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女神伝説  作者: Sugary
第三章
28/127

7 身に付けた赤い球の捜索 <2>

「かぁ~いぃよな。見てたか、オレらが見えなくなるまで手振ってたんだぜ?」

 イオータはすでに見えなくなったシリカの姿を伺うように、途中、何度も振り返りながら手をかざしていた。

「ああやって、ジーネスも見送ってたのかもね」

「だろうな。──にしても、さっきは助かったぜ、ネオス。サンキューな」

「いや…正直、本当は僕も何て言っていいか分からなかったんだ」

「え…そうなの?」

 とても、そんな事 思ってるような言い方には見えなくて…それこそ、こっちの方が驚いた。

 あたし的には 〝さすがネオス…〟 と思ったほどなのに。

「うん。普通だったら、納得してもらえるような言い訳じゃなかったと思うけど…」

「まぁ… 〝終りよければ全てよし〟 さ! 最終的には納得したんだからそれでいーんじゃねーの? それに、失くしたものを探してるっつー事しか知らねぇ奴が相手なら、あーいう説明で十分だと思うぜ」

「そう…かな?」

「ああ。隠してる事をオレらが変に意識しすぎなんだよ」

「そう、言われるとそうかも…」

「だろ?」

「ああ…」

 確かにイオータの言葉は正しいかもしれない。失くしたものを探してるという事に関して言えば、ああいう説明も、ありのような気がする…。

「──けど、あれだよな」

「なによ?」

「まるで親子だよな」

「……?」

 主語がないうえに、あさっての方を見ながら言った為、何がなんだか分からなかった。

 すぐ横の畑で働いていた親子の事かと思い、通り過ぎた彼らの方を見たものの、イオータの視線は、全く別の方を向いている。再び、彼が見ている方に視線を移すが、そこには女性が一人で野菜を収穫しているだけだった。

 あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ…。

 いったい何を見てそう言ったのか…。

 あたしには理解できなかった。

「あの光景だよ…」

「は…?」

 返事もなく同じようにキョロキョロしているあたしに言ったかと思うと、またまた 別の方を向いてしまう。懲りずに彼の視線を追うが、そこにはおじいさんと孫らしき人物が二人いるだけで、どう見ても親子には見えない…。

「どの光景の事 言ってんのよ…?」

「だから、さっきの光景。ネオスがシリカを説得してる時の光景さ」

「はぁ?」

「親子みたいじゃなかったか?」

 一瞬、あたしと目を合わせたと思ったら、すぐさま、違う方を見る。

「あ…あのねぇ~!!」

 あまりにもわけの分からない言動に、怒りで肩が震えてきた。

 思わず立ち止まってしまったあたしだったが、彼はどっちかというとその口調の方に何か感付いたようで、同じように足を止め振り返った。

「な、なんだよ…?」

「人と話す時は、ちゃんとその人の方を向きなさいよ!」

「あん? さっき見ただろ、なに怒ってんだよ?」

「怒るに決まってんでしょ! だいたい、さっきからどこ向いて喋ってのよ!? あんたの視線が定まらないから、一体、なんの話なんだか サッパリ分かんなかったんでしょーが!」

「ああ、そーゆーことか…」

「〝そーゆーこと…〟 って、あんた…」

 あまりにも平然と答える為、あたしもすぐに言葉がで出てこない。

 人との会話をなんだと思ってんのよ。しかも、こうやって言ってるそばから、まぁ~た、キョロキョロと…。

 なんて奴よ、まったく!

「で、どう思うよ?」

「なにが…?」

 人の話を聞いてんだか聞いてないんだか…。

 ああ、もうウンザリだ…。

「さっきの光景っつったろ? 親子に見えなかったか?」

「だったら、どうだって言うのよ!?」

 あたしは半分…いや、もう ほとんど どうでもいい気持ちで言葉を返していた。

「いーよなぁ。オレも子供が欲しいぜ」

「あ~、そう」

「──っつーかぁ、オレの子供、生まねぇ?」

「なっっっ……!?」

 石もなんにもないこの平坦な道で、あたしは思わずコケそうになった。

 あまりにも突然の話で…いやいや、こんなの突然じゃなくてもビックリするわよ!

