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女神伝説  作者: Sugary
第四章
41/127

BS2 ネオスの苦悩

 四人部屋に流れる静寂…。

 飲み物を渡し終えたラピスは、もう既に、部屋を出てしまっていた。

「…ジッとしてられないって言った結果が、あれかよ?」

 呆れ半分、苛立ち半分といった面持ちで口を開いたのは、イオータだった。独り言なのか、ネオスに言っているのか、はたまた、眠ってしまったルフェラに言っているのか、微妙な口調だ。

 ネオスは、ベッドに寝かせたルフェラに布団を被せると、無言のまま、空いているベッドに腰掛けた。

 温かい飲み物には口を付けず、ただジッと、両手で包み込んだコップの中身を眺めていた。

「もういい…だなんて、甘くねーか?」

 それまで、何か思い詰めているようだったが、イオータが放った その一言で、ネオスの表情が一気に強張った。その変化に、イオータの態度も、深刻さを増す。

「──何があった?」

「………え?」

「ルフェラの過去に、一体 何があったんだ?」

 その質問をしてみて、イオータは自分の推測が正しいものだと、判断した。

 ネオスの表情が、明らかに曇っていくのだ。

「いくら、記憶をなくしたとはいえ、〝神〟 には違いないんだぜ。冷静さを保つ性格は変わらないはずだ。まぁ、普通の人間として生きてきて、人ひとり殺めてしまった時の取り乱しようは、仕方ないさ。それに、シニアの一件以来、死に対して敏感になるのも分からないでもない。──けど、あの態度は尋常じゃねーだろ? しかも、自分でも分からないときたら、尚更な。だから──」

「……だ…から……?」

「だから、オレが思うに──失くした記憶──つまり、過去に何かあったと推測するんだが…違うか?」

 その問いに、ネオスはすぐに答えられなかった。けれど、しばらくすると、諦めたように軽く目を閉じ、息を吐いた。

「さすが、鋭いな…」

「まぁな。おそらく、最後の言葉が原因だろ…?」

「………ああ」

(やっぱ、そうか…)

「──で、何があった?」

 彼の言葉の後、重い沈黙が続いた。そんなに言いたくないなら無理にとは…と言い掛けてしまうほどだ。

 そんな時、ようやくネオスの口が開いたのだが、イオータにとって、それは信じがたい内容だった。

「い…ま…なんて…?」

 自分の耳を疑い、思わず聞き返してしまう。

「……僕は、最初からルフェラの共人じゃないんだ」

「どういう…ことだよ?」

「もともと、ルフェラは違う村で生まれ育ったんだ。その村にいた時は、名前だって違ったし、ちゃんと決まった共人もいた。でも、今から十一年ほど前に、その共人は殺されてしまったんだ。ルフェラの目の前で…」

「は…ぁ…!?」

「正確には、ルフェラを庇って、亡くなったんだけど」

「庇った…ってことは、狙われたのはルフェラってことだよな?」

 ネオスは無言で頷いた。

「け、けど…十一年ほど前ってことは、ルフェラはまだ──」

「ああ。九歳の…まだ、子供だよ」

「だよな…。大人になってからならまだしも、なんで、九歳の子供が狙われんだよ?」

「狙ったのは…村人なんだ」

「は……!?」

 思わぬ相手に、開いた口が塞がらなかった。

「村人って…なんでだよ!? なんで、村人が神を狙うんだ!?」

「村人は神だと思ってなかった。神を汚した共人だとしか思ってなかったんだ。だから、狙われた」

「────!?」

「ルフェラめがけて放たれた多くの弓矢を、共人は全身で受け止めた。体に矢が突き刺さり、溢れてくる血で、彼の体は真っ赤だったそうだ。それでも、彼はこう言ったんだ。〝自分の最後が、主を守れたならそれでいい。ただ、こんなにも早く、アルティナを一人にさせてしまうことが心残りだ…〟 と」

