で珍しくない〟 という訴えだった。

 普段ならウンザリするような言い合いも、今は気分的に楽だった。このままもう少し…とも思うが、最後の言葉にはあたしも同じ事を感じていた為、それ以上はやめた。

「まぁ、確かに外は騒がしかったわよね」

「──でしょぉ!? すごくうるさいってワケじゃないけど──あ…ねぇ、ちょっと…」

 途中で、宿の人が後ろを通り過ぎたため、ミュエリはその女性を呼び止めた。

「はい、なんでしょう?」

「今日って、妙に外が騒がしいと思うんだけど、どうして?」

 その質問に、女性の表情が曇った。

「…そ…それは…」

「お祭りか何かあるのかしら? だったら、見に行きたいんだけど──」

「い、いえ…そういうわけじゃ…」

「なんだ、違うの? じゃあ、どうして?」

 ミュエリにとっては、とても素の質問。例え、相手が言い難そうにしていたとしても、彼女は気にしない。

 ──というより、気付いてないのかもしれないわね…。

 どうして騒がしいのか…。

 その理由を聞き出そうとするミュエリに困惑していると、外から駆け込んできた別の女性が息を切らしながら叫んだ。

「…か、川で…はぁ…はぁ…捜してた男の子……川で見つかったって!!」

 その報告を聞いた目の前の女性──ミュエリが呼び止めた女性──が瞬時に聞き返した。

「無事なの!?」

 駆け込んできた女性は心痛な面持ちで首を横に振った。

「下流まで流されてたらしくて……皆は誤って川に落ちたんだろうって…」

 その二言・三言の会話に、あたしの背中に何か冷たいものがスーッと流れた気がした。

 何か嫌な感じがする…。

 何か、忘れちゃいけない事を忘れてたような…大事な事を忘れてたような──

「…誰か…亡くなったの…?」

 気付けば、そう呟いてた。

「あ…え、えぇ…。少し前に男の子がいなくなったって聞いて…みんなで捜していたんです。その子が…先ほど川で見つかったって…。誤って川に落ちたなんて…どうしてテイトは一人で川になんか行ったのかしら…」

 最後の方になると、独り言のようだったが、その言葉こそ、あたしの背筋を凍らせた。

「…テ…イト…!? 今…テイトって言った…!?」

「え…えぇ…」

「なに…どうしたのよ、ルフェラ?」

 あ…ぁ…やだ…どうしよう…!

 あたし…とんでもない事を忘れていたんだわ…!

 それに気付いた途端、あたしは思わず駆け出していた。

「え…ちょ、ちょっと…ルフェラどこに──」

 そんなミュエリの言葉など、まともに耳には入ってこなかった──


 確か、下流って言ってたわよね…!?

 下流でテイトが見つかったって…!?

 あ…ぁ…うそ…!

 お願いよ…間違いであって…!

 ついさっき、〝亡くなった〟 と聞いたばかりなのに、それが間違いであって欲しいと願ってしまう。

 どうか…どうか…間違いだと──!!

 捜していた村の人たちも、同じ下流に向かっているのか、みな同じ方向に向かっていた。

 どうしよう…という思い…。

 間違っていて…! という強い願い…。

 張り裂けそうになるあたしの胸の鼓動は、さらに、走る事で息苦しさを増していった。

 お願い神様──!!

 あたしが忘れていた事の罪は受けるから……どうか…どうか…間違いにして!!

 自分の心の臓が止まってもいい!

 そんな思いで、あたしは下流に向かって走り続けた──


 そして、前方に人だかりが見えた時、恐怖と共に足の早さが増した…。

 近付くほど人の数は増し、それを必死で掻き分けるように前に進むと、目の前に横たわる血の気のない子供を目にして、一瞬 息が止まった。

 あ…の子……!!

挿絵(By みてみん)

 びしょ濡れで、まったく動かない子供は、間違いなくあの男の子──テイト──だった。

 そ…んな……そんな……ッ!

 声にならない声が漏れてきそうになる…!

 必死で口元を押さえるが、連鎖反応的に体は震え始め、止まらなかった…。

 あ…たしのせいだ──!!

 そう、心の中で叫んだ時だった──

「ルフェラさん!?」

「ルフェラ…!」

 自分の名前が前後で同時に呼ばれ、ハッとした。

 体が反応したのは、後ろよりも前で呼ばれた声──

 僅かに視線を上げれば、見えたのはテイトの傍らで膝をついていたノークだった。

 目が合うや否や、ノークは立ち上がりあたしの方に近寄ってきた。

「…あ…ぁ…」

「ルフェラさん…この前、〝助けてあげて〟 と言っていたのは、ひょっとして──」

「あ…あたし……」

「ルフェラ…? この前 言ってたって いったい──」

 後ろから聞こえたその声はネオスだった。

 ゆっくり振り向けば、ラディやミュエリも揃っていた。

「…あたし……あ…ぁたし…」

「ま…さか…ルフェラ…そうなのか…?」

 次に聞いてきたのはラディだった。

 けれど、答えられない…!

