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女神伝説  作者: Sugary
第二章
12/127

6 救い人 ※

 翌日、昼食を済ましたあたしは、ルーフィンと共に、例の場所へ向かった。もちろん、ネオスたちには内緒で……。


「何を信じるべきか…か…。ここに、その答えがあるっていうのかしらね?」

 初めてパティウスと出会った場所を、ぐるりと見渡し、あたしはルーフィンに問いかけてみた。

『物なのかそれとも人なのか…。物なら、特に変ったものは見当たらないですけどね…』

「──ってことは、人…?」

『だとすれば、その人物は──』

 そう言いかけた時、遠くの方で、その人物を視界に捉えた。

「パティウス…!?」

 もしや…と思った人物を目にした途端、何故か、あたしの足は森の中に向かっていた。彼女を恐れる気持ちからか、それとも、様子を見たかったからか…それは分からない。けれど、思わず隠れてしまったのだ。傘までたたんで…。

 あとで声をかけようと思っても、森の中じゃ、いかにも 〝隠れてました〟 と言わんばかりじゃないか…と気付いたのは、パティウスがもうすぐそこまで来ている…という時。

 仕方なく、その場でジッとしていると、木々の隙間からずぶ濡れになったパティウスが見えた。

 そう…いえば…あの時もずぶ濡れで…傘なんか差してなかったわよね…?

 どうして…?

 ──その理由を知るのに、そう時間はかからなかった。

 両手を天に突き上げ、何かを呟き始める姿は、あたしが初めて彼女を見た時と同じ。

 呟いているのは分かるが、ここからでは何を言っているのか聞き取れない。

 ひょっとして、呪いの言葉なのだろうか…?

 だとしたら、聞きたくない。雨音に消され聞こえない事に感謝したいくらいだ。だけど、もし本当にそうなら、このままここにいていいのだろうか? 何もせず、ただ彼女を見ているだけで…?

 どうしていいか分からず、あたしは彼女の姿をぼんやりと眼に映していた。

 せめて、何を言っているのか分かれば、信じるべき何かが見えてくるのだろうか…。

 呪いの言葉なら…と不安になる一方、そんな思いから、いつしかあたしの視線は彼女の口元に移っていた。

 そんな時──

 微かにその声が聞こえた。──いや、聞こえたと思ったのは一瞬で、実際はルーフィンが喋ったのだ。

『…光の柱よ…』

『光の…柱…?』

 どういう意味かという疑問も含め、繰り返してみたが、ルーフィンは聞いてないようだった。パティウスをジッと見つめ、彼女の口が動くたび、言葉を発するのを見て、ようやく、それが彼女が呟いている言葉だと分かったのだが……。そして、何度か聞いているうちに、その言葉が見えてきた。


 〝光を遮る命の源、紅の力に道を譲り風と共に散れ。

           アクエルの名のもとに、光の柱よ青き空へ!!〟


 彼女の口の動きに合わせ、覚えた言葉を何度となく口ずさめば──

 あたしは、その真実にハッとした。

挿絵(By みてみん)

 信じるべきものが何なのか、やっと分かったのだ。同時に、彼女の悲しみが伝わってきて、あたしの目から、大粒の涙が流れだした。

 そう…だったんだ…。

 傘を差さなかったのは、差す必要をなくす為。そして、今のあたしと同じように、涙を流しても気付かれない為なんだ…!

 彼女は…パティウスは…呪われし子なんかじゃない…!

 彼女の母親が言ったとおり、この村にとって必要な存在なのだ…!

 葬るなんて間違ってる!!

