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女神伝説  作者: Sugary
第三章
21/127

4 黒風の謎と推測 <3>

 宿に着くと、イオータは部屋に向かわず、〝じゃ、オレはこれで〟 と言うなり、また宿を出ていった。

「どこ…行ったの?」

「さぁ…食後の運動じゃないかな?」

「ふ~ん。──あ、あたし、ルーフィン見てくるから、先に部屋 行ってて」

「ああ、分かった」

「──オ、オレも…食後の運動 行ってこよーかなぁ~っと」

 ネオスが階段に足をかけた途端、ラディはイオータが出ていった入り口に目をやりながら、らしくないことを言った。

 昼間に大変な事があったうえ、宿にあたしとネオスの二人っきりにさせるなんて、普段のラディなら絶対しないことだった。だけど、彼と同様、普段のあたしじゃない今は、嫌味を言うことなく素直に受けとめていた。

「どうぞ、行ってらっしゃい。まぁ、疲れ過ぎない程度に戻ってくるのね…」

「ああ、じゃぁな」

 ラディはそれだけ言うと、片手を挙げるか挙げないかのうちに、宿を出ていった。妙に慌てていた彼の後姿を見送ったあたしは、階段の下にある扉に向かった。扉を開けると、そこは薄暗かったが、動物の集まる場所では必要な暗さかもしれない…とも思った。

 一番奥の小部屋がルーフィンのいる所だった。あたしは 〝ルーフィン〟 と一声かけると、外から簡単に開閉できる鍵を開けた。隅のほうでゆっくりと寝そべっていたルーフィンは、あたしの呼び声と共に顔を上げた。あたしは、中に入るや否やその場で姿勢を正したルーフィンの首に思わず抱きついてしまった。途端に、体の中に染み入るような声が聞こえる。

『ど、どうしたのですか、ルフェラ?』

 思いがけない行動に、ルーフィンも少々 驚いたようだ。

『ルフェラ…?』

 あたしは彼の首に抱きついたまましばらく黙っていたが、そのままでいるわけにもいかず、大きな深呼吸をすると心の中で話し始めた。

『ルーフィン…』

『はい…?』

『大変な事になっちゃった…』

『──というと?』

『ミュエリが…さらわれた…』

『え…ミュエリが!? さらわれたって…どういう事ですか? 一体 誰に!?』

『黒風…』

『黒…風…?』

 〝聞いたこともない〟 というような声が聞こえると、あたしは彼の首に抱きついたままの姿勢で目を閉じ小さく頷いた。

『ルフェラ…?』

『──分かってる。〝ちゃんと説明しろ〟 でしょ?』

 ルーフィンの言いたいことを察し、彼の首から腕を離したあたしは、地面に座りこむと膝を抱えて壁にもたれた。そのすぐ隣でルーフィンも行儀よく座る。

「イオータ…知ってるでしょ?」

 周りにはあたし以外の人間がいない為、今度は声を出して喋り始めた。

『イオータ…?』

「そう。ミュエリに指輪をプレゼントした男の人」

『ああ、あの人…。あの人 イオータというのですか?』

「あ…うん、そうなの。その人から聞いた話に黒風っていうのがいて──」

 あたしは同じ宿に泊まっているイオータの事や、月に一度 黒風がやってきて人をさらうこと、それからミュエリがさらわれてしまったことや、次に狙われるのがあたしだって事、そして黒風とリヴィアがかんでるかもしれないということまで、今日一日あったこと全てをルーフィンに話した。

『なるほど…それで、今日は朝から外のほうが静かだったのですね』

「そうなの…」

『そして、黒風はミュエリをさらった…。どうりで一人 足らない気がしました』

「え…足らないって?」

『気配ですよ、あなた方 四人の』

「気配…?」

『ええ。一緒にいなくても、近くにいればその人の気配を感じるのです。静かだった外が急に騒がしくなったころ、ずっと感じていた気配がふっとなくなったのです。確実な感覚ではなかったですし、まさかそんなことが外で起こっているとは思わなかったのでさほど気にはしてなかったのですが…』

