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女神伝説  作者: Sugary
第三章
31/127

8 哀れな視線 <2> ※

「ねぇ、ネオス?」

「…ん?」

「昨日 言ってたことって、やっぱり、この視線のことだったのよね?」

 あたしは、今朝の話で気付いたものの、確認する意味で聞いてみた。

 それは、昨日、小さい子供が後をつけてきた時、〝ルフェラも気付いた?〟 と言ったことだった。一時間ほど前から気付いてたけど、自分達にとって、あまり支障はないから…という理由で、気にしないようにしていた事。

 ネオスは、あたしの質問に小さく頷くと、冗談交じりに続けた。

「ルフェラにとっては、気付かないほうが よかったかもね?」

「ほ~んと。人の視線が、こんなにも自分の気持ちに影響するなんて、思ってもみなかったわ」

「そうだね。目って正直だから、口に出さない分、感じると重いかも…」

「まったく、その通りよ。気にしちゃいけないって、一生懸命言い聞かせるんだけどさ、そう思えば思うほど、どんどんドツボにハマっちゃって…」

「そのハマった顔を見た村人が、更に同情の目を向けて、気分が滅入る…。ルフェラの悪い癖だね、そういう悪循環」

 どうしようもない癖の一つだ、と苦笑するネオスに、〝その通りだ〟 という意味を込めて、同じような笑みを返した。

 〝あの視線が気になっていた〟 と言ったところで、解決しないという思いは正しかった。──が、気になっていた事を口に出してしまうと、意外と気分も晴れるもので、さっきまで泣きたいほど滅入ってたあたしの気分は、ウソのように軽くなっていた。

 それからのあたし達は、視線の話をすることなく、家路へと急ぐことにした。赤守球が見つかる可能性が高いと思われる森に向かった、彼らの報告に期待していたのだ。


 ちょうど、日が沈みきった頃、あたしは玄関の戸を開けた。

 家の中では、すでに昨日と同じような光景が広がっており、先に帰っていたラディ達が子供の群れに呑まれていた。

 期待を込めて彼らに視線を送ったものの、ラディは気付かず、ようやく、あたしと目が合ったイオータが、無言で首を振った。それを見たあたしとネオスが顔を見合わせ、落胆の色を浮かべるのを目にして、あたし達の収穫がなかったことも悟った事だろう。

「ネオス、あたし先に行ってるからさ…イオータに伝えといてくれるかな?」

 走る真似をして そう言うと、ネオスは 〝分かった〟 というように頷いた。

「気を付けて。すぐ、行くよう伝えるから」

「うん、ありがと」

 それだけ言うと、再び玄関の戸を開け外に出た。そして、近くの草むらに入り、イオータが隠した木刀を掴むと、あの平地に足を向けた。

 そんなに急いで家を出なくてもよかったのだろうが、今日は、イオータに促されるまで、あの場にいたくなかったのだ。

 理由はいくつかある。夕飯前の運動を忘れていなかったから…というのもあるし、何もしていないと、いろいろ考えちゃうから…というのもあった。それに、一旦 座ってしまうと立てなくなるという、体力的な事もあったし、あの場にいると、子供が遊びに誘ってくるという可能性もあったからだ。ならば、ジーネスの手伝いをすれば…と言われそうだが、初日に言われたことを思い出すと、彼女から言い出さない限り、訓練のジャマになるだけの気がした。

 そう思うと、早々に 家を出るしかなかったのだ。

 平地に辿り着くと、一分もしないうちにイオータが現れた。その早さからいって、言葉通り、ネオスがすぐに伝えてくれたのだという事が分かる。

 あたしは、心配する強さって、こういう所にも表れるんだなぁ…と、ネオスの顔を思い浮かべながら しみじみと思った。

「今日は、忘れてなかったみたいだな」

「…まぁね」

 相変わらずの嫌味だったが、〝今日も、忘れてると思ったぜ〟 と言われるよりはマシなため、それ以上の言葉は控えた。もっとも、裏を返せば、同じ意味なのだが、ものは言いようなのだ。

 あたしは、持っていた木刀を一本 手渡すと、すぐさま攻撃態勢の構えに入った。イオータが防御の構えをしたら、即座に向かおうと思っていたのだ。ところが、そんな思いとは裏腹に、木刀の先を地面につけ、溜息をつくではないか。

「ちょっと、何やってんのよ?」

「なんか、ツレなくねー?」

「はぁ!?」

 気合を入れた体の力が、一気に抜ける。

「もうちょっと、話してからでもいーんじゃねーのかなぁ…って思ってよ」

「なに言ってんのよ。あたしは、あんたに戦術を教えてもらう為に、ここに来てんのよ。話をする為じゃないんだからね!」

「まー、そうなんだけどよぉ。コミュニケーションってーのは、大事だろ?」

「そりゃ、人を知る上でのコミュニケーションは大事だと思うけど、今、この時点での必要性は、ハッキリ言って ないと思うわよ」

「そうか?」

「そうよ!」

 あたしは、〝とっととやるわよ〟 と言うように、降ろしていた木刀を持ち上げた。

 夕飯前まで…という限られた時間の中だ。その時間をムダにしたくないし、ジッともしてられない。それ以上に、やられっ放しだった昨日の借りを、少しでも返したかったのだ。

 その姿を見たイオータは、溜め息と共に 頭を掻くと、

「しゃーねーなぁ…んじゃ、来いよ」

 と、なんともやる気のない号令を掛け、木刀を構えた。──が、あたし的には、その態度がどうも気に入らない。いや、たぶん 〝さぁ、今からやるぞ〟 と少しでも気合の入った人からすれば、こんな やる気のない態度を見せられて、カチンとこない方がおかしいのだ。

