23.顛末
翌朝。
陽が昇ると同時にレイラ=ハシュテッドは拠点を訪ねてきた。
「おはようございます。ガレン、イシェル」
「んぁ……なんだこんな時間に」
眠気に抗い欠伸をしながら俺はゆっくりと起き上がる。因みにイシェルはソファの上で爆睡をかましていた。
食材の入ったカゴを手に持ったレイラはこめかみを抑えながら呆れたような顔をした。
「なんですか二人とも。もしかして夜更かしでもしたんですか?」
「おい。なんだその顔は。まるで俺らが夜遅くまで遊んでいたような言い草じゃねぇか」
「違うのですか?」
「全然違ぇよ。失礼だな」
この女。
正義感が強い割に発言には配慮の欠片もない。
処世術でも学んだ方がいいんじゃねぇかな。
……と喉元まで出かかった言葉をなんとか飲み込み、俺は彼女にとある書類を差し出した。
「ほらよ」
「え、これって……!」
驚き口を大きく開いたレイラに対して告げる。
「ああ。ミルシス社の裏帳簿──その原本だ」
レイラは先程までの呆れ顔は瞬時に消し去り、今度は化け物でも見るような眼差しを俺に向けてきていた。
「これをどうやって……!?」
「俺らにかかりゃあ、こんなもん手に入れることくらい造作もねぇよ」
俺は懐から煙草を取り出し、寝起きの一服を決め込んだ。
煙を噴かして脳がスッキリとしてきたのを確認し、驚愕の表情を浮かべるレイラに再度視線を移した。
「私が帰った後にもう一度ミルシス社に乗り込んだのですか?」
「ああ。ちょっと気になる場所があったから試しに探ってみたら、大当たりしたんだ。社内への侵入者が入り込んだばかりだってのにザルな警備で助かったよ」
ツラツラと言葉を並べると彼女は感心したように口元に手を置いて唸る。
「……どうやら貴方と組んだことは結果的に正解だったみたいです」
「ふん。中々優秀な傭兵団だろう」
「あ、いや。貴方たちのことを傭兵団だなんて思ったことは一度もありませんが」
「はぁ。そーですか」
どうせただの小さな犯罪組織とか考えてたんだろ。
この女は本当にお世辞という言葉を知らないやつだなぁ。
口から煙を吐き出しながら、俺はゆっくりと立ち上がり灰皿の上で煙草の火を消した。
まあ、何はともあれ目的は果たした。
彼女にしても満足のいく結果だっただろう。
「それでこの裏帳簿はミルシス社のどこに隠されていたのですか?」
ふと尋ねられた言葉に俺は軽い態度で告げた。
「ん? いや普通に社内の重役が使ってるデスクの引き出しに入ってた」
「そ、そんなザルなこと……」
「あるんだよこれが。何だ? 俺の証言疑うってのか?」
「そういうわけではありませんが……とにかく、裏帳簿は確かに受け取りました」
俺は不敵に微笑んでやった。
「まあ仕事、だからな。報酬は後払いで期待しとくぜ」
それにレイラは知らないだろうが、今回はミルシス社に乗り込み、裏帳簿を彼女の手元に届ける間にとんでもない金額を稼がせてもらった。
──この裏帳簿の原本から模造品を作って、それをあたかも本物であるかのようにミルシス社の上層部に売り付ける。
模造品の作成を数時間で仕上げてもらうことに関して、関係業者には相当な額を払うことにはなったが、リターンは支払った額の何十倍もデカいものだった。
「……やっぱ。犯罪ってのはボロい仕事だなぁ」
「ガレン。今何か言いましたか?」
「ん。ああいや。別に何も言ってねぇよ。てか、用が済んだんなら、今日はサッサと帰りな。俺らは夜勤明けでまだ寝足りねぇんだよ」
危ない危ない。
余計なことを言って正義感の塊みたいな彼女に叱られるのはまっぴらごめんだ。
俺はサッと手を振り彼女に背を向けた。
「んじゃ。俺は寝るから」
「はい……あのガレン!」
「んあ?」
横目でレイラに視線だけ向けると、少し恥ずかしそうに口籠もりながらも彼女は言う。
「ありがとう。私のために二度も危険を犯してミルシス社に潜入してくれて……本当に感謝しています」
「別に。仕事だかんな」
素直に感謝の言葉が飛んでくるなんて予想外だった。
だから俺はぶっきらぼうにそう言い放ち、そのまま奥の部屋へと向かった。
「……はぁ。調子狂うなぁ」
聖人君主というわけじゃないが、レイラ=ハシュテッドは紛れもない善人だ。
俺らみたいな悪党とは相容れない存在。
何も知らない彼女の感謝に心を痛めつつ、俺は再び目を閉じた。
この先も彼女と共に巨悪の公爵を打倒すべく共同戦線を張り続ける。
それがどれほどの期間になるかは分からないが、一筋縄ではいかない仕事だ。
利用して。
利用されて。
そういう利害関係で成り立つ俺たちの共同戦線は酷く歪で凸凹なものになるだろう。
それでもきっと彼女は変わりなく、感謝の言葉を述べてくれる。そんな気がした。
「……まあ。悪い気はしねぇけどな」
ミルシス社の裏帳簿を入手したことは、まだまだ序章に過ぎない。
俺たちの穴だらけな共闘計画はそれなりに長く続きそうである。