18.ミルシス社へ
ゲルシー公爵の悪事として一番暴きやすいのが公共事業における歳費の中抜きである。
例えば橋を作るために本来必要な費用が1であるにも関わらず、意図的に企業や組織を仲介させ、費用を10にも100にも増大させていくことである。
通常使われる費用が1であれば残りの99は橋を作ったところ以外に流れていく。ピンハネを行う企業が仲介料として下請けに仕事をさせ、更にその下請けが安価で下請けに仕事の依頼を行う。
幾重にも重ねられる仲介は公共事業の費用を無駄に増やす。まさに政治資金横領の温床である。
これらは全て裏帳簿に金の流れが全て記載されており、証拠を抑えることができれば国庫横領罪として糾弾する一つの材料となる。
──問題はその裏帳簿をどうやって入手するかであるのだが。
「イシェル。敵の数は?」
「正門に警備が17、外周に20建物内部は50以上っす」
ロード王国の魔法産業における利益の八割以上を占める大企業──ミルシス社。
この企業はゲルシー公爵から潤沢な資金援助を行い年々その影響力を拡大させている。老齢化したゲルシー公爵の部下たちが天下りしていることでも有名な企業であり、まさに彼の力を象徴するような組織だった。
「裏帳簿は一番大事に保管されてるはず……建物の中まで入り込めねぇとな」
「本当に正面から突破する気ですか?」
レイラは剣を携えながら不安そうに尋ねてくる。
ミルシス社は大企業なだけあって夜間であっても警備が厳重だ。
侵入者が敷地内に足を踏み入れれば警報が鳴り響き、イシェルが目視で確認した以上の警備兵たちが無限に湧いて出てくることだろう。
だがそれがどうしたというのだろうか。
「へー自信がないのか?」
「そういうわけじゃ……いえ。本音を言うと少し物怖じしてはいます」
彼女には不意打ちを受けない天恵がある。
真正面からの戦闘に絶対の自信を持っているかと思っていたが、案外そうでもないようだ。
「安心しろ。アンタは並の警備兵に競り負けるほど弱くねぇから」
「貴方には一度負けました」
じっとこちらを注視する双眸は不安の色を宿していた。
「もしかして俺に負けたこと気にしてんのか?」
「初めて負けましたから……」
「そりゃ御愁傷様だ」
軽口で流すと、彼女は頬を膨らませて肩を殴ってきた。
「少しは空気を読んでください……」
「俺がアンタを慰めろってか? 悪いが期待するだけ無駄だぞ。金が貰えれば慰めてやるオプションを付けてやってもいいが」
「……最低ですね」
「よく言われるよ」
レイラの緊張もいい感じに解れたところで、俺はゆっくりと立ち上がる。
「さて。そろそろ行くか」
「私は……」
「不安なら俺らの後ろに着いてこい。イシェル」
待ってましたと言わんばかりにイシェルは即座に正門へと駆けていく。
「──っ! おい止まれ!」
「侵入者だ!」
「迎え撃つぞ!」
隠密行動ゼロの正面突破。
あまりに無謀な挑戦のように思えるだろうが、イシェルの前で武器を抜いて身構えても意味はない。
「へへ。じゃあね」
「「「────っ!?」」」
警備兵たちがイシェルに振り下ろした剣は彼女の頭上でピタリと動きを止め、そのまま絡み付いた俺の鋼糸が彼らの肉体を圧迫し、即座に四肢を無数の輪切りにした。
「ぐがぁっ!」
「う、腕がッ!!」
手足を失った無力な案山子相手であれば──。
「んじゃ。後は任せるわ」
「ふっ!」
レイラの剣戟が綺麗に通る!
そよ風のように微かな振動が空間を切り裂き、彼らの首筋は綺麗に断たれた。
洗練された一撃。
そこには彼女がこれまで積み上げてきた研鑽の数々が詰まっているようだった。
「お見事だ」
レイラは血の滴った剣を払い赤を床にぶちまけた。
そして賛辞の言葉に不服そうな顔で告げた。
「どうも」