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女神伝説  作者: Sugary
第三章
15/127

2 白い夢人と不理解野郎 <2> ※

 あたしを先頭にして裏の方へまわると、ざわめきや人の数が急に増え出した。そしてカイゼルの言った通り、さほど宿から離れていない所に 大勢の人だかりを見つけることができたのだ。

 前に進むのも困難になりつつある中、その人だかりが目的の場所だと察知したミュエリは、

「あそこよ、きっと」

 と、言うと、持ち前の積極性(?)でネオスの腕を更に強く引っ張り、あたしの横を通り抜けた。

 ここに来るまでに何度となく人とぶつかっていたあたしは、瞬間的に 〝はぐれる…〟 と思ったのだが、その瞬間 ネオスの声が聞こえ、今度は 〝え…?〟 と思う間もなく体が群衆の中に引き込まれた。どうやら、あたしと同じことを悟ったのか、咄嗟の判断で、ネオスがあたしの腕を掴んだのだ。はぐれないよう強く握っていると思うのだが、それよりなにより、ほとんど強制的にこの人ゴミの中を進んでいく為、手の痛みより押しつぶされそうになる体のほうが痛かった。

 手を引っ張られると、前傾姿勢になる為 視界が低くなる。こんな人ごみの中では前など見えず、もちろん、すぐ目の前を歩いているネオスの背中さえ見えないのだ。人を押しのけても次から次へと違う人があたしとネオスの間に入り込む。前に進んでいるのかどうかさえ、分からなくなる感覚だ。

 こういう所って苦手なのよね、あたし…。人の間をぬって歩けるほど器用じゃないのだ。それに引き換え、ミュエリはいろんな意味で器用である。この村に着いた時だって、知らぬ間にあたし達から離れ、もうすでにいろんな店をまわってたんだもの…。不器用なあたしにとっちゃぁ、彼女の器用さは羨ましい限りだわよ…ホント。

 ついさっきまで、はぐれないように…と体に力が入っていたのだが、だんだん疲れてくると、意識の半分が現実逃避していく。そして知らず知らずのうちに、ネオスが引っ張る強さに身を任せるようになっていた。

 しばらくすると、周りの窮屈さがなくなり、掴まれている腕も自分の視界に入るようになった。そして、ようやく引っ張られている感覚がなくなったかと思うと、ネオスの足も止まった。次の瞬間、現実逃避していない意識の半分が、彼の声をとらえた。

「さっ、食おうぜ」

 え…?

 食おうぜ…って?

 頭の中で 〝ネオス?〟 と呟くと同時にそれまでの前傾姿勢を正した。

「!?」

 あたしは驚きのあまり、すぐには声も出なかった…。

 現状把握ができず、思わず辺りを見渡す。

 大勢の見知らぬ人が、食事をしたり食料を買ってたり…。その中に、あたしの知っている人は誰一人としていなかった。この目の前にいる人物以外は…。

「ど、どうして…?」

 やっと、それだけ声にする事ができると、男はあたしの驚きなど気にもとめず、アッケラカンと話す。

「あんたの歩き方見てると、いつ コケんじゃないかって心配になったぜ。よくぶつかってたもんな。それに、あんたのツレ。後ろにいた時はまだよかったが、前に出た途端あっという間に離されたしな」

「離された…って…。そっちが離したようなもんじゃない。あたしの腕なんか引っ張るから──」

 と、そこまで言って、まだ腕を掴まれていたことに気付き、あたしは勢いよく 〝バッ〟 と振り払った。

 押しつぶされる体の痛みがなくなると、手を振り払ったことで掴まれていたことに意識が移る。途端に、ジンジンと痛み出した。

「──それで、ネオスたちはどこよ?」

 あたしは反対の手で摩りながら、肝心な質問を投げかけてみた。

「ネオス? ──ああ、ツレの男か?」

「そうよ」

「さぁ、どこだろ…」

「さぁ…って。あんた前見て歩いてたんでしょ!?」

「まぁな。でも、オレはあいつらの後つけてたんじゃねーし」

「はぁ!?」

「まぁ、まぁ。それより、やっとここまで辿り着いたんだぜ。せっかくだから食おうぜ、メシ」

 〝気にすんなよ〟 とでも言うかのように、男は笑顔であたしの背中を押した。

「な…んで、あんたと一緒に食べなきゃなんないのよ?」

「別に、〝食べなきゃなんない〟 理由はどこにもねーけど、歩くことさえままならないあんたが、一人で席に座って注文するにはなかなか厳しい状況だぜ。どーせなら、知った奴と一緒に食ったほうが面倒な事も押し付けられると思うけど?」

「………」

 そう言った男の言葉に、あたしは一言も返せすことができなかった。ムカつくけど、その通りでもあるのだ。

 初めてきた場所で、勝手も分からないうえ、この混みよう…。注文を聞いてくれる人を呼び寄せるのさえ、正直 自信がない…。

 なにも言えないのを返事だと思ったようで、再びあたしの手を──今度は反対の手を軽く──掴むと、どんどんと奥へ進んでいった。そして、二人用の席を見つけてあたしを座らせると、慣れた手つきで店の人を呼び寄せた。男は一瞬あたしのほうを向いて希望の品を聞く素振りをしたが、あたしは 〝そっちに任せる〟 というように首を振ると、適当にいくつか注文してくれた。

 男は、店の人がいなくなると、無言のまま 最初に出された水を一気に飲み干した。

 席についてしばらくすると、現実逃避していたあたしの意識もだんだんと戻ってきて、同時に、男の仕草を目にしたというのもあるが、喉が乾いていることも実感した。そして、男と同じように差し出された水を一気に飲み干してしまったのだ。コップをテーブルの上に置いて一呼吸すると、ようやく気持ちも落ちついてきた。

