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女神伝説  作者: Sugary
第七章
119/127

9 守り神

 ネオスが言っていた通り、途中から吹き始めた風は次第に強くなっていった。雨こそ降らなかったが、嵐のように吹き荒れる中でネオスの匂いを辿るのは、さすがのルーフィンでも難しいように思えた。

 そんな時だった。

 あたしはルーフィンが進む先の木々の一部が、なぜか点々と、そしていびつに光っている事に気付いたのだ。それはまるで目印のように先へ先へと続いている。

 みんなは気付いてないのか気にも留めず通り過ぎていくが、イオータと二人で後ろを歩いていたあたしは、その光が何なのかを確かめたところで、みんなが気付かなかった理由も知った。

 それは木の皮の隙間に入り込んだ、宵の煌だったのだ。

 おそらくネオスも思ったのだろう。この風ではルーフィンの嗅覚にも限界がある、と。だから、あたしやイオータでも分かるように、宵の煌を木々に付けたのだ。それがあまりの風の強さに表面の宵の煌は飛ばされた為、木の皮の隙間に僅かに残った粒子が光って歪な形をしていたのだ。

 当然イオータもそれに気付き、休憩後の再出発はあたしとルーフィンが先頭を歩くことで話を合わせてくれた。

 そうして木に付けられた宵の煌を頼りに進んでいくと、風は嵐を通り越して竜巻に巻き込まれているのかと思うほど強くなっていった。──と同時に、この頃からあたしは何か不思議なものを感じるようになっていた。最初は気のせいかと思ったが、村に近付くにつれてその感覚は強くなっていく。

 あたしだけなのか、それともイオータもそうなのか…。

 それを確かめたかったが、正直、飛ばされないようにするのに必死で話をする余裕など全くなかった。たとえあったとしても、あの轟音の中で人の声なんて聞こえなかっただろうが…。

 結局、気になる感覚を抱えたまま村に到着しネオスと合流した時には、かなり夜も更けた頃だった──


 ネオスは村の集会場にいた。そこには竜巻で家が倒壊し、住むところを失った住人が何人かいた。

 あたし達は、とにもかくにも風がしのげる場所に来た事でホッとしたが、同時に疲れがどっと押し寄せてきた。

「良かったよ、みんな無事に着いて」

「あ〜…誰かさんの導きもあって迷わずに済んだからなぁ…。けど、かなりヘトヘトだぜ…」

「だろうね。とりあえず行動を起こすのは明日にするとして、今日はここで休んだ方が──」

「い…や、ダメだ…今すぐにでも連れ戻しにいく…」

 ここまで来たんだ、明日まで待ってなんかいられない…とリューイが身を乗り出したが、その顔色は誰もが無理だと分かるものだった。

「やめとけって。昨日の今日で、あんたのダメージは相当なもんだぜ? 焦る気持ちは分かるが、命の危険性は低いんだ。ここは一旦休んだほうがいい」

「オレは大丈夫だ。別に、今更あいつをどうにかしようなんて思ってない…。ただ一発ぶん殴って、リアンを取り戻せればそれでいいんだ。あんたらが行かないってんなら、オレ一人でも──」

