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女神伝説  作者: Sugary
第七章
120/127

10 姿を現した風神 <1>


 集会所の周りは家々が密集していたが、ある程度離れるとその家もポツポツとまばらになった。作物を育てるのに適した村だからこそ、畑が広がってるのだろう。暗くてあまり周りが見えなかったが、体に吹き付ける風の当たり方で開けた場所を歩いているというのは分かった。その場所を更に突き進んでいると、目の前にぼんやりと白いものが現れた。

 ──壁だ。

 それはネオスやイオータの身長よりかなり高く、暗いながらも左右どこまでも続いているように見えた。

「風が弱まったな」

 ふと、イオータが言った。

 確かにここはあまり風が来ない。周りに遮るものは特になく、あるとすれば目の前の壁だが、風を遮っているという感じではなかった。

「ここが発生源ってことか…」

 イオータの結論にネオスが頷いた。

「おそらく一度風を空に飛ばして、少し離れた場所に放ってるんだ」

「──だろうな。じゃなけりゃ、とっくに自分の家も飛ばされてなくなってるはずだ。それでどうする? どこから攻めるつもりだ?」

「当然だけど、入り口は正門と裏門しかない。こういう場合、裏門から行くのが妥当なんだろうけど──」

「やっぱ、いくらなんでも神の家に裏門からっつーのはなぁ…」

「そうなんだ」

「結局、正門しかねーって事か…」

「それでも、可能性がないわけじゃない」

「まぁな。──しょうがねぇ、行くか」

「あぁ」

 一瞬、イオータがあたしをチラッと見た気がしたが、正直、ずっと感じていた胸の息苦しさが増していて〝なに?〟と聞く余裕もなかった。

 長く続いていた壁の終わりを左に曲がると、その先に三人の姿が目に入った。──と同時にリューイの声が聞こえた。

「おい、開けろ! 開けろ、セト! リアンがそこにいるのは分かってんだ! リアン、聞こえるか!? リアン──」

 大きな木の門扉をドンドンと叩き叫ぶリューイ。両隣では、ミュエリとランスがビクともしなさそうな扉を見上げている。その大きさからいって、おそらく中から閂がかけられているのだろう。体当たりして打ち破れるものではなく、中の者が許さない限り開く事はない扉だ。

「そう簡単には開かねーだろ?」

 イオータが声を掛けると、三人が振り返った。

「中から閂が掛けられてるのよ」

「この壁じゃ、乗り越えることもできねぇ…」

「くそっ…! ここにいるんだ…リアンはここに…! 開けろよ! ここを開けろ、セト!!」

「セト…?」

 両手の拳を何度も扉に叩きつけるリューイを見ながら、あたしはその名前を耳にして思わず繰り返した。

 そういえば、さっきのつむじ風の中で聞こえた会話…。確か女の人が〝セト様〟って呼んでたはず──

 そう思い出していると、

「ここの息子─…リューイさんを騙した人よ」

 ミュエリが少し小さな声で教えてくれた。

 ──という事は、あの会話はその人の?

 でもどうしてつむじ風の中で…?

 不思議に思っていたその時──

 ミュエリがリューイの名前を呼ぶのと、〝ドンッ〟という音が聞こえたのはほぼ同時だった。反射的に意識がそちらに向けば、リューイが扉に向かって二度目の体当たりをするところだった。

「リューイさん、無茶よ…!」

「この扉じゃビクともしねぇって!」


 ──ドンッ!


「ねぇ、リューイさん…!」

「閂が掛かってんだ、無理だって!」

「だからって…何もせずいられるか! 中にはリアンがいるんだぞ!」

「リューイさん…」

 ミュエリとランスが止めようとするが、今のリューイにそんな言葉は無意味だった。

 


 ──ドンッ!


 ──ドンッ!


 ──ドンッ!


