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女神伝説  作者: Sugary
第三章
13/127

1 見知らぬ招待人 ※

 パティウスがいた村を出て二日目、あたし達はようやく次の村に着くことができた。

 そこでは、建ち並ぶ家々のほとんどが何かしらの商売をしていて、普通に歩いていても肩がぶつかってしまうほど、道は人、人、人…でごった返していた。

 〝賑やかで活気のある村〟 というのが、あたし達が受けたこの村の第一印象だった。

「きゃ~!」

「な…!?」

 突然の悲鳴に、あたしの体は緊張した。咄嗟に、何が起こったのか把握する為、辺りを見渡してみる。うしろでは、ネオスとラディが同じようにキョロキョロとしていた。

 ──ん?

 あたしはあることに気がついた。そこにいるはずの…もっと正確にいえば、ネオスの隣にいるはずの人物が、いないのだ。

 三人が三人とも、同時にミュエリがいないことに気付く。無意識のうちにお互い顔を見合わせ、首を振る。

 まさか…?

 あたしの頭の中には、あってほしくない想像が膨らんでいった。

「ミュエリ!?」

 周りの事など気にせず、たまらなくなって叫ぶ。

 まるで迷子になった母親の気分だ。いなくなった子供を捜すには大声を出す事に少しも躊躇しない…そんな母親の気分。それはただただ、子供を見つけたいという一心だけで、それ以外の感情が遮断されてしまうのだ。

 行き交う人々は、突然の大声に驚いて、一瞬あたしをジロッと見てくる。それでも、あたしはかまわなかった。そして、あたしの呼びかけのあとにネオス達が続こうとした時だ。

「ねぇ、ねぇ、見てよ、これ! きれーい」

 聞き覚えのある、しかもいつもの口調がどこからともなく聞こえてきた。その声がした方に視線を移した途端、あたしの体に張り詰めていた緊張が、まるで落とし穴にはまったかのように腰から抜けてしまった…。

 彼女は店の前に並んでいる首飾りを手にとってあたし達に見せていたのだ。

 変な男に連れ去られたのかと思って心配したら、これだもの。やってらんないわ…。

 うなだれた頭をそのままにして、あたしは大きく息を吸いこむと、目の前の品物にうっとりしているミュエリに向かってツカツカと歩いていった。

 そして──

「ミュエリ! あんたねぇ──」

「そんな怖い顔しないの。ほらぁ、ルフェラも見てみなさいよ。こんな綺麗なの、見たことある? しかも、これだけじゃないのよ。まだまだ他にもたくさんあるんだから。あ、ほら、あそこの店にも──」