「女の子なら、あんたに似て気ぃーつぇーだろうけど、顔は可愛いと思うぜ。男の子ならオレに似てカッコイイだろうし、度胸もあるな、うん」

 こ、こいつわ…。

 ビックリし過ぎてなにも言えないことをいい事に、勝手に二人の子供を想像して満足してやがる。

 あ~、もう、やめてよね!!

 そんな事、想像もしたくないし、しないでよ!!

「どうだ?」

「〝どうだ〟 もなにもないわよ! ラディやラディの新化形の子供を生むぐらいなら、一生独身か、下噛んで死んだ方がマシってもんよ!!」

「うほっ! いいねぇ、そのキツイ言い方。──でもよ、〝ラディの新化形〟 ってどういう意味だ?」

「意味なんてどうだっていいでしょ! つまりは、あんたのことなんだから!!」

「へ…ぇ…。ま、新化形なら、あいつよりは上に見られてんだから、ヨシとするか」

 そう言いながら、通りすぎた女の人を振り返る。

「フンっだ。たいして差なんかないんだから、変わりゃしないわよ!」

「そうかぁ?」

「そうよ。それに、新化形になった分、タチが悪いしね!」

「あ~らら」

 そして、また違う方を…。

「あ~、もう! その定まらない視線どーにかしてくれない!?」

「どーにかして…っつっても、仕方ねーだろ?」

「なんでよ!?」

「見てんだからよ。それに、オレだけじゃないぜ。定まってねーのはネオスだって同じだ」

「はぁ…?」

 〝ほら〟 と言うように、イオータは顎をしゃくった。

 そんなことあるわけないでしょ、ネオスに限って!

 バカバカしいと思いながらも、何度も顎をしゃくるイオータにつられ、彼の方を見てみた。が、しかし──

「ネ、ネオス!?」

 彼の言う通り、過ぎ行く人に視線を移していた…。

 な、なんでよ…ネオスまで…。

「ちょ、ちょっと、ネオス…」

 〝ネオス〟 と呼んでも返事はなく、あたしは慌てて服を引っ張ったが、それでようやく気が付いたようだ。

「ん…? な、なんだい?」

「〝なんだい?〟 じゃないわよ。ネオスまでこいつと一緒になってキョロキョロしないでよ!」

「え…? だって、探さないと…」

 そう言うなり、自分の鎖に触れたのを見て、ハッとした。

「あ……」

 そ、そうだ…。鎖、探さなきゃ…。

 え…もしかして、キョロキョロしてたのはイオータも同じ意味で…?

 と、思うが早いか、途端に奴が吹き出した。

「プハーッッッ。おんもしれーよな、あんたって。理解力抜群なところもあんのに、こんなオトボケなところもあったりして、ホント、見てて飽きないぜ!」

 そう聞こえたと思ったら、同時に、いきなり背中を 〝バシーン!〟 とはたかれた。

 不意打ちだったため、その衝撃はまともに体が受け止める。前のめりになってコケそうになる体を、瞬時に左足が大きく前に踏み込んで支えた。

 なんとかコケずに済んだあたしは、前かがみの姿勢のまま、イオータをキッと睨みつける。

「あ・ん・た・ねぇ~!」

「ワ、ワリィ…」

「〝ワリー〟 じゃないわよ! 手加減ってものを知らないの!?」

「だから、ワリーって…そう、怒んなよ。ネオスだってしっかり支えてくれてたんだしよ、なぁ?」

「え…?」

 〝ネオスが…?〟

 と心の中で思うや否や、左腕を掴まれている事に気付いた。

 踏み込む時の足に気力が集中した為、腕を掴まれてるなんて気付かなかったのだ…。

「あ、ありがと…ネオス…」

 ネオスは、返事の代わりにニッコリと微笑むと、掴んでいた腕をゆっくりと引っ張り、あたしの上体を起してくれた。

「よかったじゃねーか、頼りになる奴がそばにいてくれてよ?」

「…そうね、確かに よかったわよ。でも、頼らなきゃならないような状況を作る奴がそばにいなきゃ、もっとよかったわね!」

「かーっっっ。言うねぇ~。──けどな、そういう状況があるからこそ、頼りになるってことが分かんだぜぇ?」

「…………」

 確かに……。

 言ってることはまともだ…。

 普段、フザケていながら、時々まともな意見を言う。バカにされて頭に血が昇っても、こういう最後の一言に納得してしまって、結局 振り上げた拳を下ろしてしまうのよね…。

 まぁ、時には正当化しているだけに見える時もあるけど、それでも、やっぱりラディよりは新化形なのよ…。

 なんっか、調子くるうわ…。

 ──にしても、あたし、いつの間にネオスが頼りになるって認めたんだろう…?

