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女神伝説  作者: Sugary
第二章
5/127

1 儚き灯火との再会

 こんな言葉をずいぶん昔に聞いたことがある。

 〝人が一日に歩ける距離は自分の寝床だ〟

 幼すぎたあたしは、この言葉の意味を理解する事が出来なかった。自分の寝床なんて、五歩も歩けば端から端まで行けるのに、どうしてそれが一日に歩ける距離なのかが分からなかったからだ。でも、今なら分かる気がする。夜が明けてから日が沈むまで歩いてきたのに、あたしたちを取り囲む風景がまるで変わらないのだ。

 人が一日に歩ける距離はたかがしれている…これがこの言葉の意味なのだろう。

 思った以上に広いこの森に、あたしはもちろんのことネオス達も驚いている。あとどれくらい歩けば抜けきれるのかなんて皆目見当もつかないのだ。

「いやぁー、それにしてもつっかれたぁー。この森がこんなに広かったなんて知らなかったぜ」

 そう言って、ラディは近くの木の根元にドッカと腰を下ろした。


 あたし達は、あの転生の泉といわれた場所を出発する時、正直いってどの方向に進めばいいか分からなかった。一旦、森の外に出ようか、それとも更に奥に進んでいこうか…。

 ネオスに聞いても、あたしの行くほうについていくって言うだけだし、ラディやミュエリは二人とも反対の方向を指差すし…肝心なルーフィンまでもが黙ったままで…てんで頼りにならない。どうしようかとしばらく考えていたら、ふと、テラスエの言葉を思い出した。

 〝これから歩む道も信じた方に向えば、きっと前が開けるはず。なぜなら旅はいつも自分を信じる事から始まるから〟

 ──確かにそうなのかもしれない。

 だけど、それを今思い出したって、何をどうしていいか分からない者にとっては、あまり意味のない言葉だ…というのが、正直な気持ちだった。

 とりあえず、方向性を決める理由があればと思い、考えた結果──いい加減かもしれないけど──一日の始まりと旅の始まりをかけて、太陽が昇る方に向かおうという事になったのだ。結局、太陽が登る方向という事で森の奥に行くことになったのだが…。

 歩いても歩いても変わらない景色を見てると、だんだんホントにこっちでよかったのかという疑問が頭の中をグルグルと駆け巡ってくる。

 そしてそれは、日が沈んだ今でも続いていた。


「ホントよねー。確実に進んでるんだろうけど、ひょっとしたら同じ所を何度も何度も歩き回ってるんじゃないかって思ってしまうわ。やっぱり私が言った方のほうがよかったんじゃないのぉ?」

 ラディの話に答えたのは、手に結んでいた布をタオル代わりにして汗を拭いているミュエリだった。

 考えたくもない言葉だ…。

 そう思ったものの、すぐに違うと否定した。

 考えたくない…じゃなくて、考えないようにしていたのだ、と。

 どの方向なら…というのはなくても、今歩いている方向以外なら…と思う事は何度もあった。でも、そのことばかり考えてると、それ以上 前に進めないような気がして、敢えて、考えないようにしていたのだ。

 そんな言葉をハッキリと言われれば、言い返すどころか無言になってしまう。

「──それよりも、メシだ、メシ。この近くになんか食いもんねーのかぁ?」

 あたしの気持ちを知ってか知らずか…ラディはそう言って、上に視線を移した。木の実が成っていないか見るためだ。つられてあたしも見てしまったが、昼間ならともかく、ただでさえ木が生い茂って暗いのに、月の光だけで見えるわけがない。

 当たり前よね…と、小さな溜め息をつけば、再び、ミュエリが口を開いた。

「なに言ってるのよ。ちょっと前に食べたばかりじゃない。しかも、私たちよりたくさん食べてたくせに。──そんな事よりもね、水よ、水。もう、喉はカラカラだし、なんてったって、汗で体中がベタベタしてるのよ。その上、自慢の髪の毛もグチャグチャでさ…気持ち悪いったらないわよ」