「──で、どうしてあたしなわけ?」

「──何が?」

「一緒に食事するんなら、あたしじゃなくミュエリを連れてきた方がよかったんじゃないかってことよ」

「──なんで?」

「なんでって…」

 そう言われると返答に困るのよね…。〝あの時ミュエリのことキレイだって言ったし、いい雰囲気だったから…〟 なんて言ったら、まるで、あたしがひがんでるように聞こえるし…。

 そんな事を考え、答えられないでいると、男はキョロキョロとなにかを捜し始めた。そして店の人と目が合うと片手を挙げ、空になった自分のコップを見せた。どうやら 〝水をくれ〟 という合図らしい。

「──もしかして、あの事 気にしてんのか?」

「あの事って…?」

「もう一人のツレだけ、指輪買ったり、キレイだって言ったりしたこと…」

「はぁ!? ばっかじゃないの!?」

 そう、この目の前に座っているのはミュエリに指輪をプレゼントした、あの中途半端にキザな男だったのだ。

「──なんで、あたしがそんな事 気にしなきゃなんないのよ。それに、ミュエリよ。もう一人のツレは」

「ふ~ん」

「ふ~ん…って…」

 自分がキレイだと言った女の名前が分かったっていうのに、なんなんだ、この まるで興味のない反応は…。

 あたしはそんな彼の返答が理解できなくて、眉を寄せた。すると、どうだろう。

「あんたは?」

 と、きたもんだ。

「は? 何がよ…?」

 と、あたしも思わず聞き返す。

「あんたの名前だよ」

「──あ・の・ねぇ~。人に名前を尋ねる時は自分から名乗るもんだって、教わらなかった? これ、常識よ」

「ああ、確かにな。──オレはイオータ。で、あんたは?」

 嫌味たっぷりで言ったつもりなのに、以外とすんなり受け入れた…というか、〝あ、そう〟 的な返答…。

「あたしは──」

 いいかけたその時、合図を受け取った女性が現れた。

「お待たせいたしましたぁ」

 元気のいい声でそう言うと、頼んだ注文の品をテーブルに置き、次いでコップに水を注いだ。

「ご注文は以上で?」

「ああ。──じゃ、これで」

 そう言うと、イオータは青の球をひとつ、その女性に手渡した。

 青の球ひとつということは…。

 一青(いっしょう)…。

 注文してから、その品がテーブルに並ぶまでの早さにも驚いたが、それよりなにより、食事をするたんびにチップを払わなきゃならないとは…なんともまぁ、面倒臭いというか、もったいないというか…。

 あたしが呆気に取られていると、女性は 〝ありがとうございます〟 と言いながら軽くお辞儀をするや否や、あちこちから呼ばれる客の対応に追われていった。

 その忙しさといったら半端じゃなかった。

 ひとつのテーブルで注文を取り、すぐ 厨房に通すかと思ったら、そこへ辿り着くまでに最低でも三つのテーブルに寄る。そして、ようやく 聞いてきた注文を厨房に通したと思ったら、今度は違うテーブルにでき上がった品を届けるのだ。それも、やはり 三つほどのテーブルに。しかも注文の品を配ってる間にも、また別の声がかかり、客の要望に答える、といった具合なのだ。

 あたしは目の前に並んだ食事に、すぐには手を付けず、一時的だが、彼女たちの仕事ぶりに目を奪われていた。しかし、それも長くは続かず、空腹を実感させる腹の虫と、イオータの声が同時に耳に届いた。

「食えよ」

「え…?」

「冷めちまうぞ」

「あ…う、うん。──い、ただきます…」

 両手を合わせ、食前のあいさつをすると、ようやく 目の前の料理を口にした。

 あ、おいしい…。

「──で?」

「え…?」

 全ての料理を均等に食べながら、それでいて箸を休めることなく口を開いたイオータ。

「あんたの名前だよ」

「あ……ルフェラ、よ」

「ルフェラか…」

「なによ。なんか言いたそうね」

「別に…。ただ、チンタラチンタラ食ってる暇はねーぜ」

「はぁ?」

「周りを見てみろよ。メシ食ってねー奴がどんどん集まってるだろ?」

 そう言われて、あたしたちが入ってきた方を見ると、確かに、さっきより村の人が集まっていた。

「どうして? 昼どきじゃないのに…」

「朝、昼、夜なんてカンケーないのさ」

「な、んでよ…?」

「食事ができる店っつったら、ここら辺では四軒ぐらいしかないからな。そこへ村の連中が全員集まってくるんだぜ。メシ食う時間に来たって、こんだけ混んでりゃ すぐには食えねーよ。朝のつもりが昼になっちまうなんてこともしょっちゅうだ。しかも、またすぐ昼に食おうと思ってる連中がやってくるから、結局 食事の店にどきなんてねーんだよ」

「…じゃぁ、さっきから増えてる人は、夕食を早めに取ろうと思ってきてる人か、もしくは朝食を昼頃食べた人ってこと?」

「そういうこと。だから、メシは早く食って、他の人に席を譲るのが、この村の習慣…つーか、常識だな」

「そ…う…」

 それだけ言うと、噛まずに飲み込んでんじゃないかと思うほど、次から次へと料理を口に運ぶイオータに感心(?)しながら、あたしも急いで食べることに専念した。

 ──それにしても、一品が三人前ぐらいあるような物が、三品もくるなんて多くない!?

