表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神伝説  作者: Sugary
第四章
44/127

BS4 共人の力

 窓の外が白々しく明け始めた頃、ようやく、トゥナスは一息つくことができた。

 新しい氷に変えても、熱のせいですぐに溶けてしまうため、かなり忙しく動いていたのだ。

 昨日の夜から、少しずつ下がり始めたラディの熱も、ここ数時間で一気に下がり、今や平熱を取り戻している。

 解けた氷の袋を片付けたトゥナスは、再びラディの額に手を当て、熱がないことを再確認してから、椅子に腰掛けた。

 向かいの椅子には、腰掛けたままベッドに顔を埋めるようにして眠っているルフェラがいる。その手は、今も、しっかりとラディの手を握っていた。

(とりあえず、一つ目のヤマは越えたわよ。──よかったわね、ルフェラさん)

 まだ、肝心の意識がどうなるか分からないが、一晩中 ルフェラの姿を見ていたトゥナスにすれば、熱が下がっただけでも、そう 言ってあげたくなるのだった。



 一方、もうひとつの部屋では、ルフェラ以外の三人が夢も見ずに眠っていた。

 開けられた窓からは、朝の心地よい風が流れ込み、眠りを誘う甘い香りは、もう 残っていなかった。

 カーテンが風で揺れるたび、そこから漏れる光が、ミュエリの顔の上でチラチラと踊っている。そのせいで──誰よりも長く眠っていたというのもあるのだろうが──奥深く沈んでいたミュエリの意識が、泡のように浮上してきた。

(…う、ん……朝…?)

 瞼の上で光が踊るのを見ながら、ミュエリは、いつもと違う目覚めの感覚を感じた。

 無理に起きるのではなく、極自然に目覚める…それは、どれくらい振りだろうか…。しかも、こんなに朝早く。

 珍しく、ぐっすり眠れたと、大満足のミュエリだったが、そのお蔭と言うべきか、すぐに、ラディのことを思い出し、飛び起きた。

 隣と足元のベッドでは、イオータとネオスが眠っていた。ネオスの隣のベッドは、既にカラ。

(ル…フェラ…?)

 ルフェラはいないものの、ネオス達が眠っているという事は、最悪の事態にはなっていないという事だろう。

 そう、推測を立てたミュエリは、ラディの様子を伺おうと、ベッドを降り、引き戸に手かけた。しかし、当然のことながら、場所が分からないことに気付き、少々気は引けたが、ネオスを起こすことにした。

「ネ、ネオス…」

 軽く肩を揺らすと、ネオスは 〝…う、ん…?〟 と一言漏らし、目を開けた。

「ご、ごめんね…ラディのことが気になって…ちょっと様子を見てこようと思ったんだけど、場所が分からなくて…」

「あ、ああ…そうか…」

 昨日、ラディのところに行ったのは、ミュエリが気を失った後だった…と思い出し、ネオスは案内するべく起き上がった。──と、同時に、隣のベッドが空っぽなのに気付く。

「…ルフェラは…?」

「さ…ぁ。私が起きた時には、もう いなかったから──」

「ひょっとして、ラディのところに…?」

「あ…た、多分、そうじゃないかしら……」

 そう答えながらも、ミュエリの頭にはもうひとつの可能性が浮かんだ。

(もしくは、ルーフィンの所か……)

 毎夜、ルフェラがうなされるようになると、その都度、ミュエリが起こすようになっていた。もちろん、ルフェラに頼まれたから…というのもあるが、うなされる夢が何なのか喋ろうとしないものの、その原因が自分にあるだろうという事は、ミュエリも薄々感じていたからだ。

 それからしばらくすると、うなされる声が聞こえなくなった。その時は、単に、〝悪夢を見ないようになったのね〟 と、安心したのだが、ある時、ふと夜中に目を覚ますと、隣に寝ていたはずのルフェラがいなかった時があった。最初はトイレかと思ったが、何度も同じことが続くと、さすがに不審に思えてくる。しかも、朝になればちゃんと布団で寝ているのだ。

 一体、こんな夜中にどこに行ってるのかしら…と、捜しに行こうとした時、たまたま、ルフェラを抱きかかえて戻ってきたラディと鉢合わせした。

 驚いて、どうしたのか尋ねてみれば、最近は、うなされる前にルーフィンのところに行ってるらしい、と返ってくる。ネオスがうなされると、どういうわけか、必ずルフェラもうなされる。そこにどういう繋がりがあるかは分からないが、ラディはずっと気になって、ネオスがうなされるのに気付くと、すぐにルフェラのところに来ていたのだ。それが、ここ数日、布団にいなくて、捜した結果、まず間違いなくルーフィンの所で寝ているということだった。