 そう言って立ち上がろうとしたが、体に力が入らなかったのか、それとも目眩でもしたのか…頭を押さえガクッと崩れ落ちた。咄嗟に、側にいたミュエリが体を支える。

「リューイさん…ダメよ、無理しないで。ここはイオータの言う通り、休むべきだわ」

「そうそう。それに今のあんたじゃ、一発すら殴れねーだろ?」

「…………ッ!」

 その言葉に、一瞬リューイは立ち上がろうとした。が、反論できる状態じゃないことを自分でも悟ったのか、悔しそうに腰を下ろすしかなかった。

「リューイさん…」

 さすがのミュエリも、それ以上は何も言えなかった。

 愛する人が目と鼻の先にいる。焦る気持ちとは裏腹に、自分の体が言うことを聞かないことの悔しさは、見ているだけでも痛いくらい伝わってきた。

「──それにしても、この風は何なんだ? 地形や自然現象にしては不自然だろ」

 空気を変えようとしたのか、口を開いたのはランスだった。

「まぁ、普通に考えれば不自然だよなぁ…」

 何とも意味ありげに答えたのはイオータ。当然、その口調にランスも引っかかった。

「普通に考えれば…ってどういう意味だ?」

「ん〜? そうだな─…」

 そう言って今度はネオスの方に視線を向けた。〝お前はどう思う?〟とでもいう目だったが、それを受けたネオスは僅かに考える間があったのち、あたしの方に視線を向けた。

「ルフェラはどう思う?」

「え…?」

 言っている意味が分からない…と答えに詰まっていると、今度は言葉を変えて再び質問が投げかけられた。

「ルフェラは、どう感じてる?」

「…………!」

 その言葉に、あたしはハッとした。

 〝実際にその目で見て感じてほしいんだ〟

 頭の中で会話した時の、あの言葉が重なったのだ。──と同時に、この村に近付くにつれて強くなっていった感覚の事を言っているのだと分かった。

 だけど、どう説明したらいい…?

 風の音が風の音には聞こえなかった。激しく吹けば吹くほど、別の何かに聞こえてくる。そして何より、胸が締め付けられるような息苦しさが続いているのだ。気のせいか、それとも幻聴か…そう思うようにもしたが、やっぱり、そのどちらでもなかったんだ…。

 でも、それをここで言っていいの…?

 不安になりつつも、答えを待つみんなの視線を無視するわけにもいかず、あたしが口を開いた時だった。

「神がお怒りになってるんだ…」

「…………!?」

 一瞬早く、別の誰かがそう言った。一斉にみんなの視線がそちらに移る。言ったのは、部屋の隅で俯き加減で座っていた六十歳くらいの男性だった。

「か、神って…一体どういう事だ…?」

 思わぬ言葉にランスが問いかけると、男性は外の風を見るように顔を上げた。

「あれは、自然現象でも何でもない…。この村の神がお怒りになって、荒ぶられているんだ…」

「この村の…神…?」

「この村は昔から良い風が吹いていた。穏やかな風は適度な雨雲を連れてきて、雨を降らせた後はまたどこかに連れ去り日差しをもたらしてくれる…。作物を育てるのには最高の場所だったんだ。それが二年ほど前からおかしくなった…」

 二年ほど前…?

 確か、リアンさんがバーディアさんの所に来たのもそれくらい前だったんじゃなかったかしら…?

 そう思い出していると、今度は違う村人が話し始めた。

「穏やかだった風は時に荒々しくなってね、必要な時に雨が降らなくなったのよ。それで、何度となく植えたばかりの苗がダメになったわ…。でもこういう時もあるもんさね…って、みんなその時は軽い気持ちでいたのよ。それが……ねぇ?」

「そうなんだ…。風は日に日に強くなっていった。村は黒い雲に覆われ、雷と大量の雨と風で、作物を育てるのが難しくなったんだ…。それでも、その時はまだ自然現象だと思う者がほとんどだったんだよ。雨と風と雷─…普通に考えれば〝嵐〟だ。たまたま今年はこういう年なんだ、って思えば大して疑問も持たないからな。ただただ、早くこの年が過ぎてくれ…ってみんな願っていたのさ」

「…けど、嵐は終わらなかった?」

 ランスの問いに、村人たちは〝いや〟と首を振った。そしてまた別の男性が話し始めた。

「嵐は終わった…普通の嵐はな。雨も雷も次第に弱くなって、残ったのは風だ。風だけが止まなかった…」

「むしろ、激しくなったよ。次第につむじ風が起きて、最近では竜巻まで起きるようになった。こんなに長く、被害が大きくなったのは初めてだ…」

「ほんと…風が止んだ時でさえ一ヶ月くらいで元に戻ったものね…」

「風が止んだ?」

 女性のその言葉に、今度はイオータが反応した。

「そんな時があったのか?」

「えぇ。そうねぇ、もう二十年以上前になるかしら…。突然パタリと止んで、それから一ヶ月くらい全く風が吹かなくてね…。雨も降らないから作物は枯れちゃうし、水不足で大変だったのよ。それが一ヶ月後に風が吹いたと思ったら、今度は、雨と風の嵐が三日間も続いて…。その後は普通に戻ったけど、あれは何だったのかしらね…って未だに話す時があるわ」

