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女神伝説  作者: Sugary
第七章
125/127

12 裁き <3>

 裏門の方から出たあたし達は、表門の方に人が集まっている騒々しさを聞きながら足早にそこを離れた。ただそれは、どこに行っても同じだった。それもそうだろう。幾つもの竜巻と家や壁が壊れる音がしたかと思ったら、雷鳴や落雷まで聞こえ、更には突然風が止んだのだから。何が起こったのか、と家から出てくるのも当然の行動だ。そんな中、心配そうに同じ方向を見ている彼らと違い、全く別の方向へ歩いていくあたし達は随分と目立っていたに違いない。それでも、ネオスやあたしは俯かず堂々と歩き続けた。後ろにいるミュエリ達は分からないが、少なくともイオータは飄々と歩いているだろう。

 そうして暫く歩いた時だった。

「ま、待って…」

 不意にリアンの声が聞こえた。立ち止まり振り向くと、リアンの顔が強張っている。

「どうしたの、リアンさん…? 大丈夫…?」

 ミュエリが心配して問いかけるが、あまり耳に入ってないようだった。

「こ、この道って…まさか─…」

 震えぎみの声に、あたしはごまかす事なくハッキリと答えた。

「そうよ。今向かってるのはあなたの家」

「───── !」

「あなたの両親に会いに行くの」

「やめて…私は会いたくないわ…」

「分かってる。でもそんな気持ちをずっと持ったままより、思い切って言いたい事を言ってみたら? 別に分かってもらおうとか、和解しようなんて思わなくていい。ただもう、親の言う事を何でも聞くような子供じゃないって事を示せばいいのよ」

「でも──」

「大丈夫。誰を本気で愛しているのか、それを言えばいいだけ。──簡単でしょ?」

 難しい事を話す必要なんてない。セトやリューイのように、リアンも彼を本気で愛している。どんな状況になろうとそこが揺るがないなら、それを口にする事は簡単な事。そう言えば、何かがフッと心に落ちたのかリアンの顔付きが変わった。

「いい顔よ、リアンさん」

 あたしはそれだけ言うと、再び歩き始めた。

 彼女の家がどこにあるのか、あとどれくらいで着くのかは全く分からない。だけど、外に出ている人がリアンを目にしてその名を口にする数が増えていくと、もうすぐだというのは分かってきた。

 畑が広がるその先に、周りとは明らかに違う大きな家があった。その家の周りにも様子を伺っている人が何人かいたが、近くに家がないことからその家の住人だと思われる。おそらく、その家の主とお手伝いさん…といった人達だろうか。その中の誰かが、あたし達に気付き隣の人に声をかけると、次第にその視線は増えていった。最終的に外に漏れた灯りで顔が見える所まで近付くと、ある女性が見覚えのある顔を見つけて驚きの声を上げた。

「リア…ン…!?」

 その容姿と彼女を呼び捨てにするあたり、母親だろうと分かる。

 母親はあたし達に目もくれず、リアンの所に駆け寄り両腕を掴んだ。

「リアン…あなた今までどこに行っていたの!? あなたが嫁いですぐにいなくなったって、セト様が知らせてくれたのよ!? どうして勝手にいなくなったりしたの!? セト様は随分心配して…でもいなくなった事はここにいる者達だけの秘密にしようって─…だから私達も必死に捜していたのに──」