 自分が起こしていた時も、ラディがすぐそこに来ていたという事にも驚いたのだが、もっと驚いたのは、そのあとのラディの言葉だった。

 〝──ったく、何でもかんでも一人で背負い込みやがって……なんで話してくれねーんだよ? ムリヤリ問いただしても、話してくれねーだろーし…。オレにできることっていったら、コレぐらいしかねーんだ……〟

 それは、殆ど独り言だった。

 いつになく…いや、ミュエリにとって、そんな真面目な、そして切ないほどのラディを見たのは初めてのことだった。ルフェラに対する想いが本物だという事も、この時に痛感した。

 故に、〝いいか、この事は、絶対 喋んなよ。〟 と口止めされれば、ネオスならともかく、ラディの頼みでさえ、誰にも言うことができなかったのだ。その結果、睡眠不足と食欲不振が積み重なったラディは、日差しの病に倒れてしまった。実をいうと、自分に責任があると思っているのは、ルフェラだけではなく、ミュエリも同じだったのだ。

「ラディは…大丈夫よね?」

 今まで寝ていたネオスに問いても、分かるはずないのだが、ミュエリは心配になって思わずそう聞いていた。しかし、肝心のネオスからは何も返ってこない。

(一体、いつの間に…? あの夢のせいで、ここ何日と、まともに眠れていないのはルフェラも同じだ。夢を見てる本人の方が、僕より眠れていないと言ってもいいだろう。

 ラピスさんが持ってきてくれた、あのお茶で、僕も久々に眠れた…なのに、ルフェラは途中で起きたのか…?)

 そこまで考えて、ハタッと気付く。

(そういえば、今日は共夢を見ていない…。いつもなら、一度は夜中に目が覚める。それがなかったということは……ルフェラは、夜中からずっと起きてる…?)

 待つしかないこの時に、少しでも休ませてあげたかったのに…とルフェラが起きたことに気付かず、眠っていた自分を責めたくなるネオスだった。

「ネ…オス…?」

 自分の質問を聞くどころか、心ここにあらずといった表情に、ミュエリが軽く腕を揺らせば、やっと、ネオスが我に返る。

「え…あ、あぁ…ごめん。えっと…なんだったかな…?」

「…う、ううん、なんでも…ない……」

「そう…?」

「うん…。──ラディの所に行きましょ?」

「あ、ああ…そうだね」

 それぞれが、それぞれの心配をしていることなど知るはずもなく…二人は、部屋を出てローカを歩き始めた。

 すると、ある部屋だけ、忙しそうに人が出入りしていた。真新しい白い服や、柔らかなシーツ、それから、お湯やタオルなどを運んでいた。部屋に入る者も出る者も、無口で静かな表情だが、泣いた後なのか、目が赤い。戸が開くたびに、香ってくるのは御香だろうか…。

 その雰囲気は、二人にもよく分かることだった。

「ねぇ…ひょっとしてここの人…」

「あぁ、亡くなったんだろうね…」

「や…だ…なんか不吉──」

 思ったことを口にするミュエリ。もちろん、悪気があってのことではないが、ネオスはその言葉に、少々怒りを感じた。

「ミュエリ…そんな言い方はよくないよ」

「え…?」

「ラディのことがあるから、そう思ってしまうのは分かるけど、口にすることじゃない」

「……………」

「今日 亡くなった人が、ミュエリのおばあさんだとしても、そう言うのかい?」

「そんなこと…」

 ミュエリは、言葉の代わりに首を振った。

「──だろう? 生きることがいい事で、死ぬことが悪いことだと思われがちだけどね…少なくとも僕は、そうは思っていないんだ」

「……ご、ごめんなさい…」

 ネオスにしては、珍しく怒りが伝わる口調で、ミュエリは、シュンと肩を落とした。

 ラディの部屋の前まで来ると、ネオスは軽く戸を叩いた。すぐに返事が聞かれたため、引き戸を開ければ、場所的に、最初に目に飛び込んできたのはベッドに顔を埋めているルフェラだった。