 あたしは、ふと そんな疑問にかられた。

 まだ、自分の村にいたときは 〝心配性で頼りにならない…〟 なんて思ってたはず…。

 そりゃ、〝心配性〟 っていう点では今も変わりないけどさ、この数週間だけ思い返してみても、相談してる数ってヘタすりゃルーフィンより多いわよ。もともと自分から相談を持ちかける性格じゃないけど、気付けばネオスが上手いこと聞き出してくれて、しかも、話し終えた時は、何かしら納得することがあって…。

 ネオスが成長したから? それともあたしが気が付かなかっただけ…?

 う~ん、疑問だ…。

「──お~い、お前ら…いつまでそこに突っ立ってる気だぁ?」

 ん…?

 遠い声が耳に入ってきて、ふと顔を上げると、イオータは先に歩いていたラディと合流し、こっちを見ていた。

「…行こう」

「え…?」

 考え事して止まっていたのはあたしだけかと思いきや、そんな声がしたため隣を見ると、ネオスまでもが一緒になって立ち止まっていた。

「あ…れ…? なんでネオスまで…?」

 背中を軽く押され、再び歩き始めたあたしは思わず聞いてしまった。

「ルフェラが止まってたから…さ…」

「…………?」

 それが答え…?

 だとしたら、なんて単純な答えだ…?

「言ってくれれば…よかったのに…?」

「え…?」

「あいつが先に行ったって…」

「あ、ああ…そうか。ごめん…。考え事してるから邪魔しちゃ悪いかな…って思って…」

「…………」

 ひょっとして、ネオスも不理解野郎だったりして…?

 あたしは一緒に歩きながら、そんな不安を抱いてしまった…。

「──なぁ、ひとつ提案があんだけどよぉ」

 あたしたちが追い付くのを待っていたラディは、合流するなりそう切り出した。

「なによ?」

「いや…あのよぉ……四人でかたまって歩くより、二手に分かれて探したほうがいいんじゃねーかと思って…」

 稀に聞く、もっともな意見だった。

「…そうね」

 そうは言ったものの、気分は少しブルーだった。

 もちろん、二手に分かれて探したほうが効率はいい。だけど問題はその二手に分かれるメンバーだ。

 だいたいどういうメンバーで分かれるか予想はつくのだが、敢えて、それを口にした。

「じゃぁ、どうやって分かれる?」

「そうだな…」

 と、最初にイオータが口を開く。

 その一瞬あとに──

「オレは…」

 と、空を見上げていたラディが喋り出す。

 はいはい、分かってる。そうよ、このあとの言葉は決まってんの…。聞いたあたしがバカなのよね。ここで嫌だって言ったらふてくされるだろうし…。

 と、半ば諦めていたら──

「オレは、コイツと行くぜ」

 と言ったラディの親指は隣にいたイオータに向けられていた。

「え…!?」

 思わず驚きの声をあげてしまった…。

 一緒に行動しなくて済むなら、それはそれで喜ぶべきことだけど…。

 〝なんで…?〟 という疑問が頭に浮かぶが、同時に、〝もしかして…?〟 という疑いも浮かんだ。

「ラディ、あんた ひょっとしてサボろうと思ってんじゃないでしょうね…?」

「ん、んなわけねーだろ?」

「ホントに?」

「ああ…」

 怪しい…。

「じゃぁ、何でそんなにオドオドしてんのよ?」

「して…ねーよ」

「してるでしょ」

「どこが…」

「その話し方、態度…全てよ」

「うっ…」

 ほんっと、分かりやすい性格だこと…。

「そう、疑ってやんなよ?」

 またまた、見兼ねたイオータが助け舟を出した。

「──オレが頼んだんだからよ」

「え…?」

「さっき、オレが頼んだんだ。ちーっとばかし、きーてもらいたい事があるから…ってな。コイツだけによ。──だよな?」

 イオータはそう言ってラディにふった。

「あ? あぁ…そうなんだ。どーしてもオレじゃなきゃいけねーらしくってよ…。な?」

 ラディも、再びイオータにふり返す。

「…………」

 あたしはまだ、疑いの目を向けていた。

「ホントだって。マジで、サボったりしねーよ。話 聞きながらでも探すから…な、信じてくれよ、ルフェラァ──」

「…あぁ、もう、分かった…分かったわよ」

 あたしが目的を忘れてカーッとなってた時も、イオータは冷静にチェックしてたし、そんな彼が一緒なら、まだ安心できるほうだろう。それに、これ以上 疑って心変わりされるよりは、マシってもんだ。

