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女神伝説  作者: Sugary
第一章
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2 旅の始まり ※

 これは夢…?

 森の入り口を見上げたまま、あたしはそう自分に問いかけてみた。

 そう、きっと夢だ。〝平穏な毎日〟というぬるま湯に浸かっていた心が見せた、酷い夢…。──じゃなければ、ばば様にしては珍しいイタズラに決まってる。だからばば様、早く言いに来て。〝一生に一度の大きなイタズラだったんじゃ〟って。そしたらあたし、〝趣味が悪すぎよ〟って笑うから。大丈夫、怒ってなんかいないわ。だって、今頃はみんなあたしを探し回ってるんでしょ? だから待ってる。道に迷った時は動かない方が良いって知ってるから。きっと来てくれる──

 そう信じて、あたしはこの森の入り口で待っていた。いや、信じたくて待っていたのだ。でも本当は気付いている。そんな時間なんかとっくに過ぎているし、いつまで経っても誰も迎えに来てくれないことも。だから夢だと思いたいのだ。それなのにこの夢はどこまでも意地悪で、これは夢じゃないんだ…とあたしに突きつけてくる。

 見上げる木々の群集が見る見るうちにぼやけてきたかと思ったら、頬を伝う涙の暖かさで現実に引き戻された。そして昨日の夕方、ばば様に言われた言葉が今も耳から離れない。


 〝ルフェラや、お前は特別な人間じゃ。ここで一生を過ごす事はできん。旅に出ていろんな人と出会い、自分を見つけることができた時に、またここへ戻ってくるんじゃよ〟


 それはつまり、この村を出て行けという意味だった。

 どうして…? どうしてこんな事になっちゃったの? 今更ルーフィンを恨むわけじゃないけど、やっぱりあんなこと言うんじゃなかった…。

 あたしは後悔の念に駆られながら、〝あんな事〟を思い出していた。

 妖精の夢を見たのは一ヶ月ほど前。なんでもない、ただの夢だったのに…全てはそこが始まりだったのだ。



 地の月が終わろうとしている頃、あたしはここ何日とそうしてきたように、ルーフィンを呼んで一時間ほど早く家を出た。理由は簡単。畑に行くはずのミュエリが毎日森にやってくるため、少しでも平穏な時間を過ごそうと考えたからだ。涼しいうちに…という理由で早めに仕事に出かける人も多く、畑で働くミュエリのおばあちゃんもその中の一人だった。

 森に続く一本道の途中には、そのおばあちゃんの畑がある。あたしがそこを通るのと、おばあちゃんが畑に入るのは大体同じだったので、仕事前の短い会話が日課のようになっていた。

「おはようございます、おばあちゃん!」

「あぁ~、おはよう」

「ミュエリは?」

「いんやぁ…」

「ですよね…」

 見れば分かることだが、毎日同じ質問をして二人で苦笑いするのがここ最近の流れになっていた。そして今度は誰に注意してもらったら聞くかとか、野菜の育ち具合がいいとか…そんな他愛もない話で終わるはずだったのだが、この日は少し違った。

「今朝は、ワシよりも早く出て行ったよ」

「え、もしかして森に…?」

「あぁ~。昨日はネオスに置いていかれたから…とかなんとか言っておったからなぁ…」

「じゃぁ、もう森に着いてネオスを待ち伏せしてるわね…」

「そうじゃのぅ。──毎日毎日、すまんなぁ、ルフェラ…」

「ううん」

 あたしは首を振った。

 そりゃ確かにウンザリはしてるけど、おばあちゃんが謝る事じゃない。たった一人の孫が可愛いのは当たり前だし、その気持ちを考えれば思っていても言えるはずがなかった。ただそれ以上に気になるのは──

「あたしより、おばあちゃんの方が大変でしょ」

 ──という事だった。ただでさえ人手を必要とする畑仕事に、ミュエリを戻す事ができなくて申し訳ない気持ちがあったのだ。

「まぁ、確かに大変だけんどなぁ。ワシは、あの子が幸せで笑っていてくれるならそれでいいからのぉ」

「そうね…」

 それがおばあちゃんの願いなら、それ以上言う事はなかった。愛する人の幸せを願うのは当然の事だからだ。

「…じゃぁ、あたし行くわね」

「そうじゃの。気を付けてなぁ…」

「うん、おばあちゃんもね」

 そう言って手を振ると、おばあちゃんも畑の方に足を踏み入れた。──が、すぐに何か思い出したようで、

「そうじゃ、ルフェラ…」

 ──と振り返った。

「う…ん、何…?」

「…ミュエリのこと、よろしく頼むわなぁ」

 その時のおばあちゃんの雰囲気はもちろんだが、言葉が言葉だけに〝え…?〟と思った。

「お、おばあちゃん…?」

 〝どうしたの?〟と続けようとしたが、おばあちゃんはそれだけ言うと、クルリと背中を向けて畑に入っていってしまった。そんな時だった。おばあちゃんの頭の上で、何かが見えた気がした。ううん、正確に言えば〝光った〟のかもしれない…。

 何が…?

