3.不意打ち殺し
真っ白な地面に思いっきり踏み込み、剣を振るうレイラは想像以上の加速力で一気に間合いを詰めてきた。
「覚悟ッ!」
「ちょ、速過ぎッ──!」
首筋、心臓、手首、アキレス腱。
嫌な場所にばかりに刃先が向かう。
次々に迫る斬撃は的確にこちらを仕留めようとする意志があった。
「ぎッ!」
「……もう一押し」
僅かに刃先に触れた髪が、粉々になって地面に落ちる。前屈みで攻め続けるレイラはどこまでも最適な動きでこちらを追い詰めてくる。
彼女の剣の技量は非常に優れたものだ。
一介の王国騎士は別に大したことのない雑魚だと侮っていたことは俺自身の思い上がりだったと素直に認めよう。
──ただ、こちらにも小悪党としてのプライドがある。大人しく斬られるつもりはない。
「なっ!」
レイラの剣は突如として空中で動きを止めた。
驚愕の表情を浮かべる彼女を見て、俺は不敵に微笑んだ。
「手、動かないだろ?」
「卑怯な小細工を……!」
彼女の持つ剣の刃先には何重にも鋼糸が絡み付き、力の勢いを完全に殺していた。
彼女の動きを予測して、周囲一帯には鋼糸を張り巡らしておいた。そこからは超簡単。追い詰められたフリをして鋼糸の群生地に誘い込むだけ。
積雪とこの夜闇のお陰で、鋼糸は目立たず景色に溶け込ませることができた。
まさかこんな風に敗北を計算するとは夢にも思わなかっただろう。
「この……なんで、動かないの……!」
「足掻いても無駄だよ。君はそこからもう抜け出せない」
「────ッ!」
──レイラ=ハシュテッド。
彼女は確かに優秀な王国近衛騎士だ。
空から迫った俺の不意打ちを凌ぎ、真正面から戦闘を仕掛けてきて、俺の喉元まで剣を忍ばせたのは彼女が初めてかもしれない。
指先を微妙に動かしながら冷酷に彼女を見下ろす。
「では終わりにしようか」
敗北の反省会は冥土で行ってもらうとしよう。
俺はここで彼女を殺して、予定通りゲルシー公爵から約束の金を頂く。
レイラの足下から飛び上がった無数の鋼糸は彼女の全身に巻き付き、そのまま皮膚を貫くように強く締め上げる。
「……ぐッ!」
彼女の痛みに堪える苦悶の表情を見て、俺は勝利を確信して苦笑した。
──ただ。その勝利の確信は単なる幻想だったと思い知らされるのは実に早い段階だったが。
「……は?」
そこにあったのは鋼糸を抜け出し、そのまま宙に跳び上がったレイラの姿だった。
「あり、得ない……」
あの鋼糸は物理的に抜け出せないように四肢はもちろんのこと手足の指に至るまで厳重に絡ませ磔にしていた。
あの状態に陥った時抜け出す方法は二つ。
力づくで鋼糸を引き千切って脱出するか──あるいは彼女の身に鋼糸の束縛を無効化する『天恵』が宿っているかだ。
「……貴方の戦い方は今ので見抜いた。次はもう引っ掛からない」
「はぁ……これだから天恵持ちは嫌いなんだよ」
こちらの攻撃手段は完全に透かされ、効果もない。
簡単に済ませられる依頼だとたかを括っていたから部下も連れてきていない。
──なるほど。こりゃあの悪徳公爵も手を焼くはずだ。
本気で後方に跳躍し、そのまま家屋の天井まで駆け登る。高台に上がると、彼女は追撃の意志は見せずにじっとこちらを睨み付けていた。
「今日のところは引いてやるよ。レイラ=ハシュテッド。だがアンタのことは必ず殺す。必ずだ」
「何度来ても私は貴方を返り討ちにします。ゲルシー公爵の悪事……絶対に暴いてみせますから!」
彼女はこちらに指を差し宣戦布告のようにそう宣言するが、俺としてはその部分に関して心底興味がなかった。
「まあ、あのクソ公爵を潰したいのはアンタの勝手だし、俺にとっちゃどうなろうと関係ないことだが……忘れるなよ。大金を積まれた俺は、世界中のどんな殺し屋よりも執念深いぞ」
一言吐き捨て、俺はその場から立ち去った。
あーあ。依頼に失敗した言い訳、考えとかなきゃなぁ……めんどくせぇなぁ。