「じゃ、そっち 頼んだわよ。あたし達は──」

「おう、じゃぁな!」

 〝こっちに行くから〟 と言おうとしたが、ラディはそう返事するや否や軽く手を上げ、あたしが指差したそっちに向かって歩いていってしまった。急いでいるようにも見えるその態度が、たった今、脳の端っこに寄せた疑いの念を強くさせる。

 やっぱり、何かおかしい…。

 あたしは、小さくなる彼らの背中を見ながら、フッと あることを思い付いた。

「……ルーフィン」

 足元にいる彼の名前を呼ぶと、指令を出すべく、その場でしゃがみこみ ラディ達を指差した。そして、

「……一緒に行ってくれない?」

 とだけ言うと──もちろん、彼に触ってないから、返事は聞こえないが──ルーフィンはその指令を受けて、彼らのあとを追い始めた。

 これでよし、と。

「本当に賢いね、ルーフィンは。ルフェラの言ってる事、よく理解してるよ」

「まぁ…ね。言葉が分かるから当たり前といっちゃぁ、当たり前なんだけどさ。──けど、不思議よね。間違いなく犬より人間の方が大きい脳みそ持ってんのに、ラディの頭がルーフィンより劣ってるなんて」

「あ~らら、なかなか厳しい疑問だね?」

「そう? けど、実際問題ルーフィンの方が頭いいわよ。ネオスはそう思わない?」

「ん~、まぁ…ものは使いようって事かな」

 確実に 〝そう思う〟 とは言わなかったが、それなりにあたしの疑問点を解決してくれた。

「なるほど…。上手いこと言うわね。でも、ネオスも結構、辛口よ」

「やっぱり…?」

 冗談っぽい会話を交わしたあたしたちは、お互いの顔を見合わせクスクスと笑った。

 何気にラディの方を見ると、ちょうど、ルーフィンが彼らに追い付いたところだった。一瞬、動作が止まったものの、隣にいたイオータと何やら話したと思ったら、米粒ぐらいになった顔をこちらに向けて何やら叫び始めた。いや、叫んでるかどうかは声が聞こえないから分からないが、からだ全体を使って訴えていたのだ。

 どうやら、〝監視のため〟 という、あたしの魂胆が分かったらしい。

 そりゃまぁ、〝監視〟 とはいっても、サボったところであたしに知らせる術がないことぐらい、普通の狼だと思ってる彼には分かることなんだけど。ただ、サボりを阻止するぐらいはされると思ってるはずだ。

 必死になってルーフィンをあたしの元へ帰そうとするが、もちろん彼がそんな命令をきくはずもなく…。

「ホント、分かりやすいわよ、ラディって。こんなに離れてるのに、動作一つで何を訴えてるか分かるのよ」

「確かに…」

 そんな光景を見て、再びあたしたちは笑いだした。

 しばらくすると、ラディは諦めたように空を見上げた。それを見たあたしは、片手をあげると、〝じゃあね〟 という意味を込めて大きく腕を振った。

「──でも、言葉が分かるってどういう事だい?」

「え…!?」

 ラディ達が仕方なさそうに再び背を向けて歩き出すのを確認すると、途端に真面目な口調が聞こえ、あたしは心臓をつつかれたような気がした。思わず出た驚きの一文字も、変に大きくなったはずだ。

「何のこと…?」

「だから、ルーフィンが言葉を理解してるって…」

「どうして…それを…?」

「どうしてって…さっきそう言ったから──」

「え? 誰が…?」

 そう聞き返すと、不思議な顔をして人差し指をあたしに向けた。

「あ…あたし!?」

「うん」

「…そんなこと言った? さっき!?」

 自分が言ったなんて信じられなくて、再度 確かめたが、ネオスはゆっくりと頷く…。

 うっそ…。どうしよう。あたしそんなこと言っちゃったの!? 全く気付かなかったわよ…。ヤバイ、ヤバいわよ。なんてごまかす…?

