8.ロード王国のフィクサー
キヤサカ=フォン=ゲルシー。
14代目ゲルシー公爵家当主。
ロード王国においては代々財務大臣の座を継いできた国内で最も発言力があると言っても過言ではない貴族の一人。
国王の忠臣として政務に勤しむ古参貴族……と表向きは思われているが、その実情は国王の忠臣とは掛け離れたものだ。
国民に重税を求めてはその三割近くを横領し至福をこやす極悪人。
自らの悪事を暴こうとする人間は軒並み消し去れるほど裏社会との太いパイプを持ち、違法品の密輸や密売、自身のことを否定的に語る活動家の抹殺、軍事機関の掌握、隣国へ自国の情報や資源を横流しにする売国行為、各界隈への賄賂の提供、国内の有力企業に自分の息の掛かった者を捩じ込む天下り斡旋などなど。
ありとあらゆる悪事に関与している巨悪の根源とも言える人物なのだ。
『ゲルシー公爵に逆らうことなかれ』
これは裏社会に生きる人間にとっては誰もが知る暗黙の了解。
彼のことは大金が絡む仕事を斡旋してくれる国内最大のクライアントとして丁重に扱い、彼に相反する者からの依頼は決して受注してはならない。長生きするために忘れてはならないことである。
強大な力には逆らわずに流れに身を任せて人生を謳歌する。それがこのロード王国で生きていくための処世術だった。
ただその暗黙の了解を無視する存在が今、目の前いる。
「……単刀直入に申し上げます。ゲルシー公爵の悪事についての証言をしてください。もし協力して頂けるのであれば、貴方たちがこれまで行ってきた悪事に対する減刑を嘆願すると約束しましょう」
レイラ=ハシュテッド。
この女は一見すると真人間を装っているが、色々と狂っていると思う。
裏社会の人間でなくても、民の血税で生きているロード王国の近衛騎士が、ゲルシー公爵に逆らってはならないことを知らないはずがない。
触らぬ巨悪に祟りなしの戒律を破り、無遠慮に死地へと踏み込んでいく姿は俺でもビックリするほどだ。
「お前正気か?」
「私は真剣に言っています。協力してくださるのなら、私はありとあらゆる手段で貴方の減刑を訴えてみせます!」
「いや。そういう意味じゃねぇよ……はぁ」
彼女に宿る謎の正義感の源泉は一体どこなのだろうか。
一般的な人間なら、こんな危ない橋は渡らない。
むしろ彼女はゲルシー公爵の強大な権力を過小評価しているのではとも思えてしまう。
「あのさぁ。アンタのような国家に仕える人間が、ゲルシー公爵に楯突くことの意味、ちゃんと理解してんのか?」
財務大臣のポストを握っているゲルシー公爵は、ある意味国王よりも強大な力を持っている。
ロード王国の金は全て彼が支配していると言っても過言ではないほど、財務大臣には多くの既得権益が幾重にも絡まっているのだ。
金は権力の象徴。
ゲルシー公爵はありとあらゆる手段で邪魔者は即刻排除していくことだろう。正義感に溢れた彼女なんかは彼の典型的な排除対象である。
「もちろん。覚悟はしていますよ」
「ロード王国内の貴族、役人の9割以上を敵に回すんだぞ?」
「私は幼い頃からこのロード王国をより良くしたいと思っていました。例え財務大臣に逆らうことになったとしても悪事を許すことはできません。それに貴族や役人の方々のうちそこまで大多数が悪事に加担しているなど考えられません」
「同僚に殺されるかもしれないぞ?」
「王国近衛騎士は誇り高き者たちばかりです。彼らが私を害するなどあり得ませんよ」
「ああ……へー」
駄目だこの女。
ゲルシー公爵に歯向かうことの意味を微塵も理解していない。
性善説に基く甘い考えを改めない限り、彼女はきっと今後酷い裏切りに遭うことだろう。まあ俺には関係のない話ではあるが。
愚かな偽善者が破滅していく過程を間近で見せられている気分だった。
こうはなりたくないと心の底から思った。