 ユージンさんに伝えなきゃ──

 そう思い、森の外へ出た時だった。

「────!!」

 パティウスがあたしの存在に気付くのと、〝やっぱりここか!!〟 という怒鳴り声が聞こえたのは殆ど同時だった。反射的にそちらを向けば、その光景に驚いた。沢山の村人はもちろん、ユージンとカミル、そして、ネオスたちまでがやってくるところだったのだ。

 〝やっぱりここか!!〟 と怒鳴ったのは、昨日の朝、突然、部屋に乗り込んできた男性。

「…どう…して…?」

 理解できない…と、ネオスに尋ねれば、更に驚く答えが返ってきた。

「カミルさんが…二人がここにいるって…」

 そして続いたのは、先ほどの男性だった。

「今日、全てが解決するって聞いたんだ」

「え…?」

「あんたがこいつを葬ってくれるんだろ?」

「…ち…が──」

「俺は…こいつの最後を見届けてやるんだ! あいつの為にも──」

「そうだ、そうだ! 俺だって、こいつのせいでえらい目に合ってんだからな!」

「死んで当然なのさ!」

「おぉ、恐ろしい! 呪われし子なんて──」

 矢継早に、彼女への罵声が飛んでくる。

 〝違う〟 と言いたいのに、その間を与えない。

 そのうち雨が強くなると、罵声は、更に酷いものになっていった。

 悲しみが増していく──

 それが手に取るように分かった…。

 これ以上は、もうだめだ…!

 耐え切れなくなって、パティウスが逃げようとした時だった──

「お前なんか、さっさと死んじまえ!!」

 その瞬間、あたしは叫んでいた。

「もう、やめてよ──!!」

 その叫び声に、村人達が一瞬にして黙った。

「もう…やめて……パティウスも…もう、逃げなくていい……。あたしは、あんたを葬ったりしないわ…」

 その言葉に、どよめきが起こった。

 この女は救い人じゃないのか?

 呪われし子の救い人だったのか…?

 これで、この村も終わりなのか…?

 口々に発するその言葉の中から、かろうじて、あたしへの質問が届いた。

「…あ、あなたは…何を…言って──」

「言ったでしょ! あたしは、この子を葬ったりしない!! その必要がないからよ!!」

「何を今更──」

「分からない!? 呪われし子なんていないのよ! 始めから、呪われし子なんていなかったの!!」

「な…に…!?」

「パティウスは…呪われし子供なんかじゃない…あたしも…救い人なんかじゃない!」

 そのどちらの言葉も、村人にとっては衝撃だっただろう。

 理解できないのは当然、返す言葉も見つからないようだった。

 だけど、あたしは構わず続けた。

「あたしは…救い人なんかじゃない…。ここにいるルーフィンでもなければ、一緒に来たネオスたちでもない…。ましてや…あなた達が頼り人と呼ぶ、ユージンさんやカミルさんでもないわ!」

「…では…誰だというのだ…?」

 ややあって、質問したのはユージン。

 あたしは、自分を取り囲む村人たちの顔をグルっと見渡してから、彼女の目を真っ直ぐ見つめ、言い切った。

「あなた達よ」

「なに…?」

「救い人は、あなたたち全員の中にいる。お互いの…人を許す心が、この村の救い人になるの!」

「────!!」

「パティウスの力を気味悪がって、親子共々、この村を追い出そうとした。少なくとも、出て行けば、パティウスたちは虐められずにすむ。でも、母親はそれを頑なに拒んだ。パティウスではなく、母親が。なぜだと思う? それは、パティウスがこの村に必要だったからよ。だけど、あなた達はパティウスを 〝呪われし子〟 としてしか扱わなかった。やがて、母親は心労が重なって亡くなってしまった…。パティウスが、〝自分の母親を殺したのはこの村の人たちだ〟 と恨んでも仕方のないことだわ!」

「だから…俺たちに復讐しようとこの村を雨の村にしたってことだろ!?」

「違うわ! その逆よ!!」

 あたしは大きな声で叫んだ。

「復讐するなら、とっくにこの村を出て行ってるわ! だって、パティウスはこの村にとって必要な存在なんだもの。彼女がここに留まったのは、それが母親の願いだったから。そして、母親の魂が眠る場所だったからよ! この村にとって自分が必要ならば、それを証明しなければならない。それを証明する為に、パティウスは毎日、祈ってたの。この雨が止むように…って。でも止まなかった…。その理由はただひとつ、悲しかったからよ。母親が死んだ事はもちろん、それがあなた達のせいだってこともそう。そんなあなた達を恨んでしまう自分にも…そして、あなた達に理解してもらえないこともよ。雨が止んで欲しいと本気で祈っても、心の中には、どうしようもない悲しみに溢れてたの! 更に、雨が止まないから、悪循環のように悲しみは膨らんで……彼女の心は……彼女の心の中は涙で一杯だったの!!」