「ちょ、ちょっと、ミュエリ──」

 あたしの制する声など耳に入れず、またもや、他の店へと駆け寄っていく。

 ──ったくぅ。

 綺麗なものには目がないミュエリだから、今更なにを言ってもムダだと、彼女の目の輝きを見ていれば分かるんだけどね。

 特に、急いでどこかに行くという目的があるわけじゃなく、時間もある為、あたし達はしばらく彼女のあとをつける事にした。

「それにしてもよぉー、ミュエリの好きそうな物ばっか、売ってるんだな。オレ、腹減っちまったぜ」

 両手を頭の後ろで組みながら、うまく人ごみをよけていたラディが、自分の興味の惹かれるものがない為か、つまらなさそうに呟いた。

「そう言われてみたら、そうね。食べ物とかが売ってる店って、今まで見なかったものね。装飾品とか化粧品…それから着る物の店がほとんどだわ」

「だろ? それに、あいつ、あんなにいっぱい見てるけど、結局は買えねーんじゃねーか?」

「どうして…?」

「だって、金ねーじゃん」

「そっか…」

 ラディにしては、珍しく現実を見てるまともな答えだった。歩いた事で、少しは頭が活性化されたのかと思ったが、次の言葉を聞いてその考えも否定された。

「なぁ~、腹減っちまったからよ、なんか食おうぜぇ」

 はぁ~。

 あまりにも、アホらしい会話をしてんじゃないかと思うと、溜息しか出てこない…。

「なぁ、聞ーてんのか、ルフェラ?」

「聞いてるわよ」

「だったら、どっかに入ろうぜ」

「ムリよ」

「なんでだよ?」

 これのどこがムリなんだとでも言いたげな目をあたしに向けるラディ。

「あ・の・ねぇ~」

 歩いてる人に迷惑だとは思うけど、どうしても我慢ならなくて、あたしはその場で立ち止まってしまった。

「なんだよ」

「さっき、食べ物屋がないって言ったばっかりじゃなかったっけ?」

「おお、そうだったな。あ、でも、それは、なんとかこれから見つけてだな──」

「それで?」

「それで見つかったらその店に入って──」

「入って?」

「だから…なんか食うとか、買うとかだな…あ…」

 そこまで言って、ようやくあたしの言いたいことが分かったようだった。

「買え…ねーか…」

「そうよ」

 ラディがそのことに気が付いたというのもあるが、周りの行き交う人の目が、止まると邪魔だと言わんばかりの目をしていたため、あたしは再び足を動かした。

「じゃぁ、どーすんだよ。なんにもねー村とは違って、こんなに店が建ち並んでんだぜ。なのに何にも食えやしねーなんて──」

「あたしにあたらないでよ。どうすればいいかはこれからみんなで考えればいいでしょ」

「ちぇー! なら、早いとこミュエリのやつ連れてこようぜ」

 ラディは自分の空腹がすぐに満たされない事が分かるや否や、ミュエリに付き合う事を拒否し始めた。

 ──ったく、どいつもこいつも自分の事ばっか考えやがって。

 あたしはラディの言葉に返事することなく、品物に目を奪われフラフラしているミュエリを連れてくる為、人ごみの中を捜し始めた。

 立ち止まってる間に彼女の姿を見失ってしまったのだ。

「あそこにいるよ」

「え…?」

「ほら、あそこ」

 この村に着いて初めて口を開いたネオスが、ある一方を指さした。

 目の前にあるのは人、人、人…の背中や顔。その先を見ようと思ったら、あたしの身長では飛ぶしかない。だけど、ネオスは違った。背が高いから、すぐに彼女を見つけられるのだ。

 あたしはネオスが指さした方を見ようと、数回その場でジャンプしてみた。最初は見知らぬ顔ばかりが視界に入ってきたが、それでも何度か視線が人の頭の上を通るようになると、ようやく彼女の顔を見つけることができた。

 あたし達の気持ちなどこれぽっちも考えていないであろう彼女は、反対の道にある店の前で指輪をはめてうっとりとその手を見つめていたのだ。

『ルーフィン、先にミュエリのところに行ってて』

 この人ごみの中だ。反対側に渡る事は簡単な事じゃない。ミュエリの所に辿りつくまでに、彼女が動き出したらまた捜さなきゃならない。それに、近付いては離れ、近付いては離れ…と繰り返してたらなかなか辿りつけないのだ。厄介な事に、そこで止まってろと言ったところで、あたしの言葉を聞くほど冷静でもなければ、言うことを聞くいい子でもない。だから、流れる足の間をすりぬけられるルーフィンに引き止めてもらおうと思ったのだ。彼なら姿は見えなくとも、彼女の匂いだけで辿りつけられるしね。

 ルーフィンはあたしのその一言で、即座に行動を起こした。あっという間にあたしの足から離れると、流れる足の間をすり抜けていく。

 さすがルーフィン…。

 そこを通る村人達でさえ、自分の足の間を一匹の狼がすりぬけている事に気が付かないほどだ。

 彼の動きに感心しながら、あたしも自分の行動に移った。気持ちを集中させると、目の前に流れる人の体をしっかりと見つめ、できるだけ邪魔にならないよう、体と体の隙間を見つけては、反対側へと歩き出したのだ。けれど、ルーフィンには及ばなかった。すぐに人とぶつかってしまい、道の反対側に渡るまでに、一体 何人のひとに 〝すいません〟 と謝ったことか…。

