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女神伝説  作者: Sugary
第三章
25/127

6 隠されし村の存在 <2>

 ──ったく、調子がいいというか、ゲンキンというか…。

 呆れて、溜息をついたとき、ジーネスがまた、クスッと笑った。

「え…なに、どうしたの?」

「あ…いえ。その…ラディさんを見て、呆れてるんだろうなぁって思って──」

「その…通りよ。なんで分かったの?」

「だって、さっきの言い合いを聞いてたら、二人の関係がどんな感じのものかってぐらい、想像がつきますよ」

「ふ、二人の…関係って…?」

 とんでもない関係を想像してんじゃないだろうかと少し心配になり、おそるおそる尋ねてみたが、次に彼女から返ってきた言葉は、

「お調子者の弟に手を焼くお姉さん」

 だった。

 その次の瞬間、あたしとネオスはもちろんの事、後ろを歩いていたイオータまでもが大いに納得し、大爆笑した。

「そ、そんなに、面白いですか?」

「ああ、最高だね。すごいよ、あんた。よく見抜いてるぜ」

「ホント。手を焼くおねーさんだなんて、まさに、その心境よ」

「──でも、本当に、ルフェラさんより、年上なんですか?」

「まぁ…ね。あたしより早く生まれたのは事実よ」

「そう…ですか…」

「──ヘタすりゃ、あんたの弟でも通用しちまうかもな」

「私の…?」

 ジーネスは思わず聞きかえしたが、すぐに何かを思い出したのか、クスクスと笑い始めた。そして興味深い事を口にした。

「そういえば──」

「そう…いえば…?」

「あ…はい。──ルフェラさんも会えば分かりますよ、きっと」

「会うって誰に──」

 そう質問した時、ちょうどあたし達は目的の場所に着いた。彼女は、一旦ドアの前で立ち止まり、隣にいたあたしを見てニッコリ笑うと、

「それも、すぐに分かります」

 とだけ言って、普通の人と同じように玄関の戸を開けた。

「ただい──」

「おっかえり、ジーネス!!」

 〝ただいま〟 を最後まで言い終わらないうちに、えらく元気のいい声が聞こえ、なにやら物体が飛んできた。いきなりのことであたし達は驚いたが、物体を受け止めたジーネスは、平然としている。

「遅かったじゃないかぁ。また道に迷ったんだろ? やっぱ、オレがいないとダメなんだよな、ジーネスは」

「ナマ言って。──ほら、ちゃんと挨拶して」

「あいさつ?」

 ジーネスに促され、彼女の腰元から顔を覗かせたのは、七・八歳ぐらいの男の子だった。それが、飛んできた物体の正体だった。

 最初に目が合ったのはネオスで、彼がジーネスの籠を持っていたというのもあり、子供ながらに勘違いしたのか、急に不機嫌になった。

「ジーネス、誰だよコイツ?」

「コラ。まぁ~た、そういう言い方する」

 その口調を叱るように、軽いゲンコツをお見舞いした。

「ってーなぁ」

「帰り道に会った旅の人たちよ。ちゃんと皆に挨拶できないなら、私もディゼルとは話さないからね」

 それまで口を尖らせ頭をさすっていた男の子も、〝話さない〟 という言葉を聞いた途端、慌ててあたし達の前に出てきた。

「オ、オレ…ディゼル。よろしくな」

 ぶっきらぼうにそう言うと、すぐさまジーネスの方に顔を向け、〝オレ、言ったぞ〟 と小さく呟いた。すると、今度はジーネスが付け加える。

「すみません。口が悪くて…。でも、根はいい子なんです」

 その口調は、まるで母親のようだった。

「僕はネオス。今日、ここで泊まらせてもらう事になったんだ。よろしく」

 中腰になり、そう自己紹介すると、ネオスは背負っていた籠をおろした。次いで、ラディ、イオータ、あたしの順に自己紹介し、最後に一番後ろにいたルーフィンを呼び寄せ紹介した。すると、それまで興味なさそうに聞いていたディゼルの目がパッと明るく輝き、次の瞬間にはルーフィンの首根っこに飛びついていた。

