8 戻った記憶と明らかになる真実 <2>
「お願いね、ルーフィン」
ルーフィンは、すぐに体を翻し元来た道を歩き出した。少し坂を登り、家の裏を横切るようにあった道に出れば、そこはあたし達がこの家に来る直前まで歩いていた道の続きだ。その道を進み、ちょうどリアンが隠れていた小屋の裏に来た時だった。何気なく後ろを振り向いたあたしは、どこか見覚えのある光景を目にして思わず立ち止まった。それは木々と草と雪が広がるただの道。時々、雪が解けた雫がポタポタと落ちるだけの、どこにでもあるような場所だ。だけど、あたしはその瞬間〝ここだ〟と確信した。
──そう。ラディと話してる時に、突然闇の中で見えたあの景色だ。そして他の場所を見ようとしたものの、ラディの声で途切れて見えなかったのは、リアンが隠れていた小屋を含めたバーディアさんの家だったのだ。同時に、ネオスが言っていた〝視線〟の事も思い出した。
「どうした…?」
突然立ち止まったあたしに、イオータがそう聞きながら同じように立ち止まり振り返った。
「…ここよ」
「あぁ?」
「ここにいて見張ってたのよ、リアンさんを…」
その言葉に一瞬何かを考えるような間があったが、すぐに察知した。
「…見たのか、闇の中で?」
あたしは頷いた。
「でも見えたのはこの道の部分だけよ。だから、そこが何処なのか分からなかった…」
「──って事は、やっぱあの視線はあいつらだったって事か。どうりで殺気がなかったわけだ。ま、今となっちゃどうでもいい事だけどな」
「…そうね」
目的が連れ戻すだけなら、殺気が感じられなかったのも納得がいく。ただ、あの闇の中で〝ここだ〟って分かるような何かを見つけてたらこんな事にはならなかったかもしれない──
闇の中で見える光景に自分の意思なんて通じないだろうけど、そんな後悔にも似た責任を感じずにはいられなかった。だからなのか、〝どうでもいい〟と軽く付け足すように言われて、あたしは少し救われたのと同時に気持ちを切り替える事ができた。事が起きた以上、過去をどうのこうの言っても意味がない。だったら後悔しないように結果を残せばいいだけなんだ、と。
「ちょっと、お二人さ〜ん?」
不意に〝何やってるの?〟と続きそうな声が聞こえ振り向くと、立ち止まった矢先に抜かしていったミュエリが、木々で見えなくなる手前で止まってこっちを振り返っていた。
「見失っても知らないわよ?」
気付けばみんな先に行っていて、残っていたのはあたし達だけだった。
「今行くわ」
そう答えると、あたし達は再び前を向いて歩き出した。
「──にしても、思ったより元気だったな?」
「………?」
「宵の煌だけじゃなく、天の煌も使ったんだろ?」
一瞬、誰の事を言ってるのかと思ったが、その言葉で自分の事だと分かりハッとした。
「あの状況で力を使ったら、立つ事もままならねぇと思ったんだが─…よく家に戻れたな?」
「…ランスよ」
「は…?」
「ちょうど、ランスが来たの。イオータの言う通り、一人じゃ立てなかったわ。だから、ランスに助けてもらったのよ」
「まさか、あいつが─…ラディがそれを許したのか?」
あたしは〝えぇ〟と頷いた。
「あたしの事を頼む、って言ってくれたわよ」
「ま…じか…信じられねぇ…」
イオータには珍しいくらい、本気で驚いているようだった。だけど、あたしはそれ以上に気になる事があった。
「やっぱり、体が重くて動かなくなるのはあの力のせいだったのね…?」
「あ〜…そりゃ、命の気が使われるからな」
「命の気…?」
「体力、気力…自分の命を司る気を使うんだ、ああいう力は。だから、限度も知らず使い過ぎると命を落とす事になる」
「そう…なの…!?」
「まぁでも、自分の力をコントロールできるようになれば、その危険も減るしな。そうなるまではネオスがついてるんだ、心配する事はないさ」
心配はないと言われたものの、同時に新たな心配な事が芽生えた。あたしの事じゃない、ネオスの事だ。
「それって…ネオスは自分の命の気を減らしながら、あたしに宵の煌を使ってるってこと!?」
「あぁ…まぁ、そういう事ではあるが──」
「そんな…」
ショックだった…。
ネオスが自分の命を危険に晒しながら、毎日のようにあたしに力を使ってたなんて…。それなのに、あたしは何も知らないであの心地良さに身を委ねていたっていうの…?
