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女神伝説  作者: Sugary
第二章
11/127

5 もうひとつの理由

 不意に、体の異様な熱さと息苦しさで目が覚めた。

 視界に映った薄暗い部屋。その天井が、何故か歪んでいる…。

 気持ちが悪い…と、一度目を閉じ、再び開けたが、歪みは変わらなかった。

 何か…変…。

 そう思うものの、寝起きというのもあるからか、その 〝変さ〟 が分からない。

 無意識か否か…起き上がろうとすれば、体が思うように動かないことを知った。同時に、聞きなれた声が遠くの方で聞こえ、あたしを覗き込むように、その声の主が現れた。

「ダメだよ、寝てなきゃ。熱があるんだから」

 ネオスの言葉に、ああ、そうなんだ…と思った。

 体の異様な熱さはもちろん、息苦しさも、天井の歪みも、思うように体が動かないのも熱のせいなんだ…と。そして、遠くの方で聞こえた声の主が、なぜこんなに近くにいるのかという、一瞬の疑問も、そのせいだったんだ…と理解したのだ。

「あんなにずぶ濡れになったから、風邪引いたのよ」

 今度はミュエリの声だった。そちらの方に視線を移せば、さっき動いた時に落ちたであろう布を、再度、水で冷やし、額にのせてくれるところだった。そして次に、戸が開く音が聞こえたと思ったら、ラディの声がした。

「おい、薬貰ってきたぞ。すんげー 苦いらしいけど、よく効くってよ。──あ、ルフェラ、起きたのか? どうだ、飲めるか?」

 枕元に座り込んだラディに、あたしは、無言のまま小さな頷きをみせた。

「よし。じゃぁ、起こすからな」

 そう言うと、そっと体を起こしてくれた。

「力は入れなくていいぞ。オレがしっかり支えててやるから、そのままもたれてろ」

 普通だったら、身を預けるなんてあり得ない。でも、今は普通じゃない。〝力は入れなくていい〟 と言われなくても、力なんて入るわけがない。

 あたしは、ラディに言われるがまま、身を預けた。

 真後ろで支えてくれている間に、ネオスが薬を飲ませてくれる。

 確かに、〝すんげー 苦い〟 薬で、顔をしかめてしまうほどだったが、熱は味覚さえ狂わしてしまうものらしく…故に、最後まで飲むことができた。

「よし。これで一眠りもすれば、だいぶラクになってるはずだ」

 〝じゃぁ、寝かすからな〟 と付け加えて、布団に寝かせてくれた。

「……ご…めん……あり…がと……」

「ばっ…なにこんな時に謝ってんだよ」

 意外な言葉に驚いたようだが、それはあたし自身も同じだった。なぜ、〝ごめん〟 という言葉が出てきたのか分からない。でも深くは考えない。いや、考えられなかった。だって、全ては熱のせいなんだもの…。

「とにかく、今はゆっくり休め、な?」

 そう言われ小さく頷くと、あたしはそのまま目を閉じた。そして、瞬く間に深い眠りへと落ちていった……。




 次に目が覚めると、部屋の中は明るかった。雨が降っている為、日が差し込む明るさではないが、日中であることは確かだ。

 体の熱さも息苦しさもなければ、思うように動く事もできる。

 熱が、下がったのだ──

 部屋の中はとても静かで、みんなはまだ眠っているのかと起き出してみれば、綺麗にたたまれた布団が三つ。

 どこ…行ったんだろう…?