「気配、か…。ねぇ、その気配を感じるって事は、ミュエリが生きてるかどうかっていうことも分かる?」

『それはムリです』

 ずっと気になっていたことが、ひょっとしたら分かるかもしれないというほんの少しの希望をルーフィンの答えに望んだが、ハッキリと否定された。

「ど、どうして?」

『その気配を感じるのは、近くにいるかどうかというだけのものです。遠くに離れれば離れるほどその感覚もなくなります。ましてや、生きてるかどうかまでは分かりません』

「そ…ぅ…」

『でも、生きてるかどうかというのは、あなたでも分かるのではないですか?』

「え…どういうこと?」

『──光ですよ、死を予知する光。ミュエリが連れ去られる時、あなたは近くにいたのでしょう? ミュエリのおばあさんが亡くなる朝も、あなたは光を見ているはずです。ミュエリの頭上にその光がなければ、生きてるということになりますが…?』

「そ、んな事…ムリよ…」

『どうしてですか?』

「どうしてって…そんなこと確認してる暇なかったもの…。それに…もし、よ…ルーフィンが言う死を予知する力をあたしが身につけてたとしても、毎回 毎回見えるわけじゃないでしょ? 何度も経験したベテランならまだしも、その力があることさえまだ信じられないあたしなのよ。ルーフィンが一緒に見てるならともかく、さ…」

『一度身についた力は、確実です。見えたり見えなかったり…というよりは、見える時間が問題でしょう』

「見える…時間?」

『ええ。経験の浅いあなたは、亡くなる直前か当日にしかその光を見ないでしょう。経験を積めば、何日か前からその光を見ることが出来ますが…』

「それを信じろと…?」

『ええ』

「簡…単に言ってくれるわね…。それより、ルーフィンはどうなのよ?」

『何がです?』

「時間よ。ルーフィンは何日前から見れるの?」

『一週間ってとこですかね』

「一週間…か…。あ、でも、ミュエリのおばあさんの時って、あたしと同じ時に光を見たんじゃなかったっけ?」

『──ええ。でも、正確にいえば、あの時も一週間前から見えてましたよ。ただ、もしかしたら…という思いがあったので、ルフェラの時間に合わせて、そう言ったまでです』

「あ…そうなんだ…」

『はい。──ですから、ミュエリのことも心配することはないのです』

「あ…もしかして?」

『ええ。少なくとも、昨日の段階で、彼女の頭上に 光は見えませんでしたから』

「ほんとに?」

『はい』

「そ、う…。よかった…。だとすると、あと一週間は無事ってことね…」

 ルーフィンのその一言が、あたしにとって一番 安心できた言葉だった。体中の力が一気に抜けた感じだ。

「だけど、ルーフィンも意地悪よね。大丈夫だって知ってるんだったら、初めっからそう言ってくれればいいじゃない。あたしに聞くよりルーフィンの方が確実なんだからさ」

『それはダメですよ』

「どうして?」

『信用性に欠けるからです』

「信用性…って…あたし、他の誰よりもルーフィンの事 信じてるわよ──」

『ありがとうございます。でも、大事なのは私を信じることではなく、自分を信じることなのです』

「自分…って、どういうこと? ルーフィンの事を信用するのに、どうして自分を信じなきゃなんないの?」

『いいですか、ルフェラ。全ては自分の意志が大事なのです。誰がなんと言おうと最後は自分が決めなければならない。そして、たとえそれがやむを得ず、誰かの意見に同意したものであっても、同意した自分の意志には責任を持たなければならないのです。後に招かれる結果が最悪なものだったとしても、決して誰かの責任には出来ないのですよ』

「──き、厳しいわね…」

『もちろんです。そしてその厳しさに打ち勝つには、自分の意志の強さや自信が不可欠なのです。私を信用してくれることはとても嬉しい事ですし、あなたが私を信用してくれる限り、私もそれに答えます。でも、勘違いしないで下さい。誰かを信用する事よりも、誰かを信用するという自分の意志こそ信用すべき事なのです。分かりますか?』

「え…あ、うん…なんとなく…かな…?」

『なんとなく…ですか…』

 力説したルーフィンは、思ったような反応があたしから返ってこなかったからか、溜息交じりに呟いた。

「あ…ル、ルーフィン? その…つまりはこういう事かしら? その人は信用できる…自分がそう判断したんだから間違いない…って言えるぐらい自分を信用しなきゃいけないって事?」

