4 失われた声 <2>
なん…なのよ?
いきなり難問を投げかけるだけ投げかけて、あとはよろしくって…。
そりゃ、ミュエリやネオスが聞いて素直に答えるとは思わないけど、だからって、あたしだったら話すっていう保証がどこにあるのよ?
愛の力だかなんだか知らないけど、気付かれないように振舞ってるなら、気付かれたくないってことじゃない。
それに、あの時のラディの表情──…。
再びあの表情が脳裏に浮かび、あたしは小さな溜息を付いた。
あれはどう考えても喋ってくれそうにない。あたしだけじゃなく、イオータに対しても…そんな気がするのだ。
とはいえ、良くも悪くも正直なラディが気付かれまいとするなら、尚更聞かなきゃいけない気もするし…。
──とそこまで考えて、あたしは再び天井を仰ぎみた。
あぁ~、もう、どうすればいいのよ!?
何かすべきだと思うが、何も思い浮かばない…。というより、さっきから頭がクラクラして考えられなくなってきた。
難問すぎるとこうなるのか…と思ったものの、すぐに〝いや、違う〟と我に返った。
──のぼせたのだ。
考えてみれば当然のことで、慌ててお風呂から上がったが、しばらくは脱衣所のところで座り込んでしまった…。
家の中とはいえ、少しスッとする空気が気持ちいい。
それでもあまり長くそこにいると、またミュエリがやって来かねないため、なんとか体を拭いて服を着ると、その場を後にした。
みんなの所に戻ると、ラディが真っ先に口を開いた。
「おぉ~。やっと出てきたなぁ、ルフェラー。 あんまり遅いから心配してたんだぞー?」
「ご、ごめん、気付いたら寝ちゃってて…」
「やっぱなー、そうじゃないかと思ったぜ。──で、大丈夫なのかぁ?」
「え…?」
「のぼせたんだろ? 顔、真っ赤だぜー? ま、そんなルフェラも色っぽくていいんだけどなー」
「それは、どうも…」
ミュエリ同様、ここは下手に返すより受け流した方がいいとそう言えば、分かりやすいくらいご満悦の表情を見せた。そして、
「ヨシ! ンじゃ、オレも風呂入ってこよーっと」
気分上々に〝ヨッ〟と勢いをつけて立ち上がった。フラフラではないが、口調から言っても酔ってないとは言えない。それでも、飲んでる量やネオスたちの様子から見て、明らかにいつもと違っているのは分かった。
「ちょっと…大丈夫、ラディ? 結構飲んでるんでしょ? 今日はやめた方が──」
「おほっ! 心配してくれんのか!? 嬉しいねぇー。でも大丈夫だ! 全然、酔ってねーからな! それにぃ~…」
「それに…?」
「ルフェラのお湯はオレのモンだからなっ! ぜってぇ、誰にも渡さん!」
「いやぁ~。何それ、いやらしい~!」
間髪入れず、あたしの代わりに返したのはミュエリだった。
「なんだとぉ? 何がいやらしいんだよー。お前だって、ネオスの後だったら入りたいと思うだろー?」
「べ、別にそんなこと──」
「はっはー、嘘だねっ! その顔に書いてあるぜー、〝ネオスの後は絶対私が!〟ってよ。あ、本音はあれだな。一緒に入りたいんだろ?」
「な……!?」
「いやー、分かるぞー。オレだってルフェラと一緒に入りたいからなー」
「あ、あなたと一緒にしないでよね…! ほら、さっさとお風呂に入ってきたら!? そして、溺れればいいのよ!」
珍しく顔を真っ赤にしたミュエリが、ラディの背中を押しやった。
それでもラディは〝あはははは~〟と笑っていってしまった。
直後にミュエリと目が合うが、そこには打って変わって真剣な眼差しのミュエリがいた。
〝ほら、おかしいでしょ?〟
──そう訴える目だ。
あたしは僅かに〝そうね〟と頷いた。それはミュエリ以外、分かるか分からないかぐらいの小さな首の動きだった。そんな中──
「…よっぽど好きなのねぇ」
「え…?」
不意に、リアンの声が聞こえた。流れから言えば当然の言葉なのだが、ラディを心配していた思考回路では、あまりにもほのぼのとした言葉に一瞬なんの事だか理解できなかった。