 あたしは一気にそれだけ吐き出すと、この雨の中、崩れるように地面に座り込み、泣いてしまった。

 雨音に混じって聞こえるのは、あたしの嗚咽する声のみ。ここにいる誰もが、一言も発せないでいたのだ。

 そんな中、しばらくして聞こえてきたのは、ユージンの声だった。

「…では…この雨は…あの子の涙だというのか…?」

 驚きの混じったユージンの声に、あたしは顔を上げて答えた…。

「……そう…よ…」

「────!!」

 ユージンの顔が、一瞬にして強張った。自分の考えが間違っていたことをようやく知ったのだ。

 そう…。

 彼女は雨を降らしていたんじゃない。あの不思議な力で雨を止まそうとしていたのだ。おそらく、毎日…。だけど、村人はそれを 〝降らしている〟 と思い込んだ。

 雨が止めば、傘は要らなくなる。だけど、今日もまた、雨が止まなかったら…悲しみは更に強まり、涙はとめどなく溢れる。だから、傘も差さず、雨でごまかしていたのだ。

 それがあまりにも悲しく、あたしの涙もまだ止まらない。呼吸すら上手くできず、これ以上は何を聞かれても答えられないだろう…そう思った時だった。

「ユージン様…」

 その声は、カミルだった。

「ユージン様…私はひとつ、あなたに謝らなければいけないことがあります」

「……なにを…だ…?」

「私は本来の場所に戻ります」

「…な、に…?」

「私には、特別な使命があります。神と共に生きる共人の使命が…」

「…もしや…!?」

 カミルはゆっくり頷いた。

「私の(あるじ)は水の使いであるアクエル様……呪われし子と言われ続けた、パティウスです。私は…彼女の元に戻ります」

「なんと──!!」

 ユージンは、最後まで言葉が続かなかった。それは村人全員も同じで、言葉を失ってしまったのだ。

 もちろん、あたしもネオスたちも驚いた。けれど──少なくともあたしは──それが事実かどうかなんて、正直、どうでもよかった。彼女が呪われし子でないのなら、そして、誤解が解けたのなら…。

 カミルが、なぜユージンの元で仕えていたのか…。

 それも全て分かった気がした。

 そう。全てはこの時の為だったのだ。真実を語り受け入れてもらう為、彼女は信頼を得続けていたのだ。それが、最終的にパティウスを守ることに繋がると、そう信じて…。

 一気に強まった雨は、あたしが感じるパティウスの悲しみに比例して、弱まっていった。

 もう間もなく、雨は止むだろう。

 二年振りに見る太陽は、村人をどう変えるだろうか。

 空にかかる虹を見て、それぞれ何を思うだろうか。

 厚い雲が徐々に薄くなり、雲間から久々の青空を見たとき、ユージンが静かに口を開いた。

「カミル…お前は知っていたのだな…? もうひとつの救い人が、ワシらの心にある、許す心だという事を…?」

 その質問に、カミルはゆっくりと頷いた。空を見上げたままのユージンに、その姿は映らなかったが、わざわざ、見る必要もなかっただろう。ユージンは全てを知り、全てを受け止めたのだ。




 こうして、この村の雨は二年振りに止んだ。

 過ぎてみれば、いったい何があったのか…実感すらわかないほどだが、それは今までの事があまりにも現実離れしていたからだろう。

 数日後に見た村の景色は、あたし達には見慣れているものだった。けれど、自分の村を出た時とは違い、あたしはとても幸せな気分でその村をあとにしたのだった──

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