 ここに水があったら、飲むより先に髪の毛を洗いそうな口ぶりだ。

「汗でベタベタなのはみんな同じでしょ。それに出発してからまだ一日しか経ってないのに、今からそんなこと言ってたらこの先やってけないわよ」

「うるさいわねぇ、それぐらい分かってるわよ。だけど、私はあなたと違ってとっても綺麗好きなの。肌が荒れて髪の毛まで傷んじゃったらそれこそこの先やっていけないわ」

 気持ち悪さに苛立っているにもかかわらず、ほどいた髪の毛をとく仕草はとても丁寧で、あたしは変な所でさすがミュエリだけはある…と感心してしまった。

 〝あなたと違って、とても綺麗好き〟 そんな言葉に腹を立てるのさえ忘れてしまうほど。

「──まぁ、体は我慢できるとしても、確かに喉は乾いたわよね。──ネオス、もう水は残ってない?」

 あたしは、ミュエリの隣に座っていたネオスに聞いてみた。

 出発する時──本当に用意周到だと感心したのだが──ネオスは木の筒を持ってきていたのだ。あたし達は、それに泉の水を入れ、昼間の喉の乾きを潤していた。

 ネオスは無言で木の筒を左右に振ってみせた。

 音は何もしなかった。

 そりゃそうよね…。腰に下げるぐらいの大きさだもの、みんなで飲めば あっという間になくなるのはあたり前か…。

 あたしとネオスはお互いに苦笑した。

「泉…ううん、贅沢いわない…せめて小さな川でもあれば言う事ないんだけどなぁ」

 髪を綺麗に結い終えたミュエリが、独り言のように呟いた。

 思わず、〝小さな川〟 自体が、既に贅沢なのよ…と言いそうになったが、そのまま飲み込んだ。今の体や喉の渇きを考えれば、体も洗いたいだろうし、水だって次の日 顔がむくむほど飲みたいと思う気持ちは、あたしだってよく分かるもの。

 最初に 〝泉〟 と口にした彼女が、それを贅沢と言い切ったのだ。そんな彼女にとって 〝小さな川〟 は、自分なりに精一杯、その贅沢を我慢したつもりなんだろ…そう思ったからだ。

 あたしは、自分なりに 〝せめて〟 を考えてみた。

 喉を潤すなら…そうね…〝滴の木〟 かしら…。あれなら、果物のような濃い甘さはないし、かえって喉が渇くこともないものね。

 でも…今から探しに行ったって、暗くて見えないかな…。

 ──いやいや、幹や葉を触ればなんとなく分かるかもしれないわよ…。

 よし。探すだけ探してみよう。

 あたしは、一人 〝うん〟 と頷くと、ルーフィンの頭をぽんと叩き立ち上がった。

「あたし…ちょっと、探しに行ってくるわね」

 そう言って、彼らに背中を向けたら、即座にミュエリの声が飛んできた。

「ちょ、ちょっと…探すって何を…?」

「──滴の木よ。なに、あんたも一緒に行きたいの? ミュエリ」

「まさか、冗談でしょ!? 足が棒のようで、もう一歩も歩けないわよ」

 小川を探しに行くとでも思ったのか、今にも立ち上がろうとしていたミュエリは 〝滴の木〟という期待外れの言葉に 〝滴の木なんて見つけたって…〟 とさらにブツブツ言いながら、再び腰を降ろしてしまった。

 代わりに立ち上がったのはネオスだ。

「滴の木なら僕が一緒に行くよ。暗くて危ないし…」

「ありがと、ネオス。でも大丈夫よ。ルーフィンがいるし…」

「そうそう。ルーフィンがいるもの絶対に大丈夫よ。それにネオスが行っちゃったら、私…こんなのと二人きりになっちゃうじゃない」

 そう言って、ミュエリがラディのほうをチラリと見れば、もちろん、彼も黙っちゃいない。

「なんだよ、こんなのとは。オレだってお前と二人っきりになんかなりたくねーぞ。それに、たとえなったとしても、頼まれたって手なんか出すかよ。──ま、ルフェラとなら喜んで二人っきりになるけどよ──」