「あなたの事よ? 彼、よっぽど好きなんだなぁ…と思って」
「あ、あぁ~…どう、かな…? いつもの事っていうか、ああやって楽しんでるだけの気がするんだけど…」
「あら、そん──」
「ヤダ、嘘でしょ!?」
どう答えていいか分からず呆れたように答えれば、リアンの言葉を遮って突っ込んできたのはミュエリだった。それも、さっきとは違う、これまた真剣な目をして…。
「あなた、あれだけの求愛を冗談だと思ってるわけ!?」
「きゅ、求愛って…あんた…。鳥のダンスみたいに──」
「立派な求愛のダンスよ! 毎日、毎日あなたの周りで〝お前が好きだー〟〝オレのカッコイイところ見てくれ〟って、アピールしてるんじゃない。それも、鬱陶しくらい羽根をバタつかせてね。本能で生きてるような単純明快なラディが、冗談半分で求愛ダンスを踊ってると思ってるなんて──ちょっと、何笑ってるのよ!?」
途中から、あたしが笑いをこらえていたのに気付いてそう言ったが、周りも同じような状況であることに気付いた時には、一斉にみんなが噴き出していた。
「ぷわーっはははははっ! わ、笑える…あいつの求愛ダンス! ルフェラの周りでチョコチョコ動き回ってる姿が目に浮かぶぜー!」
「た、確かに…そのまんまだなー!」
お腹を抱えて今にも突っ伏しそうなイオータと、既に突っ伏して笑っているリューイ。
「クッソ…久々に笑っちまった…!」
無口でまだ皆と馴染んでないランスでさえ、こめかみを押さえながら懸命に笑い声を押さえていた。
「ホッホッホ! わしもそんな一途な求愛ダンスをされてみたいもんじゃよ!」
「まぁ、バーディアさんったら!」
最初こそ自分が笑われている感じがしてムッとしたミュエリだったが、みんなの笑いの渦にはかなわない。その上、
「あはは! 素晴らしい例えだよ、ミュエリ!」
──というネオスの言葉を聞けば、一気に自分もその笑いに加わった。
「や、やだぁ、ちょっと…そんなに笑ってあげないでよ──」
「だって求愛ダンスだぜ!? これが笑わずにいられるかよ!」
「あ、あはは…そ、それでも本人は真剣なんだし──…ル、ルフェラがちゃんと応えてあげたら──」
「あ、あは…や、やめてよ…あたしは人間であって、鳥じゃないのよ? 目の前で求愛ダンス見せられて、どう答えればいいのよ!?」
「ぶわー──ははははっ! に、人間であって、鳥じゃねぇ、だってよ──…だ、だめだ…ハラいてぇ…」
「く、苦しすぎる…勘弁してくれ…」
気付けばみんな床を転げ回って大笑いしていた。ミュエリが〝求愛ダンス〟と言った時点で、既にみんなの中ではラディは鳥であり、彼の真面目な恋愛感情は何処へやら…。お酒の力もあってか、箸が転がっても抱腹絶倒するであろうその状況は、もうあたし達にはどうすることもできなくなっていた。
そんな時、ありがたい事に終止符を打ってくれる救世主が現れた。
「なんか、すっげー楽しそうだな?」
玄関の扉が開いたことに気付かないほど大笑いしていたあたし達は、聞き覚えのない声が加わったことで、笑いの連鎖がスッと解けた。
見れば、そこにはあたしと同じくらいの歳の男性が物珍しそうな顔をして立っていた。初めて見る顔なのに親近感さえ湧いてきたのは、どこか見覚えのある顔立ちだからだろうか。
「あはは…はぁー…あ~、ラスターか…助かった~」
「珍しいな、こんなに人がいるなんてよ?」
「あぁ? あ~…そうだろ~?」
言いながら、リューイが重たそうに体を起こした。
「しかも、みんな元気だからな。ディアばあが喜んじまって…ほら、見てみろよ?」
そう言うと空になったお酒の瓶をクルクルと回しながら、バーディアさんの方を指した。中身が入ってない事と、赤ら顔で陽気なバーディアさんを見れば、その意味がすぐに分かる。
「マジで!? それ一人で飲んだのかよ!?」
「まぁ~、こんな日は滅多にないからなー」