 ミュエリの所まではさほど離れていないにもかかわらず、その場所に辿り着いた時には、妙な疲れが溜まっていた。

「ちょっと、どうしてあなた達っていつも同じ行動するわけ?」

「え…?」

「上と下で捕まえなくても、逃げやしないわよ」

「上と下…?」

 ミュエリの言葉を反復しながら、あたしは俯いていた顔を上げた。無意識のうちに、あたしの手はミュエリの左肩を掴んでいたのだ。そして、彼女の言う下を見てみたら、これまたルーフィンが、彼女の服の裾をくわえていたのだ。

「あ、ありがと。もういいわよ、ルーフィン」

 その言葉に彼はくわえていた服を離した。

「せっかく楽しい気分でお店まわっていたのに、急に動けなくなるんだもの。だいたい、一言 〝待って〟 って言えばすむことじゃないのよ」

「わ~るかったわね。言ったところで聞かないと思ったのよ」

「失礼しちゃうわね──」

「あの~」

「え…?」

 あたしとミュエリの言い合いが始まりそうな時、タイミングよく他の人の声が聞こえてきた。二人同時にその方向を向く。そこにはなかなかハンサムな男の人が愛想よく立っていた。

「はい…?」

「それ、買われますか?」

 男の人はニッコリと笑って、ミュエリの手を指さした。

 どうも、彼は店の人のようだ。

 ミュエリもあたしも、素直にその指の先を追った。

「あ…!」

 それはさっきまでミュエリがうっとりと眺めていた指輪だった。まだ彼女の指にはまったままだったのだ。それを忘れて、あたしと話し始めたから心配になったらしい。

「あ…、いえ──」

 買わない意志を伝えようとした時、あたしの言葉を遮って、ミュエリがとんでもない事を言い出した。

「そうねぇ、結構 気に入っちゃったのよね」

「ちょ、ちょっと…ミュエリ…」

「なによォ」

「なにって…あんた買えないんだからそんな事いうもんじゃないわよ」

 あたしは彼に聞こえないよう小さな声で注意した。しかし、彼女は更に驚くべき事を言い出したのだ。

「買えないことないわよ。少ないけどちゃんとお金だってあるんだから」

「え…!?」

「なに、驚いてるのよ。私だってそんなバカじゃないわ。初めから買えないって分かってたら、こんなにたくさんの店、まわらないわよ」

 〝当たり前でしょ〟 と最後に付け加えるぐらいの勢いで、得意げに笑って見せる。

「お金…って、どうしてあんたが持ってんのよ?」

「どうしてって言われても…。家、出てくる時に少しだけど持ってきたのよ。何かあったら大変でしょ?」

「何かあったら…ってねえ。その指輪を買うことが、その時だってぇの?」

 あたしは半分呆れていた。

「いいじゃないのよォ、どんな時でも。私が持ってきたお金なんだから」

「そういう問題じゃないでしょ。もっと、必要な時に使いなさいって事よ!」

「私には必要な時よ、今が」

 その中でも、ミュエリは 〝今が〟 という三文字に力を込めた。

 あたしはというと…彼女のその一言で、それ以上、何も言えなくなってしまった。─というより、言う気が失せたのだ。

 まともに話してらんないわ…。

 あたしが何も言わなくなったのを確信すると、ミュエリは再び店の人に話しかけた。

「これ、おいくらですか?」

 ミュエリのその言葉を待ってましたとでも言うかのように、彼の顔は一段とにこやかになった。

「はい、ありがとうございます。三銀一赤(さんぎんいっせき)になります」

「は…?」

 思わず、あたしまでもが、声を出してしまった。

 ミュエリもわけが分からずあたしの顔を見る。お互い、目がテンだった。

 すぐには声も出てこなかったが、それでも、先にミュエリが喋り始めた。

