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女神伝説  作者: Sugary
第三章
23/127

5 閉ざされた突破口に差す光 <2> ※

 本当に、リヴィアやカイゼルがかんでるのだろうか…?

 昨日からそんな事ばかり考えていたあたしは、動揺する彼の態度を目の当たりにしても、確信が持てないでいた。

『…ルフェラ…ルフェラ?』

「え…?」

 突然、耳に入ってきた呼びかけに声を発したが、それがルーフィンだと分かると、即座に口を閉じた。

『な、なに?』

『考え事をするのは構いませんが…置いて行かれますよ?』

『え…!?』

 足元から見上げていたルーフィンの顔が 〝ほら〟 という様に前を向いた。同時にあたしも、彼を見るために俯いていた顔を上げる。

「あ…」

 ま…た…このパターン? どうしてあたしってば学習できないのかしら…、情けない。

 後ろを歩いていたはずのネオスは、すでにあたしの前を歩いていた。それもかなり前にいる。

 普段ならあたしが遅れそうになると真っ先に気付くネオスだが、今や、気を集中している為か抜き去った事すら気付かなかったようだ。

 あたしは慌てて彼らに駆け寄った。

 あたし達の村で後ろから走ってくる人がいれば、足音と荒くなる息で気が付くものだ。だけど、この雑踏の中ではその音もかき消されてしまう。そして更に、気にする人もいないようだった。それは集中しているネオスも同じで、後ろを振り向く事もなかった。

 あたしはなんだか悲しい気持ちになった。

 ネオスが気付いてくれないから悲しいのか、というとそうじゃない。もちろんそんな気持ちが全くないといえばウソになるが、それは別に、相手がネオスに限った事じゃないのだ。

 自分の存在を誰かに気付いてもらうには、いろいろな方法がある。声を出したり体を動かしてアピールしたり、あるいは相手の目に映っていなくても、行動や仕草で聞こえる小さな音。更にはルーフィンの言ってた気配も、人の存在に気付く要因だろう。だけど、この村では声を出さなければ気付いてもらえない。しかも周りで聞こえる様々な音より目立つほどの大声が必要なのだ。

 あたしが感じた第一印象…つまり、明るいイメージの 〝賑やかさ〟 は、実は表面的なものだったんじゃないか…?

 走る足音にさえ気付かない現実が、ふとそう思わせた。そして、生きて生活しているだけでその人の存在に気付く…そんな世界を失ったうえに、この 〝賑やかさ〟 が成り立ってるのだとしたら…と思うと、やるせないほど悲しくなったのだ。

 もしかしたら、考えすぎだと笑うものがいるかもしれない。だけど、そう感じたあたしには、今や この 〝賑やかさ〟 も 冷たい風が吹く真冬に無関心の人間が歩きつづける、そんな寂しいイメージに変わってしまった。

「あ…ゴメン…ルフェラ」

「え…?」

 ブルーな気持ちのまま 知らず知らずのうちに俯いていたあたしは、ネオスの声で咄嗟にに顔をあげた。

「いつの間にか抜かしてたんだね…気付かなくて、ゴメン…」

「あ、ううん…」

 あたしは慌てて首を振った。

 確かに、悲しい気持ちにはなったが、別に、ネオスが謝ることなんて何もない。普通に歩いていて、前の人が遅ければ自然と抜かしてしまうものだし、それに気付かなかったからといって謝るほど悪い事ではないのだ。それが物事に集中していたのなら尚更のこと。それに、付け加えるなら、あたし自身 抜かされた事に気付かなかったのも事実なのだ。

 ともあれ、あたしの存在に気付いて声をかけてくれた事は、ブルーだった気分を 少し明るくさせた。

 それにしても、こんな些細な事でここまで深く考えてしまうあたしも、どうかしてるわよね、きっと…。

 あたしはそんな思いで、困ったような笑顔をネオスに向けた。

「お~ぉ、相変わらず でっけー扉だな。なぁ、ルフェラ?」

 前を歩くラディは突然 立ち止まると、後ろを振り返りそう言った。──いや、ラディだけじゃない。立ち止まったのはイオータやカイゼルも同じだ。考え込んでどこを歩いてるのか把握していなかったあたしは、いつの間にか目的の家に着いていたのだ。

「──どうぞ」

 カイゼルは、ラディが 〝でっけー〟 と言った扉を手前に引くと、後ろにいたあたし達を先に通した。そして全員が中に入ると、再びあたし達の前を歩き、初めて通された あの部屋に向かった。

 真っ白い扉に、金の取っ手…。この扉の向こうにはここに来た目的である、リヴィアがいるのよね…。

 あたしは意を決するかのように、その場で深呼吸した。

 その直後、カイゼルによって目の前の扉は開かれ、緩やかに漂ってくる甘い香りと共に、二日前と同じ光景が現れた。

 カイゼルは、またあの時と同じように光沢のあるソファに座るよう勧めると、カーテンの奥に入っていった。

「──おい、今度はあんたが言えよ」

「は…?」

 もうすぐリヴィアが出て来る…と思うが早いか、カイゼルの姿が見えなくなった途端、予想もしなかった言葉がイオータの口から発せられた。

「ちょ、ちょっと、言え…って、あんたが言ってくれるんじゃないの?」

「何でオレが──」

「何でじゃないでしょ。カイゼルに説明したのはあんたなのよ」

「おい、おい。連れ去られたのは、あんたのツレなんだぜ。昨日 今日、知り合ったオレが言ってもなぁ。やっぱ、本物のツレが言わねーと、真実味っつーか、切羽詰った感情が伝わらねーだろーよ」