 いくら残すことが嫌いで、ムリして食べるあたしでも、この量は食べれないわよ、ゼッタイ…。

 相手に任せたことを少々 後悔しながら、あたしは黙々と箸をすすめていた。

 そんな時、再びイオータが話しかけてきた。

「ところで、あんたはどこから来たんだ?」

「 〝あんた〟 じゃなくて、ルフェラよ。さっき 言ったでしょ」

「そのルフェラは、どこから来たんだよ?」

「どこって…言っても分かんないわよ、きっと…」

 あたしはそう言うと、肉団子のあんかけに手を伸ばした。

 別に相手をバカにするつもりはなかった。自分の村から出てない人間にとって、他の村など分かるはずもない。現にあたしだって、初めてこの村の存在を知ったんだから。それに、どこから来たかが分かったところで、なんの意味があるというのだ。

「──ったく、なんでこーなんだろーね?」

 それまで動かしつづけていた箸が急に止まり、イオータは呆れたように首を振った。

「な、なにがよ…?」

「たいてー、そー言うんだよな、女って」

「だから、なにがよ?」

「 〝言っても分かんない〟 …っつー言葉だよ。いろんな意味で使われるけどな。女が男をバカにする時に、〝こんなことあんたに言っても分かんないわよね〟 とか、〝言っても分かってくれないから、言わない〟 なんて、使うんだぜ。あったま ワリーと思わねーか?」

「…なんでよ、そういうもんでしょ?」

「あのなぁ、 そーゆーもんは言ってみんと分かんねーだろーよ。勝手に 〝分かんない〟 なんて決めつけんじゃねーつーの」

 そう言うと、〝ほら、言ってみ〟 というように、箸で促した。

 彼の言葉使いはさておき、言ってることには一理ある。

 あたしは箸を休め、小さな溜息をついた。

「……狩の村…よ」

「狩の、村?」

「そうよ。不思議と、昔から狩の獲物には困らなかったのよ。だから、狩の村って付いたの。ここから西の──」

「やっぱ、知らねーわ」

「へ…?」

 名前だけじゃ分からないだろうからと、敢えて 〝西の方にあるのよ〟 と言おうとしたのだが、その言葉さえ遮られてしまった。

 そのうえ──

「きーたことねーわ。──それで、なんでここに来たんだ?」

 と、再び箸を動かし、新たな質問を投げかけたのだ。

「あ・ん・た・ねぇ~」

 一理あると思ったから言ったっていうのに、こいつも最後まで話を聞かないとは!

 あたしはいつものラディ対する怒りと同じ感情がふつふつと湧いてきて、持っていた箸を 〝バンッ〟 とテーブルの上に叩きつけた。

 しかし、肝心のイオータはあたしの態度に動じるどころか、平気な顔で対応する。

「どうした? もう、食わねーのか?」

 どー考えてもバカにしてるようにしか見えないその言動に、あたしの頭の中の血管が音をたてた。

「なぁ~にが、〝言ってみんと分かんねーだろ〟 よ。結局、言ったって分かんなかったじゃないのよ!」

「だから、言ったろ。言ってみねーとって。結果が分かんなかったってだけだろーが」

「あー、そうですか。──大体、言わないのは女のほうじゃなくて男のほうに多いのよ!」

「はぁ? なんのことだよ?」

「 〝言わなくても分かれよ〟 みたいな考え方を持ってんのは男の方だって言ってんの!」

「だったら、どうだってんだ?」

「だから、言わなきゃ分かんないって──」

 と、そこまで言って ハッとした。

 イオータはそんなあたしの態度を見て、落ち着いた笑みを洩らした。

「よっく、分かってんじゃねーか。なにをそんなに怒ってんだ?」

「なにを…って…」

 いったい何が言いたかったのか、はたまたなんでキレたのか、自分でも分からなくなっていた。ただ、なんか腹が立って…この男にケンカ売って勝ってやると意気込んでいたのに、反対に、墓穴を掘ったという感じなのだ。

 その事に気が付くや否や、恥ずかしさで顔が真っ赤になった。そして、イオータの顔など見れるはずもなく、そのまま俯いてしまった。

「──ま、あんたの言いたい事も、分からなくはないぜ」

「え…?」

「確かに、〝言わなくても分かれ〟 っつー考えは、男の方が多いよな。自分以外の人間なんて結局 自分じゃねーんだからよ。言わなきゃわかんねーわ。ただ、話のラインがちーとズレてるとは思うけど、言わなきゃ分かんねーんだから、言えよっていう考えは、オレも同じだ。──で?」

「え…?」

「なんで、怒ってんだ?」

「それは…」

「それは?」

 俯いているあたしを覗き込むように、同じ言葉を反復するイオータ。

「…あ、あんたの態度よ」

 彼が 〝その考えはオレも同じだ〟 と認めた為か、あたしは少し冷静になれた。そして、なんでカッとなったのかを振り返ってみたのだが、思わず口を突いて出たその言葉を、自分の耳で確かめて、ようやく 〝これなんだ〟 と気が付いたのだ。それは、言っても分からなかったという事に腹が立ったんじゃないという事だった。

「オレの…態度…?」

 そんなの身に憶えはありません状態で、イオータはキョトンとした。

「そうよ」

「オレのどこが…?」

「言わなきゃ分からないっていうあんたの考えは、確かに一理あると思うわよ。だから村の名前だって言ったんだもの。なのに人の話を最後まで聞かないまま 〝しらねー〟 の一言で片付けちゃって…。確かに、〝知らないって事〟 は怒る理由になんかならないわよ。だけど、人に質問しておいてあまりにもそっけない返答するから──」