「ね、ねぇ…? い、今…なんて言ったと思う?」

 ミュエリの顔は引きつっていた。

「さ…三銀、一…赤…?」

「や…やっぱり、そう聞こえた…ルフェラ…?」

「う、うん…」

 あたしの返事で、二人は沈黙に包まれた。周りの声も音も耳に入ってこない、そんな空間にいきなり放り出された感じだ。けれど、ミュエリはその沈黙の空間をなんとか破った。

「三銀一赤って、なんなのよ?」

「し、知らないわよ」

「なにかの暗号?」

「──んなわけないでしょ?」

 なんで、こんな時に暗号なんてややこしい言葉使わなきゃならないのよ。それに、あたし達に使ってなんの意味があるっていうのだ。

 人間、焦ると意味もない事を考えるものなのか…?

 あたしは焦る気持とは裏腹に、そんな事を冷静に考えてしまった。

 とりあえず、〝いくら?〟 と聞いたあとに 〝三銀一赤〟 と言ったんだから、普通に考えれば──

「お金さ」

「そう、お金…って…え!?」

 あたしより先に同じ答えが後ろの方で聞こえたので、思わず相槌打ってしまったけど、その声は全然聞いたことのない声だった。この村に来たのが初めてだから、当たり前と言えば当たり前の事なんだけど、よくまわりを観てるネオスかとも思ったのだ。

 咄嗟にうしろを振り返る。

「あら、まぁ…」

 振り返った途端、目を輝かせたのはもちろんミュエリだった。

挿絵(By みてみん)

 確かに、ミュエリが惹かれるだけはある。なかなかハンサムだと思った店の人より、更にカッコイイのだ。少し切れ長の瞳で一見クールそうに見えるのだが、ちょっとクセのある赤毛が、印象を柔らかくしていた。歳はラディと同じぐらいか、もしくはネオスと同じぐらいだろう。

「三銀一赤って、お金なの?」

 よそ行きの笑顔を見せるミュエリ。

「ああ。銀が三つと赤が一つ」

「銀が三つ……?」

「そう。こういう物だよ」

 その男性はそう言うと、小さな袋から銀の(たま)と赤い(たま)を出した。

「これが…お…金…?」

 ただの球をお金と言われ、呆気にとられているあたし達をよそに、見ててごらんとでも言うかのように、銀の球を三つと赤の球一つを店の人に手渡した。

 店の人は自分の手の平に手渡された球を確認すると、

「確かに。毎度あり~」

 と、ニッコリと微笑み、その手をグッと握って軽く挙げた。

「──と、いうわけさ」

 球…が、お金…?

 いまいち実感がわかない…。

「え…じゃ、じゃぁ…これは…?」

 大事そうに内ポケットから出した小袋から、ミュエリは家から持ってきたというお金をそっと差し出した。

「それは…?」

「お金よ。私の…私達の村で使ってる──」

 男性は、しばらく黙ってしまったが、すぐに小さく首を振った。

「君の村では価値のあるお金だろうけど、ここではなんの価値もないよ。この村のお金はさっき見せたような…よそ者のオレ達にはお金としての価値がまるでないような球だ。ま、価値のないとはいっても、金色の球は金でできているし、銀色の球はもちろん銀でできている。赤の球はルビーというように、球その物にはお金というものとは別にとても価値のあるものだけどな」

「じゃぁ、私はあなたにどうやってお金を返したら──」

「いいよ。オレからのプレゼントだ」

「え…でも…」

「いいって。久々に綺麗な人と出会ったからな。ちょっとプレゼントしたい気分なんだ」

「まぁ」

 綺麗な人といわれ、ガラにもなく頬を赤らめるミュエリ。

 ホントに調子いいんだから。いつものミュエリなら 〝ホントのこと言っちゃって…〟 とかなんとか言うはずなのに。それに、この名前も知らない男性も、なんっか、中途半端にキザでやってらんないわ。