『そう…そうですよ、ルフェラ。分かってるじゃありませんか』

 ルーフィンは、あたしが理解したという事が分かったのかパッと明るくなった。

「あ…そ、そぅ…。でも…自分の事 信用できないなんて人いるのかしら?」

『ルフェラはどうなんです?』

「あたし? あたしは…信用してるわよ、もちろん」

『そうですか。──では、ミュエリが連れ去られた時、もし あの光が頭上に見えたとしたら、あなたは何の疑いもなく、見えた事実を受け止めるのですね?』

「そ、それは…」

『ルフェラ?』

「だ、だって…見間違いって事かもしれないじゃない?」

『──ということは、自分が見たものに疑いを持つということですよね? もちろん、見間違いであって欲しいという希望が、そう思わせるのかもしれませんが、結局は、自分自身を信用してないという事になりませんか?』

「そ…うかもしれない…。だ、だけど…自信がないもの──」

『だからこそ、最初に聞いたのですよ、光を見たかどうか』

「え…?」

『誰だって、最初から自分に自信なんて持っていませんよ。自分が見たもの、感じた事、考えた事や何かを選んだ事…それらが正しいかなんて、あとから分かるものです。それが分かるまでは不安で、自信がないものでしょう? でも、それらが正しかったり、他の人の意見や考えが自分と同じであった時、ようやく自分に自信が持てるようになるのです。あなたが信用しているという私が、なんでもかんでも最初に言ってしまったら、あなたはその言葉を信じるだけじゃありませんか? 自分が考える事も、感じる事もなく』

「な、なんか…今日のルーフィン、厳しいわね…」

『あ…すみません…』

「う、ううん…いいんだけどさ…。確かにルーフィンの言ってること、当たってるもの…。〝確認してる暇なかった〟 なんて、言ってちゃダメなのよね、きっと。光が見えるっていう事を、あたし自身 信じようとしなかった。だけど、見たものは素直に受け入れて、普段からもっと気を付けなきゃいけないのよね…」

『そうです。自分で判断する事が、自分自身を信用できたり自信を持つ事につながるのですから』

「うん…分かった…」

『──それから、ルフェラ。一つ質問なのですが…』

「うん、なに?」

『イオータという人は、何者なのでしょうか?』

「あ…ぁ イオータ、ね…。そんなに気になる?」

『え、ええ。まぁ…』

「ネオスも同じ事 聞いてきたのよね」

『ネオスも、ですか?』

「うん。なんか、〝近い感じがする〟 って言ってたけど。あ、もちろん、否定したわよ。どっちかっていうと、ラディのほうが近いって…」

『そう、ですか。それで、いったい彼は──』

「あ…ごめん。──だから、あたし達と変わらないみたいよ。ただの旅人って言ってた」

『旅人ですか…』

「うん。──なに、なんか気になる?」

『ええ、少し…』

「なに、なに。どういうとこが?」

 二人してイオータが気になるということだけで、あたしの興味はそそられていた。

『不思議だと思いませんか?』

「何が?」

『黒風は実体がないから、蹴飛ばしたり殴ったりなんて出来ない。一度狙われたらほかの者が守る事はできないってことを言ってたのですよね?』

「う、ん…。まぁ、それらしい事を…」

『なのに、あの人は、ルフェラを襲った猛獣をその短剣で追い払ったのですよ。矛盾してると思いませんか? 守れないといった自分が、守ったのですから。』

「そう言われれば…」

『でしょ? それに、こうも言った。遅かれ早かれその猛獣と戦わなければならない、と』

「う…ん、確かに。──ひょっとして、あたし騙されてる…? 〝リヴィアがかんでる〟 なんて、疑い持たせておいて、実はイオータ本人がかんでたりして…?」

『さ、さぁ…そこまではなんとも…。ただ、あの猛獣から身を守る術を彼は知ってるかもしれませんね』

「そう、ね……」

『それか、もしくは──』

「え…?」

『──もしくは、特別な力があるのかも…』

「特別な…力…? まさか…?」

 考えてもみなかった言葉がルーフィンの口から出てきて、思わず 〝まさか?〟 といったが、次の瞬間にはあの時のことを思い出していた。でも、それもほんの一瞬のことで、再びルーフィンの声が聞こえてきた。