 ──と、そこまで言うと、なにか思いついたのか突然あたしの方に向きなおった。

「そうだ! オレが一緒に行ってやるよ、ルフェラ」

「げっっっ! それこそ最悪だわ」

「なんでだよ?」

「狼のルーフィンより、あんたの方がよっぽど危ないもの」

「あぁ~、それは言えてるかも」

「──ンだよ、ネオス。お前はミュエリとイチャついてりゃいいんだよ。──ったく、ルフェラもたまには素直に聞けよなぁ」

「あら、失礼な。あたしはいつだって素直よ。あんたにとっちゃ、素直じゃないかもしれないけど…。あ、そう言えば ラディ、あたしのモットーって知ってる?」

「モットー? 知らねーな」

「じゃ、教えてあげるわ。ズバリ、〝自分の身は自分で守る…〟 よ。ま、イエスと言って欲しかったら普段の行いを改めるのね」

「ケッ…」

 冗談っぽくふてくされたかと思うと、こっちに背を向けてゴロンと寝そべってしまった。

「──あ、それからネオス。その木筒、貸してくれない? 滴の木が見つかったらそこに入れてくるから。それと──」

 そう言って視線をミュエリに移した。

 日が沈むまで歩きながら、何とか月の光がまとまって入ってくる場所を見つけ、ここに落ち着いたのだが、やはり、数メートル先は暗くてよく見えない。だから、彼女に視線を移したとはいうものの、実際はうっすらとしか見えていないのが現状だ。

「あたしが探しにいってる間、足…マッサージしておいた方がいいわよ。でないと明日、筋肉痛で泣く事になるから」

「大きなお世話。それくらい言われなくても分かってるわよ」

「あ、そう。ならいいけど。──じゃ、行ってくるわね」

「ああ、気を付けて」

 ネオスの優しい声に手をあげ返事をすると、あたしは預かった木筒を持ってルーフィンと共に森の中へ向かった。


 う~ん、やっぱり暗い……。

「ル、ルーフィン…分かる? あたし…前はほとんど見えてないからちゃんと誘導してよ。今はルーフィンの目と鼻と耳だけが頼りなんだから」

 他に誰もいない為、そう声に出すと、即座に落ち着いたルーフィンの声が流れてきた。

『──やっぱり、ネオスについてきてもらったほうがよかったのでは?』

 頭の上に手を置かないと聞こえてこなかったルーフィンの声が、今日一日で大きな変化を見せた。それは、彼の体のどの部分でもいいから、あたしの体に触れていれば声が聞こえてくるという事だった。今は、歩く足にルーフィンの体が触れている。

「どうして? ついて来てもらったって一緒でしょ? 前が見えないのは変わりないんだもの」

『いえ、そうじゃなくて…』

「じゃあ、なに?」

『道案内は私がしますけど、傍にもう一人いてくれたほうが心強いのではないか…という事です』

「それって……あたしが怖がってるって言いたいの?」

『え、ええ…まぁ。──違いますか?』

「まさか………怖くなんてないわよ」

『本当ですか?』

「も、もちろん」

 痛い所をつかれて、あたしはだんだん声が小さくなっていった。

『そう、ですか……』

 そんな言葉が聞こえたかと思うと、突然、あたしの右足からフッとルーフィンの体が離れた。

「ち、ちょっと…ルーフィン…急に離れないでよ…」

 あたしはパタリと足を止めてその場に立ち尽くした。

「ルーフィン…どっちに行ったの? ねぇ…」

 耳を済ましてみたが彼の動く気配はなかった。もちろん、さっきのようにルーフィンの体があたしの足に触れてないから、声なんて聞こえるわけがない。

 右や左に行く時は、ちゃんと言ってくれるはずなのに…。

 ひょっとして、あたしが嘘ついたから怒っちゃったとか…?

