13.清濁が併さる瞬間
返り血を手で拭うレイラの前に歩いて行く。
こちらに気付いた彼女は驚いたように口元を覆う。
「貴方……何故外に出ているの!?」
まだあの地下牢で寝そべっているとでも思ったのだろう。お生憎様、あのドブ臭い空間は長居する気にならない場所だった。
「……あんなところ普通に脱獄したよ」
「脱獄!? ちょっと待って。なら私には貴方を捕まえる義務があるわ!」
先程の戦闘で収めた剣を再び抜き去り、俺の方へと刃を差し向ける。
「おいおい。仕事相手に剣を抜くたぁ。悪い冗談か?」
「協力をお願いはしたけれど、貴方は罪人よ。大人しく牢に戻りなさい」
「頭が固いなぁ……これだから近衛騎士は嫌なんだよ」
口を開けば規律だ法律だと、常に周囲に目を光らせる頑固者の集まり。大真面目ないい子ちゃんだらけの組織なんて、俺らみたいな小悪党の言い分などには聞く耳を持ってくれやしない。
「やるんなら。今度は息の根止めるが?」
「貴方は私を殺せないわ」
「便利な天恵を持ってるからか?」
「────!」
「悪いが、俺のことをさっきまでの雑魚どもと同列に見ない方がいいぜ? お嬢ちゃん」
挑発気味に言葉を紡ぐと、彼女は固く唇を噛み締め、そのまま前傾姿勢を取った。
話し合い前に一触即発の危険な状況。
俺の背後からひょっこりと顔を出してレイラと初顔合わせをしたイシェルは耳元で囁く。
「え、なんで敵意向けられてんすか?」
「あー悪い。ちょいバトりそうだわ」
「はいぃ!?」
突発的に始まった戦闘。
ぐんぐんと距離を詰めるレイラを俺は鋼糸を指先で操り迎え打つ。
「ぎっ!」
「残念。その剣は届かねぇよ」
幾重にも折重ねられた鋼糸の防刃シールド。
彼女の剣は鋼糸に食い込みながらピタリと動きを止めてしまう。
「学習しないなぁ。無謀な突撃は寿命縮めるよ?」
「う、うるさい!」
正面戦闘が得意なレイラの動きを封じた。
脅威を取り除ければ、俺たちは安全に攻勢へと回れる。
「イシェル。やれ」
「了解っす」
料理中の油が跳ねるような弾ける音が暫く響き、その矛先はレイラへと向けられる。
刹那。
彼女の首筋に激しい電撃が駆け巡った。
「────ッ!」
クイッククラック。
イシェルが持つ得意技の一つ。
相手の脊髄に高電圧を流して、動きを一時的に完全停止させる魔法。
相手の機能を止める時間は1〜5秒とそこまで強くない魔法のように思えるが、刹那に紙一重の戦いを行う戦闘真っ只中において、1秒以上動きを封じられるというのは致命的だ。
「終わりだ」
「──っ!」
鋼糸を隠すことなくレイラの瞳が捉えられるように真正面から飛ばす。
格子常に形成された鋼糸が彼女の肉体を細かく刻む寸前……鋼糸を動かすのを止めた。
目を瞑り耐えるように震えるレイラを見て確信した。力押しで圧倒すれば彼女は殺せてしまう。
決して不敵な存在ではないのだと。
周囲に漂わせていた鋼糸を回収すると、彼女は力なく地面にへたり込んだ。
「今のでアンタは一回死んだ。その天恵は万能じゃないってことを覚えておくんだな」
「貴方。暗殺者の癖になんでそんなに対面戦闘が強いのですか……」
「卑怯な手で殺す以外が暗殺のやり方じゃない。必要であれば正面から暗殺対象を斬り殺す。強くて損することはないからな。多少は戦えるさ」
死の恐怖に晒されて、未だ小刻みに震えている彼女に俺を手を差し伸べた。
「……言っとくが、先に始めたのはアンタの方だ。俺らはビジネスパーソンとして商談しに来ただけだぞ?」
レイラはゆっくりと差し伸べられた手を取る。
「私と組むと?」
「報酬次第だ。金さえ積まれれば俺はなんだってやるぜ?」
「あの公爵と同じことはしたくありませんけど……」
「選り好みしている余裕はなさそうだが?」
「……分かりました。条件について詳しく話し合いましょうか」
この日。
ゲルシー公爵の悪事を暴いて糾弾したい正義の女騎士と、金でしか動かない悪辣傭兵の利害が一致した。
小悪党と一介の近衛騎士が手を組んだという小さな出来事に過ぎないが、彼らが後にロード王国のフィクサーと呼ばれるゲルシー公爵を失脚させる要因となるのはまだ誰も予測していないことである。




