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女神伝説  作者: Sugary
第三章
19/127

4 黒風の謎と推測 <1> ※

 気が付くと、あたしは一人 青い世界の中に立っていた。

 最初は緑に見えた為、森の中にでも迷い込んだのかと思ったが、どこを探しても緑に見える木々どころか、草一つさえ見つけられなかった。

 木がないという事は、森じゃない。──とすると、一体ここはどこなんだろうという疑問が頭に浮かぶ。しかし、その疑問を考える間もなく、緑だと思った周りの色は瞬く間に青色へと変化したのだ。それは、まるで染料を水に溶かした時のように、本当に一瞬だった。

 景色そのものが変わったのかと思い、再び辺りを見渡すが、あたしの周りには何も存在しなかった。ただ、青い色がユラユラと揺らめいているだけだったのだ。四方八方を青で囲まれていた為、自然に頭上を見上げてしまった。遥か上の方では眩しいくらいの白い光が差し込めている。

 この景色、どこかで見たことがある…と思うや否や、その光景がなんなのか思い出す事ができた。

 これは──

 水の中だ。そしてあの白い光は太陽…。

 そう悟った瞬間、条件反射で息を止めていた。しかし、すぐさま、今まで普通の呼吸ができていたことも悟った。

 息ができるということは、水の中じゃない…。

 あたしは自分の置かれている状況が理解できず、しばらくその場で立ち尽していた。ところが、立ち尽していると思っていたのは自分だけで、実際は無意識のうちにウロウロと歩いていた。すると、妙な音が耳に響いてきた。カツーン、カツーンという これまた、どこかで聞いたような音…。そう、靴の音だ。だけど、あたしの靴はこんな音はしない…。

 そう思った途端、自分の足先から様々な色や形が現れ、みるみるうちに青い世界はなくなっていった。そして、変わりに現れた世界は──

 リヴィアの家の中だった。青だと思っていたものは、壁中に飾られた柔らかい白い布。同じ色が重なると、違った色に見えてくる。──そう、四方八方を囲まれていたあの青は、白一色から作られる薄い青だったのだ。そして、その布が風に揺れていた為、あんな水の中にいるような錯覚を覚えたのだった。

 どうして、リヴィアの家にいるのかしら…。

 現実ではあり得ないような光景が次々に現れ、パニックに陥ってもいいはずなのに、珍しく呑気な疑問を抱えた。そして、決してするはずのない靴音をたどり、歩き始めたのだ。

 特に、どこへ向かおうという意志はなかった。ただ自然に体が動くだけなのだ。吸いつけられるような感覚があったのか、それとも、そこしか知らないからなのか、それはよく分からない。

 何も考えず歩いていると、見覚えのある白い扉が、目の前に現れた。今回はこの扉を開けてくれるカイゼルもいない。あたしは細かな細工をされた金の取っ手に手をかけると、重そうな大きな扉をゆっくりと押した。

 数時間前の出来事が蘇ってくるような、甘い香りが緩やかな風に乗って漂ってくる。天窓から注がれる太陽の日差しが、あの時と同じように白いソファを輝かせていた。思わずそのソファに手を触れる。相変わらず心地いい肌触りだった。次に、あたしは一段高い所に置かれた、特別な椅子に視線を移した。主しか座れない、そして主しか似合わないその特別な椅子に、あたしの足は向かっていった。誰もいないからといって、別に何をしようというのではない。ただ、興味本位で触ってみたかっただけなのだ。

 部屋中に響く靴音を気にしながら、あたしはその特別な椅子に手をかけた。

 その瞬間だった。

 それまで誰もいなかった部屋に…もっと正確に言えば、あたしの目の前に…いきなり主が現れたのだ。あまりの驚きに、飛びのくどころか、声さえも出なかった。

 途端に、上品な唇が小さく動く。

「ルフェラ…」

「あ…ああ…リ、リヴィア…さん…」

 頬を引きつらせながら、あたしはそれだけ言うのがやっとだった。

 リヴィアはあたしの名前を呼んだあと、しばらく黙っていた。そして、吸込まれそうな美しい微笑みを向けたのだ。あたしも、つられるように笑おうとしたが、彼女の異変の方が早かった。急にリヴィアの顔は青ざめ、口から血を流し始めたのだ。

 リ、リヴィア…!?