「そ…れで…あの言葉か…?」

「おそらく、ね。 〝また、一人にしたら許さない〟 っていうのは、記憶こそ失くしていても、その時の感情が思い出されたんだと思う」

「マ…ジかよ…」

「ああ…」

 理解するには、あまりにも情報が少なく、信じがたいのはもちろん、イオータの頭は既に謎だらけだった。それでも、なんとか疑問を口にしてみる。

「け…ど…なんで、神を汚した共人だなんて…。一体、何をした…?」

「何も…。共人の誕生日プレゼントに、ルフェラが口付けした以外には…」

「口付け…? なんでまた…?」

「素直な動機だよ。若い男女が口付けしてるのを見て、その二人がとても幸せそうな顔をしてた。ただ、それだけ。純粋に、共人を喜ばせたかっただけなんだ。けど、運悪く、その場面を、村人が見てしまった。だから──」

「だ、だから…分からねーのはそこだ。神の力を守るためには、汚した張本人を殺すってーのも分かる。けど、なんで、村人はルフェラを共人だと思ってたんだよ?」

「それは…」

 一瞬、言葉を切ったが、ひとつ深呼吸すると、辛そうに口を開いた。

「それは……たぶん、僕と同じなんだ…」

「は…?」

「甘かったんだよ」

「………!?」

 イオータは、この時になってようやく、先ほど、〝甘い〟 と言った言葉が、ネオスをひどく傷付けてしまったのではないか…という事に気付いた。

「主に甘すぎたんだ…」

「お…い…」

「神としての道は、過酷だ。それは、共人も分かっている。だけど…だからこそ、少しでも、子供時代を自由に生きてほしかった。それを提案したのは共人。ルフェラが十歳になるまでは、神と共人の役を入れ替わろうってことになった。ルフェラも、共人の優しさが嬉しくて、その提案を受け入れた。だから、村人は、ルフェラが共人だと思っていたんだ。神から与える口付けは許されても、その逆は、汚されたとみなされる。例え、それが共人でもね。共人の誕生日にした口付けは、村人から見れば、神を汚されたってことになる…」

「そ…んなことって…マジ…あんのかよ…?」

「残念ながらね…」

 信じがたい内容に、溜め息しか出てこない。けれど、疑問はまだある。

「じゃぁ…ルフェラはなんで、お前の村に行ったんだ? 生まれ育った村はどうしたんだよ? まさか捨てちまったってんじゃ──」

「捨てた…か。それで済むなら、まだいいほうだよ…」

「な…に!?」

(まだいいほう…ってどーゆこった? それ以上のことがあんのかよ…!?)

 思いもかけない返答に驚き、その先を促したが、ネオスは硬く口を閉ざしてしまった。

 さすがのイオータも、ただならぬ緊張感に襲われていた。それを抑えようと、手にしていたコップの中身を一口飲む。

「そ…そういや、記憶は? 共人が亡くなったショックで失くしたってことなのか?」

 その質問に、ネオスが首を振る。

「前にも言った通り、記憶を失くしたのは僕のせいだよ。──ルフェラは死に場所を求めて彷徨っていた。森の中で倒れてるのを見つけて、僕とばば様が看病したんだ。命は助かったけど、ルフェラの死にたいという気持ちは変わらなかった…」

 (死に場所を求めて…? 九歳の子供がか…!? 共人が目の前で亡くなるのを見たとしても、そこまで思うのかよ…? 幼いとはいえ、神だぜ!?)

 イオータは、信じられない内容を聞きながら、もう半分の脳で、ルフェラとネオスが背負っている過去の大きさを考えていた。

「心は開かず、口を開けば死のことばかり…。それでも、一年ほどかけて、ようやく心を開き始めたんだ。それなのに………」

「それなのに…? な、なんだよ…?」

「……過去の出来事から立ち直ろうとしてた矢先、崖から落ちて……僕がルフェラの記憶を奪ってしまった…」

「お、おい…は、話が見えねーぜ……? 崖から落ちたって…別に突き落としたわけじゃねーんだろ? 事故じゃねーのかよ?」

「事故…? ──あぁ、もちろん、崖から落ちたのは事故だよ。でも、問題はその後…いや、それ以前のことかもしれない」

「わけ…分かんね……」

「でも…正直、ルフェラの記憶が失くなって、ホッとしている自分もいるんだ」

「は…?」

「もし あの時、ルフェラの記憶が失われてなかったら、ルフェラは二度と立ち直れないでいたと思う…。また、自分のせいで人の命が失われた…そう思ってね…。あれは全て僕の責任なのに…僕が殺してしまったも同然なのに…」