「ルフェラ…」

 もうひとつの可能性が外れ、ミュエリは 〝よかった…〟 と、胸を撫で下ろした。

「熱は下がったわ」

 トゥナスはそう言って、二人に近付いていった。

「ほんとですか…?」

「ええ。明け方になって一気にね。あとは、意識が戻るかどうか…ってところよ」

「そう、ですか…」

 ネオスがそう答えると、三人は極自然に、ラディへと視線を移した。そして、ネオスの視線はすぐにルフェラに戻る。

「あ、あの…ルフェラはいつから…?」

「……昨日の夜中よ。朝まで起きないだろう…って聞かされてたから、現れた時は驚いたけどね。─お茶、飲んだんでしょう?」

「あ…はい。ルフェラが眠ったのを確認してから、僕もお茶を飲んだんですけど…」

「そう…。じゃぁ、よっぽど、心に何かあったのかしらね…?」

 ラディが心配なら、寝ていられないのは当然だろうが、その質問には、もっと別の何かを含んでいるような気がして、ネオスは再びルフェラに視線を移すと、ややあって、

「……そうかも、知れませんね……」

 ──とだけ、答えた。

 その直後──

「おい、おい…。オレも起こしていけよ…?」

 振り返ると、目覚めのスッキリしたイオータが入り口に立っていた。

「あなたも、よく眠れたみたいね?」

「あぁ、お蔭さんでね。──で、ラディは?」

「熱は下がったって…」

 答えたのはネオスだった。

「そうか…。とりあえず、第一関門突破ってところか。ルフェラには教えたのか?」

「え…?」

 意外な質問だったが、イオータの目の前には、ネオスとトゥナスがいて、更には、ラディと自分達の間に、ミュエリが立っている。──つまりは、見えないだけのようだ。

 それに気付き、ネオスが体をずらすと、〝あぁ…〟 と、イオータが納得する。そして、ミュエリがそのあとに続いた。

「ここで、眠ってるわよ。昨日の夜からずっと……手まで握っちゃってさ。ほら、見て…」

 そう言われ、ミュエリがそっと持ち上げた二人の手を見たイオータは、瞬時に顔を強張らせた。しかし、それは ほんの一瞬。彼と同様、握られた手を見ていたネオスたちは、そのことに気付かなかった。

 無言でルフェラに近付き、何気に体に触れてみる。

(………ほとんど、カラじゃねーか……!)

 予想以上の状態に、少々焦るイオータ。

「おい…ルフェラ…?」

 起こそうと体を揺するが、全く反応なしだった。

「おい──!?」

「数時間前までずっと起きてたのよ。そのまま そっとしておいたほうがいいんじゃないかしら…?」

 起こそうとするイオータの手を止めたのはトゥナス。しかし、彼は半分 否定した。

「……いや、寝るなら、ベッドの方がよく眠れるだろ」

 問題がなければ、トゥナスの意見にも賛成だが、今はそういう状況じゃなかったのだ。

 イオータは有無を言わせず、握られた手を解くと、軽々とルフェラを抱きかかえた。その行動に驚いたのは、もちろん、みんなだ。けれど、そんな事など全く気にも留めず、イオータは二人に指示を与えた。