 そう思い眼を凝らしてみたが、光らしきものはそれっきり何も見えなかった。見えたとすれば、太陽の光によって金色に輝いて見えるおばあちゃんの白い髪くらいだ。

 気の…せいかな…?

 見れば見るほど髪のような気がして、あたしはルーフィンに声をかけ、再び森へと歩き出したのだった。


 森に着くと、ミュエリが木の根元で落ちてきたケルプ実を拾っていた。

「あら──」

 あたしに気付いて何か言いかけた所で、上から降ってくる声に遮られた。

「おはよう、ルフェラ」

「…おはよう、ネオス」

 見上げてネオスに挨拶すると、すぐに勝ち誇ったようなミュエリの声が続いた。

「今日は遅いのねぇ、ルフェラ?」

 そんな言葉に溜め息を付きながら、あたしも負けじと言い返す。

「あら、そう? ひょっとして、昨日の夜から泊り込み?」

「どういう意味よ、それ?」

「ネオスに置いて行かれたくない誰かさんからしたら、遅いかもしれないわね…ってことよ。──行くわよ、ルーフィン」

 あたしはそれだけ言うと、フイっと顔を背け森の奥へ入っていった。とにかく、ミュエリのいないところで仕事に取り掛かろう…そう思ったのだ。

 一段と力強さを増す森の中は、生い茂る沢山の葉によって暑い日差しが遮られていた。更に奥に進めば地面の湿気も加わるため、その涼しさはより一層心地よくなる。隙間を縫って入ってくる光の柱はまるで透けたカーテンのようにも見え、森の奥を幻想的に映し出していた。そんな光景を目にすれば、自然とその先に進みたくなるというのが好奇心というもの。

 あたしは仕事のことなどすっかり忘れ、吸い込まれるように進んでいった。そしてかなり奥まで進んだことに気付いたのは、微かに水の跳ねる音を聞いた時だった。水の流れる音は聞いた事があるが、跳ねる音は聞いた事がなかったのだ。あたしは我に返ったように、意識的に周りを見渡してみた。

 ここはいったい─…?

 そこで初めて、自分が見知らぬ場所にいる事を知った。こういう時はすぐにでも引き返すのが正解だ。だけど音の正体が知りたいとも思う。その気持ちを優先できるのは、ルーフィンが一緒だったからだろう。

「今の聞こえた?」

 すぐ傍で歩いているルーフィンに話しかけたが、別に答えを求めたわけではなかった。単に〝音の正体を確かめるわよ〟という、メッセージを伝えただけだ。

 あたしはその場で立ち止まり、どの方角から聞こえてくるのかジッと耳を澄ました。


 ピシャッ──


 こっちだ──

 反射的に聞こえた方に顔を向け、数歩歩いては止まって、また音を確かめた。そうして四・五回ほど繰り返しただろうか。音の聞こえた方に足を動かしたとき、突然目の前が真っ白になって目の奥に痛みが走った。思わず目を閉じてしゃがみこんだが、目の奥の痛みはすぐには消えなかった。

『大丈夫ですか、ルフェラ?』

 ルーフィンは必ずと言っていいほど、あたしの手が触れる位置に来てくれる。頭に触れていないと声が聞こえないため、敢えてそういう位置に来てくれるのだ。

「なんか目の前が真っ白になって─…」

『水面の反射です』

「水面の─…?」

 ルーフィンの言葉を繰り返し、あたしは何とかそっと目を開けてみた。目の奥の痛みはまだあるが、景色はちゃんと見えた。

「いず…み?」

 目の前にはそれほど大きくない、でも小さくもない丸い形の泉があった。その水面が鏡のように光を反射して、あたしの目を直撃したらしい。今はしゃがんでいるため、反射の光が逸れているのだ。

 この森にこんな泉があったなんて…。

 その事実に驚きながらも、同時に〝どこから光が…?〟と疑問が浮かんだ。それを確かめたくて泉に近付けば、またしてもあの音が聞こえた。そして微かだが、そこに広がった水の波紋を見つけたため思わず走り寄っていた。

 水面に広がる水の波紋の位置からスッと視線を上にあげると、泉を囲むように生えている木々の葉が水面の方へ張り出しているのが見えた。そこから落ちる水滴かと思ったが、昨日もその前も雨は降っていない。

 だとしたらどこから?

 そう思った時、再びまた同じ音が聞こえて波紋が広がった。しかも、さっきとは別の場所だ。不思議に思いつつも水面を揺らす水の波紋を眺めていたあたしは、その水の綺麗さに目を奪われてしまった。どこまでも透き通り、手を伸ばせば底にまで届きそうなくらいだ。だけど、こういう所は浅いように見えて結構深い。

 あたしはその場に座り込み中を覗き込んだ。水面に映った自分の顔が思った以上にバカっぽく見えて、思わず笑ってしまう。フッと吐き出した息で水面がフワッと揺れた時、底の方でキラリと何かが光ったのが見えた。魚かと思い目を凝らしてみると、新たな事に気付いた。魚どころか、水の中にいるはずの生き物がどこにも見当たらないのだ。

 こんな綺麗な水なのに…?