「…ひょっとして、それも神の仕業なのか?」

 誰に、とはなく聞いたのはランス。その質問に〝さぁ…〟と首をかしげる村人たちだったが、最初に喋った男性だけは違った。

「神の仕業さ。俺はそう思う」

「ど、どうしてそう思うんですか? 今までと違うからって、どうしてそれを神の意図みたいに─…」

 ここにきて、根本的な事に触れたのはミュエリだった。

「だいたい、神がいるかどうかも分から──」

「いるよ」

 神の存在を信じてないミュエリが、敢えて〝分からないのに〟と言おうとしたのは、彼女なりに信じている人に対して気を遣ったのだろう。ただその発言も、さっきの男性に遮られてしまった。

「神はいる。あの楓の木がそうだ…」

「楓の木…?」

 再びミュエリが聞いた。

「大地主様の裏庭に、一本だけ立派な楓の木がある。竜巻はそこから発生しているんだ…」

「───── !」

「御神木、か…」

 驚くあたし達とは対照的に、ひとり言のように呟いたのはイオータ。その隣にいるネオスも驚いているようには見えなかった。

 男性は〝あぁ〟と答えた。

「まぁ、実際にその瞬間を見たわけじゃないがな。ただ、神が何かに怒り荒ぶられているのは確かだ」

「怒り、ねぇ…」

 違う──

 何故か分からないけど、あたしは瞬時にそう思った。この感覚はそうじゃない、と。

 それを口にしようかどうか迷っていると、

「お…ぃ、だとしたら大丈夫なのか、あの彼女?」

 先に口を開いたのはランスだった。

「連れて行かれたのって、そこなんだろ?」

 その質問は、後を追っていたネオスに向けられていた。

 大地主の息子の命令なら、連れて行かれたのはその家。誰もがそう思ってここに来たのだ。途中、ネオスから〝ある家の中に連れて行かれた〟と聞いた時も、敢えて〝どこ〟と聞かなかったのは、あたしもそう思っていたからだ。

 自然とみんなの視線が集まる中、ネオスは〝あぁ〟と頷いた。

「…って事は、神云々は別にしても、そこから竜巻が出てんなら巻き込まれる可能性だって──…って、あ…おいっ!!」

「リューイさん!!」

 ランスが言い終わらないうちに、リューイがものすごい勢いで飛び出していった。咄嗟に、入り口近くにいたランスとミュエリが追いかける。あたし達もすぐに続こうと立ち上がったのだが──

「バカな事は考えないほうがいい」

「……………!?」

 思わぬ声が後ろからかかって、あたし達三人は思わず振り返った。

「どういう…事ですか…?」

 何がバカな事なのか、それが分からなくて聞いてみれば─…。

「大地主様は御神木を守っていらっしゃる。この村の為、神の怒りを鎮めようと必死なのだ。もし誰かが連れて行かれたのだとしたら、それが必要だと判断したからだろう。それを無理に連れ戻そうとすれば、神の怒りは更に大きくなり、被害は拡大。最悪、この村が滅びてしまうかもしれん」

「つまり、連れ戻すなって事…?」

「あぁ。気の毒だが──」

「気の毒…」

 あたしはその言葉を繰り返して、何故かフッと鼻で笑ってしまった。いや、〝何故か〟じゃない。〝気の毒〟と言いながら、そんな顔に見えなかったからだ。

「それが自分の奥さんや子供だったとしても、そういう顔して納得するの?」

「そ、それは─…」

 即答できない男性に、あたしは代わりに彼の本音を口にした。

「良かったわね、自分の身内じゃなくて」

「───── !」

「でも、どのみち風は止まないわ。この風が神の怒りによるものだと思ってるうちはね」

 あたしはそれだけ言うと、驚いた顔を見せる彼らに背を向けさっさとその場を離れた。

 後ろでは何か言っていたようだが、扉一枚開ければそんな声などかき消され、殆ど耳には届かなかった。


 風は相変わらず激しく吹いていた。乱れはするが追い風になった事は一度もない。まるでこの村に、そしてこの先に近付くことを拒否するかのように前から吹いてくるのだ。

 一度休んでしまった体には、それまで以上に大きく感じられる負担だ。一歩前に出す足が、妙に重い…。ううん、足だけじゃない、体全体だ。でも胸の辺りが特に息苦しく感じるのは、きっとあの感覚のせいだろう…。