「ル、ルーフィン…?」

 その場で中腰になって目を凝らしてみたが、やっぱりルーフィンらしき影は見当たらなかった。

 木々が風に揺られて、サワサワといっているのがなんだか気味悪い。

「──わ、分かったわよ。正直に言うから…戻ってきてよ、ルーフィン」

 自分の声が周りの空気に吸収されるように消えていっても、木々が揺れる音以外なにも聞こえてこなかった。

「ルーフィン!!」

 怖さのあまり、あたしはその場で座りこんでしまった。その次の瞬間、足元からなにかが触れ、びっくりして声をあげるより早く、頭の中に声が流れた。

『ここにいますよ、ルフェラ』

「も、もう…意地悪しないでよ」

 あたしはほとんど半泣き状態だった。

『……すみません。そんなに怖がらせるつもりはなかったのですが…』

「……………」

 あたしはそっと目頭を拭った。

 ルーフィンはあたしの言葉を待っているのか、それ以上 何も言ってこない。

「…あ、あたしがネオスについてきてもらわなかったのは──ミュエリが言ってた通りよ」

『──というと、ミュエリがラディと二人きりになる……って事ですか?』

「そう」

『でも、ラディも言ってたように、ミュエリに手は出さないと思いますが…?』

「分かってるわよ。問題はそんな事じゃないの。あのミュエリが言葉通りラディと一緒にいるかってことよ?」

『──いま…せんね』

「でしょ? 絶対ネオスと一緒についてくるって言い出すに決まってる。そしたらラディはどうなる?」

『あのラディの事だから一緒には来ない……』

「そう。あれで、結構プライド高いから金魚のフンみたいな真似しないでしょ。初めての場所に一人きりなんて、いくらラディとはいえ、ちょっと可哀想だし、危険だわ」

『なるほど……。じゃぁ、ラディについてきてもらうのは──?』

「言ったでしょ、ルーフィン──つまり、本物の狼より危ないってね。それに、もし万が一ラディについて来てもらっても、今度はネオスがついてくるって言うわ。そしたらミュエリも……。で、結局はみんなついてきちゃうじゃない?」

『そうですね。──でも、それだけですか?』

「え…何が?」

『ついてきてもらわない理由ですよ』

 その質問にドキッとした。

「そ、そうよ。他に何かある?」

 自信ありげに答えてみたが、ルーフィンの返事は返ってこなかった。

「な、なんで、黙っちゃうのよ?」

『……あなたがまた、私に嘘をついたからです』

 その口調は、怒ると言うより、寂しそうなものだった。

「嘘…って…」

 そう繰り返した時、あたしの手に、ルーフィンが大きく息を吸うのが伝わってきた。

『本当は誰かについてきて欲しかったのでしょう? だけど、みんな疲れていますから、あなたは、気を遣って言えなかった。違いますか?』

「ど、どうして…あたしがみんなに気を…遣わなきゃならないのよ…」

 そう言い返してみるが、動揺は隠せない。

『引け目ですよ』

「…………!」

『ルフェラ、あなたはこれで本当によかったのだろうか…と悩んでいるでしょう? 本当にこの方角でよかったのか…本当にネオス達を連れてきてよかったのだろうか…と』

「………………」

 あたしは何も言えなかった。彼の言う通りだからだ。

『いいですか、ルフェラ。これでよかったのだろうかと思っていては何も始まりません。これでいいんだ、自分の選んだこの行動が正しいんだ…と、自分で自分を信じないと、これからする全ての事が無駄に終ってしまうのです』

「…テラスエと同じ事言うのね。でも言うだけなら簡単なことだわ。だいたい目的がハッキリしないのに、どこへ行くも何もないじゃない」

『目的はありますよ──』

「自分を見つける為……でしょ?」

『そうです』

「それが分からないっていうのよ。もっと別の……なんて言ったらいいのかしら…その…形のあるものを探すのなら、誰かに聞けるじゃない。これを探してるんだけど…って。でも、自分を探すっていったら、記憶喪失じゃないんだもの…あたしは誰ですか…なんて聞けないでしょ?」

『あ、あの…自分を見つけるというのは そういう意味じゃ……』

「分かってる、分かってるわよ。──とにかく、もっと分かりやすい…っていうか、目に見えて分かる目的がほしいの」

 ルーフィンが次になんて言ってくるか聞きたくて、あたしはジッと耳を済ましてみた。でも聞こえてくるのはさっきと変わらない自然の音だけだった。その中に紛れて、時々、嫌な音が聞こえてくる。耳元でブ~ンという音が、小さくなったり大きくなったり…。あたしがその聞こえてくるほうに向けて手をブンブンと振ると、その音は消えていった。