「大丈夫だ、気にすんなって」
「気にすんなって…するに決まってるでしょ!? あたしのせいでネオスの命が──」
「だから地の煌があるんだ」
「え…?」
〝知らねーのか?〟
一瞬そんな目を向けられたが、すぐに続いた。
「地の煌─…つまり、大地から得る力だ」
「大地…から…?」
イオータは歩きながら上を見上げた。
「こんなでっけぇ木が育つんだぜ? その力は命の源そのものだ。もし力を使い過ぎたり必要性を感じたら、その時は大地から補充すればいい」
「どうやって…?」
「そんなもん、気さえ感じればどうやってでもできるさ。立ってるだけでも、そこら辺の地面に寝転んでるだけでも、な。ただ、補充できるからって無茶していいってわけじゃねぇぞ。補充するって事は、一時的だがその場の気を奪うって事だから、奪い過ぎればその周辺の木々は枯れて朽ち果てる。──まぁ、その辺はあいつも分かってるから、上手くやってるだろうけど?」
「…そう」
「なんだ、まだ納得できねぇって顔だな?」
「別にそういうわけじゃないけど─…」
「けど…?」
〝あたしも、その力を使えるようになる…?〟
思わずそう聞きそうになったが、ふといつかの時に言われた言葉を思い出して飲み込んだ。
〝聞く相手を間違えたって事だな〟
自分が何者で、これからどうなっていくのか…不安で聞いた時に言われた言葉だ。あれ以来、自分の未来に繋がることは聞き辛くなったのだが──
「まぁ、自分でその力を得れば分かるようになるさ」
あたしの気持ちを知ってか知らずか、イオータ本人がその答えを口にしたから、内心ホッとした。
「…そうよね」
その力さえ得られれば、ネオスにばかり頼らなくても済む。ネオスの命を危険に晒さなくて済むのだ。
「──けど、あれだな? その力を得てないとすると、どうやってそこまで復活できたのか…が疑問だな」
「どうやってって─…」
「命の気は、飯を食ったり寝たりすれば増えていく。けどそれは徐々に、だ。立っているのもままならない状態で、一晩寝たからってそこまでは復活しない。ラディが心配した時だって、丸二日は寝込んでただろ? しかも、ネオスが力を使ってたにも拘らず、だ。まぁ、あの時はタフィーと関わってたから尚更だがな…。ただその部分を除いたとしても、あいつがいない状況で、ここまでの復活はありえねぇんだ。だから、地の煌が目覚めたのかと思ったんだが──」
「宵の煌よ」
「あぁ?」
〝なんの事だ?〟という目を向けるイオータに、あたしは言葉を付け足して繰り返した。
「地の煌じゃなくて、宵の煌。昨日、あたしが受けたのは宵の煌よ」
「な…に!? 間違いねーのか!?」
「えぇ」
「──って事は、力を飛ばしたのか、あいつ!?」
「力を飛ばす…? そんな事ができるの?」
「あ、あぁ…まぁ、できねー事もねーけど──」
「じゃぁ、感覚が違ったのはそのせい…?」
「感覚…?」
「ほら、同じ宵の煌でも、使う人によって違うじゃない? 受けた時の感じ方っていうか、伝わってくる感覚みたいなものが?」
「へ…ぇ、そうなのか?」
「そうなのかって─…知らないの?」
「まぁ、受けた事ねーからな、オレは」
「………?」
一瞬〝なんで…?〟と思ったが、すぐに〝あぁ、そうか〟と思った。力を扱う側として当然知っているものだと思ってたけど、強ければその力を受ける機会がないため知らなくても何ら不思議はないんだ、と。ただ、〝受けた事がない〟と言った本当の理由を知るのは、もっと後になってからだったが──
「──で? その感覚が、いつもと違ったってことなのか?」
「あ…うん、そうよ。上手く説明できないけど、ネオスとイオータの力にも、受ける感覚の違いがあるのよ。ほんの僅かだけどね。だからある程度意識が戻ってくると、どっちに助けてもらってるのか分かるんだけど…。昨日の力は、それとは少し違ってたのよね…」
「──というと?」
「何て言うのかな…。〝ほぼネオス〟って感じ…?」
「なんだ、そりゃ?」
「自分でもよく分からないわ。ただ全く同じじゃないけど、二人の違いが分かる〝僅か〟に比べたら、比じゃないくらいネオスとよく似てたのは確かよ。だから、力を飛ばした事でその感覚が変わったのだとしたら、あれは間違いなくネオスだったって言えるわ」
「ふ…ん、なるほどな。ネオスとよく似てた…か」
「えぇ」
あたしは頷いた。