「ネオス、お前もちょっと手伝ってくれ。それから、ミュエリはラディの傍についていてやってくれないか? 目ぇ覚ました時、誰かいてやったほうがいいからな…」

「あ…う、うん…」

 納得したようなそうでないような…とにかく、そう返すしかない雰囲気に、ミュエリがそう答えると、イオータは足早に部屋を出て行った。

 そんな態度を不思議に思うのは、彼のあとを慌ててついていったネオスも同じだった。

 とりあえず、ルフェラを寝かせてからだ…と思い、部屋までは無言でいた。そして、ベッドに横にさせたとき、ネオスよりもイオータのほうが先に口を開いた。

「あんまり時間がねーから、聞いたことに答えろ?」

「え…?」

「ルフェラに触れて、何か感じることは?」

 そう言うや否や、グイッと手を引っ張られ、イオータはネオスの手をルフェラの肩に触れさせた。

「どうだ?」

 一体、何が言いたいのか分からず、その理由を聞きたかったのだが、〝あまり時間がない〟 という言葉が引っかかり、ネオスは感じたまま、首を横に振った。

「…そうか。じゃぁ、オレの手を見てみろ。何か見えるか?」

 左の手の平をネオスの目の前に出すイオータ。しかし、手以外は何も見えない。

「いや…」

 その答えに、イオータは小さな溜め息を付いた。

「──いいか、しばらく黙って見てろよ」

 そう言うと、イオータはルフェラの胸より少し上の部分に左手をかざした。そして、右手はルフェラの手に触れる。

 一体なにをしようというのだろうか…。

 ワケが分からず、不安になるネオスだったが、しばらくすると、驚く状況を目の当たりにする。

「イ…イオータ…? 一体、何を──!?」

 さっきまで、〝手〟 以外何も見えなかったその左手から、微かな光が見えたのだ。しかも、その途端、光の粒子がまるで雲のように広がりだした。しかし、それは瞬く間に消えていく。──いや、吸い込まれていった。

 どこに…?

 ルフェラの体の中に、だ──

 〝どういう事だ?〟 と聞きたくても、目を閉じ集中しているイオータからは、一切の質問を拒否するような雰囲気が漂ってくる。

 もし、この光がルフェラに危害を与えるものであれば、是が非でも彼の手を払いのけるところだ。しかし、光を見た途端に蘇った、十年ほど前の記憶からすれば、おそらく、その時のものとは違うだろう、と判断できた。

 十年ほど前、初めて手から溢れる光を見たのは、ルフェラ自身の手からだった。ほんのりと赤い光が右手から溢れてくる。今のイオータのような溢れかたではなく、余韻を残すような溢れ方だ。ルフェラはその光を怯えるように見つめ、ギュッと握ると、近くにあった布でその拳を縛ってくれと懇願した。もう二度と、この手を開かないように…と。

 イオータの手から出る光は、その時のような赤色ではなく、青白いものだった。色が違うという事はもちろん、右手でないこと、そして、その光を出している相手がイオータだという事に、ネオスは少なからず、安心して見ていることができたのだが……。

 瞬きも忘れるくらい目の前の光景を凝視して、どれくらい経っただろうか。

 ルフェラの体に吸い込まれていく速さが、僅かに遅くなると、イオータの手から溢れる光が止まった。

「……とりあえず、こんなもんだろ…」

 そう呟いたイオータは、近くにあった椅子に崩れるように腰を下ろした。見た目にも、かなり疲れているのが分かる。

「…イ、オータ……?」

「………ああ、大丈夫だ」

「……いったい、今の…光は…?」

 殆ど独り言のように呟いたネオスの質問に、イオータは少々驚きの顔を向けた。

「見え…たのか…?」

「え…あ、ああ……青白い光がルフェラの体の中に──」

「そ、うか…」

(オレの左手を見せた時には 〝見えない〟 って言ってたけど……強さの問題だったか…)

「イオータ…?」

「ああ…わりぃ…。あれは五弦煌(ごげんこう)のひとつだ」

(五弦煌…?)

 その言葉の響きが、ふと、ネオスの記憶を刺激した。確かではないが、なんとなく聞き覚えのある響きだったのだ。

「──聞いた事は…?」

「あ、あ…なんとなく言葉だけは……」

 その返答に、イオータは小さく頷いた。

「五弦煌…正式には 〝神格五弦煌(しんかくごげんこう)〟 と言って、言葉どおり、五つの力を持つ事が、神の証になるものだ」

「五つの力……」

「五つとは、〝天の煌〟 〝地の煌〟 〝暁の煌〟 〝宵の煌〟 そして、〝魂の煌〟 だ。さっきの力はその中のひとつ、〝宵の煌〟 になる」

「宵の…って──」

 その後に続くネオスの疑問を、イオータはすぐに理解していた。

「 〝なんで、神の証となる五弦煌を、共人が使えるのか?〟 だろ?」

 ネオスは大きく頷いた。

「主が手に入れる力は、五弦煌に限った事じゃない。普通の人間ができない事ができる力は、小さくても様々なものがある。その力を、共人が同じように手に入れることができるのはのは知ってるな?」

「ああ…」

「その理由は…?」

「主君を守る為…」

「そうだ。──五弦煌も手に入れる事のできる力のひとつだが、それは一部だけだ。五つの力は神にしか持てないものだが、それ以上に、共人には必要のないものだからな」

(必要の…ない…?)