 けれど、ここでなんか言ったら、やる気が見られないとはいえ、せっかく掛けた号令がムダになってしまう。〝コミュニケーションが…〟 と言ってる人間には、もってこいの反応なのだ。

 結局、そんな手に乗ってたまるか…という気持ちと、そうなるのは避けたいと言う気持ちを満足させるには我慢するしかなくて……あたしのテンションは、昨日の夜と同じように上がる一方だった。

 今日こそは…そんな気持ちが強まり、握る手だけじゃなく全身にも力が入っていく。

「さぁ、いくわ──」

 自分の為の号令と共に、今 まさに木刀を振り下ろそうとした時だった!

「なぁ?」

「──!!」

 あたしの気合とは正反対な口調がリズムを乱し、そのタイミングの悪さに、力が抜けた。危うく、持っていた木刀を落としそうになり、転ぶところだった。

 あたしはイオータの顔を、キッと睨み付けた。

「何なのよ、一体!!」

「いやぁ~、どーすんのかなーっと思ってな」

 あたしの気持ちなど まるでムシしたかのような普通の態度に、気合で満たされていた部分が、今や、怒りに満ちていた。

「何をよ!?」

「マト、見えてねーんだろ?」

「──!!」

 どう見ても、面白がってるようにしか見えないその態度が、怒りという炎に油を注ぐ。

「そう思うんだったら──」

「光、借りるか?」

 人の言葉を遮ったうえに、この普通のテンション!

 何なんだぁ、こいつわぁ~!!

 腹の立ちすぎで泣きたくもなるこの状況の中、まともに返答さえできないでいると、再び、油が飛んでくる。

「なぁ、聞ぃてっか?」

「聞いてるわよ!! もう、なんだっていいから、さっさとしてっ!!!」

 これ以上何か言ったら、否応なしに木刀振り下ろしてやる!

 そんな勢いで叫んだ意図を知ってか知らずか、イオータは平然と空に手の平を向け、昨日と同じような仕草をした。途端に、また あの状況が作り出される。二度目とはいえ、驚き半分、苛立ち半分だ。けれど、驚きは一瞬のもので、マトが照らし出されると、自然に体が動いていた。

 カンッ──

 昨日一日…しかも、数十分という短時間の間に、嫌というほど聞いた音と感覚。

 あたしの攻撃は、構えさえしてなかったイオータに、あっけなく防御されてしまったのだ。

「今日は、当てる気あんだよな?」

「…ったり前でしょ!」

 しかも、〝今日は〟 じゃなく、〝今日も〟 よ!

 バカ!!

「──だよなぁ、やっぱ」

「なによ? 何が言いたいわけ!?」

 素朴な疑問を考えるように、ほんの少し黙ると、木刀の矛先をあたしに向けた。

「な、なによ…?」

「あんた、オレの攻撃 防いでみな」

「え…? ちょ、ちょっと待──」

 ためらうあたしに構わず、イオータはいきなり木刀を一振りした。

 瞬時に、あたしも木刀を振り上げる。──が、あの音も、感覚もなかった。

「どこ かばってんだ?」

 その声と同時に、脇腹あたりに何かが当たった。

「…!!」

 何かといっても、すぐに理解できる。彼は、木刀を寸での所で止め、コツンと当てたのだ。

「なんで、防げーねか分かるか?」

「…きゅ、急だったからよ」

 カチンとくる質問に、思わずそう言ったが、まんざらでもないと思った。

 そうよ、ちゃんと構えてたら、防げたはず…。

「なるほど。──んじゃ、もう一回だ。いいか、行くぞ?」

「どうぞ!」

 イオータは、あたしが木刀をグッと握り締めて構えたのを確認すると、すぐさま単発攻撃を繰り出した。

 一瞬、一本の堅い木が、ゴムのように柔らかく曲がった気がした。けれど、木刀の動きだけに気を集中していたあたしは、さっきよりも素早く防御の体勢に入ることができ、思わず 〝やった!〟 と、心の中で叫んだ。

 ──ところが、である。

 次の瞬間には、なんの感触もないことに気付き、同時に自分の目の前の光景を見て、ハッと息を呑んだ。

 下から振り上げられる攻撃に対し、防御したのだが、彼のものは、昨日の最後と同じで、あたしの首筋に突き付けられていたのだ。

「準備は整ってたんだよなぁ?」

「…………」

 投げつけられる嫌味に、返す言葉もなかった。

「今度は何が原因なんだ?」

 まるで、次の言い訳を楽しみにしているような口ぶりだった。けれど、やっぱり言い返せない。

「お~ぃ、聞ぃてっかぁ?」

 黙ってるのをいい事に、イオータの口調は、明らかに楽しさを増していた。

 〝戦術に長けた あんたの攻撃を、一日や二日 教えてもらったあたしに、防げるわけないでしょ!〟 と、思いっきり叫びたかったが、ここは呑み込むしかないと思った。

 そんな事を言ったところで、解決する問題じゃないし、その言葉の意味は、よっぽどのバカじゃない限り、十分 承知している事だからだ。それでも敢えて、〝防げない原因は何か?〟 と問うのだから、根本的な何かがあるに違いない。

