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女神伝説  作者: Sugary
第四章
43/127

BS3 ラディの夢意識

(うぅわっ、あっちぃ…!!)

 ふと気付いた感覚に目を開けたラディだったが、次の瞬間、見たこともない景色に絶句した。

(────!!?)

 思わず目をこする。しかし、自分の目に映るものは何一つ変わらなかった。

 さっきまで何処にいたのか記憶がない上に、突然知らない世界に放り出された気分だ。

 自分の目を疑うどころか、暑さで頭がイカれたか…と思ってしまうのは、ラディに限ったことではないだろう。なにせ、目に映るのは普通ではあり得ない光景だからだ。

 わけの分からぬまま空を見上げれば、そこにあるのは太陽のみ。雲ひとつない空は夕焼けのように赤く、夕暮れだと思えば何も不思議はない。しかし問題は、その太陽の位置だった。

 西ではなく、真上にあったのだ。つまり、今は昼間のはずで、雲がなければ、青空が広がるのが当然なのだ。しかも、下に視線を移せば、見渡す限り薄茶色の砂。

(こ…れは、砂漠…!?)

 ──そう。本で読んだ、空想の世界にしかないと思っていた砂漠が、目の前に広がっていたのだ。

 頭上からは太陽が…そして下からは、その熱を受けた砂が、容赦なくラディを焼き付けてくる。風がないことも、その暑さに拍車を掛けているのだろう。

「──ンなんだよ、ここは……いったい、どーなってんだよ!?」

 暑さに対するイライラと、状況が飲み込めない焦りからか、吐き出した言葉は独り言というより、誰かに問いかけていた。

 〝誰でもいい、知ってるヤツがいたら教えろ!〟

 ──そんな気持ちだ。

 しかし、その声が誰かに届くことはなかった。なぜなら、届く相手がいないというのはもちろん、いたところで、この砂が全ての音を吸い込んでしまったからだ。

 何か、物がひとつでもあれば音は跳ね返ってくる。

 響くことなく吸い込まれるように消えていく現象は、ラディにとって初めての経験であり、不気味にさえ感じていた。

(……マ…ジ、どーなってんだ? 何でこんなとこにいんだよ…?)

 ここに来る前はどこにいたのか…それを思い出そうと記憶を引っ張り出す。──と、不意に、結論が浮かび上がった。

 もしこれが現実ならば、〝現実逃避〟 と言われてしまうだろうが、つじつまが合う以上、それしか考えられない…。

(なん…だ、そーゆーことか…。夢ならあり得るよな…)

 夢だとしたらいつ眠ったのか、そんな疑問さえラディには浮かばない。

 とりあえず、何でもありの夢ならば、ある意味、どんな情況も飲み込めてしまうからだ。故に、今のラディには、さっきまで感じたイライラはおろか、音が吸い込まれていく現象さえ、不気味とは思わなくなっていた。代わりに、湧き上がってきたのは、〝砂漠〟 という初物に対する好奇心。

 気付けば、方向すら関係なく歩き始めていた。踏み出した足に体重をかければ、踵から順に沈んでいく。そして、地を蹴ろうとすると、その瞬間、つま先の下の砂が逃げるように散ってしまった。

(──なんっか、砂だけっつーのも歩きにくいもんだな…)

 初めて歩く砂漠の砂は、思った以上に細かく、そして柔らかい。

(人間…やっぱ、土が一番か…)

 ──などと、夢の中で再認識するラディ。

 しばらく歩くと、あっという間に汗が吹き出し、全身 びしょ濡れになってしまった。歩きにくさも手伝ってか、疲れが出るのも早い。

(やっべぇな…。水はねーし…どっか日陰探して休まねーと、オレ、干からびちまうぞ…?)

 そんな心配をしたのも束の間、思わず、フッと笑ってしまった。

(夢で死ぬってことはねーか…)

 夢のわりに疲れはリアルで、膝に手を当て体を支えていたラディだったが、〝気の持ちようだ〟 と自分に言い聞かすと、俯いていた顔を上げた。

 その時だった。

(ん──?)