 ネオスの理解できぬ表情に、イオータは更に続けた。

「共人が同じように手に入れられる力は、地の煌と宵の煌、そして、事態に応じて神から借りることのできる天の煌の三つ。地の煌は大地の力で──光の色は緑──命の源となるものだ。五弦煌は、その者の体力というか、命の気を奪っていくからな…神が五弦煌を使い過ぎたり、何らかの原因で、命の気が少なくなった時、大地の力を貰うんだ。共人だって、そう簡単に死ぬわけにもいかないだろ?」

 イオータは、そう言って小さく笑った。

「──宵の煌は青白い光で、何かを鎮めたり、守ったり、治療したりする力だ。これは、様々な使い方がある。命の気を吹き込む事も、この力によるものだ」

「じゃぁ…さっきの光景は、命の気をルフェラに…?」

「ああ。ラディの手を握っているルフェラの手を見せられた時、青白い光が微かに漏れているのが見えた。おそらく、ルフェラ自身も気付いてないだろうが、ラディの手を握っている間中、僅かに目覚めた宵の煌が使われたんだろう。体に触れたとき、命の気は殆どカラだったからな。眠っていると勘違いして、あのまま放っておいたら、今度はルフェラの命が奪われていた」

「……………!」

(まさか…そんな状態だったとは……イオータがいなかったら、僕はルフェラを死なせていたのか……!?)

 命の危機だった事を知り、ネオスはゾッとなった。

「……安心しろよ。もう、ルフェラは大丈夫だし、万が一、ルフェラの命が奪われても、その時は、お前の命がルフェラに使われるんだ。すぐには死なねーんだからよ」

 一見、嫌味や冗談とも思える言葉だが、それは、イオータなりの励ましだった。

 主君の命を守る事が共人の使命だが、それは、共人にとって苦ではない。自分の命と引き換えに主君が生きるなら、本望だとさえ考えているのだ。

 イオータ自身、そう思っているからこそ、〝すぐには死なない〟 という言葉が、少なからず、ネオスの気持ちを楽にさせた。

 それが、いつもの冷静さを取り戻させる。

「──他の…力は?」

 パーゴラのばば様から教えられた事以上に、知らない事が まだまだ沢山あるのだと、ネオスはこの時 痛感した。主君を──ルフェラを──守る為にも、知らない事はなくしたいものだ。故に、ネオスは質問したのだった。

 その意図を、イオータも理解する。

「借りる事のできる天の煌は、神が司るものによってそれぞれ違う。他の力同様、光の色は共通しているがな。──ルフェラの天の煌は、月と狩猟…だろ?」

「どうしてそれを…?」

「村の話を聞いた時、ルフェラは 〝何故か昔から狩の獲物には不自由しなかった〟 と言った。その時、もしや…と思ってな。黒風に襲われた時、咄嗟にルフェラの天の煌を借りたんだ。まぁ、半分はオレの主が残してくれた、あの布の力もあるけどな」

「……それって……」

「共夢を見たお前なら、もう分かるだろ? 月の光が増した理由も、目覚めた時期や光の色も──」

「…銀…色の…?」

「ああ、そうだ。月の光は外的なものに関して、攻守の力を併せ持っている。邪悪なものを弾き飛ばしたり浄化したりするのは、闇を照らす聖なる光だからだ。だからこそ、黒風に効いた。ただ、天の煌は神が司る力ゆえ、本質が現れる。自分の知らない自分が現れたら、誰だって戸惑うさ。立場さえ知っていれば、オレら共人にでも相談するんだろうが、今のルフェラじゃ、お前にさえ話さない。だから、よけい苦しんでるはずだ」

 そこまで言って、チラリとネオスを見やれば、彼は無言のまま両手をギュッと握り締めていた。

 ルフェラを救う為に、まずは自分が抱え込んだものを吐き出せ……と、暗に、その意味を込めたが、今はまだ硬く口を閉ざしている。

(お前が抱え込む過去を、少しでも話してくれりゃぁな…。同じ共人として、辛いぜ…)

 そうは思っても、口には出せず…イオータは静かに溜め息を付くと、再び五弦煌の説明を始めた。

「暁の煌は、赤の光で、宵の煌とは全く逆の力だ。攻撃や破壊が主となる」

「…攻撃や…破壊……」

 その言葉を呟き、ネオスの脳裏に十年ほど前の記憶が再び蘇った。

(そう…だ…。ルフェラが怯えるような目でその光を見た時、確か ばば様が言った。 〝五弦煌のひとつ…暁か…〟 と。ルフェラの怯えようが尋常じゃなくて、僕はその言葉を繰り返す事さえ出来なかった。ばば様もいつかは話す気でいたはずだろう。だけど、ルフェラの記憶と共に、全ての力が閉ざされたから、話す機会を失ったんだ……)