 内容的に答えられないのはもちろん、話せる内容だったとしても、今は声さえ震えて上手く喋れないのだ…。

「ルフェラ…どうしたのよ? 何があったの!?」

「……せい…」

「え…? なに…なんて言ったの?」

「……せいよ……あたしの…せい──」

 それだけ口にすると、どうしていいか分からなくてその場を逃げ出してしまった。

「ルフェラさん──!!」

「ルフェラ── !」


 背中越しに聞こえてくる彼らの声──

 あたしはそれを振り切るようにして全力で走った。


 なんてバカなの…!?

 なんてバカなの、ルフェラ!!

 どうしてあの時ラディを連れて行ったの!?

 どうして、テイトの事を忘れてしまったのよ!?

 正夢がラミールのことだと分かった時も、テイトと繋がりがなくなったってだけで、あの子が危険なのは何も変わらなかったはず…!!

 あの光は、しっかりと見えていたでしょう!?

 時間的に一番気をつけなきゃいけないって、自分でも思ったんじゃない!!

 ──なのに、どうして!?

 どうして忘れてしまったのよ!?

 どうして──ッッ!?


 無我夢中で走り続けた事と、激しい嗚咽で息ができなくなったあたしは、地面に倒れ込むように膝をついた。

 あたしが忘れなければ、あの子は死なずに済んだ……そうよ、死なずに済んだのよ!

 分かってた事なのに…救えなかったなんて……!

 取り返しのつかないあたしのミスであの子は死んだんだわ……。

 あたしが見殺しにしたも同然なのよ…!!

 命にかかわる大事な事を忘れた自分が腹立たしくて、情けなくて…許せない…!

 あたしは、周りの事など気にせず、声を出して泣いてしまった。



 そしてどれくらい経っただろう…。

 最初こそ、どうしたのかと声をかけてくれる村人もいたが、今では誰もいなくなった…。

 あまりにも泣きすぎて、あまりにも疲れすぎたあたしは、抜け殻のような意識と足取りでどこへともなく歩き始めていた。

 目的なんてなかったのに、今、自分がどこにいるのかが分かったのは、数メートル先にルーフィンの姿が目に映ったからだった。

 いつの間にか、宿に戻ってきていたのだ。

 ルーフィンは、あたしを待っていたかのように、宿の入り口で座っていた。おそらくネオスか誰かが、そう、命令でもしたのだろう。賢いルーフィンなら、繋がなくても大丈夫だと知っているから、あたしが帰ってきた時のために、迎えるつもりで小屋から出したのだ。──という事は、ネオスたちは 今ここにはいないという事だった…。

 あたしを見つけたルーフィンは、落ち着いた様子で迎えに来た。

 足元にルーフィンの体が触れ、途端に聞こえてくる懐かしい声──

『お帰り、ルフェラ。──みんな、心配していましたよ?』

『…ルー…フィン……』

 抜け殻のようなあたしの意識がまた少し戻ってくると、再び涙が溢れ始め、その場にペタンと座り込むと、たまらなくなってルーフィンの首周りに抱きついてしまった…。

『…ルフェラ…私を小屋に連れて行ってください』

 話をするにしてもここではできないと、ルーフィンは周りの状況を見てそう言った。

 あたしは、しばらくして無言で立ち上がると──人間が犬を小屋に戻すように見せて──誰もいない小屋の中に入っていった。

 扉を閉めると小窓から外の光が入ってくる程度で、薄暗くなる。

 あたしは、鍵の開いた一番奥の──それまでルーフィンがいた──部屋に一緒に入ると、隅の方に膝を抱えるようにして座った。

 ルーフィンも隣に座り、あたしの体に触れる。

『随分、話していませんでしたね?』

「……うん……」

 いつから話してなかったんだろう…と振り返ってみれば、飛影の話をした時以来だと思い出した。ほんの数日なのに、とても長い間、話してないように思える…。

 故に、ルーフィンのいう 〝随分〟 の意味は、時間だけを言っているのではないのだろう。

「…飛影の時…以来よね……」

『ええ、そうですね。毎日、少しでも話せるといいのですが…』

「うん…。あたしもそうしたい……でも…なんか色々あって……」

『だからこそ、会話が必要な時もありますよ? 〝私と〟 に限らずね』

「……………」

 そう…だろう…。そうなんだと思う…。きっとルーフィンの言うとおり…。

 だけど…話せないことはどうしたらいいの…?