「お母さん──」

「あぁ、そうだわ…話は後にしましょう。今は一刻も早くセト様の所に戻らないと──」

「お母さん、聞いて──」

「いいえ。あなたの話はセト様のところでゆっくり聞くわ。嫁いだ身のあなたがこんな夜中に…しかもよく知らない人達と出歩いてるなんてみんなに知れたら──」

「知らない人じゃないわ」

「この村の人じゃない事くらい、見れば分かるのよ? どうしてあなたがこんな人達と──」

「こんな人達じゃない…私の大切な人たちよ!」

「大切な人たちって─…」

 思わぬリアンの反論に、母親はようやくあたし達の顔を確かめるように見渡した。初めて見る顔に不振の色が浮かぶが、その視線がある人物の所で止まると一瞬眉を寄せた。

「あなたは…」

 どこか見覚えがある…と記憶を手繰り寄せること数秒。母親はひどく驚きその名を叫んだ。

「リューイ!?」

「なっ…リューイだと!?」

 全員のどよめきとほぼ同時に聞こえたのは男性の声。〝そんなバカなっ…〟と漏らしながら、その男が母親を押しのけるように現れた。

「あなた─…」

 母親が男性に言った。どうやらリアンの父親のようだ。

「…お久しぶりです」

 リューイが緊張した面持ちで挨拶した。二人はセトと手を組んで自分を引き離そうとした相手。気持ちは穏やかでないだろう。

「お…前は死んだはずだ……なぜリアンと一緒にいる!?」

「助けてくれた人がいたんですよ」

「なに…!? だが、あいつらはちゃんと殺したと──」

「─────!!」

 言いかけて、〝しまった…!〟と慌てて口を閉じたが、それはみんなの耳にしっかりと聞こえた。

「おいおい、ちょっと待てよ。今、何て言った?」

 あまりにも予想外の告白に、流石のイオータも耳を疑う。

「い、いや…あいつらはリューイが死んだと──」

「いやいやいや、違うだろ? 〝あいつらはちゃんと殺したと──〟って言いかけたよな?」

「いや、そんな事は──」

「いいや、聞こえたぜ。オレだけじゃねぇ、ここにいる全員が聞いた。つまりそれは、あんたがリューイを殺すよう命じたって事だ、その〝あいつら〟に。そういう事だろ?」

「い、いや……」

 思わず漏らした言葉は、〝思わず〟だからこそ本当の事だ。そしてその言葉の意味する所は、今まさにイオータが言った事だった。

「そ…んな…お父さんがリューイを…?」

「リ、リアン…私は──」

「ひどい…リューイを騙しただけでなく殺すよう命じたなんて…!」

「わ、私はお前の為を思って──」

「私の為…!? 人ひとりを殺そうとする事が私の為だっていうの…!?」

「そうでもしないと、お前は駆け落ちしてまでこの男と結婚する──…こんな何処の馬の骨ともわからない男に、大事な娘をやれるわけがないだろう!? その点、セト様なら身元も確かだ。結婚してお金に苦労する事もない。どちらが幸せかは、火を見るよりも明らかではないか!」

「そ、そうよ、リアン…。私達はあなたの幸せを思ってそうしたの。セト様だって同じよ。彼にはいなくなってもらった方がいいって──」

 もう、限界だった。

 ここに来る時に感じた怒りは、二人が話す内容を聞いて一気に押さえ込む限界を超えた。それは恐らくみんなも同じだ。ただ、殴りか掛かろうとしたイオータやリューイより、あたしのソレは一瞬だけ早かった。

 自分でも驚くほどの怒りを持って、彼らの足元に飛刃を撃ったのだ。幸いにも彼らに直撃しなかったのは、その飛刃があたしの短剣からではなく、人を愛おしく思ったセトの扇によるものだったからかもしれない。

 聞いた事のない音と衝撃に、声を発する事ができない二人。いや、それ以外にもいるだろうが、自分の足元が鋭くえぐられている彼らの方がその驚きと恐れは大きい。

「セトとラディに感謝する事ね」

「え……?」

 ここにラディがいたら、もっと早くに殴っていたはず。セトはともかく、名前すら知らないラディに感謝しろと言われても意味が分からないのは当然だ。だけど、そんな事はどうでもいい。

「何を持って身元が確かだと言ってるのか知らないけど、実の親がいないのはセトもリューイさんも同じよ。それに、リューイさんを殺そうなんて、セトは思っていなかったわ」

「な…何を分かった風な事を言っているのだ? セト様が、どれだけ長い間リアンを想っていてくださったか…。それなのに突然この男が現れて娘と結婚したいなどと─…。たとえ実の親がいなくとも、セト様は大地主のお家に引き取られたのだ。なのに、こんな何もない男に奪われたとなれば、セト様だってこの男が邪魔だと思っても──」

「セトにとって、彼は親友よ。例え一度は裏切ったとしても、大怪我を負ったリューイさんを助けた中の一人は、間違いなくセトだった」

「─────!?」

「でも、そのセトも もういないわ」

「い…ない…? いないってどういう──」

「この世から消したの、あたしがついさっきね」

「なっ──!?」

「セトはこの村の守り神だったのよ。でも今回の事で、守り神として生きていく事ができなくなった。だから消したの。──分かってる? 村から守り神が消えた─…その原因はあなた達にもあるのよ?」