 〝当たり前だろ。オレはちょっと手を貸しただけだぜ〟 なんて、言葉には出さないけど、そう言ってるような口ぶりに、あたしは腹立たしさを憶えた。

 な、なんなのよ、この中途半端さわ。そりゃ、どう言えばいいか思い浮かばなかったあたしが悪いんだって言われたらそれまでだし、こうやって、リヴィアに聞くチャンスをつくれたっていう点ではイオータのおかげと言うべきよ…。とはいえ、あたし達でさえ聞いてないような噂がどーのこーのって言い出したら、それこそなんて言って説明したらいいか分からないじゃないのよ。だから、当然 言い出した本人がリヴィアにも聞いてくれるもんだと思っていたのに、この中途半端さ。その上、〝連れ去られたのはあんたのツレ〟 ときたもんだ。その言葉にウソはない。だから言い返せない分、余計、腹立たしさも増してくる。

「な、なんて…言えばいいのよ…?」

 込み上げてくる腹立たしさをなんとか押さえながら、あたしはイオータの次の言葉を待った。

「別に、何でもいーんじゃねーか? 思ったこと聞いてみればよ」

「何でもって、あんた…。無責任すぎない!? だいたい、思った事 聞けるようなら、あの時悩まなかったわよ」

 あの時とは、イオータが 〝噂〟 を口にした時だ。

「そりゃそうだ」

「──それにね、あんたがカイゼルに言った事と違うことを言うわけにはいかないでしょーが」

「そうかぁ?」

「そうかって…あんた、あたしをバカにしてんの!?」

 〝ここまで来たんだから、あとは勝手にやれよ〟 みたいな、このやる気のないイオータの一言一言が、怒りを押さえてきた理性にヒビを入れ始めた…。

 ああ、ほんっと ムカツクぅ~。

 こんな場所じゃなかったら、今頃 大声で怒鳴り散らしてるところだ。あたしは、リヴィアの登場を気にかけながら、声を押さえ、尚且つ握り締めた拳をかろうじて胸の前で止めていた。

「別にバカになんてしてねーぜ。聞きたい事は素直に聞けって言ったまでさ。ま、それでも、つじつまを合わせたほうがいいってゆーんなら、それでいーじゃねーか? オレがカイゼルに言った通りの事を、あのねーちゃんにも言って見ろよ」

「…………」

 なんっか、ワケ 分かんなくなってきた…。

 イオータがカイゼルに言ったことも、あたしの中では 〝黒ですか?〟 って言ってるようなものだった。それなのに、〝思った事を聞ければ、悩まなかった〟 っていう事は…つまり 〝黒ですか?〟 って聞ければ悩まないっていう事。その上、〝カイゼルに言ったことと違うことを言うわけにはいかないっていう事はよ、結局、〝黒ですか?〟 と聞くことなのだ。

 なんか、あたしの言ってることって、矛盾してるみたいよね…? 言い方はどうであれ、〝黒ですか?〟 て聞く事には変わりないのだ。その事に気付くや否や、噴火寸前だった怒りは鎮火し始め、同時に今までのイオータとの会話がとてもアホらしく感じた。

 ちょうどその時だった。

「今日は、皆さん。お待たせしてごめんなさいね」

 カーテンの奥から現れたリヴィアは、そう言ってやんわり 微笑むと、指定の椅子に腰掛けた。

 相変わらずの美しさに、優雅な身のこなし…。女のあたしでも惚れ惚れしちゃうわよ。

 だけど…なんか、ちが…う…?

 ほんの一瞬、〝あれ?〟 と思ったが、特に 〝何が〟 っていうのも分からなかった為、あたしはすぐにその思いを否定した。

 気のせい…よね、きっと。

「それで、お話というのは…?」

 リヴィアの視線が、あたし達 全員の顔を見渡した。途端に何か気付いたようで、それは、今朝 カイゼルに会った時と同じ反応だった。

「あら、もう一人の女性の方は…? 確かミュエリさん…ておっしゃいましたかしら?」

 リヴィアの問いに誰が答えるか、思わずあたし達は顔を見合わせた。しかし、彼女の視線は、他の誰でもなく あたしに向けられていた。ツレというのと同じ女性という立場から、あたしの方がよく知ってると思ったからだろうか。確かに、時と場合によっては、女同士だからよく分かるというのもあるが、それこそ、そんな事が理由でここにいないと言えたらどれだけ気がラクか……。