 不思議に思ったが、逆に綺麗すぎて住めないという事もあるかもしれない、とも思った。だとしたら、さっきの光は何なのか…。

 あたしはもう一度、その光った場所を注意深く見てみることにした。すると、またキラリと光った。思わず地面に着いていた手に力を入れ、更にグッと水面に顔を近付ける。さっきより注意深く、水面を揺らさないよう息も殺した。なのに、どんなに目を凝らしてもそれらしきものが見つからない。

 おかしい…。

 あたしは水面から顔を離し、上体を起こした。

 見えるのに見えないって、どういう事…?

 訳が分からず何とはなしに水面を眺めていると、水の中にも森がある事に気付いた。いや、正確には〝森があるように見えた〟だ。実際は周りの景色が水面に映り込んでそう見えただけだ。光っている場所は、ちょうどあたしの左側にある大きな木。あまりにも大きいため、写り込んでいるのは幹の部分だけだった。──とその時、またキラリと光った。

 そうか!

 視点が変わった事で、それが水の中ではなく景色の中で光ったのだと分かった。

 上だ…!

 あたしはバッと顔を上げた。幹しか映ってなかった実際の木を見れば、思った通り、上の方で光っているものがあった。

「ルーフィン、見える?」

 傍にいたルーフィンの頭に触れ、あたしは光の方を指差した。途端に声が頭の中に流れてくる。

『何かありますね…』

「なんだと思う?」

『…さぁ?』

「確かめるには─…」

『まさか、登るつもりですか?』

「それしかないけど─…」

『高すぎるのはもちろんですけど、手や足をかけるところがなさすぎます』

「そう、よね…」

 でも、ムリだと思うと余計に確かめたくなるのよね…。

 〝そうよね〟と納得しながらも、そんな思いは強くなり─…なかなか目が離せないでいると、それを見兼ねたルーフィンが再び話しかけてきた。

『そんなに気になりますか?』

「うん、まぁ…」

『手に入れたいと…?』

「手に…? ううん、そこまでは思わないけどさ…。ちょっと、なんなのかな…って確かめたいだけよ」

『…………』

「でも──」

 〝ムリなものはムリよね…〟と続けようとした時だった。

『分かりました。あなたがそう望むなら─…』

「え…?」

 思わぬ言葉が流れてきて驚いた。

「分かったって、どういう─…」

 その意味が分からなくて聞き返したが、ルーフィンは答えなかった。その代わり、その場で固まったように動かなくなってしまった。ジッとある一点だけを見つめ瞬きすらしないその様子は、まるで石にでもなったように見える。

「ルーフィン…?」

 少々心配になり声を掛けたちょうどその時、あたしの視界の端の方で何かがチラリと動いた気がした。反射的に振り向くと、なんとあの光が落ちてきたのだ。いや、違う。降りてきたのだ。

 まさか、ルーフィンが…?

 そう思いルーフィンの方を見れば、

『私ではありません』

 ──と即答された。

 じゃぁ、いったい誰が?

 その光りは、どう見てもあたしの方に向かって降りてくる。目が離せずジッと見ていると、ふとある事を思い出した。一ヶ月前の夢だ──

 まさか…?

 そう思うが早いか、光の中に何かの形を見つけた。瞬きも忘れるほど凝視している間に、〝何かの形〟は見る見るうちに鮮明になっていった。

 女の子が何か持ってる…?

 そう思うや否や、石鹸で作った泡が弾けるように光が消えた。

「こんにちは、ルフェラ」

「こんにちは…」

 ──って、ちょっと待ってよ…!? 思わず挨拶したけど、挨拶してる場合じゃないんじゃないの!? だって、これは現実であって夢じゃないんだから! しかもこの子…あの夢に出てきた子とまるっきり同じ顔してるじゃない!?

「あ…え…な、なな…何で──」

「あぁ~、驚くのも無理ないわね。突然、こんなのが出てくるんだもん。──でも、その前に手を出してくれる?」

「え…手…?」

「そう。ちょっと私には重たくて…」

 重い…?

 そういえば何か持ってたわね…と思い出し、言われた通り手を出せば、

「ハイ、どうぞ」

 ──と渡されたのは、小さな雫の形をしたペンダントのようなものだった。ペンダントと言っても留め具はなく、身に付ける事はできないようだ。

挿絵(By みてみん)

 確かに普通の人が持てば小さくて軽い物だが、彼女にとっては少々重いものだろう。──と冷静に納得したものの、そんな事はどうでもいいことだわ…と我に返った。

「せっかく渡したんだから、肌身離さず持っていてね」

「あ…えっと、あたし夢を見てるのか…な?」

「いいえ、現実よ」

「でも、あなたみたいな小さな人は見た事ない─…っていうか、まぁ、夢では会ったことあるけど─…」

「あぁ、前のことね?」

「え…ま、前…?」

 遮るように即答された彼女の言葉に、あたしは更に驚いた。会ったことがあるのは夢の中。しかも、あたしの夢の中だ。たとえ同じ顔をしていても、会ったと言えるのはあたしだけのはず──