 ルーフィンの返事がいっこうに聞こえてくる気配がなかったので、あたしは諦めてその場に立ちあがった。

「もういいわ、ルーフィン。遅くなっちゃうとみんな心配するから、木を探しに行こ。それと、ついでに何か食べるものと……あと、ピレスの実がニ・三個必要ね」

『…滴の木は、もう少し右の方に行った所にありますから、おそらくその近くに何か食べれる実があると思います。ピレスの実は──』

「ちょ、ちょっと待って…どうしてそんなことが分かるのよ?」

『どうしてって……さっきちょっと下見に行ったんですよ』

「え…下見?」

『ええ。探しながら二人で歩くより、先に見つけておいて案内した方が早いですから……』

「じゃ…じゃぁ、さっき離れたのはその為…?」

『はい』

「あ…そ、そうだったんだ」

 怒って意地悪したのかと思ったわ…。

「えっと…それでなんの話だっけ?」

『ピレスの実──』

「あ、そうそう。ピレスの実だったわね」

『滴の木まで案内したら、あなたが木を切ったりしている間に私が採ってきますよ』

「うん、分かった」

 ピレスの実とは、土の中に埋まってる直径三センチほどの白い実で、匂いがきついため、虫の駆除として使われる。また、虫にくわれた時のかゆみ止めや、痛み止めにも効果があるのだ。

 さっきまで聞こえていた音は、蚊が飛ぶ音だったのだ。多分ネオス達の所にもいるはずだから、あの場所に戻ったら、数滴 周囲に実の汁をまいておこう。

 あたしはルーフィンに案内され、腰まである茂みやツルをかき分けて、さらに森の奥へと進んだ。誰も足を踏み入れてないから、歩きにくいのはあたり前だけど、それでもルーフィンが選ぶ地面は安心して歩けるほうだった。


『ここですよ、ルフェラ』

「え…?」

 ルーフィンの言葉に立ち止まり、あたしは思わず顔を上げて辺りを見渡してしまった。

「ル、ルーフィン…? ここ…って…ほとんど何にも見えないんだけど……?」

 森の奥に進んだからか、月の明かりがさっき以上に入ってこないのだ。

 まぁ、確かに…森の奥だし、見にくい覚悟はしてたけど、これほどとは…。

『月の明かりがなくても、私と同様、あなたには見えるはずですよ』

「ど、どういうこと? あたしには何も見えないわよ」

『それは──ルフェラが見ようとしないからです。もっと自分の周りに関心を持ってください』

 お願いしているのか、注意しているのか分からないような口調で言うと、ルーフィンはさっさとピレスの実を探しに行ってしまった。

 なんなのよ、まったく──

 見ようとしない…って、ホントに何にも見えないんだもの。しかも自分の周りに関心を持ってなんて言われてもさ…こんな暗い所のどこに関心を持てばいいのよ。

 あたしは両手を腰に当て、見えもしない空を見上げながらしばらく考え込んだ。

 少々前が見えなくても、ルーフィンがいるから大丈夫…そう思ってたから、必要な時以外、火を起こさないようにしてたけど、こんなことになるなら松明の一本でも作ってくるんだった。でも、もう遅いしなぁ……せめて、小さくてもいいからロウソクがあれば……。

 ──と、そこまで思った時、フッとテラスエ達の事が頭をよぎった。

 確か、テラスエ達の体からは微かな光が発していたわよね。だから歌う会の時も夜中だったけど周りの景色が見えたんだもの……。あの光があれば……ううん、つまり、テラスエ達がここにいてくれたら……。

 あたしはもう一度、目の前の暗い景色に視線を落とした。──が、やっぱりそこに広がるのは何も見えない暗闇だけだった。

 そんな都合のいい事あるわけないか…。

 そう思いながらフッと小さく笑ったちょうどその時──

 突然、蛍の光にも似たものがあたしの目の前を横切ったのだ。光ったのは、ほんの一瞬で、もし、瞬きした時に光っていたら気付かないぐらいの、本当に一瞬の事だった。

 テラスエ…?

