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女神伝説  作者: Sugary
第三章
29/127

7 身に付けた赤い球の捜索 <3>

 無事、家に辿りつくと、ラディ達はすでに帰ってきていた。

 意外な事実に驚く…。

 後々の事まで考える、用意周到なネオスとは違い、目先の事にしか頭にないラディだ。帰り道のことなど考えることなく、前に突き進んでいくはずだから、間違いなく、迷いに迷いまくって、帰ってくるのが遅くなると思っていたのだ。それが、遅いどころか、あたし達より早かったから、驚いてしまう。しかし、同時に、早く切り上げたか…? という疑いも持ってしまうのだが…。

「お帰りなさい! おにいちゃん、おねえちゃん」

 玄関の戸が開き、あたし達の顔が見えると、待ってましたとばかりに、シリカがネオスに飛びついた。

「ただいま。ちょっと遅かったかな?」

 〝首を長くして待ってる〟 とは言ったものの、あたし達の感覚では、仕事に出掛けて帰って来る時間と さほどかわらない。その為、首が長くなるまで待たせてる気はなかったのだが、子供にとっての 〝早く帰ってきて〟 と言うのが、いつなら 〝早い〟 のかが分からない。だから、ネオスはそう聞いてみたのだ。しかし、そんな気遣いはいらなかったようで、シリカも、あたし達の帰りが遅いとは思ってなかったらしく、彼の言葉に一瞬不思議そうな顔をした。そして、ネオスが先に帰っていたラディ達を見たのに気付くと、大きく首を振った。

「ううん。二番にいちゃんと三番にいちゃんも、ちょっと前に帰ってきたばかりだよ」

「そっか。じゃぁ、約束は守れたのかな?」

「うん。バッチリ! シリカも、いい子でいたんだよ」

「それはすごい! えらいね」

 頭を撫でられ、この上ない笑顔を見せたシリカだったが、すぐに真面目な顔になった。

「ねぇ、ねぇ、おにいちゃん」

「ん…?」

「ちょっと、お耳 貸して」

 途端に声が小さくなったものだから、ネオスも周りを気にしながらその場でしゃがみ込む。同時に、シリカは両手を彼の耳に当て、なにやら囁き始めた。

 当たり前のことだが、あたしには彼女の声は聞こえてこない。

 しかし、短い話は質問だったようで、ネオスが首を小さく横に振ると、シリカは、なんとも複雑な顔を見せた。残念そうで、それでいてどこか嬉しそうで…。いったい何を聞いたんだろう…と、こっちが気になってしまったのだが、次の瞬間には、元のシリカに戻っていた。

「じゃぁ、シリカ、ジーネス姉ちゃんと ご飯作ってくるね」

 そう言うや否や、耳元で結んだ髪を大きく揺らし、台所のほうへ走っていった。

 あたしは、さっきの質問が何だったのか、ネオスに視線を向けた。すると、ネオスもそれに気付いたようで、

「〝もう、探し物は見つかったの?〟 だって」

 と、少し困ったような笑顔を向けた。

「あぁ…」

 それで、あの表情だったのか…。

「ラディ達もまだ見つけてないらしいからね」

「そ、う…」

 ──つまり、大事なものが見つからなくて残念だとういう気持ちと、見つからなければ、まだここにいてくれるだろうという思いが、あの表情だったってわけだ。

「あたし…ジーネスに、お願いしてみるわ。もうしばらくここにいさせてもらえるように…」

 あまり迷惑はかけたくないけど、宿というものがない以上、そうするほかない。

 あたしの言葉に、ネオスは小さく頷いた。

 ルーフィンの言葉から、あたし達に与えられた時間は一週間。それを過ぎたら、ミュエリの安否さえ分からなくなる。赤守球が全ての鍵を握っているのかと問われれば、正直、何も答えられない。そんな確証はどこにもないからだ。だけど、今のあたし達には赤守球を見つけ出す以外 手掛かりという手掛かりがないのも、また 事実だった。

