6 隠されし村の存在 <3> ※
それからどれくらい経っただろうか、ふいに、あたしの名を呼ぶ声がした。
──ラディの声だ。
食前というのもあり、練習できたのは、およそ三十分程度だろう。でも、気を集中していたためか、あたしにはもっと短く感じた。
「メシの時間か…。そういや、一気にハラが減ってきたぜ。とりあえず今日は一日目だし、これぐらいでいいだろ。続きは明日の夕食前、だ。──さ、行こうぜ」
「う、うん」
そう返事したものの、あたしはすぐにイオータを呼び止めた。一つだけ約束してもらいたい事があったのだ。
「──ねぇ、ちょっと待って」
「なんだ?」
「あたしがあんたに戦術を教えてもらってること、みんなには内緒にしててよ。それから、お腹空いてるあんたには悪いけど、あたしが先に行かせてもらうわ」
その言葉に、あたしはおそらく 〝なんでだ?〟 という言葉が返ってくると予想していた。しかし、彼から返ってきた言葉は意外なものだった。
「オーケー、いいだろう」
その瞬間、微妙に笑ったような気がして、気にはなったが、ずっとあたしの名前を呼び続けるラディを一秒でも早く黙らせたいという気持ちのほうが強かったため、足早に戻る事にした。
そして──
「ルフェ──」
「ここよ。ここにいるから、もう叫ばないでよ。恥ずかしいでしょ!?」
「ルフェラ…お前、どこいってたんだよ!?」
「どこって…」
「ジーネスが、外の椅子にいるはずだっていうからみてみたけど、どこにもいねーし、いつの間にかイオータもいなくなっちまって…。心配したんだぞ!」
「あ…ゴ、ゴメン…」
あたしの声を聞き、姿を見るなり、ラディは少し声を荒げた。その態度が、珍しいくらい…というか、初めて年相応に見えて、思わず謝ってしまった。
「──お…ぃ、それになんだよ、その汗は…?」
「え…汗…?」
ラディに言われ、顔や首を触ったあたしは、ビックリした。たった三十分…しかも構え攻撃などの基本をしていただけなのに、汗が吹き出ていたのだ。
「あ…これはその──」
なんとかごまかそうと、汗をかいた理由を考えていたが、ラディはすぐ後ろのイオータをみた途端──
「あ…ぁ、なんだ。そういう事か…」
と、変に納得してしまった。
「なによ、〝そういうことか…〟 って?」
「あ…いや、別に…」
一瞬、〝まぁ~た、ヘンな想像したな、こいつわ…〟 と思ったが、納得するのはおかしな話しだった。とはいえ、、ウンザリする言い合いが始まらないのはありがたい為、敢えてそれ以上の事は言わない事にした。
「それにしても、いい匂いね」
「──だろ? オレなんかこの匂いにつられて、あいつらと遊ぶの 途中でやめちまったんだぜ」
ラディはそう言いながら、玄関の戸を開けた。
「あー!! 帰ってきたぁ」
あたしたちの顔を見るなり、そう叫んだかと思うと、途端に他の子供たちも騒ぎ始める。
「ジーネス、お兄ちゃん達いたよ」
「どこにいたんだろ?」
「きっとかくれんぼしてたのよ」
「よかったね、おねぇちゃん。見つけてもらえて」
「ボクなんか、勝って隠れてんのに、見つけて貰えなくて泣いた事あったよ」
「え…じゃぁ、おねぇちゃんも泣いたの?」
心配そうに見上げる女の子…。
「え…あ、あたしは──」
なんて言えばいいんだ…と思うが早いか、またまた男の子が話し始める。
「泣くわけないよ、大人だもん」
「えぇー、大人は泣かないの?」
「そうさ」
「どうして?」
「どうして…って、それは、お、大人だからさ」
「ふ~ん…」
女の子は、なんともよく分からない理由で納得した。
捜してた人が見付かって喜んだと思いきや、あっという間に話は流れていく。間に割って入る隙間もなく、ハッキリ言ってあたしは子供の思考回路についていけないでいた。
「なぁ?」
「な、なによ?」
「なんでまた、オレらの陰に隠れるんだ?」
「え…?」
そう言われてハッと気がつく。さっきまで、目の前にはラディの背中しかなかったはずなのに、今や、あたしはイオータの背中を見て話していた。
「あ…べ、別に隠れてなんか──あんたが前に出たんじゃないの?」