「そんな─…」

 いきなり〝守り神〟だとか〝それを消した〟とか言われても、その意味すら理解できない事だろうが、正直それを説明する気は毛頭なかった。分からなくてもいい。ただ、自分達のせいで何か大変な事が起きてしまったのではないかと、頭の片隅に置いてくれさえすれば。

「ひとつ聞くけど、もし今この場で死ぬとなったら、自分達の人生はどうだったって思う? 幸せ? それとも不幸?」

「……………」

「心配しなくても、殺しはしないわ。だから答えて、正直にね」

 殺しはしないと言っても、守り神をこの世から消したと言われれば、先の読めない展開に恐怖を抱くもの。でも答えなければ答えないで、どうなるか分からないという恐怖もある。

 父親はゴクリと唾を飲むと、その答えを口にした。

「し…幸せだった…。若い頃は貧乏暇なしで苦労もしたが、リアンが生まれてからは、その笑顔を見れば頑張ろうという気になれた…。今ではこんな大きな家にも住めるようになって……娘さえ幸せになってくれたならもう何も──」

 根拠はないが、それは本心だと分かった。

「だったらどうして、リューイさんとの結婚を認めなかったの?」

「言っただろう? 貧乏暇なしで苦労したと。愛があれば…と結婚したものの、お金がないという苦労は想像以上だった。それが分かるからこそ、娘にはそんな苦労をさせたくないというのが親の気持ちではないか」

「じゃぁ、セトと結婚したリアンさんは幸せになった?」

「それは─…」

「リアンさんにとっての幸せは?」

「そ、それは──…」

「答えられないかしら? それとも答えたくない?」

「……………」

「いいわ。じゃぁ、これはどう? ──自分の娘を信じてる、信じてない?」

「信じているに決まっているだろう!」

「良かった。即答してくれて」

「当たり前だ。自分の子供を信じない親がどこにいる!?」

「だったら何故、リューイさんを選んだ彼女を信じなかったの?」

「……………!」

「娘に同じ苦労をさせたくないというのは分かるわ。でもそれは親の気持ちであって、彼女の気持ちじゃない。あなた達にとってそれが苦労でも、彼女にとっては苦労じゃないかもしれないでしょ? もしそうであったとしても、彼女なら乗り越えられると、なぜそう信じなかったの?」

「それは…綺麗事に過ぎん…。お金がない辛さはそんな生易しい事では──」

「勘違いにもほどがあるわね」

 あたしは、呆れて溜息をついた。

「彼女の人生は彼女のもの。あなたのものじゃないわ。幸せを測る物差しがあるなら、それは彼女の物差しで測るべきで、あなたのじゃないって言ってるの。──分かる? あなた達の人生を安心させる為に、あなた達が望む幸せを強いるのは、ただの我儘でしかないって事よ」

「─────ッ!!」

 それは、ディトールの父親に対しラディが抱いた怒りと同じだ。もしここにラディがいたら、きっとそう言って殴っていたはず。

 ラディの気持ちを代弁すれば、ようやく父親も言っている意味を理解したようだった。

 あたしは一度大きく息を吐いて、気持ちを整えた。

「ある人が言ってたわ。子供がある程度大きくなったら、親は心配する事しかできないものだと。特に自分で自分の生き方を決めた時はね…って。リアンさんはもう、十分大人よ。──そうでしょ?」

 父親に対してはもちろんの事、主にリアンに向けてそう言えば、彼女も〝えぇ〟と前に出てきた。

「お父さん、お母さん…私は今まで通りここを離れて、リューイと一緒に暮らします」

「リアン…!?」

「確かにお金はないけど、この二年間、辛いとか不幸だなんて思った事は一度もなかったわ。人から見れば不便で大変な生活だったとしても、リューイがいない生活よりずっと幸せよ」

「し、しかし、お前はセト様と──」

「彼はもういないの」

「そうかもしれんが、結婚した身のお前が──」

「関係ないわ」

 今度は、あたしが答えた。

「相手は守り神よ? 儀式を執り行ったとしても、神と人との結婚はあり得ない。──つまり、無効なの」

「無…効…」

 その言葉に、二人とも愕然と肩を落とした。リアンの為と思ってきた事が、実は自分達の我儘だったと悟った今、その心境は残念というよりも、今まで何だったのか…という気持ちの方が大きいのかもしれない。