 不思議に思い、部屋を出て探していると、階段の所でローディを見つけた。

「…ローディさん」

「ああ。もう体は大丈夫ですか?」

 初対面の時とは大違いで、今の彼は、宿屋の主人…という態度・口調だった。

「は、はい…ありがとうございます。──それで、ネオスたち……ほかの三人がどこ行ったか知りませんか? 起きたらいなくて…」

 そう聞くと、一瞬、ローディの顔が曇った。

「ローディ…さん…?」

「あぁ…えっと……そ、その前に、お食事でもどうですか?」

「え…?」

「昨日の朝食べたきりじゃないですか? 今ちょうど、お昼御飯を運ぼうとしてたので──」

 〝お昼御飯〟

 その言葉で、今が昼なんだと分かり、驚いた。朝じゃないにしても、昼には全然 早いと思っていたからだ。

 そして、一瞬にして、空腹感を感じてしまった。

「…じゃぁ、お願いします…」

「分かりました。では、部屋でお待ちください」

 部屋を案内するように、指を揃え階段の上を指し示した。それに、〝分かった〟 と軽く頷くと、あたしは部屋へ、ローディは台所の方へ向かっていった。

 部屋に戻ったあたしは、布団をたたむと、壁に立てかけてあった机を用意し座った。

 しばらくして、運ばれてきた食事は、病み上がりのためか、とても体に優しいものばかりだった。

 一人で食べる食事は、静かでとてもいい。けれど部屋が広いからか、何か物足りない気もする。かといって、二人が言い合うのを聞きたいかと言うとそうではないのだが…。

 なんとも複雑な気分で、のんびり食事を終えた頃、ローディが食器を下げに現れた。

「ごちそうさまでした。美味しかったです」

「それはそれは…ありがとうございます」

「…あの…それで──」

「はい。お連れの方…ですね?」

 あたしは頷いた。

「今朝早く…あなたの熱が下がったのを確認して、出て行かれました」

「どこ…へ…?」

「それが…その…」

 途端に言いにくそうに口ごもる。

「ローディさん…?」

「…は、はい…あ、あの…とても言いにくいのですが…」

「なに…?」

「……探しに…行かれたんです…」

「探しに…? 何を…?」

 来たばかりのこの村で、どこに行こうというのか…。しかも、探しに行くとは…いったいなにを探すというのだろうか?

 理解できずに尋ねてみれば、ローディの歯切れは更に悪くなった。

「私は止めたんでよ。止めはしたんですけど…どうしても…と…。もし万が一のことがあったら──」

 そこまで言って、ハッと口をつぐんだ。しかし、とき既に遅し…。そんな言葉を聞けば、誰だって詰め寄るものだ。

「ローディさん!? それ…って…どういうことですか!?」

「あ…いえ…だから…」

「ローディさん!!」

「は、はい! で、ですからその…の、呪われし…子…です」

「───!!」

 呪…われし…子…

 その言葉に、愕然とした。いや、正確には心の臓がドキリとなって、血の気が引いた。同時に、今朝早く、この村を出る予定だったという事も思い出した。

 そんなこと、今更思い出してもどうにもならないのだが、熱さえ出なければ…という思いが出てくる。

「…で…も…どうして…?」

 まさか、あたしの代わりに彼女を…!?

 そんな考えが頭をよぎり、思わず首を振れば、ローディが答えた。

「話を…聞きたいと言っておられたんですよ…」

「は…なし…?」

「はい。やめたほうがいいと言ったんですけど…どうしても…と…」

「それで…? ネオスたちはどこに向かったの? その子の家は?」

「ですから…それは言えませんでした」

「……………?」

「万が一のことがあったら…と思ったので、家は教えなかったんですよ。そしたら、自分達で探しに行く…とおっしゃられて…」

 自分達で探すって…どうしてそこまで…?

 そんな疑問はあるが、それ以上に気になる事がある。

「…じゃ…あ…万が一…っていうのは…どういう事…?」

「それは…その…彼らが人質に取られたら──」

「人質──!?」

 当たり前だが、聞きなれない言葉に、思わず叫んでしまった。

「で、でもそれは分かりません。あくまでも、私たちが懸念していることですから」

「懸念…?」

「救い人が来たということは、自分の命が危うくなるという事を、向こうも知っています。自分の身に危険が及ぶと分かれば、それを守ろうとするのは当たり前のことですからね。仲間がいれば、そういう事をする可能性もあるのではないか…と、私たちは そう考えているのです」