 一瞬、心の中にひそかな期待が芽生える。

 目を開けているのか閉じているのか分からなくなるような暗い空間にいると、見えるはずのないもの──その人だけにしか見えないもの──が見えたりする…とばば様から聞いた事がある。その類かと心の奥で感じながらも、そうじゃないと思いたい気持ちだけが、その不安を打ち消していた。

 しばらく光った方を中心にジッと見つめてみる。

 しかし、それ以来なんの光も見る事は出来なかった。

 ──そうよ、ね…そんな事あるはずない……。だって、彼女達とは泉の場所で別れたんだもの……。

 あたしは小さな溜息をついた。

 あ~あ、あたしってホント、だめね。すぐ何かに頼っちゃうんだから……。

 でも、妖精…か。この場所にもいるのかしら……。どんなだろう、テラスエと同じ様な人なのかな…。もしいるんなら、一度、会ってみたいなぁ。

 あたしは軽く目を閉じ、テラスエ達のことを思い出していた。彼女達が周りに集まってくると、白く、ほのかな光が一面にひろがる……そう、こんな感じ……こうやって目を閉じてても明かりが瞼を通して──

 え……!?

 咄嗟に目を開けたあたしは、驚きのあまり声も出ず、後退りした。

「あ、あなた…達は……!?」

 目の前には、テラスエ達と出会った時のように、無数の……そう、妖精があたしを取り囲んでいたのだ。さっきまで暗くて何にも見えなかったのに、今では彼女達の光で周りの景色が十分すぎるほど見える。

「私たち……見えるの?」

 相手も驚いているようだが、彼女の質問に、コクンと頷くと、一斉にみんな顔を見合わせて、わぁっと喜んだ。

 な、なんなのよ…いったい……。

「こんばんは。私…ノエっていうの。あなたは?」

 何も把握できずにいるあたしに話しかけてきたのは、透き通るような肌をした、とても綺麗な──女性と呼ぶのにふさわしい──妖精だった。

「あ…ル、ルフェラ……ルフェラよ。──あなた達、ここの妖精…?」

「そうよ」

「あ…そ、そう。どうして、急に現れた…の?」

「その質問は少し違うわね。〝どうしてあなた達が見えたのか〟 の方が正しいわ」

「え…?」

「だって、私達はずっとあなたの傍にいたのよ。さっきまで一緒にいたルーフィンが言ってたの。今は見ようとしないから見えていないけど、絶対、あなたには私達が見えるはずだから、しばらく傍にいてほしいって」

「え…? ということは、なに…ルーフィンにはあなた…ノエ達が見えてたってこと?」

「そうよ」

「じ、じゃあ、もしかしてルーフィンは…ノエ達の光でこの暗い森の中を安全に歩けてきたわけ?」

「え、ええ…まぁ、半分ぐらいはそうなんじゃ──」

「なんだ。じゃあ、あたしが頼りにしてきた彼の目と鼻と耳は、ほとんど役に立ってなかったってことじゃない。あたしだって、ノエ達がいるって分かってたらあんなに怖がらなかったわよ。ちゃんと一人で歩けて──」

「ルフェラ──」

 両手を腰に当て、口をへの字にして溜息をついたかと思うと、次の瞬間にはあたしの鼻先に移動し、指をさしていた。その仕草は、まるでいたずらっ子を叱る母親の様にも見えた。

「いい、ルフェラ。よく聞いてよ。〝傍にいるって分かってたら…〟っていう次元の問題じゃないの。さっきも言ったように、あなたが見ようとしないのが一番の問題なのよ。分かる? 見える…という受身じゃなくて、自分から見ようとする……そうね…ルーフィンの言葉を借りれば、自分からもっと周りのことに関心を持つ事…これがとても大切な事なの。今、こうしてルフェラと私がお互いに顔を合わせて話ができるのも、あなたが少なからず、私たち──妖精に会いたいと思ったからなのよ」

「あぁ~……」

 理解したような、してないようなあやふやな気持ちがノエにも届いたのか、彼女は再び溜息を漏らした。

「もう、いいわ。それより早く用事を済ましちゃいましょう。私たちも少し手伝うから。お友達が待っているんでしょ?」

「あ、うん…そうね…」

「──で、何をするつもりだったのかしら?」

「えっと…滴の木…と、木の実をいくつか採って…」

「分かった。じゃあ、私達は木の実を採ってくるから、ルフェラは滴の木を必要な分だけ切っていって」

「うん…」

 そう言うや否や、半分ぐらいの妖精達が体を翻し、木の実を集める為、上の方に向かった。

 残りの半分は、どうやらあたしの周りを照らす為らしい。

 あたしは、彼女たちが木の実を採る姿をしばらく見ていた。そして、妖精が見えない人にとってこの光景を見たとしてもなんら驚く事ではないと思った。なぜなら、熟した実が木から落ちる自然な光景だからだ。あたしはこの時、ひょっとしたら、今まで見てきた木の実が落ちる光景は、こうやって妖精が熟した木の実を判別して落としていたのじゃないかと思うようになっていた。