「ルフェラ…?」

「あ…だから…ね…その──」

「何か悪いこと聞いたかな?」

「う…ん。あ…う、ううん…そうじゃなくて…」

 悪くないわよ。悪くはないけど、悪いわよ。ああ、聞き流してくれてれば…。いやいや、そんなことネオスのせいじゃないもの…。

「その…なんていうのかな…。小さい時から一緒にいると、言わずして分かるようになるっていう感じで…さ…。言葉そのものが分かるっていうんじゃなくて…あたしの考えや行動をお見通しっていうか──」

「……………」

 目は泳ぎ、口調はしどろもどろ。普通じゃないほど身振り手振りが加わって、明らかにウソだと言ってるような態度だった。あの、ノータリンのラディでさえ気付くほどだ。

 しばらく黙ってるネオスを見つめ、これ以上 突っ込まれたら、次は素直に言わなきゃならないか…と覚悟を決め始めた。

 そんな時だった。

 次に聞こえてきたネオスの言葉は意外なものだった。

「そっか…。ルーフィンとは十年以上の付き合いだもんね。僕も同じぐらいになるけど、言葉を使う分、ルーフィンより劣るかも?」

 ネオスはそう言って小さく笑った。

「そ、そんなことはないわよ…」

 突っ込むどころか、納得してくれたことに驚き、つられて笑った自分の笑顔が、ぎこちないものになる…。

「じゃぁ、そろそろ 僕達も出発しようか?」

「う、うん…」

 まさかとは思うけど、本当に あんな説明を信じたのかしら?

 そりゃ、信じてくれるにこした事はないけど、カンの鋭いネオスよ?

 それとも、ワザと信じたフリをしてるとか…?

 歩き出した彼をチラチラ見ながら、あたしの頭にはそんな疑問が並び始めた。

 いつもと変わらない口調や態度が、より一層、その疑問を強くさせる。──が、一方では、本当に信じてるのかも…という思いも湧いてくるから不思議だ。しかも、気付けば そんなことすら忘れて、本来の目的を遂行している自分がいたのだ。

 道の両脇に広がるのは、様々な野菜が育つ畑。地面を覆い尽くすほど立派な野菜を見れば、良質のよく肥えた土だという事が分かるほどだ。そんな畑では、持ち主である村人が汗と泥にまみれ、手入れや収穫をしている。

 あたしとネオスは、それぞれ左右に分かれて村人に声をかけていた。もちろん全員ではない。遠くにいて首筋が見えない人だけだ。たわいもない話を切り出し、視線は首筋へ…。ないことを確認すると、早々に切り上げて次の村人へと移動する。そんなことを何度も何度も繰り返していた。時々、畑にいる人と話してる間に、道を…つまり、あたしの後ろを通りすぎてしまう人がいて、そのたびに慌てて確認しにいく事もあった。大人だけじゃなく──そのほとんどはネオスが担当してたんだけど──子供にも声をかける。

 そして、探し始めてどれくらい経っただろうか…。

 あたしは、ふいに誰かの視線を感じて後ろを振り返った。そこには、ディゼルと同じぐらいの年の女の子が歩いていた。

 あれ…? この子、どこかで見た事が…。

 と 思うや否や、数時間前にネオスが声をかけた子供だという事を思い出した。行く方向が同じかとも思ったが、確かあの子はあたし達の方に向かって歩いてきてたはず。今の方向は、もときた道を戻ってるのだ。しかも、あたし達が歩いてきたのは目的地という場所のない道のり。ここまで同じなんて事は…。