「わるい!」

「え…?」

「そうだよな、そりゃ怒ってとーぜんだ。オレが悪かった」

 イオータは、そう言うなり両手を合わし、頭を下げた。

「ちょ、ちょっと…?」

 人目を気にせず頭を下げた彼の態度に、あたしは少し困惑した。こんなに素直(?)に謝るとは思ってもみなかったのだ。

「悪かったよ」

 三度目の謝罪の言葉を口にしてもなお、彼の頭は上がらなかった。

「わ、分かったわよ。分かったから──」

 〝顔を上げてよ〟 と言おうとしたのだが、彼の行動の方が一瞬だけ早かった。

「許してくれるのか?」

 さっきまで何でも分かってそうな態度をとっていた彼とは違い、まるで年下に感じてしまうほどだ。

「──あんたって、分かんない人ね」

 そう言うと、あたしはクスッと肩を揺らした。

「やっと、笑ったな」

「え…?」

「いや、なんでも。──それより、あんた、〝え…?〟 が多いんじゃないか?」

「はぁ? そー言う自分だって、〝──で?〟 が多いんじゃないの?」

「そうか?」

「そうよ。それにさっきも言ったけど、あたしは 〝あんた〟 じゃなくてルフェラ、よ」

「そうだな。でも、オレだって、〝あんた〟 じゃなくてイオータ、だ」

 そんな言い合い(?)をしたかと思うと、あたし達はお互いの顔をほんの一瞬マジマジと見つめた。そして、次の瞬間には、二人同時にプッと噴き出してしまった。

「なんか、あたし達ってバカみたいね…」

「ああ、大バカかもな。──それで、マジな話、なんでここに来たんだ?」

 再び目の前の料理に手をつけながら、イオータの顔が急に真面目になった。

「なんで…って言われても…」

「ただの遊びか?」

 あたしは大きく首を振った。

「じゃぁ、なんだ?」

「来たくてここに来たっていうんじゃないのよね…」

「じゃぁ、強制的か?」

「ううん。そういうのでもない…」

「じゃぁ、なんだよ」

 ハッキリしないあたしの態度に、イオータは少しイライラしたようだ。

 あたしはなんて答えればいいか迷っていたが、気が付くと、そのまま答えていた。

「……追い…出されたのよ…」

「は?」

 思ってもみなかった答えだったのだろう。彼は口に入れるはずだった人参を落としてしまった。

 それでもあたしは繰り返した。

「村を追い出されたの」

 なんで、会って間もない…しかも性格さえもよく分からないこんな奴に喋ってるんだろうと、頭の片隅では客観的に考えていた。だけど、なぜか喋ってる…そんな自分が一番よく分からないのだが…。

「──なんで、また?」

「さぁ…」

「さぁ…って…。なんか、あんだろ、悪い事したとか──」

「失礼ね、何にもないわよ」

「じゃぁ、なんで──」

「こっちが知りたいくらいよ。自分のまわりの出来事を話した途端、〝旅に出ろ〟 って言われたんだもの。だから、泣く泣く村を出たの。その時に、どっちに向かえばいいか分からなくて、たまたま、日の出る方を選んだっていうだけのことよ。そしたら、この村に着いたの」

「まわりの出来事を話した途端…か…」

「そうよ」

 イオータは、何か考えていたようだが、それも数秒のことで、

「──なんっかよく分かんねーな」

 というと、人参を落としてから止まっていた箸を動かした。

「──でしょ?」

「ああ。──じゃぁ、あのツレはなんなんだ? あいつらも村を追い出されたのか?」

「ううん。彼らはついてきただけよ、あたしの旅に」

「ついてきただけ?」

「そうよ」

「ネオスっつー男は分かるけど、なんで他の二人が…?」

「ネオスは分かるけどって、どういう意味よ?」

「え…? あ…いや…あーいう顔の男は心配性が多いからな。ついてきても不思議はねーなーと思って…」

「ご名答だわね」

「え…?」

「その通りよ。ネオスは人一倍心配性なの」

「そ、そうだろ」

「ええ。──ミュエリはネオスの事が好きだからね、あたしと一緒に行動することが許せないのよ。だから一緒についてきたの。ラディは…結局、ミュエリと同じね」

「同じって…ホモか?」

 あたしは一瞬にして体の力が抜けた。

 思わず持っていた茶碗を落としそうになる…。

「なに言ってんのよ。好意を寄せてんのは、ネオスにじゃなくあたしに、よ。本気かどうかは知らないけどね」

「ああ…」

「ああ…って…考えりゃ分かる事でしょーが」

「まぁ、まぁ、冗談だって。あいつの態度 見てりゃ、一目で分かるさ」

「あぁ、そう。冗談…ね…」

「そっ、冗談」

「──あれ?」

「なんだよ?」

「なんで、ラディの事 知ってんのよ?」

 あたしは今更ながら、そんな疑問が湧いてきた。

 だって、ミュエリが指輪を買ってもらった時だって、ラディはイオータがあの場を去ったあとに来たのよ。それに、この店に来る時だって、ラディはいなかった…。なのになんで…。

「見えたのさ」

「え…?」

「あんな宿の前で大声出してたら、目立つっつーの」

「え…あ、あれ…見て…たの?」

「ああ。なかなか面白い奴だな」

「お、もしろい…ね…。そりゃ、第三者的な立場から見たら面白いわよね。あたしだって、ぜんっぜん関係なかったら、見物でも何でもするわよ。でも、一緒に行動する者にとっちゃぁ、最悪よ、さ・い・あ・く」

 その中でも、あたしは最後の言葉を強調した。

「でも、まぁ、いいんじゃねーの?」

「なにが?」

「どんな理由であれ、一緒にいてくれる仲間がいるって事は心強いもんだろ。ただ、負担に思っちまったらそれこそ最悪だけどな、お互い…」

 そう言ったイオータの目はどことなく寂しげに見えた。

 あたしは、言っていることの意味がよく分からなかったが、それ以上 聞いちゃいけない気がして、〝そうね〟 としか言えなかった。

「──それにしても」

「え…?」

「結構 食うのな、あんたも」

「………」

 気が付けばほとんどの皿がカラだった。

「し、失礼ね…。残すのが嫌いだからムリに食べたのよ」

「──けど、結局 全部 食っちまったら、これだけ頼んだのも正解だったって事だな」

「………」

 そう言われたらミもフタもない…。

 あたしは返す言葉もなく、仕上げに水を飲み干した。食事の最後には水を一気飲みするのがいつもの習慣なのだ。

「──さてと、ハラも満足したこったし…出ようぜ」

「え…あ、うん」

 イオータはテーブルに両手を付いて立ち上がると、当たり前のようにあたしの手を掴んだ。そして、ここに来た時と同じように、はぐれないよう人ごみの中を引っ張ってくれたのだ。

