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女神伝説  作者: Sugary
第四章
49/127

6 推測と監視 ※

 日が暮れてもまだ、あたしはそこから動けないでいた。

 ──いや、動けないというよりは、動かないつもりだった。

 ノークの所を飛び出し、出来る限り冷静になって考えた結果、彼を監視しようと思ったのだ。

 ここにルーフィンがいたら こう言うだろう。

 〝監視してどうするつもりですか?〟

 ──と。どうするつもりか分かってるくせに、そう言うのだ。自殺するならもちろん、誰かにその命を奪われるなら阻止したい…そう思っているあたしの気持ちを知りながら…。

 それに、あたしより先にあの光が見えるルーフィンなら、あの時──無言でノークの前に絵を置いて走り去った時──に見てるはずだもの。それを、未だに何も言ってこないという事は、敢えて言わないようにしているという事。言えば、あたしがこうすると知っていたから…。

 そして、更に言うのだ。

 〝先に知ることができたとしても、決まっている事を変えてはならない〟

 ──と。

 そう言われるのは分かってるけど、だからって、ジッとしてられない。ミュエリのおばあさんのような綺麗な光なら、あたしだって黙って見送れる。でも、あの光だけは…。

 なんとしても阻止したい…。

 そんな思いから、あたしは彼を探し出し、家まで突き止めたのだった。

 明かりが灯された家からは、数人の子供たちと母親の声が聞こえてくる。楽しい笑い声や、兄弟げんかを優しく諭す声が聞こえ、普通の家族となんら変わりないものだ。

 こんな幸せそうな家族の中で、あの子が自殺を…?

 しかも、今日か明日にでも…だなんて…やっぱり考えられない。

 そんな思いが、刻一刻と強くなる一方で、もう一つの可能性が強まっていく。

 命を奪われるとしたら、誰に…?

 この家に誰か押し入るのだろうか…?

 それとも、あの子が一人でいる時に、何かに巻き込まれて…?

 色んな可能性を考えていた矢先、不意に女性の叫び声を思い出しハッとした。


 〝お願い…誰か助けて…!〟


 イオータが正夢になると言った…あの叫び声…。

 ひょっとしてあれは……母親の…声なの…?

 だとしたら、母親の目の前であの子が…!?

 その結論に、あたしの心臓は早鐘を打ち始めた。

 ま…さかそんな…そんなことって…!

 〝嘘でしょ!?〟 そう心の中で叫ぶのと、自分の名前が呼ばれたのは ほぼ同時だった。

 ハッとして振り返れば、ラディが近寄って来るところだった。

「ラ…ディ…?」

「なにやってんだよ、こんなところで…!? 心配したんだぞ、あれからなかなか帰ってこねーから…」

「え…? あ…あぁ…」

 一瞬、なんでラディが…? と思ったが、そういえば、〝用事を思い出したから、先に帰ってて〟 と言ったきりだったと思い出した。けれど、その理由が死の光を見たからだとは言えない…。

「ルフェラ…?」

「あ…うん…ごめんね…」

「……あぁ~、まぁ、無事ならそれでいいんだけどな。──ほら、暗くなったし帰ろーぜ?」

 そう言って背中を押されたものの、あたしの足は動かなかった。

「…どうした?」

「…あ…ごめん…あたし──」

「…………?」

 〝気になることがあるからここに残る〟

 そう言いかけて飲み込んだ。

 そんな理由で、納得してくれるだろうか?

 ううん、してくれないよね。

 赤守球を奪った時もそうだったもの。確かめたい事があるから一人で森に行きたい…そう言った結果が、この腕の傷──

 あの時のように、危険な状況じゃないにしても、きっとラディはあたしを一人にしないわ…。

 だとしたら、どうやってあの子を守ればいい…?

 本当の事を言うしかないの…?

 そう自分に問いかけてみたが、すぐに否定した。

 そんなこと…ネオスにだって言えやしないじゃない…。

 どうやってここに留まろうか…その理由が思い浮かばず何も言えないでいると、不意にガラガラという音が聞こえた。反射的にそちらを見れば、あたしがそれまでジッと見つめていた家に男性が入っていくところだった。

 〝お帰りー〟 という子供たちの声が響けば、家の中は更に騒がしくなる。

「親父か…」

 同じようにそちらを見ていたラディがボソリと呟いた。

(お父さん…?)

 そう繰り返すと同時に、ある可能性が浮かんだ。

 あの夢が正夢なら、父親はあの場にいないってことよね…?