 理解できず何も言えないでいると、

「一ヶ月ほど前、あなたの夢の中で会ったわ」

 ──と、これまた驚きの発言が加えられた。

「それって…」

「この森で寝ていた時があったでしょ? その時にあなたと会ったの。ルフェラが見た夢は、簡単にいえば私が作った夢なのよ。まぁ、夢の中に入り込んだって言ってもいいわね」

「夢の、中に…?」

 妖精が〝そうよ〟と頷いた。

「毎年この森にくるけど、あなたったら全然私たちに気付いてくれないんだもの。だからこの前、眠ったのをいい機会にちょっと夢の中に入って細工させてもらったのよ」

「細工…」

「あ、ちなみに私の名前は夢と同じで、テラスエだから」

 〝よろしくね〟とばかりに、テラスエは軽く頭を下げた。つられてあたしも頭を下げたが、もちろん思考能力はゼロだ。現実ではあり得ない光景を現実だと言い、夢まで細工されたと言われて、〝へぇ、そうなんだ〟と納得できるはずもない。だからこそ、思考能力が停止していた。

 そんな状態でボーっとしていると、あたしの目の横をもうひとつの光がスーっと横切った。それが何かなんて考えられず、ただ視界に映ったものを〝映像〟として捉えていたら、

「…フェラ…ルフェラ!?」

 途端に少し鋭い声が聞こえてきた。そこでやっと我に返り、その光がもう一人の妖精だという事に気付いたのだった。

「あ…な、なに?」

「今すぐ帰った方がいいわ」

「どうして…?」

「ミュエリのおばあさんが亡くなったって…」

「え…!?」

 うそ…!? だって、朝はあんなに元気だったじゃない…!?

 妖精との会話より現実的な事なのに、あまりにも突然すぎてそれが現実とは思えない。

「ネオスはミュエリに付き添って先に帰ったそうよ。だからあなたも──」

 あたしは最後まで聞き終わらないうちに、その場を走り出していた。


 おばあちゃんは、一回目の休憩の時に木陰で眠るのが日課だった。時間が来ると自分から起きてくるのだが、その日はなかなか畑に戻ってこなかったそうだ。近くで一緒に働いていた人が心配して声を掛けた時には、既に亡くなっていたらしい。過労が原因だろう…という事だった。

 それから三日後、お葬式はしめやかに執り行われた。

 ミュエリには両親がおらず、唯一の家族がおばあちゃんだった。一人になったミュエリには、ばば様とネオスが付き添っている。あたしとルーフィンは、村全体を見渡せる小高い丘に登っておばあちゃんの話をしていた。

「おばあちゃん、本当に過労だったのかな…?」

 もしそうだとしたら、畑仕事を疎かにしていたミュエリは酷く自分を責めるだろう。毎日のように嫌味を言い合っていても、別に嫌いなわけじゃない。だから、そんなミュエリの姿は見たくなかった。それに〝幸せで笑っていてくれるならそれでいい〟と言ったおばあちゃんの願いまでも、そこで途切れて欲しくない。

 だから、どうにか違う理由がないか探したくてそう聞いたのだ。ルーフィンは、少し考えるように間を置いてから言った。

『村のみんなはそう言ってますが、私は違うと思います。嫌々働いていたのならともかく、あのおばあちゃんは楽しんでいましたから。ただ人一倍頑張っていたから、そう思われたのだと思います』

 そんな言葉に、締め付けられていた胸がフッと緩んだ。

「そう、だよね…」

 確かな根拠はないが、ルーフィンの言葉は不思議と信じられた。いつも落ち着いていて、自信のある口調が安心するのだろうか。あたしは〝良かった…〟と小さく息を吐いた。──がその直後、次に続いたのは驚くべき言葉だった。

『それに、光も見えましたからね』

「え…光…?」

『あの朝、おばあさんの頭の上に白い光が見えたんです。それは──』

「ちょ、ちょっと待って──」

 〝光〟と〝あの朝〟と聞いて、あたしは思わずルーフィンの言葉を遮っていた。

「それって、おばあちゃんが亡くなる日の朝ってこと…?」

『そうです。〝ミュエリのこと、頼む〟って言ってこっちに背中を向けたすぐあと、頭の上に──』

「見たわ…!」

 思い出した光景とルーフィンの説明が同じで、〝それよ!〟とばかりに叫んでいた。

「見たわよ! あたしも見た!」

 その言葉に、ルーフィンは驚いてバッとこっちを向いた。

『本当ですか!?』

「気のせいだって思ってた…。だってほんとに一瞬で…おばあちゃんの髪の毛が光の加減で光ってるようにも見えたから──」

『そうです、それですよ!』

「でも何なの、その光…?」

『死を予知する光です』

「………………!?」

『その光の強さや色で、どういう事が原因で亡くなるのかが分かってしまう、そういう光です』

 そう言われて、誰が驚かないだろうか。声も出せないでいると、ルーフィンは更に付け加えた。

『信じられないのも無理ありませんが、事実です。これから先、死だけではなく色んなことが見えてきます。でもこの事は他の誰にも言わないでください。言ったところで信じてもらえないと思いますが、信じる人がいたら、それはそれで色々と面倒な事になりますから』

 そう言われたが、あたしは返事ができないでいた。そしてなぜそんな光があたしに見えたのか…という事には一切触れず、

『ただし、パーゴラのばば様だけには全て話してください。妖精と出会ったことも全て─…』

 ──という言葉を更に付け加えた。

「どう…して…?」

『ルフェラがこれからどうすればいいか、ばば様が一番よく知っているからです』

「どうすれば…?」

 どうすればいいかって…どういう事? もしかして、見てはいけないものを見たって事なの…?