 でも──

「──ちょ、ちょっと待ってよ」

 どこへも寄らず店を出ようとするイオータを、あたしは掴まれている手を逆に引っ張って呼び止めた。

「…なんだ? 手 痛いのか?」

「え、いや…そうじゃなくて…。お、お金…」

「お金?」

「そうよ。お金払わなきゃ──」

「払ったじゃねーか」

「なに言ってんのよ。払ってないでしょうーが」

「払ったって。あんたも見てたろーが」

「はぁ? ──いつよ?」

「メシ 食う前だよ。料理を運んでくれた時に渡したぜ、店の女に」

「え…!?」

 あれって…青い球ひとつだけ──

「この村は前払いなんだよ。特に食べ物の店に関してはな」

「前…払い…?」

「ああ。あんなに人が集まんだぜ。いちいち精算してる時間なんてないっつーの」

「でも…青い球ひとつっていうのは…」

 もう、これ以上は入らないというほどの料理の値段が、価値の最も低い一青だなんて信じられなかった。

「簡単だろ? 計算しなくてすむんだぜ。しかも、どんだけ食ってもたった一青。ま、早い話が 〝一青で食いほーだい〟 ってことだな。だったら食わなきゃソンだろ? それにたったっていっても、毎日のことだぜ。塵も積もれば…で、ある意味それぐらいの値段にしてくれねーと、こっちもやってらんねーけどな」

 イオータはそう言うと 〝ほら、いくぞ〟 と付け加え店の外に向かった。もみくちゃになりながらようやく人ごみを抜け切り、ホッとしたのも束の間、あたしはあることを思い出した。

 そうだ…。ルーフィンになにか買ってかなくちゃ…。

 そう思い後ろを振り返ったのだが、ついさっき、やっと抜け切れた人ごみを見ると、もう一度あそこに混ざるなんてことは考えられなかった…というより、考えたくなかった。

 正直、ウンザリなんのだ。

「どうした?」

「え…?」

「なんか気になる事でもあんのか?」

「………」

「なんだよ、言わなきゃわかんねーだろが?」

「…ルーフィンのご飯というか…」

「ルーフィン…? そいつもツレかなのか?」

「う…ん」

「だったら自分で食いにこいって言ってやりゃーいーじゃねーか」

「それはムリよ」

「は…なんで?」

「狼…だもの…」

「おお…かみ…」

「そっ」

「だったら、宿でメシぐらい付くんじゃねーか?」

「付くけど、夜までには少し時間があるし、正直、朝ご飯もまともに食べてないのよ」

「ふ~ん」

 しばらくそのまま止まっていたが、〝ちょっと待ってろよ〟 と言ったかと思うと、あっという間にあの人ごみの中に混ざっていった。そして、数分もすると、一杯になった袋を一つ抱えて戻ってきた。

「ほらよ」

「え…?」

「こんだけありゃ、いーだろー?」

「いいって…? あたしに…?」

「っつーか、あんたのツレに、だ」

「それは分かってるわよ…でも…」

「ん? まだなんかあんのか?」

「いくらしたの?」

「これも、たったの一青」

 一青…。

 なんっか、価値観 狂ってきそう…。

「じゃ、これ…」

 あたしはそう言うと、あのリヴィアからもらった小袋を取り出し、イオータに一青を渡した。いや、渡そうとしたのだが、彼は受け取らなかった。

「いらねーよ」

「どうして…さっきの食事だってあんたが出してくれたんだし…」

「いらねーったら、いらねーんだ。女なら、素直に受け取れよ」

「なによ、その言い方。女なら…って言い方 好きじゃないわ」

「あ、んた…結構ハッキリしてんな…。ま、それがいいところでもあるけどな」

「はぁ?」

「いや、なんでも。とにかく、人の好意は素直に受け取れってことだ。それじゃ、オレは用事があるから、またな」

 そう言うや否や、とっとと体を翻し人ごみの中に消えていった。──が、その次の瞬間、体は見えなかったが、声だけはかすかに聞こえた…。

「コケずに宿まで帰れよ!」

「な…!」

 あんっの不理解野郎。またな…なんて、またがあってたまるかってーの。

 あたしはブツブツ言いながらも荷物を抱え、苦手な人ごみを歩いていった。宿につくまでには、それこそコケそうになったこともあったが、意地と根性でなんとか踏ん張った。

 部屋に上がる前にルーフィンのところへ寄り、イオータに買ってもらった食べ物をいくつか渡すと、たわいもない話を少しだけした。そして部屋に上がったのだが、そこには、宿の人が運んできてくれた布団が四つあった。〝休んでて〟 と言った言葉通り、ラディはその布団に入ることなく、上で大の字になって寝ていた。

 無防備な姿が、なんとも…らしいというか…。

 あたしはラディの下に敷かれている(?)掛け布団を、勢いよく抜き取ると、そのままラディに掛けてやった。これだけの衝撃があっても、目を覚まさないから、楽といえば楽よね…。

 あたしは、再びイオータに買ってもらった袋を開け、何が入っているか確認した。

 パンや飲み物の他、果物まで入っている…。結構、いっぱい買ってくれたのね…。しかも、あんな短時間で。さすが村の人。慣れてるわ…。

 なんて感心してたのも束の間、あたしにも一気に疲れと睡魔が押し寄せてきた。意識が薄れていく中、なんとか布団に潜り込んだあたしは、そのまま夢の中へと旅立ってしまった…。