「ルフェラ、大丈夫?」

 歩く速度が落ちたからか、ネオスが気付いて声を掛けてくれた。

「…えぇ、何とかね」

「出来るだけ僕のすぐ後ろを歩いて。その方が風の抵抗も少なくて済む」

「うん、ありがとう…」

「よし。じゃぁ、オレは更にその後ろに──」

「イオータは、前」

 最後まで言い終わらないうちに、ネオスが前を指さして却下した。

「マジで?」

「もちろん、マジで」

「そうか、マジか…」

 残念そうにそう言うと、イオータは渋々ネオスと並んで歩いた。そんな二人の短いやり取りに、あたしは思わずクスッと笑ってしまった。ラディを思い出したからか、それともこんな状況だからこそ、いつもの軽いノリが安定剤になったのか…。何にせよ、僅かでも息苦しさが紛れた事で少し落ち着く事ができた。

「それにしても驚いたぜ、彼女が結婚してたなんてよ? ルフェラに聞いた時は、さすがのオレも声が出たぞ」

「あぁ。でも厄介なのはその相手だ」

「──って事は、息子がそれか」

 ネオスが頷いた。

「けど、それならそれで本人も分かってるはずだろ? それがどういう事になるのか。十歳やそこらのガキじゃねーんだぞ? なのに何でその道を選ぶ?」

「さぁ…。ただ一つ言えるのは、彼はまだ汚れていないって事だけだ」

「あぁ、確かにな。だとしたら、少しくらいは収まってもいいはずなんだが…」

「僕もそこが分からないんだ…」

「あたしはもっと分からないんだけど?」

 すかさず大きめの声で割って入れば、同時に二人が〝うん…?〟という顔で振り返った。

「説明してくれる?」

 前で話してる二人の会話は、強風であっても風向きから全部聞こえていた。言ってる事はいまいち分からなかったが、あたしの知らない何かを知ってるのは分かった。だとしたら、あたしも知りたい。ううん、知らなきゃいけない─…そんな気がしたのだ。

 二人がお互いに顔を見合わせると、目で会話したように〝そうだな〟と頷いた。そしてネオスが後ろに下がってあたしの横に付くのと同時に、イオータがスッと体をずらし、あたしの目の前に移動した。今度はイオータが風よけになってくれたのだ。

「ありがとう、イオータ」

「こんな事で無駄に体力使わせるわけにいかねーからな」

「…………?」

 思わず〝どういう意味?〟とネオスに視線を向けたが、

「あとで分かるよ」

 ──と何とも気になる答えが返ってきた。それでも、その事に気を取られている間はなかった。

「それで、さっきの話だけど─…」

「あ、うん…」

「ルフェラは、神の存在って信じる?」

「神…?」

 さっきの話に神なんて出てきたっけ…?

 ──そう思ったが、村の人が話していた事でもあるため話を続けることにした。

「村に守り神がいるっていう話なら、いると思ってる…けど…」

「じゃぁ、その姿は? どういう姿をしてると思う?」

「どういう…姿…?」

 言われて、それ以上の言葉が浮かんでこなかった。

 神はいる。

 漠然と信仰の類でそう思ってただけで、どんな姿をしてるかなんて考えた事なかったからだ。

 あたしは〝分からない〟と首を振った。

「僕たちと同じだよ」

「─────!?」

「僕たちと同じ、人の姿をしているんだ」

「同じ…人の姿─…。じゃぁ、神の御霊が宿ると言われる御神木って──」

「神本体ではない。でも、その神と関係があるのは確かだよ。そして、この村の御神木が楓だというのも間違っていない」

「どうしてそう言えるの?」

「楓は風の木なんだ。つまり──」

「あ…風神!?」

 ハッと気付いてそう言えば、ネオスが〝そう〟と頷いた。

「それが木の幹なのか枝葉なのかは、まだ僕には分からないけどね。でもあの男性が言ってた事は、あながち間違いじゃなかったって事だ。この風が神によるものだ、という点はね。ただ、問題はそこじゃないんだ」