 リアンは続けた。

「私は子供の頃の方がずっと幸せだったわ。お金がなくても、ちょっとした工夫でみんな笑ったし、贅沢な気持ちにもなれたから。私はそれでいいの。──ううん、それがいいの。裕福じゃなくても、笑顔で過ごす家庭がいい。リューイとならそれができるのよ」

「リアン…」

「彼を心から愛しているの」

 父親の目を真っ直ぐと見つめ、リアンは言った。誰に何を言われようと決して揺るがない、そんな強い意志が伝わってくる。

 彼女なら大丈夫だ──

 あたしはそう思った。どんなに苦しい状況になっても、リューイと一緒なら彼女は乗り越えられる。それは二人も感じたようだった。

 しばらくの沈黙の後、父親はリューイの前で両膝をつくと頭を下げた。

「…すまない、リューイ。私達が間違っていた…。リアンから引き離すために騙し、命まで奪おうとしたのだ…許してもらえるとは思っていない。だが、言わせてくれ…。本当にすまなかった…!」

 地面につくほど頭を下げると、母親もそれに追従した。

「ご…ごめんなさい…! 娘にとって何が幸せなのか、今更分かるなんて母親失格だわ…。あなたにひどい事をしておきながら、その私がこんな事をお願いできる立場でない事も分かってる…。それでも─…それでも娘の幸せを願わずにはいられないの…。だから娘を…リアンをよろしくお願いします…!!」

 母親は、肩を震わせ地面に突っ伏すほど頭を下げた。その姿に、ずっと拳を握りしめていたリューイの手が、大きな息を吐くと共に少しだけ緩んだ。そして、ひとり言のように誰にとはなく言った。

「オレは…どうやらセトみたいに、人間が優しくはできてないみたいだ…。正直、この場ですぐ〝許す〟と言う気にはなれない…。ついさっきも唯一の親友を失ったばかりだしな…。もうここに戻ってくる理由もなければ、戻りたいとも思わないんだ。けど──」

 そう言って片膝をついてしゃがみこむと、今度は両親に向けてハッキリと言った。

「これだけは誓える。例えここに一生戻らなくても、そして二人を許す事ができなくても、リアンはオレが守る。リアンが望む幸せを、必ず二人で築いていく。──今のオレが言えるのは、これだけです」

 リューイの言葉に、二人は声にならない声を出して頷いた。

 おそらく、ここを出たらリューイとリアンは戻ってこないだろう。あたしだけじゃなく、ここにいる全員がそう思ったに違いない。両親もそれが分かるからこそ、頷くしかなかったのだ。

 静寂の中、二人の嗚咽だけが続いていたが、しばらくしてイオータがポツリと言った。

「…帰るか」

 その問いかけに、あたしは〝そうね〟と頷いた。みんなが幸せになるような結末じゃなかったけれど、これ以上の解決策もなかっただろう。ただただ無言で彼らに背を向け歩き始めると、

「お父さん、お母さん、元気でね。さようなら…」

 最後にリアンの声が聞こえ、再び嗚咽が大きくなった。あたし達はそれを背後で受けながら、静かに元来た道を戻っていった。

 それから先は誰も喋らなかった。喋れないほど疲れていたのもあるだろうし、あまりにも色んな事がありすぎて、何を喋っていいのか分からないというのもあっただろう。でももう、それでいい。何も考えたくないし、何も思い出したくない…。とにかく今は休みたい…。次第に頭の中がそれだけになると、あたしは自分の体の変化にも気付き始めた。

 重い…手も足も…鉛のように重くて動かない…。この感覚って確か─…

 そう思うや否や、あたしの足は止まり、扇も手からストン…と落ちてしまった。

「ルフェラ…?」

 ネオスの声が遠く感じた。

 あぁ…もう、立って…いられない…。

 膝から崩れ落ちる瞬間、隣にいたネオスがガシッと掴んでくれた。突然の事に、みんなが集まってくる足音が聞こえる。

「ちょっと…ルフェラ、大丈夫!?」

「使い過ぎたんだ…」

「使い過ぎた…?」

 咄嗟に出たネオスの言葉に、〝何を?〟とミュエリが聞き返す。ネオスは慌てて言い直した。

「いや…疲れ過ぎたんだ」

「今まで気を張っていたからな。全て終わって疲れがドッときたんじゃねーか?」

 瞼を開ける力さえないが、イオータのもっともらしい説明を聞いて、あたしは心の中で〝今更?〟と心配になった。今更、その説明で納得してくれるだろうか、と。だけど、ミュエリから返ってきたのは、意外にも〝そうよね〟という一言だった。

