5.ゲルシー公爵の裏切り
ボ…………ス…………ボス……………ボスッ!」
目が覚めたのは眠りに入ってから一時間も経過していないくらいだった。
正確にはイシェルに無理やり叩き起こされたのだが、
「な、んだよ……騒々しいな」
焦燥に駆られたようなイシェルの声に、俺はゆっくりと瞳を開く。
彼女と視線が交錯した瞬間、肩を揺する勢いが激しくなる。
「ボス大変です! アジトの周りに王国の衛兵たちがッ!」
「────ッ!!」
慌てて飛び起き、カーテンを軽く指でずらして外景に視線を巡らす。
「……囲まれてるな」
「逃げ場はないっすね」
こんなオンボロな母屋に王国の衛兵さんが総出でお出ましとはどういうことだろうか。
……まあ大体予想は付いている。
俺たち傭兵団のアジトの場所を何者かが漏らしたからだ。
心当たりはある。
というか、バラすとしたらヤツしかいない。
「……あのクソ公爵め。一度失敗したくらいで尻尾切りするたぁ。いい度胸してるじゃねぇか」
このアジトの場所を知っていて、かつ衛兵に情報を漏らすような真似ができるのはロード王国を陰で牛耳っているゲルシー公爵意外にあり得ない。
ただ情報の漏洩先が分かっても、この場は切り抜けられない。
俺は昨日に引き続き憂鬱な気分で寝室を出た。
「ボス。どうするすか!? 全員殺します?」
「馬鹿。流石に正面から挑んであの人数は殺りきれるか分からねぇ……」
「じゃ、じゃあ……」
不安そうに俯くイシェルの肩に手を置き、俺は最大限明るい声音で言う。
「安心しろ。俺に考えがある」
「ボ、ボスぅ……!」
イシェルが安堵したように胸を撫で下ろしたのを確認して俺は深く息を吸い。そのまま外へと続く廃屋の扉を勢いよく開いた。
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ガラガラと揺られる状態の中で、イシェルの視線は刺々しいものだった。
「な……」
「な?」
「なーにが、安心しろだ! 普通に捕まってんじゃないすか! 私たちの重ねてきた悪事からしてほぼ極刑確定っすよ!」
俺らは手足を縄でぐるぐるに縛られ、自由に動かせるのは叫ぶことのできる口だけ。
激昂するイシェルから目を逸らし、俺は護送されている馬車の窓枠から外を眺めた。
「いい天気だなぁ……」
「現実逃避するなぁ〜!」
衛兵は非常に優秀だった。今朝のことを思い出すと手際の良さに逆に感心してしまった。
アジトの扉を開いたところであっさりと拘束。
中に残っていたイシェルも感動を噛み締めている途中で手縄を掛けられ身動きが取れなくなった。
そのまま俺たち二人は馬車に押し込まれてロード王国の都市部へと連れて行かれている最中である。
「あぁ〜私はまだ人生謳歌しきってないのにぃ」
「17まで生きてんだから十分だろ」
「26のボスに言われたくないし!」
とりつく島もないくらいイシェルのはらわたは煮えくりかえっており、聞く耳なんてこれっぽっちも持ってくれない。
座り心地最悪の馬車と雰囲気最悪の部下に挟まれ、ドブ臭い牢獄へ一直線に向かう。
これほど不幸が重なるのはいつ以来だろうか。
本当に人生ってのはクソなことだらけである。