 不安に駆られ独り言のように呟けば、そんな気持ちに追い討ちを掛けるようなルーフィンの一言が続いた。

『一日も早い方がいいです』

「────!?」

 それだけ言うと、ルーフィンは〝では…〟とだけ言って自分の居場所へと戻っていった。

 そして全てをばば様に話したのは、それから一週間後のことだった。



 それが〝あんな事〟だったのだ──

 〝一日でも早いほうがいい〟と言ったルーフィンの言葉は、ばば様の口からも発せられた。

 〝一日でも早く旅に出なさい〟

 ──と。

 それが昨日の夕方。あたしは暗に〝出て行け〟と言われた事が辛く悲しくて、その日の夜中に家を出てきたのだ。もちろん一人で…。そして殆ど無意識のうちに歩いて着いたのが、このジャイアントケルプという森の入り口だった。

 ここに立っていると今にもその闇から何かが現れて、この森に近付く者全てを吸い込んでいくような、そんな感覚さえ覚えてしまう。昼間とは全く別の顔を見せるこの森は──いや、この森に限らない。命ある全ての生き物は──自分が無防備になるとき、別の武器で自分を守ろうとする。それが戦いに行った人間であれば、自分の寝床の周りに罠を掛けるだろうし、ある生き物では周りの色と同化し自分の身を守る。この森はそういった怖さを与える事によって守ってきたのだ。

 大きな悲しみにそんな恐怖が重なって、溢れ出した涙はとめどなく流れ落ちた。拭う事すらままならず、あたしは両手で顔を覆うと崩れるように地べたに座り込んでしまった。

 それからどれくらい経っただろうか。自分の口から洩れる泣き声と鼻をすする音だけを聞いているうちに、段々と気持ちが冷めてきて涙が止まっていった。ある程度泣くと涙も枯れるというのは本当なのかもしれない。そんな時、どこからか人の声が聞こえた。いや、もしかしたら声はずっとしていたのに、余裕がなくて聞こえなかっただけかもしれない。とても小さな──でも話し声というには程遠い──そんな声だった。

 こんな夜中にいったい誰が…?

 あたしはその場で目を閉じた。開けていた所でそう変わらないが、耳に神経を集中させたかったからだ。

 草木がこすれ合う音に混じって聞こえてくる声は、その大きさで聞こえたり聞こえなかったりする。蚊の鳴くような…という表現がぴったりで、それはあたしの目の前─…つまり、森の中から聞こえてくることが分かった。

 森の中…。

 一瞬迷ったが、気が付くとあたしは森の中に足を踏み入れていた。誰でもいい、傍にいてほしい…と思うほど、今はとても心細かったからだ。知らず知らずのうちに、足早になる。息が荒くなるのも気にせず、ほとんど無我夢中で進んでいった。聞こえるのは踏みしめる草の音と激しくなる自分の呼吸、そしてあの声だけだった。途切れ途切れだった声がハッキリと聞こえてくると、更にスピードが増していった。

 もうすぐだ、もうすぐ会える──

 そう思った瞬間、何か固い物がつま先にあたって足のリズムを乱した。〝あっ〟と声を出す間もなく体が中に浮く。次の瞬間には、体に衝撃が走っていた。

「いったたた…。なんなのいったい──」

 上半身をゆっくり起こしながら、リズムを乱した正体を見ようと足先の方に視線を移した。──が、当たり前と言うべきか何も見えなかった。それもそうだ。夜が明けていない上に、ここは森の中。今まで何かにぶつかったり、躓かなかったことが不思議なくらいなのだ。

 きっと、石か岩にでも躓いたのね…。

 手の平や肘、そして膝や太もも辺りがヒリヒリするが、ケガの度合いを確かめようにも暗くてよく見えない。だけど今はどうでもよかった。一秒でも早く声の主に会いたかったからだ。

 あたしは体についた土や草をその場で軽く払うと、歩き出すべく再び立ち上がった。──が、鋭い痛みが右足首を襲ったため瞬く間に倒れてしまった。足を乱した原因や擦りむいた痛みに気をとられて気付かなかったが、どうやら躓いた拍子に挫いたらしい。脈打つたびに響いてくる痛みは、骨まで折れてるんじゃないかと思うほどだ。それを調べるため、痛いのを承知で足を少し動かしてみれば──

「痛っ!」

 途端に冷や汗がドッと湧いてきた。それでも、少なからず足は動いた事にホッとする。ただ、この痛みではすぐには歩けない。少しでいい、この痛みが和らぐまでジッとしていようと、あたしは足首を軽く抑えながらその場で目を閉じた。そうして数分ほどそうしていただろうか。あたしはふと、あの声が聞こえなくなっている事に気が付いた。改めて周りの音に耳を澄ませてみたが、やはり何も聞こえない。

 もしかして、あたしが近付いた事に気付いて帰ったとか…?