 ──だから、覚悟を持って こう答えるしかなかった。

「…分から…ないわよ」

 ──と。

 てっきり、バカにした目を向けるだろう…と覚悟していたあたしだったが、意外にも、彼の反応は違うものだった。期待していた言い訳と違ったからか、それとも、素直に 〝分からない〟 と言ったからなのか…その理由こそ 分からないものの、彼は小さな笑みと溜め息を漏らしたのだ。その笑みは嫌味な笑みじゃなく、どちらかというと、ネオスが、考え過ぎるあたしを見て、〝しょうがないな…〟 と呟く時のそれに近かった。

 そのあと、なんて言ってくるのか、もしくは何も言わないのかさえ、分からないでいると、予想外の…というか、すっかり忘れていた言葉が聞こえてきた。

「今日一日、村人の視線に参ってたんだって?」

「え…?」

「あいつから聞ーたんだよ、さっきな。えらく心配してたぜ? 時間を追うごとに暗くなってくから、森に行かせたほうがよかったかな…って後悔してたってよ」

「あ…そうなんだ…」

 ネオスの気持ちを違う人間から聞かされて、改めて、彼の心配する強さを知った。

 自分が思うより、ずっと心配させてたんだ。なんか悪い事しちゃったなぁ…。

「〝目は口ほどにものを言う〟 ってゆーからなぁ」

「そうね。ネオスもそんなようなこと言ってたわ…」

 あたしは 帰ってくる時の事を思い出すと、独り言のように呟いていた。しかし、それを聞いたイオータは少々驚きの顔を見せた。

「マジ…で、そう言ったのか?」

「そうよ。〝目は正直だから、口に出さない分、感じると重いかも…〟 ってね」

 ネオスの言葉を思い出しながら、一字一句、間違わないように答えた。

「あんた…それ聞いてなんも気付かねぇ…?」

「何を?」

「なに…って…。さっきの答えだよ?」

「…………?」

 何よ、さっきの答えって…? 村人の視線に参ってたっていう話に、答えを要求されるような質問なんかあったかしら?

 そう思いながら、ハテナマークの視線を彼にぶつけた。その視線を受けて、イオータが大きな溜め息をついた。

「ちょっと、何なのよ? 言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよね」

「〝なんで、防げねーか〟 って言った答えに決まってんだろーが?」

「え…?」

 間髪いれず、またまた 予想外の言葉が返ってきて、あたしの目は真ん丸くなった。

「〝目は口ほどにものを言う〟 〝目は正直だ〟 その言葉を聞きゃぁ、フツー気付くだろ? 防御できねー理由が、その 〝目〟 だっつー事によ?」

 あたしは、ほんのしばらく…いや、数秒 無言で考えた。

「ひょっとして…今までの会話って、繋がってたの?」

「──ったりめーだろ?」

「どこを狙ってるかは、目を見れば分かる…それを言う為の会話…?」

「ああ。それ以外に、なんかあるか?」

 まさか、そんなつもりで 〝村人の視線に参ってたんだって?〟 と言ってたなんて…全く気が付かなかったわ。──っていうか、気付くはずないでしょ!?

「コミュニケーションが なんたらかんたらって言ってたし、視線に参ったあたしを心配してた…って聞いて、戦術の話と繋がりがあるなんて、誰も思わないわよ!」

「そうかぁ?」

「そうよ。フツーわね!」

 それが絶対 普通か? と言われたら、たぶん そうじゃないと思う。だけど、この回りくどい言い方が許せなかったのだ。

 脈絡があるようでなかったり、逆にないようであったり…。聞いてるこっちは、その言葉に翻弄されて、疲れ切ってしまう…。

 イオータは、〝そんなもんかぁ?〟 と首を傾げたが、すぐに、真面目な顔になった。

「じゃ、もう一回やるから、今度は防げよ?」

「言われなくても、そうするわよ!」

 そう言いながら、〝ビッ〟 と腕に力を込め 構えた。

 あたしは彼の目を見つめ、その瞬間を待つ。そして、彼の体が微かに動いた 次の瞬間、あたしは、自分の顔と同じ高さの位置で、木刀を真横に掲げた。

 しかし──

「……ッ」

 鈍い音と同時に、胸の辺りに痛みが走った。反射的に胸を押さえ、うずくまる。その為、持っていた木刀が、同じような鈍い音を立てて足元に転がった。

 息ができないほどの痛みじゃなかったが──木刀で叩かれた事などあるはずもなく──初めて感じる痛みに驚いて、思わず止めてしまった。

 二回とも、寸での所で止めていたから、まさか 当たるとは思っていなかったのだ。もしかすると、その驚きのほうが強かったかもしれない。

 イオータは、うずくまった あたしの前で片膝をつくと、チラリと顔を覗きこんだ。

「お…ぃ、大丈夫か…?」

 その問いかけに、ゆっくりと呼吸を繰り返すと、声を出す代わりに、数回 頷いて見せた。

 もちろん、声が出ないわけじゃない。ただ、〝大丈夫〟 と答える自分の声が震えてるかもしれない……そう思ったら、すぐには喋れなかったのだ。

「そんなに痛むか…? すんげー、手加減したんだけどなぁ…」

 声を出さない事が、出せないとでも思ったのか、心配と共に疑問も膨らませた。

 彼の言葉はウソじゃない。本気を出せば、骨の一本や二本、簡単に折れるぐらいの力は持っているはずなのだ。それなりの痛みは走ったが、かなりの手加減をしてくれたのは、十分に分かった。