 とそこまで考えて、ハッとした。動かしていた足も、同時に止まる。そして、再び後ろを見ると、その女の子も止まったのだ。

 まさか…。

「ネ、ネオス…」

 ふと頭をよぎった考えを伝えるべく、止まった事によって離れてしまったネオスに、駆け寄った。

「どうし──?」

「あ、あのさ…。ネオスは気付いてた…?」

 彼女に聞こえないよう、小さな声で尋ねてみる。

 気付いてるはずないよね…。気付いてたら、もっと早くに対処してるはずだもの…。

 予想していた答えが返ってくると思っていたが、次に聞こえてきた彼の答えは全く正反対のものだった。

「やっぱり、ルフェラも気付いてたかい?」

「え…? し、知ってたの?」

「うん」

「いつ…から?」

「一時間ほど前ぐらいからかな」

「どうして黙って…?」

「気にはなってたけど、僕達のしてる事に、たいして支障はないから──」

「支障は…ないって……」

 あまりにも あっさりしてるその返答に、一瞬 あたしは言葉に詰まってしまった。

 なんか…らしくない…。

「で、でもさ…このまま放っておくわけにはいかないんじゃない…?」

「…………?」

 〝どうして?〟 と聞き返すかのように、不思議な目を向けるネオス。

「だ、だって…あたし達…あの子の家 知らないし──」

 そう言いながら 親指を後ろに向けると、ネオスは

「え…!?」

 と、驚きの声と同時に後ろを振り返った。そして立ち止まる。

 一方、あたしはというと、その態度に驚いた…。

「 〝え…!?〟 って…ネオス…?」

 今まで喋ってたことって、この事とは違うの…!?

「あ…の子って…確か──」

「そ…う。数時間前にネオスが声かけた子…よね?」

「あ、ああ…。でも…どうして…?」

 と、そこまで口にして、あたしと同様 ハッとした。

「まさか…ついてきた…?」

「やっぱり…そう、思う…?」

 当たり前だが、あたしの行きついた考えと一致したのだ。

 すると、ネオスは 上目使いであたしたちの様子を伺っていた女の子に、近付き声をかけた。

「僕達のあとをついてきたのかい?」

 女の子は、その質問に コクンと頷いた。

「どうして…?」

 その質問には黙ったままだ。

「──じゃぁ、お母さんは? 近くにいるのかな?」

 分かっていたが、敢えて聞いてみる。しかし、案の定、彼女は首を横に振った。

 やっぱり…そうよね…。数分ならまだしも、数時間ついてきて、親が一緒なわけない…。

 ネオスもそれは予想していたらしく、顔色ひとつ変えず次の質問に移った。

「おうちは、どこか分かるかい?」

 しかし、再び口を閉ざし、俯いてしまった。

「う~ん…」

 さすがのネオスも溜息を洩らす。

「どう…する…ネオス?」

「どうするって…とにかく戻らないと…」

「そうよね…」

 〝とにかく戻らないと…〟 という一言で、しゃがんでいたネオスは立ちあがったのだが、途端に、女の子は切ない瞳を向けて喋り始めた。

「お兄ちゃん達の所に…連れてって…」

 その言葉に 思わず、あたしとネオスは顔を見合わせた。そして、すぐまた、ネオスがしゃがみこむ。

「どうしてだい…?」

「…だって…だって…お母さんがいるんでしょ?」

 子供は、時に意味不明な事を口にするけど、今が、まさにその時だった。

 一体、どういうこと…?

 再びあたしと目が合ったネオスに、そんな無言の質問を返してみる。彼もまた、理解不能な為、直接彼女に聞いてみた。

「どういうことかな…?」

「おばあちゃんが言ったの。お母さんはあたしが生まれてすぐ、遠い遠い綺麗な所に行ったんだよ…って。そこはとっても楽しい場所で、住んでる人もみんなキレイなんだって。あたしも、そこにいけばお母さんに会えるの。お姉ちゃんたち、キレイだから──」

 ちょ、ちょっと待ってよ…。〝キレイだから〟 って言ってくれるのは嬉しいけど…それって、この子のお母さんが死んだってことじゃないの?

「ネ、ネオス…」

 その事を伝えようとしたが、そこは彼も分かっていた。数回小さく頷くと、再び、彼女の方を向き、手をとったのだ。

「──ゴメンね。僕たちは君の言う場所から来たんじゃないんだ。僕たちの村も、ここと変わらないんだよ」

「…………」

 これまた、分かりきっていた事だが、すぐには納得しなかった。シリカのように体を振らなかったものの、俯いたまま黙ってしまったのだ。

 こういう時って、何をどう言えば納得するんだろう…。

 それを考えるかのように、彼もまた 黙ったままだ。そして しばらくの沈黙のあと、何かを思いついたのか、再び口を開く。説明が思いついたのかと思いきや、発した言葉は最初に言ったのと同じ、