「イオータ、君はみんなを連れて戻ってくれないか? 僕はしばらく、ルフェラとここで休んでから行くよ」

「そういう事ならオレが残る。お前も相当なもんだろ?」

「いや、ルフェラに比べたら大した事はない。それより、今日は最後まで──」

「何が大した事ない、だ」

 ─────!?

 思わぬ声が聞こえて、驚きのあまり瞼が上がった。

 僅かに開いた瞼の隙間から見えたのは、同じように驚くネオス達と、その視線の先にいるヴィオの姿だった。

 雷鳴や落雷があった後ならともかく、最初から地上にいたかのように現れたのが驚きだ。

「アレの影響は相当のもんだぜ? ──ルフェラの事はオレに任せて、お前は休んでろ」

「いえ、僕は大丈夫です。ルフェラは僕が──」

「精神論の次は感情論か?」

「───── !」

 あたしを支えるネオスの腕に、ぐっと力が入るのが分かった。

「心配するな。オレはルフェラに借りがある。それを上でちょいと返すだけだ」

「……………」

 ネオスがどうしようか迷っているのは、腕の強さで分かった。だけど、ここはヴィオの好意を素直に受け入れてもらいたい。いくら大丈夫だと言っても、雷龍で消耗した体力は大きいはず。その状態であたしに力を使えば、おそらくネオスの命も危うくなる。それに、もう一度ヴィオとも話したいと思っていたのだ。

 あたしは大きく息を吸って、懸命に声を絞り出した。

「…ヴィオ…お願い…」

「ほら、本人もそう言ってるぜ?」

「でもルフェラ──」

「…大丈夫よ、心配しないで…。それより…扇を取ってくれない…?」

「扇…?」

 なぜ今、それなのか…。理解できないと眉を寄せたが、渋々ながらヴィオにあたしを引き渡すと、扇を拾ってくれた。

「ありがとう…」

「ルフェラ、本当に──」

「大丈夫、すぐに戻ってくるわ…」

「あ〜、それはどうだろうなぁ?」

 反応を楽しむような口調に、ネオスがキッと睨んだ。

「ハハ、冗談だ、冗談。そうムキになるなって。──けどまぁ、思ったより酷いのは確かだから、ちょいと時間はかかるぜ?」

「…分かりました。ルフェラをお願いします」

「任せとけ。何てったって、将来の伴侶だからな」

「……………!」

 再びネオスの反応に笑うと、いつのまに乗ったのか、あたしはヴィオと共に雷龍の上にいた。そしてスーッと空へと登っていく途中、眼下では心配そうに見上げているネオス達が見えた。

 大丈夫、必ず戻ってくるから…。

 あたしは心の中でそう言うと、瞬く間に意識を失った。



 それからどれくらい経っただろうか。

 これがヴィオの宵の煌なのね…と思ったのは、ネオスやイオータの力を受けた時と比べ、身体中にピリピリとした刺激を感じたからだった。癒される感覚はもちろんあるが、このピリピリとした感覚は不思議と心地良い。

 何だろう…。身体中の筋肉を優しく刺激して、重く感じた手や足がフワリと浮くようだ。

ネオスやイオータとはまた違う、独特の感覚と力強さがある。

 そうして不意に、意識が浮上した。極自然に目が開くと、そこには身体中に光を纏ったヴィオが、ある一点に集中している顔が見えた。同時に、それが触れられている部分だと気付く。

