BS7 それぞれの雑談
ルフェラ達がバーディアの家に戻ってから三日目──
風邪で寝込んでいたラディも復活したようで、昼過ぎには家に戻ってきた。
「いやぁ~、まさかオレの家の裏とここが繋がってたとは…。道を外れたんじゃなくて、グルッと回り込んでたんだな」
玄関を開けるなりそう言って入ってくると、
「あ、あなた…もしかして戻ってきたの?」
思わぬミュエリの出迎えの言葉が返ってきた。思わずラディがムッとする。
「何だよ、戻ってきちゃワリィのかよ?」
「そうじゃなくて…戻ってくるのかどうか分からなかったから─…」
「はぁ!?」
「だって、問題が片付いたらこの村を出る必要はなくなるでしょう? だからどうするんだろう…って、昨日みんなで話してたところだったから…」
「あのなぁ…」
当然といえば当然かもしれない流れに、ラディは溜息をついた。
「確かにタフィーの事でここを離れはしたけど、問題が片付いたからって今更ここに住もうとは思ってねーよ」
「え…そうなの? どうしてよ?」
「どうしてって─…そりゃ、オレの帰る場所がルフェラの所だって決まってるからだろーが?」
そう言いながら部屋をぐるっと見渡したが、肝心のルフェラが見当たらない事に気付いた。いや、ルフェラだけじゃない。ネオスやイオータ、ルーフィンまでいないではないか。
「おぃ、ルフェラはどこにいるんだ? まさかネオスと二人っきりってんじゃ──」
「ルフェラはルーフィンを連れて散歩よ。ネオスとイオータは軽く体を動かしてくるって、少し前に二人で出て行ったわ」
「なんだ、そうか…」
二人きりになった相手が違うと分かってホッとしたのも束の間、
「安心するのはまだ早いぞ?」
──と続いたのはリューイだった。
「どういう意味だよ…?」
「新たなライバル出現って感じなのよねぇ。しかも、ネオスより強敵かも」
「なに!? ──誰だよ、そいつは!?」
「それが分からないのよ」
「はぁ!?」
「すっごくイケメンで堂々としてて、ネオスよりずっと大人って感じ。綺麗な腕輪までプレゼントしたみたいよ」
「プレゼント!?」
「〝ヴィオ〟ってルフェラは呼んでたけど、それ以上はよく分からないのよね」
「何で─…いつそんなヤツと知り合ったんだ!?」
「あなたがいない間に、こっちも色々あったのよ。ほんと、びっくりする事がたくさん…ね」
「色々って何だよ…まさか、ルフェラが危険な目にあったとかって言うんじゃ──」
「まぁ…危険な目にはあったけど、それはみんなも同じよ。今思い出しても、あれは夢だったんじゃないかって思うくらいで─…でも、二人を見ると現実なんだって思うのよねぇ…」
「二人を見ると…?」
ミュエリの視線を追いかけると、そこにいたのはリューイとリアン。〝何かあったのか?〟と無言で問いかけるも、意味ありげに小さく笑うだけでハッキリしないから、ラディの顔にもイラついた気持ちが現れる。
「話してもいいかしら?」
敢えて確認を取ると、リアンが〝えぇ〟と頷いた。
「もう終わった事だもの。──ねぇ、リューイ?」
「あぁ。それに、同じ仲間で自分だけ知らないっていうのも可哀想だしな?」
「おぉ、そういう事ならワシも聞こうかのぉ」
「──って、ディアばあには話しただろ?」
「聞いたには聞いたが、ここ数日で更に耳が遠くなったみたいでなぁ…。いやぁ〜、年には勝てんもんだ」
「聞こえないのは、都合の悪い事だけだろ?」
「んんん? なんか言ったか?」
「それだよ、それ!」
相変わらずのやり取りに、リアンとミュエリはクスクスと笑った。ただ、笑いながらもバーディアの耳の事が気になっていたのはミュエリだったが、
