17.地獄行きの選択を
「ゲルシー公爵はうちらが暗殺失敗したことを受けて、衛兵たちに身柄を売り払ったっす。そして次なる刺客を彼女──レイラさんに差し向けた」
話を仕切ったイシェルは眉間に皺を寄せながら弁舌を続けた。
静かな密室には天井から微かな水流音が聞こえるだけ。涼しげな空気を一層冷やしてしまうように彼女はズバリ言う。
「つまりあの公爵は星の数ほど使い捨ての駒を持っているってことっす。恐らくは暗殺を完遂するまで国内のあらゆる裏稼業の人間を彼女に送り込むはず」
「……私自身としても延々に邪魔をされていては、彼の悪事についての証拠集めどころではありません」
「というか多分いつか殺されるっすよ」
「……そうかもしれませんね」
頷くレイラを一瞥したイシェルは次に俺の方へと視線を移す。
「ボス。はっきり言うと今回の仕事は採算を考えてもかなーり割に合わない仕事っすよね?」
「……さあ。どうだろうな」
はぐらかすような返答をしても彼女は瞳を揺らすことなく追求するように口を開いた。
「何故彼女と協力しようと? 裏切りのケジメを付けさせるために、私たちだけなら足がつかないように色々と動けたはずっすけど」
今まで利害効率だけを考えて動いてきた。
それがガレン傭兵団の活動方針であり、俺の行動原理でもあった。
「いつもならこんな馬鹿げた依頼は受けないですよね?」
「…………」
今回、レイラ=ハシュテッドと手を組み、政界のフィクサーと真っ向から対峙するなど、それまで積み上げてきたガレン傭兵団の活動方針が破綻したも同然の事象だった。
「結局何が言いたい?」
「私はボスが何考えてたのか正直に知りたいだけっす」
「そう、か……」
何の特徴もない無機質な天井を見て俺は深く息を吐き出した。
ゲルシー公爵との対峙。
元暗殺対象との共闘。
報酬は完全後払い。
ロード王国というゲルシー公爵の庭とも言える土壌で、彼に目を付けられた人間はいずれ捻り潰される。
これは憶測でもなんでもない。
これまで積み重ねられてきた事実の結晶だ。
悪政の箱庭を索敵もなしに裸足で駆け抜けようとする無謀な挑戦はガレン=バレフには到底似合わないものだった。
「イシェル。コイツと手を組むのは辞めた方がいいか?」
「そっちの方が賢明な判断だと思いますけど、多分ボスは私が何を言っても辞めないっすもんね」
「ああ。辞めない」
何故俺がレイラ=ハシュテッドの口車に乗って、ゲルシー公爵と対峙しようと思ったのか。
それは利益云々を抜きにした感情が灯ってしまったからだ。
強大な敵に立ち向かおうとしている彼女の姿を見て、柄にもなく触発されてしまった。
小悪党のまま使い捨てられ続ける立場。
俺はそんな現状をぶっ壊したいと思ってしまった。
「俺は無謀な挑戦はしない主義だった。徒労に終わることを必死にやるなんて馬鹿げてると思うし、そんなことに部下を巻き込むのは気が引ける……けど、どうしようもなくやりたくなっちまったんだよな。巨悪ってやつに一泡吹かせてやるって馬鹿な挑戦を」
これは組織のボスとしてではなく、ガレンという一人の人間としての切望だ。
だから──。
「イシェル。もう一度言うが、お前は降りたっていい。これは組織のことを考えた結果ではなく、俺個人が感情で決めた仕事だ」
彼女が嫌であればこの一件には巻き込まない。
部下であろうとイシェルは一個人。
この先仕事をするか否かの選択権は彼女が握っている。
「どうするイシェル? 俺の考えは全て伝えた。あとは……お前が選ぶ番だ」
「……はぁ」
イシェルは机に手を着き項垂れたまま、肩をすくめた。
「何を聞いているのやら。私の心は既に決まってます。最期までボスに付いて行く。ボスの口からちゃんと理由が聞けて、それだけで十分っすよ」
「なら」
「はい。地獄の果てまで供してやりますよ!」
彼女の意志は固かった。
牢獄で泣き喚いていたのが嘘であるかのように威勢がいい。
無い胸を張ったイシェルを眺めながら俺は改めてレイラに手を差し伸べた。
「では改めて。俺らガレン傭兵団はアンタと正式に手を組みたいと思う」
「もう二言はありませんね」
「ああ。ゲルシーを潰すことに全力を注ぐと誓おう」
両者の間で交わされた固い握手。
この日を以って、彼らの人生は大きく狂い動き出す。
悪辣な傭兵たちと正義を貫く女騎士。
曖昧で穴だらけな共闘が始まったのだった。