「お~い、犬だぞぉ!」

 と、一言 叫んだその直後だった。ほんの一瞬だったものの 〝犬…?〟 という別の声が聞こえたかと思うと、どこにいたのか、わらわらと子供たちが出てきたのだ。

「犬だぁ!」

「ほんと、犬だわ。ほら、見て!」

「おぉー、かっくいー」

「名前なんていうの?」

「大人しいぞ、コイツ」

「ボクにも触らせて」

「私にもぉー」

 その数、十人位だろうか…。確かに、〝うちの子達〟 とは言ってたけど、これほどまでとは…。

 ルーフィンは、自分を見るなり駆け寄った子供達に揉みくちゃにされていた。彼を助けたいのはやまやまだったが、あたしはその状況に近付けないでいた。それどころか、自分でも気付かないうちに、ネオス達の蔭に隠れていたのだ。それに気付かされたのは、イオータの一言だった。もちろん、素直には認めなかったが…。

「おい、なに、隠れてんだよ?」

「え…?」

 一瞬にして顔が引きつる…。

「なんで、そんな端っこのほうに行ってんだ?」

「い、行ってないわよ…」

「行ってんじゃねーか」

「行ってないって言ってるでしょ…」

「あのなぁ──」

「初めからここにいたじゃない…」

「いねぇって…」

「あ、あんたの…気のせいよ、きっと…」

「お前なぁ…今の今までオレの目の前にいただろーが」

「そう…? じゃぁ、あんたが動いたんじゃないの?」

「おい…あんた、意地でも認めねーってんだ──あん?」

 途中まで言いかけて、イオータは自分の服の裾が引っ張られている事に気付き、下を向いた。

「なんだ?」

「おにーちゃん、遊んで」

「はぁ?」

「だって、ジーネス姉ちゃん、今から御飯作るんだもん。ね、だから、遊んで」

「あのなぁ…」

「遊んで、遊んで…」

 掴んだ服の裾を何度も何度も左右にふり、子供独特の 〝おねだり〟 を決行する。

「よかったじゃない、モテモテで。しかも、〝おにーちゃん〟 だって。オジさんって言われないんだから、遊んであげなきゃ、ねぇ?」

「なんだ、そのワケわかんねー理由はよ? それに、どー見たって、オレは 〝おにーさん〟 だろーが。子供の目は正直なんだぜ?」

「…そうね」

「そういうあんたこそ遊んでやれよ」

「え…? あたし!? あたしは──」

「女の子には、やっぱ女のほうが合うだろうしよ…」

「そん…な事…それに、その子はあんたを指名してんでしょうが…」

「別にこの子だけの事を言ってんじゃ──」

「ねぇ、おにーちゃん…」

「ああ?」

「──ほら、必死になってお願いしてんでしょうが。待たせちゃ可愛そうでしょ」

「だから──」

「おにぃ…」

 なかなか遊んでくれそうもないイオータに、女の子の目はウルウルと涙が滲み始めていた。

「わ、分かったよ。分かったから、そんな目でオレを見るなって…」

 イオータは 〝仕方ねーな。ほら、行くぞ〟 と言うと、彼女の手を引いて他の子供達の中に混じっていった。

 正直、女の子が泣きそうになってくれてホッとしていた。

 男というものは、子供であれ、大人であれ、女の涙に弱い。たとえ、子供が泣くとウルサイからという理由だとしても、イオータがこの場で 〝遊んでやれよ〟 とあたしに言い続けることを考えたら、泣きそうになるあの子を連れて行く状況になってくれた事に感謝したい気持ちだった。

 子供が苦手だという事が分かったら、何を言われるか分かったもんじゃない。しかも、遊ぶだなんて…。何をどうしたらいいのか分からないのに…。だいたい、苦手だと言わなくても、子供の遊び方で、そういう事は分かってしまうものなのだ。

 一方、ラディは…というと、〝遊んで〟 と言われる前に、すでに、子供達の輪の中に溶け込んでいた。

 ここにミュエリがいたら、大喜びなんだろうな…。

 そんなことを思いながら、あたしは食事を作り始めたジーネスを手伝おうと声をかけた。

「あたしも、なにか手伝うわ」

「あ…いえ。大丈夫です。ルフェラさんはそこら辺で休んでいてください」

「でも…」

「ディゼルも手伝ってくれるし、いつもの事ですから」

「え…いつ、も…?」

「はい。それに、こういう日常的な事こそ、訓練なんです。毎日やってないと、衰えそうで不安になるんですよ、実は…」

「あ…そう、なんだ…」

「はい」

 ジーネスはそう返事しながらも、テキパキと動いていた。とても、目が見えない人には思えないその動きに、またまた すごいと感心してしまう。まだ小さいディゼルも、慣れた手つきで彼女の手伝いをしていた。

 あたしの出る幕はなさそうね…と思いながらも、ふと心配になったことがあった。〝手伝う〟 と声をかけたのは、あたし達がお世話になるからで、同情を込めたつもりはなかった。でも、彼女から返ってきた言葉には、〝同情はいりません〟 といった意味合いがこもっていたようにもとれる…。

 あたし、もしかして 勘違いさせちゃった…?