 あたしは、もう一度 大きく息を吸い込み、今度はちゃんと声で伝えた。

「…大丈夫よ」

「マジでか?」

「…うん」

 その一言で、イオータは大きく息を吐いた。

「かぁ~、焦ったぁ。一瞬、無意識のうちに手加減し忘れたかと思っちまったぜ…」

 そう言った彼の顔は、本気でホッとしているように見え、あたしの気持ちも、なんだか軽くなった。それまで、嫌味と鋭い視線を放つ事によって、距離を置いていた者が、その時だけ、素に戻ったような気がして、とても身近に感じたからだ。だけど、あたしが大丈夫だと分かると、すぐに元の態度に戻った。

「そいじゃぁ、もう一度だ」

 あたしの足元に落ちていた木刀を掴むと、すっくと立ち上がり、〝ほら〟 と、差し出した。あたしも、気持ちを切り替えて立ち上がり、それを受け取る。

「いいわよ。今度こそ止めてやるから」

「お~ぉ、頼もしいねぇ。──いいか、今度は本気で当てるから、覚悟しとけよ」

 その言葉に、あたしの体が緊張した。ほんの一瞬、叩かれた場所が、ズキンと疼く。

 手加減しても、あの痛みだ。本気を出した攻撃が当たれば、間違いなく骨折する。黒風と戦う為に戦術を教えているのに、ケガなどさせたら、意味がないではないか。それこそ、〝まさか…〟 と思ったのだが、彼の目は本気だった。──と同時に、さっきの攻撃は、たまたま 当たったんじゃなく、最初から当てるつもりだったという事に、ようやく気が付いた。

 彼は、自分の攻撃が防御されないという自信を持っている。特に、卵からヒヨコにもなってないようなあたしには、絶対と言っていいほどの自信だ。それは自信過剰というものではなく、誰の目から見ても分かる事実であり、それは あたしも認める事だった。

 絶対に当たる攻撃を寸止めするという事は、最初から当てる気がなかったからで、裏を返せば、当てる気があったから 加減したという事になる。

 考えてみたら、戦術に長けた者が、こんな失敗するはずがないだろう。その証拠に、彼は謝ってなどいないのだ。

 彼が言った、〝本気〟 の意味を悟るや否や、握る手に汗が滲み始めた。心なしか、呼吸も浅く速くなる。

 戦う者が見せる冷たい目。感情さえ無くしたようにも見えるその目に、あたしは自分の全神経を集中させた。一瞬でも気を抜いたら、あの目に呑み込まれ、途端に、容赦ない攻撃が体に打ち込まれるのだ。

 恐怖の混じった緊張が、イオータの微かな目の動きを捉えたその時──

 カンッ──!!

 木がかち合う高らかな音と共に、自分の攻撃が防御された時より、はるかに強い痺れが腕を襲った。だけど、それは待ちに待った感触でもあった。

「や…った……」

 思わず、そんな言葉が口から漏れた。

「そうだな、いい感じだ」

 フッと微笑んだような気がして、あたしも小さな笑みを向ける。ただそれは、恐怖の混じった緊張が切れた為の、顔の緩みでもあるだろうが…。

「──けど、まだまだだぜ。一回防げたからって、次も防げるとは限らないんだからな」

「分かってるわよ。攻撃は単発じゃないって事でしょ!?」

「ああ、よっく分かってんじゃねーか。だったら──」

 〝言葉より実践だ〟 とでも言うかのように、次の攻撃が飛んできた。不意打ちのことで、一瞬 面食らったが、〝あんなのがまともに当たったら…〟 という恐怖ともいえる緊張が蘇り、ギリギリの所で 何とか防ぐことができた。同時に、〝卑怯でしょ!〟 と口を開きかけたが、彼の攻撃はそんな間を与えなかった。休むことなく、次から次へと 攻撃が繰り出されたのだ。その度に あたしは、あの冷ややかな目に飲み込まれそうになりながらも、必死で視線を追い、彼の攻撃を弾き返していた。

挿絵(By みてみん)

 おそらく それは、胸に当たった時の集中力では気付かないほどの 微妙な目の動きだったに違いない。

 カンッ、カンッ、カカンッ、カンッ、カカンッ、カンッ、カンッ──

 あたしの攻撃を弾き返した時のように、何度も何度も、木のぶつかる音が、森の中に響き、吸い込まれていった。その都度、手の平から伝わる痺れが増していく。

 それから、どれくらい経っただろうか…。

 時間の見当もつかないまま、あたしの手に蓄積された痺れが限界をむかえた。頭上に来た攻撃を弾いたのを最後に、あたしの手から木刀が離れ落ちたのだ。

 再び、地面に転がる音が聞こえる。だけど、あの時と同じ音には聞こえなかった。首筋を伝う汗も、肩でする荒い呼吸も、胸の鼓動も、そして手の痺れさえも、全てが心地よく感じたのだ。