(取り敢えず、この話が終わってからでもいいわよね…)
緊急性はないと判断し、後回しにする事にした。
「じゃぁ、二人の許可が出たって事で──」
そう言うと、ミュエリはバーディアの為に少し大きめの声で話し始めた。
ミュエリから聞く話は、ラディにとっても驚く事ばかりだった。途中、リアンやリューイが補足したり同意をしなければ、ミュエリが自分をからかって作り話をしているとさえ思うほど。それくらい、信じ難い事ばかりだったのだ。ただし、その中でもひとつだけ妙にすんなりと受け入れられたのは、ルフェラの言動だった。おそらく、タフィーとの再会がなければここまで受けいられなかっただろう。
ルフェラには、自分と違う何かがある──
そう思うだけで、今までだったら信じられないようなルフェラの言動が〝あり得る〟と思えたのだ。
「──それで、どう思う?」
話し終えてからしばらくすると、ミュエリがラディに問いかけた。
「どう思うって、何がだよ?」
「だから、ルフェラの事よ。あんなルフェラを見たのは初めてだったわ。色んな事が現実とかけ離れてるのに、妙に落ち着いてて…冷静さを通り越して、時にはすごく冷たくも見えた…。なんて言っていいのか分からないけど、私達の知らないルフェラがそこにいた感じ─…どこか遠くに行ってしまったような、そんな気がしたのよ」
〝どこか遠くに行ってしまったような…〟
その表現はラディの胸にチクリと刺さった。ついさっき〝あり得る〟と思えたのに、やはり心のどこかではその感覚があったのだ。ただそれをそのまま口にしてミュエリの感情に同意すれば、自分の方からルフェラを線引きしてしまう気がした。だから必死で〝そんな事はない〟と思えるような、もっともらしい言葉を探そうとしたのだが、喉の所まで出かかったのは──
〝バッカじゃねぇの? ルフェラは散歩に行ってるだけだろ〟
──という、それこそバカみたいないつもの軽口だった。もしそれを言えば、いつものように言い合いが始まってこの話も流れていくだろう。だけど今それを言ってはいけない気がして、ラディはぐっと飲み込んだ。
結果、無言の時間がしばらく続き、その間に隅の方でじっと聞いていたランスがどうでもいいと思ったのか、無言で家の外に出て行ってしまった。それを極自然に目で追いかけていたのは、バーディア以外のみんな。そんな中、ふとバーディアが溜息交じりに呟いた。
「…可哀想じゃのぅ」
思わぬ言葉に、みんなの視線が一斉にバーディアに集まる。
「誰が可哀想なんだ、ディアばあ?」
「んん? そりゃぁ、もちろんルフェラじゃろ」
「あら、どうして? どちらかと言えば、ルフェラさんを遠い存在に感じたミュエリさん達の方が、寂しい思いをして可哀想だと思うけど…」
「いいやぁ、逆じゃよ。自分が他のみんなと違うと知ったら、普通、それを一番気にするのは本人の方じゃろ。みんなにどう思われるのか、気味悪がられて嫌われるんじゃないか…ってなぁ。それが友達だったら尚更じゃろうて?」
「……………!」
「お前さん達に遠い存在だと感じられて距離を置かれるルフェラの方が、よっぽど可哀想だと思うがの…」
「……………」
「確かに…自分が他の人と違うって知って一番気にするのは本人よね…」
バーディアの言葉にリアンが同意すれば、隣にいたリューイも〝あぁ〟と頷いた。
「ひょっとしたら、あいつ─…セトも同じだったのかもな…。気味悪がられて嫌われるんじゃないかって…そんな不安をずっと抱えてたのかもしれん」
だから、言えなかったのかもしれない。嫌われたくない相手だからこそ─…。
そう思うと、セトもかなり苦しく寂しい思いをしたのだろうと、改めて感じた。