 そんな事を思いながら見上げていたら、ノエと目が合ってしまった。

「ルフェラぁ──?」

「は、はいはいっと」

 あたしは早速、滴の木を切りにかかった。地面から伸びたまっすぐな幹は、片手で掴んでも指があまるぐらいの細さで、高さも自分と同じか少し高いくらいだった。地面より三十センチ程の高さでスパッと斜めに切ると、木の幹を通っていた透明な水分が、切り口から流れ出てきた。あたしはすばやくそれを口の上に持っていき、ゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。

 ちょうどいいくらいの冷たさで、少し甘味があるものの、全然口の中に残らない、まさしく自然の味だ。細い一本の筋の様に流れ出ていた水が、喉の渇きが癒えると同時に、ポトン、ポトンというような水滴に変わっていった。──そう、これがその名の通り、滴の木なのだ。

 あたしは、自分の喉の渇きが潤せたところで、腰にぶら下げていた木筒を外し、蓋を開けた。そして新しく切った木の切り口を木筒の中に差し込んだ。数回、同じことを繰り返し、木筒の中が一杯になる頃には、もう、ノエ達も戻ってきており、地面には赤や黄や茶色など、様々な色の木の実を小山程度に積み上げていた。

「これくらいでいいかしら?」

 あたしの目の高さから、ノエが小山を指さした。

「ありがとう、多すぎるくらいよ」

 木筒をもとの腰にぶら下げながら、どうやって運ぼうかと考えていると、あたしの考えている事が分かったのか、

「大丈夫よ、こうやって持っていけば…」

 ──と言って、自分のスカートの裾を両手で持ち上げた。

「なるほど…ね」

 ノエがニッコリと微笑んだので、あたしもつられてニッコリとしてしまった。

「さぁ、私たちが、お友達の所まで案内するから、木の実を持って──あ、ルーフィンなら心配ないわよ。私の仲間が二人ついていってるから……」

「ありがと……」

 ノエに言われるがまま、スカートの上に木の実をのせると、あたしは彼女の後ろをついていった。

 今ならルーフィンが簡単に歩いていたのも理解できる。まるで丸い月が森の中に入ってきたみたいに明るいんだもの。当然といえば、当然よね。

 ルーフィンと歩いてきただろうと思われる道なき道を、幾度となく見渡しながら、あたしはノエの後を追って歩き続けた。

 しばらくすると、ラディ達の声が耳に届くようになった。

〔おっせーなぁ、ルフェラの奴〕

〔さっきからうるさいわね。心配なら探してらっしゃいよ〕

〔お前に言われなくても分かってんだよ〕

〔だったら、こんな所でブツブツ言ってないで、さっさと行けばいいじゃない〕

 ──ったく。何くだらない言い合いしてんのかしら、あの二人は……。

「ルフェラ…」

 あたしの前を歩いていたノエが、クルリとこちらを振り返った。

 ──お別れ…か。

「あ、うん。ありがとね、ノエ──それからみんなも。ここからは一人で行けるから」

「そうね…」

「ホントに助かったわ…ありがとう。──じゃぁ」

 両手が塞がれてて、手を振ることはできないが、それはノエも分かっている。苦笑いしながら軽く会釈すると、あたしはノエの横を通りすぎた。

「ル、ルフェラ…」

「ん…? な、なに?」

 半分、体をノエのほうに向ける。光の加減か彼女の顔が悲しそうに見えた。

「パティ…」

「え…パティ…?」

 ほんの一瞬 何か考え込んだかと思うと、次の瞬間にはもう さっきまでのノエに戻っていた。

「ううん、なんでもない。──それより、この森を抜けたら村があるから、そこで体を洗うといいわ。──じゃあね」

「あ、ありがと…」

 呼び止めたわりにはあまりにも普通の話だったので、なんだか呆気にとられてしまった。

 ノエ達が森の奥へと飛んでいくのに比例して、周りの景色が徐々に見えなくなっていく。

 ──それにしても、あたしの体…そんなに匂うのかしら……?