「そこじゃ…ない…?」

 木の幹か枝葉か…その意味も気になったが、優先すべきは〝問題〟の為、それには触れないでおいた。

「問題は、神が誰かって事。そしてルールを破ってる事なんだ」

「ルール?」

「神だからって何をやってもいいというわけじゃない。守り神として存在する以上、特別な人を得てはならず、また何人たりとも守り神を汚す事は許されない。──細かい事を言えば他にもあるけど、今この村で破られてるルールはそれなんだ」

「ちょ、ちょっと待って─…」

 あたしは頭の中で考えた。というより、その説明を繰り返した。

 守り神として存在する以上、特別な人を得てはならず、何人たりとも汚す事は許されない…。神は特別な人を得てはならず、誰も神を汚してはならない…。神は特別な人を──…

 ──と、そこでハタと気が付いた。

「まさか、リアンさんの結婚相手が…!?」

 口に出した途端、ネオスが〝そう〟と頷くより先に、あたしは間違いない、と確信した。ここに来る時にネオスが言っていた〝この結婚には問題がある〟という言葉。あれは、これを意味していたのだ──と。

「ネオス、問題はどっち?」

「…………?」

「この結婚が無効にできない事なのか、それとも相手が神だからリアンさんを取り戻す事ができない事なのか…」

 どちらが問題でも、リューイとリアンが一緒になる事はできないだろう。それでも後者が問題なら、力づくで取り戻す方法を考える余地はある。そう思い聞いてみれば、ネオスから返ってきた言葉は意外なものだった。

「どちらでもないよ」

「…………?」

「基本的に神と人との結婚はあり得ない。あるとすれば、それは神が穢され力を失うという事なんだ。そうなれば彼女を取り戻す事はできないけど、この状況からすればそれはないからね。問題だったのは相手が神だったって事だけど、この風が収まらない理由がルフェラに分かれば、きっと全てうまくいく」

「それって、いったいどう──」

 そう言いかけた時だった。

『ルフェラ、伏せ──』

「おい、伏せろ!」

 足元にいたルーフィンの声とイオータの声がほぼ同時に聞こえた瞬間、あたしはネオスに体ごと引っ張られ、地面に突っ伏していた。途端に、強風とそれに混じって色んなものが体に当たった。顔を上げればその隙間に風が入り込み、体の下から浮きそうになる。だから隙間を作らないよう必死に顔を地面につけるしかなかった。

 ──とその時、


「セト様、ほら見てください。こんなに立派なお野菜が──」


 なぜか女性の声が聞こえた。反射的に顔を上げるも、一瞬目を開けただけで砂が容赦なく飛び込んできたからすぐに目を閉じてしまった。けれど声はまだ聞こえてくる。


「本当だ、すごいな。どれも美味しそうだ」

「でしょう? ほら、もうお腹が空いてきたんじゃありません?」

「あぁ。どうもこの赤いトマトを見ると惹かれてしまう」

「分かりました。じゃぁ、ひとつ切ってきますから一緒に食べましょう?」

「あぁ、いいね」


 ネオスとの会話でさえ大きめの声で話さないと聞こえなかったのに、それより強風が吹いてる今、この会話はハッキリと聞こえたのだ。

 なんて幸せそうな会話なんだろうか。

 体に受ける激しい風とは対照的に、ゆったりとした時間を感じる。

 これは一体なに…?

 ──そう思った矢先、突っ伏していた背中を軽く叩かれた。ハッと顔を上げると風は元の強さに戻っていて、不思議な声も聞こえなくなっていた。

「行ったみたいだよ。大丈夫、ルフェラ?」

「あ、うん…ありがとう。ルーフィンは──」

「大丈夫。ルーフィンも無事だよ」

「…良かった。ねぇ、今の風って──」

「あれは、つむじ風だな」

 先に立ち上がっていたイオータが、過ぎ去った方を見て答えた。

「つむじ風…?」

 ううん、聞きたかったのはそういう事じゃない…。

 改めて〝声が聞こえなかったか〟と聞こうと口を開けかけたのだが、同時に、あの声が聞こえていたらそんな答えにはならないと気付いて言うのをやめた。

「竜巻じゃなくて助かったぜ…。けど、こうも暗いとリスクしかねぇな」

「あぁ。でもこうなった以上は仕方がない。彼らの事も心配だし、とにかく急ごう」

「──だな」

 その結論にあたしも頷くと、出来るだけ歩を早め強風の中を進んだ──


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