 なんとしても、一週間以内に赤守球を見つけなければ…。

 あたしは、台所に向かうと、シリカと一緒に夕飯を作っているジーネスに、一週間の滞在を お願いしてみた。一人ならまだしも、あたしたちは四人と半分。その人数が一週間も泊まらせてほしい…なんて言われて二つ返事でオーケーしてくれるとは思っていなかった。──が、ジーネスの返事は、あたしの予想を反していた。〝食べ物には困らないですし、何より子供たちが喜びますから、どうぞ〟 と、意外にもあっさり承諾してくれたのだ。

 ちょっと 拍子抜けしたものの、ありがたいことには変わりなく…あたしは 〝何でもするから、言ってね〟 とだけ返し、ラディたちのところに戻った。

 ネオスは、ちょっと離れた所で密かに あの石を眺めていた。

 ついさっきまで、あたし達が帰ってきたことすら気付かないほど、ワイワイと騒いでいたイオータの姿は、もう すでにそこにはなかった。代わりに、疲れ過ぎて、子供たちと遊ぶ気力も残ってないのか、大の字になっているラディが、一人で子供たちと遊んでいた。──というより、なされるがまま、遊ばれていた…と言うのが正しい表現だろう。

 そして、台所の方から現れた あたしに気付くや否や、顔だけをこちらに向けて力のない声を出した。

「おぉ~、帰ってたのかぁ、ルフェラぁ~」

「うん、さっきね…」

「オレは疲れたぞぉ~。お帰りの抱擁をしてやりてーけど、そこまで行く体力が残ってねーんだ。頼むぅ~、ルフェラからこっちに来てくれぇ~」

 そう言いながら、ラディは子供が親に抱っこをせがむように両手を差し出した。

 普通なら、〝だ~れが、行きますか!〟 と舌を突き出す所だが、なぜか、笑えてしょうがなかった。もちろん、ラディにはその意味など分からない。でも、それは あたし自身にも分からないことだった。

「なんだぁ? なんで笑ってんだよぉ~?」

「別に、なんでもないわよ。それより、あいつはどこに行ったの?」

 気分を損ねないよう、やんわりと返すと、ラディはふと思い出したように喋りだした。

「あぁ~、そうそう…。さっき外に出て行ったぞぉ。ルフェラも来るように伝えてくれっつってたなー」

 さっき出て言ったって事は、さっき、その伝言を受けたということだ。──にもかかわらず 〝あーそうそう…〟 と思い出すあたり、よっぽど疲れてるんだという事がよく分かる。

 そりゃそうよね。朝から日が沈むまで歩き続けてきたんだもの…。それはあたしだって同じだ。〝来るように…〟 と言われても、正直、もう座りたい…という思いの方が強い。同じくらい疲れているラディにとって、その伝言を忘れないだけ まだマシなのだ。褒めてもいいくらいだろう。

 そう思うと、柔らかい口調にもなる。

「そう、ありがと」

 あたしは、それだけ言うと玄関に向かった。外に出ると、昨日の夜 ジーネスに勧められた木の椅子に、イオータが腰掛けていた。扉の音で、こちらを振り返る。

「さてっと、行くか?」

「え…?」

 〝来るように…〟 というラディの伝言を受けたものの、実際はその理由を知らなかった。その為、〝いったい、なんなのよ?〟 と言おうとしたのだが、イオータに先を越されたのだ。

「〝え…〟 じゃないだろ? 毎日、夕飯前にするって言ったじゃねーか、これ」

 そう言いながら、イオータは剣の構えをやって見せた。

「あ…あぁ…」

 思い出した…。そう言えば、昨日 言ってたっけ…?

「──ったく。ほら、行くぞ」

 まったくもって、忘れていたという事が分かると、イオータは小さな溜息を付いた。

 一方 あたしは、昨日 言ったことを少々後悔していた。ずっと歩きづくめで、疲れているのに、これから また動かなきゃならないなんて…。しかも、赤守球が見つからなければ、最悪、この一週間、毎日なのだ。

 ああ、もう 泣きたい気分だわ…。

 そんな後悔を抱きながらも、仕方なくイオータの後をついていくことにした。──と、同時に、ある疑問が湧いた。

 そういや…ラディは、なんで何も言わなかったのよ? 自分以外の男と二人っきりになるというのに、親切に伝言までして…。しかも 〝なんの用なんだよ?〟 って言う事すら聞いてこなかった。昼間でも うるさいラディが、よりによって日が沈んだこの暗さによ!?