 視界の先に、なにやら白い影があったのだ。形からすると、それは人…。しかも、その少し向こうは、淡い光に満たされている。

 さっきまで、見渡す限り砂だったのに、光に包まれた場所に砂は見えない。どこから人がやってきたかさえ理解できず、驚くラディだが…すぐに、思い直す。

(さすが、夢だ…)

 ──と。

 興味が湧いて近付いていくと、影の主は老人だった。

 長めの白い髪と、口元を隠す白い髭。薄く柔らかい服まで白色なのだが、夕暮れのような空が、それら全部を赤く染めていた。

 ラディが話しかけようとした時、わずかに口髭が動き、かすれた声が聞こえてきた。

「おや…すごい汗ですね?」

「あ…? あぁ……ってか、ジイさんは えらく涼しい顔してんな?」

「ええ、暑くありませんから…」

「…………」

(からかってんのか…? ここは砂漠だぞ? いくら温度に鈍感なヤツでも、これで暑くないってーのは、ねぇだろ?)

 そんな感情が、あからさまに顔に出たのか、老人は 〝ほら〟 というように、顔を近づけた。

 見れば、本人の言う事は確かなようで、滲む汗すら浮かんでいない。

「──それにしても、その感覚があるという事は、あなたじゃないようですね?」

「は…?」

「いえね…人を待っているものですから…」

「人…って? まだ他に誰か来んのか?」

「ええ。私は、この先の道を知りませんから…迎えに来てくれる予定なんですよ。いわば、案内人…ですね。でも、少々 遅れているようです…」

「へ、ぇ…。この先かぁ…」

 ──と、老人が指差した先を見れば、そこは光に包まれた場所。ラディに更なる好奇心が湧いてくる。

「なぁ、ジイさん。その案内人が来たら、オレも一緒に連れてってくれねーか?」

 〝なんら問題はないだろ〟 と安易に頼んだラディ。しかし、返ってきたのは──

「それは…ムリでしょうなぁ」

 ──の、一言だった。当たり前だが、当然の疑問が湧く。

「な…んで? オレ、別に迷惑かけるようなことは──」

「いえいえ、そういう事ではなくてですね…。ムリだというのは…迎える者と迎えられる者の関係が、一対一と決められているからなんですよ。つまり、私には私の…あなたにはあなたの案内人がいるという事です」

「オレには、オレ…の?」

「ええ。それは、命あるもの全てに共通することですが、迎えに来る時期というのは、それぞれ違うものなんです」

(時期…ねぇ…)

「──どうやら、あなたを迎えに来るのは、もっとあとのようですなぁ」

「なんで、そんなことが分かるんだ?」

「分かるものですよ、その時が来たら誰にでもね。それに…何より、その感覚が私と違いますから」

「感覚…?」

 そう繰り返し、老人との違いを考える。

「──それって、暑い・暑くないってゆー感覚のことか…?」

 老人は無言で頷いた。

 なぜそれが、迎えに来る・来ないという事に関係するのか分からないが、この砂漠で暑くないという老人の方がおかしいのは確かだ。

 それを言おうと口を開けかけたラディ。ところが、老人の視線が自分のすぐ後ろに向けられているのに気付いた。

「ようやく、来ていただけましたなぁ…」

 それは、明らかにラディではない誰かに話しかけたものだった。

 瞬時に、案内人だと理解し後ろを振り返ったラディ。しかし、そこにいた人物を目にした瞬間、今までにない衝撃が心臓を襲った。

(タフィー!? な、なんでここに──!?)

 そこにいたのは、見覚えのある懐かしい女の子。

 突然のことで驚いたのはもちろんだが、逢えるはずのない者に逢えた喜びは大きい。けれど、それ以上に、怖さがあった。あの時の自分を憎んではいないか…そんな怖さだ。

 複雑な心境で声も出せないでいると、目の前の案内人──タフィー──は、意外にも冷静な顔。

(タフィー? ──あぁ、そうか…オレがこんなになってるから分かんねーんだな…。そりゃそうだ…。あの時、オレ…十二歳だったもんな…)

 月日の流れを感じ、やりきれない思いが湧いてくる。

 そんなラディとは対照的に、穏やかな口調で喋り始めるのは、老人だった。しかも、話す相手は案内人、タフィー。

「おや…何か悲しいことでも…?」

(かな…しい…?)

