表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神伝説  作者: Sugary
第四章
47/127

5 二度目の黒い光 ※

 翌日、あたし達はセオール医師の許可を得て、昼食後には宿に移ることになった。

 一度、部屋に案内されれば夜まで何もする事がないため、自然と自由行動になる。

 ミュエリはネオスを連れ外に出かけ、ラディはイオータに 〝食後の運動〟 を呼びかけていたが、

「病み上がりがムリすんじゃねぇ」

 ──と、即行拒否された。

「オレは一人で行ってくるから、お前は大人しくここにいるんだな」

「なんだよ、つまんねー……あ、でもちょっと待てよ?」

 不意に何かが浮かんだのか、ラディがあたしの方を見た。

「…なによ?」

「お前と一緒なら、ここにいてもいいな、うん」

「あら、悪いけど あたしも出かけるわよ」

「なに!?」

「ルーフィンと一緒に、川辺まで お散歩♪」

「お…前ら…白状だな…」

「そう?」

「オレはここに来てどっこも出かけてねーんだぞぉ!? やっと元気になったってーのに、またオレだけ一人かよ?」

 〝冷てぇヤツだ〟 と付けたし、ラディはイジケて背を向けてしまった。

 子供みたいな言い分だけど…まぁ、確かにここに来てすぐ倒れちゃったし、ずっと個室だったものね。しかもその原因を作ったのはあたしだしなぁ…。

 セオール医師から許可も出たんだし、ジッとしてなきゃいけないっていう必要もない。

 水と陽射しの病なら、正直、食事ができれば問題ないもの。

 あたしは小さな溜め息と共に、イオータと目が合ってクスッと笑ってしまった。

「ラディ…?」

「………………」

 呼びかけに対し、ラディは黙ったままだった。もう一度、呼んでみる。

「ラディ…?」

「………………」

 やっぱり、返答はなし。

 ならば──

「…あたしに背を向けて座ってる、そこのカッコイイお兄さん…?」

 ──と呼べば、僅かながらに顔が上がった。

 ほんとに年上かしら、この男は…。

 あまりにも子供じみてて、呆れるやら笑えるやら…。

「ねぇ、ラディ?」

「な、なんだよ…?」

 やっと…だけど顔を向けずに、ぶっきらぼうな返事が返ってきた。

 ここで 〝一緒に散歩に行こ〟 と言っても、素直に 〝おぅ!〟 とは返ってこないだろう。

 故に、あたしも考える。

「あたし、散歩に行くんだけどさ…」

「あぁ、行けばいーだろ」

「喋る相手がいないのよねぇ…」

「…だから?」

「一人でブツブツ言ってても危ない人だと思われるし…なぁんにも喋らないっていうのもつまんないじゃない?」

「…だから、なんだよ…?」

「だからさ…話し相手になってよ」

「………………」

「ラディ…?」

「………………」

 黙った時点で、作戦成功かと思ったのだが、なかなか次の言葉が返ってこない…。

 それほど単純じゃなかったか…と、次の作戦を考えようとした矢先、

「…しゃぁねーな…。オレと喋りたいなら最初っからそう言えよ」

 ──と、嬉しそうな顔でこちらを振り返った。

 前言撤回。

 まだまだ単純だわ…。

「んじゃ、行こーぜ。川辺で愛の語らい…ってーのも悪くねーしな」

「え…?」

 何でそこで 〝愛の語らい〟 になるのよ!?

 〝ほら、行くぜ?〟 と言うや否や、ラディはさっさと部屋を出て行ってしまった。そんなラディに声を掛ける間もなく、イオータと目が合えば、

「ははは…襲われんなよ」

 ──と、からかい半分の言葉が飛んできた。

「その言葉…冗談にならなかったら、あとであんたの顔、思いっきり引っ叩いてやるから」

 あたしは静かにそう言うと、再度、イオータの笑い声を背に受けて、その部屋を出て行ったのだった。



 あたしたち三人──もちろん、そのうちの一人はルーフィンだ──が到着したのは、数日前、ルーフィンと来た場所だった。

「水は十分にあるからね」

 故に、〝喉が渇いたら我慢せずに飲むのよ〟 と冗談半分に言えば、

「あぁ~そうだな。ちょいと気絶して、ルフェラに口移しで飲ませてもらうってゆー手もあるなぁ」

 ──と、冗談とも本気とも取れる口調で返ってきた。

「その作戦…本人 目の前にして言った時点で終わったわね」

「はっ…し、しまった…」

「バカねぇ~」

 あたしはクスッと笑って木陰を見つけると、その場に腰を下ろした。続いてルーフィンやラディも座る。

 この前と同じように、心地良い風が体をすり抜けていった。

 水が流れる音も、遠くのほうで聞こえる子供たちの楽しそうな笑い声も、空を飛び回る鳥の姿も…やっぱり、ゆっくり時間が流れてるように感じてしまう。それほど、穏やかな景色だった。