 あたしはやるせない気持ちで一杯になりながらも、この質問から肝心な話が始まるんだと思うと、急に緊張して手の平に汗が滲んできた。

「どうされたのです?」

「…それが、その…」

「体調が優れないのかしら? もし そうならお薬でも──」

 そう言って、カイゼルに何かの合図を送ろうと視線を移した時、あたしは意を決して否定した。

「ち、違うんです」

「え…?」

 途端に、あたしの方に向き直る。

「……連れ…さられたんです。昨日、黒風に…」

 そう言った瞬間、リヴィアはハッと息を呑んだ。

「…ほ…んとうなのですか、それは?」

 事実確認の為か、それとも 〝あなたは知っていたの?〟 と聞く為なのか、リヴィアはあたしとカイゼルを交互に見つめた。だけど、あたしはカイゼルが反応する前に、無言で頷いていた。

「まぁ…」

 リヴィアはそう言ったっきり、次の言葉を失った。

 どういう反応が返ってくるのか注意深く観察していたが、彼女の態度は、意外というかやっぱりというか……あたしに疑う気持ちを薄れさせた。その驚きようは、ワザと驚いているようには見えなかったのだ。ミュエリがここにいないというだけで、まさか 黒風に連れ去られてるとは夢にも思わなかったのだろう。しばらく沈黙が続いたのち、再びリヴィアの紅い唇が動いた。

「でも、どうしてでしょう…。黒風はここの村人意外 襲った事などないのですよ」

「…ええ。それは、あたしもカイゼルから聞きました。でも…事実、あたし達の目の前でミュエリは空中に放り出され、黒風とともに消えてしまいました」

「あぁ、なんて事でしょう…。黒風に連れ去られてしまったら──」

「ええ。それも知ってます。死んだのかどうかさえ判らない。唯一、判っている事といえば、ここに戻ってきた者がいないという事ですよね?」

 リヴィアの言いかけた言葉を遮って、あたしは続けた。自分が分かっていることは出来るだけ省略して、少しでも早く核心に迫りたかったのだ。ただ、今のあたしの核心は、彼女がかんでるかどうかという事ではない。

「諦めるしかないって言われるのは分かってます。でも、死んだかどうかさえ判らないなら尚更、あたし達は諦めるわけにはいかないんです。彼女を…ミュエリを助ける方法が分からないなら、手がかりでもいいです。黒風に関する事ならどんな小さな事でも構いません。何か知ってる事があれば教えてくれませんか?」

 あたしは彼女を真っ直ぐ見つめ、身を乗り出すようにしてそう言った。知ってたら…と仮定しながらも、すでにあたしの気持ちは彼女が知っていることを前提として話していた。もちろん、リヴィアは困惑している。溜息を洩らすように小さく 〝あぁ…〟 と言うと、何をどう言えばいいのか迷っているようで、再び口を閉ざしてしまった。

 知ってるけど言えないのか、それとも本当に知らないから言えないのか、実際の所は分からない。だけど、カイゼルと同じように、あたし達を諦めさせる言葉を考えているのだとしたら、それは無駄な時間だった。

 明るい陽射しを受け、甘い香りに包まれたこの部屋の雰囲気とは対照的に、重い沈黙が続く中、あたしはもう一度 お願いしようと口を開きかけた。

 ちょうどその時である──

「どうして…」

「え…?」

 ほんの一瞬、リヴィアがあたしより早く口を開いた。

「どうして、私なのですか?」

「あ……」

 今度は、あたしの方が黙ってしまった。このままいけば、ひょっとしたら、この質問には触れずに済むかも…そう思ったのだが、やっぱり甘かった…。

「ルフェラさん…?」

「あ…その…」

 自分自身の中でどう言えばいいか結論が出てなかったのだが、結局の所、言い方が違うというだけで 〝黒ですか?〟 と聞く事には変わりなく…ここはイオータの話に合わせることにした。──とは言うものの、実はイオータが言ったこと以外に 〝黒ですか?〟 と聞くスジガキがなかっただけなのだが…。

「噂を…聞いたんです」

「う…わさ…?」

「ええ。この村に来た日、黒風は、女性…特に綺麗な人しか襲わないと聞きました。そしてその黒風は南の空から現れて、再び南の空へ消えるということも聞いています。ミュエリが連れ去られて、あたし達は救う方法がないか、あるいは方法に繋がるような情報がないか聞いていました。そんな時、あなたの事を聞いたんです。優しさと知性があって、美しさもある。そんなあなたが、黒風が現れる最も近い場所にいるにもかかわらず、襲われないというのは何か特別な物があるのでないか、と」

「特別な…物…?」

「ええ。──例えば、お守りとか…」

「お守り…」

「実際のところは何か分りません。でも、村人にとって特別な存在のあなたなら、なんとかしてくれるかもしれない、もしくは何か手がかりが掴めるかもしれない…って教えてくれたんです」

「そう…ですか…」

 リヴィアはそう言うと、一旦 カイゼルの方を向いた。目が合ったカイゼルは数回 首を横に振る。それを再び目にしたリヴィアは、何かを思い詰めたように俯き黙ってしまった。

「あの…リヴィアさん…?」

 長く重い沈黙が続き、それは、あたしにとって耐え難いものになりつつあった。それで口を開いたのだが、隣に座っていたネオスがあたしの腕を押さえると、カイゼルと同様、首を左右に振った。