 聞き覚えのある言葉が、あの時のものだと分かり、改めてルフェラの苦しみを感じると共に、どうしてあの時、ちゃんと聞いておかなかったのだろうと、悔やんでいた。

(そうすれば、もっと気を付けていることができたはずだ……)

「宵の煌は左手から──」

 ネオスの表情が変わった事を知りながらも、イオータは更に続けていた。

「暁の煌は右手から出てくる。二つは相反する力を持つが、同じ結果を生むことがある」

「同じ…?」

 イオータは頷いた。

「攻撃や破壊で 〝死〟 に向かわせながら、一方では、体の中にある病巣を攻撃する事によって、〝生〟 へと向かわせる事ができる。宵の煌は、荒ぶるものを鎮め、命の気を送ることで 〝生〟 に向かわせながらも、やはり 一方では、心の臓を止めることもできるんだ。──つまり、それぞれの力には、生と死が隣り合わせに存在してるってことだな」

「……………」

「──それから、最後の魂の煌は……正直、オレもよく分かんねーんだ」

「…………?」

「ただ、金色の光で…ヤバイとしか聞いてねーからよ」

「ヤバイ…?」

「ああ。魂の煌を使えば、誰も主を止められないし、触れる事もできねーらしい」

「触れる事も…? それは一体──」

「さぁな…。マジ、聞いたのはそれだけなんだ。知りたいような知りたくないような……なんとも複雑な気持ちだぜ…」

 〝全く、参るよな…〟 と漏らしそうなほどの溜め息を付くと、イオータは椅子の背もたれに体重をかけ、静かに眠るルフェラの顔を見ていた。そしてまた、不意に口を開く。

「五弦煌は、単独で使う事もできるが、その多くは合わせて使うものだ。五つの力が、言葉どおり、弦のように繋がってな……それが、五弦煌の完成──つまり、神の完成ってことになる」

「……………」

「──さぁてと、あいつも もうすぐ目覚めるだろうし…オレは戻るぜ。ルフェラの事は、共人のお前に任せるけど、大丈夫だよな?」

「……あ、ああ…」

 その返事を聞いてから、〝よしっ〟 とばかりに椅子から立ち上がったイオータだったが、引き戸に手をかけた途端、ふと、何かを思い出したのか、ネオスの方を振り返った。

「色──」

「え…?」

「手から溢れる力の色…これから気をつけて見てろよ? 特に、弱ってる奴の体にむやみに触れると、コントロールできてない分、知らないうちに命の気が使われる可能性があるからな」

「…………ああ」

「まぁ、弱い力の光じゃ、今は見えないだろうが……なぁに、心配する事はねぇさ。どうせすぐに見えてくるんだし…それまでは、オレも気を付けておくしよ」

 〝任せとけ〟 と、自分の胸を叩き、部屋を出て行こうとした。そんな彼を、今度はネオスが止めた。

「イオータ…」

「あぁ…?」

「ありがとう…助かったよ」

「気にすんなって。オレらは同士だろ?」

 そう言って、イオータは部屋を出て行った。

 どれくらい 命の気を使ったかは分からないが、かなり疲れいてるのは間違いない。けれど、〝同士だろ?〟 と、ニッと笑ったイオータの顔は、そんな疲れを微塵も感じさせなかった。

 戸が閉められ、静かな部屋に残ったネオスは、さっきまでイオータが座っていた椅子に腰掛けた。

 そっと、ルフェラの手や頬に触れてみるが、イオータが感じたという 〝カラ〟 の感覚は、やはり、分からなかった。命の気が入ったとは言っても、満たされてはいないはずなのに、眠るルフェラの顔からも、〝カラ〟 の時と、今との違いが分からないのだ。

(あ…あ…ルフェラ……僕は本当に君の共人として相応しいのだろうか…?)

 救いたい気持ちが誰よりも強いはずなのに、共人と名乗れない自分の弱さや、共人としての知識不足から、ルフェラを危険な目に合わせているという責任が、ネオスの苦悩を一層、強めていった。

 ただひとつ、この旅にイオータが加わった事を、ネオスは感謝していたのだが…。

 布団に両肘を付き、祈るような姿勢でジッとしていたネオスの目から、ルフェラに対する様々な感情の涙が、ひとしずく流れ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