『ネオスがきますよ』

「え…?」

『あまり遅いので心配になったのでしょう。階段を降りてきます』

「ルーフィン…?」

『──気配ですよ』

 足音さえ聞こえないのに、なんで分かるのかという疑問がルーフィンにも伝わったようで、彼は、そう一言 付け足した。

「あ…そ、そぅ…。じゃぁ、もどろっかな…」

『ええ。その方がいいでしょうね』

「分かった…、じゃあね」

 あたしはそれだけ言うと、足早にその場を離れた。そして、ちょうど階段を昇ろうと手すりに手をかけた所で、ルーフィンが言ってた通り、階段を降りてきたネオスと鉢合わせしたのだ。

「あ…ルフェラ。今 そっちに行こうと…」

「う、ん…。今日、一回もルーフィンに会ってなかったから長居しちゃった…」

「そう。──で、どうだった?」

「え…何が?」

「気持ち、落ち着いた?」

 ネオスの言葉に一瞬、ドキッとした。

 もしかして、あたしとルーフィンが話す事 知ってる…?

「ネ、ネオス…?」

「──物心ついた時から、ルーフィンと一緒にいたからなぁ、ルフェラは。嬉しい時も悲しい時も、悩んでる時も…いつだって、ルーフィンと一緒だった。だから、今日みたいな事があった時には、尚更 ルーフィンといる方が落ち着いたりするんだよね?」

「あ……」

 気の…せい…?

「違った、かな…?」

「あ…う、ううん」

 あたしは思いっきり首を振った。

「そ、その通りよ。一人でルーフィンに話しかけるのが癖になっちゃって…」

 別に 〝話してる〟 なんて言わなくてもよかった。だけど、時々、ルーフィンと会話する事を悟ったようなネオスの言葉は、あたしの気持ちを焦らせた。カンの鋭いネオスなら、悟っていても不思議はないのだ…。

「そっか…。でも、一人でずっと喋っていて会話が欲しくなったら、いつでも僕は話を聞くから」

 ネオスはそう言うと、いつもの優しい笑顔をくれた。

「うん、ありがと…」

 あたしも小さく笑うと、階段を昇り始めた。ネオスも一緒に戻るのかと思いきや、彼は逆に階段を降り切ろうとしていた。

「僕も…ルーフィンに会ってきていいかな…?」

「あ…うん。いいけど…」

「そう。じゃぁ、すぐ戻るから」

「うん。分かった…」

 落ち着いた足取りで、あたしが出てきた扉に入っていくのを確認すると、あたしも階段を上がって部屋に入った。

 いつの間にか日は沈み、窓の外にはあたしの気持ちとは裏腹に、満月が光り輝いていた。小さな灯りが灯されている中、テーブルの上で白く輝く何かが、あたしの目を捕らえる。一体なんなのかと、近くに寄ってみると、それは、月の光によってやんわりと輝いていた布だった。

 これは──

 黒風の猛獣に襲われた時、イオータがあたしに被せてくれた、あの銀色の布だったのだ。途端に、ついさっき思い出そうとしていた場面が蘇ってくる。

 あの時、体は痺れていた。顔は恐怖と痺れで俯いていたけど、かろうじて見えた短剣に、イオータが息を吹きかけたとき、あの短剣は銀色に光った。しかも、この布も光を反射した時みたいに銀色の光に覆われていたのだ。

 あれは、一体なに…?

 途端に、ルーフィンの言葉が頭を霞める。

 〝特別な力を持っているのかも…〟

 まさか…ねぇ?

 可能性のひとつとして言ったであろう彼の言葉に、あたしは様々な想いを抱いていた。

 あれが 〝特別な力〟 というものなのか…? という、いわば存在のあやふやさみたいのものから、もし、あの光景が 〝特別な力〟 によるものだとしたら、あのイオータに、そんな力があるとは信じれないという思い。それから、万が一、その力が彼にあったとして、ネオスやルーフィンが言うように、一体 彼は何者なのかという疑問。そして、もしかしたら、あれは気のせいかもしれないと思いたい反面、自分が目にした光景を疑うことなく素直に受け入れるべきだという、自分に対する言い聞かせみたいな想いが、心の中を占めていたのだ。