「またかよ…。あくまでも認めねー気だな?」
「さ、さぁ…なんの事かしら…?」
「お前なぁ──」
「ルフェラ、何してんだよ。みんな待ってんぞ?」
「あ…う、うん」
気付けばすでにラディは机の前に座っていた。
核心に迫ってくるイオータの会話から脱するには、ありがたい助けで、あたしはさっさと手を洗い、ジーネスの横に座った。
ただでさえ人が多いのに、あたし達四人までもが加わって、食卓を囲む机の周りはギュウギュウ詰めだった。だけど、子供たちは全く気にしない。箸を持って 〝いただきます〟 の号令が出されるのを目を輝かせながら待ているのだ。
そして手を洗っていたイオータが座るや否や、ジーネスを手伝っていたディゼルが元気よく叫ぶ。
「いっただっきまーす!」
「──まぁーすっ!!」
最後の語尾だけ繰り返すと同時に、箸を持った小さい手が一斉に伸びる。
す、すご…い…。
「ルフェラ、これは負けてらんないよ」
「あ…そ、そうね…」
あまりのすごさにボーゼンとしていたあたしは、ネオスの言葉で我に返りさっそく箸を伸ばした。人数もさることながら、用意された食事の量も多く、間違いなく余るだろうと思っていたあたしの考えは見事に覆されてしまった。
「ありがと、ネオス」
机に並べられた料理がなくなりつつある中、あたしは感謝の言葉を口にした。あのままボーゼンとしてたら、それこそ間違いなく食べ損なっていたからだ。しかし、言われた本人はその意味が理解できなかったらしく、首を傾げていた。それに対し、あたしは 〝何でもない〟 と首を振る。
一方、イオータは、食べ終わった子供たちが次々と後片付けする姿を横目で見ながら、口を開いた。
「なぁ。それよりよ、なんでオレらが旅人だって分かったんだ?」
「え…?」
「だってよ、ぶつかって ちょっと話しただけなんだぜ。村人と間違っても不思議じゃねーだろ?」
「そういやぁ、そーだな」
それまで 〝もう、食えねぇー〟 と、その場で仰向けになっていたラディが、イオータのふとした疑問に同調した。
「それは──」
「簡単さ。ジーネスは声を覚えてんだからな」
彼女の言葉を遮って、得意げに話し出したのは、彼女の隣で出番を待っていたディゼルだった。彼はジーネスを手伝っていた為か、後片付けには参加しなかった。
身を乗り出したディゼルに、すかさず ラディが聞き返す。
「声って、村の人の声か…?」
「そう、み~んなの声さ」
ディゼルはそう言って両手を大きく広げた。
「みんなっていっても、村の人 全員ってことじゃないわよね?」
いくらなんでもそれはないだろうと、あたしは冷静にディゼルの顔を覗き込んだ。
子供というのはなんでも大袈裟に捉え、伝えるものだ。よく話す人ならその声を聞き分けられるだろうが、村の人 全員となると、正直、ムリだと思ったのだ。
ところが──
「みんなって言ったら、みんなだよ。な、ジーネス?」
「え…? あ、まあ…ね」
「──ほらな」
ディゼルはそう言って、誇らしげな目をあたしに向けた。
「マジかよ…。ホント、すっげーよな、あんた。オレなんか、昨日食ったものも忘れちまうってーのに」
「あったまワリーなぁ、にいちゃん。オレでも憶えてんのに。それに、こんなこと、ジーネスにはゴハン前のことだぜ?」
「………?」
「な、なんだよ?」
「お前…それを言うなら朝メシ前だろ」
「え…!?」
「ダッセー。お前こそ、あったまワリーじゃねーか。なぁ、ルフェラ?」
「…………」
──ったく、相変わらずガキなんだから。いくら 〝あったまワリー〟 って言われたからって、所詮 相手は子供。それを真に受けて、人の間違いを嬉しそうに突っ込むなんて、二十二歳の男がすることじゃないわよ。それに、ジーネスの記憶のすごさを物語るのに、自分の記憶を引き合いに出してくるところが、あまりにも低レベルだってーの。
──と、心の中では思ったが、口にすることはやめた。
「なに黙ってんだよ?」
「あまりにもアホらしくって、なんにも言えないだけよ」
「な、なんだよ。アホらしいって…。オレはただ、間違いを訂正してだなぁ──」
「だったら、子供相手に勝ち誇った顔を向ける必要はないでしょうが」