 そんなことを気にしてると、再びジーネスの声が聞こえた。

「あの…、ルフェラさんの 〝お世話になるから…〟 っていう気持ちだけで充分ですから」

「え…?」

「子供達がバタバタしてゆっくりはできないかもしれませんけど、本当に、休んでてくださいね。ちなみに、私のお薦めは、外ですけど…」

「外…?」

「はい。私、外の椅子に腰掛けて涼むのが、好きなんです。よかったら、どうぞ?」

「あ…うん。ありがと…」

 どうして、あたしの気持ちが分かったのかしら…と思いながらも、ついさっき感じた心配が消えた為、あたしは 〝それじゃぁ…〟 とだけ言って、外に出る事にした。

 玄関の戸を閉めた途端、急に中の音が遠くに感じた。たった一枚の戸を隔てただけなのに、一瞬にして別世界に来た感じだ。

 あたしはこの時、住むために作られた家の戸や壁が、とても不思議なものに思えてきた。

 あたし達は 〝家〟 という限られた空間に住んでいる。自然の大きさから見れば、どう考えたって家の外の方が広いし、自由だと思えるはずだ。なのに、たった今 家から出たあたしの心が、孤独を感じるのはどうしてなんだろう。

 この扉の内側から聞こえる子供達の笑い声や、ジーネスが食事を作る時の台所の音は、当然の事ながら、幸せな時間を過ごしているんだと確信できる。だけど、もしここで、ケンカしてる声や物を投げつけるような音が聞こえてきたとしても、やっぱり、外から聞くと、家族が住む家の暖かさみたいなものが感じられると思うのだ。

 つまり、家の中と外を隔てる 〝たった一枚〟 がこんなにも対照的な別世界を作り出しているという事だ…。

 ホント、〝たった一枚〟 なのに…。

 あたしは孤独感に包まれながら、そんな 〝不思議〟 を考えていた。だけど、フッといつもの自分に返る。

 ああ、もう。あたしってば なに暗い事 考えてんのかしら。家の外に出ただけなのに、バッカみたいよね。

 あたしは 〝どうかしてる…〟 と首を振ると、ジーネスのお勧めである椅子に腰かけ、空を見上げた。

 陽が沈むと、昼間に温められた空気が、土や緑によって冷される為、真夏でも夜は涼しくなる。

 彼女の言う通り、涼むにはいい場所だった。

 雲ひとつない空を見上げながらも、心地よさのせいで目を閉じていると、ふいに声だけが聞こえた。

「今日も、まだ 見えねーなぁ」

 その声に振り返ると、あたしのすぐ隣には空を伺うように見上げているイオータが立っていた。

「ビ、ビックリしたぁ。驚かさないでよ」

「別に、驚かすつもりなんてなかったさ。あんたが勝手に驚いただけだろ?」

「あんたねぇ…。戸を開ける音もしなければ、足音だってしなかったのよ。どう考えたって、普通は驚くでしょうが。それを 〝勝手に驚いただけ〟 だなんて、どーいう神経してんのよ!?」

「だって、マジで驚かすつもりなんてなかったんだぜ?」

 〝驚かして悪かった〟 の一言もなければ 〝本当にそんなつもりはなかったんだ〟 と悪気のない顔を向ける。

 こういう顔って、どういうわけか怒りが蒸発するのよね。怒ってんのがアホらしくなるっていうか、言ってもわかんないんだろうって思うと、話す気も失せてくるのだ。

 あたしは小さな溜息を付き、気持ちを切り替えると、椅子に腰掛けようとしているイオータに向かって新たな質問を投げかけた。

「──それより、さっきのどういう意味よ?」

「何が?」

「 〝まだ見えない〟 って言ったでしょ?」

「ああ、その事か…」

 イオータは一瞬 間を置くと、

「──星さ」

 と言って、空を見上げた。

「──星?」

「ああ」

 予想もしてない返答に、つられて あたしも顔を上げる…。その視線の先には、数多くの小さな光が瞬いていた。

 あれを、星というのじゃないのか…?