 本当にかんでるのはリヴィアなのかしら…? 〝特別な力〟 が疑いのキーワードになるのなら、イオータがかんでるという可能性も、やはりあるのだ。

 あー、もう。ほんと、ワケわかんないわよ。

 あたしは頭がどーにかなりそうで、テーブルの上に突っ伏してしまった。

「寝るなら、布団の方がいいと思うんだけど…?」

 ちょうどその時、ネオスの声が聞こえた。ほんとにルーフィンと会ってきただけのようで、帰ってくるのが早い。

 あたしはテーブルにおでこをつけたまま、首を半分だけひねった。

「ネオス…」

「─冗談だよ」

 ネオスはクスッと顔を緩ませた。

「考え事が多くて、頭がパンクしたって感じかな?」

「あたり…」

 隣に座ったネオスの顔を見て、あたしは困ったように笑った。

「じゃぁ、パンクした頭を修理しないとね。──それで、どんな考え事かな?」

「う…ん。いろいろあって、どこから話せばいいのか…」

「なんでもいいよ。内容の繋がりなんて考えなくていいから、思ったこと喋ってごらんよ」

 〝なにも、上手く話そうとしなくていい〟 というようなその言葉は、相変わらず、あたしの気持ちを楽にさせた。人に何かを伝える時は、自分が本当に理解していないと半分も伝わらないものだ。その事を知っているがゆえに、あたしはいつも頭の中で整理しながら、あるいは整理してから話していた。そんな堅いあたしの気持ちを、ネオスは極々 自然にほどいてくれる。優しいからなのか、それとも気が利くからなのか、どちらにせよ、あたしはいつもこうやってネオスに話し出すのだ。

「──ネオスは、リヴィアがかんでるっていうイオータの意見、どう思う?」

「──ルフェラは?」

 ネオスの意見を聞こうと 質問したにもかかわらず、反対に聞き返されてしまった。

「あ、あたし…? あたしは……やっぱり、あたしからなのね…」

 ルーフィンと同じく、あたしの意見を求めたネオスに、思わず洩らしてしまった 〝やっぱり〟 という言葉。その意味を追求されても困る為、あたしは慌てて口をつぐむと、ネオスが 〝え…?〟 と聞き返すより先に、大きく首を振った。そして続ける。

「あ、あたしは…最初に言った通り 〝そんなことあるわけがない〟 っていう気持ちが大半を占めてる。だけど、イオータが言うように 〝あんな綺麗な人が…〟 っていう、根拠のない理由で 〝あるわけがない〟 って言ってたのは、恥ずかしいけど事実なのよね」

「まったく、同感だね」

「え…?」

「僕も、イオータの話を聞いた時はルフェラと同じ気持ちだった。〝まさか…〟 ってね。でも、彼の話はちゃんと筋が通っていて、納得せざるを得ない内容だったから…」

「そう…。そうなのよ」

 あたしは少しホッとした。ネオスもあたしと同様、根拠のない理由を持っていたという事が分かったからだ。

「だけど、どうしても彼女がかんでるとは思えないのよね」

「──思いたくないじゃなくて?」

「うん。確かにそういう気持ちは十分にあるわよ。イオータの推理だって、可能性はあると思う。ただ、どうして彼女に疑いの目が向けられるのかが分からない。だって、その考えの根本は、村一番の美人っていうだけじゃない。そりゃ、彼女の家が建ってる場所も、問題にはなると思うけどさ…。 その彼女が未だに狙われてないっていうだけで、彼女を疑ってもいいものかしら?」

「確かに、そうだね。飛躍しすぎてるかもしれない」

「でしょ?」

「うん。──だけど、可能性がないとも言い切れないよね」

「ま、まぁね…」

 あたしの考えに同意してくれて、少なからず自分の意見は正しかったという気持ちになったが、さすがネオスというべきか、すぐさま冷静な意見も発した。

「あ~ぁ、人を疑うなんて絶対したくなかったのになぁ~」

「そうだね。でも、自分が何かを貫こうとした時、否応無しにしなければいけないこともあるんじゃないかな」

「え…?」

「人を疑いたくないのは、人として当然の事だと思う。疑わずに済むのならどれだけいいか。でも、ミュエリを助ける方法を見つける為には、疑いたくないことまで疑ってかからないと突破口は見つからないと思うんだ。それに、重要なのは、疑う事じゃなくて、抱いた疑いをそのままにしない事だと思うよ。きちんと確認して、より多くの疑いを晴らしていく事だってね。自分で疑って自分でその疑いを晴らしていくなんて、矛盾してると思うかもしれないけど…」