 そんな…と思ったその時だった。

「なんだ、ルフェラじゃない。どうしたの、こんな所で?」

 聞き覚えのある声が耳元で聞こえて、ハッと顔を上げた。そこにいたのはテラスエだった。体がほのかに光っていて、小首を傾げ不思議な目をしているのが見えた。そんな彼女とは対照的に、愕然としたのはあたしだった。それが声の正体なら、見たくなかったのだ。

「あなた、足を──」

「ほっといて…」

 あたしは彼女の言葉を遮った。

「もう、ほっといてよ…。あたしの前に現れないで…」

 足の痛みと、ここを出て行く原因となったテラスエを目にしたことで、止まっていた涙がまた出てきてしまった。もちろんテラスエが悪いわけじゃない。彼女に当たるのは筋違いだという事も分かっている。だけど彼女を見ると、この村を出て行かなきゃいけない…という現実を突きつけられるから、どうしようもないのだ。故に〝見たくなかった〟というのが正直な気持ちだった。

 痛い足首を押さえながら敢えて彼女を見ないように俯いていると、微かに聞こえていた羽の音が更に小さくなり消えてしまった。いなくなってホッとする半面、無言で去られたことには小さな罪悪感も湧き上がる。

 傷付けちゃったわよね…。彼女が悪いわけじゃないのに、あんな言い方して…。

 少し時間が経つと後悔の方が大きくなった。

 次に会うことがあったら謝ろう…。

 そう思っていると、ふいにまたあの声が聞こえてきた。

「ほら、これを足に当てていればすぐに痛みが取れるわ」

 そんな言葉に顔を上げれば、テラスエともう一人別の妖精が、何か薄っぺらい物を持って目の前で浮かんでいるのが見えた。そのもう一人は、ミュエリのおばあさんが倒れたと言いにきたあの女の子だ。

「ほら、手をのけて」

 足首を押さえていた手を指さされ、謝るタイミングを逃したあたしは言われるがまま手を離した。

「ちょっと冷たいわよ?」

 そう言うと、持っていた薄っぺらい物を腫れているであろう足首にピタッと貼り付けてきた。

「ケルプ実の葉よ。転生の泉で濡らしてきたから、すぐに良くなるわ」

「転生の…泉?」

 思わずそう繰り返せば、テラスエは無言で頷いた。

「私たちが出会った場所、覚えてるでしょ?」

「あの丸い綺麗な水の…?」

「そう。転生の泉─…別名〝治癒の泉〟とも言うけど、みんな半分は信じて半分は疑っているわ」

「どうして?」

「ケガをしたり病気になった時に、あの泉の水を使うと治るけど、死んだ人が生き返ったっていう話は一度も聞かないからよ。まぁ、今では生まれ変わる事ができるのは、特定の人なんじゃないかって考え始めてる人もいるけどね」

「…………」

 水で治るってだけでも信じられないのに、人が生き返れるなんて─…。まるでおとぎ話だわ…。

 あたしにとっては全く理解できない、別世界の話のようだった。

「どう? もうそろそろ、痛みもとれてきたんじゃない?」

「え…?」

 テラスエに言われ、足首の痛みに気を向ければ…。

「え…あ、あれ…?」

 さっきまでの痛みが嘘のように引いていた。

 うそでしょ…?

 張りつけていた葉を剥がし、恐る恐る動かしてみる。すると、多少の痛みは残っているものの足首を回す事ができた。立ち上がる時の痛みもそれほど感じない。歩くのを想定して徐々に体重をかけていくと、歩ける…と思えるほど痛みがなくなっていた。それを確認したテラスエは、安心したようにニッコリ微笑んだ。そして、

「さぁ、行くわよ」

 ──と言って体を翻すと、またもや軽やかに飛んでいった。

「ちょ、ちょっと待ってよ…。行くっていったい何処へ…?」

 酷い事を言ったのに、怒るどころかあたしの足首を心配してくれたからだろうか。それとも、転生の泉という不思議な泉の話を聞いたからかだろうか。今のあたしの中に〝ほっといて〟という気持ちはなくなっていた。

 少しでも目を離せば彼女の姿を見失いそうで、気付けば慌てて──右足を庇いながらも──彼女の後を追いかけていたのだった。


 森の奥に行けば行くほど暗い闇に包まれていくはずなのに、どうした事か、ろうそくが一本、また一本と増えていくようにだんだんと明るくなっていった。一瞬、夜が明け始めたのかと思ったが、そうではなかった。その明かりは、テラスエや他の仲間達の体から出ているものだったのだ。