 そう心の中で呟けば──体に触れているため──聞こえたようだった。

『聞きましょう、ルフェラ。少なくとも今は、私と話せます』

「ルーフィン…」

『さぁ、何があったのですか? 話してみてください』

「………………」

 何から話していいか分からず、色々考えていると、最初に口をついて出てきたのは──

「…あたしのせいで…また人が…死んだの…」

 ──だった。

 その言葉に、ルーフィンが驚く。

『どういう…ことですか、ルフェラ!?』

「…この宿に移った日…ラディと散歩に出かけたでしょ?」

『ええ…』

「その帰り…男の子の頭上に…黒い光を見たのよ…」

『────!!』

「…ルーフィンも知ってたんでしょ、あの男の子がもうすぐ死ぬって…」

『…どの…男の子ですか?』

「え…? どのって…飛影の話をした帰り、無言でノークさんの前に絵だけを置いて帰っていった男の子よ……気付かなかった…?」

『え、ええ…』

「あ…そう…だったんだ…。──まぁ、あっという間だったものね…」

『ひょっとして、その男の子の頭上に光が見えたから…あの時、私とラディだけ先に帰したのですか?』

「う…ん……あたし…パニくっちゃって…ノークさんの所に駆け込んじゃったのよ… 〝あの子を助けてあげて…!〟 って…。でも、分かるわけないよね…。それで…どうしていいか分からなくて、結局、男の子を捜して見張る事にしたのよ。何かあったら助けようと思って…」

『でも、ルフェラ──』

「分かってる。決まってる事は変えちゃいけない…そうでしょ?」

『ええ』

「だけど、どうしても助けたかったんだもの…。だから、ルーフィンにも言えなかった…絶対に反対されると分かってたから…」

『ルフェラ…』

「でも…結局、救えなかったわ…。あたしがラミールの事に気をとられて、あの子の事を忘れてしまったからよ……。正夢で彼女が危険だと分かったから……だけど、時間がなかったのはあの子…テイトのほうだったのに…! そんなことにも気付かず、ラミールのことばかり……。どうして…あたしは忘れたりなんかしたのよ…!? 分かってたのに…死ぬと分かってたのに……それを忘れた結果、テイトは死んだのよ…! あたしのせいで死んだの…! あたしが見殺しにしたのと同じなのよ…!! もう…自分が許せない…!!」

 あたしはそう叫ぶと、両膝に顔を埋め泣いた。

 ルーフィンは、あたしの嗚咽が静まるのを待って、再び口を開いた。

『あなたのせいではありません、ルフェラ。それが、その子の決められた運命なのです』

「……そんなの…うそ……。あたしが忘れなければ…あの子は死なずにすんだのよ…!?」

『ええ、そうかもしれません。でも、それはあなたのせいではありません。その子が死ぬと決められた運命だからこそ、あなたは忘れたのです』

「………………?」

『言い換えればあなたも、忘れるように決められていたという事ですよ』

「…そ…んなのうそよ……そんな考え方って都合よすぎるわ…」

『そうでしょうか?』

「そうよ…! だって自分のせいなのに、そうじゃないって考えようとするなんて──」

『──だとしても、時には、生きている者には必要な考え方のひとつだと思いますが?』

「………ど…うしてよ…?」

『生きている者は、これからも生きていかなければいけないからですよ、ルフェラ?』

「……それって…生きていく為にはどんな考え方をしてもいいっていうこと…?」

『──時と場合によっては、ですけどね』

「………………」

 きっと、この時のあたしは、その本当の意味を理解できていなかったと思う。ルーフィンが伝えたかった事が理解できたのは、もっとあとになってからだった。

『納得…できないようですね?』

「…そりゃそうよ…。だって…そう考えられたらどんなにか楽になるとは思うわ…。でも、そんなの許されるはずがない……自分の罪の重さを、勝手な理由で軽くしようとするなんて──」

『では、聞きますがルフェラ?』

「な…に…?」

『テイトを助けようと思った理由はなんですか?』

「…そんなの…決まってるじゃない……。死ぬと分かって放って置けなかったのよ…」

『それだけですか?』

「…そうよ…他に何が──」

 そう言いかけた時、

『──罪の償いの為…だとは思いませんでしたか?』

「────!!」

 遮るようにして言ったその言葉に、あたしは二の句が告げなかった。

『目の前で死のうとしている者を放っておけないように、死ぬと分かっている者を放っておけないのは分かります。それが当然でしょう。けれど今のルフェラは、〝それだけ〟 ではないんじゃありませんか?』

「………………」

『誰かを助けることで、自分が背負った罪が軽くなるわけじゃありません。でも、〝償い〟 をしていると思えることで、心は安らかになるはずです。あなたはその 〝安らぎ〟 を、あるいは 〝救い〟 を心のどこかで求めていたはず…違いますか?』