 このまま二人とも黙っていたら、きっとあの時と同じように眠ってしまうわね…。

 そう思った時だった。

「…今日も、うなされたのか…?」

 その言葉にドキッとして隣を見れば、ラディの視線は川に残されたままだった。

 あたしの方を見てないからこそ…なのか、何故か真剣な問いだと強く訴えているように見える。

 ウソをついた所で、今のラディには分かってしまう。いや、それ以上に信じないだろう。そうなれば、余計に心配させることになるため、あたしは正直に答えた。

「…うん、まぁね」

「そうか…」

「でも…約束した通り、ちゃんと戻ってるわよ、自分で」

「そうだな…」

 まるで、あたしが戻ってくるのを見てるような返事で驚いたが、よくよく考えてみれば、朝起きてベッドにあたしがいれば分かることよね…と納得した。

「ラ──」

 〝ラディ、本当にあたしは大丈夫だから──〟

 そう言おうと口を開けば、同時にラディがこちらを向いた為、言葉が途切れてしまった。代わりに、ラディが その間を埋めた。視線はあたしの左腕に注がれる。

「もう…すっかり治ったみてーだな?」

「え…あ、うん。イオータのお蔭ね…」

「傷跡は消えねーって…?」

 傷口は治ったが、真っ直ぐに引かれた傷跡はまだハッキリと残っていて、それを心配そうに見ていた。

「まぁ…少し残るみたいだけど…今よりは薄くなるんじゃない?」

「そうか…。──なぁ、ルフェラ…?」

「なに…?」

「あの日──」

 そう言いかけて、ラディは次の言葉を飲み込んだ。

 〝あの日〟 と言われ、あたしは即座に赤守球を取り戻した日の事だと思った。傷の話をしていれば、どう考えたって、あの日だろう…。故に、飲み込んだ言葉も容易に想像がつく。

 〝あの日、何があったんだ…?〟

 おそらくそれだろうと思うものの、聞かれても答える事はできない。だから、飲み込んだあとの言葉を、正直、あたしは聞き返すことができなかった。

 それを察したのか否か…ラディは 〝いや、なんでもねーや〟 と首を振った。

 しかし──

「いつかは…話してくれよ?」

「え…?」

「話せる時になったら…でもいいし、話さずにいられなくなってからでも…いいからよ…」

「ラ…ディ…」

 それが何のことを言っているのか、あたしにはよく分かっていた。

 イオータが言った、あの一言だ。

 〝とりあえず、今はそれで問題ないのか?〟

 あの一言で、問題がなければオレたちは聞かない…そういう決断に至ったのだ。

 聞きたくても、約束した以上、聞かないでいてくれてるのだろう。

 けれど、その 〝いつか〟 が、あたしには皆目検討がつかなかった。

 内容が内容だけに、もしかしたら、このままずっと話せないかもしれない…と思うからだ。例え、話さずにはいられない…そんな時期が、夜中にうなされている今だとしても、やっぱり言えない…。それが原因のひとつだとしても、だ。

 聞きたいけど、聞かない…。我慢してくれているラディたちには、本当に申し訳ないと思う。思うけど…だからって、あたしはどうすればいいのだろうか…?

 どう答えていいかわからず黙っていると、不意にラディが立ち上がる気配がした。どうしたのかと、知らず知らずのうちに俯いていた顔を上げれば、近くの葉をちぎって、再び腰掛けた。

 そして、その葉を口元に持っていったと思ったら、そこから綺麗な音色が流れ始めた。

 草…笛……。

 初めて聞くラディの草笛に、あたしは驚いていた。草笛を吹くラディを見るのは初めてだったし、なにより吹けるとは思ってなかったのだ。

 しかも、とても上手い…。高い音も低い音も、全て濁らず綺麗な音を奏でている。優しいメロディは、普段のラディからは想像もつかないほどで、あたしは無意識のうちに目を閉じ聞き入っていた。