 その理由は、彼の攻撃を全て防御できたというものが殆どだったが、もう一つ別の理由があった。それは──

「よし…今日は……この辺にしとくか?」

 そう言った彼の呼吸も、昨日とは比べものにならないぐらい荒く、同じように汗が噴き出していたからだ。

「そうね。だいぶ お疲れのようだし?」

「おいおい…木刀落とした奴が言う台詞か? あんたの目、かなり必死だったぜ?」

「そう言う あんたこそ、マジな目してたじゃない。自分の攻撃がことごとく防御されて、案外 必死になってたんじゃないの?」

「バカ言うな。マジなのは確かだが、必死になんかなるわけねーだろ?」

「そうかしら? マジになってたって事は、必死になってたのと同じじゃないの?」

「だからぁ~、必死になるってーのは、さっきの あんたのような状態をゆーんだよ」

「どういう事よ?」

「オレの攻撃が当たるの、怖がってたろ?」

「………」

「その恐怖から、必死でオレの目を追って防御してた。違うか?」

「……だと…したら?」

「だから、オレはマジなだけで、必死になってねーてことよ」

「意味、分かんないわよ。あんたが、素人相手に恐怖を感じるわけないでしょ?」

「そーゆーんじゃなくてぇ…。つまり、オレがマジにならなきゃ、あんた、あんなにも必死になってオレの目を追わなかっただろって事だよ」

「………?」

 なかなか理解できないあたしの態度に、イオータは少々呆れ気味だった。

「あのなぁ…。戦いは生きるか死ぬかっつーシビアなもんなんだぜ。戦う時に恐怖を感じたら終わりだが、恐怖を知らないのも命取りになる。本番で その恐怖を知った時は、その殆どが手遅れなんだよ。そうならない為には、練習の時に、恐怖を知るしかないんだ。〝目を見ろ〟 っつっても、それまで 寸止めしてた相手に、恐怖なんか感じないだろ?」

「じゃぁ、その恐怖を教える為に、当てたの?」

「ああ。──けど、ちゃんと、加減したろ?」

「それは、よく分かったけど…」

「──だろ?一度当てられると、痛みも分かるしな。そんな時に 〝次は本気で…〟 って言われたら、誰だって必死になるさ。ま、そうは言っても、本気で当てたりはしねーけどな」

「なるほど…。じゃぁ、あたしは、その思惑に まんまとハマったってわけだ…」

「思惑って…人聞きワリーなぁ。ちゃんと、マジに攻撃したぜ。ただ、万が一の時は、外してやる準備はあったってことさ」

「あぁ、そう」

 どこまでが本気か分からなくなって、半分どうでもいいような返事をした。──が、イオータは、そんな返答も気にせず、続ける。

「──それに、本気出したほうが、疑いも晴れるだろ?」

「え…?」

「もし、オレが黒風を操ってるなら、黒風と戦える戦術を、本気で教えたりは しねーって事だよ。疑いを晴らすフリだけで十分だからな」

 そこまで言われて、やっと思い出した。

 そう言えば あたし…疑ってたんだわ、この男。

 今朝の話を聞いて、彼女か、もしくは彼女から盗んだやつが犯人だって、かなりの自信で確信したから、その時点で、彼を疑ってた事すら頭から消えていたのだ。

「──もっとも、今朝の話 聞いて、未だに疑ってるとは思っちゃいねーけど?」

「分かってるなら、わざわざ言わなくてもいいでしょ」

「まぁ、そりゃそーなんだけどよ。確認しとかねーとなぁ」

「…それって、あたしの理解力バカにしてるわけ!?」

「まさか? 性格だよ、性格」

 大袈裟ともいえるその態度が、少なくとも あたしには、〝よく分かってんじゃん〟 と言われてるように聞こえた。

「ホント言うとよ、あんたに疑われてた時点で、オレが犯人じゃないっつー根拠はあったんだぜ」

「よく言うわ…」

 自信満々に言う彼を見て、あたしは鼻でフンッと笑った。

「マジだって。考えてみろよ。黒風が南に消えていくって事は、赤守球を呼び起こす奴も南にいたって事だろ? そういう考えで、ここに来たんだからな。けど、リヴィアの村で黒風が現れた時も、ミュエリをさらって南の空に消えちまった時も、オレは、あんたらと一緒にいたんだ。それは、つまり、オレが犯人じゃねーって事だろ?」

「…………」

 確かに、そうだ。

「じゃ…あ、なんで、最初からそう言わなかったのよ?」

「言ったところで信じるか? 自分が疑ってる奴の言葉なんかよ?」

「当たり前でしょ。今のような根拠なら、ちゃんと信じるわよ」

「ムリだな」

 そこまで、性格曲がってないわよ…という気持ちで返したが、イオータは即 否定した。

「どうして、そう言い切るのよ?」

「怪しいと思ってる人間に 〝こうだから、違う〟 って言われたってよ、たとえ、その言葉を覆す根拠がなかったとしても、信じらねーもんなんだよ。自分が そー感じない限りはな。そういうもんだろ、〝信じる〟 〝信じない〟 っつーもんは。それに、タイミングだってあるんだからよ」

 彼の口調は、そのタイミングが まさに今だと言ってるようだった。

 つまり、今朝の話を聞いて、あたし自身が 彼への疑いを捨ててる今だからこそ、理屈じゃない 感情の部分を含め、その根拠を信じることができるという事なのだろうか。

 そう言えば、今日のネオスも似たようなこと言ってなかったっけ? 〝理由がないほうが正しい〟 とかなんとか…。あれって、同じ意味なのかしら?

