卒園間近の子ども園
「せんせーともだちってなんにんつくればいいの?」
お歌の授業を終えるとユウちゃんが聞いてきた。
(ユウちゃんは深く考える子だからなあ)
入園から卒園までの三年間を振り返って私は思う。
(たまにいるのよね。よく気がつく子って)
敏感というか繊細な子がいると昔教わった。
(これもひとつの個性よね)
だから私は真剣に答える。
「そうね。心から分かり合える友達なら」
しゃがんで目線を合わせいつもの声で話しかけた。
「両手で数えられるぐらいかな」
「それだけでいいの?」
「うん。知人とか親友とかいろいろあるからね」
「いろいろ?」
「そう、いろいろ。だからこれだけは覚えておいて」
少し声のトーンを落として私はユウちゃんに言う。
「いろんな人がユウちゃんの周りにいるってこと」
ユウちゃんはこれからいろんな人と出会うだろう。
(学校の先生や給食の人、警備員さん……)
星の数ほどの人と関わっていく。
(いろんな人がユウちゃんの人生に関わってるのよ)
考えこむユウちゃんを優しい気持ちで見守る。
「んーわかった!」
「わかってくれた?」
「うん!みらいのユウちゃんにまかせる!」
「そっか、未来に任せるか」
「たいせつっぽいからわかるまでおぼえとく!」
覚えておこうとする気持ちが私をうれしくさせた。
☆ ☆ ☆
「あユウちゃん!お母さん迎えに来たよ!」
「ほんとだ!せんせいさよーならー!」
ユウちゃんは下の子をおんぶする母親に駆け寄る。
私はさようならと返し、手を振って見送った。
ユウちゃんの母親はわずかに会釈する。
そしてユウちゃんと手をつないで帰っていく。
(もうすぐ卒園か……月日は早いなあ)
ユウちゃんが来た日が昨日のように思える。
入園した子を育てて卒園で見送るのを繰り返す。
そんな日々を私は過ごしてきた。
☆ ☆ ★
(ユウちゃんはいつまで私を覚えててくれるかな)
私は知っている。
(子ども園のこと覚えてるのってごく僅かなのよね)
記憶を辿っても学生時代のことばかり思い出す。
少しだけ悲しくなってきた。
大きく深呼吸して気持ちを切り替える。
(私は知っている)
ユウちゃんの母親がベビーカーを探していた。
(おんぶや抱っこは大変だから)
肩や腰に負担がかかる。
『赤ちゃんが泣くのは寂しいときもあるのよ』
園長先生の言葉を思い出す。
(だからぬくもりを、スキンシップを求めるのよね)
寝かせやいすに座らせると泣く理由のひとつ。
(昔は親や親戚や地域の人が助けてくれた)
今はかなり変わっている。
(核家族や結婚や出産の晩婚化だもの)
歳を取るとおんぶや抱っこがつらくなっていく。
(親を頼ろうにも移住するとなかなか、ね)
ワンオペ育児になりがちだからこそ助けがいる。
(男性の育児休暇は助かるのに)
浸透の速度にもどかしさを感じた。
(だからこそのベビーカーか)
海外には目合わせや語りかけ、ハグがあると聞く。
赤ちゃんの目線にあわせて笑ったら笑う。
そうすることで赤ちゃんは安心する。
(語りかけやハグも一緒よね)
赤ちゃんが愛されてることに気づいてもらう。
そのためにちゃんと言葉で愛を伝える。
(大好きだよとか生まれてくれてありがとうとか)
愛してるとか言葉にすると恥ずかしくなった。
(日本は行動で教えられるのに)
おんぶや抱っこ、手をつなぐ。
日本伝統のスキンシップの強さを改めて思い知る。
(こういう時日本の緩さは便利よね)
クリスマスやバレンタインは海外のものだった。
それを受け入れられる日本は懐が深いと思う。
(八百万の神々の信仰だからかな)
クリスマスの直後に正月が来る。
混在一体なイベントがそう教えてくれた。
(子ども園と一緒よね)
日本伝統と海外の育児から学んだを思い出す。
(幼稚園と保育園のいいとこどりよね)
ふたつを混ぜるからこそできることもある。
(育児も日本と海外のを合わせるだけ)
子どもの性格と家庭環境に合わせていく。
(おんぶや抱っこを減らしたらハグとかを増やす)
純粋な愛を教えるのが大切。
(園長先生の子育て相談の答えはいつもこれよね)
子育ての負担を減らす。
園長先生なりのマニュアルなのだろう。
(ユウちゃんの敏感さも神様からのギフトだっけ)
個性として伸ばすやり方を園長先生は進めている。
親御さんたちにもそう教えていた。
★ ★
「うん!元気でた!」
センチメンタルな気持ちをどうにか克服できた。
「明日からの卒園式の予行練習、気合いれるぞ!」
そう言って私は職員室へ歩いていく。