 驚きのあまり叫んだのだが、実際、自分で口にしたのか、それとも心の中で叫んだのか、よく分からなかった。ただ、いつの間にかあたしの両腕を掴んでいた彼女の指に力が入ると同時に、紅と血で染まった薄い唇が微かに動いたのだけはハッキリと分かった。

 一体 何が起こったっていうの?

 それを把握するため視線を落としたあたしは、衝撃の事実を見てしまった。

 あ……!!

 一瞬 息が止まり、あたしの顔からも血の気が引いていく。そして、ものすごい速さで体中が震え始めた。頭の中は真っ白だった。

 あ、あたし…なんて事をしてるの…!?

 あたしが目にした事実は、両手で短剣を強く握り、彼女の腹部を突き刺していたのだ!!

挿絵(By みてみん)

 彼女の腹部から、脈打つたびに流れる血が、短剣をつたってあたしの手にも絡み付いてくる。生暖かいその液体が、今まさに生きている者から流れ出たものだと実感させ、一層体も震えた。とめどなく流れる紅い血が、それまで靴音を響かせていた床にボタボタと滴り始める。そして、あっという間に、あたし達の姿を映し出すほど広がっていった。

 恐怖で体も動かなかったが、それでもなんとか短剣から手を離すと、数歩、あたしは後退った。伝ってくる短剣から手を離したにもかかわらず、あたしの手や服は、彼女の血で紅く染まっていく。

 ど…うして…どうしてこんなことに…!?

 今や、彼女から漂うあの甘い香りはなかった。恐怖と、部屋中に広がる血生臭い匂いとで、あたしは吐き気をもよおし始めた。

 彼女から流れた血が全てを紅く染めていく。彼女自身はもちろんのこと、あたしや

この部屋にある全ての物を…。

 恐怖と人を刺したという罪の重さで立っていることができなくなったあたしは、力なく真っ赤に染まった床に座り込んだ。

 あたし…あたし……。

 自分自身もどうにかなってしまいそうだ…。真っ赤に染まった両手で、頭を抱える…

 その時だった。

「ルフェラ…」

 どこか遠くの方であたしを呼ぶ声がした。リヴィアかと思い、咄嗟に彼女の方を見るが、彼女の瞳はすでに輝きを失っていた。

 リヴィア……!!

 なんてこと…人を…彼女を殺めしてしまった…!!

「ルフェラ…おい、ルフェラ!!」

 再び声が聞こえたかと思うと、震えていた体が、大きく揺れた…。

 な、なに…!?

 そう思った瞬間、それまでの光景は一変し、遠くの方で聞こえていたあの声が急に大きくなった。

「おい、ルフェラ…!!」

 今まで以上に大きく体が揺れた途端、あたしはハッと目を開けた。

「お…い…大丈夫かよ…?」

「あ……ラ、ラディ…?」

 ラディは、あたしの両肩を掴んでいた。

「だいぶ、うなされてたぜ。怖い夢でも見てたのか?」

「…ゆ…め…?」

 咄嗟に、あたしは自分の両手を見た。

 何も…ない…。

「夢……」

「あ…今、水 持って来てやるよ」

 ラディはそういうと、足早に階段を降りていった。

 夢…か…。よかった…。だけど、なんて嫌な夢…。しかも、あの匂いといい、生暖かい温度といい…あまりにもリアルだったわ…。

 夢だと分かってホッとしたのも束の間、現実の重大さにも気付いた。

 そうだ、ミュエリ…。

 自分の手に血がついてないかを確認すると、そのまま腕で顔を覆っていたあたしは、ミュエリのことを思い出し、上半身を起こした。

 ちょうどその時、水をもってくると言ったラディも戻ってきた。

「ほら…」

 そう言ってコップを差し出す。

「あ、りがと…」

 ラディから受け取った水を一口 飲むと、冷たさが喉から胃へと移動していくのが分かる。それと同時に、ほてっていた体も徐々に冷めていった。思ったより、嫌な汗をかいていたらしい。

「それで? どんな夢を見たんだ?」

「え…?」

「だから、怖い夢 見たんだろ?」

「あ…うん…まぁ…」

「どんなだよ?」

「どんな…って……嫌な夢よ」

 あたしはそれだけ言うと、コップの水を一気に飲み干した。

 もう、思い出したくもないのだ。

「──それより、ミュエリはどうなったのよ!?」

「え…あ…それが…」

 夢の話をしたくないというのもあって、あたしは現実の質問をしてみたが、ラディは言いにくそうに言葉を詰まらせた。普通なら、ミュエリの心配をするはずなのに、あたしの夢のことを聞くなんて、どうもおかしいとは思ったが、ラディはラディで、ミュエリの話をしたくなかったのかもしれない…。