「あ…ぁ、いや…それは…」
適した言い訳が見つからず、口ごもったラディを見て、アホらしいと言った理由がようやく分かったか…と溜息をついたその時、思ってもみない攻撃が、あたしを襲った。
「──失礼だぞ、ねえちゃん」
「え…?」
「子供って言うなよな。もう少ししたら、オレはジーネスとケッコンするんだから」
「え…? あ…結…婚…?」
「そうさ。だよな、ジーネス?」
「そうね。ディゼルがもっと大きくなって、その時、二人とも恋人がいなかったらね」
「大丈夫さ。オレはジーネスの他はゼッタイ好きにならないんだ。だから、ジーネスも好きな人つくるなよ。オレがお嫁さんにするんだからな。すぐに大きくなってやるから、ゼッタイ待ってろよ」
真剣に話すディゼルに対し、ジーネスは優しく微笑んだ。
なんともほほ笑ましい光景だ…と心の中がじんわりと暖かくなるのを感じながらも、次に聞こえてきたラディの言葉が、その気持ちをブルーにさせた。
「お前、そんなにジーネスのことが好きなのか?」
「そうさ。他の誰よりも好きなんだ。だから、にいちゃんもゼッタイ 好きになるなよ」
「心配すんなって。オレだって、ちゃぁ~んと好きな女ぐらいいるんだぜ」
「え…そうなのか?」
「ああ」
「だ、だれ、その人? どんな人?」
途端に興味を抱き、目を輝かせたディゼル。同じ気持ちを持つ者同士、妙に親近感が沸いたのか、二人の会話は盛り上がる一方で、ヤバイと悟ったあたしにも、すでに止められなくなっていた。
「気はつえーし、言う事もキツイんだけどよ、すっげーテレ屋で、またそこが可愛いんだ」
「へぇー。それで、その人はいくつ?」
「オレより二つ下」
「年下かぁ。お似合いじゃん」
「──だろ?」
ど・こ・が・だぁ~!!
だいたい顔も見てないのに、お似合いと言えるその根拠が分からん…。しかも、まともに 〝──だろ?〟 と答えるラディの頭は、もっと分からん…。
「──で、その人はどこにいるのさ。まさか自分の村に置いてきぼりってことは──」
「んなことあるわけねーだろ? オレは、ずぅ~っと前からそいつのことが好きだったんだぜ。一日たりとも離れられるかってーの!」
「え…じゃぁ、もしかして──」
ディゼルは、素早い理解力を表し、あたしの方を振り返った。そしてラディも答える。
「その通り!」
「そっかぁ。でも、〝ずぅ~っと〟 っていう事は、にいちゃんも 他の人、好きになったことないんだ?」
「あたぼーよ。お前と同じ、一途な人間だからよ」
「一途…かぁ。そうか、やっぱ、一途だよな?」
「ああ、もちろん。男は一途が一番さ。どうだ、一途ってカッコイイだろ?」
「うん! オレはジーネスに一途だぜ!!」
「おう! オレもルフェラに一途だぜ!!」
ノリに乗ってきた二人は、そう言ってジーネスとあたしを指さし、叫んだ。
あたしはこの二人の行動──特に、二十二歳の男がする行動──に呆れて、片手で顔を覆った。
しかし、その瞬間──
「ホントだ、テレてる…」
と、ディゼルの一言。
不覚にも、真実は理解されないまま、子供の彼にとって、この態度がラディの言葉を証明する事となってしまった。
──ったく、なんなのよ この二人の会話わ…。意味不明な会話に少しの疑問も持たず、妙に納得して…。これじゃぁ、まるで双子の兄弟じゃない。
──と、そこまで思った時、ふと 数時間前のイオータの言葉が頭をよぎった。
〝ジーネスあんたの弟でも通用しちまうかもな〟
なるほど…。
あたしは、やっと彼女が 〝そういえば…〟 と言った理由が分かり、こっそりと呟いた。
「ラディは、ディゼルと同等ね」
それを聞いたジーネスは、クスッと笑い小さく頷いた。
「──だけど、みんなも困るわよね」
「みん…な?」
あたしの言った 〝みんな〟 が、一体 誰をさしているのか分からず、ジーネスは子供たちや、彼らと遊んでいるラディ達を見渡すようにした。いつの間にか、イオータやネオスまでもが子供たちの相手をしている。
あたしもそんな彼らをしばらく見ていたが、すぐに首を振った。
「──ううん。旅人のことよ」