「それじゃ、また機会があったら…」

 男性はそう言って軽く手を上げると、人ごみの中に消えていった。

 途端にいつもの態度に戻るミュエリ。

「ねぇ、ねぇ、見たぁ、ルフェラ?」

「見たわよ、しっかりね」

「カッコいいわぁ~。そのうえ正直な人よね。綺麗な人と出会ったから…だって。指輪もプレゼントしてもらっちゃったし」

 そう言って、再び自分の指を見つめる。

「ホントは、最初っからお金なんて払うつもり、なかったんじゃないの?」

「やぁ~ねぇ。ちゃんとあったわよ。だけど、このお金が使い物にならないって言うんだもの仕方ないじゃなの」

「そういう意味じゃなくて、あの人に払うつもりがなかったんじゃないかってことよ」

「ああ、そういうこと?」

「そういうことよ」

「──ま、あの状況ではあとでお金をもらおうなんてこと考えないでしょうよ」

「どうしてよ?」

「だって、私達は 〝買って〟 なんてねだってないのよ。男として、自分からお金を払った手前、女に払わせる なんてことは自分が心の小さい人間だって言ってるようなものじゃない。だから、〝払ってくれ〟 なんてことは、絶対 言わないと思ったの。だけど、そのまま 〝ありがとう〟 って貰っちゃうのも、いやらしい女に映っちゃうじゃい。まぁ、社交事例みたいなものよ」

 そう言ったミュエリの顔からは、〝これが男と女の付き合い方なのよ〟 と言ってるようにも見えた。

「──あんたって、ホント、二重人格よね」

「そぉかしらぁ? 大人って言って欲しいわ」

 確かに、そこまで詠む事ができるミュエリは大人だと言えるかもしれない。でも、彼女の中身を知ってるあたしにとっては、やっぱりただの二重人格なだけなのだ。

 自覚がないところがミュエリらしいといえばミュエリらしいんだけどさ…。

 そう思いながら、小さな溜息をついた途端、休みなくミュエリの声があたしの耳をつき抜けた。

「あぁー!」

「な、なによ。急に…」

「わ、忘れちゃったぁ!」

「何をよ…?」

「名前よ、名前。彼の名前 聞くの忘れちゃったのよぉ~」

 〝不覚だったわぁ~〟 と真剣に嘆く彼女を見て何も言えなくなるあたしは、きっと正常だと思う…。

 それにしても、疲れるわ、この子との会話…。

「かぁ~っ! やっと抜けたぜ、この人ごみ」

 再び後ろで声がしたため振り向くと、ラディが両膝に手をついて中腰になっていた。

「だっらしないわねぇ~、こんな事で疲れててどーするの?」

 ラディの姿を横目で見ながら、ミュエリは腕を組んだ。

「あのなぁ~、テメーが勝手にフラフラと行っちまうのが──」

「なによぉ。フラフラ…って人を夢遊病者みたいに言わないでよね」

「フンッ。半分は病気みたいなもんだろーがぁ」

「なんですってぇ」

「なんだぁー、文句あるってーのか?」

「あるわよ──」

「もぅ~、止めなさいってば──」

「うるさいわねぇ、あなたは黙っててよ。私が病人扱いされたんだから──」

 ま、半分病気だと言ったラディの言葉、当たってないとは言いきれないんだけど…。

「だいたい、男だったらもっと紳士的に女を扱いなさいよね。さっきの人とは大違いだわ。そうでしょ、ルフェラ!?」

 そう言うなり、途端に、あたしの意見を求める。

「え…?」

 さっきは黙ってろって言ったばかりなのに…。

「 〝え…?〟 じゃないわよ。さっきの男性よ。名前は聞かなかったけど」

「あ、ああ…あの人ね──」

「なんだよ、ルフェラ。あの人って──」

「え、あ…いや──」

 この状況…って…な、なんか…とってもや~な雰囲気になってきたんだけど、気のせいかしら…?