 そう…よね。急かしちゃダメよね…。

 あたしはネオスに向かって小さく頷くと、焦る気持ちを抑えるようにゆっくりと深呼吸した。

 それからどれくらい経っただろうか。数分だったのか、それとも十分以上経ったのか、時間の経過はよく分らない。それだけ、この静まり返った空気の中は時間が止まっているように感じたのだ。そしてようやく、何か言おうとしたリヴィアが息を吸い込むと、あたし達は一斉に重く沈んでいた頭を上げ、彼女の顔を捉えた。そして、次に聞こえてきた彼女の言葉が、あたし達 全員を驚かす事になる。

「──私には姉がおりました」

「え…?」

 思ってもみなかった言葉に、あたし達はお互いの顔を見合わせた。しかし、リヴィアはそんなあたし達の態度を見て見ぬふりするかのように話を続ける。

「六年前…初めて黒風が現れた時、私と姉は あの噴水の所で会話を楽しんでいました」

 リヴィアはそう言いながら、ここから見える噴水を指さした。もちろん、あたし達の視線は一瞬にして白い水しぶきが上がる噴水に移る。

「その日も今日のように雲ひとつない晴天でした。ところが、急に黒い雲が頭上を覆ったのです。そして、ふと上を見上げた時には、黒い塊が私達に向かってくるところでした。突然の事と、得体の知れないものが襲ってくる恐怖で、逃げようにも足がすくんで動けません。声さえも出なかったのです。姉は恐怖のために目をつむり、その場でうずくまってしまいました。私は逆に その塊から目を離す事が出来なかったのです。上から、ものすごい勢いで降りてくる黒風は、あっという間に私達の体をすり抜けました。そして、その次の瞬間には、姉の悲鳴とともに姿を消してしまったのです」

「…お姉さんが…連れ去られたんですか…?」

「ええ。──もっとも、その時は連れ去られたとは思ってもいませんでした。強風によって飛ばされたぐらいにしか考えていませんでしたので、そこにいるカイゼルと一緒に、いろんな所を探してみたのです。でも、姉の姿はどこにも見当たりませんでした。そして、ある時ふと気が付いたのです。あの時、私と姉は寸分違わぬ場所にいました。同じような体型で、体重の差などほとんどありません。そんな私達が一緒にいたにもかかわらず、姉だけ飛ばされるというのは不自然ではないかということに気付いたのです。それから数日後、黒風は再び姿を現しました。もちろん、今のように家の中にいれば安全だという事が分かったのは、もっとあとの事です。ただその時は、得体の知れない物が現れたと同時に、姉が姿を消したという事実だけで、私は恐ろしくて部屋の中に隠れていました。そして現れた黒風がこの村から消えた時、姉と同じように 一人の女性が姿を消したと聞きました。それから何度か同じ事が繰り返されて、今のような法則が分かるようになったのです」

 そこまで言うと、リヴィアはお姉さんが消えたという噴水の方を見つめた。そして、再びあたし達の方に顔を向けた時、そこには、うっすらと涙を浮かべた哀しい目があった。

「……私が襲われないのは、特別な何かを持っているという事ではありません。私より先に襲われた、姉の犠牲があったからです」

 リヴィアはそう言うと、袖口で目頭を抑えた。

「あ…ご、ごめんなさい…。あたし、なんにも知らないで…」

 あたしはそれ以上の言葉をかけれず、そのまま俯いてしまった。

「…いいえ、気になさらないで下さい。知らないのは当然の事ですもの。それに、大切な人を失った気持ちは私にも分かりますから。──それより、私の方こそ ごめんなさいね。せっかく 私を頼って来てくださったっていうのに、なんの力にもなれなくて…」

「いえ…そんな…」

 申し訳なさそうに見つめるリヴィアに、あたしは滅相もないというふうに 大きく首を振った。

 この時 既に、あたしの心の中では彼女に対する疑いが消えていた。〝特別な何かを持っているのではないか〟 と、口では言ったものの、実際はかんでるのでは…と疑いを持って話していた。そんなあたし達に──もちろん、その事に気付いたかどうかは定かではないが、少なくとも、悲しい出来事を思い出させた者に── 〝ごめんなさい〟 という言葉が出てくる彼女が、かんでいるわけないのだ。

 たとえ、イオータに言われたとはいえ、そんな彼女を少しでも疑った自分が、なんだか情けない…。と思うと 同時に、申し訳ない気持ちで一杯になった。そして 〝本当に、ごめんなさい〟 と もう一度 謝ると、カイゼルにも頭を下げ その部屋を出る事にした。