 おかしい…。

 そんなことも考えれないほど疲れてたっていうのか? それとも、それほどまで この男を信頼してるとか…?

 もしくは──

「ねぇ…」

「あん?」

 あたしの静かな呼びかけに、前を歩いていたイオータが少しだけ顔を向けた。

「ラディに喋ったの?」

「何の事だ?」

 おかしい理由をいろいろ考えてみた結果、これが一番怪しいと思われることを口にしてみた。

「あたしが、あんたに戦術 習い始めたって…」

 一番ありうることだと思ったのだが、イオータは 〝何 言ってんだ?〟 とでも言いたげに、足を止め 振り返った。──が、次の瞬間には 〝まさか…〟 と鼻で笑って、再び歩き出していた。

「い、言ってないの?」

「ああ」

「どうして…?」

 その質問に、またもや足を止め 振り返る。

「分けわかんねーな、その質問。あんた、ひょっとして もう老化が始まったのか?」

 イオータはからかい半分で頭に指を当てた。

「な、何よ…」

「あんたが言ったんだろ、みんなには内緒にしてくれって」

「そうよ…」

「──なんだ、ちゃんと覚えてんじゃねーか」

「失礼ね。覚えてるに決まってるでしょ」

「だったら、いーじゃねーか。オレも、覚えてるから、言ってないんだしよ」

「ホ、ホントに…?」

「ああ」

「マジな話?」

「マジだ!! ──大体、言って、オレに何の得があるっていうんだ?」

「そう言われたら…そう…だけど…。でも、言わなかったって、何の得にもならないでしょ?」

「──なるさ」

「…な、なによ?」

「もちろん、あんたと共有する 〝二人だけの秘密〟」

「は…?」

 あまりも、当たり前だろ…と言われた気がして、テレる気にもなれなかった…。それより何より、言葉が続かないのだ。理由は簡単。理解できなかったから──

 あたしは、イオータの横を通り抜け、例の場所に向かって、さっさと歩き始めた。

「おいおい、今度はシカトか?」

「別にぃ…。ただ、あんたの言う 〝得〟 の価値が分からなかっただけよ」

「お前なぁー、価値なんてもんは 人それぞれだぜぇ──」

 とそこまで言ったものの、あたしがまともに聞かないことを悟ってか、話を元に戻した。

「それで、何でオレが喋ったと思ったんだ?」

「え…だって、ラディが何も言わなかったからよ」

「なんだ、その理由?」

 〝それこそわけが分からねー〟 と、言葉を返す。

「だって、いつもならこんな状態 許さないもの」

「こんな状態?」

「そっ。前にも言ったでしょ。ほかの男の人と ちょっと一緒にいただけで 〝あいつは誰なんだ? どーなってんだ?〟 って問い詰めてくるって。たとえ知り合いでも、自分以外の男の人を、近づけさせるなんてしないわ。それも、自分から伝言までしてね」

「ああ…そーゆー事か…」

「そーいう事。だから、本当のこと知ってるとしか思えなかったのよ」

「なるほどな。でも、まぁ…ホントの事は言ってねーけど、あいつが何も言わなかったって事は、あの説明で ちゃんと納得したっつーことだな…」

「え…?」

 最後は独り言のように呟いたかと思うと、〝ふ~ん〟 と納得しながら、あたしの横を通り過ぎた。

 慌てて、止めていた足を動かす。

「ちょ、ちょっと 待ってよ。何一人で納得しちゃってんのよ? 説明って何のこと? 一体なに言ったのよ!?」

「おいおい、そんな興奮すんなよ」

「別に興奮なんか…」

 ──言葉ではそう言って落ち着きを見せるが、偽っているのはバレバレだ。

 あの やきもち焼きのラディを納得させた 〝説明〟 というのには大いに興味が湧く。もしかすると、これからも使えるかもしれないのだ。そう思うと、是が非でも聞きたくなるというもの。