「……………!?」

「共人として失格だよな…。神としての記憶を失くしても、ホッとしてるなんて…」

 その言葉は、殆ど独り言のようだった。

 イオータは、いまいち理解できないでいるものの、二人の過去がとてつもなく重いものだという事だけは、十分 分かった気がした。

 二人の過去を全て知りたい気持ちはあったが、聞いても、ネオスは話さないだろう。思い出す事さえ、苦しいのかもしれない。それに、全てを話したとしても、自分がそれを受け止められるかどうか…それが分からなかった。今聞いた内容だけでも、かなり、重いからだ。

 ただ、最後に、聞いておきたいことがあった。

「ネオス…」

「ん…?」

「お前の…前の主はどうしたんだ?」

「どうしたって…?」

「だから…いたんだろ、最初っから共人となった主がよ? お前も知ってるだろ? 生まれた時から主と共人は決まってるって。それが途中から──その、ばば様が何様か知らねーけど──違う神の共人になるなんて…あり得るのか…?」

「ああ…それは…その…いなかったんだ」

「なに…?」

「僕には なぜか、最初から主がいなかった。だからといって、途中から別の共人の代わりが出来るのかっていうのは、よく分からないけどね…」

「………………」

 それ以上、ネオスは口を開かなかった。イオータもまた、それ以上のことを口にはできなかった。ただ、〝甘いと言って悪かった…〟 とだけ言うと、二人とも、コップの中身を飲み干し、それぞれのベッドに寝転がった。

 仰向けになって両手を頭の下で組む。天井を眺めながら、一人、考えるのはイオータだ。

(最初から主がいなかった…? そんなこともあんのかよ…? ──けど、ここ数日で、ルフェラと共に、コイツの力が増してきてるのは、間違いないんだよな…。しかも、共夢まで見るとなると、確実だ。共夢は、本物の共人にしか流れてこないはずだから。ひょっとして、努力すれば別の神の共人にでもなれるのか…? いや、そんな話 聞いたことねーぞ。──にしても、二人の抱える過去は想像以上だぜ…。ルフェラにとって、立ち直れないほどのことかもしれねーけど、今のところ、記憶がない分、まだマシだ。この旅の途中で、ルフェラが記憶を取り戻すのは間違いないだろうが、今 辛いのは、全てを知ってるネオスのほうだ。神であるという記憶は取り戻したいが、そうなったら、取り戻して欲しくない記憶まで思い出される。それを一番恐れている。ヘタすると、ルフェラより先にアイツが倒れちまうぞ…?)

 そんな推測が頭をグルグル回る。何とかしてやらねーと…と思うものの、全貌を知らない現状では、何も出来ない。いや、知ったところで出来ることがあるかどうかさえ分からないのだが…。

 半ばイライラしながら、寝返りをうつ。

(くそっ…。全然、効かねーじゃねーか、あのお茶…)

 ラピスから渡された あの飲み物は、バラの成分が入ったお茶だった。バラの香りは、精神を落ち着かせ、催眠を促す効果がある。

 ラピスが、ネオスの耳元で囁いたのはその事だった。故に、ネオスはルフェラが眠るまで そのお茶を口にせず、イオータにも合図を送っていた。もし先に自分達が寝てしまったら、ルフェラは間違いなく不審に思い、そのお茶を飲まなくなる。ラディのことを考えたら寝ている場合ではない、そう思っているからだ。待つしかない…その状態の時にこそ、少しでも休ませてあげたい…そう思ったラピスの想いは、ネオスも同じだったのだ。

(ラディをここに運んだ時もそうだし、ミュエリが連れ去られた時も、確か言ってたよな…。〝自分のせいだ〟 って。ひょっとして、なんでも自分で抱え込んで、自分のせいだと思う あの性格は、過去が原因か…? 記憶がないのに、無意識に感じるってことは、よっぽどだぜ…。──あぁ、なんっか…オレの悩みなんて、悩みのうちに入らねーよな…。鼻クソぐらいか、それ以下だぜ…)

 そんな事を考えながら、何度か寝返りを打っていると、いつの間にか眠りに入っていった。

 イオータの寝息が聞こえ出すと、ようやく、ネオスも眠りにつくことができたのだった。

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