「…じゃぁ、私達はどうすればいいの?」
ルフェラにそんな思いをさせたくない、とミュエリがバーディアに問いかければ、
「なぁ〜んもせんでいいさ」
──とニッコリ微笑んだ。
「特別な事はなぁ〜んにも、な。どんなルフェラでも、ルフェラはルフェラ。お前さん達は、今まで通り普通でいいんじゃよ。ありのままのルフェラを受け入れる、ただそれだけでなぁ」
〝簡単な事じゃろ?〟
バーディアは、そんな目を向けた。
「どんなルフェラでも、ルフェラはルフェラ…か。──ハハハ、だよなぁ、ばーちゃん! どんなルフェラでも、オレの未来の嫁には変わりねーんだ。ありのままを受け入れるなんてお茶の子さいさい──ってか、受け入れられねぇ方がおかしいよなっ!」
「…そうよね。今までと違ったからって、それは私達が知らなかっただけで、きっとルフェラは何も変わってないのよね」
「そうじゃとも」
「それに、ルフェラは何も悪い事はしてないしな。それどころか、全ての問題を解決して、オレたちの未来も導いてくれた。オレは彼女が何者でも、感謝しかない」
「その通りよ。私も彼女に感謝しているわ。あなた達は、そんな彼女をもっと誇りに思ってもいいくらいよ?」
「だってよ、ミュエリ。こんなに感謝される事をして不安に思う方が間違ってんだよ」
「よく言うわ。あなただって、な〜んにも反論しなかったくせに」
「何だと──」
「だいたいね、間違ってるのはあなたの〝オレの嫁〟発言よ」
「あぁ? それのどこが間違ってんだよ?」
「そもそも将来の嫁って言ってたのはライアルで、あなたは彼女だったはずよ? いつの間に〝嫁〟に変わったのかしら? それに、ルフェラがそれを認めるかは別でしょう? ヴィオっていうライバルも現れたし、選ぶのはルフェラなんだから──」
「お、おぁ〜! そうだった!! そのいけ好かないヤローがいるのを忘れてたぜ!!」
「いけ好かないどころか、イケてたけど?」
「うるせぇー! くそっ、取り敢えずルフェラにそいつを近付けないようにしねーと─…」
ミュエリとの言い合いが始まったかと思いきや、ヴィオの名前が出た瞬間、付き始めた火は一気に鎮火。消えた後の煙が、いつまでもラディの頭の中に充満していた。そんな顔のラディを見て、みんながクスクスと笑う。
ミュエリは、ふとあの事を思い出した。話をする前に気になっていたことだ。
「おばあさん?」
「んん、なんじゃ?」
「私、ちょっとおばあさんにお願いがあって…でも、ここじゃちょっと─…」
「ほぅほぅ。──んじゃ、あっちの部屋に行くかのぉ」
バーディアはそう言うと、〝よっこらしょっ…と〟と立ち上がった。奥の部屋に行くバーディアを見ながら、ミュエリがコソッとリアンに耳打ちする。そして、リアンが小さな引出しから何やら取り出すと、それをミュエリに渡した。それを持ってバーディアの後をついてくミュエリ。
「ん? 何を渡したんだ?」
リューイが聞くと、リアンは意味ありげに〝ふふ…〟と笑った。
「すぐに分かるわ、きっと」
声はもちろん、音さえ聞こえない引き戸の向こう。何をしているのか気になりつつも、しばらく様子をうかがっていると──
「お、おぉおおおおお〜!!」
──と、バーディアの物凄い声が聞こえてきたから驚いた。
「なっ──…どうした、ディアばあ!?」
「な、なんだぁ!?」
さすがのラディも驚いて、二人して奥の部屋に飛び込んでいった。その後ろでは、ミュエリから貸して欲しいと言われたある物を渡してから、この展開を想定していたリアンが可笑しそうについていく。
「ディアばあ!?」
「う、うぅううう─…」