 しかし イオータは、

「まぁ、大したことじゃねーからな」

 と、軽く手を振った。

「ちょっと…大した事あるわよ──」

「そうか?」

「そうよ。少なくとも あたしには重要なことだわ」

 〝変なことを吹き込まれてたら大変だ…〟 ぐらいの気持ちを見せたつもりなのだが、甘かった…。

「おまっ…ひょっとして、この手 使おーとかしてる?」

「え…」

「やめとけよ。参考ーにもなんねーから」

 自分が言った 〝説明〟 とやらを思い出すかのように、イオータは再び鼻で笑った。肯定すらしてないのに、〝え…〟 の一言で見切られてしまったようだ。

 しかし、それで引っ込む あたしではない。それどころか、彼の言葉や態度に、カチンときたのだ。

「…ちょっと、勝手に決めないでよね。それこそ、言わなきゃ分かんないでしょーが! 使えるかどうかは、あたしが判断するわよ。何年、一緒にいると思ってんの!?」

「判断ねぇ…」

 あたしの感情を逆撫でするように、意味ありげな視線を向ける。

「なによ…」

「いや、別にぃ…。ただ、何年も一緒にいたあんたが 説得できなかったのに、数日前に会ったオレの説明が役に立てるとは思えねーな…と思ってな」

「…………!!」

 ムカツク!

 嫌味な言い方だけど、一理あるからよけいムカツク!!

 あたしは、湧いてくる怒りを抑えようと、拳を震わせながら、大きな深呼吸をした。けれど、気分はよくならない…。

 これはもう…発散するしかないわね。

 目的の平地に着き、昨日 使っていた枝を拾い上げると──枝といっても棒に近い太さなのだが──それをギュッと握り締めた。

 構えと攻撃を ほんの少し教えてもらったばかりで、交戦練習なんてするはずもないが、やらないと 気が治まらない…。

 こうなったら、先に仕かけるしかないか…。

 そう思った時だった。

「ほらっ」

 そう言うなり、前にいたイオータは 振り向きざま何かを放ってよこした。咄嗟に飛んできた棒らしきものを受け取る。──月明かりで見たそれは、〝棒らしきもの…〟 そのものだった。

「木…刀…?」

「ああ」

「どうしたの、これ?」

「作ったんだよ」

「あんたが…?」

「他にいるか?」

 その質問に、一瞬 考えたが、すぐに首を振った。

「──だろ」

「…いつの間に?」

「昼間」

「─って、今日の…?」

「ああ。昨日の夜、あんたに戦術教えるっつー事になったんだからな」

「え…じゃぁ、もしかして…あたしの為に?」

「まぁ…それだけでもねーけどな。いろいろ使うしよ」

「いろいろ…?」

「あ…いや、別になんでもねーさ」

「ふ…ん。──それより、これ、今 持ってきてた…?」

「言っとくが、オレは手品なんてできねーぜ」

 つまり、持ってきたという事だった。

「そう…」

 それにしても、全然 気が付かなかった…。暗かったっていうのもあるけど、話に夢中で、持ち物にまで目がいかなかったのだ。

「──でもさぁ、力があるのに手品が出来ないなんて、なんか変よね?」

 あたしは、ふと思ったことを口にした。

「そうかぁ?」

「そうよ。──まぁ、力っていっても、何がどこまで出来るか分からないけどさ、なんでも出せそうじゃない?」

「あんたさぁ…」

「なによ?」

 呆れたように肩を落とすと、自分の木刀の先をあたしの顔に近づけた。

「手品と力の決定的な 〝違い〟 分かってる?」

「ち…がいって…」

 すぐに 答えられないあたしを見て、イオータは木刀を降ろして溜息をついた。

「──タネだよ」

「…………」

「手品はタネがあるけど、力はタネがねーんだぜ」

「そ、そんなことは──」

「分からなかった──っつーか、考えてなかっただろ?」

「それは…」

「やっぱな」

「…………」

「タネもなく物が出せたら、その時点で手品じゃなくなるじゃねーか」

 追い討ちをかけるようにそう言われて、木刀を渡された瞬間 忘れてしまった怒りが、フツフツと蘇ってきた。

 うぅ~~~っ、ほんっとムカツクぅ~!!