 だって、〝誰か…!〟 って叫ぶんだもの。あれはそこに助ける人がいないからだわ。だとすれば、父親が帰ってきたこの夜は心配ないってことよね。

 そんな可能性が導き出され、あたしはなんだかホッとした。死なないという保証はないけれど、今日のところは大丈夫だ…そう思えたからだ。

「ラディ…」

「あぁ…?」

「…帰ろっか」

「あ、あぁ…そーだな」

 とりあえず、夜中にもう一度だけ様子を見にこよう。

 そう決めて、あたしはラディと宿に戻ることにしたのだ。



 宿に帰ってくると、なにやら微妙な空気が漂っていた。

 特に、ミュエリからなのだが──

「どうし──」

「ヒドイわよ、結構」

「え…?」

 帰ってくるなり、言われた一声。分けが分からずキョトンとしていると、

「あなたじゃなくて、ラディの事よ」

 ──と、付け足された。

「なんでオレがヒドイんだよ?」

「あ~ら、自分のやった事も分からないの? それとも、ルフェラがいるから、トボケてるのかしら?」

「はぁ!?」

「証拠隠滅した気でいるみたいだけど──」

 そう言って後ろに手をやり そっと出したのは、あの花輪だった。

 そこで初めて、あたしは自分が花輪を持ってないことに気付いた。どこで失くしたのかも、正直 覚えてない…。

「おまっ…それは──」

「ふっふっふ~、残念だったわね。宿の人が拾ってくれたのよ」

(宿の人…?)

 どうして…? と思う間もなく、ミュエリの説明が加えられた。

「これ、ノークさんが持ってきたそうじゃない? しかも、ルフェラによ? なのに、ラディったら、ルフェラがいないことをいいことに、受付け近くのゴミ箱に捨てたっていうじゃない。ヒドイと思わない!?」

 最後の問いかけは、あたしに向けられていた。けれど、その質問はあたしにはどうでもよかった。

「ノークさんから…ラディが受け取った…?」

「そうよ」

 無意識のうちに呟いていたあたしの言葉に、ミュエリが答えた。

 ──って事は、ひょっとして…ラディは あの事を聞いてる…?

 あたしが我を失って、叫んでたことを…?

 まさか…という思いでラディを見れば、一瞬、目を合わせただけで、すぐに明後日のほうを向いてしまった。

「はっはーんだ。それがどうした。先手必勝。ルフェラに虫を近づけない作戦さ」

「なにそれ! ノークさんとあなただったら、どう考えたって虫はあなたのほうだと思うけど?」

「なんだとぉー!?」

「それに、男なら堂々と勝負しなさいよ。人のプレゼント、無断で捨てちゃうようなことしないで。しかも、こんなにグチャグチャにしちゃってさ」

「ばーか、それは最初からだ。単にヘタッピなだけだろ。誰がそんなもん欲しがるかよ」

「な…んですって!? たとえヘタでも一生懸命作ったのよ。それを──」

「あ、あのねミュエリ──」

 勘違いしてるとはいえ、あれはラディが作ってくれた物。どうして、ラディも本当の事を言わないのか知らないけど、これ以上、言い合いはして欲しくない。

挿絵(By みてみん)

 そう思い口を挟めば、途端にラディの手があたしの腕を掴んだ。思わず顔を見れば、僅かに首が振られる。

(な…に…? 黙ってろ…ってこと…?)

 分けが分からずそのままでいると、更にミュエリの言葉が飛んでくる。

「怒っちゃえばいいのよ、ルフェラも。何、らしくなく黙ってるの?」

「…あ…べ、別に…」

「だぁ~! もういいーだろー!? だいたい お前、それが自分宛じゃなかったから、ひがんでんだろ?」

「なっ……!」

「はっはー! やっぱ、図星──おぅわ!」

 最後まで言い終わらないうちに、ミュエリの反撃が飛んできた。目の前に置いてあった花輪を、ラディめがけて投げつけたのだ。

「お…前…言ってる事とやってる事 メチャメチャなの分かってんのかよ!?」

「だったら、何よ!?」

「かぁ~! 相手してらんねぇーな。──オレ、先 風呂入ってこよーっと」

「ふんっだ! さっさと行きなさいよ! そしてそのまま 沈んで浮いてくるなぁ~!!」

 手元に何かあれば、その全てを投げつけんばかりの勢いに、いつもなら、まだまだ続きそうな言い合いも、なぜか今日のラディはラディらしくなく…豪快に笑っただけだった。

 それが気になり、部屋を出て行こうとするラディの姿を目で追えば、すれ違いざま呟いていった。

「オレが作ったなんて、恥ずかしくて言えるかよ」

 あ…ぁ…なんだ、そういう事…。照れ隠しで、ミュエリの話に合わせたってわけね。だったら納得だわ…。

 気にすることなかったのね…とホッとすれば、思わず笑みだってこぼれてくる。けれど、ホッとしたのは、それだけじゃない。きっと、あたし自身、そのシナリオにホッとしてるんだわ…。