「みんな! ルフェラを連れてきたわよ!」

 テラスエの声が泉のある空間に響くと、それまで夜の木に咲く花のように輝いていた明かりが見る見るうちに舞い降りて、あっという間にあたしの周りに集まってきた。

「こんばんは─…じゃなかった。おはよう、よね、ルフェラ。私はサトリナ。もう足は大丈夫なの? テラスエから挫いたって聞いたけど…」

 サトリナは、初めて目にするショートカットの女の子だった。

「まだ少し痛いけど、平気よ。ありがとう」

「そう、よかったわ。でも、もう少しあの泉に浸した方がいいかもね」

 あたしは軽く頷いた。すると今度は、サトリナの後ろにいた男の子がスッと前に出てきた。

「僕はサトリナの兄で、ビーグル。今、歌う会の真っ最中なんだ。これから僕とサトリナが歌う番なんだけど、よかったら泉の水で擦りむいた所を濡らしながら聞いててよ」

「うん、ありがと…ビーグル」

 その声が合図にでもなったかのように、集まっていた仲間が雲の子を散らすように元の場所へと戻っていった。あたしもテラスに勧められ、彼らの言う通り丸い泉に向かって歩いていった。泉の縁に腰掛けると右足を浸し、擦り剥いた箇所は手ですくった水を傷口に塗り込むようにした。すると、瞬く間に軽い傷は治っていった。足の痛みが引いた時も驚いたが、目の前で傷口が塞がっていく様を目にすると、不思議な感動すら覚えてしまう。

 高く澄んだサトリナの声が聞こえてくると、少し遅れてビーグルの優しい声が合わさった。メロディも美しいが、重なった二人の声がとても心地良い。体中に音楽が流れ込むようで、自分までその音の一部になっていくような気がした。それは他の妖精たちも同じようで、酔いしれるように聞き入る者もいれば、音楽に合わせて踊りだす者もいる。泉の上をスイスイと泳ぐように、そしてクルクル回ったり、時には水面を蹴って波紋の柄を楽しむ者もいた。一緒に口ずさむ者が増えると、深みが増して鳥肌が立つほどだ。そんな様子を心地良い感覚で見ていたら、なぜか急に数日前の出来事が蘇ってきてハッとした。

 これだったんだ…!

 水の綺麗さに目を奪われて忘れてしまったが、何もない水面で水が跳ねる音がしたり、水の波紋が広がったあの現象の事だ。あれは全てテラスエたちの仕業だったんだ、と。

 目の前の光景と音を聞きながら、あたしはようやく理解した。そして同時に、さっき森の入り口で聞こえた声が、彼女たちの歌だという事にも気が付いたのだった。

「それで?」

 あたしの左肩に腰を下ろしていたテラスエが、そっと耳元で囁いた。

「こんな夜中に…というか、日も昇らないうちにどうしてここに来たのかしら?」

 その質問は、音の一部になっているような感覚から一瞬にしてあたしを現実の世界に引き戻した。

「………………」

「隠したってムダよ。その目元を見たら、泣いてた事ぐらいすぐ分かるんだから。まさか、転んで泣いたなんて子供みたいなこと言わないわよねぇ?」

 喋り口調がどことなくミュエリに似ていたが、今はなんとも思わなかった。むしろ、そんな口調でもミュエリがいてくれたら…と思ってしまう。

 あたしは、いっそのこと話してしまおうと思った。どうせ出て行く事になるなら、彼女と会うのも最後だろうし、その方が楽になれる気がしたのだ。

 あたしはひとつ大きく息を吸って吐き出した。そしてこうなった出来事を事細かに話し始めた。テラスエ達の姿が見えた事や、ミュエリのおばあちゃんが亡くなる前に見た光の事、それをばば様に言ったら、この村を出ていけと言われたことなど…。話しているうちに、またもや目頭が熱くなり涙が溢れてきた。

「自分を見つけたらって─…どうして、あたしだけ? ここにいたって大人になっていく人は沢山いるでしょ? ううん、沢山っていうより、みんなよ。なのに、どうして…?」

 テラスエがその答えを知っているとは思わない。だけど、そう口にしなきゃいられなかった。

「お前は特別だから旅に出なさいって格好良いこと言ってるけど、それは嘘だわ。あたしをムリヤリ納得させようとしてるだけ。ほんとはこんな気味の悪い者をここにいさせたくないだけよ」

「それは違うわ、ルフェラ」

 テラスエが否定した。それも自信を持った口調だったから、あたしは驚いて顔を上げた。

「違う…?」

「ええ。だって、あのばば様よ? 本当に気味が悪くて追い出したかったら、もっとハッキリと言うわ。それに、ルフェラがこの村の何かに関わる事で気味の悪い人間になるなら、その関りを持たないようにすればいいだけだもの。予期できる力でこの村を守ってきたばば様なら、もっと早くから対処をしてるはずでしょ? それをしなかったって事は、本当にルフェラが特別な人だって事よ。ただ、その特別な者には特別な者に必要な経験や知識がいるの。それをよく知っているばば様だからこそ、旅に出るよう言ったんだと思う」

 〝思う〟と言った割には自信満々に話すのね、と言いたかったが、それより何よりテラスエの言った事が本当にあり得ることなので素直に頷いてしまった。

 ばば様には、未来を見たり災いを回避させる不思議な力がある。だから村で何か困った事があると、必ずと言っていいほどばば様に相談するのだ。それが占いというものだと知ったのは、ここ数年ほど前のことだが。