「とっても紳士的な、カッコいい男の人よ。笑顔が素敵で、ほ~ら、こぉ~んな指輪だって買ってくれちゃったんだから」

 そう言って、指輪をはめた手をラディに見せる。

「 〝綺麗な人に出会えたからプレゼントしたい〟 だなんて…正直な人よね。あなたにこんな気のきいたセリフ言えるかしら?」

「──ンだとぉ。綺麗な人に出会えた…だって!? それで、ルフェラはどう思ったんだよ!?」

「え…あ、あたし?」

 思わず、自分を指差す。

「そうだよ。まさか、そんなこと言われていい気になってんじゃないだろーな?」

「あ、あのね──」

「ちょっとぉ、綺麗だって言われたのは私のほうなんだから。どうしてルフェラにそんなこと聞くのよ。ちゃんと話、聞いてたの?」

 確かに、綺麗だといわれたのはミュエリだ。

「うるせーな。オレはルフェラに聞ーてんだ。で、どーなんだ、ルフェラ?」

「え…だから…キレイだって言われたのはあたしじゃないから、な、なんともお、思わないわよ」

「ホントだな?」

「ほ、ホントよ」

「なら、いいけどよ。だいたい、その男の目、ちゃんと見えてんのか?」

「どういう意味よぉ。ハッキリ見えてるから私の事を綺麗だって言ったんでしょ」

「ば~か、それが見えてねーんじゃねーかって言ってんだよ。お前より、ルフェラの方がどんだけ綺麗か分かってねーんだ」

「な、なによ。失礼ね! 見えてないのはあなたの目じゃないの?」

「なんだとぉ」

「なによぉ」

 あぁ~もう、やってらんない。ホント、やってらんないわよぉ。

 こめかみあたりの血管がブチッと切れ、気付けばおもいっきり二人の頭を叩いていた。

「──って、何すんだ、ルフェラ」

「そうよ、痛いじゃないのよ」

「うるさぁ~い! どうでもいいようなちっちゃい事で、いつまでも言い合ってんじゃないわよ!!」

「どうでもいいような…ってなぁ──」

「そうよぉ、私達にとっちゃ、大事な事なんだから──」

「えぇ~い、うるさいったら、うるさい! 黙って歩きなさいよ!!」

 あたしは、それだけ言い捨てると、さっさと歩き始めた。

 お互い言いたいことはまだまだあるだろうし、あたしに言いたいこともあるだろう。だけど、それにいちいち対応してたら、ハッキリ言って終わらない。しかも、その言いたい事というのが、あまりにもしょうもない事なのだ。そんな事に対応する必要なんてないだろう。もちろん、時間のムダだというのもある。