「そうね…」

 ネオスの言いたい事はよく分かる。よく分かるし、正しいとも思った。だけど、一つ気になる事がある。それは──

「疑われた人のこと、気にしてるのかな?」

「え…!?」

 あたしの心の中を読んだかのように、ネオスの口から気になる事が発せられた。

 あたしの顔がいまいちスッキリしないのを即座に見破り、察知したのだ。

「確かに、疑った事で傷付く人は大勢いると思う。だけど、それを恐れていては何にもできないよ。大切なのは自分の意志。本当に、今しようとしてる事を貫き通したいのかっていうのが、何よりも重要になってくる。今回のようにミュエリを助ける事だけに限らず、いろんな事を選択するうち、何らかの犠牲は出てくると思うんだ。でも、その犠牲になった者の辛さや、犠牲にしてしまった自分の責任を背負うぐらいの覚悟があれば、きっと貫き通す意味もあるはずだよ」

「犠牲になったものを無駄にするなって事…?」

「そう。それに、傷ついた人にはあとでちゃんと謝っておく事を忘れなければ、ね」

 冗談か本気か、ネオスはそう言って優しく微笑んだ。

「……そうね」

 そうかもしれない。大事なのは自分の意志なんだ。中途半端に自分の意志を貫こうとするぐらいなら何もしないほうがいい。犠牲者を出したくないという気持ちだけでは、なにもできないし、なにも変わらないから。

「ネオス…」

「ん…?」

「疑いついでに、もうひとつ疑ってもいいかな?」

「な、なんだい?」

「イオータの事なんだけど…」

「イオータ?」

「うん。あいつも、怪しいと思うのよね」

「──というと?」

「ん~、その事なんだけど…。わ、笑わないで聞いてくれる?」

「もちろん…」

「あたしの頭がイッちゃったとも思わないでね…」

 あたしがどんなにバカげたことを言っても、ネオスは決して笑ったり蔑んだりしない。その事は百も承知だった。だけど、自分でも普通の考えじゃないという事が分かっていた為、敢えて確認したのだ。

「大丈夫。そんな事は思わないから、話してごらん」

「うん、ありがと。──その、ね……特別な力が、あのイオータにあったとしたら、どう?」

「え!?」

 ネオスは目を真ん丸くした。おそらく…どころか、これっぽっちも、考えてなかったことだろう。さすがの彼もすぐには返答できないようだった。

「ゴ…ゴメン。それこそ飛躍しすぎてるかな?」

「え? あ、いや…。だけど、どうしてそう思うんだい?」

「それはその…。特別な力がどんなのかっていうのは知らないわよ、もちろん。でも、リヴィアに特別な力があって、さらわれないのだとしたら、イオータのあの力だって──」

「あの…力?」

「うん…」

 あたしは、それまでずっと手に持っていた銀の布を差し出した。

「これは?」

「──あの黒風に襲われそうになった時、イオータがあたしに被せてくれた布よ。この布を被せられた時 体中が痺れたの」

「痺れた…? 震えてたんじゃなくて?」

「うん。最初は、あたしもそう思ったわよ。ほんの一瞬だったけど、怖くて体が震えてるんだって。でも、違った。まるで、電気が流れたみたいに痺れてたの。それにね、あんな猛獣に襲われたのなんて初めてだったから恐怖で顔は俯いてたんだけど、それでも、あいつがあたしの短剣を抜き取った時、ハッキリ見えたのよ。短剣に息を吹きかけたと思ったら、剣は銀色の粉に覆われたように光ってた。この布だって黒風を弾くようにほのかに輝いていたのよ」

「息を吹きかける…って…?」

「ほら、冬になると吐く息が白いじゃない。ああいう感じで短剣に息を吹きかけたの。そしたら銀色の粉が口から出たのよ。実際、ほんとに出たかどうかは分からないけど、あたしには出たように見えた。もちろん、今は冬じゃないからそういう現象は見えないはずでしょ?」