「──連れ去られちまったよ」

 ラディの態度とは反対に、ハッキリとした口調が聞こえた。その声がした方に視線を移すと、戸に片肘をかけたイオータが、ネオスと一緒に立っていた。

「お前ら、どこに行ってたんだよ?」

「おお、わりーな。ちーとばかし、心配性のネオスと話がしたかったんだ。それに、好きな女を一人占めにできるいいチャンスだと思ってよ。──あ、もしかして、あんたに頼んだの、めーわくだったか?」

「あ…? いや、別に…」

 〝どこに行ってたんだ?〟 と言ったラディの口調は半分 怒っていた。ところが、口が上手いイオータの言葉を聞いた途端、不思議なほどその怒りも冷めていた。しかも、イオータがわざと言っているという事も気付かずに、だ。

 イオータがすごいのか、それともラディがバカなだけなのか…。どちらにせよ、こんな状況でケンカにならないことだけはありがたかった。

「ね…ぇ。それより、どうすればいいのよ?」

「どう…って、なにがだ?」

「ミュエリよ。ミュエリを助ける方法、知ってるんでしょ?」

「さぁな…」

「さぁなって…あんた…」

「言ったろ。生きてるか死んでるかさえ分からない。だから、残された村人は想像するしかないって」

「そう…だけど…」

「それに、助ける方法があるんなら、連れ去られた家族がとっくに実行してるはずだ。愛する者を失った想いはみんな同じだからな。今のあんた達のように。そうだろ?」

 あたしは、すぐに返答できなかった。

「…じゃぁ…諦めろってこと…?」

「諦めろ…か。そう言って済むんなら簡単なんだろうが──ムリなんだよな?」

 イオータの最後の質問は、あたしじゃなくネオスの方を振り返り発せられていた。

 あたしに向けられても全然おかしくない質問が、なぜネオスに…と、彼も思ったのだろう。いきなりふられたネオスは、一瞬 あたしとイオータの顔を交互に見つめていた。そこへ、再びイオータの声。

「──そういう奴なんだろ?」

「あ…ああ、まぁ…」

 あやふやではあったが、ネオスの返事を聞いたイオータは軽く頷き、あたしの方へと近付いてきた。そして、昨日のあたしがしていたように、窓枠に腰かけると、しばらく村の様子を眺めていた。

 一体、彼が何を考えているのか分からず、次の言葉を待っていたのだが、いっこうに喋り出す気配はなかった。

 確かに、ずっと昔から住んでいる村人が助ける方法を見出せないなら、たかが六ヶ月前にきた旅人に分かるはずもない。だから、彼にそれを望むほうが間違っているのも十二分に分かっている。分かってはいるが、少なくともあたし達よりこの村のことを知っているからこそ、聞かずにはいられないのだ。その彼が黙ってしまったら、あたし達 他の三人はよけい何も言えなくなる。

 重い沈黙が続き、それも限界になってきた頃、ようやくイオータの口が動いた。

「──黒風の猛獣が消えるとき、あんた 何か聞いたか?」

「え…?」

「なんかこー、太くて腹に響くような──」

「──音?」

「いや、声さ」

「声…!?」

「ああ」

「誰の?」

「黒風に決まってんだろーが」

「黒風って…。あれはただの風でしょ? ──そりゃ、猛獣の形してるし、ちゃんと意志だって持ってるみたいだから、ただの…っていうには程遠いけどさ。所詮、もとは風じゃない」

「まぁな」

「何かの間違いじゃないの?」

「いや。オレにはハッキリと聞こえたぜ」

 イオータの目は真剣そのものだった。

「…な、なんて言ったのよ?」

「──まぁ、あんたが聞こえてないっていうんなら いいや」

「はぁ!? ──ちょっと、あんたあたしをバカにしてんの!?」

 真剣に言ってるからあたしも真剣に聞き返したっていうのに…。なんなのよ、もういいっていうこの態度は!!