 次に気が付いたのは、夜になってからだった。

 窓が開けっぱなしだったというのもあるが、雲一つないのか、月がとても明るかった。

 あたしはゆっくりと布団から出ると、辺りを見渡した。

 隣で寝ているミュエリは布団の横に新しい服がたたんであった。ご飯を食べた後、ネオスを連れて買いに行ったのだろう。自慢の髪の毛も月の光に照らされ輝いているから、お風呂にも入ったんだと思う。ラディは相変わらず布団を蹴飛ばしていた。ネオスはラディと大違いでとても行儀よく寝ている。

 そんな姿を見ながら、あたしは現実の音を耳にした。

 ハラの…むしだ…。

 あんなに食べたのに、もうお腹空いたなんて…。

 あたしはイオータに買ってもらった、ルーフィン用の食べ物に手を伸ばした。カラトという果物を手に取ると、あたしは窓枠に腰掛けた。幅は狭いもののちゃんと手すりがついているから安心して座れるのだ。

 カラトを服の裾で軽くこすったあと、月を見上げながら噛みついた。

 甘酸っぱい、リンゴにも似た食感と味が口の中 いっぱいに広がる。

 きれいな月と果物の美味しさは、久々にほのか~な幸せを感じさせた。自分に余裕が出てくると、人のことに気がまわるというのは本当のようで、あたしはイオータにお礼を言ってないことに気付いたのだ。

 またな…って言ってたけど、会えないだろな、きっと。運がよければ、食事する時の店で会えるかもしれないけど…。

 ──でも、まぁ いっか。会えたらその時に言えば…。

 そう思い、二口目を口にしたときだった。

「月に隠されし星…か」

「え…?」

 どこからか人の声がして、思わず部屋の中に視線を移した。一瞬、ネオス達を起こしてしまったのかと思ったのだ。しかし、先ほど見た光景となんら変わりはなく、寝返りさえうってない様子だった。よかった…と胸を撫で下ろすと同時に、今度は 〝じゃぁ、一体 誰が…〟 という思いが湧いてきた。途端にカラトを持っていた手に力が入る。

 〝まさか、外…?〟 とも思ったが、こんな夜中だ。いくらなんでもいないだろう。

 あたしは緊張したままの体をゆっくりと動かし、外の道を見渡してみた。やはり、いるはずないという考えは正しく、誰一人として見当たらなかった。

 か…考えたくはないけど…ミュエリの苦手なユーレイなんてことは…。

 そう思った瞬間だった。前の方で何かが動く気配がしたのだ。しかもあたしと同じ目の高さで…。

 体がビクついたが、悲しいことに視線はそこを捉えていた。

「あ…!」

 瞬時に、自分の口をおさえネオス達の方を振り返る。今度こそ起こしてしまうかも…と思ったが、なんとか大丈夫のようだ。

 あたしは、ゆっくりと深呼吸して気持ちを整えると、再びその気配を見るため顔を動かした。

 月の光に照らし出されたのは、昼間に見た あのイオータの顔だった。彼はあたしが泊まっている同じ宿で、しかも隣部屋の手すりに両手をつけたまま、ジッと月を眺めていたのだ。