挿絵(By みてみん)

 そして、同じメロディが二回繰り返され、最後を強調するようにゆっくり吹き終わると、あたしは静かに目を開けた。

「知らなかったわ、ラディが草笛吹くなんて…」

「…元気がない時にこれ聴かせると喜ぶガキがいてよ…ふと思い出したんだ」

「あたしもその 〝ガキ〟 と同じってわけ?」

 笑いながらそう言えば、

「結果同じなら、そうかもなー」

 ──と、同じように笑った。

「でも、上手いじゃない?」

「まぁな。オレも久々に吹いたぜ…。子供の頃はしょっちゅう吹かされてたんだぜ。せがまれてよ…しまいには、それ吹かないと寝なくなっちまった」

「子守唄代わり…ってわけね」

「あぁ」

「すごく綺麗な曲だけど、まさか、ラディが作った…ってことはないわよね?」

「その 〝まさか…〟 だったら、オレに惚れるか?」

「それこそ、〝まさか〟 だわ」

「ちぇー、なんでぃ!」

「…でも、少しは見直すわね」

「マジ!?」

 あたしは無言で頷いた。

「少し…じゃなくて、〝結構〟 見直さねぇ?」

「少し、よ」

 あたしはそう言って、指で 〝少し〟 を強調してみせた。

 頭の中にあるのは、〝それはないだろう〟 という思い。だからもし、本当にラディが作ったのなら、正直、〝結構〟 見直すことだろう…。

 〝どうなのよ?〟 と、今度は目で問いかけてみれば──

「まぁ…そんな才能ねーからなぁ──」

 そんな言葉が返ってきて、〝やっぱり…〟 と思うが早いか、驚くべき答えが続いた。

「すぐにはできなかったぜ。なんどかせがまれて吹いてるうちに、できたって感じだな、うん」

「え…ほ、ほんと…に…?」

「あぁ。どうだ、少しは見直したか?」

 あたしは、驚きのまま数回、頷いた。

 それに満足したのだろう。ラディは、それからも幾つか違う曲を吹いてくれた。

 いつもなら、バカの一つ覚えみたいに 〝大好き〟 だとか 〝惚れてる〟 を連発し、バカバカしい言い合いにまで発展してしまうものだ。なのに、何故こんなにも落ち着いて座っていられるのか。何故こんなにも、普通の会話が成立し、彼の草笛を穏やかな気持ちで聴いていられるのか…。

 これが、あたしの前では見せないようにしていた 〝真面目さ〟 だとしたら、隠さず見せてくれればいいのに。そうすれば、普段からちゃんと話もできるし、信用度も増すのよ、ラディ?

 そういうラディは嫌いじゃない。むしろ、好きなほうなんだからさ。

 意外な一面を知り、あたしは本当のラディに一歩近付いた気がして、なんだか嬉しかった。

 しばらくすると──疲れたのだろう──寝転がると、自然の心地良さに負け、眠ってしまった。もちろん、夜中に起きるあたしも、襲ってくる睡魔には勝てなかったのだが──


 そして数時間後──

 目が覚めると、隣にラディの姿はなかった。どこに行ったのかと体を起こし周りを見渡せば、少し離れた所で、こちらに背を向け座っているのを見つけた。

 そっと近付き声を掛ける。

「何やってんの?」

「おぅわっっ…ル、ルフェラ!?」

 ラディが驚いて飛びのくと、片手になにやら黄色いものが見えた。

「なに、それ?」

「え…? あ…いや、これは…」

 瞬時に隠そうとするが、隠せる場所でもない為、すぐに諦める。

「いや…お、起きる前に仕上げて驚かしてやろうかと思ってよ…」

 そう言って、差し出したのは黄色い花がいくつも束ねられたもの。途中ではあるが、それが編み掛けの花輪だという事は分かった。

「花輪…を?」

「あぁ。目ぇ覚めて、そこら辺 歩いてたら、この花見つけてよ…。そういや、あのガキと一緒に花輪作ったなぁ~って思い出したから、懐かしくなったんだ。ちょうどいいから、お前に作って驚かしてやろうって思ったのによ……起きんの早すぎだぜ…」