 次第に木刀を握る手に力が込められていく。

 絶対、仕かけてやるんだから!!

「そいじゃ、まぁ…雑談はこのくらいにして…っと。ほら、かかってきな」

 思わぬ言葉だったが、その一言で、あたしの体は 〝待ってましたっ〟 とばかりに、木刀を振り上げ向かっていった。

 静かな森の中で、木と木のかち合う音が響いた。

 あたしの振り落とした木刀を、瞬時に…しかも片手で防衛したのだ。

 最初のかち合いで、肘の所まで痺れが走った為、一瞬、木刀を落としそうになってしまった。

「どうした? まさかたったの一回で、手が痺れて力が入んねーじゃねーだろーな?」

 明らかにバカにしたその態度に、ますます怒りが大きくなる。

「──ンな分け…ないでっ…しょ!」

 カンッ──

 語尾の勢いと共に、今度は横に振ったのだが、それも軽く払われてしまった。

「どんどん、来いよぉ~」

「言われなくても…分かってるわ…よっ!」

 カンッ──

 左下から右上に向かって振り上げたが、またまた払われる。

「一振り一振り、止まってねーで、次から次へと打ってきな」

「………!!」

 その一言がまたカチンと来るではないか!!

 あたしは、冷めた目でそう言い放つイオータをキッと睨むと、これでもか…! というほど連続して打ち続けた。

カンッ、カンッ、カカンッ、カンッ、カンッ………。

 その音はかなり長く続いた。


「はぁ…はぁ…はぁ…くっ──」

 息は上がり、汗が流れ落ちる。拭っていられるほどの余裕はなかった。

 手の痺れは、慣れてきたというより、感覚がなくなりつつある。──にもかかわらず、痛みまで感じてくるのはなぜだろう…。

 今や木刀を持っているのが精一杯だった。

 一方、イオータは最初と何も変わらず、汗さえもかいていない。それがまた、ムカついてきてしょうがないのだ。

 怒りを発散させるはずだったのに、反対に増幅するばかりだ…。

「どうした、もう終わりか? まだ一度も当たってねーぞぉ」

「──っるさいわね…はぁ…はぁ…暗くて…はぁ…ちゃんとマトが…はぁ…見えないから…よ…はぁ…はぁ…」

「……ふ~ん。──じゃぁ、これでどうだ?」

 イオータはそう言うや否や、空に手の平を向け 何かを掴んだ仕草をしたかと思うと、手の中のものを吹き飛ばすように 〝ふ~っ〟 と息を吹いた。

 途端に、銀色の粉のようなものが、あたしたちの頭上を舞った。

 一瞬、何が起こったか分からなかったが、ただひとつ、理解できたのは、イオータの姿が鮮明に見えることだった。

「ひか…り…?」

「ああ。これでよく見えるだろ?」

 驚いてる あたしに、平然と問いかける。

「そ…うだけど…いったい何したの?」

「月の光をちょっとな…」

「月の…光…?」

「ああ」

「借りた…とでも言うの?」

 冗談っぽく返すあたしの言葉に、イオータは真剣に答えた。

「まぁな」

「………」

「──ま、借りたのはそれだけじゃねーけど?」

「どういう事…?」

「まぁいいじゃねーか。そのうち分かるからよ」

「な…によ、それ…」

「──ほら、来いよ。こんだけ明るければマトも外しゃしねーだろ?」

 〝これで外したら、暗さの問題じゃねーってことだ〟 と暗に言ってる口ぶりに、またもや忘れていた怒りが呼び起こされる。

 ──ったく、いい加減にしなさいよね!!