「…ヴィオ…」

 その声にヴィオが気付いた。

「おぉ、ようやくだな。──どうだ、気分は?」

「えぇ、すごく楽になったわ。声も出るし、さっきまでと比べたら体が軽くて浮いてるみたい」

「そりゃ良かった。──って、実際 浮いてんだがな」

「そうね…」

 あたしはクスッと笑った。

「ありがとう。もう大丈夫よ」

「そうか? ──けど、まだ半分くらいだから無理するなよ?」

「分かった」

「それにしても、そんな使い方だとすぐなくなるぜ? もう少し力のコントロールしねーと」

「それができれば苦労しないわよ。そのせいで、無理するのはいつもネオスだし─…」

「そこは気にする必要ない」

「どうして?」

「あいつがいるのはその為だからだ」

「…………?」

「ルフェラを守る事が、あいつの存在意義みたいなものなのさ」

「それって──」

「本人がそう望んでしている事だ、深く考えるな。それより、力をコントロールするコツを教えてやるよ」

「え、あるの?」

 〝本人が望んでしている事〟

 確か前にも同じような事を聞いた気がする…と思ったが、〝コントロールするコツ〟という言葉に、一気に興味を奪われてしまった。

「あるなら教えて。それができるようになれば、ネオスに負担をかけなくて済むもの」

「それが目的なら教えられねぇな」

「どうしてよ?」

「そんな事を気にしているようじゃ、あいつの存在する意義がなくなるだろ?」

「意味が分からないんだけど?」

「頼られなくなったら不要になるのと同じ事。そうなればあいつは──」

「バカ言わないでよ。あたしはただ、強くならなきゃいけないって思ってるだけで─…ネオスが不要になるなんて思ってもない。ネオスはネオス。どんな状況になっても、あたしの大切な仲間に変わりないわ」

「大切な仲間、か…」

 その言葉を繰り返したヴィオの表情はどこか寂しげで、そこでようやく、あたしはもう一度話したいと思っていた事を思い出した。

「そう言えば…セトの事なんだけど─…」

「あぁ?」

「…悪かったわ。殺さないとは言ったけど、約束を守れたかどうか─…」

「守れたさ。だから謝る必要はない」

「でも、やっと現れた相棒をあなたから奪ってしまう形になったし……」

「確かに、やっと現れた相棒だったな。だが、誰にでも向き不向きはある。あいつは向いてなかっただけだ。殺す事ならオレにもできたが、背景を見てきた立場ではどうも…な。それに、事の発端はオレの仕獣にもあったわけだし─…正直、オレには何もできなかった…。その上で、あの裁きは最善だったと言える。それは間違いない。任を解くなんて、オレには思いもつかなかったしな。それで、あいつもこの村も救われたんだ。オレからも礼を言う。──ありがとう」

 初めて会った時とは大違い。素直に感謝するヴィオの姿に、あたしはとてもホッとした。

「そう言ってもらえると、あたしも救われるわ」

「あれだけ自信持ってやってたのにか?」

「まぁ…あの時はね…」

「……………?」

「ねぇ、それよりこれなんだけど─…」

 あたしは、セトの扇を差し出した。

「次の風神が現れるまで、兼任してもらえない?」

「オレがか?」

「他に誰かいる?」

「…まぁ、いねぇよな」

「でしょ? ──じゃぁ、そういう事だから。この村の事もよろしくね」

 改めて扇を前に差し出すと、ヴィオは〝しょうがねぇな…〟と言いながらそれを受け取った。

「──けど、ルフェラがオレの伴侶になれば一番手っ取り早いと思うんだがな?」

「それは無理よ。神との結婚は無効だもの」

 〝当然でしょ?〟と言えば、何故かヴィオが不思議な顔をしている。

「なによ? 何か変な事言った?」

「あ…あぁ、いや、なんでも…。──よし、じゃあ今度はオレの番だ」

「………?」

「来いよ」

 そう言われて指をクイっと曲げたから〝どこに?〟と思ったが、それがあたしに言ったんじゃないと分かったのはそのすぐ後だった。ヴィオのすぐ横に、小さくなったソレがやってきたのだ。

「雷龍…?」

「どうやら、ルフェラの事が気に入ったらしい」

「もしかして、あなたから矢を奪い返す時に乗っていた…?」

「あぁ。専属で守りたいんだと」

「え…でもあなたの仕獣でしょ? いいの?」

「まぁ、たまにはこいつらの希望も聞いてやらねぇとな。──あぁ、あと兼任ついでにこいつも許可してやるよ」

 そう言うや否や、扇を軽く振った。すると、セトの目と同じ色をした龍が現れた。とても透き通った綺麗な緑色をした龍だ。

「風龍だ」

「風龍…」

「片割れよりセットでいた方がバランスが取れる。この方がこいつらも守りやすいし、ルフェラにとっても扱いやすいはずだ」

「そう…」

「何だ、不満か?」

「あ、ううん、そうじゃなくて…どうやって呼べばいいのかな…って…」

「そのまま〝雷龍〟と〝風龍〟でいいさ。下手に名前を付けると特別感が生まれるからな。それは、いざって時に判断を誤らせる事にも繋がる。仕獣は仕獣。それ以外の何物でもない。──分かるか?」