「あ、ああ…」

「だから、あれが力かって言われたら自信はないけど、普通じゃない事は確かよ」

「そ、そうだね。でも、彼はルフェラを助けてくれたんだよね?」

「ま、まぁ…そうなんだけどさ…」

 正直、それを言われると辛い。というのも、あたし自身もそこが一番ひっかかっていた所なのだ。だけど、ひとつの可能性として、疑いを持った動機を探し出していった。

「ただ、さ…自分でも言ったじゃない? 狙われた者は絶対に助からないって。なのに、あいつはあたしを助けたのよ。それもなんか変じゃない? それこそ矛盾してる。だからね、こう思ったのよ。あいつはあたし達にウソをついてるんじゃないかって」

「ウソ?」

「そう」

「だけど、あの黒風は六年前から出始めたって──」

「──それも、ウソだったら?」

「え…?」

「だって、そう言ったのはあいつで、もともと、この村にいる人じゃないじゃない? 六年前に出たって言ったって、実際はあいつがこの村にきた半年前かもしれない。ううん、もしかしたら、ここにきたのが六年前かもしれないわ」

「ルフェラ…」

「それに、あたしを助けたのだって、ウソを隠す為かもしれないじゃない? ワザと、疑いの目をリヴィアに向けさせて──」

「仮に そうだとして、一体 何の為に?」

「え…?」

「一体 何の為にウソをつかなければいけないんだい? しかも、リヴィアに疑いの目を向けさせる理由は? ──それに、もっと分からないのは、何の為に人をさらっているのかってことだよ」

「あ……」

 考えたこともなかった疑問だった。しかも、とても重要な事…。

「それに、もし、彼があの黒風を操る人物だとして、今のルフェラが考えたように、自分が疑われるような事…つまり、その力を僕達や村人たちの前で使うような事はしないと思うんだけど…」

「そ、そう言われれば…」

「だろ?」

 あたしは力なく頷いた。

「まぁ、それはリヴィアにも言えることだけどね。ただ、誰かが操っているにしろ、きっとその目的があるはずだよ」

「そうね…」

「だけど、これで、イオータの疑いが晴れたなんて事はないから、彼ときちんと話してみるのも必要かもね」

「…うん」

 確かに、ネオスの言う通り、目的があるはずだ。それはつきとめなければいけないことだと思う。だけど、ついさっきネオスが言った一言で、またもや新たな疑問が浮かんできてしまった。

「ネオス…」

「ん…?」

「──村人が気付かない…って言えば、どうして彼らはリヴィアを疑わないんだろう?」

「……?」

「だってさ、彼女の存在を誰も知らないならともかく、少なくとも周りの家の人達は、彼女の存在を知ってるはずでしょ? だったら、イオータが考えた推理を誰かが気付いてもおかしくはないわ。それに、一人でもその推理をしたのなら、その事が他の人達に伝わっても不思議じゃない。なのに、村の人達はその事に気付きもしないのよ。気付いてたら、あたし達と同様、今頃 愛する者を失った家族が彼女のもとに行くはずでしょ?」

「そうだね」

「だとしたら、やっぱり、彼女はシロなんじゃ…」

「そういう考えもあるね。だけど、ルフェラや僕が最初に感じたように、根拠のない理由で、それこそ疑う事さえ思いつかないっていうのもあるんじゃないのかな?」

「そ…うか…」

「まぁ、なんにせよ、リヴィアとイオータには確かめる必要があるね」

「そうね…。それと目的を探らなきゃ、よね?」

「ああ」

 そう言うと、お互いに小さく笑った。

 あたしは一人で考えていた時より、少し気分が落ち着いた。

「ネオス…」

「ん…?」

「会話してくれてありがと。なんとかパンクした頭も修理できたみたい。とにかく、しなきゃいけない事が整理できたから…」

「そう、よかった。会話ぐらいいつでも付き合うよ。だから、今度はパンクする前に点検にくるといいかな?」

「そうね」

 そんな会話が終わったころ、食後の運動に出かけていたラディも帰ってきた。昼間のイオータと同様、体は汗と土で汚れていた。

 あたし達 三人は、時間も時間だったので、そのままお風呂に直行すると明日の為に、すぐさま床についた。

 とんでもない状況になったにもかかわらず、ミュエリが無事だという事と、やるべき事が分かったからか、不思議と落ち着いて眠る事ができた。

 もしかして、案外あたしも神経が図太かったのか…なんて事は敢えて考えないようにしたのだが…。

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