 想いの石を持つのが、絶対にネオスだっていう 根拠はなかった。だけど、〝イオータだとは思えない〟 という、理屈じゃない感情の部分で、そう思ったのだ…と。

 そこまで考えると、なんとなく、ネオスの言った意味が分かった気がして、途端に、気持ちが明るくなった。それまで自信のなかった事が、急に 〝大丈夫だ〟 と背中を押されたような気がしたからだ。

「ねぇ?」

「あぁ?」

「犯人の可能性ってさ…彼女か、もしくは 彼女から盗んだ人って考えてたじゃない?」

「ああ」

「その、彼女から盗んだ人っていうのが、あんたかもしれない…って疑ったらどうする?」

 気持ちが軽くなったぶん、余裕が出てきたみたいで、からかい半分で、そう質問した。

 自分への疑いが完全に晴れたという話をしていたのに、再び疑いが向けられたのだ。普通の人なら、逆上するだろうが、彼はどうだろう?

 いったい、どんな反応を見せるのか…と内心とても楽しみにしていたが、彼の反応は、あたしの想像をはるかに超えていた。

 いつものように、クールな反応をするかと思いきや、豆鉄砲を食らったハトのように、目を真ん丸くしていたのだ。

 思わず噴き出しそうになったが、それこそ、必死になってこらえた。

「だってさ…ミュエリがさらわれた時、確かに あんたはあたし達と一緒だった。でも、黒風が現れた瞬間や、赤守球に戻る瞬間は、一緒じゃなかったわよね?」

「それが?」

「だからぁ、自分で黒風を呼び起こしてからあたし達と合流して、ミュエリをさらったあと、また赤守球に戻す為に、あたし達から離れたって事よ。腰を抜かしたあたしを、宿まで連れて行くよう、ラディに言いつけたのも、そういう魂胆があったからなんじゃないの?」

「おいおい…確かに、あんたらとは離れたけど、ネオスとは一緒だったろ?」

「そりゃそうだけど、最初だけかもしれないじゃない?」

「だったら、ヤツに聞ーてみろよ? 一緒にいたこと 証明してくれるぜ?」

「そんな手には乗らないわよ」

「なんだぁ?」

「そうやって、自信満々に言う時は、大抵、裏があるものよ」

「はぁ!?」

「ほら、よく言うじゃない。〝お前が殺したんだろ?〟 って問い詰められた時にさ、〝証拠があるなら出してみろよ〟 って。そう言うヤツに限って、たいがい犯人なのよね。だって、証拠を残さないように実行してるわけだもの、自信満々に切り返すわよ。だから、ネオスに聞いた所で、あんたが何かしら仕掛けてるかも──」

「するかぁ!? ──だいたい、お前…本の読みすぎじゃねーの?」

「失礼ね。本は大事な知識源よ」

「それは、役に立てばの話だろ? それに、オレがこの村に来たのは初めてなんだぜ。仮に、初めてじゃなかったとしても、ここで 黒風を操ってから、あの山を越えるなんて、時間がなさすぎるだろーが?」

「そうかしら? 普通の人にはない 力があるんだもの、それを使って、一瞬に移動できるかもしれないじゃない?」

「あのなぁ──」

「そうそう、それから、さっきの事もそうよ」

「今度はなんだよ…?」

 ウンザリしてきたイオータの顔を見て、あたしは反比例するかのように楽しさが増していた。

「本気で相手すれば疑いも晴れるから…とかなんとか言ってたけどさ、実際、あたしが戦えるようになったところで、特別な力があるわけじゃないんだし、あんたみたいに、黒風を追い払える可能性は少ないと思うのよね。だとすると、本気出して教えたって、それこそ、〝本気出してるから…〟 って言う理由でさ、疑いを逸らしてる可能性も考えられるじゃない?」

「おまっ…そこまで──」

 疑おうと思えば、どんなことでも、疑う理由にはなるもんだ…と、自分で言っておきながら、妙に感心してしまった。もちろん、疑われた本人にとっては、たまったものじゃないだろうが…。

 しばらく、何も言えず黙ってしまったイオータだったが、楽しそうなあたしの顔を見て、冗談だということが分かったからなのか、深い溜め息をつくと、いつもの口調で、〝自分はシロだ〟 と訴え始めた。

 しかも、真面目に…。

「〝見えるが力なり〟 って言ったの憶えてるか?」

「え…?」

「あんたの中にも、ちゃんとあるんだぜ、特別な力は」

 その一言で、今度は あたしが豆鉄砲を食らったハトになった。

「布が弾いてた光も、オレがあんたの短剣に 息を吹きかけた時に見えた、銀色の粉のようなものも、普通の奴等には見えねーんだよ。見えること自体、特別な力でもあるんだからな」