 あたしは、クンクンと自分の匂いを嗅いでみた。

 ──そんなには匂わないと思うんだけどなぁ…。

 そう思いながら再び歩き出そうとした瞬間、左手の方で低木が大きくガサついた。

 一瞬ビクッとしたものの、次に聞こえてきた声がラディのものだと分かって少し安心した。

 初めての場所だから何が出てくるか分からない。ノエ達も行っちゃったあとだし、ルーフィンが傍にいないからよけい怖いのだ。

「………あたしなら、ここにいるわよ」

「ルフェラ…!?」

 その声と同時に、茂みをかき分けてラディが現れた。

「ちょ、ちょっと…それ以上こっちに来ないで…」

「なんだよ、その態度は。人がせっかく心配して──」

「バカ! そんなんじゃないわよ」

「だったら──」

「あー、もう。いいからそのまま後ろ向いて、あたしのすぐ前を歩いてよ」

 あたしの苛立った言葉にブツブツ文句を言いながらも、後ろを向いてゆっくり歩き始めた。正確には、苛立ったというより焦っていたのだが…。というのも、木の実を持ってくるために、スカートの裾を持ってるから、中が見えてるかもしれないのだ。そんな所をラディに見つかったら、ネオスじゃないんだもの、手伝うどころか両手がふさがれているのをいいことに、からかってくるに決まってる。

 ようやくネオスのいる所に着き、あたしはラディが後ろを振り返るよりも早く、その場に座った。ラディは、膝の上に木の実がのっているのを見て、なぜこっちに来ないでと言ったのかを理解する事ができたようだった。

「チェ、そういうことだったのか。惜しい事したぜ」

「ラディが単純でよかったわよ。──はい、これ 木の実。それから滴の木からとった水、ね。あたしはその場で飲んだからいいわ」

 膝の上にのっていた木の実をバラバラと地面に置くと、腰から下げていた木筒をネオスに渡した。ただ単に水というと、ミュエリが小川を見つけたと勘違いするかもしれないと思い、わざと滴の木からと付け加えたが、本人は気付いてないようだ。

「それよりよぉ、ルーフィンはどこいったんだ? お前と一緒じゃなかったのか?」

 よほどお腹が空いていたのか、持ってきた木の実をバクバクと頬張りながらラディが言った。この時まで多いと思っていた木の実が、少なかったんだと感じるまでに、さほど時間はかからなかった…。

「あ…行きわね。途中でピレスの実を見つけてきてって頼んだから──」

「ふ~ん、あいつ分かんのか? でも、ルーフィンがいなくて、よくこんな暗い所 迷わず帰ってこれたな?」

「ま、まぁね。カン…かな…」

 一瞬、ノエ達が…と言いそうになったが、なんとか堪えた。

「カン…ねぇ」

「なによ、なんか文句あんの!?」

「いや、別に。ただ、オレが思うに、きっとオレのテレパシーがだな──」

 また勝手な思い込みが始まるか…と思ったその時だった。あたしの後ろの方でガサがサッと音がしたかと思うと、ルーフィンが土のついたピレスの実を口に咥えて現れた。

「ルーフィン…。──ほら、見なさい。ルーフィンはちゃんと分かってるんだから」

「へぇ、すげーじゃん。──あ、ピレスの汁、まこうぜ。もう蚊にくわれちまってかゆいのなんの…」

 ラディにとって、分かる、分からないというのはどうでもいいことのようだ。

「──ったく、調子いいんだから」

 腹を立てるよりなにより、あたしもさっきから蚊がブンブンと音を立てて飛んでるのが気になって仕方がない。早速ルーフィンからピレスの実を受け取り、短剣で半分に切ると、自分達の周りに数カ所 汁をまいた。全部で四個あったが、まき汁に一個半使い、残りの半分はかゆみ止めとしてそれぞれに渡した。

 そうして喉の渇きや空腹が満たされると、自然とみんな眠りについていった。

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