8 勝手な言い分 ※
あたし達は、地図を頼りにラミールの家を見つけると、家の裏手に回って、適当な場所で身を隠した。そして、一息つくや否や、ラディが口を開いた。
「──それで、どういう事なんだよ?」
〝説明はあとでするから──〟 と言った為、一息ついた頃、その説明を求めてきたのだ。
「…一昨日のユイナの話、覚えてるでしょ? 記憶を失った女の子の事」
「あ、あぁ。ラミールとか言ってたよな?」
「そう。そのラミールが、さっき後ろを気にして今にも泣きそうな顔してた子なの」
「え…そうなのか?」
あたしは 〝うん〟 と首を縦に振り、続けた。
「彼女、記憶を取り戻し始めたのよ」
「マジ…!?」
「まだほんの僅かだけどね…。夢で見たんだって」
「へぇ…。それで、どんな夢だったんだ?」
「………父親が…男の人を刺してる夢よ……」
「────!!」
〝夢〟 という言葉に、一瞬、〝なんだ夢か…〟 という表情をしたラディだったが、その一言で一変した。
「…け、けど…夢なんだろ…?」
それは、夢であって欲しいという思いからの言葉。あたしも、〝そうよ〟 と答えたかったが、そうじゃないため、首を振る。
「…ただの夢じゃないって言ってた。今の自分は知らないけど、昔の自分は知ってる…そういう気がするんだ…って。──それに、あたしも夢を見たのよ」
「は…? 見た…って…ラミールと同じ夢をか…?」
「まさか。あたしが見たのは、何度も同じ夢を見るっていう──」
「正夢か…!?」
思ったより早い反応に、正直、驚いた…。
「ラディも、正夢の存在 知ってたんだ…?」
「あ…あぁ…まぁ…オレも経験した事あるからな…」
「え…そうなの!?」
「…あぁ。一度だけ…それもガキの頃だけどな…」
「そう…なんだ…」
意外な事実に驚き、どんな正夢か気になったものの、今はそんな思い出話を聞いている状況じゃないため、話を進めた。
「毎朝、起きる直前に見てたのよ。最初は真っ暗で…突然聞こえるの、悲鳴のような叫び声のようなものが。それが、日を追うごとに だんだんハッキリしてきて…女性の声で 〝誰か助けて…!〟 って聞こえたのが、一昨日のことよ。今日は、ラミールの顔と怪しく光る刃が見えた…」
「…お…ぃ……それってまさか…ラミールが誰かに襲われるって──」
そう言いかけて、ノーク同様、ハッとした。
「…ち…父親か…!?」
「…ほぼ、間違いなくね」
「…ンだよ、それ!?」
「──とりあえず、記憶を取り戻し始めたことが父親にバレなければ、その危険性はないはず。だから、いつも通りのラミールでいるよう、ノークさんがアドバイスしたのよ。たとえ、その夢が事実でも、前後の状況が分からない以上、下手に動かない方がいいからってね…」
「…そりゃそうだろうけど……。なんなんだよ、その親父! 人の命がかかってるって言ってたのは、過去を知ったら娘を殺そうと思ってたからなのか…!? 〝知らないほうが娘の為…〟 とか何とか言ってたのは…自分の為だったってことかよ…!?」
「…ある意味、彼女の為でもあったわけよね」
そう…。知らなければ、自分の命が狙われることなんてないんだもの…。
「…じゃぁ、ここがラミールの家で…叫び声が聞こえたらすぐ踏み込めるように見張ってりゃいいってことだな?」
その結論に、あたしは静かに頷いた。
「そうか…分かった。──けどよぉ…」
「 〝けど〟 、なに…?」
「このまま殴り込みに行きてぇ…」
「その気持ち…否定はしないけど、抑えててよ?」
「んまぁ…出来るだけなぁー」
〝バカな事はやめてよ〟 と言えば、怒りは治まらなかったのだろうが、〝気持ちは否定しない〟 と言われた為か、以外にすんなりと落ち着いた。
「──でもさ、父親の本音は別にしても、ラディの言った通りだったわね」
「…何がだ?」
「知らないほうが幸せだったってことよ。今の状況からすれば、どう考えても あの記憶喪失は精神的な事が原因だわ。記憶から消し去りたい、忘れたい…って思ってる事を忘れる事ができたなら、思い出さないほうがどれほど幸せか…」
呟くようにそう言った直後、あたしは不意に、あの事を思い出した。
「ねぇ…ラディ?」
「あぁ?」
「…ひとつ、聞いていい?」
「なんだよ…急に改まって…?」
不思議な顔でそう言いかけたものの、すぐにラディ お得意の妄想顔に変わった。
「あぁー、ひょっとしてアレだ──」
「ラディの忘れたい記憶って…なんなの…?」
おちゃらけた会話になるのが嫌で、言いかけた言葉を遮れば、途端にラディの顔色が変わった。
その変化が、あたしの考えを確信に変えた。
一昨日の会話の中、ラディらしくない態度のワケが分かりそうだったのに、〝人の命がかかっている〟 という言葉で吹き飛んでしまった、あの時の考え。その時はなんとなくだったけど、今なら 〝間違いない〟 と言える。どういう過去かは分からないけど、忘れたい記憶と引っかかってる過去が同じだという事が。
「忘れることができたら、幸せなのよね…?」
「な、なんだよ…突然……? あ…あぁ そうか…アレだろ…? あの時 言ったこと気にしてんだな? ──だから言ったろ、生きてりゃ、そういう事もあるって言う、仮定の話だ、仮定の!」