「いや、そうかもしんねーけど、それ一本って──」
「だろー? オレもビックリだぜ、ディアばあがあんなに酒に強いとは。だてに強い酒ばっか作ってるわけじゃなかったんだなー」
「いやいやいや、そんな所で感心してる場合じゃなくて、止めろよって話で…。──ってか、あんたも相当飲んでんだろ!?」
「いやぁ~、今日の酒はほんと美味いっ! ディアばあが作りためてた酒も、もうあと一本だぜ? どうだラスター、お前も飲んでくか?」
そう言うと、自分の酒をグイッと飲み干し、空になったコップをラスターに差し出した。
酔っ払いにまともな話が通じないのは当然で、その答えになってない答えが、ある意味相当飲んでいることを物語っている。けれど、それが滅多にない楽しいお酒の結果なら、彼もしょうがないと諦めるしかないのだろう。
〝はぁ~〟とため息をついたラスターは、コップの代わりにお酒の入った瓶を掴み取ると、〝もっと飲みやがれ〟とばかりにドバドバと注いだ。
「おぉ? なんだ、オレにか?」
「滅多にない、楽しい酒なんだろ? 」
「だから、お前も飲めばいいじゃないか」
「俺が飲んだら家に帰れねーだろ、そんな強い酒」
「別に帰らなくてもここに泊まっていけばいいじゃないか。部屋ならまだ余ってんだし」
「だーかーらー、そういうことじゃなくてだな──」
「じゃぁ、何でここにきたんだ? ってか、そもそも何でお前がここにいるんだ…?」
「だー──っ、もう! これだから酔っ払いはよー…」
「酔っ払いって…オレは酔っ払ってなんかいないぞー?」
そんな言葉に、〝それが酔っ払ってる証拠だ〟と心の中で突っ込んだのは、きっと彼だけじゃないだろう。
ラスターはウンザリだとばかりに大きなため息をつくと、お酒の瓶をドンと置き、腰を下ろした。
「あらあら…こうなったらもう、何を言っても無駄ね」
見かねたリアンがそう言いながら間に入ると、リューイの視界からそっとお酒の瓶を隠した。
「自分と同じくらいお酒に強い人と飲んで、それが楽しくてしょうがなかったみたい。でももう限界も超えてるから、寝るのも時間の問題だと思うわ」
言われてチラリとリューイを見れば、その言葉通り、既に彼の目はうつろでボーっとしていた。
思わず、みんながクスリと笑った。
「それはそうと、ラスター。いつものアレ、ありがとう。人が多いから助かったわ」
「あぁ、それは良かった。──で、その…どうだった?」
「もちろん、とっても美味しかったわよ」
「いや、そうじゃなくてさ…」
「………?」
「その…変わった様子はなかったかな…と思って、兄貴の…」
「お兄さんの? あら、届けてくれたのはラスターじゃなかったのね?」
「………?」
「あ、ごめんなさい。受け取ったのはリューイなのよ。釣りに行って昼寝をしてる間に届けてくれたみたいで…。目が覚めたら近くに置いてあったって。私はてっきり、いつものあなたが届けてくれたものだとばかり思ってたから…」
「今日は、特に調子がいいから自分で届けに行くって出て行ったんだ。けど──」
「…けど?」
「夜になって熱出してよ」
「あら、最近調子よかったのに…」
「そうなんだよなぁ。帰ってきた時に様子もおかしかったし、何かあったのかと思ってさ。──まぁ、久しぶりに外出て疲れただけかもしれねーんだけどな」
「そう…」
「──で、いつものアレをもらいに来たってわけ」
「あ、あぁ、そういう事ね。分かったわ、ちょっと待ってて」
ようやくここに来た理由を知ったリアンは、すぐに部屋の隅に置いてある戸棚に向かった。戸棚には同じ大きさの引き出しがいくつもあり、その中のひとつを開けると、小さな紙を二枚と小瓶を二つ取り出した。どちらの小瓶にも深緑色した五ミリほどの丸い玉がたくさん入っていたが、若干、大きさに違いはあるようだった。
リアンは、それぞれの玉を幾つか取り出し手際よく紙に包むと、それをラスターに手渡した。
「はい、いつもの。五回分で良かったわよね?」