「何でオレがあんたをバカにしてんだ?」

「あのねぇ~。今、ミュエリを助けられるかどうかっていう話をしてたのよ。そんな時に、〝黒風が──〟って言い出したら、誰だって真剣になるでしょうよ。それに、あたしがその声とやらを聞かなかったからって 〝じゃあ、いいや〟 で済ませられるような事なわけ!?」

「まぁ まぁ、そう怒んなって。確かに、〝済ませられる〟 ような事じゃねーけどよ、この話をしたら、反対する奴が二人…いや、三人はいるぜ」

「…三人…って誰よ?」

「決まってんだろ。あんたにホレてるラディと、心配性のネオス。それから──」

「それから?」

「オレだ」

 イオータは、誰かさんと同じように自分の親指を胸に当てた。

「な、なんであんたが…。それに、話をするのはあんたでしょーが?」

「ああ。だからこそ、反対なんだ。危険すぎるからな」

「危険って…」

 あたしはその三文字を聞いて、少し不安になった。

「でも、それがミュエリを助け出す方法…なんでしょ?」

「方法…っつーか、可能性ってとこだな」

「可能性…」

 呟くようにそう繰り返すと、あたしはしばらく口をつぐんだ。

 ミュエリを連れ戻す方法…いや、可能性があるなら、やってみるべきよね。危険だっていっても、このまま何もしないなんて、あたしにはできないもの。

 あたしは俯いていた顔を上げた。

「どうすれば…いいの?」

「──聞きたいか?」

 あたしは黙って頷いた。

「──黒風は、消える寸前こう言った。〝近いうちにまた来る〟 と」

「近いうちに…?」

「ああ。一ヶ月に一度やってくるあいつが、それとは別にやってくるってことだ。しかも、狙いはあんただ」

「………!!」

「な、なんでルフェラが…!?」

 あたしの代わりに質問したのはラディだった。

「ミュエリの次に美人だと認められたか、それともミュエリを連れ去ろうとした時、あいつの邪魔をしようとしたからなのか…。まぁ、どんな理由にしろ 目をつけられたのに間違いはないな」

「──と、いう事は、わざと黒風に連れ去られろって──」

「ダメだ!!」

 イオータが危険だと言った意味が分かり、それでもなお確認のため口を開いたのだが、最後まで言い終わらないうちに、ラディが大きな声でそれを制した。

「ぜってー、そんな事は許さねーぞ!」

「─ほらな、反対しただろ? それに、ネオスも反対のはずだ。そうだよな?」

 イオータはそう言ってネオスに視線を投げかけた。

「あ、ああ…もちろん」

 ネオスが答えるや否や、イオータは 〝──だろ?〟 と、あたしに向かって付け足した。

「──でも、その方法しかないんでしょ?」

「例えそうだとしても、だ。オレも反対だぜ」

「どうして…?」

「だから言ったじゃねーか。死んでるかどうかさえ分かんねーって。もし、殺されるような事があったら、ミュエリを助けてる場合じゃねーし、そん時はとっくにミュエリも殺されてるよ。──それに 命狙われて、あんた一人、何ができるっていうんだ?」

「だけど、死んでないかもしれない──」

「ああ、まぁな。だが、人を助けるっつーことは自分あってのものだ。危険をおかして人を助けることも時には必要だが、そのせいで、最悪、助けようとした奴が死んじまったら、苦しむのは助けられた奴なんだぜ」

「な…によ。それじゃぁ、結局 このまま見捨てろってことじゃない!?」

 どうすればいいか分からなくて、思わず叫んでしまった。

「まぁ まぁ。だから、さっきから落ちつけって言ってんだろ? ──あ、そういや、あんたらがこの宿にきたってことは、会ったんだよな、リヴィアっていう女に」

「…は?」

 いきなり話が変わり、それまでのやるせない感情が一気に蒸発してしまった。ところが、そんなあたしの気持ちをまるで気にしないかのように、イオータは続けた。

「キレイな女だよ。会ったんだろ?」

「──あ、会ったわよ。それがどうしたのよ?」

「美人だったろ?」

「え…そりゃ美人だったわよ。だからそれが──」

「この村 随一だと思わねーか?」

「あのねぇ~!!」

「だから、落ちつけって──」

「そう言うあんたは、落ちつきすぎてんでしょーが!!」

「──ったく、話には順序ってーものがあるんだぜ。少しは人の話を最後まで聞けって」

 誰かさんと同じで話がコロコロと変わり、彼の言わんとする事があたしには分からなかった。だから、よけいイライラしたのだが、〝話には順序がある〟 というまともな言葉を聞いたからには、それ以上 喚くわけにもいかず、あたしはできる限り自分の心を落ち着けた。