 その言葉で改めてタフィーを見れば、わずかに目が赤い。老人の髪と同じく、空の色に染まって そう見えるだけかとも思ったが、涙の跡が頬にあれば、それは間違いなく泣いていた証拠だと分かる。

「どう…したんだ、タフィー…?」

 何かあるなら聞いてあげたい…そんな思いで問いかけたが、タフィーはラディを見つめるだけで、一言も喋ろうとしない。その行為に、ラディの胸が痛んだ。

「タ、タフ──」

「あぁ…ムリですよ」

「あ…?」

 再度、尋ねようとしたラディを制したのは、老人。

「ムリ…って…何が…?」

「案内人は、案内すべき者以外と関わることはもちろん、話すことも許されていないのです」

「は…ぁ!?」

「どうやら、あなた方は知り合いのようですが……?」

「あ…ああ、まぁ──」

 タフィーとの関係を言おうとした矢先、老人は何やら呟いた。

「な、なんだ…?」

 聞こえなかった、と聞き返すものの、老人はタフィーのほうを見たまま数回頷くだけ。それから暫くすると、老人の視線はラディに移った。

「なるほど、そういうことでしたか…」

「はぁ…?」

「あなたの妹さんなんですね…?」

「な、なんでそれを…!?」

「今、聞きました」

「誰に…!?」

「タフィーさん、本人に」

「…………!?」

 その答えに、ラディは開いた口が塞がらなかった。

 それもそのはず、タフィーはここに現れてから、一度も喋っていなかったからだ。

 その疑問が老人にも分かったのだろう。

「彼女の声は、私の心の中に届くのです。でも、私を通して お二人が話をされることは許されません。でも、いつか必ず逢える時がきますから…」

 そこまで言うと、タフィーの心の声を聞いたのか、再び彼女を見やった。そして──

「──もう、私は行かなければならないようです。あなたも、そろそろ出発した方がいいでしょう」

「え…?」

「それでは──」

「あ…ちょ、ちょっと──」

 まだ、聞きたいことが山ほどあったが、老人は軽く会釈をすると、タフィーを先頭にして歩き始めていた。

(な、なんだよ…ワケ分かんねぇ…。これは夢だろ…? 何でもありなら、出来ねーことはねーはずだぞ? タフィーと話すことも、可能なはずだ…)

 ほんの少しだけでもいい、話すことができたら…そんな願いさえ叶えられない夢に、ラディの胸は悔しさで一杯になっていった。

(タフィー……!!)

 やり切れない想いで、タフィーの名前を叫んだ時…その声が聞こえたかのように二人の足が止まった。そして、半分ほど体を翻し、ラディに向き直ったのは老人。

(…………?)

「……最後に、この唄をあなたに贈りましょう」

「え…う、唄…?」

 老人に聞こえるか聞こえないかの小さな声で繰り返すと、老人は ゆっくりとその唄を口にした。

 少々かすれ気味の声が、穏やかな口調に更なる優しさを与える。耳に心地よく響く唄の真髄は、分かるような分からないようなものだったが、不思議な何かが心に湧き上がってくるのを、ラディは感じていた。

 束の間、焼けるような暑さを忘れるほど、気持ちも穏やかになる。

 そして、その声が止んだ時、老人は最後に一言付け足した。

「声を聞きなさい…」

 ──と。

「声…?」

 ラディが、そう繰り返すと、老人は無言のまま頷き、再び光に向かって歩いていった。

(声…? 声って…誰の声を聞けってんだ? オレ以外、誰もいねーだろ…?)

 周りをグルッと見渡して、誰もいないと再確認すれば、自分の夢ながら 理解できないことばかりでイライラしてくる。

「だぁ~~~! なんっなんだ、この夢は!?  ワケ分かんねーわ、メチャメチャ あちぃわ……一体、オレにどこ行けってんだよぉー!!」

 ヤケクソになって叫んだ声は、あっという間に吸い込まれ消えていく。

(くそっ…!)

 〝やってられっか…〟 とばかりに、ラディはその場でドッカと座り込んだ。そして、両手両足を放り出し、大の字になって寝転んでしまった。

 瞼を閉じていても、照りつける太陽の熱さは目の中にまで入り込んでくる。背中は、まるで鉄板の上にでもいるようなほどの熱さだ。だけど、ラディは起き上がろうとしなかった。

(こうなったら、目が覚めるまで此処でこうしててやる。どうせ夢なんだから、火傷もしねーし、干からびもしねーんだからな!)