「ウソ…」
「ウソ…ってな──」
「ジーネスが子供を育てる事になったっていう話を聞いた時、ラディ、必死になってたでしょ?」
「…………!」
「あとで、ネオスに聞いたら 〝過去の事が引っかかってるんだろう〟 って言ってた…」
「──ったく、あのヤロー、余計な事を…」
「でも、それ以上は教えてくれなかった…。当たり前だけどね。それで、いつか聞こうって思ってたの。それが、あの時の言葉でなんとなく繋がった気がした。──ううん、今のラディの態度で確信したわ。忘れたい記憶と、引っかかってる過去が同じなんだ…って」
そこまで言うと、ラディも隠すのを諦めたのか、フッと口元を緩めた。
「だったら、どうだって言うんだ…?」
「…話してよ?」
「………………」
「忘れたい事が忘れられないのは辛い事よ。そう願ったって、都合よく忘れるなんてできないもの。魔法でも使ってその記憶を消す事ができるなら、そうして欲しいと思うだろうけど…それもムリ…。──だったら、話してみてよ、その記憶。何にも出来ないかもしれないけど、話くらいは聞けるし、ラディだって話すことで少しは楽になるかもしれないじゃない?」
「……話すことで楽になる…か」
そう呟いたラディは、なぜか寂しそうだった。
「──話さなくても、知ってるはずだけどな」
「え…? あ、あたしが…?」
「あぁ…。まぁ、ずいぶん昔だし、忘れてんだろうけどよ…」
思ってもみない言葉に驚いたが、同時に、今更ながら思い出したことがあった。
そう言えば……あの時のネオス、〝過去の事が引っかかってる〟 って言ったあと、〝聞いてない?〟 って……。
ううん、違う…。
確か最初に 〝覚え──〟 って言いかけて、それから言い直してたのよ。
──という事は、あたしがラディからその過去を聞いてたこと、ネオスは知ってたんだわ…。でも、どうして言い直したりなんかしたんだろう…?
新たな疑問が湧きあがり黙っていると、そのままラディが続けた。
「どうしても…ってゆーんなら教えてやってもいいけど、ひとつ条件があるぜ?」
「え…? 条…件…?」
「ああ」
「な…によ…。いつもの ふざけた条件なら──」
「ふざけたって失礼だな。オレはいつだって真剣なのによ。──ってまぁ、残念ながら、今回はそういう事じゃねーんだけどな…」
「…じゃぁなに?」
とりあえず、〝いつもの事〟 じゃないなら、大丈夫か…と思い、軽い気持ちで聞き返してみれば、ややあってラディの口から出されたその 〝条件〟 に、心の臓を突かれた気がした。
「──お前の悪夢、だな」
「────!!」
「毎日 毎日、うなされて…見てらんねーんだ…」
「………………!」
「それに、逆に聞くけどよ……お前にとって悪夢の原因は、忘れたいと思う事なんじゃねーのか?」
「────!!」
そう言われ、途端に涙が出てきた──
あ…たし…なに偉そうなこと言ってんだろう…自分のこと棚に上げて…。
そうよ…。忘れたいことのひとつやふたつ…あたしにだってあるじゃない…!?
もちろん、忘れちゃいけないことだけど……だからって、人に話せることじゃない。内容によっては話せたとしても、自分が犯した罪よ? その罪の重さから、少しでも解放されたいと、助けを求めるなんて許されるはずがない…。
だから、あたしは黙ってようと思ったし、聞かないで欲しかったから、大丈夫だと言い張ってたのよ…。
忘れられたら幸せなことは、触れて欲しくない事でもあるんだ…と今更 気付くなんて…。
なのに、話せば楽になるかもしれないですって…?
あたしの事を心配して、自分に話してくれたら…と、ネオスたちが何度そう思って口を開きかけたと思ってるの、ルフェラ!?
そのたびに、大丈夫だって言い張って…結局、あたしの気持ちを尊重して何も聞かず黙ってくれてたんじゃない!?
バカだわ、あたし…。
自分で自分が情けなくなる…。
ラディの気持ちも知らないで、軽々しく 〝話してよ〟 だなんて…!
あたしは、そう言った事を本気で後悔し、申し訳ないと思った。
なんかもう…自分の勝手さに腹立たしくて、自分で自分を引っ叩いてやりたい…!
そう思ってたのに──
「…わ、わりい…ルフェラ…オレ、そんなつもりじゃ……」
先に謝ったのはラディだった…。
「…ただ、何でもかんでも一人で背負っちまってるからよ…それこそ、少しでも話してくれたらと思って……なぁ、ルフェ──」
「ごめ…っ…ラディ……そうじゃない……」
謝らなきゃなんないのはあたしの方で…あんたじゃないのよ、ラディ…!
あたしは、心の中でそう叫んでいた。
「…あたしが…勝手すぎたのよ…」
「いや…別にそんなことは──」
あたしが悪いのに、また、〝そうじゃない〟 と言おうとするから、居たたまれなくなる──
「…ごめん…ほんとに、ごめんね…。あたし…宿に戻るわ…。ネオスたちにもラミールのこと話さなきゃなんないし……」
「あ…ルフェラ……」
「…また、交代しに来るから…それまでお願い……!」
それだけ言うと、あたしは足早にその場を去り、宿に帰っていったのだった。