7.最悪の再会
湿り気の多い地下牢には鼠やゴキブリが至る所で這いずり回っていた。
鼻が曲がるような異臭に頭を抱えるイシェルは牢の隅で蹲り周囲に負けず劣らずのじめっとした空気を醸し出していた。
「ボスのせいで私まで処刑されるじゃないすか……17の裏若き乙女が、こんな薄汚いゴミ捨て場みたいな場所で死期を待つなんて間違っているっす……ああ、こんなことになるんなら、有金はたいて高級クラブで豪遊しておけばよかった。イケメンにチヤホヤされてから死にたかったぁ! タンスの下に隠した私のへそくりがぁ……全部無為に帰しちゃうっす!!」
床を拳で何度も叩いて、頭をガシガシと掻いたイシェルは酷く落ち込んだ様子で床に視線を落としていた。
女々しいやつめ。
地下牢に閉じ込められたくらいで何をナイーブになっているんだか。
「…………」
「…………」
沈黙が居心地を一層悪くする。
普段は馬鹿みたいに騒ぎ立ているくせに、いざ窮地に陥ったら静かになりやがって。
面倒臭いが、部下を励ますのも上司の勤め。
ここは一つ何か気の利いたことを言って、暗くなった気分を晴らしてやるとするか。
咳払いを一つ挟んでから、俺は深く息を吸い込んだ。そして彼女の方に視線を向けて告げる。
「……ところで今日の晩御飯は何が出ると思う?」
「今それ聞く必要あります? しばきますよ。マジで」
「あ、はい」
真顔で冷たくあしらわれた。
冗談も通じないほど精神的に追い詰められているらしい。
外からの日差しが微塵も入らない暗黒空間。
確かにこの場所で長期間滞在させられたら気が狂ってしまうだろう。
静寂が逆に耳鳴りを誘発して頭がグラグラと揺れる感覚が襲ってくる。
──取り敢えず。寝るか。
足掻いたところで意味などない。
ちょうど働き詰めで身体を酷使していたところだ。たまの休暇だと思ってぐっすりと眠ろう。
冷たい床へと横になり目を瞑って意識を沈めようとしていた最中。
「──ねぇ。一つ聞いたいのだけど」
「…………」
雪の日の夜に出会った忌々しい女の声が、快眠の邪魔をした。
地下牢に一人で入り、柵越しに声をかけてきたのは俺が暗殺に失敗したレイラ=ハシュテッドその人だった。
「貴方に暗殺の依頼を行ったのはロード王国現財務大臣を務めるゲルシー公爵……で間違いないのかしら?」
虫唾が走るほど正義感に満ちた悠然とした言葉遣い。いかにも良いところのお嬢様感がヒシヒシと伝わってくる。
俺は彼女に背を向け嘯いた。
「さあ。どうだったっけな」
「貴方たちの居場所を衛兵たちに報告したのはガルシー公爵です! 貴方たちは彼に裏切られたのですよ?」
「…………あっそ」
何一つとして彼女の言葉は心に響かなかった。
ロード王国における政界のフィクサーであるゲルシー公爵にとって、俺らみたいな小悪党は末端の末端に位置する下請けに過ぎない。
だから裏切り行為そのものはある程度予測できたこと。憤りは感じても驚きはそこまで大きくなかった。
「……アンタはゲルシー公爵について嗅ぎ回ってんのか?」
尋ね返すとレイラは腕を組み思案顔で頷く。
「彼にまつわる黒い噂は後を断ちません。ロード王国の財務大臣を務める彼が、多くの犯罪の手引きを行っていると……なので国のためにその真偽をはっきりさせたいと思っています。この国を守る騎士の一人として」
「はっ。その考えだとアンタは長生きしねぇな。悪いことは言わないからあのクズ公爵について嗅ぎ回るのは今すぐ辞めた方がいい。いずれ女性近衛騎士が変死体として発見される未来が目に見えるわ」
「…………ということはゲルシー公爵が悪事を働いていることはほぼ間違いないと?」
「アレを嗅ぎ回るなと言ったばかりだぞ。記憶力がねぇのか?」
忠告の言葉をも踏み越えて彼女はひたすらにあのゲルシー公爵を調べる姿勢を崩さない。
頑固で真面目な女騎士。
これはゲルシー公爵にも命を狙われるわけだと納得できる性格だと思った。