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女神伝説  作者: Sugary
第七章
105/127

4 失われた声 <3>

 ──はずだった。

 まるで、みんなの声と入れ替わるように違う声が聞こえてきたのだ。それもハッキリと。

 ただ、あたしはこの声を知っている。数日前まで何度か聞いたことのある、口調こそ違うものの全て同じ声という、あれだ。


『なんで、あいつがあそこにいたんだ…? あの橋を渡った時点でホッとしたんだぞ、道は外れたって…』


『龍道雲…か。初めて見たな、あんなに切なく胸が締め付けられるような、それでいて愛情さえ伝わってくるような雲…』


『まぁ、大概予想はつくけどな。あれだけ飲んで、オレらより酔ってなきゃよ…』


『今日は本当に楽しいのぅ~。もう、いつ死んでも悔いはないわぃ…』


『気になるのは似てるから…? それとも助けてくれたからか…? いや、それだけじゃない…分からないけど何かが気になるんだ…あいつ…』


『あれが僕たちの最後なら…それに値する存在になれたなら──』


『今日は何とかごまかせたけど、次また来たらどうしよう…。もし見つかったら…』


『悩み事なんて無縁だと思ってたのに…。あんならしくない行動、初めてだわ…』


『それにしても…悩んでるやつばっかだな、ここにいんのはよ…。──ってか、もう限界だな、オレ…』


『あ~ぁ、寝ちゃった…。でも、私ももうそろそろ──…』


『──けど、思ったより元気そうだったな、あいつ…』


 何人かの声が時に重なり、時にバラバラに聞こえてくる…。

 昨日までなら、この夢のようで夢でない声が不安で、見えない相手に話しかけていた。でも今なら分かる。昼間、リアンが隠れていた時に聞いた──…そう、これは心の声だ…。

 最初こそ〝誰の〟というのは分からなかったが、声の正体が判明したことで冷静になれたからだろう。聞こえてくる内容に耳を傾けていると、それがミュエリたちの声だと分かった。もちろん、中には誰のものか分からない内容のものもあったため、聞こえてくるのが必ずしもこの家にいる人だけだとは断定できないのだが…。

 そんな彼らの声も時間の経過と共にひとつ、またひとつと消えていった。おそらく声の主が眠りについたからなのだろう。そして声が消えていくたびに、あたしの意識も階段を降りるが如く、深い眠りに落ちていったのだった──


 そして次にふと目が覚めたのは、外が白々しく明ける頃だった。

 いつもなら再び寝入ってしまうところだが、昨日の薬と早めに休んだことが効いたのか、久々にスッキリとした目覚めだった。

 ──とはいえ、まだみんな寝てるだろうから起きるわけにもいかないのだが。

 なんとか時間を過ごそうと布団の中で寝返りを打っていると、誰かのイビキの音に混じって、パチンと小さな音が聞こえてきた。これまでにも何度か聞いた事のある、乾いた何かがはぜる音…。

 あれって確か──

 取り敢えずは目を閉じたまま、音の記憶を手繰り寄せた。

 ああ、そうよ。薪が燃えるときの音だわ。

 そういえば、火の番って誰がしてるのかしら? みんなお酒飲んでるし、あたしが寝る頃にはかなり限界だったはず…。まさか、この時間まで起きてるわけないわよね…?

 そんな事を考えていると、なんだか顔に触れる空気も冷たく感じてくるから心配になる。

 あたしは火が消えかかっていないかどうかを確かめに行くため、布団から出て部屋の引き戸を開けた。

 目の前にあるのは奥から二番目の囲炉裏で、そこの火は既に消えていた。それでも肌で感じる空気は、消えてからそれほど長い時間は経ってないと思う。

 因みに一番奥の囲炉裏の部屋は、両サイドがイオータとランスの部屋になっているのだが、その部屋の戸は開けっぱなしで中には誰もいなかった。空気も冷たく、囲炉裏が二基ある居室の方で寝ているとなると、早い段階から火は消していたのだろう。

 囲炉裏がある居室に続く隣の部屋──奥から三番目の囲炉裏の部屋──は、両サイドがラディとミュエリの部屋だった。それぞれの部屋の戸が閉められていて、彼らがそこにいるのかどうかは分からなかったが、火が消えている割には空気はさほど冷たくなかった。

 そして奥から四番目、そこはリューイ、バーディアさん、リアンの部屋があるのだが、居室との仕切り戸は開けられたままだった。その空間で寝ていたのは、あたし以外。つまり、あたし以外の全員がここで寝ていたのだった。ルーフィンも土間の片隅に用意された毛布の上でぐっすり眠っている。

