世界は歪みを取り戻す ─怪異対処課の記録─ 【短編版】
この世界には、『怪異』が存在する。
それは敵対する物であったり、友好的な物であったりする。
また物ではない場合もある。環境や、状態である場合だ。
◇ ◇ ◇
場所:北海道■■市△-◇-▽
対象:怪異4231『ロックビート・シャーク』
対処者:怪異対処課、秋宮游
以下、記録された音声の文字起こし
◇ ◇ ◇
「制圧を開始する」
トランシーバーを隊服の胸ポケットにしまい、迫りくる怪異の気配を正面に捉える。
「〘夢幻刀〙」
右手に眷属の怪異1872、夢幻刀を召喚し、構えの態勢をとる。
遥か遠くからの咆哮、轟音が聞こえる。
目標は収容所から脱走した怪異4231『ロックビート・シャーク』。
怪異捕獲課が山中に誘導してくれたお陰で人的被害は発生していない。
だが、マッハを超える速さと頑丈さを持った怪異は流石に看過できないということで、俺が派遣された。
「……来る」
鮫の大顎が眼前に突然現れる。
「【突き】!」
夢幻刀を一直線に相手の口内に突き刺す。
怪異の青い血が飛び散る。
刹那、俺の体が吹っ飛ばされる。
岩に叩きつけられる。
鮫の追撃が飛んでくる。
「〘より遠く〙!」
怪異1354〘より遠く〙。
召喚者と敵の間に薄い無限の広さを持つ宇宙を召喚し、無敵のバリアとする怪異だ。
鮫の追撃を間一髪で防ぐ。
「あぶね……」
口元の傷を拭うと、直ぐに間合いに入る。
「【打撃】!」
鮫の横っ腹に大きく打ち込む。
肉を切る感触。
「〘五月蠅〙」
怪異5637〘五月蠅〙。
召喚者以外の傷口に付着し、悪化させる習性がある。
鮫が咆哮を上げて苦しみだす。
「捕獲課!」
トランシーバーを取り出し、頭上のヘリに向けて通信を送る。
「こちら捕獲課遠藤。捕獲を開始します」
ネットがロックビート・シャークを覆う。
「対処完了」
◇ ◇ ◇
「なぁ鹿倉、次の遠征っていつだっけ?」
スマートフォンをいじる怪異研究課の鹿倉功に問いかける。
「3月16日、新潟」
カレンダーアプリを開き、新潟遠征と入力する。
「いいよなぁ、研究課のエリートは」
「お前ら対処課が思ってるより頭のおかしい仕事だよ」
鹿倉が袖をめくると、腕に纏わりつく触手のような痣が目に入る。
「怪異は生物兵器そのもの。着装は賢そうな白衣じゃなくて不格好な防御服」
「でも年収は?」
間髪入れずに聞き返すと、鹿倉が答える。
「そりゃあもう、ねぇ?」
鹿倉とは高校からの友人で、今でも休みにはお互いの家に遊びに行く仲である。
「私もこの前は100m上空飛んでるヘリから落っこちて、久しぶりに死にかけたよ!」
そう自慢(?)するのは怪異対処課一の秀才、そして危険人物として知られる咲州澄。
世界一多くの怪異を眷属としており、それぞれに愛を持って接するというポリシーを持っている。
「死にかけたって、澄さん、笑い事じゃないですよ」
ため息をつきながら、ふと部屋の違和感に気づく。
音が、ない。
鹿倉がスマホをタップする音も、澄の笑い声も、自分の心臓の音さえも。
恐る恐る二人の顔を見る。二人は笑顔のまま、完全に静止していた。
スマホの画面の時計は【15:40】で止まっている。
脳内に、直接ノイズが走った。
「怪異8000〘平穏な日常〙、か」
◇ ◇ ◇
稚内市宗谷岬。
手元の時計が【15:40】でぴったり止まる
コートに手を突っ込んで海を眺めていた長髪の男性がふと呟く。
「新潟遠征、前倒しっぽいな……」
世界は、歪みを取り戻していく。