 ラディ達は後ろでブツブツと言いながらも、あたしが怒っているという事を察してか、それ以上、言い合いする事もなくあとをついてきた。

『どこに、行きますか?』

『ルーフィン…』

 頭に血が上っている状態でも、ルーフィンの声を聞くと不思議と落ち着いてしまう。ほてっていた顔から、徐々に血の気が引いていった。

『正直、どこに行こうというのは考えてないんだけど…。ラディがお腹空いたって言うからさ、とりあえず食べ物屋でも探してみようかな…なんて』

『でも、お金が…』

『そうなのよね、問題は…』

 結局、そこにいきついてしまうのだ。

『──どこかで働かせてもらいますか?』

 ルーフィンのその一言で、思わず立ち止まってしまった。

 予想もしていなかったあたしの行動に、ミュエリの体があたしの肩にぶつかった。

「ちょ、ちょっと、急に止まらないでよ──」

「な、なんか、あったのか?」

「そうよ…」

「え…? な、なんだよ…何が──」

 すでに、彼らの質問など、あたしの耳には入ってこなかった。

「働こう!」

「はぁ…!?」

 なかなかいい案だと、大きく頷いたあたしの言葉に、眉間にシワをよせて叫んだのは、ラディとミュエリだった。

「ル、ルフェラ…?」

「何よ?」

 ミュエリの呼びかけに振り返る。

「何って…あなた、自分がなに言ってるか分かってるの!?」

「分かってるわよ。ミュエリこそ、何をそんなに大袈裟なこと言ってんの?」

「あ、あなたねぇ…。私達はここに来たばかりなのよ。それなのにいきなり働くなんて─」

「じゃぁ、しばらくしたらいいわけ?」

「いや…そ、そういう意味じゃ──」

「じゃぁ、どういう意味よ?」

「それは…」

 そう言ったまま、ミュエリは俯き黙ってしまった。

 言いたい事は分かる。つまりは、働きたくないのだ。その事を知っていながら、敢えてどういう意味か突っ込んだあたしって、意地悪かしら…?

「なんで、いきなり働くんだ?」

 ミュエリの代わりに単純な質問をしたのはラディだった。

「ラディ、あんた お腹空いたんでしょ?」

「あ? ああ、まぁな。でもなんで──」

「お腹が空いた。何かが食べたい。でも食べ物を買うお金がない。だから働いてお金を貰う。そうすれば、食べ物を買えるし、空腹感だって満たされる。──どう?」

「どう…って…」

 彼もまた、そう言ったまま黙ってしまった。

「なに、黙ってんのよ」

「いや…」

「なによ。つまりは、やだっていうこと?」

「そ、そうは言ってねーけど…その…他にも方法がだな…」

「方法ねぇ~。あるんなら言ってもらおうじゃないのよ」

「それは…」

 ラディの頭からいい方法なんて思いつかないと確信しているあたしは、少しあごを突き出して強気に出た。

 ラディは、働かなくとも空腹感が満たされる方法とやらを、一生懸命、空を見ながら考えていた。しかし、眉間に寄ったシワは消えることはなかった。そして、ラディのみならず、ミュエリまでもがあれやこれやと考えている中、今度はネオスの声が聞こえてきた。

「ルフェラ」

「え、なに…?」

「う、後ろ…」

 そう言って、ミュエリを見つけた時のように、あたしの後ろをチョンチョンと指さした。

 〝なんだなんだ…?〟 と思って、指さした後ろを振り返る。

 そこには、色白の綺麗な女性が、なにか言いたげな目をして立っていた。

「あ、あの…なに、か…?」

 初めて会う人の為、あたしは彼女の様子を探りながら、上目使いで話しかけた。真っ直ぐあたしの目を見つめる彼女の瞳が少し伏し目がちになったかと思うと、澄んだ綺麗な声が耳に届いた。

 しかし──

「いきなりで申し訳ありません──」

 この声…。

 確かに澄んだ綺麗な声だった。だけど、この声って、女性の声…じゃない。

 黙っていれば、決して誰もこの目の前にいる人が男性だとは気付かない。そんな人の声は、まぎれもなく男性だったのだ。

 失礼だとは思うが、思わずマジマジと見つめる…。

 透き通るような白い肌で、きゃしゃな体つき。頭からかぶった大きな白い布は、見た目にも柔らかく、その細い体の線をしなやかに見せていた。同じ素材の白い布を肩からゆったりと巻きつけ、服の裾は足先をも隠していた。金色の糸で編んだ紐を腰のところで結んでいるが、その腰の細さにもビックリするほどだ。布の端々には腰紐と同じ金色の糸で刺繍がされており、静かに動く彼の動作に、日の光が反射してキラキラと光輝いていた。

 白い布というのは日の光を乱反射させる為、彼の姿を…正確には体を、直視することができなかった。だから、顔だけを見るようにしたのだが、色白というのと身に付けている白い服が、彼の顔をよけい白くさせていたのもあり、本来の彼の顔というものがハッキリと見えなかった。ただ一つ言えることは、綺麗だということだけだった。