「十…二歳の…女の子が…?」

「ほかに、どういう力があるかは分かりませんが…もし、三人を捕らえることのできる力があるとしたら──」

「そんな…!」

「す、すみません…あまり心配かけたくなかったんですが…。でも…きっと、大丈夫ですよ。夕方には戻って──」

 何を根拠に 〝大丈夫〟 というのか。万が一を想定して、心配してたのはそっちの方なのに…。

 あたしは、理由もなく安心させようとするローディの言葉を遮った。

「探してくる…」

「え…?」

「ネオスたちを探してくるわ…」

「でも…まだ風邪が…」

「熱は下がったわ。それより、小屋の鍵を開けてください」

 反対したい気持ちは十分に伝わってきたが、そんなことを聞かされ待っているなんて、あたしにはできない。

 強い口調が相手にも伝わったのか、ひとつ溜め息をつくと、渋々だが、鍵を取りに行ってくれた。

 そして、戻ってきたその手には、鍵と傘があり、その両方とを渡された。

「鍵は、そのまま差し込んでおいてください」

「あ…りがとう…」

 あたしはそれだけ言って小屋に向かうと、ルーフィンに事情を話し連れ出した。



『…熱は大丈夫なんですか?』

『え…?』

 歩き始めてすぐ、ルーフィンが話しかけてきた。

『昨日の夜、御飯を持ってきた人が言っていたのです。〝救い人が熱を出された。お前は大丈夫か…?〟 と』

『そ…っか…。ごめん、心配かけちゃったわね…』

『いえ、それはいいのですが…昨日の今日で、外に出て歩き回るというのはどうかと…』

『うん…。でも、部屋でジッと待ってられないもの…』

『彼らのほうが早く戻ってきて、ルフェラがいないことに気付いたら、さぞかし心配しますよ?』

『分かってる。あたしも早めに帰るようにするからさ。それでいい?』

 村人の懸念は、やはり懸念に過ぎない。

 ちゃんとした根拠がないうえに、三人を人質に取るのは、少々ムリがあるのではないか…というのがルーフィンの考えだった。確かに、そう言われればそうかもしれない…と思い直したのだが、聞いた以上はジッとしてられないというのがあたしの性分なわけで…。

 結局、その性格を知っているルーフィンは、溜め息をつきながら、諦めるしかなったのだ。

『……………仕方が…ないですね』

『ありがと、ルーフィン』

 反対されたまま、一緒に行動するのは辛いものがある。仕方がないとはいえ、折れてくれたルーフィンに、あたしは感謝した。


 すれ違う人はみな、あたしに軽く頭を下げてきた。挨拶程度のものだろうが、その目はある輝きに満ちている。

 そう、救い人への期待だ。

 暗黙の了解か、それともユージンの忠告があったのか、それは定かではないが、昨日のようにあたしのところに押しかけるというのはなかったため、それはそれで助かった。けれど、その分、期待の視線が突き刺さってくるようだった。

 あたしは、ネオスたちを探しているにもかかわらず、いつしか、人のいない方、いない方へと歩くようになっていた。

 これじゃ、意味ないわね… と、自分で自分にダメ出しした時、それまで黙っていたルーフィンが何かに気付き口を開いた。

『ルフェラ?』

『うん…?』

『ユージンさんの手を引いていた女性、覚えてますか?』

『…うん』

『彼女が…すぐ後ろにいるのですが…』

『え…?』

 驚いて後ろを振り返れば、あたしの行動があまりにも突然だったのだろう、後ろにいた彼女もひどく驚いていた。

「ご、ごめんなさい…」

 別に、謝る事じゃないのだろうが、思わず謝ってしまった。

「あ…いえ…私も声をかけようとしてたので…ちょっと、ビックリしただけです…」

「そう…ですか…。それで、あたしに何か…?」

「ええ…。ちょっと、話したいことがあって…」

「話したい…こと?」

 彼女はゆっくりと頷いた。

「歩きながら話しますね。立ち止まって話し込むと、他の人たちが集まってきそうですし」

 彼女はそう言うと、歩くように促した。そして、小さな声で話し始めた。それは、周りの雨の音と、傘に当たる雨の音で、二人だけにしか聞こえないと思われるような声だった。

「私は、カミルといいます。今はユージン様の所でお仕えしていますが……話というのは、もうひとつの理由なのです」

「もうひとつの…理由…?」

「ええ。この村に雨が降る…もうひとつの理由です」

「…………!?」

「呪われし子と呼ばれるパティウスは、この村では必要のない…災いをもたらすだけの存在に思われています。でももし、本当はその逆で、この村にとってかけがえのない存在だとしたら、どうしますか?」

「どう…って……」

 分からなかった。いったい、何を言っているのか、はたまた、何を言いたいのか…。

 だって、カミルはユージンに仕えているんでしょ?