 ──しかし、扉を閉めようとした瞬間、それまで床に落としていたリヴィアの視線が、突然 あたしの目を捉えた。そして 〝え…?〟 と思う間もなく、紅い唇が動いた。

「…待ってください!」

 そう言うなり イスから立ち上がると、扉に手をかけたまま動けないでいるあたし達の元へ足早に歩み寄ってきた。

「リ…ヴィアさん…?」

「あの…一つだけ、お話を聞いてもらえないかしら…?」

 思わず、あたし達は顔を見合わせた。リヴィアの後ろでは、あたし達にお願いするかのように 軽く頭をさげるカイゼルが目に映る。急にどうしたのかと不思議な気にもなったが、話を聞くぐらい なんてことはない。ミュエリを助ける為の突破口が塞がれてしまった今、すぐにでも何かをするという考えが浮かばないのが正直なところだ。それに、疑ってしまった引け目みたいなものを感じてるから、余計だった。

 あたしは 〝はい…〟 と返事する代わりに小さく頷いた。すると、リヴィアはホッとしたように安堵の笑みを浮かべ、再びソファに座るよう促した。さっきと同じような順番で腰掛けると、彼女はおもむろに首から掛けている物を外し、あたし達に見せてくれた。

 それはおそらく金でできた、直径三センチほどのたま球だった。

「こ、れは…?」

「私達の村の守球(しゅきゅう)…つまり、守り(まもりだま)の一つです」

「守り…球…?」

 初めて聞くその言葉に、あたしは眉を寄せた。

「ええ。私の家は先祖代々この村を守り、治めてきました」

「え…? っつー事は、この村で一番 エライって事だよな…?」

 当たり前の事を、ボソッと呟いたのはラディだった。〝治めてきた〟 という事は、そういう事だ。それに、この城のような家や、建っている場所を考えたら、そうじゃないかって事ぐらいの予想はつく。そのうえ、あの時のカイゼルの言葉…。

 あたしはラディの質問には答えず、〝だからあの時、リヴィア様と言ったんだ…〟 と一人 納得していた。

「──この村を治める者の象徴として、昔から受け継がれてきた物が守球なのです。守球は全部で三つ。村のお金と同じ、金と銀と赤のルビーからできていますが、それぞれに持つ意味があるそうです。残念ながら、その意味するものは私には分かりません。ただ一つ、分かっている事があるとすれば、この村を守り、治める為に必要なもの…ということだけでしょう。そして、ここには三つのうちの一つ…金守球(きんしゅきゅう)しかないのです」

挿絵(By みてみん)

「…どう…してですか…?」

「私が受け継いだのは金守球と赤守球(せきしゅきゅう)の二つ。三つ目の銀は、既に どこにもありませんでした」

「既に…?」

「ええ。もう、ずいぶん前からなのか、それとも私の親の代で無くしてしまったのか…それは分かりません。なぜないのかという理由さえ、聞かされませんでしたから」

「…ませんでした?」

 一瞬 間をおくと、リヴィアはゆっくり頷いた。そして自分が座っていた椅子に近付くと、昔を思い出すかのように、懐かしい目をして背もたれに触れた。

「この椅子は代々この家の(あるじ)が座ってきました。今は私ですが、その前は当たり前の事ですが、母が座っていたのです」

「お母さん…?」

「ええ。珍しいでしょう? 普通、〝主〟 というと男性ですものね。でも、この村は昔から女性が守ってきたのです。早くに父を亡くして、女手一つでこの村を守ってきましたが、支えになってくれる人が傍にいないというのはとても辛い事だったのでしょう。私に守球を託した母は、間もなくしてこの家を出ていってしまいました」

「…………」

 言葉が、でなかった。お姉さんが黒風にさらわれたうえに、両親までいなくなっていたなんて…。こんな豪華な家具に囲まれて生活にも困らない。着る物だって容姿だって綺麗なリヴィアに──まぁ、それだけを理由にしちゃいけないんだろうけど──こんな過去があったとは思いもよらなかったのだ。幸せ以外のなにものでもないと思っていたのに…。

「あ…ごめんなさいね。こんな暗い話ばかりで…」

「あ…い、いえ……」

 何も言えないあたし達のことを気遣ってか、リヴィアは優しい微笑みを向けた。普通ならその微笑みで空気も一変するのだろうが、辛いはずのリヴィアに対してなんの言葉もかけれない自分が余計に情けなくなってしまった。

「──ルフェラさん」

「は、はい…」

 〝私のことは気にしないで下さい〟 とでもいうような 柔らかい表情だったリヴィアが、急に真剣な面持ちになり、それまで俯き加減だったあたしも、彼女の声に反応し顔を上げた。そして、その表情から重大な事を言おうとしているのではないかと察知したあたしは、その場で姿勢を正した。

「私が お話ししたかったのはここからです」

「は…い…」

「守球は、その名の通り この村を守るために使われます。村に危害を与えるものから守るのです。ただ、〝危害〟 と一言で言ってもさまざまなものがあり、私達 人間が毎日 当たり前のように受けている自然の恵みも、リズムが狂ったり、行き過ぎたりすると危害になりうるものです。でも、私がここで言う 〝危害〟 とは、自然現象の乱れではなく、何者かによる…つまり故意的に行われる事をいいます」