 冗談でそう突っ込もうとした時、フッとあることを思い出した。

「そう…いえば、昨日も同じような事 言ってなかった?」

「昨日?…」

「そうよ。──えっと…たしか、隠れてるとかなんとか…」

「ああ、そういえば言ったな。── 〝月に隠されし星〟 だろ?」

「そう、それ。その言葉の意味はなんなの?」

「さっきのと同じだぜ」

「だーかーらぁー。そうじゃないでしょ!? あんたのいう星がどの星の事を指して言ってんのかは知らないけど、少なくとも、あたしの知ってる星は出てるわよ。もちろん昨日もね。なのに、見えないとか隠されてるっていうのはどういう事かって聞いてんの!!」

「まぁ、そう怒るなって。ちゃんと分かってんだからよ」

「だったら、よけい腹も立つでしょうが!!」

 どう考えてもバカにしてるその態度に、ますます口調が荒くなる。

「まぁ、まぁ。──それより、あんた、空見てなにか気付かないか?」

「はぁ?」

 さっきまでフザケてたかと思いきや、急に真面目な話になる。こういう変化についていくのって、普通のあたしには難しい。思いっきり感情が乱されるから疲れるのだ。もちろんラディもそうだが、当の本人はその事に気付いていない。

 まったく、喋ってる方はいいかもしんないけど、聞いてるこっちはメーワクだわよ。一番いいのは、まともに聞かない事だけど、ムシできる内容でもなさそうだし…。

 あたしは再度 溜息をつくと、乱れた感情を立てなおした。

「気付くって何を?」

「あんた、今までにも 夜の空って見たことあるよな?」

「当たり前でしょ!」

「じゃぁさ、あんたが知ってる夜空と比べて、昨日や今日の空にないものはなんだ?」

「ない…もの?」

「つまり、今は見えないもの、だな」

「見えない…って、もしかしてさっき言った星の事?」

「ピンポーン!」

「でも、星はあるじゃない。それとも何か特定の星の事を言ってるわけ?」

「いいや、ごくごく普通の星だぜ」

「ワケ、分かんないわよ」

「さっきも言ったろ? 月に隠されし星って」

「月…って、まさか、月の向こうにある星の事 言ってんじゃ──」

「ブーッ」

 まるでなぞなぞをやってる感覚で、イオータは楽しそうに口を尖らせた。

「じゃぁ、どこの星の事を言ってんのよ!?」

 何が言いたいのかさえ分からなければ、何が答えなのかも分からず、変化球ばかり投げつけるイオータに、またまた怒りの感情が湧いてきてしまった。

「星ってよぉ、夜にしかないと思うか?」

「はぁ!?」

「実は、昼にもあるんだぜ」

 あたしの怒りなど気にもとめず、イオータは更に続ける。

「──けどよ、昼間は太陽が照ってるから、明るすぎて見えねーんだ。星の光が太陽の光に負けてるからな。つまり、言いかえれば太陽の光に星が隠されてるって事さ」

 イオータはそこまで言うと、〝どうだ、分かるか?〟 という視線を向けた。

 あたしはようやく彼の言わんとする事が分かった気がした。それを確認する為 再び空を見上げたのだが、思った通り、さっき見た時には気付かなかった光景が、夜空に広がっていた。

 そういう、事か…。

「月の光で周りの星が見えないんだ…」

 あたしは独り言のように、そう呟いた。

「その通り。昨日は満月。今日は欠けてる部分もあるが、明るさは昨日と同じだ。──ようやく分かったか」

「ようやく…って、失礼ね。だいたいあんたの質問がまわりくどいのよ。一回 聞けば分かるぐらいの直球を投げなさいよね」

「まわりくどい…か。そーいうあんたは全て直球だな」

「そうよ。悪い!?」

「別に、悪かねーけど…」

「──それより、月に隠されし星って言った意図はなんなのよ?」

「意図?」

「そうよ。なんかあるんでしょ?」

「あ…あ、まぁな」

「なんなのよ?」

「──空 見た時よぉ、まず最初に目に映るものって月じゃねーか? もしくは探してしまうものって言ってもいーけどよ」

「まぁね」

「三日月とか満月って、その他の月の形の時より見惚れちまうだろ?」

「そりゃ、形がキレイだから…」

「三日月は別にしても、満月の時は特に、周りの星が隠されてる事に気付かない。ちがうか?」

「──それって、あたしの事 言ってんの?」

「別にあんたに限ったことじゃねーよ。普通の人間にはよくあることさ」

「何が言いたいわけ…?」

「まぁ、焦るなって。──例えば、ここに沢山の宝石があるとするだろ? そうすっと、たいがいの女は目を輝かすんだ。その、沢山ある宝石の中で、デカくてキレイなものが一つでもあると、どうしてもその石に釘付けになっちまう。まぁ、仕方ない事なんだろうけどよ、他のちっちゃな石ころなんて、目に入らなくなるんだな、これが。けどよ、本当に質がよくて、取れる数も少なく、磨けばそのでっかい石より何倍もキレイに輝く宝石が、その石ころの中にあったりするもんなんだよな」