 目を細めながら、ボ~ッと見ているあたしに、彼は更に話しかけた。

「失礼ですが、あなた方はこの村の人ではありませんね?」

「え…あ、はい…」

 いい人か悪い人か分からないのに、あたしは素直に答えてしまった。

「では、こちらに来て頂けませんか?」

「え…?」

 その男性は、あたし達を誘導するように手を横に流した。

 ひとつひとつの動作がとても綺麗で、思わず見惚れてしまうのだが、ふいに、現実の世界に引き戻されるような感覚に襲われた。

 ──ラディの声だ…。

「誰だよ、彼女」

 二言三言 交わした会話を、ラディは聞いていなかったようだ。

「彼女じゃないわよ」

 あたしは視線を彼のほうに向けたまま、肩越しに覗いているラディに小さな声で返した。

「彼女じゃないって、どういうことだ?」

「彼、なの」

「はぁ!? マ、マジかよ」

「うそっ! 信じられない」

 途端にあたし達の会話に入り込んだのはミュエリだった。彼女は、自分より女性らしかったり綺麗な人を見つけると、自分の自信を喪失させない為にも、視界に入れないようにするクセがある。一種の防衛機能だろう。その彼女が、さっきまで視界に入れないようにしていた人物が男だと分かった途端、今度は彼に興味を抱き始めたのだ。

 二人とも更に身を乗り出す。そして、あたしと同じように全身白ずくめの彼をジロジロと見つめた。

「──マジよ」

「かぁ~、信じられねー。どう見たって、女じゃねーか」

「まぁね…。でも、声は間違いなく男の人よ」

「──おい、ルフェラ」

「なによ」

「いくら綺麗だからって、油断するなよ。あいつは男だ。あんなやつに惹かれるんじゃないぞ」

「な…なにバカな事いってんのよ、こんな時に──」

 あたしは、バッと後ろを振り返り、軽く頭を叩いた。

「──ってぇなぁ」

 ラディは頭を数回なでると、今度は真剣な面持ちで、喋り始めた。

「──で、なんて言ってたんだ?」

「こっちに来てくれ…って」

「きゃぁ~、行きましょうよぉ」

 途端に、はしゃぐミュエリ。その反応とは全く正反対の態度をとったのはラディだった。

「ダメだ、ダメだ。絶対ダメだ」

「な、なんでよ…?」

「初めて会った奴がどんな人間かもわからねーんだぞ。何をされるか、何を考えてるかもな。綺麗な顔でオレ達を油断させといてだな、真の目的はオレ達を誘拐する事かも知れねーじゃねーか。それとも、ルフェラに言い寄ろうとしてるかも──」

 そういうラディの話を、最初はフンフンと聞いていたものの、途中から、あまりにもバカらしくなってきた為、あたしは話の途中で体を翻した。もちろん、ミュエリもだ。

 だいたい何の為に誘拐なんかするんだってーのよ、バカバカしい…。

「お、おい…ルフェラ、だからちょっと待てってば──」

「グズグズしてると置いてっちゃうわよ。真相は自分で確かめたら?」

 そう言って後ろを見ることなく片手を挙げると、あたしは彼のあとをついていった。そして、ミュエリも明るい顔で 〝だいじょーぶだって〟 と軽く肩をたたき、あたしのあとに続いた。

 そして──

 無言のままラディの横を通りすぎるネオス…。

「お、おい……。ネオス、お前までもが行くんじゃねーよ…」

 そのうしろ姿を見ながら、ラディは仕方なさそうについてくる。

 目の前を歩く綺麗な男性が、一体何者なのかは分からない。だけど、危ない人ではなさそうな気がしていた。

 そんなこんなで、あたしたち四人と一匹は、これまでにも見たことがないほど大きな城に案内されることとなった…。

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