「え…?」
「ここにやってくる旅人。当たり前のことだけど、食事する所も泊まる所もないって知らずにやって来るじゃない? あたし達はさ、たまたま あなたと出会って、泊めてもらえるようになったからよかったけど、そうじゃない人は困るだろうな…ってね」
「は…ぁ、そうですね」
「でしょ? それに、この村の人もそうよ。見知らぬ人が毎日やってきて、幾度となく 〝泊まらせてほしい〟 って言われるだろうし…」
「それは…ないです…」
「え…?」
「あ…その…実を言うと、ルフェラさん達が初めてなんです…旅の人…」
「………?」
「この村の存在…隠されてるから…」
「どういう──」
「──と言うよりは、知られてないって言ったほうが正しいですけど…」
「どうして…?」
「この村に辿り着くような分かりやすい道がないというか、道が複雑で辿り着けないというか…。実際、それが本当かどうかは分からないですけどね。今までに、他の村からここにきた人がいないという事を考えると、多分そうじゃないかって」
「え…でも、あたし達は──」
「ああー!!」
〝山を一つ越えただけ〟 ということを伝えようとしたのだが、誰かさんの突然の大声に驚き、その言葉を飲み込んでしまった。
「な、何よ、ラディ!」
「ど、どうかしたんですか?」
「あいつがいねぇ…」
「あいつ?」
一瞬、子供達の誰かがいなくなったのかとドキッとしたが、次の返答を聞いて力が抜けた…。
「あいつだよ、あいつ。イオータだよ!!」
「はぁ!?」
「さっきまでここにいたのによ──」
「──ったく、大の大人が一人いなくなったからって、そんなに大声出す事ないでしょ!? なんにも知らない子供ならともかく、二十三よ、二十三。トイレだって、散歩だって一人で行くでしょーがぁ!」
「そ、そうだけど…」
「おにーちゃん、外 行ったよ」
あたし達の会話に、ふと口を挟んだのは、イオータに 〝遊んで〟 とせがんだ女の子だった。
「外?」
「汗かいてくるって、さっき出てった…」
「ヤベ…」
「──だから、テナちゃん一人になっちゃったの。おにーちゃん、遊…んで?」
彼女のお願いは、すでにラディには聞こえなかった。一番言いたかった、最後の 〝遊んで〟 の一言は、ラディが出ていった扉にぶち当たったのだ。
このあとの子供の行動というのは、たいていみんな同じで、それは彼女も例外ではなかった。目の前で閉められた扉を見つめていた真ん丸い目が、みるみるうちに細くなり、同時に溜めきれなくなった涙をこぼし始めたのだ。
「お、おにー…ちゃんも…い、行っちゃった…。テナ…また ひと…り…」
──ったく、ラディの奴! 何が 〝ヤバイ〟 か知らないけど、あんな小さな子まで泣かすなんて…。
いくら子供が苦手だとはいえ、ネオスは手一杯だし、ここはあたしが行かなきゃ マズイわよね…。
そう思って立ち上がろうとした時、一瞬 早くディゼルが動いた。
「──ったく、しょうーがねーなぁ。オレが遊んでやるから、な。テナ」
「…ほ、んと…?」
「ああ。だから、もう泣くなよ」
「ん…。泣かない。テナ…ひとりじゃないね」
「当たり前だろ」
「うん。あたりまえ…」
テナはディゼルの言葉を繰り返しながら、涙で濡れた顔を拭いもせず、笑顔を見せた。
「──あなたの言う通りね」
「え…?」
「いい子だわ、あのディゼルって子」
「…はい!」
ジーネスは、まるで自分が褒められたかのように満面の笑みを浮かべた。
「─あ、そう言えば、汗かいてくるって言ってましたよね?」
「え…? ああ…イオータの事?」
「はい」
「そう…ね。ホントかどうかは分からないけど…」
「じゃぁ、私、お風呂沸かしてきます」
「あ──」
〝ありがとね…〟 と言おうとしたのだが、すぐさま彼女は奥の部屋へと消えてしまった。
素晴らしいくらいよく気の利く子だわ…と感心したのも束の間、ラディのせいで聞きそびれた事も思い出した。誰かさんと同じで 〝まぁ、いっか…〟 と思えたら楽なんだろうが、あたしにはムリな話で…。結局、さっきまで話していた彼女との会話を、頭の中で繰り返し考えてしまったのだ。