「──つまり?」

「つまりぃ、すっげーでっかいもんだったり、眩しかったり、キレイであったりっつーような、目立つもんがあると、周りの事が見えなくなるって事だ。たとえちっちゃな石ころのオレが、真実を言ってたとしてもな」

「──それって、リヴィアの事 言ってんの?」

「他に誰がいる?」

「──あんた、本気で?」

「ああ」

 ──即答だった。

 〝バッカじゃないの?〟 と言いたい気持ちはあったが、驚くほど、その目が自信に満ちていて、あたしはそれ以上 否定的な言動を発せないでいた。

「ど…うして、そこまで言い切れるのよ?」

「簡単なことさ。自分を信じてっからよ」

「──それも、本気で言ってんの?」

「もちろん」

「──ということは、みんが聞いて納得するような根拠はないって事なのね?」

「っつーかぁ、オレがその根拠みたいなもんだからな」

「なに、ワケ分かんない事 言ってんのよ?」

「別に難しいことは言ってねーぜ。なぁ~んか怪しいっていう気持ちがずーっとあってよ、それを信じてるだけのことさ。俗にいう 〝第六感〟 ってやつだな。それに、オレがカイゼルっつー男にウソの噂を話した時、あいつ、すぐ あの女の名前を口にしたんだぜ。〝南の方に住んでる綺麗な女性〟 としか言わなかったのによ。──あれは、ゼッタイなにかかんでるぜ」

 イオータは 〝間違いない〟 というように、何度も頷いた。

「それって、考え過ぎなんじゃないの? だって、〝南の方に住む綺麗な…〟 って言ったら、あの容姿だもの、誰だって彼女の名前が出てくるわよ」

「言っとくがな、あの村の女は、みんなキレイだぜ。しかも、今までにいろんな村を見てきたが、レベルは相当高い。それに、南に住んでるのはあの女だけじゃねーだろーがよ?」

「あ…」

「──やっと、分かったか」

 そういえば、ネオスも同じこと言ってた…。〝結構、美男美女が多い…〟 って。

「──それより、オレにしてみれば、もっと気になることがあるんだけどよぉ」

「え…な、なによ…?」

 〝第六感〟 とは言いながらも、やっぱり、それなりの根拠があるのかと内心ドキドキした。できるならこれ以上、反論できない根拠は、あってほしくなかったのだ。しかし、次にイオータの口から発せられた言葉は、あたしの不安こそ的中しなかったものの、そのことにも触れられたくないことだった。

「あんたが、疑うマトからあの女を外したってことは、それに代わる奴がいるってことか?」

「え…!?」

「確か、オレの方がよっぽど怪しいとかなんとか言ってたよな?」

「あ…いや、それは─」

 どうやって探ろうかという事さえ考えてもいないのに、その本人から 〝疑ってるのはオレか?〟 と質問されたら、誰だって答えられないはずだ。

 とりあえず、今はこの状況を回避しようとあれこれ考えていたのだが、そんなあたしの態度を見て、イオータは面白そうにあたしの顔を覗き込んだ。

「なぁ。あんた、人から 〝時間のムダ〟 って言われたことねーか?」

「はぁ? ──どういう意味よ?」

 またまた 意味不明なその言葉に、同じ質問を返してしまう。

「ほらよくあるだろ? 禁酒を誓った父ちゃんが、家族に内緒で酒を飲む話」

「なにそれ…?」

「だからぁ、我慢できなくなって酒を飲むんだよ。──で、何食わぬ顔をして帰ってきたところに、運悪く母ちゃんと鉢合わせ。もちろん、母ちゃんは父ちゃんが酒を飲んだ事に気付くんだが、父ちゃんは必死になって、〝飲んでない〟 って否定するんだ。ところが、喋るたんびに酒臭え息が匂うしよぉ、しかも、顔を真っ赤にしてたら、どんなに否定したって、信じてもらえねーだろ?」

「まぁ…」

「それに、こんな話もある。食事前に子供の顔を見た母親が 〝つまみ食いしたでしょ?〟 って聞くと、口の周りにあんこをつけた子供が、〝してないよ〟 って平然と答える──」