むしろ、そう考える方が納得できる。ただ、力を受けた事のないイオータにとっては、感覚の違いどころか感覚すら想像できないのは当然で…。〝なるほどな〟と言ったものの、その顔にはイマイチ納得できない気持ちが浮かんでいるように見えた。
「まぁ、何にせよ元気なら問題ねぇか。辛くなったら早めに言えよ? ギリギリじゃ、オレもキツイからな」
それはつまり、〝宵の煌を使って回復させてやる〟という意味だった。
「ありがとう、そうするわ」
「あぁ、それでいい」
素直にそう言ったが、おそらくタフィーがいなくなった今、イオータの力は借りなくて済むだろう。もちろん、意図するしないに関わらず力さえ使わなければ、の話だが…。
「あら、やっと追いついたわね、お二人さん?」
会話が一段落した頃、あたし達の気配に気付いたのかミュエリが振り返ってそう言った。
「それで? 二人して、なにコソコソと話してたのよ?」
「別に、コソコソとなんか──」
「いやぁー、やっぱ二日酔いに山登りはキツイな、って話だ」
言い合いに発展しそうな会話をイオータが遮れば、途端に流れが変わる。
「それは二日酔いじゃなくて、酔ってるっていうんでしょう?」
「あぁ〜…まぁ、そうとも言うか」
「私が知る限り、明け方まで飲んでたものねぇ」
「そりぁ、飲むだろ。あんな状況だったらよ?」
「まぁ、そうよね」
「ラディは…」
あたしは、ひとつだけ聞いてみた。
「ラディは、幸せそうだった…?」
その答えだけが聞きたかった。真実は知っているから、それをどう話したとか、家族がどう思ったかは知らなくていい。ただラディが幸せそうなら、それが全てだと思ったからだ。
あたしの質問にイオータとミュエリが顔を見合わせると、先に答えたのはイオータだった。
「だから明け方まで飲んでたんだ。酒が美味くてな」
「そうよ。そして私とラディのお母さんが作ったご飯も美味しくてね」
「…そっか。なら良かった」
二人の表情にラディの幸せそうな顔まで浮かんでくるようで、あたしはホッとした。
「それより、私はあれが気になるのよね…」
ミュエリが、ふと思い出したように言った。
「気になるって、何がだ?」
「続きよ」
「続き?」
「ほら、寝込んでる弟に話しかけてたでしょう? 〝誰も責任を感じて欲しくない。それが妹の願いだ。分かったらこっちにこい!〟って」
「あぁ」
「あの後、〝じゃないと、この続きは話してやらないからな〟って言ってたじゃない?」
「あ〜…そういや、そんな事言ってたな」
「でしょう? 朝になって熱が下がったのは確認したけど、私達が家を出てくる時は、お母さん以外みんな眠ってたし…。だからすっごく気になるのよ、その続きが何なのか。イオータは気にならない?」
「別に。──ってか、言われるまですっかり忘れてたからな」
「冷たいのね…」
「何でそうなる…」
「だって、ラディと家族が十年振りに元の形に戻れた出来事なのよ? それが亡くなった人と話をしただけでも驚きなのに、まだその続きがあるって言われたら─…」
「だとしても、オレ達には関係ねぇだろ?」
「あら、どうしてよ?」
「タフィーと話した事で、あいつは前に進めたんだ。家族と会って自分の気持ちも言えたし、クレイが目を覚ました時には、改めて真実を話して救ってやれる。大体、あいつのあんな幸せそうな顔を見といて、それ以上何を聞く必要があるってんだ?」
「それは、そう…だけど…」
「──だろ? それでも続きが聞きたいってんなら、それは単なる興味本位に過ぎないと思うぜ?」
イオータにそう言われ、確かに…と思うところがあったのか、ミュエリも素直に〝そうね…〟と頷いた。
そんな時だった。
ふと何かが聞こえた気がして、あたしは反射的に顔を動かした。何かの音なのか、それとも声なのか…。どこから聞こえたのかも分からないため、なんとなく視線を泳がしながらそちらに意識を向けてみたのだが…。特に変わった様子は見られず、前を歩くリューイやランスはもちろん、耳のいいルーフィンや気配に敏感なイオータまでもが何かを気にする様子もなかった。
ルーフィンに聞こえてないなら、気のせいね…。
あたしはそう思うと、再び二人の会話に意識を戻した。
「まぁでも、〝聞きたい〟って思う理由が他にある場合もあるけどな」
「どういう事…?」