「あ…んた──」

「──なかなか面白い反応するな」

 〝なんでそこにいるのよ…〟 と言おうとしたあたしの言葉を遮り、ゆっくりとこっちに顔を向けたイオータは、落ち着いた態度でそう言った。

 あ…いかわらずバカにしてやがる、この男…。

「ひょっとして、ユーレイなんて思ったか?」

 その言葉に、一瞬 ドキッとした。

「…ん…なわけないでしょ。だいたいこんな夜中に人がいるなんて思わないでしょーが」

「あー、やっぱ思ったんだな」

「あのね──」

「 〝人がいるなんて思わない〟 。だからユーレイだと思ったんじゃねーか、違うか?」

「う、うるさいわね…。──大体、なんであんたがここにいるのよ」

 これ以上、図星をつつかれてたまるか…と思ったあたしは、最初に言おうとした言葉を彼に投げつけた。

「言ったろ、またな…って」

 そう言うと、あたしと同じように自分の部屋の窓枠に腰掛けた。

「あんた、あたし達が自分と同じ宿に泊まってること知ってて、ずっと黙ってたわけ?」

「黙って…って人聞き悪いな。別に言う必要もないだろ?」

「そりゃ、そうかもしれないけど…」

「それに、それらしいことはチラチラと言ってたけどな」

「は?」

「宿の前で誰かさんが大声あげてたとか、ルーフィンのメシだって宿で出るだろう…ってな」

「そ…んな事…。通りを歩いてたって分かるし、村の人なら宿で動物のご飯が付くことぐらい常識の範囲でしょ」

「オレは、自分が村の人だなんて言ってねーぜ?」

「そ、そりゃ そうだけど…。あんまり慣れてるから──」

「──オレもあんたと同じ、旅人だ。一応な」

「一応…って何よ?」

「旅はしてるけど、ここの滞在日数が長いんだよ」

「長いってどれくらい?」

「そうだな…たしか、ここに着いたのが 〝海 (うみ)の月〟 だったから──」

 え…海の月っていったら、今が火の月──

 あたしは両手を使って頭の中で数え始めた。

 海の月の次が、(いん)の月、次が(よう)の月、それから(てん)(みず)()、そして()…ということは─

「六ヶ月、前…?」

「おお、もう それくらいになるか」

「それくらい…って。そんなに長い間いたら、旅って言わないんじゃないの?」

「旅じゃない、か…。相変わらずハッキリいうな、あんたは…」

「あ、ゴメン…。別に嫌味で言ったんじゃないんだけど…。でも、どうしてそんなに長く?」

 あたしの質問に、イオータはすぐに答えようとしなかった。

 聞いちゃいけなかったかしら…? と少し後悔し始めたその時、再びなにかを思い詰めたような瞳で月を眺めたイオータは、意味不明な言葉を呟いた。

「──道に、迷っちまったんだ」

「は…?」

「──例えば、あんたが山に登って、道に迷ったらどうする?」

「どうする…って、一体なにが言いたいのよ?」

 イオータがなにを言いたいのか分からなくて、思わず言ってしまった。

「いいから、どうするか言ってみな。自分が助かって、会いたいと思う奴にもう一度会うためには、どうすればいいと思う?」

「そ…んな事…その時になってみないと分かんないわよ…。自力で山を降りるかもしれないし、怖くて動けないかもしれないし…」

「だろーな」

「だろーな…って。じゃぁ、あんたはどうなのよ?」

「オレか? そーだな…会いたい奴がいなけりゃ、自力で山を降りるだろーな」

「──会いたい奴がいなけりゃ? じゃぁ、会いたい奴がいたら?」

「──いたら…やっぱ、待っちまうんだろーな」

「待つ? どうしてよ? 普通は逆なんじゃないの?」

「道に迷った時はヘタに動かねーほうがいいんだよ。せっかく誰かが助けにきてくれても、迷っちまった奴がフラフラ動いてたら、見つかんねーだろ?」

 イオータのその言葉で、あたしは一つ思い出したことがあった。それは昼間のミュエリの行動だった。いつの間にかあたし達とはぐれたミュエリは、好き勝手にいろんな店に行ってたのだ。あの時、確かあたしはルーフィンに引き止めてくれって頼んだ。その原理は、イオータの言う通り、フラフラ歩き回ってたら、追いつくものも追い付かないからだ。

「──誰かを、待ってんの?」

 昼間の寂しげな表情を思い出し、思わずそう聞いてしまった。

「──さぁな。待ってんのかもしれねーし、単に怖くて動けねーだけかもしれない。もしかしたら、動いちまった方が、楽なのかもしんねーけど…自分でも、よく分かんねーや」

 それ以上 何かを言うわけでもなく、かといって部屋の奥に消えるでもなく、イオータは遠くを見つめていた。

「…………」

 このままあたしの方が部屋の中に消えても悪いかな…と思うと、布団に入れるわけでもなく…。

 あたしは持っていたカラトをまた口にしはじめた。

「──やっぱ、よく食うな、あんた」

「え…?」

「こんな夜中に食ったら太るぜ?」

「う、うるさいわね…おおきなお世話よ」

「でも、正解だったな」

「なにがよ?」

「いっぱい買っておいて、さ」

「いっぱい…って。多すぎよ」

「そうか? みんなで食えばちょうどいいと思ったんだけどな」

「みんなって…?」

「あんな時間にメシくって、そのうえ この村に着いたばっかりだとすると、絶対 眠くなると思ったんだよ。で、目、覚めたときは夜遅くか夜中だろ? そんな時間に店なんてやってねーし、ハラは減ってるだろーからと思って、みんなが食う分 買って来たんだぜ」

 イオータは、〝どうだ、正解だろ?〟 という目をあたしに向けた。

 あたしはそんな事を考えて買ってきてくれていたとは夢にも思わなかった…。単に 〝一青で食いほーだいだ。食わなきゃソンだろ?〟 と言ってたから、袋に入る分だけ詰め込んだのだろうというぐらいにしか考えていなかったのだ。

「──二重人格よね、あんたも」

「はぁ?」

「よっく分かんないわよ、マジで。人をバカにするかと思ったら、いろんな所に気が付くしさ。あたしとミュエリに対する態度だって大違いだもの」

「そうか?」

「そうよ。まさか、自分で自覚ないっていうんじゃないでしょうね?」

「──っつーかぁ、オレ、普通の人間だぜ」

「どういう意味よ?」

「人間なんてもんは、誰だって違う一面を持ってるもんだぜ。人をみて接する態度だって変えちまう。それが無意識のうちにしようと、意識的にしようと、普通の人間の行動だと思うけどな。それを二重人格だって言うんなら、あんただって同じだぜ」

「あたしが?」

「ああ。ラディとかいう奴に対する態度とネオスに対する態度だって、大違いだろ?」

「それは…年上なのに、あまりにもラディがガキみたいなこと言うから、こう…ケンカごしになったり──」

「バカにしたり?」

「ま、まぁね…」

「でも、ネオスはバカにしたりしないだろ?」

「そりゃそうよ。ネオスは真面目だし、よく周りの事見てるから相談だって──」

「ほらな。結局は同じ年上でも相手に合わせた接し方するだろ? けど、別にそれは悪いことじゃねーと思うぜ。それが、ふつーだし、誰にでも同じ顔ができるのは無邪気な子供ぐらいなもんだ。確かに、それがトラブルの原因になる時だってあるだろうけど、逆に人と上手く付き合っていくには必要なこったろ? ただ、自分の意志を曲げても付き合わなきゃならないような付き合い方だけはしないほうがいーよな。態度を変えたって自然な付き合い方ができればそれでいーんじゃねーか、ちがうか?」