 手伝ってくれとは言わないが、手伝ったところでどうにもならない事はみんな分かっている。だからと言って他に方法はなく、彼の気が済むまで…と見守ることしかできなかった。

 だけど、何度目かの体当たりの時だった。

 下から巻き上げるような風が吹いたかと思うと、つむじ風が扉とリューイの体の間に入り込むように吹きつけた。

「う…くっ…!」

「リューイさん!」

「おい── !」

 あっという間に、その体は弾き飛ばされてしまった。ザザザーと体を擦る音と共に、慌ててミュエリ達が駆け寄る。

「大丈夫、リューイさん…!?」

「くそっ…! くそぉ…!!」

 悔しさのあまり、リューイは拳を地面に叩きつけた。

 そんな声を耳で聞きながら、あたしはある部分から目が離せないでいた。

 ──扉だ。

 つむじ風が扉に当たった時に見えたのだ、扉が少し開いたのを…。あれは、閂が掛かってる開き方じゃない…。むしろ何も掛かってない状態だった。

 だとしたらどうして──

「ねぇ、どうするのよ? どうすればいいの!?」

 どうして開かないのか…。その疑問が頭に浮かぶ前に、たまらなくなったミュエリの声が響いた。

「あなた達もそんなところで突っ立ってないで、何か考えてよ…! せっかくここまで来たのに、何か方法はないの!? ねぇ、ルフェラ、ネオス、イ──」

「裏門…」

「え…?」

 ミュエリが最後まで言い終わらないうちに、あたしはネオスの言葉を思い出してそう答えていた。

 〝裏門…?〟

 みんなの頭の中で、同じ言葉を繰り返すような間が流れる。──と次の瞬間、リューイが〝そうだ、あそこなら…!〟と叫んで走り出した。

「え、ちょっと…待っ──」

 反射的にミュエリとランスも追いかけていく。

 あたしは彼らの姿を追うことなく、扉をじっと見つめていた。

「…いいのか、裏門に行かせてよ?」

 〝知らねーぞ?〟

 そんな言葉が聞こえそうなイオータの口調に、あたしの心は意外と落ち着いていた。

「だったら、どうして止めなかったの?」

 ついさっき、神の家に裏門から行くのは…と躊躇ったばかりだ。ネオスが言い出した時、イオータはもちろん、あたしも少なからずその言い分に納得した。だから正門に来たわけで、本当に裏門から行くのを避けたいなら、すぐにでも止めるべきだったのだ。それをしなかったという事は──

「どうせ、裏門も開かないんでしょ?」

 イオータが答えるより先に、あたしがその理由を言った。

「気付いたのか?」

 あたしはゆっくりと扉に近付いた。

「さっき見えたのよ。この扉に風が当たった時、少しだけど扉が開いたのを。リューイさんが体ごとぶつかってもビクともしなかったのにね…。しかも開いた扉の向こうには何もなかったわ。閂なんか掛かってなかったのよ。なのに開かなかった─…」

 あたしはそう言うと、そっと扉に触れた。その瞬間、身に覚えのある感覚に〝やっぱり…〟と確信した。

「…結界、だったのね」

 導き出した答えに、イオータが小さく息を吐き〝あぁ〟と言った。

「閂が掛かってなかろうが小さな扉だろうが、結界を張った扉はまず開かねぇからな」

「そうね」

「けど──」

「イオータ…」

 あたしはイオータの言葉を遮った。

「裏門に行ってくれない?」

「あぁ?」

「またさっきみたいに風が襲ってくるかもしれないし、イオータの判断で彼らを守ってあげて」

「あー…そう言うことか。オーケー。じゃぁ、こっちはお前らに任せたぜ?」

 そう言うと、イオータは踵を返し足早に去っていった。

 僅かな沈黙の後、あたしはネオスに視線を移した。

「ネオス、さっき言ってた可能性はあたしなのね?」

 その質問にネオスは少し驚いた風だった。でもすぐにいつもの顔に戻って〝あぁ〟と言った。

 やっぱり…。

「ルフェラ、結界の中に入るには──」

「知ってるわ」

「え…?」

 扉に触れた時の抵抗感は、壁のような拒否感じゃない。イオータやネオスが張ったそれと同じだった。つまり、許されたあたしならこの扉を開ける事ができる。──そういう事だ。もちろん、何故あたしなのかは分からないが…。

「ネオス、もし扉を開けても入れるのがあたしだけだったら、その時はルーフィンと一緒にみんなの所へ行ってて」

「それはないと思う。おそらく結界が張ってあるのは扉だけ。そこさえ開けば僕も入れるはずだ。でも、もしそうじゃなかったとしたら──」

 ネオスは一旦そこで切ると、それまでとは違う口調で続けた。

「絶対に一人では行かせない」

「……………!?」

 それは一体どういう意味…?