 そう 自分自身に言い聞かせながら、ラディは熱さに耐えるよう、全身に力を込めた。

 肌は既にジリジリと焼け始め、痛みも伴ってくる。

 最初は、吹きだした汗が背中へと流れていた。しかし、間もなくすると流れる前に太陽の熱で蒸発していく。そして、最後には、汗さえ出なくなってしまった。体内から出る水分がなくなってしまったのだ。

 熱せられた空気が呼吸をするたび肺に送り込まれ、呼吸の道は体の中から焼けるように熱く感じた。

(そ…ういや、こんな感覚、前にもあったような気がするな…)

 それまで、過去のこと──正確には、妹タフィーの一件以外──は思い出せなかったのだが、不意に、そんな感覚を思い出した。

 ──と、その時である。

(…………!)

 微かに誰かの声が聞こえ、ラディはその場で飛び起きた。

(だ、誰だ…?)

 その場で身動きひとつせず、耳を澄ます。

(……………)

 しかし、何も聞こえない。それでも、なぜか気のせいだとは思えなかった。どこかで聞いた事のある懐かしい声…そんな気がしたからだ。

 しばらく、ジッと耳を済ませ続けるラディ。

 すると──

《…ディ……》

(────!!)

 今度は、間違いなく耳に届き、その場で立ち上がった。

(誰だ…? どこにいる…?)

 さっき以上にグルグルと見渡すも、人っ子ひとり見当たらない。光のほうに歩いていった老人やタフィーの姿も、既に消えていた…。

「お…い、誰だよ…?」

 たまらなくなって、声に出す。すると、また聞こえてくる。

《…ラディ…今どこにいるの…?》

「え…どこって…さ、砂漠だけど…」

《…そこでは何が見える?》

「砂以外はなんも…」

《…そこで吹く風は優しい…?》

「いや…風は全く吹いてねーけど──」

 思わず、聞こえてくる質問に答えるラディ。けれど、その声が誰かに聞こえていないと知るのは、このすぐ後のことだ。

《…風が強くて歩けないなら、止むように祈るわ…》

「…………」

《…雨は激しい? 分厚い雨雲なら、風がその雲を吹き飛ばすように祈るから…》

(雨は降ってねーけど…まぁ、風はあるとありがたいかもな…)

《…強い日差しなら、柔らかい雨が降るよう祈るわよ…》

(あー、それもいいかもなぁ…)

 何気に心の中で答えていると、これまた不意に、何かが頬をかすめた。前から後ろにかすめた為、後ろを振り返る。すると、自分が無意識のうちに歩いていたことに気付いた。

 声につられたのだろうか…?

 不思議に思っていると、またまた何かが全身を横切った…。

(か…ぜ…?)

 髪の毛が揺れたことで、それが風だと気付く。すると、それがキッカケとなったかのように、柔らかな風が冷たさを増して吹いてきた。砂漠の砂もサラサラと流れていく。そのうち、あんなに暑いと思っていた太陽の陽射しが和らぎ始めた。上を見上げれば、雲ひとつなかった空に、雨雲が流れている。

(な、なんだ…この変化は…?)

 急な変化に驚きながらも、暑さが和らぐことはありがたいこと。ただ、これから何が起きるのか…予想が立ちそうで、立たない夢に、ドキドキしているのも正直なところだった。

 雨雲が空を覆いつくすと、瞬く間に しとやかな雨が降り始める。焼け付くように熱せられたラディの体は、蒸気を上げて徐々に冷やされていった。そして、また風が吹き、雲が去り始めると、そこには綺麗な青空が現れた。

 半ば呆然と見上げていると、再び声が聞こえた。

《…ラディ…聞こえる? あたしの声、聞こえるよね?》

 なぜか、その瞬間、その声が誰のものなのか分かった。──いや、今までどうして分からなかったんだというぐらい、分かりすぎるくらいの声だ。

「…フェラ…ルフェラ…!!」

《ねぇ、聞こえたら、帰ってきて。あたしたちがいるこの場所に帰ってきてよ…》

「…あ、ああ…聞こえるぞ…よく聞こえる…。なんで、お前とはぐれちまったのかは分かんねーけど…待ってろよ…すぐそっちに行くから──」

 どこから聞こえ、どこに向かえばいいのか、正直わからない。けれど、ルフェラの声が泣いているように聞こえた為、いても立ってもいられなくなり、気付けば老人とタフィーが消えた光を背にして走り出していた。

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