 いつもなら、最後の言葉に 〝そんなの知らないわよ〟 と言い返しそうなものだが、驚きの方が勝っているため、素直に謝ってしまう。

「ご、ごめん…。でも、十分驚いたわよ。草笛といい花輪といい…そんなに器用だとは知らなかったもの」

「惚れたか?」

「うん、見直した」

「くそ、まだかよ…」

 そんな言葉に、あたしはルーフィンと顔を見合わせ、小さく笑ってしまった。

「まぁ、いいや…。とりあえず、あと もう少しだから、ちょっと待ってろよ」

「うん…」

 素直にそう言うと、ラディは集めた黄色い花を手際よく編み込み、あっという間に花輪を完成させてしまった。そして、〝できた〟 と言うや否や、あたしの頭の上にチョコンと乗せてくれた。

 その時だった──

 即座に 〝ありがとう〟 と言おうとしたのだが、一瞬、何かの光景が脳裏を横切った気がした。いや、正確には目の前が急に明るくなり、そこに見えたものと、今の状況が重なった感じだ。

 な…に…今の…?

 何が起こったのか分からず、考えようとした矢先──

「……らねーのか?」

「え…?」

 不意にラディの声が聞こえ、ハッと我に返った。見れば、少々ふてくされたような顔でこちらを見ている。

「…気に入らねーのかよ?」

「あ…う、ううん…ちょっと嬉しくってさ…。ありがとね、ラディ」

 気のせいかも…と思い直し、慌ててお礼を言えば、すっかり機嫌は元通り。

「よしっ。んじゃ帰ろーぜ」

 ──と、満足げに帰り始めたのだった。


 ところが──

 その途中、あたしは胸が止まるほどの衝撃を受け、思わず立ち止まってしまった。

 持っていた花輪も落としそうになる。

 突然止まった為、ラディも不思議そうに振り返った。

「どうした、ルフェラ?」

「あ…ご、ごめん…ラディ…」

「なんだよ…気分でも悪いのか…?」

「ごめん…ちょっと用事を思い出したの…先にルーフィンと帰ってて…」

 あたしはそう言うが早いか、ある場所へ向かって走り出していた。


 うそ…でしょ…!?

 どうしてあの子が…!?

 いったいあの子に何が起こるっていうの…!?


 あたしは、そう 心の中で叫びながら走り続けた。

 信じられなかった…。

 一枚の絵だけを置いて、ノークの前から無言で立ち去ったあの男の子…。

 あの子の頭上に、〝まさか〟 と思うような黒い光が見えたなんて…!

 だけどあれは──

 思い出せば出すほど、シニアの頭上に見えた 〝死の光〟 と重なっていく…。

 ノークさんに知らせなきゃ…!

 彼なら救ってくれるはずだ、と、ただそれだけを願って、あたしは彼の元へと急いだのだった。

 そして──

「ノークさん! ノークさん…ッ!!」

 数時間前に出てきたばかりの玄関を またいだ瞬間、あたしは叫んでいた。

 その叫び声に驚き、みんながあたしの方を振り向いたが、あたしはノークの姿だけを探した為、正直、彼女たちの視線は気にならなかった。

「ノークさん…!」

 何度目かの叫び声に、部屋の奥からノークが現れ、あたしは更に声をあげた。

「ノークさん…助けて…!」

「ルフェラさん…いったいどうしたのですか…」

「助けて…助けてあげて…! あの子…死んじゃうわ…!」

「どういう事ですか!? あの子って──」

「死んじゃうのよ……!」

「ルフェラさん、落ち着いて…!」

「お願い…ノークさん…あの子 死んじゃうのよ……ううん…もしかしたら誰かに殺されるかも──」

「ルフェラさん──!!」

 最後の言葉がそうさせたのか、あたしの腕を掴んでいたノークの力と声が増した為、あたしはハッと我に返った。ようやく視界に入った他の人たちの視線。驚きと共に、気味の悪い者を見るあの目…。あたしが恐れてたあの目だった…。

「…あ…ぁ…」

「ルフェラさん…」

「あ…ご、ごめんなさ……あたし…」

 そ…うよ…あたし何やってるの…?

 あの光はあたしにしか見えないのよ?

 それを話した所で、誰も信じやしないじゃない……。

「大丈夫ですか…? もしよければ少し休んで──」

 その言葉に、あたしは俯いたまま首を横に振った。

「ご、ごめんなさい…大丈夫です…」

「本当に…?」

「はい…」

「そうですか…」

「すみません…騒いじゃって……じゃぁ、失礼します」

「あ…ルフェラさん待ってください…あの子って いったい──」

 頭を下げるや否や、あたしはノークの質問を背中で振り切り、外に飛び出していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