「…………」

「それに、この光だってそうだぜ?」

 そう言って、イオータは上に指を向けた。自然に、あたしも見上げる。

「ま…さか…!?」

「ああ、そのまさかさ。これも、フツーの奴等には見えねぇんだ。これはな、オレが月から借りた光だが、オレだけの力でもないんだぜ」

「…どういう事?」

 そう聞き返すと、イオータは、一瞬 間を置き、わけの分からない顔を向けるあたしを指差した。

「あんたの力だ」

「……!!」

 あまりにも、現実離れした話に、声も出せなかった。

「気付いちゃいねーだろーがな、事実だぜ。あんたの中に 潜在する力を借りたんだ」

「……そんな事……」

「まぁ、信じられねーのも ムリはないがな、それも おいおい気付くだろーさ。だから、今はあまり深く考えんなよ。──な~んつっても、考えちまうんだろうけどなぁ」

 この数日で、考えすぎるあたしの性格を見抜いてか、イオータはニヤッっと笑って見せた。

 今や、あたし達の状況は形勢逆転されていた。

「──なんにせよ、早ければ、明日…自分の力と、この光が何かしら関係してるってーのに気付くかもしんねーぜ?」

「どういう…意味よ…?」

「まぁ、いいじゃねーか。楽しみにしてろって」

「ヤな奴ね、あんたって…」

「そうかぁ? 」

「そうよ」

「結構、親切だと思うけどなぁ」

「どこが?」

「今みたいなのに決まってんだろ? オレは、推理小説の結末が分かっても、黙ってるタチなんだよ」

「なに、それ?」

「つまりぃ、せっかく楽しみにしてる結末をバラしちまう方が、不親切だってことよ。分かるか?」

「その意味は分かるけど…」

「んじゃ、いいじゃねーか。そーゆーことだからよ。とにかく、待ってろって、な?」

 聞き分けのない子を諭すように、イオータはあたしの頭をポンポンと叩いた。

 ──ったく、あたしゃ子供じゃないっつーの。

 結局、何を言っても、その話に進展が見られないと思ったあたしは、それ以上の追及を諦めた。その気持ちが彼にも伝わったようで、すぐに、新たな話が始まる。

「──あぁ、そーいや、もう一つ思い出したぜ」

「何よ?」

「赤守球の意味だよ」

「え…?」

「今日、帰ってきてからジーネスが教えてくれたんだ。赤守球は 〝愛〟 ってゆー意味らしいぜ。まぁ、他の守球の事は、なんも聞いてねーみたいだから、意味は分かんねーらしいがな」

「へ…ぇ、そう…」

「これで分かっただろ? そんな 〝愛〟 の力、このオレが欲しがると思うかよ? そんなもんに頼らなくても、オレはちゃんと手に入れられるからな」

「…あ、そう。でも、人の欲って、思ったより深いものよ」

「おまっ…ほんとに、頑固っつーか…、人の言う事、素直に聞き入れねーなぁ? 冗談だって分からなかったら、泣いてるぜぇ?」

「誰がよ?」

「オレに決まってんだろ?」

 イオータはそう言って、自分の胸に親指を当てた。これも、また、冗談と分かるから、お互いに笑ってしまう。

「あぁー、頑固っつーので思い出したけどよ。あんた、子供が苦手なんだって?」

「……え!?」

 突然の事でもあるが、気付かれたくない事でもあったため、そのあとの言葉が続かなかった。けれど、その無言が、彼の質問を肯定することとなってしまった。

「本当の事なんだな?」

「…それと、〝頑固〟 とどういう関係があるのよ?」

「あん時、ぜってー認めなかっただろ? しかも二回もだぜ?」

「あの時?」

「ああ。ジーネスの家に初めて入った時だよ。オレの前にいたのに、いつの間にか後ろに隠れてたし、戦術の話のあとだって、自然と後ろに行きやがって…。〝何でだ?〟 っつっても、〝そんなことない〟 の一点張りだったじゃねーか。だから 聞ーたんだよ、〝あの頑固さは先天的なものか?〟 ってな」

「…ラディに?」

 とても分かり切った事だったが、思わず聞いてしまった。

 ネオスが人の弱みや苦手とする事を、ペラペラと喋る性格ではないし、なにより、一日中 あたしと行動してたから、そんな会話を交わす時間などないのだ。もし、ここにミュエリがいたら、彼女が言った可能性も十分に考えられるのだが、実際は、いないのが現状。──とすれば、残るはラディしかいないという事になる。

 案の定、イオータは首を縦に振った。

「でも、責めてやんなよ? オレが聞ーた事に、あいつは素直に答えたまでだからな」

「…分かってるわよ」

 本当は、〝余計なことを…〟 と、ほっぺたでもつねってやろうかと考えてた所だが、先に釘を刺されてしまい、そう答えるしかなかった。

「──けど、何で嫌いなんだ?」

「べ、別に…嫌いなんて言ってないでしょ? ちょっと、苦手なだけよ」

「どっちでも似たようなもんじゃねーか」

「あ、そう! どうせ、子供好きな人から見たら、嫌いでも苦手でも、冷たい人間だって事には変わりないものね」

「おいおい、なんでそーいう話になるんだ? オレは、そんな事、一言もいってねーぜ?」

「言ってなくても、そういう偏見は持ってたりするでしょ?」

「なんだ、誰かに言われたのか?」

「い、言われては…ないけど…」

「んじゃ、あんたは自分の事、〝冷たい人間〟 だって思ってんのか?」

「思うわけないじゃない」

「だったら、その偏見はあんたの方が持ってんじゃねーか」

「…………」

 反論しない…というか、出来ない あたしが、それで納得したと悟ったのか、イオータは、これぞ、本題とばかりに、話を続けた。

「それに、オレは、そんな事を言おうとしてるんじゃねーんだよ」

「じゃぁ、なによ?」

「何で苦手なのかと思ってな…」

 最初の質問となんら変ってないと思ったが、彼の表情だけは違った。また、あの目だったのだ。遠くを見るような、寂しそうな目…。

「…なんで、そんな事 聞きたいのよ?」

「アイツも、いつの間にか子供と接しなくなったからな…」

「ア…イツ?」

 そう 聞き返すように繰り返したが、〝アイツ〟 が誰を指しているのかは、あの目で分かることだった。つまり、彼と一緒に旅をしていた人なのだ。

「いつの間にかっていうと、最初は子供好きだったって事?」

「ああ。普段はオレの方がガキっぽいんだけどな、子供と一緒に遊ぶ時は、すっげー無邪気になるんだぜ。けど、ほんとに、いつの間にか…気が付いたら目も合わせようとしなかったんだよな」