「どうした!? どこか苦しいのか!?」
「う、うぅうう───」
「ディアばあ!」
「う、うっるさいわいっ!」
それこそ扇でも手に持っていれば、スッパーンとリューイの頭を叩いてるくらいの勢いだ。それに驚いたのは、もちろん二人。
「な、なん──」
「耳元でそんなおっきな声出しよって…耳が聞こえんくなるわいっ」
「は…ぁ…?」
「魔法じゃよ」
「ま…ほう…?」
リューイとラディが同時に返した。
「ミュエリの魔法で、耳がスッコーンと聞こえるようになったんじゃ! 魔法じゃ、奇跡じゃよ!!」
意味が分からないとミュエリを見れば、その手にはリアンから借りた耳かきが握られていた。
「は、はは…何だ、そういう事かよ、ディアばあ…」
「魔法もクソも─…単に耳クソ詰まってただけなんじゃねーか…」
「ホッホッホ! こんなにもハッキリと聞こえるなんて、何年ぶりか! 今なら、外で歩いておるアリの足音まで聞こえるわい!」
「…ンなわけあるかよ」
「──ってか、何年、耳掃除してねーんだよ、ばーちゃん!?」
「はて、何年だったかのぅ?」
面白そうに返すバーディアに対し、リューイが〝まさか鼻クソまでは…〟と心配してボソリと呟けば、
「鼻は心配いらんわい」
──と、いつもなら聞こえないくらいの声だったにも拘らず、その返事がハッキリと返ってきた。
「マジか…。都合のいい耳から地獄耳になりやがった…」
「ホッホッ! 心配せんでも、時と場合によっては都合のいい耳になってやるわ」
「時と場合…?」
「ワシはなぁ、この手で赤子を取り上げるのが夢なんじゃよ」
「赤子って─…」
──と繰り返した途端、都合のいい耳になる時がいつの事を言っているのか分かり、
「ディ、ディアばあ…!」
「ホッホッホ!」
リアンは俯いて耳まで真っ赤になってしまったのだった。
一方、軽く体を動かしてくると言って家を出たネオス達は──
当然ながらそれは口実で、ある程度家から離れた場所で大きな岩場を見つけると、そこに腰掛けて話をしていた。
「今回の事で本格的に目覚めたようだな」
「竜巻の中から上に行った時には、ほぼアルティナだったよ」
「その事を本人は?」
イオータの問いに、ネオスは〝いや〟と首を振った。
「記憶が戻ったわけじゃないから、〝もう一人の自分〟という感覚なんだと思う」
「…そうか。けど、その〝もう一人の自分〟が〝本当の自分〟だって事に気付くのも、そう遠くないと思うぜ? 風神を裁いた時のあいつは、完全にアルティナだった。裁きの内容はもちろん、あいつが放つオーラには、さすがのオレも圧倒されたしな。危うく跪くところだったぜ」
最後は冗談っぽく言ったが、ネオスには分かっていた。それが冗談ではなく、彼の本心だという事を。何故なら、ネオス自身もあのオーラに圧倒されていたからだ。
「でもまぁ、主君と共人の関係は一つ前に進んだんじゃねーか? 風神の扇を弾き飛ばす時に感じただろ。無駄な動きも考えも一切ない、まるで主君と一心同体になったような、あの感覚をよ?」
主君と共に多くの敵を相手にしてきたイオータだからこそ、分かる感覚と言うべきか。イオータの言葉を聞きながら、ネオスはその時の事を思い出し、ゆっくりと頷いた。
「あれは、互いに信頼し合っている時に感じる独特のものだ。特に、ここぞって時に力を合わせる時なんかにな。主君が何を感じ、何を考え、何をしようとしているのか…考えなくても分かるから、自分の意志のように体も動く。何度経験しても、あの無敵になったような感覚はほんと最高だぜ」
「無敵…か。確かに、あの時はなんの迷いも不安もなかった。失敗したら…なんて微塵も思わなかったし─…」