「故意…的…? ──それって、誰かがこの村に危害を与えるという事…ですか?」

「そう…ですね。でも、ルフェラさんは おそらく、大勢の人がこの村を襲ってきた時…と考えていらっしゃるのでは?」

「え、ええ。──ち、違うんですか?」

「いいえ。確かに、それは危害をもたらしますし、間違っていません。でもそれは、本来 人間 対 人間で太刀打ちできるものであり、そうでなければいけないと思っています。皆が力を合わせ、フェアな戦いでこの村が滅びてしまうなら、それはそれで仕方のないことでしょう。ですが、この村を滅ぼそうとするものが悪魔的なものであったらどうでしょうか」

「え……?」

 あまりにも不釣り合いな言葉が彼女の口から発せられて、あたしはすぐに次の言葉が出てこなかった。

 正直な所、想像上の生き物や自分の目で見たことがないものは、あまり信じていないのだ。とりわけ、悪魔とか妖怪とか幻魔、それからミュエリが苦手とする幽霊など、悪いイメージを持つものには、その傾向が強い。まぁ、信じないというよりは信じたくないといったほうが正しいのかもしれないのだが…。ただ、その中でも物心ついた時からよく聞かされていた妖精の存在だけは別だった。小さくて可愛らしいものなら、会いたいなぁ…と思ってたし、事実、会っちゃったもの…。自分の目で確かめたんだから、信じないわけにはいかないしね。

 それに、だいたいこんな 〝賑やか〟 な村に、それらが現れるとは思えないのだ。

「驚くのはムリありませんわね。でも、そういったものが現れた時、人の力ではどうする事もできません。その時に守ってくれるのが、この守球というわけです。先ほども申しましたが、この守球にはそれぞれ意味があり、その意味を表す生き物が、この中に棲んでいるといわれているのです。そして、悪魔的なものが現れた時、守球の中に棲んでいるものを呼び起こす事で、そのもの達と戦い、村を守ってくれるといわれているのです」

 驚くというより、信じられない内容だった。真剣に語る彼女を見てると、〝大丈夫なのかしら〟 と思わず思ってしまう自分がヤな人間に思えてくる。信じなきゃ悪いわよね…と思いながらも、あたしは一つ、気になったことを質問してみた。

「あの…言われている…っていう事は、つまり──」

 リヴィアは、あたしの質問を最後まで聞かぬうちに、静かに頷いた。そして更に話し始める。

「その通りですわ。そう言われているだけであって、実際にはそんな事があったわけではありません。でも、それは、伝説とか奇跡的なものというより、そういった状況に陥った事がなかっただけのことです。ですから、守球の中に棲んでいる生き物がどのようなものかは、誰も知り得ません。ただ、守球は三つで一つ。何にでもバランスとは大事なもので、この守球も例外ではないのです。もし、一つだけその中に棲む生き物を呼び起こしてしまったら、村を守るはずのものが、逆に滅ぼしてしまう立場にもなり兼ねません」

「っつーことは、だ。裏を返せば、村に危害を与えようと思ったら、一つの守球だけ呼び起こせばいいって事だよな」

 リヴィアの説明が途切れるや否や 間髪いれず、鋭い質問をしたのはイオータだった。その言葉に一瞬 〝なんて事を言うのよ〟 と言いそうになったが、同時にある事にも気付いた。

「ちょっと待ってよ…。という事は、あの黒風が悪魔的なものだとしたら…ううん、どう考えたって人間では太刀打ちできるものじゃない。だとすれば、あれに対抗できるのは守球しかないってことよね──」

「そ、うか…。分かったぜ。その守球を使えばいいってことだ。そうだよな、ルフェラ。──やっぱ頭いいな。さすがオレが惚れただけの事はある」

 明るい兆しが見えた気がしたからなのか、それまで重い雰囲気に飲み込まれていたラディが、途端に普段の調子を取り戻した。しかし、あたしはラディの言葉に反応しなかった。そんな気にもなれなければ、状況でもないからだ。

 それに、ラディのその考えは少し間違っている。

「ルフェラさんのおっしゃる通り、それは可能だと思います。でも、ここにはこの金守球しかないのが現実ですわ」

 そう。確かに、それが現実なのだ。金守球だけでは、どうにもならない。

 ラディはその言葉の意味が理解できないのか、眉間にシワをよせ、下を向いてしまった。

「──けどよ、銀守球は別としても、赤守球はどこにいっちまったんだろうなぁ」

 一見 独り言のように呟いたイオータだが、視線は間違いなくリヴィアの方に向けられていた。それに気付いたリヴィアは、お姉さんが連れ去られたという噴水に目をやると、再び話を始めた。

「赤守球は、姉が連れ去られる少し前くらいに、何者かに盗まれてしまいました」

「盗…まれた?」

「ええ」

 この時、あたしの頭の中にすごく嫌な考えが浮かんだ。そして 〝まさかね…〟 と 思い直そうとしたとき、その考えが言葉となって聞こえてきた。

 イオータの声だ。

「──その 盗まれた赤守球から呼び起こされたものが黒風だとしたら…尚更、オレら人間が太刀打ちできるものじゃねーってことか」

「お…い。それ、マジかよ!?」

 イオータの考えに、ラディが驚きの声をあげた。そうなるのもムリはない。今の今まで悪者だった黒風が、この村を守るという守球から出てきたものだとは、到底 結びつかないだろうし、考えられないのだ。