 そう思ったが、何故か口にする事はできなかった。今それを聞いてる場合でない事はもちろんだったが、返ってくる答えが怖かったからかもしれない…。

 あたしはそんな気持ちを押さえ込むように、ひとつ大きく息を吸った。そして両手を扉に当てると、力ではなく体重を乗せるように押した。


 ギ…ギィー…


 思った通り、ゆっくりとだが扉は開いた。時々、年季の入った音を立ててはいたが、それは扉の重さだけで意外にもスムーズに動いた。リューイが体当たりしてもビクともしなかったのが嘘のように…。それだけで結界の効力が分かった気がした。

「ネオス──」

 既に敷地内に入っていたあたしは、ネオス達が入れるかどうか確かめようと振り返ったのだが──

「大丈夫、入れたよ」

 既にあたしの真後ろに立って、左手には弓を握っていた。

「ネオス、まさかそれを守り神に使おうっていうんじゃ─…」

「それはまだ分からない。でも、僕たちが結界を超えたのは向こうも気付いている。そんな中で、彼女だけを連れ戻すのはほぼ不可能だ。例えそれができたとしても、また同じ事が繰り返されるだけで、この村は今までと何も変わらない」

「じゃぁ、どうすれば──」

 自分で言って、何を今更…と思った。

 彼女を連れ戻す──

 その思いだけでここまで来て、何をどうするかなんて考えていなかったのだ。

「ごめん、ネオス…。あたし肝心なこと何も考えてなかったのね…」

「だったら、今考えよう。何をどうしたいのか、そしてどうすべきなのか。──ルフェラはどうしたい?」

「あ、あたしは…もちろんリアンさんを連れ戻したいって思ってるわ」

「じゃぁ、この村を変えたい? 変えたくない?」

「元に戻せるものなら戻したい。でも──」

「じゃぁ、決まりだ。──守り神を裁き、彼女を連れ戻そう」

「え…?」

 い…ま、何て言った…? 裁く…? 神を裁くって言ったの…?

 驚きのあまり何も言えないでいると、ネオスが更に付け足した。

「ルールを破ったんだ。誰かが裁かなければ、この村は変わらない」

「で、でも…守り神なんでしょ…? あたし達が神を裁くなんてそんな事──」

「僕たちじゃない。──ルフェラが裁くんだ」

「─────!?」

「この村に近付くにつれて、何か感じていたはずだよ。それがどこから来ているものなのか、今のルフェラなら気付いてるんじゃないかな?」

「それは──」

「僕はルフェラが知り得る全ての事を知る事はできない。つまり、正しく裁くだけの情報を得られるのは、ルフェラしかいないんだ」

「だ、だけど神を裁くって──」

「恐れるのは分かるよ。でもルフェラは一人じゃない。僕がいるんだ。僕がルフェラを一人にはさせない、絶対に」

「ネオ…ス…」

 ついさっきも同じ事を言われたけど、それとは違っていた。いつもの優しさと力強さを感じるもので、不思議と心が落ち着いていく。そんな変化を感じ取ったのか、ネオスはあたしの背中を押すように触れ、いつもの優しい笑みを向けた。

「大丈夫、ルフェラは感じるままに行動すればいいんだ。そうすれば、自ずとすべき事が見えてくる。──言っただろう? ちゃんと導くって」

「…………」

 どうしてだろう…。どうしてネオスはこんなにも力強く自信に満ちているのだろう。そして、どうしてあたしはネオスの言葉を受けるとここまで変わるのだろうか。

 神を裁く──

 そんな事は恐れ多くて出来るはずがないと思うのに、そうする事が間違いじゃないと思えてくるから、自然と自分のすべき事を受け入れられるようになる。

「分かったわ、ネオス。とにかく守り神に会ってみる」

「それがいい。──行こう、御神木のある裏庭へ」

 あたしは、ネオスの目をしっかりと見て〝えぇ〟と頷くと、大きな屋敷の脇を抜けて裏庭へと向かった。


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