「ゴメンね」

 の一言だった。

 やっぱり、さすがのネオスでも難しいか…こういう状況での子供の説得っていうのは…。

 ──けど、そんな一言で「分かった」と言うほど、子供は気が利く生き物ではないだろう。さて さて…次はなんて説明すべきか…。

 ネオスに任せてはいたが、あたしもそれなりに考えようとしていた。しかし、彼女から発せられた言葉は意外なものだった。

「…うちに、帰る…」

 その一言に、少々 拍子し抜けしたものの、彼女が納得したか、諦めたか…それはさておき、このまま 〝うち〟 に帰ると言ってくれた事には、正直、ホッとした気持ちが勝っていた。

「う…ん。じゃぁ、一緒に おうちまで行こう」

 ネオスがそう言うと、彼女は頷き、手を繋いだまま、あたし達が歩いてきた道を戻り始めた。あたしも、その二人と並び歩き始める。

 家、分かんないけどどうするつもりだろう。この子も覚えてなさそうだし…。

 そんな小さな不安が頭をよぎったかと思うと、さらに 大きな不安が湧いてきた。

 ──っていうか、あたし、帰り道 分かんないわよ。

 自分の村からここまで来て言うのもなんだけど、方向感覚はゼロに近いもの…。それでも、歩いてこれたのって、ルーフィンがそばにいたからなのよね。

「ネ、ネオス…?」

「ん…?」

「あ、あのさ…。一つ聞いてもいいかな?」

「うん…?」

「帰り道って…分かる?」

 いくらネオスでも、何時間も歩いた道のりを覚えてるはずないよね…。そんな諦めの気持ちと、憶えていて…という希望を持ちながら、おそるおそる尋ねてみた。すると──

「うん、まぁね」

 という、ありがたい お言葉が返ってきた。

「あ、そうなんだ…」

 よ、よかった…。とりあえず、彼がそう言うなら安心だわ。

 覚えているという驚きより、〝よかった…〟 というのが正直な気持ちだ。

 そして、数十分が経つと、彼の行動が少々気になり始めた。しかし、間違いなく見覚えのある風景が続いていた為、敢えて突っ込まなかったが…。

 それからまた、数時間が経ち、最初に彼女と出会ったところまで来ることができた。

 〝うち〟 がどこにあるのか分からなかった彼女も、ここまでくると分かるようで、ネオスの手を放し、足早に駆けて行った。

 彼女が向かう先には一人の老婆が立っていた。キョロキョロと辺りを見渡し、明らかに心配している様子の老婆は、自分の方に向かってくる彼女を目にするや否や、かけ出してきた。まるで、何年ぶりかに再会を果たす家族のように抱きしめる。

 その光景に、あたしたちはホッと胸を撫で下ろした。

 ──ところが、である。ネオスが、

「よかったね」

 と、泣いてる彼女の頭を撫でようとした時、おばあさんはその手を払いのけたのだ。

「触らないでおくれ! 私から、この子まで奪ったりしたら承知しないからね!!」

 そう言い放つと、サッサとあたし達の前から去って行ってしまった。

 意外な言動に、ネオスもあたしも目がテンだ。何のことを言われているのか分からず、ボーゼンと立ち尽くす。夏だというのに、ここだけ冬の寒気が流れ込んできた、そんな感覚に襲われた感じだった。

「ねぇ、ひょっとしてさ…あたしたち、誤解されてたりなんかする…?」

 あたしは、おばあさんが去った一点をぼんやりと見つめ、呟いた。すると、ネオスもまた、あたしと同じ方向を見つめたまま答える。

「あ…ぁ。たぶん…」

「…………」

 やっぱり…。

 ──そう、よね…。何時間も姿が見えず、見つけたと思ったら、自分の顔を見るなり泣き出す。どう考えても、ムリヤリ連れ去られたと考えてしまうのが普通だろう。

 冷静に考えれば分かることなのに、ついてきたという事実しか受け入れてなかったから、おばあさんの言動はあまりにも予想外だったのだ。普段なら、意地でも間違いを否定するあたしも、今回ばかりはそれができなかった。