 あたしだって、頭に浮かんだ考えが自分一人のものだったら、〝考えすぎよ…〟 と、自分で自分に言い聞かせてるところだ。だけど、いくら誰かさんと似て調子のいいイオータでも、自分と同じことを考えたという事は、その考えが 〝正しいかもしれない…〟 という思いを強くさせる。しかも、イオータの言葉にラディのような驚きを見せないネオスがいるという事は、おそらく、彼も同じ事を考えたに違いないのだ。

「残念ながら、イオータさんのおっしゃる通りです。──もちろん、〝絶対〟 とは言い切れません。黒風が赤守球から呼び起こされたものだという、可能性が考えられるという事だけですわ。でも、万が一そうであったとしたら、私達ではどうする事もできないのです」

「でもよ、こっちにだって金守球があるんだし、それを使えばなんとかなるんじゃねーのか?」

 理解できないラディにとっては当たり前の質問だった。

「まー、ムリだな」

「何でだ?」

「守球は三つで一つって言ったろ? 受け継がれなかった銀守球があれば、金守球と共に危害を加えている黒風と一つになって、本来の姿に戻るだろうが、金守球だけを呼び起こせば、今度は金守球の中に棲む生き物が暴走しちまうことになる。──だろ?」

 最後の一言は、ラディじゃなくリヴィアに向けられていた。

「その通りです」

 彼女の返答に、イオータは 〝ほらなっ〟 と付け加えた。

「じゃぁ、どーすんだよ? もし、あの黒風が赤守球から出てきたものじゃなくても、結局その金守球は使えねーってことなんだろ?」

 ラディも、ようやく理解できたようだった。

「ええ。──ただ、赤守球からのものであれば、それを操っている者がいるという事です。そしておそらく、この村に黒風が現れていない時というのは、守球の中に戻っている時だと思われます」

「つーことは、とりあえず、盗んだ奴を見つけ出さなきゃならねーってことだな。──で、そいつが見つかったら守球の在りかを聞き出し、戻ってる時を見計らって取り戻す。銀守球がねーなら、この方法しかないだろ」

「そう…よね…」

 今や、イオータの考えに同意するしかなかった。それ以外の方法が思いつかないのだ。

「けど、どうやって捜し出すんだ? どこにいるかも分からねのに──」

「そうだな。でも、最初に盗んだ奴がどこにいるかは別にしても、少なくとも 今、守球を操ってる奴が南にいるってことだけは確かだろうな」

「何でだよ?」

「……………」

 再び理解できないラディを目の当たりにして、イオータはあたしの耳元で囁いた。

 〝こいつ、本気で分かってないのか?〟

 そして、あたしも答える。

 〝演技できるほど頭よくないわよ〟

 その返答に、イオータは 〝そりゃそうだ〟 と納得した。

「おい、聞ーてんのか? 何でなんだよ?」

 〝早く教えろよ〟 と言わんばかりに、イオータの肘を小突いた。

「──いいか。黒風は南から現れて南に消えていくんだぜ。赤守球から現れて、赤守球の中に戻るなら──」

「そうか…赤守球が南にあるってことだ!」

「ようやく分かったか…」

 ポンッと手を鳴らしたラディの明るい表情とは反対に、イオータは溜息混じりにボソッと呟いた。

「ん…? なんか言ったか?」

「いや。──その通りだって言っただけだ」

「──なぁ、そうと決まったら早いとこ行こうぜ、その南に」

 イオータの呟いた言葉が、大したことじゃないと分かったからなのか、それともあまり興味がなかったからかなのか、ラディは 〝思い立ったら即行動〟 とばかりに、立ち上がった。

「そうだな。とりあえず、一度は閉ざされた道が再び開かれたんだしな」

「そうね…」

「──でしたら、裏口に案内しますわ。裏山を越える道がすぐ近くにありますので、そこから行かれた方がよろしいかと…」

「あ、ありがとうございます、リヴィアさん」

 彼女は 〝どうぞ〟 と言うや否や、あたし達の前を静かに歩き始め、あたし達もその後に続いた。

 黙って歩きつづける裏口までの道のりは、結構 長く、それまで考えなかった疑問が、ふと頭をよぎった。しかし、その疑問に対する答えを考えているさなか、リヴィアの足が あるとドアの前で止まった。どうやら、そこが 〝裏口〟 らしく、色は他と変わらない白色だったが、さほど、高さはなかった。この家の大きさから比べればとても小さいドアだが、いわゆる、あたしが知っている普通のドアだ。

 リヴィアはブレスレットのように付けていた小さなカギでそのドアを開けると、あたし達 四人と一匹を先に通した。

「山を越える道までは、カイゼルが案内します」

「あ…はい…。ありがとうございます…」

「では、どうぞ──」

「あ、あの…」

 リヴィアが最後の言葉を言いかけた時、あたしはついさっき頭をよぎった、あの疑問を思いきって投げかけてみることにした。

「はい?」

「あの…どうして、守球のことをあたし達に…?」

「え…?」

「だって、助ける方法がないって分かった時、あのままあたし達を帰す事だってできたはずですよね。なのに、わざわざ呼びとめて守球の話を…。それに、村の人達にこの事を話せば、その守球を取り戻す為、この山を越えるはずじゃ──」