 この空間にある囲炉裏三基には、たんと薪が焚べられていたのか消えてはいなかったが、それでも火はかなり小さくなっていた。

 寝ているリアンの傍らに新たな薪の束がある事から、おそらく彼女が最後まで火の番をしていたのだろう。

 あたしは薪を束ねていた紐を静かに外すと、それぞれの囲炉裏に焚べた。

 小さな火がジワジワと乾いた薪に燃え移り、その度にパチンパチンと音が鳴り始める。火が大きくなるにつれ音も大きくなる為、その音で誰か起きやしないかと、ちょっとヒヤヒヤしたのだが…。

 結果的に言えば、そんな心配は無用だった。

 ある程度火が落ち着いてくると、はぜる音も少なくなり次第に部屋が暖まってきた。そこでようやく、あたしも火をぼんやりと眺めるようになっていた。

 やっぱり火っていいわよね…。色の変化や、時々舞い上がる火の粉が綺麗で、ずっと見ていたくなる…。それに体の芯からポカポカしてくるから、なんだかまた眠たくなってくるし…。

 また寝ちゃおうかな…なんて思いつつ、ひとつあくびをした時だった。

 背後から、ふと誰かの視線を感じた。誰か起きたのかと反射的に振り向けば、そこにいた人物に、あたしはハッと息を飲んだ。

 タフィー…!

 そこには、何か言いたげな顔をしたタフィーが立っていたのだ。体は透けていて、背後に積み上げられた薪が透けて見える。

 ここに来てからは姿を見せなかったため、突然また見えた事に一瞬動揺したが、すぐに冷静さを取り戻した。

 話しかけたところで、タフィーは返事をしないだろう。これまでがそうだったように、ある一定の距離を保ち、関わりを最小限にしようとするから…。だから、あたしは待ってみた。彼女が自分から話そうとするまで。彼女の目を見て、〝話してみて〟と心の中で何度も声をかけた。

 だけど、やはりと言うべきかダメだった。

 一瞬 口を開きかけたものの、すぐに思いとどまるように口を閉じたのだ。そして、俯き加減のままゆっくりと体を翻すと、一度あたしの方を見てから玄関の方へスッと消えていった。それはまるで、〝ついてきて〟とでも言うかのように…。

 あたしは慌てて入り口に掛けてあった防寒着を取ると、みんなに気付かれないよう静かに家を出た。

 家の外では、少し行った先にタフィーがこちらを見て立っていた。あたしは防寒着に袖を通すと同時に、彼女の後を追った。タフィーはある一定の距離をあけながら、前へ、前へと進んでいく。時折 振り返っては、雪に足を取られて遅くなるあたしの存在を確認しながら…。

 それだけで置いていかれる心配はないと分かるのだが、追いかけても距離が縮まないと、何故か自然と足早になるもので…。気付けば肩で息をするほど必死に追いかけていた。だからこの時、まさかあたしをつけてくる人がいたとは、気付きもしなかったのだ。

 タフィー、いったいどこまで行くの…?

 息が上がってくると、どれくらい移動しているのか距離感が分からなくなる。かなり歩いた気もするが、疲れからそう感じるだけかもしれない。タフィーの姿を追うのが精一杯で、周りの景色だってまともに見ていないから尚更だ。

 唯一分かったのは、川沿いを歩いているということだけだった。それに気付いたのは、周りの草木が開けて、突然日の光が飛び込んできたからだった。正確には、川の水面に反射した日の光が、目の端から飛び込んできたのだが…。

 さっきまで白々しく明け始めた〝夜明け〟だと思っていたのが、ここに来てようやく、太陽の光が眩しくなるほど夜が明けた事に気が付いたのだった。

 そんな水面の輝きを眺めながら、僅かだが、あたしは息を整えた。そしてまた彼女の姿を見失わないよう、後を追う事になったのだが…。程なくして、それまでとは違う彼女の姿を目にして、思わず足を止めることになった。

 それまで体を半分ひねりこちらを振り返るように見ていたのが、この時は、あたしと真向かうように立ち止まったのだ。しかも、そこからはあたしが近付いても距離を保つどころか、動こうとしない。手を伸ばせば、届きそうな距離だ。

 タフィー…?

 いったい、どうしたの…?