「──だろ? あるのは自信だけ。地上に降り立った時のあいつの顔も、そんな顔だったしな」
そこまで言ったところで、イオータはふと何かを思い出した。
「そうだ、アレに乗った感想は?」
一瞬〝アレって…?〟と思ったネオスだったが、降り立ったという言葉からすぐにピンときた。
「雷龍か…」
「あぁ。どうだった、乗り心地は?」
「枝葉とはいえ、さすが神の仕獣だよ」
「やっぱ、辛かったか…」
さっきまでの興味津々な表情とは打って変わって、一気に顔が歪んだ。
「無数の針が、体の中から刺してくるような痛みだよ。筋肉も自分の意思に反して収縮するから思うように動けないし、無理に動かそうとすると激痛が走る─…」
「うぉ〜、想像しただけでゾッとするぜ。やっぱいくら力をつけても、所詮オレらは共人って事か…」
「あぁ。仕獣にさえ敵わない」
「まぁ、それが普通なんだけどな。──あぁ、そういや力で思い出したけどよ? お前いつの間に宵の煌を飛ばせるようになったんだ? そんな事一言も聞いてねーから、ルフェラの話を聞いた時は驚いたぜ」
〝早く言えよ〟くらいの軽い気持ちで言ったのだが、ネオスの反応が思っていたものと違い、イオータは眉を寄せた。
「どうした?」
「…………」
「おい──」
「…違うんだ」
〝聞いてんのか?〟と続けようとした言葉は、そんな否定の言葉で遮られた。
「違うって何が?」
「僕は力を飛ばしてない」
「は…?」
「正確には、まだ飛ばせていないんだ」
「────!?」
思ってもいない──と言うより、ネオスが飛ばしたものだと思い込んでいた為、それ以外考えていなかった返答にイオータの思考が追いつかない。
「い…いや、けどあいつは確かに力を感じたって言ってたぞ? お前によく似た力だって─…それに、あの夜の出来事から言えば、宵の煌なしで翌日のあの回復はありえねぇ──」
「分かってるよ。僕もルフェラと別れてからどれだけ力が使われるのか気にしていた。だから、ずっと呼びかけていたんだ。でも繋がったのは、みんながリューイ達の村に向かっている途中だった」
「じゃぁ…お前もその時に初めて聞いたのか?」
ネオスは頷いた。
「驚いたよ。話を聞けば聞くほど、ルフェラの気の消耗がどれだけのものだったのか分かったからね。同時に宵の煌なしでの回復もあり得ない、とも。最初はイオータが助けてくれたのかと思ったけど、そうじゃないと分かったから尚更だ。でもその時は、下手に不安を煽らないほうがいいと思って、ルフェラの解釈に合わせたんだけど─…」
「マジか…。今オレがまさにその状況だぜ…」
「受ける力の感覚に、個々を判別できるような違いがあるのかどうかは僕達には分からない。でもルフェラがそう感じるなら、僕達以外の誰かが宵の煌を使ったのは確かだ」
「そりゃそうだが…現実的に考えて、オレら以外に力のある奴がこの近くにいるか?」
正確には、〝その気配を感じるか〟という事だが…。当然、答えはイオータが思っている事と同じだ。ただ──
「可能性があるとしたら──」
「おいおい、まさかアイツが…って言い出すんじゃないだろうな?」
「でも、彼の力は共人と関係がある。似て非なるもの─…その感覚が証拠だ。イオータだって、あの時に分かったんだろう?」
〝あの時〟とは、ランスが自分の力を話した時だ。
「まぁ、確かにそれはな…。前世、現世、来世を知る──…つまり、三つの世を知る事ができる世知の力は、どう考えても共人が力を使った事による副産物だ。けど普通、副産物はひとつだ。世知の力と宵の煌の二つも得るなんて聞いた事ねぇし─…ってか、ありえねぇだろ」