「…えぇ。──じゃぁ、よろしくね、雷龍、風龍」

 そう言って右手を差し出すと、雷龍と風龍はあたしの手に擦り寄るようにクルクルと巻き付きはじめた。そして二匹の体が絡み合い、そのままキュッと固まると、ストンとあたしの腕にはまった。それはまるで、金色のように光る黄色と緑色の龍が絡み合った腕輪のようだ。

「これでいつでも呼び出せる。こいつらがここに収まってる方が、オレにとっても好都合だしな」

「それってどういう──」

「ハハ…いや、何でもねぇ。──それより、例のコツなんだがな…」

「あぁ、そうよ。忘れてたわ…」

「力のコントロールは、感情のコントロールと同じだ。感情のまま〝こうしたい〟と思ったところで、その通りにはならない。もちろん、自分がどうしたいかって考える事が基本ではあるが、それ以上に、どうするべきかって考えるんだ」

「どうするべきか…?」

「そうだ。〝こうしたい〟っていう欲求は叶えたらキリがないし、感情のまま動けば、その感情の高ぶりに比例して力が使われる。だから、冷静に〝どうするべきか〟を考えるんだ。そうすれば自然と力もコントロールされていく。ま、早い話が冷静になれって事だな」

「なるほど…。冷静になれ、か…」

「難しいなら、オレが付きっきりで指導してやってもいいぜ?」

「それは遠慮しとくわ。あなたまでいたら、それこそ毎日が嵐になるもの」

「もしかして、ここにいないもう一人の仲間と、か?」

「そうよ」

「ふ…ん。それはそれで、興味が湧く。一度会ってみたい気もするな」

「やめてよ。ほんと、シャレにならないから」

「いや…案外、意気投合するかもしれないぜ?」

 なんだかもう、ラディとイオータみたいだわ…。

 悪い事を考える子供のように笑うヴィオに、あたしは呆れて溜息をつくしかなかった。

「ま、それはさて置きだ。──そろそろ戻るか? それともここに残るか?」

「もちろん戻るわよ」

「ハハ…〝もちろん〟ときたか。別にここに残ってくれてもいいんだぜ、オレは?」

 冗談ぽくそう言って笑ったが、その目には別の感情が映っているように見えた。

 ヴィオにとって、セトはやっと現れた相棒だ。それも、やっとと言うくらいだから、かなり長い間一人で待っていたに違いない。なのに、ついさっきその相棒を失い、再び一人になってしまったんだもの、孤独を感じても不思議ではないだろう。

「どうした、なぜ黙る?」

「寂しいなら〝寂しい〟って言えばいいのに…と思って」

「…そう言えば残るのか?」

「いいえ。でも、寂しいって言える相手くらいにはなれるわ。その時はあたしを呼べばいい。雷龍に乗って会いに来るから」

「会いに来る…か」

 そう繰り返した直後、〝いや〟と首を振った。

「オレが会いに行こう。ルフェラの顔が見たくなった時、ルフェラの声が聞きたくなった時、ルフェラと話がしたくなった時に、な」

「神出鬼没になりそうね…」

「ハハ、まぁ、コレを兼任したオレならどこにでも行けるからな」

 扇を軽く上げ〝兼任してラッキー〟くらいの口調に、あたしは思わず笑ってしまった。

「──よし。じゃぁ、行くぞ」

「えぇ」

 そう言うと、ヴィオは雷龍を軽やかに操り下へと向かった。

 来る時は全ての感覚が鈍くて気付かなかったが、雷龍に乗って動くとかなり寒い。反射的に体がブルッと震えれば、後ろにいるヴィオの左腕が無言であたしの体を抱き寄せた。何でもない時ならすかさず振り払っていただろうが、今は背中が暖かいだけでありがたく思える。

 雲の中を抜けると、眼下には意識を失う前に見た景色が広がった。ネオス達も変わらずそこにいたが、ひとつだけ変わっていたのは、みんながその場で固まるように眠っていた事だ。