 怒れてくるというより、なんっか悲しいわね…。

「帰ろっか…、ネオス?」

「…そうだね」

 ずっとそこで立ちつくしているわけにもいかず、そう言って歩き始めたのだが、しばらくは二人とも黙っていた。

 日が暮れ始め、畑で働いていた村人は、徐々に帰り支度を始めている。

 どこの畑にいるか分からないけど、ジーネスもそろそろ帰ってくるのよね…。

 そう思いながら、ふとロープに目をやると、ネオスが、またも気になることをしているところだった。そしてその直後、彼は迷いもせず左に曲がった。

「ネオス…?」

「ん…?」

「帰り道、よく分かるわね?」

「あ…ああ」

「ひょっとして、一回 通っただけなのに、全部 憶えてるとか…?」

 いくら頭のいい人でも、初めて通る道を全て覚えてられるはずがない。だから 〝まさか、そんなことないよ〟 という返答を予想していたのだが、ネオスから返ってきたのは、

「…まぁね」

 という、自信ありげな一言だった。

 ウソでしょ…!?

 ──だって、何時間も歩いてるのよ!? 鼻の利くルーフィンなら分からないこともないけど…。

 信じられないという気持ちと驚きで 〝ホントに!?〟 の一言さえ出てこない。

 そんなあたしをチラッと横目で見たかと思うと、それまで真面目だった顔が、急に緩んだ。

「な~んてね」

「え…!?」

「──目を閉じて、このロープをつたってごらんよ」

「ロープ…?」

「うん。どっちかっていうと、クイに触れると分かるんだけど」

 クイ…?

 〝分かる〟 と言われても、あたしはジーネスみたいにロープやクイに触って、〝地図〟 が読めるわけではない。それに、例え地図が読めたとしても、帰り道を指し示しているわけではないのだ。

 現在地と方向性が分かれば、少なくとも、どっちの方向に行けばいいか分かるだろうけど、それでも、一度も迷わないってことはないだろう。

 あたしはネオスの 〝分かる〟 と言った意味が分からず、束の間、彼が手にしているロープと顔を交互に見つめていた。しかし、〝百聞は一見(もしくは一体験)にしかず〟 とでも言うかのように、彼は掴んでいたロープを強調したのだ。

 あたしはわけの分からぬまま、言われた通り、そのロープを掴んだ。そして、目を閉じ、歩き始めたのだが、クイに触れた途端、ネオスの言ったことがなんとなく分かったような気がした。

 これって…。

 足を止め、クイの上に乗っていた物を手にすると、閉じていた目を開けて見た。

「石…?」

 一瞬、ネオスの顔を見るが、すぐに歩いていた道の先に視線を移す。目の前には二手に分かれた道があった。

 もしかして…?

「……これって、ネオスが置いたの?」

「うん」

「帰り道が分かるように、目印として…?」

「まぁね」

「…じゃぁ、いままでクイの上を触っていたのは、この石を取るため…?」

 そう。あたしが気になっていたネオスの行動は、この石を取っていた行動だったのだ…。

「正確には、取り除く為、だけど。残したままにしておくと、迷惑かけてしまうからね、使う人に」

 なんか、ちょっと感動…。ううん、っていうか、感心。

 〝探し物〟 に夢中になってたはずなのに、すでに帰りのこと考えて行動してたなんて…。

「──あたし、ルーフィンもネオスもいなかったら、間違いなく迷ってるわよね」

「…そうかな? ラディだって、方向感覚はなかなかのもんだと思うけど」

「そりゃ、方向感覚はあるかもしれないけどさ、記憶力がないわよ。しかも、ネオスみたいに憶えきれないことを自覚して、対処するほど、賢くもないし、気も付かない。──そうね、あるのは野生のカンぐらいかな」

「またまた、手厳しいね…」

「そりゃ、もちろんよ。──って言いたいとこだけど、ホントはあたしが自覚してなきゃいけないのよね。もともと、この旅はあたし一人のはずだったんだし…」

「ルフェラ…」

「──とりあえず、反省はこのくらいにして、お礼を言わなくっちゃね。ネオスのおかげで、迷わずに帰れるんだから。ネオス、ありがとうございました」

「いえいえ、どういたしまして」

 冗談っぽく丁寧に頭を下げると、ネオスも真似して深々と頭を下げる。途端に あたしたちはプッと吹き出してしまった。

「──さてっと、そろそろ 急いだ方がいいね。シリカも、僕たちが帰ってくるの 首を長くして待ってるだろうからさ」

「そうだったわね。すっかり忘れてた…」

 〝早く帰ってきてね〟 と言ったシリカの顔が脳裏に浮かぶと、あたしはネオスに代わって、石を取り除きながら帰り道を急ぐことにした。

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