9.無謀な挑戦
「それで、結局協力してれるのですか?」
「するわけないだろ。アホらしい」
「なっ!?」
無謀な女騎士のままごとに付き合う気はさらさらなかった。というよりも破滅へ一直線に進んでいく泥舟でしかない。
見返りも審問官やらに減刑を求めるような感じだろうが、どちらにせよ罪に問われるのなら美味しい話には思えない。
俺は寝転びながらレイラに背を向けて、手をヒラヒラと動かす。
「減刑程度で俺を動かせると思うなよ。本気で協力してほしいんなら、俺へ支払う報酬の内容を見直すことだな」
そう一蹴するが、彼女は意外そうに瞳を大きく見開いた。
「……門前払いはしないんですね」
「……は? 今断ったばっかなんだけど?」
「いえ。今の言い方だと報酬次第では協力してくれるように聞こえたものですから」
「…………」
──まあ確かに、報酬次第では手を貸してやらんこともないけども。
「あのクソ公爵に歯向かうんだ。依頼の報酬はお前さんみたいな一介の騎士に支払えるような生優しいもんじゃねぇぞ?」
なにせ内容が内容である。
正直半端な金銭を授受される程度であれば指一つ動かす気にもならない重い案件だ。
非情な現実を突き付けてみるが、彼女の顔色が曇ることはない。
「……仮にゲルシー公爵の悪事について証言するとして、貴方は何を所望するのですか?」
「そうだな……最低でも金貨10万は必要だろう」
「金貨10万……少し検討します」
「は? お前正気か? 金貨10万なんて近衛騎士ごときに払えるわけがねぇだろ!」
「金銭を工面するツテがいくつかあります。法外な要求であるのは確かですが、検討するくらいはできます」
貴族でも階級によっては躊躇する額のはずなのに、彼女は眉一つ曲げずに思案する。
彼女はそれだけの金額を支払ってでも、ゲルシー公爵の悪事を公に晒したいらしい。
「アンタ。あのクソ公爵に何か恨みでもあんの?」
「いえ特には。ただ不正を平気で揉み消すような風潮が気に入らないだけです」
「コイツ……サイコパスだ」
私怨もないのに心に芽生えた正義感だけでそこまで動くかね。物好きの域はとっくに超えている。
やっぱこの女狂ってるわ。
「…….ぷっ」
「────?」
「ぷっはははっ! アンタ無鉄砲過ぎだろ! ここまで命知らずなヤツは久々に見たわ」
「何一つとして面白いことは言っていないと思いますが……」
「自覚がねぇところもおもろいわ」
偽善者と心の中で酷く罵っていたが訂正しよう。
この女はとんでもない正義感に溢れた大馬鹿者だ。
無自覚に深淵に足を踏み入れ、なんだかんだ今の今まで生き残ってきている稀有な存在。
案外こういうヤツが巨悪を打倒するのかもしれない。
一通り笑い終えてから、俺は地下牢の外を指差し彼女と視線を交わした。
「んで。無警戒に俺へこんな話を持ち掛けているけど……いいのか? 多分この地下牢で看守をしてるやつはほとんどがゲルシーの手先だぞ?」
「──っ!」
焦ったように周囲を見回すレイラは近くに誰もいないことを確認してから咳払いをした。
「また日を改めて来ます。今度は看守の人数が薄い日に」
「ああ。そうしてくれ」
「では私はこれで」
「またな」
手をヒラヒラと振ると彼女は小さく頭を下げてから鉄格子に背を向け、そのまま地上へ続く階段を上がってゆく。
──まあまたな、とは言ったものの。次会うのは地下牢の中じゃないだろうけどな。