「ねぇ…!」

「──あん?」

「それってつまり、どうせバレるんだから、ヘタにウソつくなって事を言いたいわけ?」

「──っつーかぁ、〝ウソがつけないから〟 って言ったほうが正しいな」

「だったら、初めっからそう言えばいいでしょ!? だいたい、あんたのそういう意味不明な言葉こそが、時間のムダだっていうのよ!」

「そぉーかぁ? オレを知ってる奴は理解してくれるぜ?」

「ちょっと! それって、あたしの頭が足らないって言ってんの!?」

「いや、別にそこまでは…。ただ、〝どういう意味だ?〟 って聞かれた事ねーから──」

「 〝聞かれない〟 から 〝理解してくれてる〟 とは限らないわよ。──みんな理解してくれてると思ってんのは自分だけで、ホントは意味不明なことばかり言うあんたの話をまともに聞いてないだけかもよ」

「おお! その直球、胸に刺さったぜ」

 イオータはそう言って、胸を押さえた。しかし、またすぐに真剣な顔になる。

「ま、冗談はこれぐらいにして──」

 ──なぁ~にが冗談よ。こっちは本気で話してるっていうのに!!

「オレを疑う理由はなんだ?」

「え…?」

「時間のムダだから、吐いちまえよ」

「だ、だから…」

 ええ~い、もう やけくそよ!

 あたしは腰紐に挟んでいた あの布を、彼の前に差し出した。

「これ、ありがと。とりあえず、助けてくれた事には感謝するわよ」

「あ、ああ」

 イオータがその布を受け取ると、あたしは考えていた理由を話し始めた。

「あんた、言ったわよね。リヴィアを疑う理由の一つに 〝なにか特別なもの〟 があるんじゃないかって」

「ああ」

「それが、お守りのようなものか、それとも彼女自身が持ってる力かは分からないけど、あんたは力じゃないかって推測してた。──あたしには、力そのものがどういうものか分からないから、なんとも言えないけど、ただ、普通の人にはできないことができたり、普通じゃないことが起こったりすることなんだろうって思うのよ」

「──それで?」

「そ、それで…その…黒風に襲われた時の事なんだけど…あ、あたし、見ちゃったのよ…ね」

 どういう反応をするのか気になって、イオータの顔をチラチラと見ていたが、彼はまるでなにも知らないかのように 〝何をだ?〟 と首をかしげた。

「その布、黒風を弾くように、銀色に光ってたのよ。それだけじゃない。あんたが握ったあたしの短剣も、息を吹きかけた途端、銀色の粉に包まれたように輝いてた…。あれが力だとは言い切れないけど、普通じゃないことは確かよ。だからもし、ああいうのを力の類と言うなら、あんたも 〝何か特別なもの〟 を持ってる人物って事になる」

「ゆえに、疑う理由になるってか?」

「そうよ。それに、こうも言ったでしょ。〝どんなに近くにいて、守りたい奴に覆い被さったって、ありとあらゆる隙間から入りこんで、空中に放り出される〟 って。それはつまり、狙われたら、どうしようもない…って事だわ。でも、あんたは襲われそうになったあたしを、その布と短剣で助けた。あの黒風を追い払ったのよ。もちろん黒風を操ってる者が、なんであたしを助けたりするのかって聞かれたら、正直 返す言葉もないわ。でも──」

「分かった」

「え…?」

「あんたがオレを疑う理由はよぉ~く分かった。一応、それなりの理由があったんだしな。けど、今度はオレの番だ」

「………?」

「飯が出来上がるまで、まだ少し時間があるし…ちょっとこっちにこいよ」

「え…ちょ、ちょっと…?」

「いいから、──疑いは早いうちに晴らさねーとな」

「………?」

 イスから立ち上がったイオータは、さっさと家の裏の方に歩いていく。あたしはそんな彼の後ろをワケも分からず追っていくしかなかった。何を目的として歩いているのかは分からなかったが、どこか適当な場所を探しているように、辺りをキョロキョロ見渡しながら歩いていた。そして、数分歩き回ったあげく、家の裏にある森の中で、ふと 立ち止まった。そこは森の中だったが、月の光が充分に入り込み、家が一軒建つぐらいの平地が広がっていた。

「──オレにも、あんたと同じように一緒に旅をしていた奴がいた」

「え…!?」

 イオータはあたしに背中を向けたまま、そう切り出した。そして、振り返る。

「なんだ、意外か?」

「あ…う、ううん」

 あたしは慌てて首を振った。

 そう…よね。仲間が一人ぐらいいたっておかしくない…。

「──そいつはオレより六つも年下だったが、内面はオレよりずっと大人だった。まぁ、あんたに言わせりゃ、オレがガキなのかもしれねーがな」

「それは…」

「まぁ、いいさ。──けど、どっちかってーと、大人しい…いや、温厚なだけかもな。荒々しくてケンカっぱやいオレに比べて、あいつは優しい性格だったから、誰かを傷つけるのが嫌いだった。いっつも周りを気遣って、自分の事は二の次。何度 〝もっと自分の事を考えろ!〟 って怒鳴ったことか…」