「そうですわね。おそらく…いいえ、守球を取り戻せばあの黒風も消え、連れ去られた家族も戻ってくると聞いたら、是が非でもこの山を越えるでしょう。でも、だからこそ、私は言えないのです」

「どう…して…?」

「あの黒風が赤守球によるものだという証拠がありません。それに、たとえあったとしても、赤守球を取り戻そうとしているということが分かってしまったら、頻繁に黒風が呼び起こされ、この村に住む人達全員の命を危険にさらすという、最悪の事態を引き起こすかもしれないからです」

「じゃぁ、尚更、そんな大事な事をあたし達なんかに──」

「守球を盗まれてしまったのは私の責任ですから、本来 私が取り戻すべきであり、そうできればどれほどいいでしょうか。でも、守球の持ち主である私では、すぐに取り戻しにきたという事が分かってしまい、結局、村人達を危険な目に合わす時期を早めてしまい兼ねません。ですから、正直な所、諦めていたのです。でも、大事な人を失った悲しみは、私にもよく分かる事です。なんの事情も知らずに諦めてもらうにはあまりにも残酷ですし、あなた方なら、今の状況を変えてくれる…そんな気がしたからです」

 そう言ったリヴィアの表情からは、誰にも打ち明けることができずに、長い間 悩んでいたという事が伺い知れた。そして、そんな状況下に現れたあたし達に、〝何とかできるかも〟 という微かな希望…しいては、切なる願いが込められている、そう感じたのだ。だからあたしは 〝そうだったんですか…〟 としか言えなかった。

「──ルフェラ、行こうぜ」

 カイゼルのあとに続き、数メートル先まで行っていたラディに声をかけられたあたしは、切なそうに微笑むリヴィアに 〝それじゃぁ…〟 とだけ言うと、彼らの方に走りよった。

 そこから山を越えるまでの道は、彼女の言う通り、すぐだった。

 先頭を切って歩いていたカイゼルが振り返る。

「──この道を行けば、山を越える事ができます」

「ありがとう、カイゼル…」

 あたしがそう言って軽く頭を下げると、カイゼルは 〝いいえ〟 と小さく首を振り、優しい微笑みを向けてくれた。

 彼と初めて会った時、太陽の光を受けていたカイゼルはとても神々しく見えた。しかし、周りを木々に囲まれ、あまり陽の光が入ってこない こんな場所で見るカイゼルは、また違った印象を受ける。まるで森の精にも似た、神秘的な感じだった。

 あたしは、そんなカイゼルの横を通りすぎた。いや、通りすぎようとした瞬間、カイゼルは内緒話でもするかのように、俯き加減でなにやら囁いた。

「──どうか、惑わされないで下さい」

「え…?」

 思わず立ち止まって振り返る。

「あ、いえ…。この道は紛らわしい道が沢山あるので、気を付けてください」

 今度は皆に聞こえるほどの声だった。

「…………?」

「おう、任しとけって。方向感覚はばっちしだぜ」

 返事をしないあたしの代わりに、よく分からない理由で自信満々に胸を叩いたのはラディだった。

「カイゼル…?」

 彼の態度が気になり、再び声をかける。

「ルフェラさん…私達の問題を押し付けるような形になってしまって、すみません。どうか許してください」

 カイゼルはそう言って目を伏せた。

「カイゼル…」

 〝惑わされないで…〟 と言った意味が、本当に 〝紛らわしい道がある〟 から出てきた言葉なのか、もう一度 確かめようと思っていた。だけど、彼らを疑ってたという引け目があるあたしにとって、申し訳なさそうに謝るカイゼルを前にしたら、それ以上の質問をする事ができなくなってしまった。

「──気にしないで、カイゼル。あたし達はミュエリを助ける為にすることだもの。それに、これでも 閉ざされた突破口を開けてくれて感謝してるのよ。黒風の正体が赤守球だとしたら絶対 取り戻して見せるし、もし、そうでなくても、あの黒風を消して、必ず戻ってくるから」

 ラディと同様、自信たっぷりにそう言い切ると、カイゼルの表情には少し安心したような笑みが浮かんだ。

「それから… 〝ルフェラ〟 に、〝さん〟 はいらないから」

 そう言って、最後にできる限りの笑顔を向け、カイゼルに背を向けた。

 実際、そんな自信なんてなかった。赤守球をどうやって見つけるか考えてなければ、取り戻すまでに黒風に襲われたら…と思うと、今から体が震えてくるのだ。そんなあたしが黒風を消すだなんて、どう考えたってムリな話だろう。

 ──だけど、あんなカイゼルを見たら ああ言うしかなかった。少なくとも あたしにとっては、彼らに対する 〝償い〟 みたいなものだったし、そうやって言葉にする事で、自分自身に言い聞かせてるというのもあったからだ。


 こうしてあたし達は、ミュエリを助けることができるかものしれない、という可能性に向かって、目の前の道を進んでいった。

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