眉間にしわを寄せたイオータの顔は、〝あってたまるか〟というのが本音だろう。自分の命の気を補充する地の煌と違って、宵の煌は主君を守る為の力だ。ある意味それを持つ事が共人の象徴でもあり、誇りでもある。故に、単なる副産物として分け与えられるなどあってたまるか、という気持ちになるのもネオスには理解できる事だった。
「直接聞いてみる…か」
ふと視界に入った人物を目にしてネオスがそう言えば、その視線を追ったイオータも彼を目にする。
「何しに来たんだ、あいつ?」
「さぁ…。でも僕達に用があるみたいだ」
ネオス達の姿に気付いたランスが、〝ここにいたのか〟という表情をしたからだ。
「何かあったのか?」
近付いてきたランスに、イオータが声をかけた。
「いや、ラディが戻ってきただけだ」
「ふ…ん、やっぱ、ここに残るつもりはなかったか」
「あいつの─…ルフェラのいる場所が自分の帰る場所なんだとよ」
「はは…なるほどな」
〝あいつらしい〟と笑ったイオータだが、すぐに真面目な顔になった。
「それで、あんたは何でここに来たんだ? まさか、ラディと顔を合わせ辛くなって出てきたってんじゃねーよなぁ?」
〝そんな性格でもないだろ〟と言えば、ややあって、直球とも言える質問が返ってきた。
「ルフェラは何者なんだ?」
思わずネオスとイオータが顔を見合わせた。どちらかと言うと、ランスの視線はネオスに向けられていたのだが、代わりに質問を返したのはイオータだった。
「その前に、ひとつ聞きたい事がある」
「なんだ?」
「あの夜─…立つ事もままならなかったルフェラを家に連れ帰った時、何か変わった事はなかったか?」
「変わった事?」
繰り返しながら、一瞬あの男の事を思い出したランスだったが──
「…さぁな。あの時はあいつを家に連れて行くのが精一杯だったんだ。布団に寝かせたら、オレもそのまま崩れるように寝ちまったから、何かあったとしても気付かなかったと思うぜ」
最もらしい、だけど例の男が現れなければそうなっていたであろう事を答えた。
(別にあいつが内緒にしてくれと言ったからじゃない。わざわざこいつらに教えてやる必要もないと思っただけさ)
本当にそう思ったのか、敢えて自分にそう言い聞かせたのかはランス自身にも分からなかったが…。
「──で、そっちの答えは?」
自分の答えに〝そうか…〟と納得するのを見て、今度はランスが答えを求めた。
「そんなに気になるか?」
「あんな現実的じゃない事を目にして、気にならない方がおかしいだろ。──って言っても、オレはお前らの仲間でも何でもねーから、どうでもいいと言えばどうでもいいけどな。ただ、あいつらにとってはそうもいかないんじゃねーか?」
そう言いながらチラリと見たのは家の方。
「ラディとミュエリか…」
「あいつら言ってたぜ? 自分の知らないルフェラがそこにいて、遠くに行ってしまったような気がした…ってな。オレじゃなくても、遅かれ早かれ同じ質問がくるんだ。考えておいた方がいいと思うけどな」
「──だってよ。どうする、ネオス?」
それは相談のようにも聞こえるが、実際は〝お前が判断しろ〟という意味だ。決めるのはルフェラの共人であるネオス。部外者の自分ではないと知っての事だった。
ネオスは静かに息を吐くと、その判断を口にした。
「僕が今言えるのは、ルフェラは特別だという事だけだ。僕達だけじゃない。みんなにとって特別になる」
(みんなにとって…? 確かあいつも似たような事言ってたよな、多くの人に価値があるとか何とか…。けど──)
「そんな理由で、あいつらが納得するとは思えねぇけどな?」
「確かに、納得はしないだろうね。でも、あの二人なら大丈夫だと思うよ」
