22.取引
裏帳簿を入手したことを何故レイラ=ハシュテッドに対して秘匿したのか。
それは俺らがより大きな利益を得るためだ。
「それで、その裏帳簿はどうするんすか?」
尋ねてくるイシェルを尻目に俺は裏帳簿を懐へと仕舞い込んだ。
「決まってんだろ。ミルシス社に売り付けんだよ。法外な金額でな」
「うわ。この人超クズ野郎っすわ……」
「いいだろ別に。そもそも俺らは犯罪者なんだし」
部下にクズ呼ばわりされたことは誠に遺憾ではあるが、彼女の言葉に間違いがないのも事実。
俺は小悪党。
狡猾で最低な悪人でしかない。
正義感の塊のようなレイラ=ハシュテッドとは対極に位置する人間性を兼ね備えたどうしようもないやつなのだ。
「この裏帳簿はミルシス社にとっても絶対に取り戻したいものだ。大企業らしく大金を積んでくれるだろうさ」
「まあミルシス社はゲルシー公爵から甘い汁をたっぷり吸わせてもらってるんだろうし、私らが喜ぶ金銭を払うくらいそこまで痛手にはならなそうっすもんね」
「ああ。ミルシス社は不祥事の証拠物を取り戻せて、俺らは大金を得られる」
「ウィンウィンってやつっすね」
「ああ。そういうことだ」
企業が一番気にすることは世間の評判だ。
彼らが大儲けできているのは、ゲルシーからの資金援助や中抜き事業などの斡旋を受けているのもあるが、それ以上に国内で行っている主要事業が好調であることに起因している。
ミルシス社という絶対的な看板があればこそ、人々は信頼を寄せて次々に金を落とす。
世間から受ける企業の評判というものは、まさに莫大な金銭を動かすほどの大きな影響を持っているのである。
──ゲルシー公爵を潰すために動くだなんて、馬鹿なことをしているなという感覚はあったが、これは意外にも金になる事案が多そうだ。
「でもでもボス。もし裏帳簿を金と引き換えに返したなんて知られたら、あの人きっと怒髪天を突く勢いでブチギレると思うんすけど」
「レイラ=ハシュテッドが俺らにキレることはねぇよ」
「なんでそんな自信満々に言い切れるんすか?」
疑問符を浮かべたイシェルから視線を外して俺はミルシス社のある方角へと視線を移した。
「そう言い切れてんのは、俺がどーしようもないクズ野郎だからさ」
「ふ?」
「まあお前は大人しく見とけ。ここから先は何もかも──全て俺の手の内だからさ」