 ノークが花輪を持ってきたという事は、あたしがそこに行ってたという事。でも、そこに行ってたというのはもちろん、そこで何があったかなんて、ミュエリのシナリオには関係ないことだもの。誰も聞いてこないし、知ってる可能性があるラディだって聞いてこなかった。あたしを迎えに来た時でさえね。だとすれば、やっぱりラディは聞いてなかったのかもしれない。

 ──そう思えたからだ。

 なのに、またそこで 〝あれ…?〟 と疑問が湧いた。

 だったら、どうして花輪を捨てたのよ?

 自分が作った事、自分がプレゼントした事を隠すなら、そのまま あたしに届けてくれればいい事じゃない?

 あたしが持って帰ったなら、自分で作ったと言えば済むことだもの。

 なのにそれをせず、捨てたってことは──

 あたしに渡したくなかったから…?

 それとも、あたしに見せたくなかったからとか…?

 もしくは、あたしに気付かせたくなかったから…?

 色んな理由を考えれば考えるほど、最初の 〝まさか…〟 という可能性が強くなってきて、あたしの胸に何かが込み上げてきた。

 そ…うか…。

 ラディは…知ってるんだ…。あたしが彼の所で何を言ったのか…何をしたのか…。

 考えてみれば、あんな態度を見せられて気にならないわけがないもの。花輪を届けにきた時に、あたしの様子を尋ねれば、自然と、あの時の事を話すに違いない…。

 だから、ラディは知ってたのだ。知ってて、敢えて何も聞こうとしなかったんだわ。聞けば、あたしが困ると思ったから…言えなかった時、辛い思いをすると思ったから…。

 だから、知らないフリをしようと、証拠になるような花輪を捨てたんだ…。

 その結論に、あたしは思わず泣きそうになり、それを悟られないよう、すぐに背を向けると、〝あたしも、お風呂に行ってくるわ〟 と言って部屋を出て行ったのだった…。



 お風呂から上がり食事を済ますと、あとは変わらぬ自由時間。

 宿から借りたカードでゲームをしたり、少しだけ…と頼んだお酒を飲んだり、イオータが旅人だと分かって、経験話を披露することになったり…一時的だけど、久々に楽しい時間を過ごす事ができた。

 そして夜も更け、あたし以外の三人が寝静まるのを待つと、あたしはこっそりと部屋を抜け出し、あの場所へと向かった。

 きっと大丈夫よね…。

 願いにも似た思いで足早に歩いていくと、その途中、不意に後ろで何かの気配を感じた。

 反射的に振り返れば──

「ネ…オス…どうして…!?」

 危うく大声になるところを必死で堪えた。

「ごめん、驚かすつもりはなかったんだけど…こんな時間に一人で出かけたから気になってね…。それに危ないし…」

「あ…そ、う…だったんだ…ごめん…。ちょっと、夜風にでも当たってこようかな…って思ってさ…」

 咄嗟についた嘘。早歩きしてて その理由もおかしいと思うが、やっぱり本当の事は言えない…。信じてもらえないかと思いきや、

「そっか…。じゃぁ、僕も付き合うよ」

 ──と返ってきたから、驚くやらホッとするやら…。

「川の方なら気持ちいい風も吹いてるだろうし、ぐるっと回ってくるのもいいんじゃないかな?」

 できれば一人にして欲しいけど、危ないから…とついてきたネオスに、それは通用しないだろう。かといって、ここで帰るというのも変に思われる。

 とりあえず、あの子の家はもうすぐだから、通りから様子を見るくらいならできるわよね…と思い直し、ネオスと並んで再び歩き始めたのだった。もちろん、ゆっくりと…。

 そして、男の子の家がある二つ目の曲がり角にさしかかった時、何気に左の通りを伺ってみた。

 夜更けというのもあるのだろう。その通りは、あたし達が歩いてきた道と同様 誰もいなかった。怪しい人影も見当たらず、明かりの消えた家々は静まり返っている。

 何も…ないみたいね…。

 僅かな時間に変わりない事を確認すると、ネオスに悟られる前に視線を元に戻した。

 特に喋る事もなく、静かな夜の道を ただただ歩き続ける。別に、その無言状態が苦しいわけじゃないけど、何か喋ってほしいな…と思っていると、その気持ちが届いたのかネオスの口が開いた。