 ──そんな言葉を目で問いかけた時、タフィーは何かを掴むような仕草でゆっくりと両手を胸の前に持ってきた。すると、その手の周りがポゥ…っと光った。ぼんやりとだが、その光の中に花のようなものが現れ始める。

 そんな現象に驚きを隠せないでいると、次の瞬間、突然タフィーの体がグラつき、後ろに倒れるようにフッと消えてしまったではないか。

「タフィー!」

 思わず声に出して名前を呼ぶが早いか、あたしの体も動いていていた。──と次の瞬間、

「おいっ── !」

 左腕を誰かに掴まれ、グイッと引っ張られたから驚いた。すぐ近くに人がいたという事だけでも驚くのに、急に腕を引っ張られれば誰だって驚く。だけど、驚いたのはそれだけじゃなかった。ビックリしたのと、引っ張られた勢いで振り向けば──

 ──ランス!?

 そう、そこにいたのはランスだったのだ。

 どうしてあんたがここに──!?

 声を出すのも忘れるくらい驚いていると、そんな事は関係ないとばかりに短い言葉が飛んできた。

「落ちるぞ?」

「…え?」

 言われて、ランスが顎をクイッと示した方を見れば、既にそこに道はなかった。踏み出した足先から、地面の雪がトサトサ…と落ちていく。

 あ……崖…?

 崖というほど高くはないが、段差というほど低くもない。だけど、落ちれば大けがをするのは免れない高さだった。

 追いかけるのに夢中で、このまま気付かず落ちていたら…。

 そう思うと、途端に冷や汗が出てきた。

「…あ…りがとう…」

 なんとかお礼を言って一歩あとずさったのだが、そこから先はもう、立っていられなくなった。

 怖くて足が震えたから…?

 ううん、違う…。

 体の不自由な人が夢の中で自由に走り回り、目覚めた時に体が動かない現実が襲いかかる…まるでそんな感じだ。

 疲労感はあるものの、さっきまであんなに動いていた体が、この一瞬で鉛のように重たく感じたのだ。あたしは自分ではどうすることもできず、そのまま崩れ落ちてしまった。

「お、おい…大丈夫かよ?」

 咄嗟にランスが上半身を支えてくれた為、実際は、体を預ける形で座り込むだけで済んだのだが…。

 これは、なに…?

 死人に近付き過ぎたから…?

 それとも、単に追いかけて体力を使い過ぎたから…?

 月の光を浴びて、あたしじゃない〝あたし〟が現れた後も、確かこんな感じだった…。

 原因は分からないけど、疲れたというだけの感覚じゃないのは確かだ…。

 ただ不安はあるけど、今は〝何故ここに?〟という疑問はさておき、彼がいてくれたことにホッとした。もし一人だったら、この雪の中で倒れたまま動けないでいただろうから…。

 そんな安堵の気持ちが、素直に口から出ていた。

「ありがとう、来てくれて…」

 そんな言葉に、何故かランスは一瞬ハッとしたような顔をした。

「…ランス?」

「あ…あぁ、いや、別に…。──それより、立てるのか?」

「…まだ、ちょっと無理…かな…」

「そうか…。んじゃ、ちょっとあそこの家で休ませてもらおうぜ?」

「家…?」

 家なんてあったかしら…と、ランスが指差す先を見れば、なぜ目に入らなかったのかと思うくらい、すぐ側に家があった。

 こんな近くに家が…と思うや否や、ハッとした。

 家…崖…タフィー…花……家…崖…タフィー…花……家…崖──…

 繰り返すたび思い出される話が重なり、心の臓が騒ぎ出した。──とその時、

「誰かと思ったら、あんた達か…」

 あたし達の話す声が聞こえたからか、家から出てきたのは、昨日の夜 薬を取りに来たラスターだった。彼を目にして、あたしの心の臓が激しく打ち付けた。

 あ…あぁ…そうか…そうだったんだ!

 どこか見覚えのある顔立ちだと思ったのも、その顔に親近感が湧いたのも、極々当然のことだったんだ…。

 ラスターはラディの兄弟……弟だったんだ…!

 分かった瞬間、何故かあたしの目から涙が出てきた…。どうしてなのか自分でも分からない。

 やっと彼らに会えた嬉しさからなのか、それとも、こんな近くにいたのかという思いなのか、或いはどうしてもっと早く気付けなかったのかという罪悪感なのか…。突然の出会いにビックリしたというのもあるのかもしれない。とにかく色んな感情が入り乱れていた。でもきっと、驚いたのは彼らの方だろう。突然、訳も分からず目の前で泣かれたのだから…。