 一発だけも当ててやる…と、脇腹めがけて木刀を振った。しかし──

 カンッ──

 ドッ…。

「…ったぁ」

 やはりと言うべきか、簡単に払われてしまい、その瞬間、木刀はあたしの手から弾き飛ばされた。同時に、体重ごと向かって行ったのが裏目に出て、地面に転んでしまったのだ。そして、気付けばあたしの首にはイオータの木刀が突き付けられていた…。

「これで、死んだな?」

 そう言ったイオータを見上げたあたしは、一瞬 間を置いて溜息を漏らした。

「そうね…」

「…よしっ! ンじゃ、今日のところはこれで終了。──ほら、立てるか?」

 あたしが落とした木刀を拾い上げると、中腰になったイオータは、自分の手を差し出した。

 普段なら、意地でも その手に掴まろうとしないのだが、今回は素直にその手を借りることにした。立っているだけがやっとだったあたしには、自力で立ち上がれるほどの力など、体のどこを探しても 残っていなかったからだ。

「どうも…」

「大丈夫か? なんなら、家までおぶってやってもいーぜ?」

 立ち上がっても、ふらつきのある足を見て、半分は冗談、半分は真剣に声をかけてきた。

「大…丈夫よ…」

 それだけ言うと、あたしはジーネスの家に向かって歩き始めた。

「……熱くなんなよ」

「え…?」

 後ろからついてくるイオータが、静かな口調で呟いた。

 思わず歩みを止め 振り返る。

「技術がまだまだなのは当たり前なんだからよ、カッカすんなってこと」

「し、失礼ね。そう仕向けてるのは、あんたでしょーが」

「だからって、乗るこたぁーねーだろ?」

「あーそうね。どうせ、あんたは冷静沈着でしょうよ」

「それが必要なんだぜ、戦術にはな」

「あ、そうっ」

 言葉で言い合うのも避けたいほどだったが、最低限の反抗は見せたくて、強気に言い放った。そして、再び歩き出したのだが──

「あーそうそう」

 またもや、彼の言葉が聞こえてきた…。

「なによ…。今度はなんだって言うの?」

「おいおい、そー怖い顔すんなって」

「悪かったわね!」

「まぁ、それも悪くはないけどな」

「なんなのよ、いったい…」

「──ダイエットだからよ」

「は…?」

 何が 〝ダイエット〟 なんだ?

 わけが分からず、立ち止まってしまう。そんなあたしのことなど気にも留めず、イオータはさっさと歩いていった。

「ちょっと待ってよ…。いったい何のこと!?」

「だぁかぁら~、あいつ…ラディの説得だよ」

 そう言って、イオータも立ち止まる。

「え…?」

「昨日、夕飯食う前、ラディと会っただろ?」

「う、ん…」

「──で、〝何してたんだ?〟 っつったから、あんたが 〝外走ってた〟 って、オレがあんたの後ろで身振り手振り話したんだよ」

 そう言えば、あたしは何にも言ってないのに 〝なんだ〟 って妙に納得してたっけ…。

「で…も、それだけで、ホントに納得したの?」

「まぁ、その時はな」

「その時は…って…」

「あん時は、腹も減ってたから頭が回んなかったんだろ。寝る前になったら、急に思い出したみたいでよ、〝何で走ってたんだ?〟 ってゆーから、〝ミュエリのことがあったからな。誰にでも、あるだろ? 一時的にでも、何かに集中して忘れたい時がよ〟 っつったんだ」

「へ…え。でも、何で、それがダイエットっていう理由になったのよ? しかも、あんたと一緒にいて、何も言わないわけ?」

「たまたま、あんたが走ってるのを見かけたからよ、わざと 〝ダイエットには一番いいみたいだぜ。ま、続けなきゃ意味ねーけどよ〟 って言ってやったら、意地になって 〝毎日走ってやるわよ〟 ってゆー話になっちまったんだ、これが。──って言ったわけ」

「そ…れで?」

「──で、〝それなら、いつ黒風に狙われるか分かんねーから、その間、オレが見張ることにした〟 っつったら、〝ふ~ん〟 って…それだけよ。──まぁ、少なくとも一度は、オレがあんたを救ってるからな。自分が一緒にいるよりは まだマシだって思ったんじゃねーの?」