「〝聞きたい〟って事は、言い換えれば〝知りたい〟って事だろ? 興味本位以外で、それも特に必要でもない情報を知りたいって事は、だ。知りたいのはその内容云々じゃなくて、そいつに関する事だからって時もある。まぁ、本人が気付く気付かないは別としてな」
「確かにそうね。好きな人の事なら何だって知りたいと思うし──」
──と言いかけて、ハタと何かに気付いたミュエリ。途端に〝あり得ない!〟とばかりに、それを否定した。
「ちょ、ちょっと…私はそうじゃないわよ!?」
「あぁ、何がだ?」
「だから──」
『……ラ…』
───── !
また…?
ミュエリの言葉と重なって、何かが聞こえた…。瞬時に意識を耳に集中させる。
ミュエリは興奮していて聞こえないのか、更に続けていた。
「〝続きが聞きたい〟って、別にそういう意味で言ったんじゃないから! だいたい、私が──」
『…フェラ…聞こえるかい…?』
「────!! ネオス…!?」
「そうよ、私が好きなのはネオスで──…って、ちょっと今更なに驚いた声上げてるのよ、あなた?」
「え…? あ…だって今、声が──」
「声…? 誰の?」
「ネオスの─…」
その一言に、眉を寄せたミュエリ。〝そんな声聞こえた?〟と、イオータに視線を送れば、二人とも少し歩を緩め周りの音に耳を傾け始めた。
しばし続く無言の時間。──が、聞こえるのは雪を踏みしめる音だけだった。
「何も聞こえないけど…?」
「そう、ね…。でも──」
「大体、ネオスはリアンさんの村に向かってるんでしょう? もうそこに着いてるかもしれないんだし、声が聞こえるはずないじゃない」
〝気のせいよ〟
軽く一蹴するように付け加えると、ミュエリは再び歩を速めた。
確かに、そうよね…。男達を追いかけたネオスが今どこにいるのかは分からないけど、声が聞こえるような距離じゃない事だけは確かだ。だとしたら、おかしいのは何も聞こえていない彼らではなく、聞こえたあたしの耳の方だとようやく頭で理解した。聞こえたんじゃない。聞こえた気がしたのだ、と。
そう、気のせいよ。
半分は本気で、でももう半分は自分に言い聞かすようにそう心の中で呟くと、同じように歩を速め、離れてしまったミュエリの後を追ったのだった。
だけど──
現実的に考えて正しいと思っていた結論は、すぐに間違いだと知らされた。
ミュエリの背に追いつき暫くした時、また声が聞こえたのだ。
気のせい…なんかじゃない…。
思わず立ち止まり耳を澄ませば、聞こえたのはイオータの声だった。
「話しかけてみろ」
「え…?」
驚いて振り向くと、すぐ後ろを歩いていたイオータが同じように立ち止まっていた。
「聞こえたんだろ、あいつの声が」
その言葉に、あたしはハッとした。
「やっぱりイオータにも──」
「いや、オレには聞こえねぇ」
「え…?」
「けど聞こえたのがネオスの声なら、気のせいなんかじゃないって事だ」
「…どういう意味?」
「あいつが飛ばした思いを、お前が受けたんだよ」
「飛ばした思いを受けた…? それって、力を飛ばしたのと同じ事?」
「まぁ、似たようなもんだな。力を飛ばせるようになれば思いも飛ばす事ができる。その逆もまた然りで、要はどっちが先にできるようになるかってだけだ。ただ、それができる相手ってのは互いに決まってるからな。他の奴らにはもちろん、オレでさえあいつの声は聞こえない」
「つまり、あたしとネオスにしか…聞こえない…?」
「そういう事だ」
「…どうして?」
「どうしてって─…そりゃ、お互いの質が上がって力が目覚めてきたからに決まってんだろ?」
「じゃなくて─」
一瞬、〝質…?〟と意味の分からないことに疑問符が浮かんだが、それ以上に聞きたかった答えの方が重要な気がして、すぐに聞き返していた。
「どうして、ネオスの相手があたしだって決まってるのかって事よ」
「なんだ、嫌なのか?」
「違うわよ、そうじゃなくて─…。ただ、同じような力を持ってるなら、あたしじゃなくイオータでもいいのにって──」
「そりゃ、無理な話だ」
「どうして…?」
「その相手は生まれる前から決まってるからだ」
「…………?」
「このオレだって、ちゃんと決まった相手がいるんだぜ? しかも、決めたのはオレだ」
「い、意味が分からないわ…」
「だよな。でもまぁ、そのうち分かるさ。そこには、切っても切り離せない特別な絆があるからだ、ってよ」
特別な…絆…? 切っても切り離せない特別な絆…。それが生まれる前から決まってるって、一体どういう事…?