「あぁ、それで十分。大抵、一・二回くらい飲めば下がるからな。ほんと、助かるよ。昔っから、ディアばあの薬しか効かねーからさ」
「フフ、そうみたいね」
「だから、酒もほどほどにして長生きしてくんねーとな」
「それは、あなたの優しさだと思っていいのかしら?」
「とーぜんっ! だからぁ、酒飲んでワケ分かんなくなるような男なんかやめて、俺にしといたら?」
「あらあら」
ラスターの言葉が本気かどうかは分からないが、リアンの表情は弟を見る姉のようだった。そんな微笑ましい光景の中、突然、響いたのはバーディアさんの声だった。
「こぉら、ラスター! ワシの耳がいくら遠くてもな、お前が何を話してるかぐらい分かるんじゃぞー」
「うわ、やっべ…」
「ワシに酒の事で何か言いたいなら、ワシの酒を飲んでからじゃ。それができんなら──」
「はいはい~っと…じゃ、そういうことで、俺はとっとと帰りま~す。ありがとなー、リアンさん」
そう言うや否や、ラスターは逃げるように帰って行ったのだった。
「──ったく、ワシの酒もまともに飲めんのに、言う事だけはいっちょ前になりおって…。ま、飲める年でもないんじゃがな。ホッホッホ。それよりリューイ、お前はまだ──」
「寝てるわよ、彼?」
「なにぃ?」
〝ほら〟とばかりにミュエリが指差す方を見れば、既にリューイは夢の中。床の上で大の字になって寝ていた。リアンが言った〝時間の問題〟は、本当にあっという間に来ていたのだ。
「なんじゃぁ、情けないのぉ。こんな楽しい酒で、もう出来上がるとは…。あぁ~、まぁよいわ。まだいるからの。ほれ、お前さんたちはまだ飲めるんじゃろ、うん?」
一体どこから出したのか。バーディアさんの左手には、いつの間にか新たなお酒の瓶が握られていて、ペースの落ちたネオスとイオータのコップになみなみと注いでいた。
「──って、おい! まだ持ってたのかよ、ばーさん!?」
「ホッホッホッ。ワシが酒を飲もうとすると、み~んな酒瓶を隠すからのぉ。隠される前に隠しておったんじゃよ」
「マジかよ…。やっと空っぽにしたと思ったのによ~」
「ホッホッ、甘いわいっ! ほれほれ、若いモンは飲んで飲んで──…あ、お前さんもな」
──と思い出したように指を差されたのは何故かあたしで。
「あ…いえ、あたしは──」
「コレよ、ルフェラさん」
リアンが、〝無理です〟と上げたあたしの手を取り手の平に乗せたのは、先ほどラスターという男性に手渡したものと同じ、深緑色の丸い玉だった。
「これ…は?」
「薬草で作ったものよ。滋養強壮に効くの。ほら、昼間に言ったでしょう? 〝苦いお茶でもなんでも飲むから、手伝わせて〟って」
「あ~…はは…なんか、そんなこと言ったような気も…。ってことは、やっぱり苦いのよね…?」
「大丈夫よ。確かに水に溶けやすいけど、さっと飲み込めば、苦さも感じないから」
そう言ってニッコリと微笑むと、水の入ったコップを差し出した。
まぁ、そう言われてみればそうよね。苦い液体を飲むことに比べたら、固形の物を飲み込むなんてあっという間だもの。
あたしはコップを受け取ると、手の平に乗せられた深緑色の玉三個を口の中に放り込み、急いでコップの水を流し込んだ。
一瞬、身に覚えのある味を感じたが、飲み込んでしまえばこっちのもの。こんなにも飲みやすいなら、ルシーナにも教えてあげたいわ…と、ふとそんなことまで思ってしまった。
「バーディアさんに感謝ね。こんなにも飲みやすく作ってくれたんだから」
「フフフ。一番は、本人が飲みたくなかったからよ」
「…………?」
「最初はリューイが大けがを負った時に飲まされたらしいんだけど…ほら、煎じたものって苦いでしょ? 飲みたくなかったけど、拒否できるほど体も動かないからほぼ無理やり飲まされたみたいで…。それを根に持ってたのね。ある日、バーディアさんが風邪で寝込んだ時に、ここぞとばかりにそれを飲ませたのよ。それ以来、〝歳なんだから〟って、毎日のように飲まそうとしたから、バーディアさんも嫌気がさして…。〝だったら苦くないものを作ってやる!〟って…改良してできたのがコレなの」