「どうして…よ?」

「知るかよ? 聞ーても、何も答えなかったし、分かったら、あんたに聞かねーってぇの」

「そ、そりゃ…そうよね。でも、あたしに聞いたって、なんの参考にもならないんじゃない?」

「あんたは最初からで、アイツは途中から、だからか?」

「そうよ。それにさ、そういう理由って、人それぞれでしょ?」

「まぁな…」

「だいたい、あたしが最初から苦手だっていうのを聞いてるなら、その理由も聞いてるんじゃないの? あいつに」

 もちろん、この時の 〝アイツ〟 とは、ラディのことだ。

「ああ。なんでか…っつーのは聞ーたぜ」

「だったらいいじゃない。それとも、また 確認したかったとでも言うの?」

「ンなわけねーだろ?」

「じゃぁ、どうしてよ?」

「〝本人に聞いてみろ〟 って言われたんだよ」

「──ったく、そこまで言ったんなら、全部 言えばいいじゃないのよ。いっつも、中途半端なんだから、あいつわ…」

 言うなら全部、言わないなら 最初から言わない…どうしてそんな簡単なことが出来ないのよ…と、ラディに対して湧き上がるイライラを独り言のように吐き出した。

「だから、そう怒ってやんなって。それに、あいつもその理由を知らないみたいだしな」

「……え?」

「え…って、あんたが驚くことねーだろ? あんたが、その理由をラディに話してたところで、あの性格じゃぁ、忘れるのが当然さ。それぐらい、あんただって予想できるこったろ?」

「あ…まぁ…そうだけど…」

「──で、実際はどうなんだよ? 何で、苦手なんだ?」

「それは…その…」

 正直、言葉に詰まった。その理由を言いたくないというより、改めて考えてみて、何がそんなに苦手なのか、自分でも分からなかったからだ。

「なん…でなんだろ…?」

「は? なんだ、それ?」

「いや…だからさ…なんで苦手なのかなぁ~って…」

「おまっ…ふざけてんのか?」

「そんな事──」

「んじゃ、言いたくねーって事か? だったら、始めからそう言えよ──」

「だから、そうじゃないってば」

「じゃぁ、なんなんだ?」

「だからぁ…苦手だって言うのは間違いないんだけど、何でかって言う理由を、考えたことなかったから…」

「はぁ…!?」

 あたしの言い分に、イオータは二の句が次げなかった。

 そりゃそうよね…。理由もなく苦手だって言われて、〝なるほど〟 と納得するやつはいないだろう。なんでもそうだけど、〝普通〟 というレベルに理由はなくても、〝好き〟 とか、〝嫌い〟 という感情には、何かしら理由が存在するものだ。それがないというか、分からないというのだから、呆れられても仕方がない…。

 そんな事を考えてる時、ふと、ある事を思い出した。

「そういえば、ばば様が言ってたわ…」

「ばば様? 誰だそれ?」

「パーゴラのばば様よ。あたしの村で一番の長老…。ほら、〝旅に出ろ〟 って言われたって言ったでしょ。その人よ」

「ふ~ん。──で、その人がなんて言ったんだ?」

「あたしに直接言ったわけじゃないんだけどね。小さい子達と接しないあたしを心配して、ネオスがばば様に相談してたのを、たまたま聞いたのよ。その時 言ってたのは 〝妹とか弟みたいな存在がいないから、接し方を知らないんだろう…〟 って」

「接し方…ねぇ…」

「そう…。あたしも、それ聞いた時は、そうかもしれないって思ったんだけどね。それ以上、考えたことなかったしさ…」

「ふ~ん。それで、その人は、その可能性しか言ってなかったのか?」

「うん。ちゃんとした理由はね」

「なんだよ、その なんか含んだ言い方は?」

「別に、含んじゃいないけど…。ただ、〝もしくは…〟 って言いかけただけよ」

「もしくは…?」

「そう。でも、それ以上は言わなかったわ。〝別の理由があるにしても、そのうち分かるだろう〟 って言ったっきり、話が終わったのよ」

「………そのうち分かるだろう…か」

 イオータはそう繰り返したまま、黙り込んでしまった。

 あたしには、その光景がとても異様に思えた。黙り込んでしまったイオータが異様というよりは、子供が苦手と言う理由をそこまで真剣になって解明しようとする姿勢の方だ。

 そんなに重要なことなのだろうか?

 こう言っちゃなんだけど、亡くなった人が、子供を苦手になった理由を知って、今更 何の解決になるというのだろう。

 そんな疑問を投げかけようと、口を開きかけた時、それまで何かを考え込んでいたイオータが独り言のように呟やいた。

「もう少し待つしかねーか…」

「……え?」

「あぁ~、腹減ったぜ。なぁ? 訓練もコミュニケーションも一段落したし、帰ろーぜ」

 自分の中で納得したからか、それとも整理がついたからなのか…彼は、あたしの疑問符に答えることなく、木刀を拾い さっさとジーネスの家に帰り始めた。

「ちょ、ちょっと…なによ…」

 あたしにしてみれば、一段落などしていない。だけど、引き止めてこれ以上の話をするには、体があまりにも正直すぎた。言いかけた途端、お腹の虫が訴え始めたのだ。

 〝話だけでは満腹にならないよ〟 と。

 だから、そのまま口をつぐみ、黙って彼の後を追うことにしたのだった…。


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