 涙で歪んだ視界に、困惑しながらもあたしを家に運び込む彼らの姿が映っていた…。

 家の中に入っても、あたしの涙はしばらく止まらなかった。それどころか、他の兄弟が次から次へと現れるから、更に涙が溢れてくる。

 〝どうしたんだ?〟

 〝誰が泣かしたんだよ?〟

 〝綺麗なんだから、笑えよ、な?〟

 〝そうだ、どこか痛いんじゃねーのか?〟

 飛び交う言葉がラディそのもので、ますます泣けてくる…。

 重い手をなんとか持ち上げ涙を拭っていると、ふいに隣に座った人に抱きしめられた。

「気分が悪いとか、どこかが痛くて泣いてるの?」

 その問いに、あたしは小さく首を振った。

「そう、ならいいわ。泣きたいなら、思う存分泣きなさい。訳なんか、話したくなければ話さなくていいから、ね?」

 優しい、とても優しい声だった…。

 しなやかで柔らかく、そして温かく包まれる感触…。

 あぁ…お母さんなんだ…この人がラディのお母さんなんだ…。

 あたしは、この優しく包まれる心地良さにしばらく身を委ねていた。しばらくすると、次第に心も平静さを取り戻し、涙も止まっていった。

「…ごめん…なさい…。急に泣いちゃって…」

「あら、いいのよ。誰だって泣きたい時はあるもの。まぁ、ちょっと驚いたっていうのはあるけどね」

 ラディのお母さんは、そう言ってクスッと笑った。

「でも、うちは見ての通り男ばかりだから、女の子を抱きしめるのが新鮮というか…なんだか娘を抱きしめてるみたいで嬉しかったわ」

 そんな風に言われて、なんて答えればいいのだろうか…。

 何も知らなければ純粋に微笑むこともできたけど、そうじゃないから、曖昧な笑みしか返せなかった。

「そうだわ。これからご飯なんだけど、一緒に食べていかない?」

「え…?」

「泣いてスッキリした後は、しっかり食べなきゃ、ね?」

「そうそう。泣くのって、結構体力いるからなー」

「っつーか、泣かしたのって、ほんとはラスターじゃねーのか?」

「はぁ!?」

「だって、ラスターの顔を見た途端、泣き出したんだろ?」

「だよなー。顔見て突然泣くって、よっぽどだぞ? ぜってー、何かしたんだって」

「あのなー、俺は昨日の夜初めて会ったんだぞ? それも、ディアばあの家にいたのを見ただけで、話すらしてねーし──」

「じゃぁ、あれだ! すごい目をして迫ったんじゃねーか? それがすっげー怖くて──」

「アホかっ! 何で俺がそんな怖い顔して迫らなきゃなんねーんだよ! だいたい、迫るような相手なら、優しい顔するだろーが!?」

「はは〜ん、じゃぁ、好みじゃなかったんだ?」

「はぁぁぁ!?」

「おれは好みだけどなぁ。ねーちゃん、綺麗だし。なぁ、おれと付き合わねぇ?」

「え…!?」

 兄弟三人のやり取りだったのが、突然あたしに振られたからビックリした。

「おれらみんな、女の子には優しいけど、その中でもおれが一番優しいし、ぜってぇ、泣かしたりしねーから、な? おれと付き合おうぜ?」

「え…っと…それはあの──…」

「ばーか、十六のガキなんか相手にするわけねーだろ?」

「なんだとぉ!? そういうニクスだって、十七のガキだろ!? 一個しか違わねーのに、ガキガキ言うんじゃねーよ!」

「思春期の一年の違いはでけぇんだぞ? そんなことも知らねーのかよ? だからガキなんだよ」

「ンだとぉー!?」

 弟二人の口喧嘩がエスカレートしそうな、まさにその時だった──

 スパンッ!

 スパンッ!

