21.二面性
ミルシス社の地下に眠っていた大層な金庫の中でゲルシー公爵とミルシス社の間で行われた取引内容が記載された裏帳簿をくまなく探し回った結果。
「何もねぇな」
「ないっすね!」
「わ、私が金庫を斬った意味は!?」
「なかったな!」
「なかったっすね!」
今日の任務は全てが徒労に終わることとなった。
ミルシス社からの追手を振り切って、成果物ゼロの一行は森の奥にある拠点へと逃げ帰ることとなった。
帰路では終始レイラが苛立ちを見せていた。
「ガレン! ミルシス社の金庫の中に裏帳簿がないって、どういうことですか!?」
無事に帰還したことを喜ぶ暇もなく、机を強く叩いたレイラは鬼の形相で俺の方を睨んできていた。
「……ないものはないんだからしゃーないだろ。あんまりカッカするなっての」
「貴方は間違いなく、あの金庫の中に裏帳簿があるって言ってたじゃないですか!?」
「それはあくまで仮定の話だろ。確率として高そうだと考えていただけで、確証があったわけじゃない。そもそもゲルシー公爵について嗅ぎ回るのは色々と根回しが大変なんだ。一歩間違えたら組織全体がお陀仏になりかねんのだよ」
「私と手を組もうと言った時の威勢はどこに行ってしまったのですか……」
「馬鹿。ワンミスで終わるような強敵を相手にしてんだ。勝つためには慎重に事を運ぶのは当然だろうが」
ミルシス社へ襲撃を行った件に関しては確実にゲルシー公爵に伝わっていることだろう。
そしてその主犯が俺やレイラであることもバレている可能性が高い。
敵が敵だけに組織内部での離反にも神経を尖らせていかなければならない。
「……まあ、今日の仕事は終わりだな」
「はぁ!?」
「いや。はぁって言われてもさぁ……裏帳簿の手掛かりもないし。再調査するまでは大人しくするしかねぇだろ」
「それは……そうですけど……」
「焦る気持ちも分かるが、短期決戦で幕を下ろせるだなんて思うなよ。敵はそれだけ強大だ」
「……はぁ」
レイラはそれでも納得している表情ではなかったが、今の俺に何を言っても意味がないことは悟ったようで、大人しく拠点を出て行った。
拠点の扉が閉じる音を聞き、暫くしてから俺は大人しく黙っていたイシェルに視線を向けた。
「え、なんすか?」
「……今からもう一回ミルシス社に行くぞ」
「二人で?」
「ああ。二人でだ」
「……あの人を外した理由は?」
「それは道中で話す。とにかくすぐ出るぞ」
俺はイシェルを拠点の外へと連れ出した。
「ちょいボスぅ?」
少し冷たい空気が漂う真っ暗な夜道。
虫の鳴き声が騒々しくも感じられ、逆にそれ以外の音は一切聞こえてこない空間。
土を踏みしめる足音が響く中で、イシェルは俺の背を軽く叩いた。
「どーゆー風の吹き回しっすか?」
「どうもこうもないだろ。はなから俺はあの女を身内として扱うつもりはない」
俺は懐から一枚の封筒を取り出してそれを彼女の前に持ってきた。
「え、これって……!?」
「ああ」
にやりと笑みを浮かべ呟いた。
「レイラ=ハシュテッドが探し求めていたゲルシー公爵とミルシス社の間で行われた違法取引の証拠物──裏帳簿さ」