「さすがのあいつも、起きてはいられなかったか」

「そりゃそうよ。朝からずっと歩いてきた上に、あんな事があったんだもの。みんなの疲れも相当なものよ。起きて待ってたら、逆にこっちが心配するわ」

「確かにな」

「本当はこのまま寝かせてあげたいけど─…」

 冬の今ではそうもいかないわよね…と心の中で言えば、僅かな間があったのち、ヴィオが何か思い付いたように言った。

「試すにはちょいどいいかもな」

「…………?」

「運んでやるよ」

「運ぶ…?」

 ヴィオの顔を覗き込むと、〝まぁ、見てな〟とばかりにニヤッと笑った。そして扇を一振りして幾つかの風龍を呼び出すと、〝行け〟と命じた。どこに行って何をするのか具体的に命じてないが、主の意思は伝わっているようだ。風龍たちは一斉にネオス達の上空に行き、周囲を取り囲むようにして回り始めた。次第に空気が回転し始める。そのまま風龍たちがゆっくりと下に下がっていくと、何故かネオス達の体が押し上げられるようにフワリと浮き始めた。それはとてもゆっくりで、見ているあたしでも寝ていたら気付かないと思うような、そんな体の動きだ。そこで、ヴィオが再び扇を一振りした。決して乱暴ではなく、船を進める為の帆に風を送り込むような、そんな優しい一振りだ。その風は回転した空気にあたり、ゆっくりと押し出した。寝ている姿のまま中に浮かんだネオス達は、囲まれた空気ごと移動を始める。

「もしかして、このままリューイさんが帰る村まで…?」

「あの中にいれば寒くもないし、起きる必要もない。寝ている間に家に着くんだ。──いい考えだろ?」

 そう言いながら、今度はあたし達の周りの空気をかき回すように扇を回した。すると、ネオス達と同様、空気の壁ができて冷たい空気が遮断された。竜巻の中にいた時と似ているが、風の勢いはもちろん、守られている感覚に安心さえする。

「使い方によっては、こんなにも変わるのね…。驚いたわ」

「必要なのは意思と想像力。それさえあれば、オレ達なら何だってできる。あとは、あいつらがどこまで指示を聞くかって事だけだ。強さはもちろん、信頼も必要だからな」

「だから〝試す〟って言ったのね?」

「あぁ。でもまぁ…こうすれば、もうしばらくルフェラと一緒にいられると思ったってのが本音かもな」

「…………」

 一瞬〝オレ達〟という言葉が引っかかったものの、ヴィオが〝試す〟と言った理由に納得した事の方が強くて、それはすぐに忘れてしまった。

 それにしても…本当に、最初の態度とは大違いで調子が狂うわ。でも不思議とラディの時のように〝何バカな事言ってんのよ〟と言い返す気にはならなかった。ヴィオの言葉を素直に受け止められるのは、その裏にある彼の寂しさと、その責任が自分にあると感じてしまうからだろうか。

 何だかよく分からないが、それを考えるにはまだまだ体の疲れが残りすぎているのかもしれない。寒さもなくなり、改めてヴィオの腕の強さと温もりを感じると、再び意識が遠のき始めた。次に目を覚ました時は、きっともうヴィオはいないだろう。だから完全に眠りに落ちる前に、素直な気持ちを口にした。

「あなたは本当に…優しい人よ……ありが…と──…」

 それだけ言うと〝気にするな〟という言葉と共に、何か柔らかく温かいものが額に触れた気がしたが、〝なに…?〟と思う間もなく、あたしは深い意識の下に沈んでいった。



 そうして次に目が覚めたのは、バーディアさんの大声が聞こえた時だった。その大声がみんなの名前だと分かりハッと目を開けると、そこはバーディアさんの家の前。玄関の前で、中に浮いた時と同じ格好のまま寝ていたのだ。

 目を覚ましたみんなは、いないはずのバーディアさんを目にして驚いた。何が起こっているのかすぐには理解できない。でも周りを見れば、馴染みのある景色が広がっている。


 明け方強い風が吹いて、外の方から何か気配がしたかと思い見に来たらみんながいた──


 バーディアさんの説明を聞いたみんなは──〝何故なのか〟は別にして──ここが家だと分かれば、もう歩かなくて済むという気持ちの方が強いのか素直に喜んだのだった。


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