「そ…んな説明で…?」

「ああ、納得したみたいだぜ」

 その返答は、どこか面白がってるように聞こえた。

 突然、立ち止まった あたしに気付くと、イオータも足を止め、顔を覗きこんだ。

「……信じられねーって顔してるな」

「当たり前でしょ…」

「けどよ、あいつがあんたに何も言わなかった事や、ここにいないって事が、納得したっつー証拠じゃねーのか?」

「…………」

 そう。それは、そうなんだけど…だからこそ、信じられないのだ。

 あたしは、しみじみと深い溜息をついてしまった。

「なんだ、その溜息は?」

「つくづく、単純・おバカなんだなーっと思ってさ…」

「ハハ…。あんま、そー言ってやんなよ。あーいう奴がいてくれると、いろんな意味で助けられるんだぜ」

「そうかしら…? 少なくとも、今まで 〝助けられた〟 なんて思ったことないわよ、あたしは。うっとうしいのは毎日っていうほど感じてるけど」

「ま、ほとんどはそうかもしんねーけどな。少なくとも、あの説明で納得してくれただけ、助かったって思えるんじゃねーか?」

 〝違うか?〟 と目で訴えられ、あたしは思わず 〝ふっ〟 と笑ってしまった。

「…そうね」

「──だろ? それに、オレは あーいう奴、結構 好きだぜ。昔の自分見てるみたいでよ」

 そう言ったイオータの顔は、懐かしいような、それでいて寂しそうに見えた。

 こんな顔を見るのは、これで三度目…いや、四度目だろうか…。

 普段なら、〝自分に似てるから、フォローしたくなるんじゃないの?〟 と突っ込む所だが、その顔を見てしまうと、そんな言葉も飲み込んでしまう。

 あたしは、再びイオータの前を歩き始め、少し話題を変えた。──というよりは、戻したと言ったほうがいいだろうか…。

「でもさ…どうして、〝ダイエット〟 っていう説明にしたのよ? 〝ミュエリのことがあったから…〟 とまで言ったのなら、ただの 〝体力づくり〟 っていう事にしてもよかったんじゃないの?」

「そんなこと言ったら、奴も一緒に来るぜ」

「どうして?」

「さらわれたのが、まったくカンケーない奴ならともかく、一応は仲間だろ? ケンカばっかしててもよ。そいつを助ける為に、あんたが体力づくりしてるとなると、〝オレも一緒に付き合うぜ〟 とか何とか言って、ついてくるに決まってるさ」

「そう言われたら そうかも…」

「──だろ? だから、ダイエットにしたのさ」

「………?」

 未だ、その根拠が分からないあたしを見て、イオータは更に続けた。

「ダイエットって聞ーても、ふつーの男なら 〝オレも…〟 っていう気持ちにはなんないだろ? それに、例えそんなことする必要がないほど痩せててもよ、女心っつーものは 男には分からねーもんさ。だから、そっとしとく方が無難だ…って思うんだよ」

「なる…ほど…」

 イオータの説明に、今度はあたしが納得してしまった…。

「あんたってさぁ…」

「あん…?」

「その場しのぎのことばっかりやってるように見えて、結構 考えてんのね?」

「かぁ~、相変わらず、サラッと言ってくれるねぇ…きっつい事を…」

「そう? 素直にそう思っただけなんだけど…」

「ハ、ハハ…素直に、ってか? それでもフォローしてるつもりかよ?」

「あら、そう思えない?」

「─ったりめーだろ? 周りがどう思ってるか知らねーけど、結構 いろいろ考える、マジメな人間だぜ、オレは。考えすぎるって言ってもいーぐらいにな」

「それは…言い過ぎでしょ」

 すかさず、突っ込みを入れるが、イオータの顔はいたって真面目だった。

「──ま、そのうち分かるさ」

「そうかしら…?」

「ああ、間違いなく、な。──それはそうと…」

「なに?」

「あいつの説得、そーゆーワケだから、よろしくな」

 そう言って、持っていた木刀を近くの草むらに隠すと、〝どういう事よ?〟 と聞く間も与えず、玄関の扉を開けて入って行ってしまった。

 しかし、その言葉の意味を理解するのに、そう 時間はかからなかった。──と言うより、あたしが玄関の敷居をまたいだ時だ。

「おー!! ルフェラ、すっげー汗じゃねーか。だいぶ走り込んだんだなー。でもよぉ、そこまでする必要ねーぞぉ、全然 太ってねーんだし。それに、たとえ太っちまっても、オレはこれぽっちも気にしねーから。──だいたい、オレが、お前のこと 嫌いになるわけねーんだからよ。な、だから 安心しろ」