〝そのうち分かる〟と言われた以上、聞いても教えてくれない事は知っている。だから、答えの出ない疑問だけがグルグルと頭の中で駆け巡るのだが…。
「ほら、行くぞ」
これ以上距離が開くと厄介だとばかりに背中をトンと叩かれたから、良くも悪くもその疑問は断ち切られてしまった。
「取り敢えず、歩きながら話してみろ」
「話すって、どうやって…」
再び歩き出したあたし達はミュエリとの距離を縮めつつ、だけどある一定の距離を保ちながら小声で話した。
「簡単な事だ。心の中で話せばいい。ルシーナの家の裏山で戦ってる時に、統治家にいたオレと話しただろ? あれと同じだ」
その説明に、あたしは〝あぁ、あの時の…〟と思ったが、同時に〝あれ…?〟と疑問が湧いた。
あの時って、イオータが思いを飛ばしたのよね? 状況が状況だったから声に出せなくて、自然と心の中で答えてたけど、どうしてあたしと話せたんだろう…? だって、イオータにも決まった相手がいて、その相手としか話せないって─…
そう思った時だった。
「あれは引き合う剣の力によるもので、オレ達が持つ力じゃねぇからな」
会話の流れから、あたしが持った疑問を察したのだろう。イオータは、タイミングよくそう付け足した。
「なんか、複雑ね…」
思わず漏れた言葉だが、口にしてみてそれが正直な気持ちだと思った。
あまりにも色んなことが起きすぎて、何に驚き、何に納得し、何に疑問を持つのが正しいのか分からなくなってきたのかもしれない…。
きっと…複雑なのは力の関係性じゃなく、あたしの気持ちなのよね…。
そう思い、小さな溜息をついた時だった。
『…大丈夫だよ、ルフェラ』
「ネオ─…」
聞こえた声に思わず声を出し顔を上げたが、同時にイオータとも目が合った。イオータが無言で〝話せよ〟と頷く。それを見て、あたしも〝分かった〟と頷いた。
『ネオス、あたし──』
『そう深く考えないで、ありのままを受け止めればいい。人と違う力がある事も、普通では考えられない事が起こる事も、僕たちにとってはそれが〝普通〟になるから』
『普通、に…?』
『あぁ。初めて見る景色が、住んでいたら当たり前の景色になるようにね』
『当たり前…』
『大丈夫、ルフェラには僕がいる。ちゃんと導くから信じて』
『ネオス…』
〝導く〟
その言葉が、彷徨っていたあたしの手をしっかりとつかまえてくれたような気がした。
優しく、それでいて芯のある力強い声が、あたしの複雑な心を穏やかにしていく。
この先何がどうなっていくのか分からないけど、ネオスはあたしを一人にしない。そう思わせてくれる言葉だった。
『…ありがとう、ネオス。すごく心強いわ』
『なら良かった。じゃぁ、この話はまた後でする事にして─…今の状況なんだけど──』
『あ…そうだったわ。ネオスは今どこにいるの?』
『僕は彼女の村にいる』
『リアンさんは?』
『ある家の中に連れて行かれた。それで村の人に話を聞いたんだけど、予想外の事実が分かったんだ』
『こっちもよ』
『ひょっとして、リアンさんとリューイさんの関係?』
『えぇ。二人は同じ村の出身で恋人同士だった…』
『そうなんだ。でも、その話は誰から?』
『リューイさん本人からよ。記憶が戻ったの』
『記憶…!?』
『生死を彷徨うような大けがを負って、その時に記憶を失ったのよ。リアンさんから過去の話は聞いてたけど、恋人は殺されたって言ってた。だから記憶が戻ったリューイさんの話を聞いた時は驚いたわ』
『僕も事実を知った時は驚いたよ。彼がいなくなった後の事もね』