「何がだ?」
「たとえ納得できなくても、その事で喧嘩になったとしても、彼らがルフェラから離れる事はない」
「えらい自信だな?」
ランスはフンと鼻で笑った。
「信じられないなら、君も僕達と行動を共にすればいい」
「………!?」
「おぃ、ちょっと待てネオス──」
「一緒に行動すれば、きっとその理由が分かる。そして同時に、ルフェラが何者で、過去に何をしていたとしても、今よりはずっと良い感情が持てるはずだ」
「……………」
(何が行動を共にすればいい、だ。別にオレはあいつのことなんか──)
「ま…まぁ、そうだな。百聞は一見にしかず、とも言うし──」
「同じ事言いやがって……」
反対しそうだったイオータが〝それもありか〟と言いかけたところで、思わず声が出てしまった。
「同じ事…?」
反射的にイオータが聞き返す。が、ランスは〝いや〟と否定する代わりに話を続けた。
「オレにはやる事があるんだ。だから、お前らと一緒に行動するつもりはない」
「例の人探しの件か?」
イオータの問いに、ランスは〝あぁ〟と頷いた。
「でもまぁ、行かねー代わりにひとつだけ忠告しといてやるよ。その特別なルフェラを守る、お前にな」
その視線は二人ではなく、ネオス一人に向けられていた。それだけで誰に対するものなのかが分かり、〝忠告〟という言葉にネオスの神経がピリッと張り詰めた。
「あいつの後ろに気を付けろ。あいつは何者かに背中を斬られる。それもかなりの深傷だ」
「─────ッ!!」
「見たのか?」
すぐには声も出せないネオスの代わりに、イオータが聞いた。
「正確には〝見えた〟だ。タフィーを追いかけて崖から落ちそうになった後に─…一瞬だけ、な」
「間違いないのか?」
「あぁ。──まぁ、オレからしてみれば当然の報いとも思えるけど?」
「だとしたら、どうしてそれを僕に?」
ようやくネオスが口を開いた。
当然の報いだと思うなら、何故それを回避させるような忠告をするのか。意図が分からないと聞けば、ランスの反応は思わぬものだった。
「さぁ、なんでだろーな…」
それは演技でもなんでもなく、言われて自分も気付いたという戸惑いの反応だったのだ。
(ほんと…なんでわざわざ忠告してんだ、オレは…?)
そう思っていると、不意にあの男の言葉が頭をよぎった。
〝あなたは人を傷付けようとは思っていない。むしろそれを恐れ、誰かの助けになりたい…そう思っている人だと思うからです〟
(フン……結局、あいつに見透かされてたっていうのかよ…)
腹が立つような悔しいような…けれど、どこか理解されているという嬉しさが湧いてくるのも正直な気持ちだった。
ランスはそんな感情を二人に見透かされないよう、敢えて冗談ぽく話を元に戻す事にした。
「それにしても、よくオレを誘おうとしたよな?」
「……………?」
「オレが一緒に行くって言ったら、お前ら絶対後悔してたぜ?」
「どういう意味だ?」
イオータが聞いた。
「オレが行けば、うるさい男が更にうるさくなるだろ?」
そう言えば、ネオスもイオータも〝あぁ〜〟と納得した。
「確かに、四六時中機嫌が悪くなってうるさくなる男が一人いるな」
そんなイオータの言葉に、思わず三人ともフッと笑ってしまった。──と、ちょうどその時だった。一瞬、〝フォンッ…〟と周りの空気が震えたのを感じたかと思うと、その直後、足元の地面が揺れ始めたのだ。
「なっ…!?」
「地震─…」
そしてそれはすぐに大きな揺れへと変わった…!
「体勢を低くしろ…!!」
イオータもそれだけ言うのがやっとで、激しさを増す揺れには立っている事もできず、その場にみんながしゃがみ込んだのだった──