 それは、汗だくになった あたしを見て、針の先ほどの疑いさえ持たない、ラディの言葉だった。

 なる…ほどね。そういうわけか…。

 そう悟るや否や、途端に あの時の怒りは何だったんだ…と思えてきた。

 〝参考にもならない〟 と言ったイオータは、始めから その説明とやらを言うつもりだったのだ。たとえ、あたしが問い詰めなくても、だ。なぜなら、どういう説明であれ、当の本人である あたしとの、つじつま合わせが必要になるからだ。

 自称 〝いろいろ考える、真面目な人間〟 が、せっかく考え出した説明を、何も知らないあたしの言動で、全てが水の泡になるなんて、誰が希望するというのか…。

 少し考えれば分かることなのに、今になってその事に気付くとは…。ああ、あたしってば、なんておバカなんだろ…。しかも、完全に、からかわれてたわけよね…。

 思考がそこまで行き着くと、怒りを通り越して、なんだか 妙に笑えてきてしまった。

 それを見て、不思議に思ったのは、もちろん ラディだ。

「なんだぁ、ルフェラ? 何で笑ってんだよ?」

「え…べ、別に──」

「ちがうよ、にいちゃん」

 〝別に、なんでもないわよ〟 と続けるはずだったのだが、否定したのはラディの隣に座っていたディゼルだった。

 その目は、まるで 〝女心を分かってないなぁ〟 と言ってるようにも見える。

「何が違うんだ?」

「嬉しいんだよ。にいちゃんが、〝嫌いにならないから〟 って言ったから」

「おー!!」

 ディゼルのその言葉に、ラディは 〝ポンッ〟 と手を打った。

「そーか、そーゆー事かぁ!! なんだよ、今日はやけに素直じゃねーか、ん? ──ほらほら、そんな所に突っ立ってねーで、こっち来いよ」

 ディゼルとは反対の床を軽く叩き、満面の笑顔で そこに座るよう勧めた。

 先にも言ったが、からかわれたと分かった時の怒りは、とっくに通り過ぎている。

 腹を立てるのも、思うほどラクじゃないんだと、今になって ようやく実感していた。

 一日中歩き回ったうえに、戦術の練習までしたのだ。体力どころか、イオータとのやりとりで、精神的にも かなりヘトヘトになっている。つまり、いつものように否定し、腹を立てるような体力・気力など残っていないという事だ。そこへ、昨日の夜と同じく ディゼルの間違った解釈や、それを真に受けた ラディの迷惑とも言える愛情表現が繰り出されても、正直 言い合いを始めるような思考や感情は、全くと言っていい程 反応しなかった。

 あたしは、その場で小さく頷くと、顔と手を洗いに行き、素直に勧められた席に座った。

 いつものような反応が返ってこないことに、ラディが疑問を持ったかどうかは 定かじゃない。けれど、自分の言う事に対して 反論しないあたしの態度は、ラディにとって喜ばしいことに違いなかった。その証拠に、それ以上 〝素直すぎる〟 という突っ込みを入れるような事はしなかったし、何より、不思議なほど穏やかな時間が流れていったのだ。


 食後、お風呂に入ると、あたしたち四人は次々と沈没していった。ジーネス達とも、いろいろ話をしたかったが、体が吸いつけられるように布団を目指してしまうのだ。最低限、イオータたちと 今日一日の報告やこれからの事を話し合わなきゃ…と思っていても、たった一人の入浴を待つことさえできなかった。


 明日の朝、話さなきゃ…。

 布団に入ったあたしの意識が、現実の世界で そう思うや否や、次の瞬間には、夢も見ないほど深い眠りに落ちていった。

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