 ──と二度、気持ちいいくらい軽快な音が聞こえた。

「──ってぇ!」

「何すんだよ、ラスター!」

 頭を押さえてキッと睨みつける二人。ラスターの両手には、紙を丸めた分厚い棒のようなものが握られていた。しかも、かなり年期の入った代物に見える。

「何が〝一年の違いはでけぇ〟だ? 俺に言わせれば、お前ら二人ともガキだろーが」

「そういうラスターだって、オレと二個しか違わねーだろ!? だいたい、酒が飲める年にもなってねーんじゃ、オレらと一緒じゃねーか!」

「そうだ、そうだ! おれらよりちょっと早く生まれたからって、威張りやがってよー」

「フンッ! それがどうした。悔しかったら、俺より先に生まれてみやがれってんだっ」

「それができればとっくにやってらぁ!」

「じゃ、諦めるしかねーな」

「ハッ! 誰が諦めるかっ! おれは、ぜってぇー、ラスターを抜かすからなっ!!」

「はぁ?」

「身長だってまだ伸びてんだ。ぜってぇ、ラスターよりデカくなって、力もつけて、抜かしてやるから覚悟しろよ!」

「おいおい、既に年齢の話と関係ねーだろ、それ?」

「いいんだよ! とりあえず、ラスターを抜かせば、ガキとか言えなくなるんだからなっ!」

「はぁぁぁ…。ったく、これだからガキの考えることは──」

「だーっ!! また言いやがったな、ラスター!!」

「あぁあぁ、何度でも言ってやるよ。ガキガキガーキ!」

「ンのやろ─」

 話の内容から、今度は一番年下だと思われる男の子とラスターとの口喧嘩がエスカレート。すると、そのタイミングで奥から別の男性が参戦してきた。

「──ったく、朝っぱらからガキガキうるせぇな、お前らはー」

「しょうがねーだろ! 酒も飲めねぇのに、ラスターがおれらをガキ扱いしてくるんだからよ!」

「ンなしょうもねーことで喧嘩なんかすんな。だいたい俺に言わせれば、お前ら全員ガキだろーが。いくつになっても、ガキはガキだ。なんてったって、俺のガキなんだからな。ぶわははははー」

 一人豪快に笑う男性は、どうやら父親らしい。

「あ、そうだ。力比べならいつでも受けて立つぞ? ま、俺に勝とうなんざ、百年早いけどな。どうだ、今からでもやるか?」

 テーブルに肩肘をついて、ラスター達を煽る父親。そんな態度に、彼らも黙っていない。

 〝よし! じゃぁ、まずおれからだ!〟とばかりに、一番下の男の子が肘をついたその時だった。

「いい加減にしなさい、あなた達! 私に言わせれば、男はみんな体の大きなガキよ! 分かったら、とっとと手伝って!」

 ピシャリと言ったのは、朝食を作っていた母親だった。さっきあたしを抱きしめてくれた優しい感じとは打って変わって、息子を育ててきた強い母親そのものだった。

 そんな母親の言葉は、一瞬にして彼らから戦闘意欲を失わせたようで…。お互い顔を見合わせると、

「あ〜…」

「まぁ、確かに……」

「でかいガキ…かもな…」

「…ちげーねぇ」

 頭をポリポリと掻きながらバツが悪そうに答えた父親の言葉に、あたしは思わず笑ってしまった。

「よし、笑った」

「あぁ、笑ったな」

「やっぱ、笑った方がずっといいって! ねーちゃん綺麗なんだからさっ」

「…あ…えっと──…」

 ここは〝ありがとう〟と言うべきなのだろうか…?

 この一番年下の男の子の言動がラディとよく似ていて、返す言葉に戸惑ってしまう。気を抜くと〝はいはい〟と軽く受け流してしまいそうで…。

「それで改めて聞くけど、おれと付き合わねぇ?」

「………!?」

 そして、あまりにも突然で真剣な目。

「おれ、泣かさない自信はあるぞ? ずっと側にいて寂しい思いもさせねーし。な、どうよ?」

 う〜ん…〝どうよ?〟と言われても…。

 そう思いながら返事に困っていると、助け舟を出してくれたのは父親だった。

「──ったく。泣かさない自信はともかく、困らせてどうするんだ? 大体、お前の言葉は軽すぎる。いいか? 男に必要なのは、単なる優しさと強さじゃねぇ。誰かを守るための優しさと強さだ。その為の忍耐だっているしな。そもそも、ずっと側にいたら働きに行けねーだろーが?」

「まぁ…それはそうだけどよー…」

「それに、大事な事 忘れてねーか?」

 そう言って視線で促したのは、あたしの隣。そう、ランスのことだった。

 彼は、父親に言われて初めてその存在が視界に入ったような驚きを見せたのだが、すぐにその意図を察知してハッとした。

「あぁー! ひょっとして付き合ってんのか、あんたら!?」

「え…つ、付き合うって──」

「そうだよなー…ねーちゃん綺麗だもんなぁ…。彼氏の一人や二人いたって不思議じゃねーよな…」

 いやいや、彼氏が二人いたらダメだと思うんだけど…?

 ──なんていうツッコミは心の中にしまっておくとして、人の話も聞かず勝手に誤解して残念がる姿に、いったい何を言えばいいというのか…。

 ただ彼がラディと似てるなら、ここはもう下手に訂正しないほうが面倒にならなくて済むのかも…とも思う。

 あたしが少々呆れながらも隣のランスを見て肩をすくめれば、彼もまた考える事は同じだったのか、フンと鼻で小さく笑っただけだった。


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