 呪われし子…パティウスを葬りたいと思っているんじゃないの?

 なのに、今の言葉は……。

 何も答えられないのが予想通りなのか、カミルは気にせず続けた。

「この村を出て行くよう勧めた時、彼女の母親が頑なに拒んだのは、彼女がこの村にとって必要な存在だと知っていたからです。どんなに白い目で見られようと、どんなにひどい仕打ちを受けようと、彼女が生きるべき場所がこの村だと知っていたから、彼女にもこの村を愛して欲しかった。心労がたたって、母親が亡くなったのは事実です。それを村人達のせいだと思っているのも、また事実です。でも、同時にそう思ってしまう自分を責めてもいるのです」

 カミルは、そこまで言うと不意に立ち止まり、改めて、あたしに向き直った。

「──この雨は、彼女の心そのものです。母親を亡くしてからずっと、彼女の中にある感情は、今や、彼女自身ですらどうすることもできません。それは、村人達が望むことが、彼女の望みであるからです。どうか、彼女に救いの手を──」

 そのまま頭を下げそうになったため、あたしは慌てて止めた。

「ちょ、ちょっと待ってよ……あ、あたし…あなたの言ってること…よく分からないわ…。だって、あなたはユージンさんの下で仕えているんでしょ? なのに、今の説明はどう考えても……」

「確かに、今はユージン様に仕えています。でも元々は、私は彼女側の人間。ユージン様に仕えたのは、私なりに彼女を救うためなのです」

「彼女を…救う為…?」

「はい。彼女を救いたいという気持ちは誰よりも強い。だからこそ、私は村人の信用を得るため、ユージン様に仕えました。その役目が、ようやく実を結ぶ時がきたのです。何を信じ、誰を信じるか…それは、救い人であるあなた次第。どんな結果になろうと、村人はもちろん、私も、そして彼女も、全てを受け入れる覚悟はできています」

「そんな……!?」

 ウソでしょ…?

 ──そう言いたかった。

 昨日まで、この村の存在さえ知らなかったあたしが、こんな大事な決断をしなきゃならないなんて…!

 しかも、いったい、何が真実なのか理解できない…。

 ユージンが正しければ、パティウスを葬らなければこの村の雨は止まない。けれど、カミルが正しければ、それは、パティウスを生かすという事だ。どういう繋がりがあるかは分からないけど、この雨と彼女が何かしら関係してるのは確かだろう。──だとすると、パティウスを生かすという事は、やはり、この雨は止まないはずじゃないのか…?

 そんな矛盾点と、何を信じていいか分からないあたしに気付いたのだろう。カミルは最後にこう言って、あたしと別れた。


「明日のお昼頃、彼女と初めて会った場所に行ってみてください。何を信じるべきかが分かると思います」


 カミルと別れたあたしは、ネオス達のことなどすっかり忘れ、しばし呆然と立ち尽くしていた。それを気付かせてくれたのは、ルーフィンの言葉だった。

『ルフェラ、もう、暗くなりかけています。ネオス達が宿に戻るのを信じて、帰りましょう』

 そう言われ、あたしは、〝う…ん、そうね…〟 とだけ返し、宿に戻ることにした。

 宿に着くと、ルーフィンの言う通り、既にネオス達が帰っていて、逆に、あたしの事を心配していた。

 あたしは、そんな彼らに謝ったが、カミルとの会話の事は言えずにいた。上手く説明できないというのはもちろん、あたし自身、いろいろ喋るほどの余裕がなかったからだ。


『これでもう、この件から手を引くことはできなくなりましたね。──とりあえず明日、あの場所に行ってみましょう』

 小屋に戻った時、ルーフィンにそう言われた。


 そうね…。

 とりあえずは、明日だ。

 あの場所で、何があるのか、そして、本当に真実が分かるのか…。

 考えても答えなど出ないのは分かっていたが、考えずにはいられなくて、結局、眠りについたのは、かなり夜も更けた頃だった──

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