「──わ、分かったわよ。それで…?」

「だから、この村 随一だと思わねーか?」

「…思うわよ」

「だろ? オレも初めて見た時はしばらく目が離せなかったぜ。この宿についても周りの女がイモに見えちまって──」

「そ・れ・でぇ~」

「あ…だからよ。おかしいと思わねーか?」

「なにが?」

「この村 随一の美人が、なんでまだこの村にいるのかってーことだ」

「ど…ういうことよ?」

「分かんねーか? あの黒風は美人を狙うんだぜ。村 随一の美人が、今だに狙われてねーってのはどう考えても不自然だろーが」

「でも、その日 一日家の中にいれば安全なんでしょ?」

「そりゃぁー、今はな」

「な、なによ。その今は…って…?」

「あの黒風が初めてこの村に現れたのは、オレが調べた限りじゃ、六年ほど前なんだぜ。大昔からのことなら言い伝えがあるから家の中へ逃げたりもするが、六年前っつーことはそうもいかんだろ?」

「なんでよ?」

「家の中が安全だとか、美人が狙われるとか、一ヶ月に一度、それも同じ日にやってくるとかっつーのは、村人が今までの状況を見て判断した事だ。大体、そういうもんだろ? 今までにない事が起きたとき、何が危険で、何が安全かってことを知る方法は、何度も同じ事が繰り返されて分かることだ。言いかえれば、判断できるまでにはいくつもの失敗や危険による犠牲があるって事だ。この場合、村人がそう判断するまでに、何人もの女性が連れ去られた事になる。六年前に初めて現れて、尚且つ、最初から美人を狙ってるとしたら、リヴィアが一番初めに狙われてもおかしくないって事だろ?」

「それは…」

「たとえ偶然が重なったとしても、出来過ぎてるぜ。それに、おかしいと思うことはもう一つある」

「何よ?」

「南の空だ」

「南?」

「ああ。あの黒風は南の空から現れて南の空へ消えていく。見てみろよ」

 イオータはそう言って南を指さした。

「あ…」

「分かるか? ちょうどあの雲が現れるところ、しかも最初に頭上を覆うのは、リヴィアの家なんだぜ」

 確かに、イオータの言う南には、リヴィアの家があった。しかも、彼女の家はこの村全てが見渡せる場所…つまり、普通の家より高い所に建っている。そして敢えて言うなら、この村の一番 端なのだ。黒風が一番初めに覆う家が、イオータの言う通り、彼女の家だったのだ。

「…あんたが 〝不思議だ〟 っていう理由は分かった。だけど、いったい、何が言いたいわけ?」

「黒風に狙われてもおかしくない奴が未だに残ってるってーことはだ。彼女に何か特別なものがあるんじゃないかってふんでんだがな」

「なによ、それ?」

「つまり、狙われない何か…お守りみたいなものを持ってるか、それとも、彼女自身 特別な力を持ってるか…。もしくは──」

「もしくは──?」

「これが一番、有力だと思うんだが…彼女があの黒風に一枚かんでるのか──」

「かんでる…って?」

「簡単に言うと、黒風を操ってるのは彼女じゃないかってーことだ」

「あ、あんた…バッカじゃないの?」

 あたしはイオータの推理…特に最後の推理にはフンと鼻を鳴らした。

「最初の二つはあったとしても、彼女に限ってかんでるなんて事 ゼッタイないわよ」

 そう、あるわけないのだ。あのミュエリが認めた女性なんだもの。

 それに、お守りというのは、普通の考え方からしてもあり得るだろうし、力というのも、パティウスの件があったから、これもやっぱりないとは言いきれない。あたしにしてみれば、お守りというのが一番 妥当な線だ。