やっぱり、気になるのはあの言葉よね。
〝他の村からここに来た人はない…〟
他の道は知らないけど、あたし達が通ってきた道は、案外分かりやすかったはずだ。そりゃ、リヴィアの家の裏口から来たし、彼女の家はいわゆる村の端っこにある。その道をただの旅人が見つけるなんて、簡単な事とは言えないけど、あの道は間違いなく人が通った跡があったもの。たとえ旅人が見つけられなかったとしても、リヴィアの村の人達なら、通ってもおかしくない。少なくとも、十六年間 生きてきたジーネスの記憶の中に、誰一人として他の人が来なかったなんて、あり得ないのだ…。それによ、例え、彼女の話がホントの事だとして、初めて来たあたし達…つまり、旅の人と会って、驚かないなんて──
と、いろいろ考えてた時だった。急に 〝ツンツン〟 と髪の毛を引っ張られる感覚がして、思わず後ろを振り返った。そこには、あたしの髪の毛を掴んでいた大人しそうな女の子が立っていた。その子は、あたしと目が合うや否や、こう切り出した。
「おねえちゃんの髪、きれいね」
「あ、ありがと…」
「シリカの髪、クリンクリンしてて、ヤなの…」
シリカ…と言うのかこの子は…。
「え…あ…その髪も素敵よ。とっても可愛くて、似合ってる…」
もう片方の手でクリンクリンした髪を真っ直ぐにしようと引っ張っていたシリカは、あたしの言葉を聞いて、不満そうな顔をした。
「ジーネス姉ちゃんもそう言った…」
時には、同じことを言われた方が自信もつくのだろうが、こういうコンプレックスに対しては、どうも通用しないらしい。〝聞き飽きた…〟 とでも言うのだろうか…。
あたしはそんな女の子をどうやって慰めたらいいか分からず、困っていたのだが、ふとある人物の事を思い出した。
「ね、ねぇ、シリカ。あたしの友達にすっごい美人がいるんだけど、その子も、小さい時あなたみたいに髪の毛がクリンクリンしてたのよ」
「ほんと…?」
「ええ、ホントよ。でも、その子は自分の髪を一度もヤだとは思わなかったの」
「どうして?」
「人と違うって事が、逆に嬉しかったのよ。だから、自分で髪の毛を結んだりして、他の人にはできないオシャレを楽しんだの」
「オ…シャレ…」
「そう。今は、その髪の毛もだいぶ落ちついて、ウェーブがかってるんだけど、とっても大人っぽくてね。あたしの村の中では一番の美人だって、大評判よ」
「それ、ほんと? ほんとに、一番の美人なの?」
「ええ」
「じゃぁ、シリカも美人になれる?」
「もちろん。だから、その髪を自慢にしちゃいなさい」
「うん! 自慢にする!!」
さっきまでの羨ましそうな目はどこへやら…。一気に目がキラキラと輝いていた。
「ねぇ、おねえちゃん」
「なに?」
「手が二つしかないってどういう意味?」
「はぁ?」
髪の毛の話が終って、ホッとしたと思ったら、これまた全然繋がりのない話が出てきて、一瞬 ワケが分からなくなった。
「おにいちゃんに言われたの。〝手が二つしかないんだって、おねえちゃんに言ってきて〟 って」
シリカはそう言うと、汗をかきながら、両手を子供達に引っ張られ悪戦苦闘しているネオスを指さした。
なるほど…そういう事か…。
ネオスは、あたしが子供が苦手だという事を知っている。だけど、イオータやラディがいなくなった今、自分一人では面倒みきれなくなった為、仕方なく、あたしに救いの手を求めてきたというわけなのだ。
「おねえちゃん…?」
「あ…そのね、つまり…あたしも一緒に遊べば、手が四つに増えて、楽しくなるって事よ…」
普通の人なら、こんな答えなど 絶対に納得しないものだが、ありがたい事に、子供には意味など関係ないらしかった。
「そっかぁ、もっと楽しくなるんだ…」
「そ、そう…」
「じゃぁ、おねえちゃんも、一緒にあそぼ!」
シリカはそう言うや否や、あたしの手を引っ張り、みんなの中へと引き込んでいった…。
こうして、あたしはラディ達が汗をかいて戻ってくるまで、子供たちと遊ぶ羽目になったのだが、苦手なことをするというのは結構疲れるもので、お風呂に入り、布団に入ると、ものの数分もしないうちに眠りに落ちていった。