 あたしが何も言わない事を〝納得した〟と理解したのか、テラスエは話を変えた。

「それはそうと、ここであなたに渡したペンダントって持ってきてるの?」

「え…?」

 言われて一時的に入れていた短剣の鞘を揺らしてみたが、音はなにもしなかった。

「あ、あれ…?」

「まさか失くしたの?」

「あぁ、ううん、そうじゃなくて─…」

 どこに置いたのかと記憶を辿れば、そういえば枕の下に置いたままだ…と思い出す。

「忘れたみたい…。今から取りに行ってたら、みんなに見つかっちゃうよね」

「…そうね。でも、取りに行かなくても大丈夫みたいよ?」

「…………?」

「ほら、聞こえない? あっちの方から」

 テラスエの指差す方を見ながら耳を済ますと、微かではあるが、あたしの名前を呼ぶ声が聞こえたのだ。

 あれは──

「ネオス…? ──ううん、それだけじゃない。ラディやミュエリの声も聞こえる…」

「あなたを追ってきたのよ、きっと。あと忘れたペンダントを届けにきたのもあるわね。彼らがいるってことは、間違いなくルーフィンもいるはずよ」

 森の入り口にいた時なら、誰かがあたしを見つけても不思議じゃない。だけど今いるのは森の奥深くだ。しかも〝ここにいる〟と叫んだなら分かるが、それもしていないのにネオス達の声は確実にこっちに近付いてくる。テラスエの言う通り、ルーフィンがいるのだ。そしてあたしの匂いを追ってこっちにやってくるのだろう。

「でも、どうしてみんなが…?」

「〝旅は道連れ〟ってよく言うでしょ。いい友達を持ったわね。私たちはこれで消えるけど、これだけは覚えておいて、ルフェラ。自分が正しいと思ったら、それを信じて突き進むこと。これから歩む道も、信じた方に向かえばきっと前が開けるはずよ。だって、旅はいつも自分を信じることから始まるから」

 そう言ってテラスエはウインクした。ネオス達が近付いてくるのを他のみんなも悟ったのか、気が付くと歌うのをやめ、あたしを取り囲んでいた。そしてテラスエの〝じゃぁ〟という言葉と同時に、ポツポツと家の明かりが消えていくように姿を消していった。途端に辺りは暗くなってしまったが、今度はテラスエ達と入れ替わるようにして松明を持ったネオス達が姿を現した。


「あ~、いたいた! ──ったく、オレらに黙って出てくなんて酷いんじゃねーか?」

 あたしと目が合うなり開口一番そう言ったのはラディだった。

「夜中にいきなりこいつがきてよ…」

 そう言ってネオスを顎でしゃくった。

「お前が村を出たって言うじゃねーか!? もう、ビックリだぜ。ワケ分かんなかったけど、とりあえず、ばば様んちで話があるって言うから行ってみたら、ミュエリもルーフィンもいるし…」

「ほんと迷惑な話よね。私なんて、ネオスとデートしてる夢を見て幸せな気分に浸ってたっていうのに。だいたい、あなたが一言〝行く〟って言ってたらこんなに慌てふためく事もなかったのよ? だけど、呼びに来たばば様がネオスもその旅について行くって言うし─…黙って見送るわけにはかないじゃない」

 そう言った割には、その髪はしっかり整えられていた。だけど、あたしは何も言い返す気にはなれなかった。

「ばば様から聞いたぞ。自分を見つける旅に出るんだってな。まぁ、それを聞いた時はさすがのオレも驚いたけど、〝かわいい子には旅をさせろ〟っていう言葉もあるし、いいんじゃねーか? それよりも、オレ達に黙って出て行こうとする事が悲しいって!」

 ラディはそう言いながら、あたしの隣に荒っぽく腰を下ろした。

 かわいい子には旅をさせろ…か。あたしが妖精を見たからとか──未だに信じられないけど──死を予知する光を見たから…という話は聞いてないんだ…。それもそうよね。誰にも言っちゃいけない。もし言ったところで信じてはもらえない─…そう、ルーフィンも言ってたもの…。

 本当の事情を知っているかどうかは別にしても、二人の話を聞くだけで行き着く結論は見えてくる。込み上げてくるものを懸命に堪えながら、それを確かめたくて聞いてみた。

「みんな、ついてきてくれるってこと…?」

「そうだよ」

 やっと口を開いたのはネオスだった。

 もう、その言葉だけで十分だった。今までの心細さが、彼のその優しい一言で消え去った気がした。あたしは一人じゃない、みんな傍にいてくれる。ただそれだけの事がこんなにも勇気の湧いてくる事だなんて…。あれだけ泣いたのに、あたしの目からまた大粒の涙が溢れた。

「泣くなよ、夜が明けたら出発すんだろ?」

 そう言って肘で小突くラディに泣いてる顔を見られたくなくて、あたしは俯いたまま首を縦に振った。


 それがあたし達の旅の始まり─…ううん、あたしの旅の始まりだった──

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