 自信たっぷりにそう言い切ったのだが、次に発したイオータの言葉に、あたしはまともに答えられなかった。

「なんで、そう言い切れる?」

「なんで…って…」

「あの女のこと、どこまで知ってんだ?」

「どこまで…っていう次元じゃ…」

「だろ? 一度しか会ったことない奴が、その人の本性まで見抜くなんて事できやしない」

「そう…だけど…あんただって、そんなにたくさん会ってるわけじゃないんでしょ?」

「ああ、まぁな」

「だったら──」

「だが、オレは少なくとも、あんたがそう言い切った理由で判断したりはしないぜ」

「な、なによ、言い切った理由って…」

「 〝あんなにキレイで優しそうな人が、黒風という悪いものと何か関係があるなんて考えられない…〟 違うか?」

「…………」

 正直、図星だった。

「それに優しい人間なら、そのお守りとやらを村人に教えればいいし、力があるのなら同じこと。その力で村人を守ればいい。だが、それをしないってーことは、だ。優しいとは言えないし、必然的に、かんでると考えられても仕方ないだろ?」

 イオータの言葉には説得力があった。ラディやミュエリに似たところがあると思いきや、こういう説得力のあるところはネオスに似てる…。

 あたしは言い返す言葉もなく、小さく頷いた。

「じゃぁ…どうすればいいのよ…?」

「もう一度あの女に会ってみるしかないだろうな」

「もう一度…」

 そう繰り返した途端、さっきまで忘れていたあの夢が蘇ってきた。

「なんだ、 嫌なのか?」

「え…? あ…ううん…」

 あたしは頭からあの映像を振り払うように、思いっきり首を振った。

「──けど、いつ行くんだ?」

 あたしとイオータの話が一段落つくと、ようやくラディも喋り始めた。

「いつって──」

「明日だな。思いたったら早い方がいいだろ」

「そ、うね…」

 あまり気乗りしなかったが、イオータの言葉に同意した。

「よし。じゃ、メシ食いに行こうぜ」

「は?」

「メシだよ、メシ。明日はあの女の所に行くって決まったんだぜ。これ以上考えても仕方ないだろ?」

「それは…そうだけど──」

「なんだぁ? まさか 〝食欲ない〟 なんて言うんじゃねーだろーな」

「当たり前でしょ。こんな時に食べれるほど神経 図太くないもの」

「ずぶ…ってまたハッキリと…。──ったく。それにしても、どうして女ってこーなんだろーなぁ」

 イオータは呆れるように首を傾げた。

「なにが──」

「食欲だよ。な~にかあるとすぐ 〝食欲がない〟 っつって、食おうとしないんだぜ」

「だったらどうなのよ。普通はそういうものでしょ。男・女関係なく!」

 あたしはその中でも 〝普通〟 と 〝男・女関係ない〟 という所を強調した。

「まぁー、食欲がなくなるのは普通かもしれねーけどよ、問題はそのあとの行動が大事なんだぜ。どんなことがあったって、食わなきゃなんねーだろ?」

「ど、どういうことよ?」

「つまり、こーゆー時こそ食わなきゃなんねーってことだよ。いいか、なんにもしないなら話は別だが、ミュエリを助けたいなら、まず自分の体をしっかり守る必要がある。全ては自分の体が資本なんだぜ。この先にやることがあるんなら、ムリしてでも食うんだよ。言ってる意味、分かるか?」

「……わ、分かるわよ」

 再び説得力のある意見に、あたしは反論する言葉も見つけられなかった。

「──でも、大袈裟じゃない? リヴィアに会いに行くだけでしょ。あの猛獣と戦うわけじゃなし──」

 あたしの言葉に、イオータは大きな溜息をつき 首を振った。

「な、なによ、その溜息は!?」

「まだまだ 甘いねー、あんたは。いいか。もしリヴィアがかんでなかったとしても、遅かれ早かれあんたは自分を狙ってくる、あの猛獣と戦わなきゃなんねーんだぜ。ミュエリを助ける前に奴と戦って死んじまったら、もともこもないだろーが」

「死んで…って…」

 その言葉を繰り返した途端、今まで考えていた状況が、イオータの言う通り 〝甘い〟 ことに気が付いた。

 そんな状況なのか…今は…。

「そんなことはさせねぇ…」

「え…?」

 ボソッと呟いたのはラディだった。

「黒い風がどんな姿してたか知らねーけど、オレが絶対 守ってやるよ、ルフェラ」

「あ、ありがと…」

 イオータの剣裁きを思い出しただけでも、このラディが太刀打ちできるものじゃないことはよく分かっている。だけど、そう言ってくれることには、素直に感謝した。

「じゃぁ、行こーぜ。これ以上遅くなると、夕飯 食いそびれちまう」

「ああ。オレもその意見に賛成だ」

 あたしより、イオータの返答の方が早かった。

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