「イ…オータ…?」

 イオータは 〝あいつ〟 と旅をしている時のことを思い出すかのように、懐かしい目をした。でもまた、すぐにあたしの目を見る。

「──あんたのいう通り、オレには特別な力がある」

「……!」

「けど、その力の類は、あいつも持っていた。種類は違うがな」

「種…類…?」

「ああ。オレはケンカっぱやい性格の通り、攻撃に対する力。あいつはその反対で防御する力だ」

「攻撃と防御…」

「こう見えても…っつーか、オレは見ての通り、あいつは優しい性格に似合わず、戦術に長けていた」

「その人…も…?」

「ああ。オレが教えたんだ」

「どうして…?」

「オレは物心ついた時から戦術を教え込まれてたが、あいつはああいう事に関ろうとしなかった。だが、旅を始めるといろいろあんだろ? ちょっとしたいざこざがあったり、ケンカしても、オレが勝っちまう。そーすっと、戦いに自信のあるやつは負け知らずのオレらを倒したくなる。しまいにゃ、命を狙う奴まで出てくるってわけさ」

「オレら…って…戦うのはあんた一人だったんじゃないの?」

「まぁな。だが、一緒に行動してしてたら、どっちの人間が戦って、どっちの人間が戦わないなんて考えねーだろ。たいがい、二人組みとして憶えられるからな」

「そっか…」

「──だからオレは、あいつに教えたんだ。自分の身を守るためにも、な。人を傷つけることが嫌いな奴にとっては悲しいことだが、スジがよくてな、あっという間にマスターしちまった。そのうち、あいつは防御の力を手に入れた。──というより、力が目覚めたって言ったほうがいいか…」

「目覚めた…?」

「オレは小さい頃から戦術を習ってたから、旅をする頃にはすでに攻撃の力も目覚めてた。力は、戦いの力に比例すんだ。あいつにも、もともと防御の力があったが、戦術を習わなかったから、その目覚めも遅かったんだ。──あ、そーいや、あいつ おもしれー奴なんだぜ」

「え…?」

 突然、世間話をするような感覚で、〝あいつ〟 を語り始め、あたしは一瞬力が抜けた。

「温厚な性格のくせに、芯はつえーしよ。いっつも落ちついてるかと思ったら、天然ボケもあって、なんかよくわかんねーけど、面白くて目が離せねーんだ」

「ワケわかんない性格は、あんたも負けてないと思うけど…?」

 あたしは、我慢できなくなって、聞こえない程度にボソッと呟いた。

「オレさ、あいつの事 好きだったんだよな」

「は…?」

「勘違いすんなよ。一人の人間として好きだって言ってんだ」

「あ…ああ…そう…」

「ぜってぇー、オレが守ってやるって誓ったのに…。あん時、オレがあんなケガさえしなければ…」

「え…という事は、まさか…?」

「──この布は、あいつが残していった物なんだ」

「………!!」

「──これ、あんたが持ってな」

 イオータはためらうことなく、またあたしにその布を差し出した。

「え…だ、だって大事な物じゃない──」

「別に、やるとは言ってねーよ。この件が終わるまでさ」

「……?」

「この布には、あいつの力が宿ってんだ」

「どういう…こと?」

「オレ達の力は何かに宿らせることができる。あいつはこの布に、自分の力を宿らせた。もちろん全部じゃないけどな。もっと分かりやすく言えば、魔法をかけるみたいに、力を分けたんだ。防御の力を宿らせたこの布は、ありとあらゆる物から身を守ってくれる。剣の攻撃をはじめ、あんたを襲った黒風や、邪悪な気…すべてからな」

「だから…弾いてた…?」

「ああ。今のあんたじゃ、黒風には対戦できない。だから、せめてこの布で身を守るんだ」

「でも…」

「それだけじゃない。今からオレがあんたに戦術を教えてやるよ」

「え…?」

「これしか、疑いを晴らす方法がないからな」

「…………」

 もう、何がなんだか分からなくなってきた。確かに、〝何か特別な物〟 をイオータは持っている。でも、隠すわけでもなく、リヴィアと同じく、自分の過去を話した。しかも、黒風に対戦する為の戦術を教えてくれるって言うし、それよりなにより、あんな大事な物を疑ってたあたしに貸してくれるというのだ。