『彼がいなくなったあと? 何かあったの…?』
『彼女は結婚してたんだ』
「え…!?」
あたしは、思わず声を出して立ち止まった。その声にイオータやミュエリが振り返る。
「どうした…?」
「え…あ、何でも─…ちょっと、足が滑っちゃって…」
「も〜、ビックリしたじゃない。気を付けなさいよぉ?」
「う、ん…ごめん…」
素直にそう言うと、ミュエリは溜息をつきながら再び前を向いて歩き出した。それを確認したあたしは、イオータに〝あとで話すわ〟とだけ付け加え、ネオスとの会話を再開する事にした。
『…結婚ってどういう事、ネオス? もしかして、その相手って──』
『この村の大地主の息子』
『───── !』
『恋人を失い、悲しみにくれる彼女を支えた人らしい。ただ、よくない噂もあるんだ』
噂…?
ううん、多分ネオスが聞いたのは噂じゃないわ…。
あたしは、リアンとリューイから聞いた結論を話した。
『殺すよう、命じたのよ…』
『え…?』
『その人は、リューイさんを殺すよう命じたの。リアンさんを手に入れるために…』
『───── !』
『二人の話を聞いて、彼女を連れ戻そうとしてた理由は分かったんだけど…まさかもう、結婚してたなんて─…』
『…あぁ。ただ、その結婚には問題があるんだ』
『…どういう事?』
思わぬ情報に聞き返したが、なぜか今までのような返事がすぐには返ってこなかった。何かを考えているのか、それとも話せない状況にでもなったのか…。
『ネオス…?』
少々心配になってもう一度問い掛けると、ややあって、再びネオスの声が聞こえてきた。ただ、それは〝問題〟とは関係ないものだった。
『ルフェラ、風に気を付けて』
『…風?』
『この村に近付くにつれて風が強くなるんだ。場合によっては竜巻も起きる。その時は何かに掴まるか体勢を低くして、飛ばされないように気を付けて』
『う…ん、分かった。でもさっきの問題って──』
『そのうち分かるよ。ここに来れば、きっとルフェラにも分かる』
『それってどういう─…』
『実際に自分の目で見て感じて欲しいんだ。そして判断して欲しい』
『判断…?』
『ルフェラの判断が必要なんだ。──大丈夫、必ずその意味が分かるから』
何の判断なのか、どうしてあたしの判断が必要なのかは全く分からない。ただネオスが自信を持ってそう言っているという事だけは、ハッキリと感じ取れた。それが戸惑うあたしの心を僅かに落ち着かせる。そこへ、更なるネオスの声が届いた。
『ルフェラ、僕を信じて』
優しく、そして自信に満ちた声。揺るぎない何かを秘めたようなネオスの声は、不思議なほどあたしの心の中にスッと入り込んだ。
〝オレを信じろ!〟
統治家にいたイオータが、あたしの頭の中で叫んだ時とはまた少し違う。
信じられる─…その思いは同じだが、 ネオスのそれはもっと深くあたしの中に届いて、内側から満たしていく感じだ。戸惑いも不安も全て消えていく──
『もちろん信じるわよ。だって、導いてくれるんでしょ?』
少し余裕ができたからか軽くそう返せば、
『あぁ、必ず』
いつもの優しい笑みが見えるような、柔らかい口調が返ってきた。
全ては村に着いてから──
その結論に至ったあと、あたしは昨日の夜の事を報告した。
あたしが月の光を恐れていた理由やラディとタフィーが話した時の事、ランスに月の煌や宵の煌の光が見えた事、みんなから伝え聞いたラディの様子、寝ている時に宵の煌を飛ばしてくれた事の感謝など…。
これまでゆっくりと話す事ができなかった事も含め、しばらくの間、ずっとネオスと話していたのだった。