「………………」

『ルフェラ…。私はそれを責めているのではありません。むしろ、それが当然だと思っています。悪い事をしたあと、それを悔いて少しでもいい事をしようとするのは、そうすることで悔いの重さに潰されそうになる自分をも救おうとするからです。

 私は、今のあなたが そうせずにいられない気持ちだということを知っています。そうしなければ、今のあなたが壊れてしまうこともね。それに…例え、背負う罪がなかった者でも、目の前で死のうとしている者を救えなかったら、どんなにか嫌な思いをするでしょうし、どんなにか自分を責めるでしょう。それが分かっているから、助けようとする…。気付かないだけで、その気持ちは誰にでもあるものなのです。純粋に相手の為でなかったとしても、許されないことではないのですよ。──分かりますか? 生きている者が、これから先も生きていく為には、そういう 〝考え方〟 や 〝気持ち〟 というものが必要であり、また、気付かないだけで最初から備わっているものなのです』

「………………」

 テイトを助けたかった理由が、純粋なものではなかった…。

 それは自分にとってショックなことだったが、同時に納得した事でもあった。

 自分の為でもあったから、テイトを助けられなかった時、あたしはあんなにも自分を責めたのだ…と。助けられなかった償いに、その罪さえ背負わずにはいられなくて……。

 その、心の奥底にあった気持ちに気付いた時、再びルーフィンの声が聞こえた。

『それでいいのです。とても自然な気持ちで、当然の考え方ですよ、ルフェラ。誰もが持つ、気持ちの過程です。』

 その口調はとても優しかった。包み込むような、そんな口調…。

 だからまた、涙が出てきた…。

「ほ…んとに…? ほんとにそうなの…?」

『はい。──ですから、何もかも背負おうとしないでください。それに、その気持ちは捨てる必要もありません。救える人を救って、どうかあなた自身も救ってあげてください。いいですね?』

 その言葉にもう、返事ひとつも声にならず、ただただ 何度も頷くし事しかできなかったが、それでもルーフィンは 〝よかった〟 と、安心したように呟いた。

『──それでルフェラ?』

 テイトの事で少し気持ちが楽になると、タイミングを見計らって新たな質問が届いた。

『ラミールと正夢のことはどういう事ですか?』

「…あ…ぁ…それは──」

 涙を拭いて呼吸を整えると、ラディやネオスたちにしたのと同じ説明はもちろん、ユイナから聞いた事も含め、ルーフィンに説明した。


『なるほど…。前後の記憶はともかく、分かることだけを考えると、その推測は正しいでしょうね。正夢も結果は分かりませんが、彼女を救える可能性はありますし。ノークさんが言うように、()いてはいけませんが……ルフェラ、自分の為にも彼女を救ってあげてください』

「…うん…」

『──それと、テイトの事も』

「……………?」

 その意味が分からなくて黙っていると、ルーフィンは更に付け加えた。

『光の色から、テイトは誤って川に落ちたのではありません』

「────!!」

『もし、本当に誤って落ちたとしても、真実はまだ見えていませんからね』

「…あ……ぁ……」

 そ…う言われれば…そうだわ……。

 黒い光の意味は、自らの命を絶つか誰かに殺されること──

 でも、そのどちらの要素も可能性としては低いのに……?

 新たな疑問が浮上し、そのままだとずっと部屋に戻らないと悟ったのか、

『まずは、ラミールの事です、ルフェラ。それに…ラディたちが死ぬほど心配していますよ、宿の部屋でね』

「え…?」

 最後の言葉に疑問を投げかければ、

『──気配ですよ』

 ──と、当然のように答えた。

「あ…あぁ…そうか…そうだったわね…」

『はい。──さぁ、部屋に戻って、腹ごしらえでもしてください』

 明るくそう言われ、あたしも少し元気が出てきた。

「ありがと、ルーフィン。話ができてほんとによかった…」

『私もですよ、ルフェラ』

 あたしは、その返事を聞いてもう一度、

「ありがとう」

 ──と言ってから、宿の部屋へと戻っていった。



 部屋に戻ると、ネオス以外のみんな──イオータとネオスが見張りを交代した、とあとで聞いた──が顔を揃えていて、あたしが戻ってきた事に安堵の溜め息を漏らした。

 ノークから、あの時の話を聞いているかどうかは分からないが、どちらにせよ、いきさつは話せない。だから、非難されるのは承知で、正直に 〝今は話せない〟 とだけ伝えることにした。

 案の定、ミュエリが何か言いかけたが、それを制したのはイオータだった。

「それでこいつが壊れねーっていうんなら、今はラミールの事を優先すべきだ。そうだろ?」

 改めて、今何が重要なのか問われ、ミュエリも渋々ながら頷くと、この話は一旦、終了したのだった。

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