「よかったね、元気になって」

「え…?」

「ラディの事だよ」

「あ…あぁ…そうね。一事はどうなるかと思ったけど…」

「みんな言ってたよ、〝奇跡〟 だって」

「奇跡…か。〝死への道夢〟 を見たくらいだもん…ほんと、危ない状態だったのよね」

「うん…。でもその道夢からラディは帰ってきた。飛影のおじいさんとルフェラのお蔭でね」

 〝みんなそう思ってるんだよ〟 と言われてるようで、なんだか恥ずかしくなってしまった。だから、思わず軽口を叩いてしまう。

「きっと、それだけじゃないわよ?」

「──というと?」

「 〝しぶとい生命力〟 」

「あはは…それは大きいかも」

「──でしょ?」

「うん。でも、本人はそのことに気付いてないようだし、そのうち 〝ラディの恩返し〟 でもあるんじゃないかな?」

「恩返し…? だったら、今日の事で十分だわ」

「何かいいことでも?」

「うん。ラディが違う一面を見せてくれたこと、かな。──あ、でもどんなっていうのは内緒。ネオスが言った通り、かなり照れ屋みたいだからさ」

「そっか…それは残念。でも、そのうち見せてくれるかもね」

「簡単じゃないわよぉ、きっと」

「…隠そうとするなら尚更…か」

 そう言ったネオスの顔はあまりよく見えなかったが、どこか寂しそうな口調だった。それが何だか胸を締めつけた。ラディの事を言ったに過ぎないのだろうが、言えない事を抱えてるあたしにも、言われた気がしたからだ。

 曖昧に笑ったものの、次の言葉が出てこない。そんな時──

「……ルフェラ、ひとつ聞いていいかな?」

 そのタイミングに一瞬 ドキッとしたが、このまま会話が途切れるのも困りもの。それ以上に、〝やだ〟 とは言えなくて、

「うん…なに?」

 ──と聞き返していた。

「もし…さ…、もしもだよ? ルフェラの記憶が失くなったとしたら、思い出したいと思うかな?」

「………………?」

「…ほら、ラミールの立場に立って考えたらどうかな…と思ってさ」

「あぁ…ラミール…ね…」

 なぜ急にそんな質問を…? と思ったが、すぐに、父親が記憶を隠してるという繋がりからか…と理解した。

「そうね…失くした原因にもよるかな…」

「失くした原因か…」

「頭を打ったってだけなら思い出したいと思うけど、精神的なショックが原因なら、正直、思い出すのは怖いわよね。だって そういう時の記憶喪失って、一種の防衛機能からくるものだって聞いた事があるもの。心が拒否反応を起こして記憶を消す事で、自分が 〝自分〟 を保っていられるようにするんだ…って」

「うん…」

「抱え切れない事を思い出したら、自分が自分でいられないかもしれないし……バダルさんが言うように、〝人の命がかかってる〟 ってことが、思い出した事が辛くて死にたいって思うようなことだったら……やっぱり、思い出したくないって思う方が強いと思う。でも、原因なんて自分では分かんないもんね…忘れてんだからさ…」

「………………」

「あとは、教えてくれる人に委ねるか、自然に思い出すのを待つしかないのかな…」

「…そう…だね…」

「──でも、これだけはハッキリしてる」

「……………?」

「自分が誰なのか分からない記憶喪失なら、何が何でも思い出したいと思う。原因が何か…っていうのは二の次でさ。それは誰だって同じなんじゃないかな。──ネオスはどう?」

「…ぁ…うん、そうだね…」

「でもさぁ…やっぱり難しいわよね…。本人は思い出したいって思ってるんだから、教えてやればいいのに…って思うけど、バダルさんの気持ちも分からないでもないしさ…」

 その問題の答えはネオスにさえ出せなかったのだろう。しばらく無言が続いたあとに発せられた言葉は、既に、違う内容になっていた。

 風が気持ちいいだとか、夜中に散歩するなんて自分達の村ではなかった、とか…。

 ほんと、他愛もない会話で時間は過ぎて、気付けば宿を目の前にしていたのだった──

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