「た、確かに…」

 イオータの言葉は妙に説得力があった。

「それに──」

「え…それに──」

「何度も言うようだが、オレはイオータだ」

「な…っ。それを言うならあたしだってル──」

「ルフェラ?」

「え…?」

 〝ルフェラよ〟 と言おうとしたのだが、同じタイミングであたしの名前が呼ばれた。

 これは──

「ネ…オス?」

 思わず部屋の中に視線を移すと、今にも布団から出てこようとしていたネオスがいた。

「ご、ごめん…。起こしちゃった…かな?」

「いや、それはいいけど…。どうしたんだい、こんな時間に?」

「あ…うん。ちょっと話を──」

 と、そこまで言って、イオータの方を見たのだが、すでに、姿はなかった。

「話…?」

 不思議そうに窓の外を覗くネオス。

「う、ううん…。何でもない。ただの独り言…よ…」

「そう…?」

「そ、そう…」

「──という事は、また何か考え事だね?」

「あは…ま、まあね…。どーも気になっちゃって──」

 あたしは咄嗟にウソを付いた。確かに気になることはあった。でも、それは今の今まで忘れていたのだ。

「そっか…。でも、今の状態じゃ 〝野原の魚〟 だね」

「え…野原の…?」

 途切れたあたしの言葉に、ネオスは同じ言葉を繰り返した。

挿絵(By みてみん)

「──うん。〝野原の魚〟 」

「──って、どういう意味?」

 その質問に、ネオスはあたしのほうをチラッと見たかと思うと、両肘を手すりにつけ中腰になった。そして明るく輝く月を見上げた。

「ばば様がよく言ってたんだ」

「パーゴラの?」

「うん。──突然目を覚ますと、周りが自分の背丈ほどある草に囲まれていた。ネオス、お前ならどうする? ってね」

 そう言ったネオスの目は、あたしにそのどうするかを問いかけていた。

「どうする…って。また同じような質問を──」

「同じ…?」

「え…? あ、いや……何でもない、何でも。──そうね、んー たぶん、ここがどこかって事を調べる…かな?」

「──うん。僕もそう答えた」

「そう、よかった…」

 あたしは聞こえないようにボソッと呟いた。

「自分の背丈と同じぐらいの草が生い茂っているから、まわりなんて見えないだろ? だから、とにかく歩いて、何か手がかりになるようなものを見つけるんだ…って答えたんだ。そしたらばば様はこう言った。〝お前が歩き続けても草ばかりだったら、そこはどこだと思う?〟 って。僕は 〝よく分からないけど、誰も手のつけてない野原か、草原か…〟って答えた。すると今度はこう続けた。〝それでもお前はずっと歩きつづけ、自分の足元に一匹の魚の死骸があるのを目にした〟 と」

「死骸? どうして?」

「──だよね。その質問は普通だと思う。僕だって、なぜそんな所に魚の死骸があるのかって聞いたよ。でも、ばば様は僕の質問には答えなかった。その代わり更に話を続けたんだ。〝おまえがずっと歩き続けると、今度は背丈ほどの草が急になくなり、目の前には大きな川が流れていた。おそらくこう思うだろう。魚はこの川からきたんだ、と。だが、よく考えたらおかしい事にも気付く。この川から魚の死骸がある所まではかなりの距離がある。ハネる距離でもなければ、人が魚を食べたような形跡もない。なら、なぜあのような所に魚の死骸があるのか…。さぁ、ネオス、お前がいるその場所はどこだろう?〟 って」

「よけい…分かんないわ」

「その通り」

「え…?」

「僕も全然分からなかった。でも、ばば様の話にはまだ続きがあったんだ。〝今度は、正反対の方向に歩く事にしよう。お前は後ろを向き、今 歩いてきた所を反対の方向に歩いていく。さっき見た魚の死骸を通りすぎ、最初に目覚めた場所も通り過ぎた。そしてどんどん歩き続けて、同じように草が途切れた場所についた。そこには、また、同じような大きな川が流れていた〟 って」

「また、川? グルッと一週してきて、同じ所に戻ってきたとかじゃなくて?」

「うん。全くの正反対の場所だよ」

「う~ん」

 あたしは腕を組んで眉間にしわを寄せた。

 両側に大きな川があって、その川に囲まれた野原か草原に魚の死骸…。なんで、川に挟まれた陸地に、しかもその川からだいぶ距離のあるところに魚の死骸があるのよ?

 皆目見当もつかないあたしに、ネオスはヒントを出した。

「──ルフェラ、想像してみて。その川が本当は二本じゃなくて一本の川だとしたら?」

「え…一本の…川?」

 ネオスは無言で頷いた。

「本当はもともと一本の大きな川だったんだよ。それが、河口付近で上流から運ばれた土砂が堆積され、陸地となった。運悪くその陸地に上がってしまった魚は太陽の日差しを浴び、変わり果てた姿になってしまったんだ。陸地は日照りと川の水であっという間に背丈ほどの草を生やした。本来一本だった川はその陸地によって二本に分かれたのだとしたら──」

 ネオスのヒントは、もうすでにヒントでなくなっていた。

「──という事は、あたし達が野原か草原だと思っていた所は、実は川の中だったって事?」

 ネオスはニッコリと笑って小さく頷いた。

「そう。僕らがいた所は普通の人が住む陸地でもなければ、草原でもない。ましてや二本の川に挟まれた土地でもなかったんだ。もちろん人が住めないことはないけどね。──つまり、川の中…中州にいただけなんだよ。だから、魚の死骸もあったんだ」

「なる…ほど…」

「 〝野原の魚〟 これは、足らない情報で悩んでも、答えなんて見つからないっていう意味なんだ。だから、よくばば様に言われた。〝答えを知りたければ、焦らずいろんな情報を集めなさい。お前はいつも悩む時期が早すぎる〟 ってね」

「足らない情報で…か。そうね。確かにそうよね…」

 あたしは十分に納得していた。ネオスの口からだったけど、久々にばば様の教えを聞いて、なんだか気持ちも楽になってきた。

 結局の所、ルーフィンが言ってた事と同じなんだ。今考えても仕方がないって…いうことは…。

「ありがと、ネオス。今度はゆっくり寝れそうだわ」

 あたしの言葉にネオスは あの優しい笑顔を見せた。そして、〝おやすみ〟 とひとこと言うと、あたし達二人はそれぞれの布団に入った。

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