「あ…はは…なんか、キッカケって思っていたのと全然違うのね…」
「だから、あまり人には言わないようにしてるのよ」
「それ、正解」
「でしょう?」
そう言うと、あたしとリアンは吹き出すようにクスクスと笑った。そして、あたし達の笑い声がひと段落する頃、
「ね~ぇ、楽しんでるところ悪いんだけどさぁ~」
見計らっていたのか、ミュエリが声を掛けてきた。ただその口調がいつもと少し変わっていたため、思わずどうしたのかと振り向けば…。
いつの間にそこに入り込んだのか、ミュエリがネオスとイオータの間に座り込んで嬉しそうにこっちを見ていたのだ。右手には、それまでネオスが使っていたコップが握られていて、その顔はさっきと違ってかなり赤くなっていた。
「ちょっと…あんたまた飲んでんの?」
「あら、いいでしょ~? ネオスもイオータも手が止まっちゃって、おばあさん一人なのよぉ? 可哀想でしょ、ひとり酒なんて~」
「そういう問題じゃなくて──」
「それにおばあさんが隠し持っていたこのお酒、甘くてすっごく美味しいの。ビックリよ? お酒っていうよりジュースみたいなんだもの。ね、あなたもちょっと飲んでみたら?」
「だったら、余計ダメでしょうが? 大体その顔──」
〝飲みすぎよ〟
──と続けようとしたのだが、そもそも酔っぱらった人間が人の話なんか聞くはずもないわけで…。結局、あたしの言葉は遮られてしまった。
「あー、そうだったわ~。私ったら、お酒すすめてる場合じゃないじゃない。あなた、もう寝なきゃいけないのよねー」
「え…?」
「こんなに美味しいのに…残念だわ~」
「残念って…あんたこそ飲むのやめて寝た方がいいんじゃないの?」
「あ~ら、私はいいのよ。〝寝なさい〟って言われてるのはあなただけだもの。ねぇ~、おばあさん?」
「ホッホ、その通り。これはワシの命令なんじゃよ」
「ほ~らね。だから、あなたはゆ~っくり休んで、体力を戻しなさいって。自分が元気にならないと、悩み事ひとつも聞いてあげられないでしょ~? だ・れ・か・さんの~」
「あのねぇ…」
勝手に問題丸投げしといて、いい気なもんね──と酔っ払い相手に無駄な口論をしそうになったところで、後ろから軽く肩を叩かれた。振り向けば、リアンが諦めたような笑みを浮かべ首を振っている。
「こういう時は、さっさと寝るのが一番よ? まともに相手してるのがバカバカしくなっちゃうから」
「まぁ…それは確かに…」
「でしょう? それに今のうちだと思うの、退散できるのは」
「…どうして?」
「だって、ほら…」
そう言って指差したのは、お風呂の扉。その向こうにいる人物が、まだ出てくる気配がないというこの状況に、すぐさま納得がいった。
「なるほど…」
それはある意味、一番重要な事だわ。
「じゃぁ、今のうちに…」
「えぇ、お休みなさい」
あたしは小さく頷くと、早速その場から退散することにした。
部屋に入ると、既に布団が敷かれていた。
お風呂に入ってる間にリアンが用意してくれたのだろう。
あたしは心の中で感謝しつつ布団に入ったのだが、正直すぐに眠れるとは思えなかった。たとえ短時間でも、寝ていたのはついさっきなのだ。ミュエリに起こされた時はまだ欠伸も出たが、ラディの話で一気に目が覚めた。
それなのに──
のぼせて火照っていた体が思いのほか元に戻っていたのと、そう簡単には癒されない疲れのせいか、驚くほど早く〝すぅー…〟っと意識が遠のいていったのだ。
(あ~…さっき悩み事って言ってなかったかぁ? 誰が悩んでんだぁ…?)
(え~…んふふふ~、内緒ぉ~)
(…なんだそりゃ…)
そんなイオータとミュエリの会話を遠くの方で聞きながら、全ての音が聞こえなくなった瞬間、あたしは眠りに落ちた──