「──どうした、いらねーのか?」

「…………」

 なかなか返事しないあたしを見て、イオータは溜息をついた。

「…まぁ、しゃーねーか。〝お涙ちょうだい話は、最初っから疑え〟 って言ったのはオレだもんな」

「そんな事…」

「──いいってことよ。疑いたきゃ、気の済むまで疑えばいいさ。何を信じて何を疑うかはあんたの自由だ。オレがムリに決めさせる事でもねーしな。そいじゃぁ、まぁ、その気になったら声でもかけてくれ。いつでも教えてやるぜ、黒風に太刀打ちできる戦術をな」

 イオータはそう言うと、二本の指をこめかみあたりにあて、〝ビッ〟 っと前に出した。そして体を翻し、家の方に向かっていった。

 あたしは青白い月の光に照らされた彼の後姿を眺め、いろいろと自問自答を繰り返してた。

 このまま、イオータを疑ってていいのだろうか…? 確かに、〝疑え〟 と言った本人が話した内容はお涙話だ。だけど、今すぐにでも疑いを晴らそうと思えば、お涙話はしないはずだろう。少なくとも、今朝、カイゼルに会った時、咄嗟に 〝ウソの噂話〟 を口にしたあの男なら、それらしい話を考える事ぐらい簡単な事なのだ。

 ──とすると、やっぱり 〝あいつ〟 の話は本当である可能性が高い。特別な力の事も、あいつの話も本当の事なら、黒風に太刀打ちできる戦術を教えるというのも、本当の気持ちなのかもしれない。

 ああ、だけど、そう思わせるのが作戦だったら? 一体 何の為に、そんなことを…?

 あたしは、これだという答えが見つけ出せず、小さくなるイオータの背中に焦りを感じていた。

 その時である──

 フッと、何かが吹っ切れたような気がした。

 そう…よ…。別に、今すぐ結論を出さなきゃならないこともないじゃない。これから見つけ出せばいいことだわ。接していれば必ずその人のことが見えてくるものよ。信じる理由が 〝これだ!〟 というものがなくても、必ず何かしらの結果が出るはずなのだ。それに、イオータの言葉が信じられるかどうかじゃない。あたし自身が何を信じるか、なのよ。

 そしてなにより、黒風はいつ襲ってくるか分からない。もし本当に、あの黒風に太刀打ちできるのなら、その戦術を教えてもらう必要がある。最低でも、〝赤守球〟 を取り戻すまでは、黒風に連れ去られるわけにはいかないのだ。

 そう思った瞬間、あたしはイオータを呼び止め、走り寄っていた。

「…あん?」

「…ホントに、その戦術を教えてくれるの?」

「…疑いは晴れたのか?」

「さぁ…。でも、疑い深くなったのは、あんたのせいよ」

「オレ…?」

「そうよ。──とりあえず、これから結論を見つけ出すわ。だけど、その前に、黒風に連れ去られるわけにはいかないからね」

「なるほど…」

「どう、ホントに教えてくれるの?」

「──オレには、そうするしかないからな」

「そう、ありがと。──でも、一つだけ気になることが…」

「なんだ?」

「力を使って黒風を追い払うことができたのは分かるけど、そんな力のないあたしでも、黒風に太刀打ちできる?」

 そんなあたしの質問に、イオータは一瞬 間を置いた。そして──

「──そうだな、〝見えるが力なり〟 って言うからな…」

 と、再び意味不明なことを口にした。

「は…? どう──」

 バカの一つ覚えみたいに 〝どういう意味よ〟 と聞き返そうとしたが、やめた。あたしにとって、また 〝時間のムダ〟 になるかもしれないからだ。

「なんだ、なんか言ったか?」

「あ…う、ううん。──それより、早く教えてよ。その戦術とやらを」

「あ、ああ。─じゃぁ、これはあんたに渡しとくぜ」

 イオータはついさっき差し出した あの布を、再びあたしに手渡した。そしてもとの平地に戻ると、そこら辺に落ちていた真っ直ぐな枝を二本 拾い上げ、そのうちの一本をあたしに差し出した。

「いいか、これが剣の代わりだ。まずは、〝構え〟 から。オレが見本を見せるから、そのあと あんたもやってみな」

「わ、分かった…」

「──まず、剣は両手で持つのが基本だ。持ち方は人差し指と中指を、薬指より少し離して掴む──」

「──両手で持って…人差し指と中指を…」

 あたしは、格好だけじゃなく、イオータの言葉も繰り返しながら、同じ動作を続けた。

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